このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』12,13、既読推奨。
 時系列は、『このふてぶてしい盗賊団に天誅を!』の後。


この新しい商売に千客万来を!

 ――俺が商店街の人達に猫対策を教えてから一週間が経った。

 

 屋敷の広間にて。

 俺は暖炉近くのソファーに座り寛いでいる。

 あれ以来、黒猫盗賊団は出没していないらしく、商店街に買い物に行くと店主達が笑顔で挨拶をしてくれるようになった。

 しかし、あの猫達は商店街で餌を得られなくなったわけで。

 十数匹の猫達がどこへ行ったかというと……。

 

「なんですか? 私の足に頬擦りしたりして……。ふふふ、そんなに構ってほしいなら仕方ありませんね。ほら、膝の上に乗ってもいいですよ」

「あ、こら。用紙の上に乗られたら書類仕事ができないだろう。まったく、お前は仕方のない奴だな……」

 

 めぐみんとダクネスが、自分達に近寄ってきた猫に嬉しそうな表情で構ってやっている。

 そう、商店街から姿を消した猫達は、なぜか俺達の屋敷に住み着いていた。

 猫の可愛さにやられためぐみんやダクネスが餌をやるので、猫達は盗みを働く事もなくのんびりと暮らしている。

 

「あっ! どうして引っ掻くの? あなた達を拾ってきてあげたのは誰だと思ってるの? そう、このアクア様。私が拾っていなかったら今頃あなたもそこら辺で野垂れ死にしていたかもしれないのよ? ちょっとくらい撫でさせてくれたっていいと思うんですけど!」

 

 空き地での戦いでボスに負けたアクアは猫達にとって序列が低いらしく、撫でようとした手を猫パンチで撃墜されたり、抱きあげてもすぐに逃げられたりしているが、それでも楽しそうに猫の相手をしている。

 本人が言うとおり、猫達をどこからともなく拾ってきたのはアクアなのだが……。

 あいつは以前から変な形の石を拾い集めていたり、小動物をこっそり部屋の中で飼っていたが、世話をしきれなくなって広間にまで溢れているのは珍しい。

 

「いや、お前この猫どうするんだよ? 生き物を飼うってのは簡単な事じゃないんだからな。それに、こんなところを商店街の人達に見られたら、俺達が猫をけしかけてたんじゃないかとか言われるぞ」

「そう言うカズマだって猫を可愛がっているじゃない」

 

 膝の上に乗せた猫を撫でながらの俺の言葉に、アクアが白い目を向けてくる。

 

「し、仕方ないだろ。そりゃ俺だってこいつらの事は可愛いと思うよ。でも、冒険者ってのは安定しない職業だ。こないだもアイリスを護衛するためにエルロードまで行ったり、薬の素材を集めるために他の領地に行ったりしたじゃないか。もしもまたああいう依頼があったら、俺達が出掛けている間誰が猫の世話をするんだよ?」

「その時は、当家の者に頼めば……」

 

 机の上で箱座りした猫を撫でながら、ダクネスがおずおずと言う。

 

「そりゃ頼めばダクネスの家の人達は猫の世話くらいしてくれるだろうけどな、その人達はダスティネスの屋敷で働くために雇われてるんであって、うちの屋敷で猫の世話をするのが仕事じゃないだろ。お嬢様の権力を使って猫の世話させるってどうなんだ?」

「そ、それは……!」

「大丈夫ですよ。この子達の可愛さを知れば、誰だって世話したくなるはずです」

 

 俺の言葉に何も言えなくなったダクネスの代わりに、膝に乗せた猫を撫でながらめぐみんが言う。

 そんなめぐみんにアクアが。

 

「ねえめぐみん、あっちでちょむすけがいじけてるけどいいの?」

「……いいんです。あの子は強い子ですからね。それに、ちょむすけは怠惰と暴虐を司る邪神にして我が使い魔。可愛いだけでいいこの子達とは違いますよ」

 

 猫達に怯え窓枠の上で丸くなっていたちょむすけが、めぐみんの言葉にチラッとこちらを見て、また丸くなる。

 

「お前、そのうちあいつに愛想尽かされるんじゃないか?」

「そそそ、そんな事ありませんよ。私とちょむすけの間には、例え悪魔だろうと断つ事のできない強い絆が……」

 

 ちょむすけの態度にちょっと焦っためぐみんが立とうとするも、膝の上にいる猫のせいで立ちあがれない。

 と、めぐみんがオロオロする中、アクアが。

 

「まったく、カズマったら心配性なんだから。そんなに心配しなくても大丈夫よ。もしもの時はセシリーに猫の世話を任せるし、セシリーが駄目でも他に誰かやってくれるわ。このアクアさんの人望を信じなさいな」

 

 ……なるほど。

 年中暇そうにしているあのシスターなら、俺達が出掛けている間猫の世話を頼んでもいいかもしれない。

 

「あの、そうなったら仕方ないですし反対はしませんが、できればセシリーお姉さんをこの屋敷に残して出掛けるのは避けたいのですが……」

「そ、そうだな。いや、セシリー殿が悪人だというわけではないのだが」

 

 言いにくそうに言葉を濁すめぐみんに、ダクネスも曖昧にうなずく。

 そんな二人に、俺は力強くうなずいて。

 

「アクシズ教徒を残していくと、知らないとこで何されるか分からないもんな」

「なんでよーっ! うちの子達を悪く言うのはやめてほしいんですけど! 大丈夫よ! セシリーにこの屋敷を任せて出掛けても、あの子は悪い事なんてしないわ! 女神であるこの私が保証します!」

「「「…………」」」

 

 女神だと言っても信用されない事を、こいつはいい加減に学ぶべきだと思う。

 というか、こいつが女神だと知っている俺にも今の言葉はまったく信用できなかったが。

 

「セシリーお姉さんをこの屋敷に残していくと、私の部屋を家探ししたり、私のベッドで寝たりしそうで……」

「…………」

 

 めぐみんの言葉にアクアがさっと目を逸らす。

 

