風雲の如く   作:楠乃

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 泡沫夢幻(ほうまつむげん)
 水のあわと夢とまぼろし。はかないことのたとえ。

 これでネタバレになるアナタは東方が大好き(今更感






紅魔館・秋の陣 その7   『泡沫夢幻』

 

 

 

 美鈴の案内がなくなり、屋敷の地上部分を一人で歩いて行く。

 案内というか、付き添いという感じではあったけど、まぁ、どうでもいい。

 

 所々で倒れている壁材や花瓶などを、妖精達が1グループ2〜3人で修復、綺麗に片付けようとしている。

 ……こうやって見ながら歩いていると、綺麗に出来ているグループはかなり少ないような印象を受けるけどね。

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いて行くと、何故か妖精達が逃げていく。

 妖力も神力も、ろくに力を出してないにも関わらず一目見て逃げられる……っていうのは、やっぱり天子の時に八雲の手先って覚えられたからかねぇ……?

 それとも、ここの屋敷に来た時にちょっと興奮してたのを見られたからかな?

 確かチルノとも話していたし、その時に何か恐がられるような何かを私がしていたとか……んん〜? でもそんな何かした記憶は何もないんだけどねぇ……?

 

 まぁ、見た目、というか、何か無意識で喧嘩売るような顔でもしているんだろう。

 無表情で、遠くぼんやりと、相手の思考を覗いてしまうような、顔。

 ……いつぞやの私、というか、『俺』の顔、ってか。

 

 ……どうでもいいか。

 チルノとかネリアとかなら良いけど、名も知らぬ他人を気にして行動を変えるとか、やってられないし。

 いや、でも名も知らぬ人の意見で行動を変えてこそが私らしいっちゃあらしいかもしれぬ。どうでもいいけど。

 

 結論、どうでもいい。

 

 

 

 そんなこんな歩いていたら、当然のように迷った。

 敷地面積に比べて内部の広さがあり得ないレベルで広すぎるんだよここ。数倍どころじゃないもの。数十倍の比率で大きさが違うんだもの。

 あーあ、出来れば誰にも見付からずにササッと帰りたかったけど、そうは問屋が卸さないかぁ……いや、別にそんな隠れる必要性なんて微塵もないんだけど、さ。

 

 

 

「詩菜さん」

「あーあ、見付かっちゃった」

「……かくれんぼでもご所望でしたか?」

「真面目か」

 

 とか何とか考えたら出てくるメイド長。

 所々に包帯を巻いている姿が痛々しいけど、立ち姿や所作はいつもの様に瀟洒なメイドに戻っている。人間がよくもまぁあの短時間で回復できるもんだ。

 ……本当に人間なのかしら?

 

 それにしたって、噂をすれば影がさす、なんて言うけど人間がそれをして良いのかと思う。いや、寧ろ人間がすべきなのかな? 鬼がやるべきだったような……はて、それは違うことわざだったかしら?

 まぁ、閑話休題。

 

「案内頼んで良い? 帰りたいんだけどまた迷っちゃってね」

「あら、そうなのですか。てっきりお嬢様が起きるまでここに残るのかと考えていたのですが……」

「……ま、私にも帰らないと怒る家族が居るんでね」

「ふふ、そうでしたね。では玄関までお送り致します」

「ん、頼んだ」

 

 一番生きてない人が一番理解していた、ってのも、痛烈な皮肉だと思う。

 

 私の横を通り過ぎて案内を始めた彼女の横顔は、幾らか微笑んでいて、嬉しいという感情が読めた。衝撃を操らなくても分かるぐらいには、表に出ている。

 歳をとり過ぎたか、それとも近すぎたか、離れすぎたか……まぁ、あまり深くまで探っても仕方がない。

 

 まぁ、蓼食う虫も好き好き、って事で……いや、これじゃあ意味が違ってくるか。

 むしろ、焼け木杭には火が付きやすい、かな?

 

 

 

「難儀だねぇ……」

「何か仰りました?」

「いんや。今後どうなるかね、あの姉妹」

「さあ? でもきっと、これから良くなりますわ」

「……強いね」

「あら、従者が主人を信用しなくてどうするのですか」

「ははは、それもそうだ。彼女は自分を信じてくれる素敵な従者を持って、幸せだろうね」

「ふふ、貴女のような友人を持てた主人の従者を出来て、私も幸せですよ」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 門からお辞儀をしている咲夜にテキトーに手を振って、まだまだ暗い夜道を歩く。

 服に関しては何も言われなかったから、多分美鈴が持ってくる時に色々と伝えてくれたんだろうと思う。

 そうでなかったら多分、何処か抜けてるんだろう。完全で瀟洒な従者さんは。

 

 妖精達の姿は一つも見えない。フランの狂気は大分前に消え去ったし、咲夜が私の案内をするぐらいには妖精メイド達への指示も終わっていた様子だし……まぁ、それだけ私が長い時間屋敷の中で迷っていた、って事になるんだけど、それだけ長い時間が経っている訳だ。飽き性の妖精達も今頃ほとんどが寝ているんだろう。多分。

