小町ポイント クリスマスキャンペーン   作:さすらいガードマン

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 ポワポワポワンと、どう考えても非現実的な効果音を立ててピンクの煙が広がり俺の視界を埋め尽くす。自分の指先も見えないほどの濃い煙だが、不思議と息苦しさは感じない。

 立ち尽くすこと数秒。ゆっくりと霧が晴れていくと、そこは、

 

 生徒会室の前の廊下だった。

 

 ここに入れということだろうか? とりあえず目の前の扉をノックしてみる。

 

「はーい、空いてますから入ってきてくださ~い」

 

 ……聞き覚えのある生徒会長様の声がする。悪い予感しかしない。このまま帰ってやろうかとも思ったが、もうノックしちまったしな。帰るにしても断りを入れてからの方がいいだろう。そう思い直して扉を開ける。

 一歩足を踏み入れて室内を覗き込むと、いつもの会長の席に一色がいない。雑誌が広げて置いてあり、彼女愛用のマグカップから湯気が立っていることから見て、奥の書棚の方にでも居るんだろうと、更に数歩進んだ所で、開けたままにしてあった扉がいきなりピシャリと閉められる。驚いて振り向くと、サンタ服姿の一色が、ガチャリと生徒会室の内鍵のツマミを回すところだった。彼女はくるりと振り向くと、

 

「せんぱ~い、これでもう逃げられませんよ~」

 

一色は通せんぼするようなポーズをとり、悪い笑顔でそう言った。俺は諦めていつも座っている椅子に深く腰掛ける。そもそもなんで生徒会室に、「俺がいつも座ってる椅子」が有るんですかね。やだ、俺ってばマジ未来の社畜?

 

「むぅ、なんだか反応薄くないですか~?」

 

「べつに、ここまで来て逃げる気もねえよ。で、今日は何やらされるんだ?」

 

「そっちじゃなくてー、わたしのこの服のことですよ~」

 

「う、それは……」

 

くっ、なるべく見ないようにしてたのに……。

 

 一色が今着ているサンタ服は、布面積が少なめのサンタ服だ。胸元の開いたノースリーブのワンピースで、裾は彼女の太腿を半分ほどしか隠していない。健康的な脚はスラリと伸び、白いファーの付いた赤いブーツを履いている。

 頭にはちょこんと可愛らしくサンタ帽。細い首にはひいらぎと雪をモチーフにした、チョーカー。緑、赤、白のクリスマス・カラーが鮮やかだ。手首には白いファーを幅の広い赤の生地で巻いたようなリストバンド?のようなものを付けており、それが腕の細さと白さを際立たせている。

 何より、サンタ服の生地が非常に柔らかそうで、一色の肌にぴったりと張り付き、その、女の子らしい魅力的な躰のラインを隠すこと無く見せている……魅せている。

 

 ぶっちゃけ非常にエロい。俺が目のやり場に困っていると、

 

「あれぇ~、せんぱい、なんか顔が赤いですよー。もしかして、私に見惚れちゃいましたぁ?」

 

一色はそう言いながら手を後ろで軽く組み、体を少し斜めに傾け、小首をちょっとだけ傾げる。すると、彼女のサンタ帽のポンポンがぴょこんと揺れる。

 あざとい。あざとすぎる。が、分かっていても可愛いものは可愛い。相手が一色じゃなかったら、思わず抱きしめちゃって即通報されるまである。

 

「……まあ、見惚れなかった……事も無い、な。……その、似合ってるし」

 

「え、せ、先輩が素直に褒めるなんて、どうしちゃったんですか、熱でもあるんですか?」

 

そう言うと一色は目の前にやって来て、すっと前髪をかき上げると、いきなりおでこをくっつけてきた。

 

「な、おま、」

 

「先輩、動かないでくださ~い」

 

 いや、近い、顔近いから。それに前かがみでそんなことされると、胸の辺りとか色々見えちゃいそうでドキドキしちゃうから。

 

「う~ん、熱はなさそうですね。顔はちょっと赤いですけど……」

 

いや、俺の顔が赤いのは君のせいだからね? いろはすさんがえろはすさんになってるせいだからね?