「おい」

「違うの」

「何が違うんだよ。ていうか、やるだろ。あの女ならそれくらいやってもおかしくないって俺でも思うぞ」

 

 追及する俺に、目を逸らしていたアクアが。

 

「だってしょうがないじゃない! アクシズ教の教えに『汝、我慢するなかれ』ってあるんだから! 我慢は体に毒なのよ。めぐみんのベッドで寝たかったら、我慢せずに寝るのがアクシズ教徒なのよ!」

「ふざけんなバカ! そんな逆ギレが許されるかよ! おい、いいのか? 猫を飼うってのはこういう事だぞ!」

 

 開き直るアクアを黙らせ、なおも猫を庇おうとする二人に現実を突きつける。

 

「そ、そうなのか……? 生き物を飼うのが難しいとは聞いていたが、これは……」

「ほ、他の人に! 誰か他の人に頼みましょう! 私達の知り合いはセシリーお姉さんだけではありません! 他にも……!?」

 

 猫を飼った事のないダクネスが考えこみ、めぐみんがセシリー以外に頼めそうな相手を挙げようとするも。

 普段はゆんゆんをぼっち扱いしているくせに、意外とぼっち気質なめぐみんには猫の世話を頼めるような相手がいないらしく、しばらく何か言いたげに口をパクパクさせていたが静かになった。

 

「商店街の人達はこいつらを恨んでいるだろうから頼めないし、俺達の知り合いってほとんどが冒険者だろ。あいつらも生活が不安定だから猫の世話を頼むわけには行かない。となると、頼めるのはこいつの知り合いって事になるんだぞ?」

 

 俺がアクアを指さすと、二人は微妙な表情を浮かべた。

 屋敷からあまり出ない俺や、ぼっちなめぐみんとダクネスと違い、こいつは街の人々に受け入れられている。

 猫の世話という日常的な頼み事なら、こいつの知り合いを頼るのが一番なんだろうが……。

 

「な、何よ皆してー! どうしてそんな、不安そうな顔をするの? 安心しなさいな、私には頼み事をできる知り合いがたくさんいるんだから!」

 

 なんだろう、こいつの知り合いというだけで嫌な予感しかしない。

 

「カズマの言い分は分かりました。確かに、冒険者である私達に猫を飼うのは難しいかもしれませんね。でも、それならこの子達をどうするつもりなんですか? まさか……」

 

 めぐみんの言葉に、三人が近くにいた猫を俺から守るかのように抱き寄せる。

 ……アクアだけは手に猫パンチを食らい猫に逃げられていたが。

 

「なんだよ、俺だって猫は可愛いと思ってるっつってんだろ! 保健所に送るとか言わないから安心しろよ。こういう場合は……」

 

 俺は言いかけた言葉を途中で止める。

 こういう場合は、里親を募集して猫を引き取ってもらうのがお約束ってやつだ。

 俺達が屋敷で猫を飼っている事を商店街の人達に知られるのは気まずいが、こうなったからには仕方がない。

 だが……。

 

 …………ふぅむ。

 

「なんですか? こういう場合はどうするんですか? 思わせぶりに溜めていないで、さっさと言ってくださいよ」

「俺に考えがある」

 

 不安そうな目を向けてくる三人に、俺はニヤリと笑った。

 

 

 *****

 

 

 数日後。

 商店街の端の方にある寂れた店舗の前で、俺は道行く人にビラを手渡し声を上げていた。

 この店は元々あまり流行らない喫茶店だったのを、俺が買い取り内装を整えた。

 何をするかと言うと……。

 

「新装開店! 新装開店の喫茶店ですよー! 猫と一緒にお茶が飲めますよー!」

 

 そう、猫カフェである。

 この数日というもの、商店街の会長に喫茶店を開くためにこの店舗を紹介してもらったり、営業許可を貰うために公的施設を何度も訪ねたりと俺は忙しく働いていた。

 ウィズがストーカー被害に遭ったりプロポーズされたりといろいろあった中、それはもう頑張った。

 異世界に来てから一番頑張ったかもしれない。

 その甲斐あって、こうして短い期間で開店にまで漕ぎつける事ができていた。

 

 と、店の宣伝をする俺のもとに近づいてくる人物が。

 

「ちょっと待ってくださいよサトウさん! 喫茶店を開くとは聞いていたが、猫カフェとはどういう事ですか? あの猫達は、以前我々の商店街で盗みを働いていた奴らじゃないか!」

 

 ビラを受け取り声を上げるのは、商店街の会長。

 

「まあ落ち着いてください。とりあえずお茶でも飲んでいってくださいよ」

「猫なんかのいるところでお茶が飲めるか! この店の衛生基準はどうなってるんですか! ちゃんと許可は取っているんでしょうね! 商店街でおかしな商売をされると、私の責任問題になるんですよ!」

「当店にはプリーストの腕だけは信用できる店員がいるんで、ピュリフィケーションを掛けてもらってるんで大丈夫ですよ」

 

 俺が会長を宥めながら店内に誘導すると。

 

「いらっしゃい!」

「い、いい、いらっしゃ……ませ……」

 

 出迎えたのは、メイド服を身に着けたアクアと、町娘っぽい服装のダクネス。

 本当はウェイトレスの衣装はメイド服で統一したかったのだが、ダクネスが最後まで絶対に着ないと駄々を捏ねたので、仕方なく給仕服で許してやった。

 そんな二人の背後には、多数の猫達が店内で寛ぐ光景が広がっていて。

 

「こ、これは……」

 

 会長が足を止め無言になる。

 ここにいる猫達は、俺達の屋敷でしばらく暮らし、風呂に入れてブラッシングし、アクアのピュリフィケーションを受けた結果、黒猫盗賊団をやっていた時の荒んだ雰囲気を失い、ふわふわの毛玉と化している。

 

「今ならビラを持ってきてくれたお客さんには半額サービスもやってますよ! さ、どうぞこちらの席へ」

 

