小町ポイント クリスマスキャンペーン 作:さすらいガードマン
ポワポワポワンと、どう考えても非現実的な効果音を立ててピンクの煙が広がり俺の視界を埋め尽くす。自分の指先も見えないほどの濃い煙だが、不思議と息苦しさは感じない。
立ち尽くすこと数秒。ゆっくりと霧が晴れていくと、そこには……
「あ、比企谷くん。遅かったわね」
「お? おう」
雪ノ下雪乃が待っていた。
彼女は制服にいつものコートという、通学時の格好で、スマホを片手にベンチに座っている。
霧が完全に晴れると、そこは、わが総武高の最寄り駅である稲△海岸の駅前。厳密に言えばこのベンチは、駅の目の前にある商業施設、マ○ンピアの敷地内にあるわけだが……。
雪ノ下は俺を認めるとスマホをバッグにしまって立ち上がり、コートの腰のあたりをちょっと引っ張ってしわをのばす。そのまま流れうような動きで俺の隣に並び、ごく自然に腕を絡めてきた。
「じゃあ行こっか」
彼女はそう言ってニッコリ笑うと、駅に背を向けて歩き出した。当然俺は引っ張られてついて行くわけだが……。
え、行くってどこに? そもそもなんで雪ノ下はこんな当たり前のように俺と腕組んでるの? そんなことされたら、柔らかくっていい匂いがして、勘違いしちゃいそうだからやめてね。
「どうしたの比企谷くん。さっきからなんだか変よ?」
「いや変って……お前が腕組んだりするから……」
そう言うと、雪ノ下は不思議そうな顔で、
「え、だっていつもしてるでしょう? 何で今さら……、もしかして照れてるの?」
そう言いながら彼女はいっそう力を込めてぎゅっと俺の腕を抱くようにして肩を寄せてくる。
「いや、いつもとか……」
そう言いながら彼女を見ると、雪ノ下も意志の強そうな瞳で見つめ返してくる。この目はまるで……。
「……あの、何してんですか雪ノ下さん……」
「…………へぇ。 ……うん、私、雪ノ下雪乃さんだよっ」
彼女は一瞬だけ、ぞくっとさせる顔をし、すぐにその一瞬が嘘だったかのように人懐っこそうな表情で微笑う。
「……何してんですか陽乃さん」
「ふふ。ひゃっはろーん。 何でわかったの? 小町ポイントで見た目は完全に同じにしてもらったはずなんだけど」
小町ポイントすげえな……、じゃなくて、
「いや、陽乃さん、全然隠そうとして無かったでしょ。言葉遣いとか、仕草とか。……それに……」
「それに?」
「あいつは、そういう
「……ふうん、『あいつ』とか言っちゃって、比企谷くんは、雪乃ちゃんのこと何でもわかってるんだねぇー。お姉さん、ちょっと羨ましいなぁ」
「何にもわかっちゃいませんよ。 ……わかったつもりになって、この前失敗したばっかりです」
「あはは。雪乃ちゃんて、なかなか本音を言わないからね~ ……でも、キミはあの子をわかりたいと思ってくれている」
彼女は俺に真っすぐ視線を向けてそんなことを言う。俺の視点では、「雪ノ下雪乃が『雪乃ちゃん』について語る、というなかなかシュールな眺めなわけだが。
「……まあ、そうですね。……別に雪ノ下のことだけってわけでもないですけど」
「ありゃ、素直。比企谷くんってもっと捻くれてると思ったけど?」
「あー。まあ、今回ちょっと色々とあったんですよ」
俺は頭をがしがし掻きながらそう答える。
「ふうん……やっぱりちょっと羨ましいかも」
なんだか寂しそうに彼女は言った。
「……陽乃さん……」
「で・も・さ、今日は私が君の恋人だからねー。 ふふ、比企谷くんで何してあそぼっかなー」
怖っ。……はるのん、日本語間違えてるよっ。比企谷くん『と』でしょ? 「比企谷くん『で』遊ぶとか、本気っぽ過ぎてハチマンワラエナイ。
そんな事を思っていると、急に左腕の二の腕辺りが柔らかいものに包まれた。……見ると、雪ノ下が雪ノ下さんに……ってややこしいな。つまり、雪ノ下雪乃(偽)が、本来の雪ノ下陽乃の姿へともどったということだろう。
「ひゃ……。ふふ、時間切れかぁ。もっと驚かせたかったんだけどなぁー」
いやいや、十分驚きましたよ、姉妹における胸囲の格差社会とか。腕に感じるこの破壊力の差は……。はるのん、あんたすげえよ。
それにしても、総武の制服は着たままな上に、普段より化粧が薄いせいだろうか、雪ノ下姉妹は本当によく似ていると改めて思う。……その、胸部装甲以外はね。俺のライフは只今その装甲にガリガリと削られ中であります。一番艦八幡、中破っ。燃料庫は? 燃料は大丈夫!? 燃料庫ってなんだよ。……いやほんと、これ以上削られたら、爆発しちゃうからね(何が?)
