小町ポイント クリスマスキャンペーン 作:さすらいガードマン
ポワポワポワンと、どう考えても非現実的な効果音を立ててピンクの煙が広がり俺の視界を埋め尽くす。自分の指先も見えないほどの濃い煙だが、不思議と息苦しさは感じない。
立ち尽くすこと数秒。ゆっくりと霧が晴れていくと、そこは……
夕暮れ時。見覚えのある教室。今とは違う、けれど小町で見慣れた、中学の制服……。
「あれぇ、もしかして、比企谷?」
いや、さっきまで合同の打上げ一緒に出てただろ、というか……、
いつの間にか、俺も中学の時の制服を着ている……。つまり、自分では分からないが、俺も彼女同様、中学三年生の時の姿形になっている、ということなのだろう。
「何で? 随分縮んじゃって……。超ウケるんだけど」
「いや、お前も縮んでるから」
「うそ、マジ?」
そう言って彼女はポケットから折りたたみの小さな手鏡を取り出して、自らを映す……。
「すごいっ、超若い! まじウケるっ」
相変わらずポジティブっつうか、動揺とかしないのかね? こいつは。
「なんで平気なんだよ、お前は……」
「あはは。いやもうこれ、笑うしかないじゃん。それに、あんたの妹、『小町ちゃん』だっけ? が、なんか天使になってんの。で、夢と現実の間の世界で恋人が現れる、とか言ってたんだけど……、まさか比企谷がちっちゃくなって出てくるとか、もう、超ウケるよね」
「いや、ウケねーから」
「でもさ、比企谷、恋人って言ってんのに私の所に来ちゃったりして、
「別に、あいつらとはなんにもねーよ。ただの部活仲間だ。……それに、俺はくじ引きでここに来たんだしな」
「はぁ? くじ引き……ってマジ?」
「……マジなんだよこれが……」
俺は、ここに来た経緯を折本に話して聞かせた。
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「それで……あの時の教室、か。ふうん。 ……ねぇ、比企谷」
「おう」
「比企谷は知らないかもだけど、
え、なにそれ今初めて聞いた。
「『お兄ちゃんを振るのはしょうがないけど、みんなで笑いものにしなくたっていいでしょう』ってさ、泣きながら言われて……」
折本は、視線をそらし、窓の方を見ながら続ける。
「その時、小町ちゃんにも言ったんだけど、あたし、あのこと誰にも言ってなかったんだよね。……だから、あの時、たぶん誰かが立ち聞きしてたんだ、と、思う」
「そうか……」
それを聞けただけども俺の心は随分と軽くなる。
「うん。けど、あのあとあんな騒ぎになっても、あたしは何も思わなかった。みんなが勝手に騒いでるだけで、あたしが何かしたわけじゃない、って。正直、その頃はあんまり比企谷と話したことなかったから、つまんないやつ、としか思ってなかったし」
そこまで言うと、折本は振り向き、真っすぐに俺の方を見る。
「でもさ、今ならわかるよ。比企谷が、決してつまんないやつなんかじゃ無いって。つまんないって思うのは、見てる側のせいでもあるんだって。……今んなってやっと分かるとか、あたし、ウケないよね……」
「あー、まあアレだ。みんな昔の事だしな」
「昔……。ね、せっかく昔に戻ったみたいになってるんだから、あの時の『告白』、やり直してみない?」
「何でだよ、やだよ」
黒歴史を繰り返させようとか。折本かおり、恐ろしい子っ!
