小町ポイント クリスマスキャンペーン 作:さすらいガードマン
ポワポワポワンと、どう考えても非現実的な効果音を立ててピンクの煙が広がり俺の視界を埋め尽くす。自分の指先も見えないほどの濃い煙だが、不思議と息苦しさは感じない。
立ち尽くすこと数秒。ゆっくりと霧が晴れていくと、そこには……、
「……ヒキオ……?」
サンタ服に身を包んだ三浦優美子がたった一人、机に座って脚をぶらぶらさせていた。
さらに霧が晴れて周りが見えるようになってくると、ここは二年F組。俺の、そして目の前に座る三浦のクラスでもある。
「はぁ~~。あーし、やっぱ、からかわれたんかな」
三浦は脚をぶらぶらさせたまま、天を仰ぐように上を向いた。彼女にはいつもの強気な様子は見えず、声もどことなく寂しそうだ。
しかし、ミニのサンタ服でそんな風に机に座ってたら、中が見えそうでちょっとドキドキしてしまう。
彼女が着ているのは奇をてらわないデザインの、シンプルでややタイトなワンピース型のサンタ服なのだが、そのシンプルさゆえに彼女自身のスタイルの良い体のラインがくっきりと見えていて、裾からのぞく両腿の細いことといったら…………。
「ヒキオ、どうなってるし?」
はっ。……三浦の言葉で我に返る。……あぶねー、女王様の魅力を10ページぐらい語ってしまうところだったぜ。
「いや、俺にも全く分からん。なんか、夢と現実の間で恋人がなんとかって……」
「ふうん。あーしとだいたい一緒か」
そう言って彼女は机から軽く跳ねるようにして降りる。
「はーあ……。夢の中ぐらいはってちょっとは期待したんだけど……まさかアンタが来るなんて、ね」
彼女の言葉は、期待してたって言いながらも、どこか最初から諦めてた、みたいに聞こえた。
「なんか、悪かったな。その……葉山じゃなくて」
「はぁ? あーし、隼人のこと、なんて言ってないっしょ」
「違うのかよ?」
「う……それは……違わない、けど……」
三浦は、彼女にしては珍しい、少しバツの悪そうな表情を見せて、
「ねぇ、ヒキオ。……やっぱそーゆーのって、傍から見てて分かるもん?」
そんなふうに聞いてくる。
「いや、そんなよく見てねーから……」
「何言ってんの、アンタ、最近結構あーしらのことばっか見てたし」
「それは……なんつーか……」
まあ、確かに見てた、けどそれは……。
「あ……そっか、ごめん。アンタも結衣も、姫菜たちのこと気にして……ってこと、か」
「まあ、そうだな」
修学旅行以来、葉山や三浦のグループ……特に海老名さんと戸部が上手く「今までと同じ」をやれているかどうか、つい気になって目が行ってしまうのだ。
まあ、正直他人のリア充のグループがどうなろうが知ったことではない。……けれどこいつらとは、「他人」と切り捨てるにはあまりに大きく関わりすぎてしまっている。
それに……それだけじゃ無い。雪ノ下と由比ヶ浜との関係は最近になってようやく改善したものの、修学旅行、生徒会選挙を経て、奉仕部は崩壊寸前までいっていたのだ。……だから、女々しい話ではあるが、せめて三浦のグループ――ひいては由比ヶ浜のもう一つの居場所――が無事であってくれなければやってらんねえ、ぐらいの気持ちもあったのだ。
「『あなたにピッタリの恋人』……とか。ホントは、あーし、なんとなく分かってんだよね。……今の隼人が誰かを選んで付き合ったりしないこと……でも」
三浦は、何かを思い返すように虚空を見上げる。
「隼人、さ……楽しくない時でも笑うんだよね……こう……これが笑顏でーす、みたいな顔作って。絶対に自分の弱いとこ見せないし……でも、ずっと
「…………」
「だったら、あーしが……あーしと二人でいる時くらいは無理に笑わなくてもいられるような、隼人にとってのそんな風になりたいっていうかさ……」
彼女は小さくため息をつく。