「……どこ見てるのかな~、比企谷くんは。 あれぇ、もしかして、雪乃ちゃんと比べちゃったりしたぁ?」
「く、比べるって、な、何をですか」
「うーん、髪の長さ、とかぁ? ふふん」
そう言いながら陽乃さんはさらに胸を押し付けるようにして腕に絡みついてくる。……この人、絶対わざとやってるだろ……。
気が付くと、いつの間にか俺たち二人は総武高の前に立っていた。
いや、別にワープしたとか縮地法を使ったとかそういうわけじゃなく、こう、隣を歩く雪ノ下さんにいじり倒されて、周りを見てる余裕が無かっただけですが……。
「こんなとこ来てどうするつもりですか」
そう問うと、
「まあまあ。行ってみればわかるよ」
彼女は相変わらず俺の腕をガッチリとホールドしたまま校門をくぐる。
「行くって……」
「い・い・と・こ・ろ」
……で、連れてこられたのが……
「へぇー、ここが雪乃ちゃんたちの部屋か~」
そういえば陽乃さんは来たこと無かったっけ、奉仕部の部室。いや、ここは別に誰かの部屋ってわけじゃないけどね。……あーでも、雪ノ下が持ち込んだ紅茶のセットとか、ゆるゆり用の長いひざ掛けとか置いてあるな。じゃあ雪ノ下たちの部屋ってことでいいか。
俺の物は別に……そこまで考えたところで、パンさん柄の湯呑みに目が行く。今日、あるいは昨日か? 雪ノ下と由比ヶ浜からプレゼントされたばかりの物だ。
……そうだな。ここはもう、俺たちの部屋だ。
妙な感慨にふけっていると、
「ねぇ、比企谷くん、雪乃ちゃんの席はどこ?」
「そこの、一番窓際の席ですよ。で、隣が由比ヶ浜」
「ふうん、じゃあ……ぷっ」
そこまで言った陽乃さんが、長机の反対側にぽつねんと置いてある俺の椅子を見て、こらえきれない、というように笑い出す。
「あはは。おっかしー。……ね、何でこんなに離れて座ってんの?」
「何でって……まあ、何となく、としか」
陽乃さんのいたずらっぽい目で見られると、何やら俺たちの、言葉で表現し難い微妙な関係性を見透かされているようで妙に気恥ずかしい。
「ふっふっふー。じゃあさ、たまにはこっちに座ってごらんよ」
そう言って彼女は、俺の腕をしっかり掴んだまま窓側の奉仕部女子二人の席の方へとぐいぐい引っ張っていく。
「いや、別にいいですから……」
「大丈夫、ちゃーんとお姉さんも隣に座ってあげるからぁ」
いやいや、ちゃんととか大丈夫とか、意味がわかりませんよ。
……とは言っても、陽乃さんを突き飛ばしてまで抵抗するわけにもいかず、結局俺は雪ノ下がいつも座っている席に座らされてしまった。
いつも俺が座っているものと、椅子自体は同じものであるはずなのに、なんだか背中と尻がムズムズする。
陽乃さんは、俺がそわそわと落ち着かない様子なのを見て、たいへんご満悦な表情で隣の由比ヶ浜の椅子に腰をかける。
「で、どう? 雪乃ちゃんの椅子に座った感想は」
彼女は、スカートからスラリと伸びた脚をちょっと曲げ、素足の膝を俺の太腿に擦り付けるようにして聞いてくる。……自分でも鼓動が早くなってきているのがわかる。息まで荒くなりそうだがそこはなんとか我慢。
「どうって……。ただ、変な感じがするってだけですよ……」
内心の動揺を隠してそう答える。
「えぇ~、それだけぇ。そんなんじゃお姉さんつまんないなー……。あ、そうだ、」
陽乃さんは何かを思い付いたようで、立ち上がると俺の後ろへと回る。
「そこで、両手を真横に広げてみて」
「こうですか?」
