小町ポイント クリスマスキャンペーン 作:さすらいガードマン
ポワポワポワンと、どう考えても非現実的な効果音を立ててピンクの煙が広がり俺の視界を埋め尽くす。自分の指先も見えないほどの濃い煙だが、不思議と息苦しさは感じない。
立ち尽くしていると急に意識が薄れてきて…………。
……誰かが俺のほっぺをペチペチやってる。……ゆっくりと意識が戻ってきた。
目を開くと、目の前に見覚えのある幼児の顔。確か、クラスメイトのかわ……川口の妹のけーちゃんだ。何故か、昼に着ていた可愛らしい天使の服を着けている。
ゆっくりと周りを見回す。見覚えのない、一般的な家のリビング、という感じか。俺はソファーにもたれて眠っていたようだ。
「はーちゃん、おきた?」
「おう。おはよう、けーちゃん」
そう言ってけーちゃんのほっぺをちょんちょん、とさわる。
「……おはようって、いま、ゆうがただよ?」
けーちゃんが小首をかしげる。
随分と時間が経っているな……。それとも、「この世界」は、色々と時間がずれているのか……。
しかし、……さっきの小町、じゃなかったコマチエルによれば、俺は一夜の恋人をプレゼントされるって話だったはず。……つまり、「けーちゃん」が俺の恋人?
いやいや、ありえん。第一そんな事を言ったら姉の川島が黙っていないだろう。……どうせ、俺は同世代の女子には全く相手にされないので、仕方なくけーちゃんが来てあげました、とか言うオチだろうが……。
でも、けーちゃんは俺の腐った目を見ても全く怖がらないしな。……もしかすると相性は良いのか? それに、彼女の姉は、ちょっと、いやかなり恐いけど相当な美人で、けーちゃんは幼いながらもその姉に実によく似ている。将来が楽しみだ。
つまりこれは……光源氏計画を発動して、ここから俺好みに育てていけ、ということでせうか……
などとアホな事を考えながらけーちゃんのほっぺを指でぷにぷにしていると、
「アンタ、何やってんの……」
いきなり背後から少々怒気を孕んだ声がする。
ヒエッ、いまのでようやく名前思い出した。けーちゃんの姉のカワサキサキ……皮裂きサキだ。なにそれ恐い。八幡、けーちゃんのほっぺをつついた罪で皮を裂かれちゃうのかしらん……。
「さーちゃん! はーちゃん、おきたよ!
けーちゃんが、俺の背後に元気よく手を振る。俺は振り向いて……、
自分の心臓がドクンと音をたてるのが聞こえた気がした。
彼女、川崎沙希は、目にも鮮やかなサンタカラーのチャイナ服を身につけていた。
光沢のある真っ赤な生地に、金と銀の細かい刺繍。袖のない肩口と、膝を隠すか隠さないかギリギリぐらいの丈の裾の部分には、真っ白な細いファーで縁取られている。スリットは腰骨が見えそうなほど深く、スラリと伸びた脚の、白い素肌が実に色っぽい。足首から先は、ドレスと同じ生地の独特の布の靴に包まれている。
普段ポニーテールにしている、彼女の蒼味がかったきれいな長い髪は左右二つのお団子にまとめられ、やはりドレスと同じ生地の、シニヨンキャップ?とか言う、あのドアノブカバーみたいなものの中にきれいに収められている。
ヤバイ。はっきり言って超似合う。チャイナ服のシンプルなシルエットが、川崎のスタイルの良さをより際立たせているし、鮮やかな赤が、彼女の肌の白さをより一層引き立てている。
「……まだぼうっとしてるみたいだね、大丈夫? ほら」
そう言って彼女は俺にコップに入った水を差し出した。おそらく俺のためにどこからか汲んできてくれたのだろう。……ぼうっとしてたのはお前に見惚れてたからだ、とか言ったら本当に皮を裂かれかねないので、
「お、おう。その……ありがとな」
それだけ言ってコップを受け取り、ありがたくいただく。よく冷えた水が喉に心地よく沁み込んでいく。
一心地ついたところで、
「なあ、さーちゃん。これってどういう状況なんだ?」
そう川崎に聞いてみた。
「さーちゃん言うな。でも……、 小町?だか天使だかが出てきて、夢と現実の間、とか言ってたけど」
そういえば俺もそんな事を言われたような気がする。
