小町ポイント クリスマスキャンペーン 作:さすらいガードマン
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ちゅっ。
「えへへ、お兄ちゃん、おはよう、あんどメリクリ~」
「……おう、おはようさん……って、どしたの? 小町」
うちの兄妹は千葉の兄妹の基本を守り、非常に仲がいい方だ、という自覚はある。しかし、いくら天使の化身である小町でも、いつもはほっぺにチューで起こしてくれたりはしない。
幸いなことに、夜中に馬乗りになってビンタで起こしたり、二度寝したからといっていきなりバールを突き立てようとしたりもしない。うん。普通が一番だな。
「今日は、クリスマスだから、彼女のいないお兄ちゃんに、私からのサプライズプレゼントだよっ。あ、今の小町的にポイント高い!」
「おー。……ありがとなー」
ようやく目が覚めてくる。はて、なんかすごくいい夢を見たような気もするし、しょーもない夢を見たような気もするが……思い出せん。
「……朝からテンションひくいなぁ。クリスマスだよクリスマス!」
「いや、日本のクリスマスはイブでだいたい終わりだろ。誰も教会とか行かないしな」
「誰もってことは無いと思うけどな……。それよりお兄ちゃん、今日出かけるんでしょ、早くご飯食べちゃって」
「おう。ま、出かけたくて出かけるわけじゃないんだけどな……」
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今日は、昨日のイベントの総武高側、つまり演劇イベントの反省会だ。どんなイベントでも、その直後に問題点、反省点を洗い出し、どう対応するのがベストだったか、を議論しておくことで、次に同じようなイベントを行う時、大幅な時間とコストの削減に繋がる……らしい。
ホント時間とかコストとか大事だわ。そのためにはリスク・ヘッジをしっかりと行い、レスポンシビリティのアフィリエイトをクリアーにした上で細かいビジョンをサジェストして……。
いかんいかん、うっかり意識高くなっちゃうところだったぜ。愛車(自転車)で通学路を駆け抜けながらそんな事をレミニセンスする。おっと、意識が抜けてない。
まあ、これは半分建前で、一色会長様曰く、
「えー、余った予算、細かく計算して二校で再分配するとかー、超めんどくさいじゃないですかー。きれいに使っちゃったほうが良くないですかー」
との事で、残りの予算は今日のお菓子と飲み物代に消える事になった。生徒会メンバー以外は自由参加とのことなので、当然のごとく俺は不参加を表明したのだが、
「は、何言ってんですかせんぱい。わたしが出るのに先輩が来ないとかわけわかりません。と、いうことで、せんぱいは強制参加でよろしくで~す」
何その超理論。でも、結果的に生徒会と奉仕部は、全員参加。あとは、イベント参加者の中でご用事の無い方はよろしければ参加して下さい、という流れになった。
自転車置き場に愛車(しつこい)を置いてから、一度奉仕部の部室へ向かう。
お、自転車漕いでる間にメールが入ってた。……折本ちゃんからだ。いや、「折本ちゃん」って何? ……そういえば、昨日打ち上げで無理やり登録してましたね……。
『おいっす~ 比企谷、起きてる? 昨日の夜、超ウケる夢見たんだけど……』
知らん。俺は途中で読むのを止めた。何が悲しくて他人の夢の話に付き合わなくてはならんのか……。
今日は、校舎こそ部活動などで開放されているが、もう冬休みに入って授業は無いため、校内は閑散として、ひんやりとした空気が漂っている。
「あ、比企谷おはよっ」
「おう、おはよーさん」
何か用事でもあったのだろう。休日にもかかわらず登校していたクラスメイトの相模と朝の挨拶を交わす……って、何で俺、相模と普通にあいさつしてんの?