 まぁ、もうそろそろしたら夜が明ける頃みたいだし、動き始めるヒト達も居るんじゃないかな、と思わなくもない。

 

 横目に見える霧の湖は、濃い霧で遮られて向こう岸も全く見えない。

 もしかしたら夜更かししている妖精とか、暗闇に紛れた妖怪とかが飛んでいるのかもしれない。

 

 今の私は、格好の餌になりかねないんだろうなぁ。

 隠れたり変装したりしてない通常状態ですら人間と間違われるんだし、こんな可愛らしいワンピースなんか来た少女なんて、フツーにご馳走が歩いているようなものだろう。

 能力はまともに使えず、妖怪だと証明する妖力も、神だと証明する神力もない。多少固い程度の人間と遜色ないヒト。

 

 

 

 いやぁ……もうちょっと紅魔館で待ってから外に出た方が安全だったんじゃないか私?

 

 

 

 

 

 

 と、今更のように冷や汗をかきつつ、夜道をトボトボと歩いていると、うにゅん、と目の前に、スキマが開いた。

 手出しは無用、とか言ってしまったけれど、帰る途中の私を助けてくれる辺りがお人好しなんだよなぁ、とか思いつつ、その境界へと躊躇なく入る。

 

 

 

 

 

 

 そんな私が────八雲紫が私を警戒している、なんて、予想できる筈もなく。

 

 

 

「……何でそんな殺意を向けられてるのかな、私は」

「────貴女、何者なの?」

 

 

 

 歪んだ境界の中に、金髪の女性が佇んでいる。

 

 光など何処にもない世界で日傘を差して、

 可愛らしく着飾った服装の内から強烈な威圧感を周囲に放ち、

 剣呑な光を眼に宿らせて、

 全ての真相を射抜かんと、持ち前の胡散臭ささえ捨てて、真剣に、私へと相対している。

 

 

 

 こういう時の彼女は、本気だと、長年の付き合いから知っている。

 

 返答を謝れば躊躇なく、ソレは仲間だったモノだ、と切り捨てる事も、知っている。

 

 

 

 でも、いまいち質問が分からない。

 

 

 

「何を訊きたいのか、よく分からないね。紫は私の正体を知っている人物の一人だと、そう私は考えていたんだけど……違うのかな?」

「……そうね。貴女の持論は確か、『自分を決定付けるのは他人』だった」

「ふむ。詳しく言うなら、自身の価値・評価・性格・外面など、自身の他と接する部分を決定付けるのは、自分ではなく他人、って感じかな」

「他者に決められて、それを(よし)とする……妖怪らしく、胡散臭く、分からない……故に理解不能と呼ばれる。言うなれば、『Unintelligible』」

「紫にそれ言われると何だかむず痒いねぇ……」

 

 胡散臭いは紫の代名詞みたいなものだろうし……等と思いつつ、殺気に当てられて硬直していた身体の強張りを、徐々に解いていく。

 警戒や注意をした所で、何の意味もない。

 

 そもそもここで彼女と戦いになった所で、万に一も私に勝ち目はない。

 今の最弱の状態でも、──万全の状態だとしても──私は彼女に勝てない。

 

 

 

 まぁ、例えそうなったとしても抵抗するつもりは毛頭ないけど。

 

「……ナイフ、そう、『刃物』。何故キチンと使わなかったの? 何故わざわざ相手に渡すような真似をしたのかしら?」

「分かってるくせに……ああ、ハイハイ。私の口から直接確認したい訳ね」

 

 だからそう睨まないで欲しいんだけどなぁ。

 眼光だけで殺されそうな雰囲気すらある。今の私は人間スペックだから洒落にすらならないのよねぇ……。

 

 ぅ……体の節々が痛み出した。両腕の震えが止まらなくなってる。真面目に洒落にならなくなってきた……。

 

 多分、紫の言う『ナイフ』は、私が咲夜に突き刺されたナイフの事だろう。ていうかそれ以外で相手に渡すような真似をしたナイフなんて思いつかないけど。

 アレはそもそも、咲夜があんなナイフを持っているとは思わなかった、っていうのが原因の一端にあるけど、結局は自分でああした、というのが答えに近い。

 

「別に、地下室で取り出した時に銀製のナイフって気付いちゃったから、フランに使う訳にはいかないなぁ、って何とか思い留まっただけだよ。もっと狂気に侵されてたら使ってただろうけど」

「あの術式、超回復だったかしら。使わざるを得ない状況にしなくても助けることは出来たでしょう。何故身体を賭けたの?」

「無視かい。いや、良いけどさ────それも特に理由はないよ」

 

 直接手でレミリアを押さなくても、衝撃で吸血鬼を吹き飛ばすぐらいは訳ないだろう、って言いたいのかな?

