風雲の如く   作:楠乃

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 IF話を読んでいたらニヤニヤ出来るかもしれないし、途中から絶望できるかもしれない。(五ヶ月ぶりの投稿)






緊縛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、

 

 

 

 気が付けば、私は妖怪の山の麓にある自宅の居間に座って、ぼんやりとしていた。

 居間の左手を見れば、日が昇り始めて明るくなっていく空が見える。

 

 いや、気が付けば、という表現は間違っている。

 あの賢者が、私の過去の名を呼び、船の上から去った後のこと、道中に何があったのか、何を聞いていたのか、忘れている訳ではないし、それらを思い出すことに支障は一切ない。

 

 

 

 ただ、どれもがあの出来事に対して印象が薄くて………………だからどうした、という感じだ。

 

 

 

 あの時、彼女は一体私に対して、何を視たのか。

 ニーチェの言葉を引用して煙に巻いたけれど、妖怪なのかどうかを問い掛けてきた。

 

 あの時まで、彼女は私の正体を知っている人物の一人だと考えていたけれど、既に切り離して考えている過去の自分の名前すら把握しているのだとしたら────それは話が変わってくる。

 

 生まれ変わってから、あるいは、生まれ変わらせてから、その名前は一度も使っていない。

 今だからこそ分かるけれど、私の手で別次元に突き落とした、あるいは、突き落とされた時に、その名前を忌避するような思いが、千切った腕の中、譲渡した妖怪部分の中にあったのだと思う。

 

 過去への転送・転生は、賢者が行った大規模の結界の中、術式が重なり、結界が重なり、次元を超えるスキマの、更にその境界の中で行われた。

 

 その能力を操る彼女ならば、その時に何が起こったのか、調べて判断することも出来るだろう。

 

 

 

 怪物はどちらかしら? ────そう彼女は問い掛けてきた。

 それに対して、私は返した。 ────貴女にとっての逆、じゃない?

 

 ふふ……怪物というより、異物として認識されちゃったかな?

 

 ……ああ、残念。

 

 

 

 お姉ちゃんとの関係は、波乱万丈で、訳が分からなくて、中々に心地良かったんだけどね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま、勢いに任せて式神の契約を強制的に断ち切ってやろう────

 

 

 

 ────そうしようとした時に、足音(衝撃)が聴こえた。

 

 

 

 家には、彩目も、ぬこも、誰も居ない。

 この家に向かっているその足音以外に、妖精以上の存在感のある生物は居ない。

 

 私の知らない衝撃を発するその妖怪は、堂々と玄関を────通り過ぎて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────私がボンヤリしている居間に、直接乗り込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、居た居た! お前が『強い』のに『弱い』っていう、噂の『中立妖怪』か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────なぁ、最高の逆転劇に、興味はないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「んぐぶっ!? 痛ぇ……へっ! さすが、強者はやる事が違うねぇ! 憧れも痺れもしねぇ、反吐が出る所業だな!!」

「……」

「ふん!! つまんねぇ奴だな!」

 

 目の前の子鬼を家から蹴り出し、ふすまを閉めて話を終わらせる。

 

 

 

 軽く計画は聴いてみたけど、その器用な二枚舌をフル活用して、虎の威を借る狐として成り上がったというのなら、その時点で十分彼女も『強者』の分類になるんじゃないかとは思う。

 

 まぁ、幻想郷において、『強者』と分類する際の判断基準が、弾幕ごっこの強さだって言うのなら、確かに私は『弱い』に分類されるだろうし────この幻想郷において、自分の意見を通すだけの地位とコネと交友関係による力があり、それを実力として認めるというのなら、私はどちらかというと『強い』方だろう。

 

 ……別に、そういう意味は『中立妖怪』にはなかったと思うんだけどねぇ。

 あだ名を付けることに、本人の意志は介在しない、か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しの間、子鬼は庭をウロウロとしていたようだけど、数分も立たずに何処かへと飛翔していった。

 まぁ、話を聴く前から私の反応が薄いことにも気付いていたみたいだし、大方予想は元々ついてたんじゃなかろうかとも思う。

 