 俺に促され椅子に腰を下ろした会長のもとに、一匹の猫が近づく。

 

「あっ……!」

 

 少し前までは野良生活で荒んだ顔つきだったのが、穏やかな生活と十分な食事で丸っこくなり、人間に向ける視線からも鋭さが失われている。

 そんな野生を失った猫が身軽な動きで会長の膝に飛び乗ると……。

 

 会長の膝の上で丸くなった。

 

「おお、ふおお……?」

 

 感極まったような声を上げた会長が、猫を撫でようと伸ばした手を途中で止め、いいんですかと言うようにこちらを見る。

 

「どうぞどうぞ。乱暴にしなければ自由に撫でてやってください」

 

 笑顔で言う俺に、会長が猫を優しく撫でながら。

 

「……こ、紅茶を一杯ください」

 

 不安そうに様子を窺っていたアクアとダクネスに、俺は親指を立てた。

 

 

 

 ――猫カフェは盛況だった。

 

 会長以外の商店街の人達も、あの猫達を飼うとはどういうつもりだと腹立たしい様子でやってきては、猫達の可愛さにやられ満足して帰っていった。

 以来、商店街の端にあるにもかかわらず、猫カフェはいつも満員御礼の状態だ。

 俺としては毎日店に出るのは面倒くさいので、知り合いの駆けだし冒険者をバイトとして雇って店を任せている。

 

「――やあ、やってるね!」

 

 開店してしばらく経った頃、クリスがひょっこり現れた。

 

「お帰りなさいご主人様! あら、クリスじゃないの。いらっしゃい!」

「あ、どうも。アクアさん。……ええと、どうしてメイド服なんですか?」

「どうしてって、喫茶店と言えばメイドでしょう?」

 

 俺に手を上げ軽く挨拶をしたクリスが、その日はバイトとして店員をやっていたアクアに、ちょっと微妙そうな表情を浮かべた。

 

「いらっしゃい。クリスにはこいつらを捕まえる時も世話になったし、今日は何を頼んでも無料って事にしといてやるよ。開店サービスってやつだ」

「本当? ありがとね、カズマ君」

 

 椅子に腰掛けたクリスが、嬉しそうな微笑を浮かべメニューを眺める。

 そんなクリスの足に、一匹の猫が体をすり寄せ。

 

「……おっと、いきなり来るとビックリするじゃないか。歓迎してくれているのかい?」

 

 クリスが身を屈めて足元の猫を撫でると、猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。

 その様子を見たアクアが不満そうに頬を膨らませ。

 

「クリスは猫に好かれてるのね。この子達ってば、私のお陰でこうしてのんびりしていられるって言うのに、どうしてか私には懐かないのよ」

 

 猫達がアクアに懐かないのは、アクアの事を格下だと思っているからだろう。

 相変わらずアクアが撫でようとすると猫パンチで撃墜され、怒って猫に喧嘩を売っては転ばされて泣いている。

 

「そ、そんな事ないですよ! この子達だって、きっとアクアさんには感謝してますよ!」

「本当? ねえあなた、感謝しているんだったら態度に出してくれてもいいのよ? あいた! なんでよーっ! 少しくらい撫でさせてくれてもいいと思うんですけど!」

 

 アクアが猫を撫でようとすると、猫はアクアの手を撃墜し去っていく。

 

「猫はこの自由なとこがいいんじゃないか。義理堅い猫なんて猫じゃないだろ」

「ア、アハハ……。そうかもね」

「そういえば、クリスも猫っぽいところがあるわね。私にも猫の気持ちが分かったらこの子達も態度を改めるのかしら? ……だったら、こんなのはどう? 『ヴァーサタイル・エンターテイナー』」

 

 芸達者になる魔法を自分自身に掛けたアクアは、テーブルに置かれたナプキンを手に取り折りたたんで精巧な猫耳を作ると、それを頭に装着してその場に四つん這いになった。

 

「にゃー」

 

 猫になりきり、超巧い猫の鳴き真似をするアクア。

 ……いや、何コレ。

 

「アクアさん!? 何やってるんですか! た、立ってください! 皆見てますよ!」

 

 俺だけでなく猫達までドン引きする中、クリスがアクアの傍に膝を突きアクアを立たせようとする。

 

「カズマ君も見てないで止めてよ! アクアさんが……、アクアさんが……!」

「まあ、こいつの奇行はいつもの事だし、商店街の人達は慣れてるから大丈夫だよ」

「そういう事じゃなくてさあ!」

 

 客のほとんどは猫の可愛さにやられた商店街の人達で、彼らは猫の真似をするアクアに生温い目を向けている。

 その後、商店街の人達にお菓子を貰い、『これからは猫としてやっていこうかしら』などと言いだしたアクアを、クリスが半泣きになって止めていた。

 

 

 

 ――ある日の夕方。

 珍しく客がいない時間、俺がホールに出ていると店のドアが開いた。

 

「いらっしゃい!」

「こ、こんにちは……」

 

 大きな声で出迎えた俺にビクッとしたのは、ダクネスのいとこであるシルフィーナ。

 

「なんだ、シルフィーナじゃないか。ダクネスなら厨房にいるから呼んでくるよ」

 

 料理の腕を見せてやると息巻いて厨房に篭り、不器用さを発揮し食器を割ってションボリしていたダクネスを呼んでくると。

 現れたダクネスを見たシルフィーナが顔を輝かせ。

 

「ママ!」

「シルフィーナ、ひとりでここまで歩いてきたのか? 偉かったな」

「えへへ……」

 

 ダクネスが膝を曲げて屈むと、穏やかな表情でシルフィーナの頭を撫でる。

 病弱で倒れた事もあるこの子が出歩いているのを見ると、クズマだのゲスマだの言われている俺でもほっこりする。

 

「今日のシルフィーナはお客様だからな。なんでも好きなものを注文するといい。それと、ここは猫と触れ合って和む店なんだ。待っている間、こいつらの事を可愛がっていてくれ」

「はい!」

 