「でさ、気がついたら何故かあんたがうちのソファーで寝てるし、けーちゃんと一緒にこんな格好させられてるし……あっ」
そこまで言って、ようやく自分の服装に思い至ったらしく、自分の躰を抱きしめるようにして慌てて一歩下がる。顔が真っ赤だ。
「あぅ、いやその、これは……」
川崎がしどろもどろになっていると、けーちゃんが、
「あのね、はーちゃんのコイビトさがしてるっていうから、わたしなってもいいよっていったの。そしたら、さーちゃんが、あたしがコイビトなりたいってゆーから、おうえんしにきたの」
さらりと爆弾発言をする。
「なな、何言ってんのけーちゃん! そ、そうじゃなくてあの、けーちゃんはまだ小さいから……」
「なるほど、だから、さーちゃんがはーちゃんのコイビトになってくれるのかー」
「うん。はーちゃん、うれしい?」
にこぱっ、と笑って聞くから、にこぱっ、と笑って答える。
「おう、うれしいぞー。 さーちゃんは美人さんだからなー」
「な、あぅ、……う、うれしいとか、美人とか……」
「はーちゃんうれしいって。よかったねさーちゃん。じゃあ、わたしかえるから、さーちゃんがんばって!」
「え、か、帰っちゃうの?」
川崎が心細そうな声を出す。
「だって、コイビトはふたりっきりでするんでしょ」
……
けーちゃんは、俺に「またね~」と手を振りながら、ピンクの煙に包まれて消えてしまった。
「……あ……」
幼児に置いて行かれてショボンとしてる川崎……可愛すぎる。っていやいや。
けーちゃんがいなくなるとなんだか急に静かになった。
「あー、悪かったな。勝手に恋人とか言っちまって。……けーちゃんが喜ぶから、つい、な……」
「そんな事……。あたしも、その、嬉しかった、し。 ……もしあんたが良ければ、恋人ってのも悪くないかな、って」
「お、おう」
「……あんたはさ、いやじゃないの? その……」
「いや、アレだ。さっきけーちゃんに言ったの、あれ本音だぜ。……お前、美人だしスタイルいいし。……それにな、基本ぼっちでいて、弟とか妹をすごく大事にしてるところとかに、なんつーの、シンパシー? みたいなのも感じるしな」
「……うん」
「だからと言って、大志が小町に近付くのは許さんが」
「ぷ。そこは変わらないんだ」
素直な表情で笑う川崎。あまり見ることのないその笑顔がひどく魅力的で少しドキッとさせられる。
「なあ、川崎、」
「ん?」
「お前、普段から今みたいに笑ってたほうが良いんじゃないか? ……その、すごく可愛かったから、な」
「か、可愛いとか、そんな……」
いや、マジでかわいいから。
「あー、俺ら、今日はその、恋人、だよな」
「う、うん……」
「なら、良いよな」
そう言って彼女を引き寄せるように抱きしめる。
「ちょっ……」
川崎は慌ててはいるが抵抗は無い。優しく背中を撫でていると、おずおず、という感じで俺の背中に腕を回してきた。……目が合う。見つめ合ったのは数秒、彼女が目を閉じたのを合図に、俺達は唇をあわせた。
……一度離れると彼女の口から吐息がもれる。もう一度……。今度は舌で彼女の唇を割る。少しだけ抵抗があったが、川崎はすぐに力を抜いた……。
「嫌だったか?」
「ううん、ちょっとびっくりしただけ……。その、あんた、こういうの積極的じゃないと思ってたから、さ」
「いや、アレだ。お前のその格好、破壊力すげーよ。こっちはその、もっと色々したいの我慢してるくらいだぜ」
「い、色々……」
「……スマン。こんなこと言われても困るよな……悪い」
「いいよ。その……あんたがしたいなら、あたしは……」
川崎は真っ赤になってそう言う。
「マジ?」
「え、あ、ちょっと比企谷、目がこわいってば、あっ……」
目がこわいのはいつもの事だな。俺は構わずチャイナ服のスリットから手を滑り込ませ、彼女のしなやかな太腿に触れていく。
「な、いきなりっ、ちょ……やっ……」
ちょっぴり涙目になって、弱々しくしか抵抗できない川崎の可愛らしい姿を見てしまった俺は、もう止まることができなかった……。