 化かし合い上等という感じにしては、そういう部分で詰めが甘いようにも思う。

 ……いや、私が言えたことじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 何にせよ……奴のお陰で大分気が変わった。

 

 いいね。やってやろうじゃないか。便乗という訳じゃないけど、それはそれで面白そうだ。

 

 そちらがその気なのだというのなら、私だってやってやるさ。

 

 

 

 表面に出さず、如何に内密にするか────私がこう考えている時点で、あるいは、あの子鬼と接触した時点で、既にバレバレなのかもしれないけれども、隠して、欺いて、誤魔化して、騙しきって、結果も嘘にして、嘘を嘘で反転して、そして重ねて偽装して、真実を描いてやる。

 

 それでも、飄々朗々と、理解不能らしく。

 誰が言い始めたかは知らないけれど、アンインテリジブル(Unintelligible)らしく、

 

 引っ掻き回してやろうじゃないか。

 あゝ、とことん、決着が付くまで、誰が見ても痛々しく思うまで。

 

 自棄だけど、計画的な自棄というのならば、一体何と言えば良いのかねぇ……?

 

 

 

 

 

 

 さぁてさて、それならそうと何から始めようか────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「────それで、何があった?」

「うーん、言いたくない」

「……まぁ、今は落ち着いてるみたいだから良いが、何か問題は起こしてないよな?」

「未遂だから大丈夫」

「ん、それなら………………いや、本当に大丈夫なのかそれ?」

「当人が黙ってれば……まぁ……」

「……大丈夫じゃないんじゃないか……?」

 

 

 

 その後、数時間もせずに彩目とぬこが帰ってきた。

 

 ぬこはこたつに座りながら実験を繰り返す私を、チラリと見ただけで興味をなくしたかのようにこたつに入り込んだけれど……彩目の方は帰ってきていた私を見るなり、早速詰問してきた。

 

 まぁ、地底で助けてくれた件についてで紅魔館に出掛けて、その後魔法の森に寄って、魔女達にお礼を言ってその日帰りのちょっとしたお出掛けの筈なのに────気付けば魔界に行って遊覧船に乗って帰ってきた訳だ。

 

 しかもその道中で発狂一歩手前、あるいは一時的狂気に陥ったのが二回、いや、三……四回かな? まぁ、それぐらいもあった訳だ。

 私には私が精神異常を起こした際に、自動的に彩目達に通知が行く術式を勝手に掛けられているらしいんだけど、いきなりそれが連続で起きたら、まぁ……心配させてしまったとは思う。誰かさんは別として。

 

 

 

 とは言え、発狂の一回目も二回目も、あの山の巫女を洗脳しかけて、半分は催眠かけていたとか、そんなの言える訳がないんだよなぁ……。

 諏訪子に知られてみろ。まず間違いなく祟られて殺されるのが目に見えてる。

 

 ……なんで私はあんなことしちゃったかなぁ……。

 

 

 

「ま、まぁ、当人は黙っててくれそうだったし、ていうか、その後の事でなんか忘れてしまってそうだし、大丈夫じゃない? 多分」

「……その『多分』が、私はかなり不安なんだが……」

「キニシナイキニシナーイ。それよりも、彩目もこれから人里関連で忙しくなるんじゃない?」

「ん? さっきの『その後の事』か?」

「そう。人里の近くに新しく建物が出来ることになってね。お茶、入れてこようか」

 

 そう言いながら立ち上がって大きく伸びをする。

 誰かさんを蹴り出してから、ずっと座りっぱなし……というか、魔界から帰ってきてずっと動いてなかった。節々が凝り固まってるわ。

 

 胸骨、肩、肘、手首、腰の関節を順番に鳴らして、台所へ行こう。

 そう言えばアリスの家を出てから、飲食物は何も喉を通っていなかった。

 

 ぼんやりとそんな事を考えながら……まぁ、これで彩目からの追求も煙に巻けないかなと思いつつ、やかんに水を入れてコンロに置く。

 

 

 