……でも、折本の表情は真剣だ。
「……ね、お願い」
俺は頭をガシガシ掻いて、
「あぁもう、やりゃあいいんだろ……」
無理に思い出そうとしなくても、あの時の事は鮮明に思い出せる。黒歴史とはいえ、「好きな女の子に、勇気を振り絞って告白した思い出」なのだから。
クラスメイトみんなが帰った後の、夕暮れ時の教室。あの時、俺は……、
「折本……」
窓の方を眺めていた彼女がくるりと振り向く。
「あ、比企谷。頼みたいことって、何?」
そう、俺は、「ちょっと頼みがあるから」と言って彼女に残ってもらったんだ。
「頼みたいっていうか、……おれ、折本がす、好きなんだ。だから、もしよかったら俺と付き合って下さい」
覚えている。忘れたいと、トラウマだと言いながらも、心に焼き付いている。あの時確か折本は、
『え? まじで……。あ、その、ごめん。考えたこともなかった。……その、あんまり話したこと無かったし……ほんと、ゴメン』
それは、断るための理由付けという感じでは無く、本気で戸惑っている様子で……、結局のところ、俺が大事に思っていた彼女とのやりとりなど、折本にとっては何の意味も持たないものだった、ということだったのだろう。
……とまあ、そんな感じで俺は見事に玉砕したわけだが……。
「……へへっ。ホント、自分の見方一つで、こんなに気持ちって変わるんだね……、ウケるわ……」
そんな声に顔を上げると、彼女は、今の折本かおりに戻っていた。制服も海浜総合高校の制服だ。視線を下げてみると、俺もいつもの総武高の制服を着ている。視点もさっきから比べると随分と高く感じる。いつの間にか普段の俺達に戻った、ということか。
「……何がしたかったんだよ……」
その質問に彼女は一瞬キョトンとした後、なんだかスッキリしたような顔で、
「ね、比企谷。あたしさ、今、比企谷に告白されて、素直に嬉しいって思った。付き合いたい、とか、まだそういうんじゃないけど、でも……うん、嬉しい。 比企谷に好きって言われて嬉しいとか、なんかウケるよね」
そう言って屈託のない笑顔を見せる。魅力的な、周りのみんなを元気にさせる表情。あの頃も、折本のこの笑顔に惚れてたんだよな……。
そんな事を考えていると、
「ねえ、比企谷。……キスしよっか」
「な、な……」
突然何を言い出すのかねこの子は。フリーダム過ぎんだろ。ストライクフリーダムかお前は。
「ぷ。何キョドってんの、ウケる」
「いや、だからウケねーから。何でそういう話になるんだよ……」
「だってここって夢の中?みたいなもんでしょ。あたしは比企谷に告白されて、嬉しかった。だから、いま、比企谷とキスしたいって思ったの」
いや、告白はお前が無理やり言わせたんだろ……そう言いかけて、折本の顔が朱に染まっているのに気付く。
「あはは、……あたしが比企谷にキンチョーするとか、超ウケる……」
そう言うと彼女は、その艶のある唇をきゅっと閉じ、俺を見上げるようにして目を閉じた。
俺は吸い寄せられるように彼女に近づくと、折本の肩に手を置き、そっと触れるだけのキスをする。
……唇から伝わってくる幸福感が、あの、彼女に恋していた中学時代の一時期が、決して苦いだけの思い出では無かったのだと気付かせる。黒歴史などと思いこんでいたけれど、折本の一言一言に一喜一憂していた日々は、それはそれで幸せな思い出だったのだと。
ゆっくりと離れる……。目の前には、ぼうっと遠くを見るかのように潤んだ彼女の瞳……。
「あ……、ひひっ、やばい。なんかキスしたら、比企谷のこと前より好きになったかもしんない。ウケる」
わけが分からな……くも……無いな。なぜなら俺もそんな風に感じているから。明らかに、キスする前より折本かおりを愛しいと感じている。このままだともう一回告白してまた振られちゃうまである。振られちゃうのかよ。
「じゃあ、も、も一回、してみよっか?」
折本は一層顔を赤くしてそんなとんでもない事を言う。
「お、おう」
今度は折本から俺に抱きつき、俺も彼女の背中に腕をまわす。……一瞬だけ見つめ合って、二度目のキス。どちらからともなく、二人の舌先を触れ合わせる。くすぐったいが、それが何故か心地良い……。
『キスから始まる恋もある』
は? なにそれ。プークスクス、そんなん信じてるやつ居るかよ、馬っ鹿じゃねーの。
……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
この気持ち。今の折本に対するものなのか、中学の時の感情を今の彼女にダブらせて見ているのか、そんなことさえ自分でもわからない。
……けれど、たった二回のキスだけで、俺はもう、中学のあの時よりも折本かおりを好きになってしまっている。八幡てばなんてチョロイン……。
……本当、俺、あまりに単純すぎてウケるわ……。