 ダクネスが注文を聞いて厨房に引っ込むと、椅子に腰掛けたシルフィーナは興味津々な様子で猫だらけの店内を見回した。

 と、そんなシルフィーナのもとに一匹の猫が近寄っていく。

 それは猫カフェにいるというのに、ほとんど客に懐く事のない黒猫。

 黒猫盗賊団だった頃にはボスだった、あの黒猫だ。

 黒猫は、お前なんかには興味ないからなという素知らぬ顔でシルフィーナの傍へ行くと、立ち止まってシルフィーナをジッと見つめる。

 シルフィーナもそんな黒猫を見返していて……。

 やがて、しょうがねえなあという顔になった黒猫が、シルフィーナの膝の上に飛び乗った。

 

「わあ! 膝に乗りましたよ!」

「おっ、珍しいな。そいつはプライドが高くてあんまり客に懐かない奴なんだよ」

 

 目をキラキラさせて報告してくるシルフィーナに、俺も思わず笑顔になった。

 シルフィーナが嬉しそうに黒猫と戯れていると、ダクネスがお茶と軽食を運んでくる。

 

「……お待たせしました。もう猫と仲良くなったようだな?」

「はい! とっても可愛いです!」

 

 他に客もいないので、ダクネスがシルフィーナと同じテーブルに着き、膝の上の猫をジッと見つめるシルフィーナに穏やかな視線を向ける。

 

「撫でてみたらどうだ?」

「……! いいんですか?」

「もちろんだ。ただ、猫が嫌がるような事をすると逃げられてしまうぞ」

 

 ダクネスに言われたシルフィーナが、黒猫をおっかなびっくり撫でる。

 黒猫は、痛くしないならまあ好きにしろよという感じの態度で、尻尾をパタパタ揺らしていた。

 

 

 

「いらっしゃいませー!」

「ど、どうも……」

 

 その日やってきたのは、不安そうな顔をしたゆんゆん。

 たまたま接客をしていためぐみんが。

 

「いらっしゃい。おや、ゆんゆんではないですか。なんですか? 人間の友達ができないからといって、ついに猫で手を打つ事にしたんですか?」

「……そ、そうよ! 悪い!? ここなら可愛い猫が相手してくれるって噂になっているのをこっそり聞いて来たのよ! ダメなの? そういう人は来ちゃいけないのっ?」

 

 開き直り目に涙を浮かべるゆんゆんに、俺がお客様に何やってんだという目でめぐみんを見ると。

 

「い、いえ、ダメではないですよ。すいません、言いすぎました。謝るので泣かないでください。どこでも好きな席に座っていれば、うちの猫達が相手してくれますよ」

 

 めぐみんがちょっと気まずそうに、ゆんゆんを空いたテーブルに案内する。

 椅子に腰掛けたゆんゆんを、周囲の猫達がジッと見上げていて。

 その視線に気づいたゆんゆんが、目を真っ赤に輝かせキョロキョロと猫達の目を見返して……。

 

「あっ!」

 

 猫達に目を逸らされたゆんゆんが声を上げる。

 

「ちょっ!? ……あなた達、お客さんには愛想良くしないと餌をあげませんよ! ほら、あの子も今日はお店の客なのですから、相手をしてあげてください!」

 

 さすがにめぐみんも悪いと思ったか、猫相手にヒソヒソと説教をするも、猫がそんなもん聞き入れるはずもく。

 そんな中、ゆんゆんに近づく小さな影が……。

 ゆんゆんの足元に歩み寄ったちょむすけが、慰めるように『なーお』と鳴いた。

 

「ううっ! ちょむすけ……!」

 

 涙目のゆんゆんがちょむすけを抱きあげ膝に乗せると、ちょむすけは嫌がる様子も見せずその場で丸くなる。

 膝の上のちょむすけを撫でながら、ゆんゆんが穏やかな表情を浮かべる。

 

 ……どうしよう、屋敷でもたまに見る光景なのに胸が痛い。

 

 

 

 ――そんなある日の事。

 その日、アクア達はそれぞれ用事があると言って出掛けていき、店に出ていたのは俺と、バイトとして雇った知り合いの女冒険者数名。

 俺が店の奥にある厨房で使用済みの食器を洗っていると、バイトの女冒険者が声を上げるのが聞こえてきた。

 

「ちょっとあんた達! 注文しないなら帰りなさいよ!」

 

 俺が様子を見に行くと、店内は厳つい男達によって満席になっているが、誰もがメニューを開いてニヤニヤしているだけで注文しようとしない。

 

「おいおい、この店はせっかく来た客を追い返すのか? 俺達は何を頼もうか迷っているだけだって。なあ皆?」

「おう、コーヒーか紅茶か決まらなくてなあ……」

「迷うほどのメニューでもないけどな!」

 

 男達は口々に囃し立て、何がおかしいのか笑いだす。

 そのすべての男が、背中に鳥のマークが入ったシャツを身に着けている。

 そんな男達を指さしながら、バイトの女冒険者が怒りを堪えきれないといった様子で。

 

「あっ、カズマさん。こいつらなんにも注文しないで長時間居座ってて……!」

 

 こいつらアレだ。

 以前アクアにやられてこの街から逃げだしたはずの、八咫烏とかいう自称警備会社の奴らだ。

 いろいろあって全員牢屋に入れられたはずだが……。

 

「あんたらまだいたの?」

「う、うるせえ! 俺達は泣く子も黙る警備会社八咫烏だぞ! わけの分からない奴らに蹴散らされたくらいで尻尾巻いて逃げられるかよ!」

「おい落ち着け。……あんたが店主か? こういった困った客へ対処するためにも警備会社が必要だとは思わないか? 警察に通報したって、連中が駆けつける前に俺達が注文すれば罪には問われねえ。店の目立つところにこのシールを貼っておけば、今後こういう事は起こらなくなるぞ」

 

 俺のツッコミに男のひとりが声を上げるのを、別の男が止める。

 すぐに商談に入ろうとするこっちの男も、ちょっと焦っているように見える。

 俺はそんな男達に。

 