 ちょっと前に家の改修を鬼がしてくれた結果、台所周りにあった河童の謎技術文明がちょっと巻き戻ってるのよね……あの謎技術の火が出ないコンロは、いつになったら戻ってくるかな。

 鬼が居たからなぁ……しばらくは怖がってこないかもなぁ……。

 

 そんな無関係なことを考えていたからか、我慢できなくなったらしい彩目の声に変な反応を返してしまった。

 

「……今回の事件もそれ関係ってことか?」

「ん? どの話?」

「……詩菜が発狂した件と、その相手の当人と、人里が忙しくなるかも、という話は、どう繋がるんだ?」

「んー……」

 

 一体どこから話せば良いかなぁ……。

 というか、さっき言いたくないって、言った気がするんだけどなぁ……?

 

 とは言え、居間からこちらを見ている彩目の表情は、何か鬼気迫るものがあった。

 

 ……何かあったかね?

 いや、地底の後で妹紅とちょっとあったし、もしかすると何か聞いてるのかも。

 それよりも、やっぱり私の発狂は無視出来ないって所かしら?

 

 やれやれ、さて何から話そうかね……てか、どう早苗の事をぼかすかね……。

 

 

 

「あー……まぁ……紅魔館に寄って、魔法の森に寄って、お世話になった魔女達に挨拶しに行って、それでその日の予定は終わる予定だったんだけど……なぁんで私は魔界にまで行ってんだろうね……」

「私に訊かれても……というか、魔界にまで行っていたのか?」

「んー、まぁ、誘われてというか、誘導されたというか……ああ、宝船の噂知ってる?」

「ああ、空を飛ぶ船の話………………え、本当の事だったのか?」

 

 どう誤魔化すかを考えながら話していたら、予想外の所でむっちゃ驚かれた……。

 え? そんなに信憑性のない噂だったの? 魔法の森に住むアリスが知っていた噂だから、かなり広範囲に広がってる噂だと思ってたんだけど……?

 

 驚いている事に疑問を感じつつ、沸騰したやかんへの火を止めて、お茶のパックを入れる。

 まだまだお茶の味が染み出すまでに時間がかかるだろうけれど、彩目がどうしても知りたいみたいだし、湯呑を二人分とやかんを持って居間へと向かう。

 

「どう説明したら語弊がないかなぁ……あー、えーと、アレ、彩目と文を初めて逢わせた時のこと、覚えてる?」

「思い出したくない」

「全否定かい」

「勝手に勘違いしてる親の姿をか?」

「思い出さないで」

「うん。で、それで?」

 

 ……うん、それは、まぁ、思い出さないでほしい。私も顔から火が出ちゃう。さっき火は止めた筈なのに。

 熱々のお茶を飲んでもいないどころか、湯呑にすら注いでいないのに暑い。

 あは、なんでかなぁ……。

 

「えーと、なんだっけ、そう、文と旅をしている時に、妖怪寺って呼ばれている所に立ち寄ったの。これは彩目に逢わせる前の話」

「ああ妖怪寺。あったなそんな噂話。妖怪側ではかなり広まっていた」

「彩目も知ってたの?」

「当時は全国を回っていたからな……あ」

「うん?」

 

 彩目も妖怪寺のことを知っていたとは。

 いや、まぁ、当時の私も事前に噂で知ったんだからそれなりに有名か。

 

 そして急にフリーズして止まってしまった彩目。

 何か当時のことで思い出したのかな?

 私が彼女の様子に反応して口を閉ざすと、彩目は更にその表情を困った、というあからさまな顔色に変えた。

 

 ヒトが言いたくないと言っている事を訊いてくる割には、そういう所を隠すのか。

 

 まぁ、別にそんな問い詰め方はしないし、指摘や言及するつもりはない。

 

 

 

 私が口を開いて、それじゃあと先に進めようとした所で────非常に言いにくそうにしながら、けれども、毅然として、彩目は『思い出した事』を話した。

 

 

 

「ええと、その頃には……もう知り合っていたんだ」

「うん? 慧音のこと?」

 

 

 

 

 

 

「いいや────妹紅と、だ」

 