思わず振り返った時には、相模はもう廊下の角を曲がるところだった。……まあいい。
「……うす」
扉を開けると、既に雪ノ下がいつもの席に座っていた。
「こ、こんにちは、比企谷くん……」
ん? なんか……いつもと様子が違う。ほんのりと紅く肌を染めて俯いたままこっちを見ない。
「どうした、雪ノ下。風邪でも引いたか?」
彼女は顔を上げると、妙に熱のこもった目で聞いてくる。
「あなたは、その、昨日……、夢、とか見なかったのかしら?」
「あん、夢? 何の事だ」
そう答えると、彼女はひどくホッとしたような、がっかりしたような顔になって緊張を解いた。
「ふふ、そうよね。そんな事あるわけ無いわ……」
「なんの事だよ」
「さあ? 何かしらね」
そして雪ノ下は、いつもより少しだけ優しく微笑ったような気がした。
……ふと、妙な既視感……雪ノ下を、いや、雪ノ下の座っている席のあたりを見ていると、背筋がゾワゾワっとする。まるで大魔王にでも睨まれて居るような……。
「やっはろ~」
相変わらずのアホなあいさつに思考が中断された。扉が開き、由比ヶ浜が入ってくる。
「こんにちは、由比ヶ浜さん」
「やっはろ~メリクリ、ゆきのん。あとその、ヒ、ヒッキーも、メリクリ」
「お、おう」
何故か由比ヶ浜は、自分の胸を抱くようにして腕を組み、こっちをチラチラ見てはなんだか落ち着かない表情をしている。。
いや、確かについその立派なメロンちゃんに目が行ってしまうことが無いわけじゃないけれど、少なくとも今日はまだ見てないから。
「えと、俺、何かしたか?」
「しし、してないし、何かとか、べ、別に。……もう、ヒッキーのバカ」
今度は由比ヶ浜が赤くなっている。二人共おかしい。なんだか居づらくなった俺は、
「生徒会室に置きっぱなしだった荷物あるから、それ取りに行ってそのまま会議室行くわ」
そう告げて、二人の返事も聞かずに部室から逃げ出す。
こうしていても仕方ないので、宣言通り生徒会室に向かう。どうせ会議室に運ぶものもあるだろうから、その手伝いをしてやってもいいしな……。
生徒会室のドアをノックする。
「はーい、空いてますから入ってきてくださ~い」
……聞き覚えのある生徒会長様の声がする。……何かデジャブ感が……。
ドアを開けて入っていくと、一色が一人でファイルをチェックしていた。
「あ、せんぱい、昨日はお疲れ様でしたー」
「おう、そっちこそお疲れさん」
「あれ、でも先輩どうしたんですか、反省会は会議室ですよ。それに、結衣先輩達は?」
「一応、奉仕部には顔出してから来たぞ。あいつらは直接会議室だろ。俺は、何か手伝うことが無いかと思ってな」
「何かって…… はっ、先輩もしかして私に一秒でも早く会いたくて、手伝いにかこつけてわざわざきてくれたんですかそういうのちょっとキュンと来ちゃいますけどまだそういう関係じゃないのでちゃんと付き合ってからあらためて言って下さいごめんなさい。
「またこのパターンかよ……」
いつも通りの一色のお断り芸に、なんだか安心してしまう自分がいる。だが、何故かここからがいつもと違う。
「じゃあ、先輩ちょっとこっちに来て下さい」
そう言って一色は奥の書棚の方に入っていく。
「ん、どうした?」
「お手伝い、してくれるんでしょ、せんぱい」
そう言われてしまえば仕方がない。大人しく呼ばれた方に付いていく。
「何運べばいいんだよ、あと、本牧達は?」
「副会長たちには先に会議室の準備してもらってます。あ、先輩、そこの上ちょっと見て下さい」
書棚の奥まったところの、上の段を見上げる。
「一色、どのファイル……」
一色に、後ろからいきなり抱きつかれた。
「な、お前何やって……」
一色は、まるでマーキングする猫のように俺の背中に頭をぐりぐり押し付けて来た。一拍遅れてふわりと柑橘系の甘い香りに包まれる。
「だからー、せんぱいに手伝ってもらってるんですよ~。私の充電を」
「意味がわかんねーよ。あと、離せ」
「やです。わたし、昨日まで超一杯頑張ったじゃないですかー。だから、心の充電しないと倒れちゃいます。そしたら、先輩のせいですからね?」
「ますますわかんねーよ。何だよ充電って」
そう問うと彼女は、俺に抱きつく腕に力を込めた。
「……だって、あんな夢見ちゃったら、ますます諦めきれなくなっちゃうじゃないですか……」
一色は急に、とても切ない声でそんな事を言う。
「……夢って、何の事だ?」
つい、こっちも真剣な口調になってしまった。
彼女はすっと身体を離すと、今度はいつものからかうような口調で答える。
「こっちの話ですー。わたしの、『本物』の話ですよー」
「うぐっ、お前な……」
「はい、じゃあ先輩、これと、このファイル先にお願いします。わたし、ここの戸締まりしてから行きますから」
「了解、会長……」
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会議室に着くと思っていた以上の人数が集まっていた。
奉仕部の二人の他、一色以外の生徒会役員、川崎姉妹、戸塚、材木座、それから留美と、もう一人留美の相手役をやってくれた子、の小学生二人。それにまさかの葉山達のグループまでいる。
あいつらはリア充のくせに、クリスマスに二日続けて参加とは何考えてんのかね……そこまで考えて思い至る。おそらくは葉山が、クリスマスに特定の誰かの誘いを、角が立たない言い方で断るための手段に利用しているのだろう。
戸部はなんだか腑抜けた人形のようになってになって座っており、海老名さんだけが何故か非常にツヤツヤしている。俺、戸部、葉山を交互に見て、「ふへ」とか、変な声出すのやめてっ。
その葉山は、俺と目が合うと軽く頭を振って、何故か天を仰ぐような仕草をした。あいつも疲れてんのかね、色々と。
三浦は三浦で、そんな葉山と俺を順番に見て、何故かぷっと笑いやがった。……え、俺、葉山と比べたらそんな笑うような顔ですかね? どっちかといえば笑えないような顔という自覚はあるんだが……。
「はーちゃん、こっちー」
呼ばれて、俺はけーちゃん達のところへ。
「おう、けーちゃん。お菓子もらったか?」
「うん。あと、ジュースももらった」
にこにこ元気なけーちゃんの隣で、何故か川崎は真っ赤になって落ち着きがない。声をかけようとしたら、スカートの裾をギュッと押さえ、涙目で睨まれた。いや今俺、何もしてないよね? やっぱり黒のレースが恥ずかしいの?