「別に構わんよ。当店は猫と戯れる喫茶店だからな。注文しないのはどうかと思うが、好きなだけいてくれていいぞ」

「は? い、いや、何言ってんだ。店主としてそれはどうなんだ? 俺達がずっと注文もせずに店に居座っていたら、料理も出せないし金も稼げないはずだ。な? 困るだろ? ……強がってるだけなんだよな? そんな強がりを言ったって損をするだけだからな?」

 

 平然と言う俺に男が早口でまくしたてる。

 

「そんな事言われても。まあ、俺は別に稼げなくても問題ないしな。警備会社の人に営業方針にまで口出しされる謂れはないはずだ」

 

 俺が本気で言っている事が分かったのか、男は舌打ちし席を立ち。

 

「……ちっ。言っとくが、こんなのは嫌がらせとしては可愛いもんなんだぜ? 今のうちに俺達と契約しとけば良かったって後悔しないといいな」

 

 脅しのような捨て台詞を吐いて、仲間とともに店を後に……。

 …………。

 

「すごい! 追っ払った!」

「さすがカズマさん!」

 

 バイトの女冒険者達が口々に俺を褒めるが、

 

「いや、ちょっと待て」

 

 俺は立ち去ろうとする男達を呼び止めた。

 

「なんだよ? やっぱり契約する気に……」

「ひとり五万エリスになります」

「はあ!? 何言ってんだてめえ! 俺達は何も注文してねえんだぞ! 金なんか払うわけないだろ! しかも五万エリスだ!? ふざけるのも大概にしろ!」

 

 手のひらを上にして手を突きだし金を要求する俺に、男が激高し怒鳴りつけてくる。

 

「いやほら、ちゃんとここに書いてあるだろ」

 

 そんな男に、俺はメニューの一点を指さす。

 そこには小さな文字で、『※高額な席料をいただく場合があります』と書かれていて。

 

「何が席料だ舐めやがって! ただの喫茶店に席料なんてもんがあってたまるか!」

「だから言ったじゃないか、当店は猫と戯れる喫茶店だって。好きなだけいていいとは言ったが金を取らないとは言っていない。こっちだって商売でやってるんだからな。注文しなくても猫と戯れるだけで席料が発生するのはしょうがないだろ。まあ、普通に注文してくれる客にはこんな事言わないどな」

「猫なんかと戯れるだけで金払えるか! おい、警察呼べ! この店ボッタクリだ!」

 

 男の言葉に店を出ようとしていた男達がざわつきだす。

 

「ほーん? なんで猫と戯れるのに金払えない奴が猫カフェに来たんですかねえ? 確かに警察が来たらうちはボッタクリって事になって指導されるか、最悪営業停止になるかもしれないが、あんたらも詳しい事情を聞かれるんじゃないか? 嘘吐くとチンチン鳴る魔道具の前で、自分達はただの客です、嫌がらせなんてしてませんって言えるのかよ? よその店に大勢で来て嫌がらせしたなんて知られたら、そっちの警備会社も営業停止にされるんじゃないか? 今度こそ牢屋から出られなくなってもいいのか?」

「「「…………」」」

 

 静まり返る男達に向け、俺は手を突きだすと。

 

「まあ、俺だって鬼じゃない。今回は初めてだし、全員で五万エリスにしといてやるよ」

「クソが!」

 

 男は俺の手にエリス紙幣を叩きつけ、仲間を引き連れて今度こそ去っていく。

 

「またのお越しをお待ちしてます」

「二度と来るか!」

 

 五万エリスを手に入れ満面の笑みで客を見送る俺に。

 

「「うわあ……」」

 

 バイトの女冒険者達がドン引きしていた。

 

 

 *****

 

 

 それは、とある客がいない時間の事。

 

「そういやお前ら、バイトばかりしてるけどクエストに行かなくていいのか? ……俺はもう一生働かなくても困らないくらい金があるんだけどな」

 

 バイトの女冒険者にふと訊ねてみると、お前が言うなという目を向けられた。

 

「私らだってできればクエストに行きたいんだけどね。ここんところ街の近くに初心者殺しの目撃情報があるじゃない? 私らくらいのレベルだと初心者殺しに遭遇したら終わりだし、そいつはゴブリンやコボルトの群れを率いていない珍しい初心者殺しらしくて…………。……ねえ、なんで初めて聞いたみたいな顔してるの? カズマさんも冒険者なんだから話くらいは聞いてるよね?」

 

 初耳です。

 

「ベテラン冒険者は宝島の収入で当分は稼ぐ必要がないって言って、昼間っからギルドの酒場でお酒飲んでるし、……誰かかっこいい凄腕冒険者が初心者殺しを討伐してくれたらなー」

「いらっしゃいませー」

 

 タイミング良く客がやってきたので、チラチラ見てくる女冒険者を気にしない事にした。

 

 

 

「クエストに行くぞ」

 

 屋敷に帰ると、鎧を着たダクネスがそんな事を言いだした。

 

「行くわけない」

 

 俺はそんなダクネスをスルーし、ソファーにどかりと腰を下ろす。

 

「このところ、街の近くで初心者殺しが目撃されているという話を知っているか? 宝島のせいで中堅以上の冒険者達はクエストに出ようとしないし、このままでは駆けだし冒険者がクエストに出られず干上がってしまう。聞けばその初心者殺しは、後ろ足にワイヤーの残骸が引っ掛かっているらしい。おそらく以前私達が仕留め損ねた個体だろう。あいつはなぜかアクアをジッと見つめていたし、街の近くに出没するようになったのは私達が原因かもしれない。私達のせいで新人達に迷惑を掛けているのだとすれば、放っておくわけには行かない」

「……お前、あのデュークとかいう男を逆ナンするのが嫌なんだろ」

「ちちち、ちがー! わ、私は困っている駆けだし達のために……!」

 

 俺がポツリとツッコむと、熱く語っていたダクネスが顔を赤くし慌てだす。

 ダクネスはアクアにそそのかされ、デュークがウィズに対してどれだけ本気なのかを試すために、今夜逆ナンする事になっている。

 