なんだか分からないが、俺は言われるまま、両手を子供が飛行機のまねをする時のように左右に伸ばした。
「そうそう。じゃ、ちょっとだけ力抜いて。それでね、ここを、こう……」
彼女は俺の両肘の辺りを持つと、ゆっくりと引き下げ、ちょうど背中の下、腰の辺りで左右の手首が重なるような形にする。
不意に、きゅっきゅっと音がして、両の手首に軽く突っ張るような違和感。手を前に持ってこようとして……動かない? 無理に動かそうとすると手首に痛みが走る。
「ちょ、陽乃さん、何ですかこれは」
「ん? 結束バンドで君の手首を縛っただけだけど?」
「だけって……。だいたいさっきの飛行機のポーズみたいなのは何だったんです?」
「そんなの決まってるじゃない。最初から手を後ろ手に組んでくれ、なんて言ったら比企谷くんは警戒するでしょう」
……信じられねぇ、この人確信犯かよ……
「……雪ノ下さん、とにかくすぐに放して下さい」
「さっきまでは、『陽乃さん』って呼んでくれてたのになぁ~」
「そういう場合じゃ……って、ちょ……
陽乃さんはいきなり、俺の太腿の上をまたぐように立つと、そのままその豊かな胸を俺の顔に押し付けるように抱きついてくる。
近い柔らかい良い匂い大きい柔らかい良い匂いあと大きい……。
「逃さないよ。……比企谷くん
げ、やっぱりあれマジだったのん。
総武高の制服を身に着けた陽乃さんのどこか妖しい魅力。かすかな香水の香りと、彼女自身の女性らしいなんともいえないいい匂いが渾然一体となって俺の鼻腔をくすぐる。
あまりの状況に、俺の頭は理解が追いつかない……少し息苦しくなってきたので、少しだけ身をよじり、上を見上げて深呼吸を……と、
上から被せるようにして唇を奪われた。……反射的に逃げようとしたものの、彼女はしっかりと俺の頭を抱えていて逃げられない。
そのまま、陽乃さんの舌が入ってきて、俺の口腔内を刺激していく。……甘い香り。彼女の熱っぽい息遣い……。
「ぷは、陽乃さんっ、ちょっとま……んんむっ」
つうっと唾液が糸を引いて、一瞬唇が離れたものの、ほとんど喋る暇も与えずに彼女はもう一度俺の口を塞ぐ。
っう!! 唾液と一緒に何かを流し込まれた。……吐き出すことも出来ず、そのままこくこくと飲んでしまう……すると、どういうわけかどんどん思考を奪われて、意識に霞がかかったようになっていく……。少し鼻につく独特の甘い香り……これ、紅茶に入れるブランデーか? 少しクラクラしていると、さらにもう一度、さっきより多めのブランデーを口移しで飲まされてしまった……。
……やけに現実感が希薄だ……。そういえば夢と現実の間とか言ってたっけか……。いつもの奉仕部の部室、いつも雪ノ下の座っている椅子に後ろ手に縛られ、陽乃さんに嬲られているという異常な状況。俺の躰は気怠く火照り、抵抗もせずに彼女にされるがままになっている。
カチャカチャとベルトを外される音……白く細い指が
衣擦れの音……。彼女が再び俺に
総武高の制服を大きくはだけた陽乃さんが、興奮のためか紅く上気した表情で、ただし瞳の奥だけは冷静な色のままで俺を見つめ、ゆっくりと躰を揺らしている。
視界の端に映るのは、寄り添うように置かれた、雪ノ下のティーカップ、由比ヶ浜のマグカップ、俺の湯呑み……。
彼女たちを裏切っているような……そんな
俺は明日、
陽乃さんの嬌声が大きくなる……思考は中断され、俺は背徳の快感に飲み込まれていく。……完全に意識が途切れる直前、陽乃さんの目に悲しそうな涙が光っているのを見た気がした……。