……驚いた。三浦は、俺が想像してたより遥かに「葉山隼人」の本質を理解している。アイツの「壁」を……あるいは「闇」とも言える部分をわかった上で、その葉山の救いともいえる存在になりたいとまで考えている。
彼女は否定するだろうが、それは恋愛感情というよりまるで母性本能の発露のようにも見えた。
ホント、あーしさんマジおかん。
「でも上手くいかなかった。あーしじゃ、心開いてくんなかった」
そう言って三浦は目尻に薄く涙を浮かべる。……葉山、なんで三浦じゃダメなんだよ? ここまでお前のこと想ってくれるやつ、そうそう居るもんじゃねえぞ……。
事は恋愛事だ。他人の俺なんかが憤慨するのはお門違いだってのは百も承知。……それでも、三浦優美子の涙を見てしまった俺は……。
「なあ、三浦」
「……ヒキオ?」
「これは間違いなく夢だ。だから、葉山で遊んでやらねーか?」
俺はわざとらしくニヤリと笑ってそう言った。
**********
再び、ピンクの煙が晴れる。
「な、えぇ? は、隼人? でも今ヒキオで……?」
「あー、期待させたんだったら悪い。中身は俺の……比企谷のまんまだ」
そう、俺は封印されし力を開放し、我が姿を葉山隼人のそれへと変幻させたのだ!!
……まあ、実際には、頭のなかで、「コマチちゃん、ポイント使ってお兄ちゃんの姿を葉山に変えてちょ」とお願いしただけだが。
三浦は、しばし目を丸くして俺(外見葉山)をジロジロ見ていたかと思うと、突然指を指してヒーヒー笑いだした。
おい……。
「…………はぁ、笑った笑った。ヒキオが隼人とか、マジありえないし」
「やっぱ、変か?」
「ふっ、まず、隼人はそんな背中まがってない。隼人の真似すんならもっとシャンとしろし」
「お、おう。……こうか?」
おれは言われるまま、ぐっと胸を張る。
「そうそう。あとはもっと顎引いて、目をしっかり開けて……。っし、だいぶ隼人っぽくなった」
最初は戸惑ってた三浦も、なんだか楽しそうだ。
「で、アンタが隼人になってどうするし?」
「まあ、さっきも言ったが、これ見てもわかるようにここは間違いなく夢ん中だ。……だから、俺は今から、お前の言ってみてほしいセリフでもポーズでも何でもやってやる」
「……ヒキオ、あんた……」
「なんだったら、こんなんでもいいぞ」
そう言って俺は顎を突き出し、志○けんの、アイー○のポーズを取る。
……三浦に頭を引っ叩かれた。
「隼人はそんな事しないし!」
怒ったような口調を作ってるものの、あーしさん、目が笑ってますよ?
「……何でもいいわけ?」
「おう、どうせ夢だ。遠慮なく来い!」
「ぷ、ちゃんと隼人の声なのにすっごい変な感じするし……。じゃあ……」
彼女は俺に小さく耳打ちする。その近さに俺はドキリとさせられるが、三浦にしてみれば今の俺の外見だけは葉山なのでそれほど抵抗は無いのだろう。
いやでも、間近で見ると本当に三浦は綺麗だな。ギャルっぽいメイクとかはちょっとアレだが、通った鼻筋、大きくバランスの良い目に形の良いツヤツヤとした唇。
ちょっと上目遣いで恥ずかしげに希望を口にするいつもと違う表情も相まってなんだかクラクラとさせられる。
彼女のリクエストは、俺にとってかなりハードルが高いものだったが……。
これは夢、そして俺は「葉山隼人(偽)」だっ。
…………。
「優美子、好きだ。愛してる」
「優美子、綺麗だよ」
そんな事を言いながら壁ドンの格好をさせられたり、
「お嬢さん、僕と踊りませんか」
なんて言わされたり、
なんかしらんけど、ウサイン・ボルトの勝利のパフォーマンスの弓を引く格好をやらされたり、と、だんだんわけがわからん方向に……。
……ちょっとあーしさん? ノリノリ過ぎじゃないですかね? 最初は恥ずかしがる様子を見せていた彼女も、だんだんこの状況に慣れてきたらしい。