 それに……この体勢で一色がなにか言う度に俺の頬に彼女の吐息がかかる。目の前にある薄いピンク色の唇が妙に艶めかしい。つい、視線がそっちに行ってしまう。

 

 不意に、すっとおでこが離れ、俺の唇に何か柔らかいものが押し付けられる。目の前には目を閉じた一色の顔……。え、これ、キスしてんの? 一色と?

 脳がパニックになって固まること数秒、一色はゆっくりと唇を離す。

 

「……せん……ぱい。キス、しちゃいましたね」

 

潤んだ瞳で俺を見ながらそんな事を言う。

 

「お、お前いきなり何やってんの?」

 

俺はようやく立ち上がって一歩下がりながら言う。

 

「……お前呼ばわりとか、一回キスされたくらいでもう彼氏づらですかそれはまだ早いんで先輩の方から後何回かしてもらってからどうせ呼ぶならお前じゃなくていろはって呼び捨てにしてもらっていいですかごめんなさい」

 

いつものように、一色が両手を突き出しながら言う。

 

「……キスしてもやっぱり振られちゃうのかよ……」

 

「先輩」

 

お約束のお断り芸の途中で、珍しく一色が真剣な声を出す。

 

「わたし、先輩のこと、振ってませんよ? 今日ぐらい、ちゃんと聞いて下さい……」

 

そう言うと一色は正面から俺に抱きついてきた。

 

「わたし、今、せんぱいの恋人、なんですよね……? だから……」

 

俺を見上げるようにそう言う。

 

「いや、でもお前は葉山の事が……

 

「違います! せんぱい……先輩だって、ホントは気付いてるんでしょう。わたしの気持ちも、……結衣先輩と雪ノ下先輩の気持ちだって……」

 

「!!……それは……」

 

否定しようと何かを言いかけて、でも言葉にはならず、間抜けに口を開くだけ。

 

 そう、俺はきっと気付いている。けれど、その先に進むことを怖れているだけなのだ。知ることで、認めることで、今の居心地のいい関係を失いたくなかったのだ。

 たとえそれが俺が忌み嫌ってきた欺瞞にほかならないとわかっていても、それでも。

 

「……わかってるんです。わたしじゃ、あの二人には敵わないって事ぐらい……。だって見てればわかります。先輩が、三人の関係をどれだけ大事に、特別に思ってるかくらい。でも、でも今だけ、夢の中ぐらいは、わたしだけを見てくれたっていいじゃないですか……。お願い、です……せんぱい」

 

俺をまっすぐに見つめたまま、一色は感極まったようにつうっと一筋の涙を流した。

 俺は一色の背に腕を回し、優しく抱きしめる。ふわりと、一色の髪から甘い香りが広がる。

 

「あ……。せん……ぱい……」

 

「勝手に決めてんじゃねーっつうの。あの二人には敵わない? そんなことはねぇよ。あいつらは確かに俺にとって特別な存在だよ。けどな、おまえは、……いろはは、俺の中ではもう、あいつらに負けないぐらい大事な存在になってんだよ」

 

そう言って一色の唇を奪う。今度は俺の方から。唇を割り、舌を絡める。一色は一瞬だけギュッと躰を固くしたが、すぐに、全てを委ねるように力を抜いた。

 抱きしめる腕に力を込める……。それにしても女の子ってこんなに柔らかくていい香りがするんだな……てゆーか柔らかさが伝わりすぎじゃないか? まるで……

 

「あん、ふふ。せんぱい、もしかして気付いちゃいました? わたし、その、……下着付けてないん……ですよ」

 

いろはさんマジですかっ! 思わずスカートの裾とか、胸元とかに目が行ってしまいましたっ。

 その様子を見て、一色はにへら~っと笑う。

 

「せんぱ~い、エッチな目になってますよ~。見てないフリしながらチラチラ見るのってちょっとキモいですよ~」

 

 クソっ、嘘なのか? しかし、抱きしめた躰は本当に何も着けてないように感じたけど……。

 

「でも、わたしのこと、大事って言ってくれて、すごく、すごく嬉しいです……」

 

そう言って俺を見上げた彼女と、今度は触れるだけのキス。

 

「だから、ね、せんぱい……。わたしが言ったこと、ホントかどうか、自分で確かめてみても……いいですよ?」

 

一色は顔を真っ赤にしながら、それでもやはりあざとく微笑った。

 

 

まだまだ夜は長い。

 

小悪魔の攻撃に陥落し、眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

 


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