「俺は猫カフェの営業で疲れてるんだよ。今日はめぐみんもどっか行っちまったし、どうしてもって言うならクリスと一緒に行ってこいよ。最近あいつは猫カフェに入り浸ってるぞ」

「お、お前……。料理スキルを取ったり逃走スキルを取ったり、挙句に店を開くだとか、冒険者としてどうなんだ?」

「今さらそんな事言われても。もう一生分稼いだんだから俺は働かなくても暮らしていけるんだよ。これからの人生は悠々自適に暮らしていく予定だ。冒険になんか行く気はないよ」

「お前という奴は! ああもう、どうして私はこんなダメ男を……!」

 

 ダクネスが両手で顔を覆い何やら深く悩みだす。

 そんな中。

 

「見えたわ」

 

 絨毯の上に大量のドレスを広げていたアクアがポツリと呟いた。

 

「今夜のダクネスのコーディネートはこれとこれで行きましょう。ダクネスはおっぱいが大きいから、これならあのデュークって男も悩殺されるはずよ」

 

 自分が指導すればあんな男はイチコロだと豪語するアクアは、ダクネスがデュークを逆ナンする時に着るドレスを選んでいた。

 

「万が一駄目だったら、あの男はロリコンに違いないからめぐみんを行かせましょう」

「お、おいアクア。いくらウィズのためとは言え、私はあまりはしたない格好をするつもりはないからな。お父様に知られたらなんと言われるか……」

「そうだぞ。このおっぱいは俺のもんだからな。安売りするのはやめろよな」

「誰がお前のものだ!」

 

 ダクネスが顔を赤くしながらも声を上げる。

 

「めぐみんがいないからって一線越えようとしたくせに何言ってんの?」

「そ、その話はやめろ……!」

「お前らはもっと頑張るべきだと思う。いい雰囲気になるといつもいつも何かしら邪魔が入るけど、そんなの気にしないで行けるところまで行けばいいんだよ」

「いいわけあるか! お前はもっとデリカシーというものを持て! そういった事は二人きりの時に……、いや、そうではなく! アクアもデュークの事は一旦置いておいてくれ。今は初心者殺しの事だ!」

 

 昔のダクネスなら今ので簡単に話を逸らせていたのだが。

 ……こいつも成長したなあ。

 

「だから断ったじゃん。もうその話は終わりだろ」

「勝手に終わらせるな! 私達が仕留め損ねた初心者殺しが他の冒険者に迷惑を掛けているんだ! 少しは責任を感じないのか?」

「ちっとも感じません」

「こ、この男……! よ、よし分かった。私とともに初心者殺しを討伐しに行くと言うなら、以前めぐみんがいなかった夜の続きをしてやろうではないか」

「お構いなく」

「……!?」

「お前、俺がその手の誘惑にいつでも乗っかると思うなよ? 俺にはめぐみがいるんだ。いくらお前が俺の事を好きで好きで仕方ないと言っても、そういった行為はどうかと思う」

 

 つい最近、サキュバスの喫茶店で特別なサービスを受けた俺は、そんな誘惑には屈しない。

 

「ちょっと待て! こないだと言っている事が違うではないか!」

「こないだはこないだ、今は今だ。俺の名は佐藤和真。現在を生きる男にして、誠実さを旨とし誘惑を跳ね除ける男の中の男」

 

 と、そんな俺とダクネスをジッと見つめていたアクアが。

 

「……ねえダクネス。カズマさんとイチャコラするのはいいけれど、今夜はあのデュークってのを試しに行かないといけないんだから、ダクネスは恋人がいない設定にしておいてね?」

「おい、誤解を生むような事を言うのはやめろよ。俺達は別に付き合っているわけじゃない。こいつが一方的に俺の事を好きで好きでしょうがないだけなんだよ」

「最低だ! お前は最低だ! 女の純情をなんだと思っているんだ!」

 

 と、ダクネスが顔を真っ赤にし声を上げた、そんな時。

 

「カズマ君、大変だよ! お店が……! お店がなくなっちゃう!」

 

 玄関のドアが開かれ、慌てた様子のクリスが現れた。

 

 

 *****

 

 

 俺達はクリスに連れられ、事情を聞く暇もなく猫カフェへとやってきた。

 そこには――!

 

「ほら、にゃーにゃー」

「おっと、簡単には捕まえられませんね? シルフィーナさん、次は私に貸してくださいね」

「じ、順番です。……にゃーにゃー」

「フフフ。にゃーにゃ……!?」

 

 俺が作った猫じゃらしみたいなオモチャで黒猫と戯れるシルフィーナと、その隣でダメな感じになっている警察副所長ロリエリーナの姿が。

 ロリエリーナは店に入ってきた俺達に気づくと、何事もなかったかのように椅子に腰掛け、テーブルの上にあったカップを手にした。

 

「……お、遅かったですねサトウさん。お待ちしていましたよ」

 

 そのカップ、空ですけどね。

 

 

 

「すまないなシルフィーナ。私達は少し難しい話をするから、そこで猫と遊んでいてくれ」

「なんだか難しい話みたいだし、私はここで猫達と遊んでいるわね」

 

 人目のあるところで話すのもどうかという事で、空気を読まずにバカな事を言いだしたアクアを残し俺達は店の裏手に出た。

 

「それで、店がなくなっちゃうって話ですがどういう事ですかね?」

「いえ、今すぐなくなるというほどの事では……。というか、こんな素晴らしい店をなくしてしまうなんてとんでもない!」

 

 猫カフェを気に入ったらしいロリエリーナは拳を握り力説する。

 

「実はですね、この店にモンスターの子供がいるという話なのです。引っ掻かれて大怪我をしたという苦情が署まで寄せられていまして」

 

 ……苦情?