「あとはぁ……」
「おいおいまだあるのかよ……」
そう文句を言ったのが気に障ったのか、
「はぁ? あんたがいいって言ったんじゃん」
そう言って獄炎の女王様はキッとこっちを睨む。
怖っ。だが、おれだって伊達にいつも氷の女王から睨まれているわけでは無い! この程度なら慣れっこなのだ! ……威張って言うようなことじゃないですね……。
「じゃあ……あと一つ。もう一個やってみたいこと有ったし」
そう言って彼女は何故か少し顔を緊張させる。
「アンタはそこ座って。そう、壁に背中くっつけて……で脚開いて、もっと。そう」
……で、俺は壁際で両足をほぼ90度に開いた状態で座らされ、真っ赤なドレス(サンタ服だが)をまとった獄炎の女王、三浦優美子様に正面から見下されているという状況……。
こ、これはまさか……。日頃の葉山のつれない態度に対する鬱憤を晴らすべく、そのまま俺の大事な
彼女が一歩踏み出し、俺の背筋に冷たいものが走る。
……しかし、三浦は俺の目の前で座り込むと、そのままくるりと後ろを向いて、背中から密着するように俺に体重を預けてきた。
ふわり、と花のようなコロンの香り。俺の胸に押し付けられる彼女の背中は……驚くほど細い。
「お、おい」
「いいから。アンタはそのまんまあーしのこと抱っこするみたいにして」
俺は言われるまま、腕を前に伸ばし、三浦を包むみたいにその腕を交差させた。左の頬に三浦の綺麗に染められた髪がサラサラと当たって少しくすぐったい。
ははあ、これがいわゆる「あすなろ抱き」か、「壁ドン」と並んで女子が憧れるシチュエーションだとテレビで見た記憶がある。普段は強気な三浦でもやっぱりこういうのに憧れがあるのかね。
しかし……この体勢はやばい。三浦優美子の体温、鼓動、息遣い、匂い……すべてが余すところなく伝わってきて……脳の奥の理性が徐々に溶かされていくような――危険だけど甘美な感覚に包まれる。
彼女は振り返るようにして俺を見上げた。明るい髪色が真紅の服に良く映えている。……彼女は
おい、いいのか? と俺のまだかすかに残る理性が問う……が、俺はそのまま吸い込まれるように三浦と唇を合わせてしまった。
……触れるだけのキス。甘い香り。……数秒だったのか、数十秒だったのか、感覚がわからない。俺たちはゆっくりと唇を離し、また見つめ合う。「隼人……」という彼女の小さな呟き。
その彼女の表情があまりにも柔らかかったからかもしれない……一瞬、ぞわりと全身の毛穴がざわめくような妙な感覚を憶えた。
三浦も何かを感じたようで、僅かに目を見開いて怪訝な顔をしたものの、そのままクスリと微笑ってもう一度目を閉じた。
二度目のキス。今度はほんの少しだけ舌先が触れる。俺は彼女を抱きしめる腕にさっきよりも力を込めた。
**********
「ヒキオ、あんがとね」
俺に抱き締められた体勢のまま三浦がポツリと言った。
「『隼人』じゃねーのかよ?」
「はぁ? だってアンタ、ヒキオに戻ってるし?」
「な、」
俺は慌てて自分の手を見る。……見慣れた爪の形。髪を触り、顔を撫でる……どうやら戻っているのは本当らしい……一体いつから……、じゃない!
俺は自分の置かれた体勢を思い出し、慌てて三浦から離れようとした。……が。
「別にいいし」
そう言って彼女は俺を押しとどめる。
「いいって……」
「夢っしょ」
……そう。……そうだな。これはクリスマス・イブ、一夜限りの夢だ。
「……おう」
三浦は更に強く背中を押し付けてきて、俺と目を合わせないまま、
「アンタ、
そう言うとそれっきり静かになり、やがてゆっくりと寝息をたて始めた。
おい……この状況で寝るか普通……。まあしかし、これは夢だしな。俺もなんだか眠くなってきた。
俺は、目の前のサラサラの髪に顔を埋めるようにしてゆっくりと目を閉じた。