留美はすっかりけーちゃんと仲良くなったようですぐ隣にいるのだが、何故か俺と目を合わせようとしない。様子を気にしてこっそり見ていると、自分の唇をむにむにと触ったり、たまにこっちを見たりしては耳まで赤くしている。
なんだかここにいるみんながどうもおかしい。材木座は寝違えたとか言ってしきりに首をさすっているし、戸塚は動きも喋り方もギクシャクしていて、「僕は男の子、僕は男の子……」とか、なんだかブツブツ言っている。
遅れて入ってきた平塚先生は、俺と顔を合わせるなり、顔を赤くしたり青くしたりして忙しい。一体どうしたのかと問えば、
「ワインだ……。みんなあのワインが悪い」
それだけ言ってさっさと自分の席に着いてしまった
一色が入ってきて、俺も奉仕部の席に着く。いつもと配置が違い、何故か雪ノ下、俺、由比ヶ浜、の順。
「それじゃあ、始めますよー。最初ちょっとプロジェクター使うんで、ちょっと暗くしますねー」
暗幕が引かれ、部屋が暗くなる……と、不意に、机の下で雪ノ下から手を握られた。
「…………っ」
なんとか声を抑える。が、それで状況に気が付いた由比ヶ浜が、「私だって」と小さく言いながら、俺のもう一方の手に指を絡めてくる。
な、なになに? これが両手に花? それとも両腕を封じられたってこと?
俺を挟んでいる二人は一瞬だけ軽く睨み合ったあと、二人、お互いに優しく微笑んで見つめ合う……。喧嘩されるより、平和なのはいいけど、非常に居心地が悪いなあ……。
全く覚えていないが、察するにどうも彼女らの夢で俺が何かやったらしい。それって俺のせいなの? ……そういえば、俺も昨夜夢を見たような気はするが、一体どんな夢だったっけ……。
了
くじ引き型小説、いかがだったでしょうか。一応これで完結です。
最初は、実験的に、メインヒロイン三人+ハズレ、ぐらいで様子を見るつもりだったんですが、書いてるうちに楽しくなってきて、結構キャラが増えてしまいました。
追加分も含めて、主要キャラは一通り登場させられたと思っています。……あと誰かいたっけ?
あと、みんなイイトコロでお話が終わってますが、これ以上はR18じゃないとキツイので……。まあ、アフターの希望が多いものについては別作品として続きを書いたりするかもしれません。というか、書き始めてはいます。(注:R15 & R18 ← 良い子は見ちゃダメよ) ただ、これも更新が滞っているので、様子を見ながら手を付けていきたいとは思います。
では、最後にお願いです。普段、感想とか特に書かないよ、という方も、「最初に引いた」あるいは「引いてしまった」キャラは誰だったか、というのを感想欄に一言だけでも書いていただけると、あとから読んだ方も感想欄を見て楽しめるのではないかと思いますので、よろしければお願いします。
もちろん、強制ではありませんし、普通のご意見・ご感想(全体の感想でも特定のキャラの感想でも)も大歓迎です。
ではでは、どこかでまたお会いしましょう。
以下 途中追加の後書きまとめ
折本
なんということでしょう~ みんなびっくり、誰もリクエストしてない折本ちゃん編でした。
でも、思い付いたらつい書いてしまうのがさすらいガードマンクオリティ。どうぞ笑ってお許し下さい。
はるのん
大魔王からは逃げられない!
キャラ追加のリクエスト、一位タイのはるのんでした。
直接的な表現は無いから、R15でぎりぎりセーフ?
さがみん
「南っ」
「ハッちゃん、私を夢の世界へ連れてって!」
……ハッちゃんて誰ね? というわけで、(何が)豆腐メンタル、みんなのさがみんでした。さすがにこの二人を、たった一話でラブ状態に持っていくのは無理がありますね。
この短編集の性質上、多少強引なのはどうぞご容赦下さい。
あーしさん
乙女なオカン、あーしさん。
今回の話は、恋とは少し違う気がします。……二度目のキスは……?
腐り姫
ちょっといい話で終わるかと思えば……。 さて、この後半部分、どれくらいの人が見つけてくれたんですかね? 自分で変な仕掛けしといてなんですが、誰にも読んでもらえなかったらそれはそれでショックかも。
小町
他のキャラの平均の倍の尺、二段構成……えこひいきですね。でもこれは「小町ポイント」の話だから仕方がないのです。
12月19日 誤字修正しました。clpさん、ありがとうございます。
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