「……」

 

 

 

 息が詰まる。胸が痛くなる。

 彼女の言葉が、脳内に反響していく。

 

 

 

【────少なくとも、私の命に夜明けはもう来ないよ】

 

 

 

 ……ああ、そうだ。それの原因は私だ。それも、私だ。

 

 どうしよう。八雲の件もあるし、もう何もかもが嫌になっちゃいそうだ。

 狂いきってしまえば、いっその事、楽になってしまえるのに。

 

 

 

「………………はぁー……」

 

 彩目には悪いけれど、ちょっと溜息を吐かせて欲しい。

 

 腕を組み、瞼を閉じて、見えていない天井を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……うん……ちょっとは落ち着いた。

 

 そも、半分は自棄を起こしている最中なのだし、もうどうにでもなれという気分だ。

 

 いや……分かってる。あの時の妹紅は責めるつもりがなかった。

 私もそこまで深く考えずに、夜明けの雲空を見ながらなんとなくで話し掛けてしまい、妹紅も半分以上は無意識で、もしかすると多分いつもの調子で口から出てしまったんだろうと思う。

 

 ただ、私に何の用意が出来ていなくて、受け止め切れずに酷い応対をしてしまった。

 

 互いの歩み寄りを止めてしまっては、結局いつまで経っても何も変わらない。

 元の鞘に収まろうとしているのに、誰も傷付かないようにしたいのに、こんなことで止まってられない。止まってしまってはいけないんだ。

 

 妹紅に対しても、彩目に対しても、輝夜に対しても、私は約束したから。

 幾ら恐ろしくて、時間が止まってしまえば良いのにと思っていても、それじゃあ駄目なんだ。

 

 

 

 ────それとは別に、今から画策している自棄については、まるで正反対のことだがね。

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 上を向いていた首の角度を戻して、彩目と視線を合わせる。

 

 何にせよ、妹紅とはもう一度逢わないといけない。

 素っ気ない態度をしてしまったことと、馬鹿藤原氏なんて言っちゃった事も謝らないとね。

 

 

 

「……それで、えーっと、どこまで話したっけ?」

 

 会話を再開した私の表情が落ち着いているのを見たのか。

 それとも、妹紅の話題を出されたのに精神異常を起こしてないのを感知したのか。

 

 

 

 どちらかは分からないけれど、彩目は少し安心した顔をしていた。

 

「……妖怪寺の話だ。あの寺がどうしたんだ」

「ああ、そうだった。えっと────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは、特にテンションが上下するようなこともなく、彩目に状況を説明した。

 

 文を連れて全国を津々浦々していた時に、人間によって妖怪達の集落が壊滅した事。

 その時に知り合った人物達が、今一度結集しあって、当時の集落をまとめていた人物の封印を解こうとしていたという事。

 噂になっていた宝船は、その結集した妖怪の一人が操っていた船で、結果的に異変を解決する人物も引き寄せてしまった事。

 

 私は私で、地底での一件で力になってくれた魔女達にお礼をしに回っていた中で、唯一自宅に居なかった魔理沙を追った結果、その船に辿り着いた事。

 船に辿り着いた時に、ようやくその宝船に乗っている一派が、過去にその集落で知り合った妖怪達だと分かったこと。

 

 異変解決の人間達、封印を解こうとする妖怪達、そして結果的に割って入った私と最後に出てきた賢者によって纏めて判決されて、今回の騒動は『異変』の一つとして取り扱うことになった事。

 妖怪も人間も、神も仏も皆平等で救われるべきという、幻想郷の新たな一派として迎えられた事。

 

 今は人里近くに船を降ろして、改めて寺として活動を再開するために土地選びをしているという事。

 異変解決として居た早苗の共感により、守矢神社もその建立を手伝っている事。

 

 

 

 

 

 

 それ以降については、私は帰ってしまった為に知らない。

 今頃は本格的に建築が進んでいるだろう。

 

 ……まぁ、そうね。

 

 神奈子と諏訪子にバレてないかも含めて、一回行ってみて確認してみるとするかね?

 

 

 

 


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