 

「俺はけっこう店に出てるけどそんな話は聞いた事ないぞ。猫に引っ掻かれたくらいで大怪我って言われても、何言ってんだって話だ。ひょっとしてそれって八咫烏とかいう警備会社の奴らが言ってるんじゃないか?」

 

 確か以前来た時に、この程度の嫌がらせは可愛いもんだとかなんとか言っていた気がする。

 これもあいつらの嫌がらせなのだろうか。

 

「それが、身分を明かしたくないからと警察署に無記名の投書がありまして。誰からの申し立てかは分からないのです。しかし猫カフェというのは誰も聞いた事のない喫茶店ですから、周りに不安を与えるようであれば一時的にでも営業停止にせざるを得ないと……。ですが私が副所長の権限でどうにか揉み消すので心配しないでください」

「ふ、副所長殿? 私の前であまりそういう事を言うのはやめてほしいのだが」

 

 堂々と職権乱用すると言うロリエリーナに、ダクネスが頬を引き攣らせる。

 この街の人間はこんなのばっかりか。

 

「まあ、俺の本業は冒険者だし、別に店を閉めても構わないんだけどな」

「お、お前という奴は……。さっきまで冒険に出たくないなどと駄々を捏ねていたくせに、冒険者を名乗るとは恥ずかしくないのか?」

 

 俺の言葉に、ダクネスがさっきまでの話題を蒸し返しツッコミを……。

 

 …………んん?

 

「なあ、その投書とやらはただの嫌がらせだろうけど、ひょっとしてマジでモンスターがいるんじゃないか? あのボスの黒猫、猫にしてはやたらと賢かっただろ。それに、あの初心者殺しはアクアを気にしてたけど、あれって黒猫の匂いがアクアにくっついてたからじゃないか? 初心者殺しはアクアの匂いを辿って、子供を捜すために街の近くをうろついてるのかも……」

「「「…………」」」

 

 思いつきを口にする俺に、その場の全員が無言になる。

 

「な、なんだよ。真面目な顔で黙りこむのはやめろよ! 冗談だよ!」

「ええと、あの黒猫だよね? ちょっと待ってて。連れてくるよ」

 

 クリスが店に入り、黒猫を抱えたシルフィーナとともに戻ってくる。

 シルフィーナの腕に抱えられている黒猫は、どこから見てもただの猫にしか……。

 

「いや、ちょっと待て。こいつ、こんなに大きかったか? なあ、実は普通の猫じゃなくて、初心者殺しの子供って事はあり得るのか? モンスターなのに街中にいるなんてあり得ないよな?」

 

 シルフィーナには聞こえないように俺達はコソコソと話し合う。

 

「ええと、私は冒険者ではないのでモンスターの事はちょっと……。ど、どうなのですか?」

「どうなのって言われても。あたしもモンスターの生態に詳しいわけじゃないからなあ。でも初心者殺しは頭が良いから、猫の振りをして街の中にいるのが安全だって考えたのかもしれないよ。成長すると冒険者に恐れられる初心者殺しでも、子供の頃には他のモンスターに襲われる事もあるのかもしれない」

「モンスターのくせにモンスターに襲われないように街の中に逃げこんだってか?」

 

 一見すると大きな猫にしか見えないから、人間を襲ったりしなければ街中にも紛れこめるのだろうが……。

 雑魚モンスターを餌に駆けだし冒険者を狩ったり、モンスターから身を守るために子猫の振りをして人間の街に棲みついたり、頭が良いってレベルではない。

 と、俺達がどうしたもんかと悩んでいるとダクネスが。

 

「初心者殺しの子供だとしたら牙が発達しているはずだ。シルフィーナ、その子をしっかり抱いていてくれ」

 

 ダクネスが黒猫の口を無理やり開かせると、口からは小さな二本の牙が生えていて。

 今は小さなこの二本の牙は、成長するとサーベルタイガーみたいな大きな二本の牙になるのだろう。

 

「……初心者殺しだね」

 

 思わず皆が無言になる中、クリスがポツリと呟く。

 状況が分からないながらも、俺達の間に流れる微妙な空気を察したか、シルフィーは不安そうな表情を浮かべて。

 

「……あ、あの、この子がどうかしたんですか?」

 

 そんなシルフィーナの正面にダクネスが膝を折って屈み、シルフィーナと視線を合わせる。

 

「シルフィーナ。その黒猫は……、いや、その子は猫じゃなくて初心者殺しというモンスターの子供なんだ。街の中に置いておくわけには行かない」

「で、でも……。悪い子じゃないですよ」

 

 シルフィーナが一歩下がり、黒猫を守るように抱きしめた腕に力を込める。

 

「今、その子のお母さんが街の近くに来ている。シルフィーナはその子と仲良くなったみたいだから別れるのは辛いだろうが、その子のお母さんは心配しているはずだ」

「お母さん……」

 

 ポツリと呟いたシルフィーナは、目に涙を浮かべながら。

 

「……分かりました」

 

 そう言って、黒猫をダクネスへと手渡す。

 いつもなら抵抗しそうな黒猫は、俺達のやりとりを理解しているのかおとなしくダクネスの腕に抱かれた。

 

 

 *****

 

 

 目に涙を浮かべ黒猫に『バイバイ』と手を振るシルフィーナと、ついでにロリエリーナに見送られ、街の正門から出てきた俺達は。

 

「――それで、こいつはどうするんだ? 本当に野に帰すのか? 今のうちに討伐しといた方が良いんじゃないか?」

「「!?」」

 

 シルフィーナの姿が見えなくなった途端の俺の言葉に、ダクネスとクリスが驚愕に目を見開いた。

 ちなみにアクアは猫カフェに忘れてきた。

 

「なんて事言うのさカズマ君! クズマとかゲスマとかいうのは言い過ぎだと思ってたけど、皆の気持ちが今分かったよ!」

「そ、そうだぞ。それに私はこの子を母親のところへ帰すとシルフィーナと約束をしたのだ。この子に無体を働くのは見過ごせない!」

 

 黒猫を抱いたダクネスが、まるで子を守る母親のように俺から黒猫を隠そうとする。

 

「でもそいつ、成長したら冒険者を襲うようになるんだぞ?」

「そそ、それは……!」

「そりゃ俺だって、シルフィーナとの約束は守りたいし、今のそいつは可愛いと思うよ。でも成長したら初心者殺しになるんだ。もしも将来そいつに誰かが襲われたら、それこそシルフィーナは悲しむんじゃないか?」

「…………ッ!」

 

 俺の指摘に反論できなくなったダクネスが、腕の中の黒猫をジッと見る。

 黒猫はそんなダクネスを見返して。

 

「なーお」

「わ、私にはできない……!」

「待ってよ! ねえ待って! 初心者殺しは頭が良いから、事情を話したら分かってくれるかもしれないよ! ほら、この子は街の人達にもけっこう可愛がられていたし!」

 

 ダクネスの腕の中でおとなしくしている黒猫は、ちっとも危険そうには見えない。

 でもなあ……。

 ここでこいつを野に放つと、今後初心者殺しの被害が出たと聞くたびに俺のせいじゃないかとビクビクする事になりそうな気がする。

 

「お前、成長しても人間を襲わないって約束できるか? できるなら無事に逃がしてやってもいいぞ?」

「なーお」

「なるほど、分からん」

 

 クソ、初心者殺しのくせに見た目が可愛いから傷つけるには罪悪感が……!

 

「カカカ、カズマ君! カズマ君……!」

「なんだよ、今俺はこいつを説得するのに忙しい……」

 

 慌てた口調で俺を呼ぶクリスに、俺が黒猫から顔を上げると。

 

「初心者殺しが出たよ!」

 

 初心者殺しが猛スピードで近づいてきていた――!

 

 

 

 後ろ足にワイヤーの残骸を括りつけたままの初心者殺しは、俺達の近くまで来ると一定の距離を置いて足を止める。

 俺達の前には、大剣を地面に突き刺したダクネスが立ち塞がっているが……。

 

「み、見てるよ! あいつ超こっち見てる!」

 

 初心者殺しは目の前にいるダクネスではなく、ダクネスに手渡され黒猫を抱いた俺をジッと見つめている。

 

「カズマではなく私を見ろ! 『デコイ』……!」

「グルルルル……ッ!」

 

 囮となるスキルを使ったダクネスを気にしながらも、初心者殺しは俺を見つめ、喉を鳴らして威嚇してくる。

 

「ヤバい! 超怖い! なあ、これってやっぱり子供を返せって言ってんのか? おいどうする? 本当にこいつを渡しちまっていいのかよ?」

「そ、それは……!」

 

 俺の言葉にクリスも結論が出ないのか口篭もる。

 ここでこの黒猫を野に放つよりも、親と一緒に葬り去ってしまうのが冒険者として正しい行為なのでは……。

 

 …………。

 

 いや、無理だろ。

 初心者殺しなら以前討伐した事があるし、なんとなく楽勝だと思ってここまで来たが、考えてみればこいつは俺の目つぶしコンボもクリスのバインドも経験した、歴戦の初心者殺し。

 初心者殺しは頭が良い。

 魔力を溜めて初心者殺しの気を引くめぐみんがいない今、俺の目つぶしコンボもクリスのバインドも避けられるだろう。

 さらに、ダクネスの囮スキルもあまり効果がないとなれば……。

 

「よし分かった。こいつは返すから俺達の事は見逃してくれ。ついでにこれからは冒険者を襲うのもやめてくれると助かる」

 

 俺は腕の中の黒猫を放りだした。

 

「カズマ君!? 最低だよ! キミってやっぱり最低だ!」

「うるせーっ! 俺達じゃあいつを倒せないんだからしょうがないだろ! それに、お前だって逃がしてあげようって言ってたじゃないか! 文句を言われる筋合いはないはずだ!」

「そうだけどさあ!」

 

 ――と、俺とクリスが言い合っていると。

 

「なーお」

 

 母親らしき初心者殺しのもとへと近寄っていった黒猫が鳴き声を上げる。

 すると、初心者殺しは唸るのをやめ、黒猫に近づくとその全身を舐めだした。

 

「お、おお……。こういうの動物番組なんかで見た事あるな。本当に親子って感じだ」

「やっぱりこの子を捜してたのかな? 見つかって良かったねえ」

「……ふう。これでシルフィーナとの約束を果たせたな」

 

 クリスが目に涙を浮かべて微笑み、ダクネスが警戒しながらも頬を緩める中。

 初心者殺しの親子は俺達をチラチラと振り返りながら遠ざかっていき、やがてその姿は見えなくなった。

 

 

 *****

 

 

 ――黒猫を母親のもとへと返した後。

 猫カフェでモンスターを飼っていた事が事実だと知られると、同時に猫に引っ掻かれて怪我をしたという苦情も事実として広まってしまった。

 その二つを合わせ、周辺住民を危険に晒したとの判断から猫カフェは営業停止とされた。

 

 猫カフェを追いだされた猫達がどこへ行ったのかというと……。

 

「よーしよし、魚か? この魚が欲しいのか?」

「こっちは肉だよ! 鶏肉をあげよう! 母ちゃんには内緒でいいとこのをやるから、ちょっと撫でさせてくれないか?」

「喉乾いてないかい? ミルクがあるよ」

 

 猫達は商店街の人達に可愛がられ、通りのあちこちでのんびりと過ごしている。

 猫カフェに通い猫達の可愛さにやられた店主達は、自分達で進んで猫の世話をすると言いだしたのだ。

 冒険者と違い生活が安定している彼らなら、猫の世話を任せても大丈夫だろう。

 日本にも地域猫ってのがいたしな。

 

 ――そんな風景を眺めながら、アクアがポツリと。

 

「ねえカズマ。これって黒猫盗賊団に食べ物を盗まれてた時と同じなんじゃないかしら」

「シーッ! どうしてお前は空気が読めないくせに時々無駄に鋭いんだ? せっかく皆が満足してるのんだから余計な事を言うのはやめろよな」

 


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