 

「別に何か考えがあった訳じゃないよ。フランに直接衝撃を叩き込むついで、レミリアの精神に言い聞かせる衝撃を念入りに効かせるついで。ついでについでの結果。丁度良かった、とも言うね……まぁ、結果的に死に掛けたけど」

「……」

 

 ……咄嗟の事だったし、今思い付いた程度の理由しかない。

 別に、──狂気に一瞬だけ流されて、消えて死んだ扱いされた方が楽なんじゃないかなとか──何も考えてない。

 

 

 

「それで、結局何を言いたいのかな? ────何を、私に視たのかな?」

 

「……貴女、本当に鎌鼬なの? いえ、そもそも────妖怪なの?」

 

 なんだい。訊きたいのはそんな事なの?

 そんなの……分かりきった事だろうに。

 

 

 

「私は私だよ。何処までも、私」

 

 私は私。

 私が居る限り自分が居るし、自分が居る限り私が居る。

 でも、それを『私』と区切って呼ぶ必要はない。だから、私は私。

 

 わざわざそこを説明したりしないし、そもそも誰かに話すつもりは何一つないけどね。

 ふふ……さて、私の信条は、何だったかな?

 

「私が居る限り、私だよ」

 

「……そう。話すつもりはない、と」

「まぁね。でも別に覗くつもりなら止めはしないよ。自己愛の哲学、坩堝の脳に嵌まりたいなら、私の境界を弄って覗けば良いさ」

 

 でも、例えばこうも言うよね。

 ……なんて格好良く言おうとすれば、博覧強記な主殿に私が敵う訳もない。

 

「深淵を覗くものは──」

「"Wer mit Ungeheuern kämpft,

 mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.

 Und wenn du lange in einen Abgrund blickst,

 blickt der Abgrund auch in dich hinein."────怪物は、どちらかしら?」

「……ふふっ、さぁ? 貴女にとっての逆、じゃない?」

 

 

 

 そう切り返して、腕を組んで待つ。

 紫はただ目を細めて、未だに私を見透かそうとするかのように睨んできている。

 

 今の私には、境界を操る術も持たない。

 いつもやっているスキマ移動は、具体的に言えば数値を紫に送って計算結果として紫が境界を操る、というもので、別に境界操作自体に力を必要とはしないけど……今の彼女に対して、ただ計算式を送った所で答えが返ってくるとは思えない。

 

 それぐらいには、まだ敵意を感じている。

 腕を組んだのだって、別に不満を表している訳ではないしね。寧ろいつまでも話に付き合ってあげるよ、という意志の現れのつもりなんだけど……まぁ、彼女はそれすらも見通して考えているのかもしれない。

 

 見通せば見通す程、彼女は深淵に近付いているけれど、例えそれらを言語として表せずとも、通じ合えるモノは何かあるだろうさ。

 それが、例えどんな内容であってもね。

 

 

 

 

 

 

「────……分かったわ」

「へぇ?」

「貴女は変わり続ける。風雲のように」

「……さて、どうだろうね?」

「ふふふ、分からないものね」

 

 生き様はまさにそれであろうと思ってるけど、実際にそう生きていられているかどうかは、果たして怪しいものだと思うけどね。

 

 

 

 それから、何も言わずに紫は私の視界から消え去った。

 意味深に笑ったかと思うと、私に向けていた敵意を綺麗サッパリと消して、私の家近くの林へと開かれたスキマを出し、彼女はそのまま違うスキマの中へと入っていった。

 

 まぁ、通り抜けて良いというのなら、私も何も言わない。

 彼女が私の何をどう悟ったのか。まぁ、また次の機会にでも聴ければ良いな、とは思う。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってみれば、彩目に文とぬこが待っていた。

 

 私が変な格好をしている事に対して、彩目は奇妙なものを見るような眼で、ぬこは何も言わずにただ匂いを嗅いで、文は何も言わずにただ写真を撮り始めた。

 マイペースな皆につい苦笑いを溢しつつ、ただいま、と言えば、ただいま、とは返ってこず、体調は大丈夫か、その格好は何だ、と訊いてくる。

 相も変わらず格好良く終われない家族である。

 

 下駄もなくしちゃった、と言えば、彩目が足を拭く為に濡れたタオルを台所から、縁側に座る私に手渡してくれる。文は撮れた写真を見ながら風呂を沸かしに行った。やるべき仕事が二人逆なような気もしないでもない。湯船にカメラ落としてしまえば良いのに。

 

 ぬこはいつかのように足の指の間の匂いを嗅ぎ始めた。なんなの? 猫が私を認識しているニオイの元はそこから出てるの? 土で汚れまくってるし、そもそも匂いを嗅がないで頂きたい。

 やめなさい、と首を掴んで引き寄せれば「似合わない」とか言ってきた。衝撃が使えないのでデコピンで勘弁してやる事にする。悶絶してるけど。

 

 縁側に座り、拭き終わったタオルを彩目に返して、文に私のいつもの浴衣を持って来てもらうように頼む。「せっかくだし今日一日は着てたら?」なんてニヤけ顔で言うもんだから、まだまだ汚れているであろう濡れた足で自分の部屋まで行って服を取ってきた。

 それを見て彩目が怒る。怒られたのは私だけだったが、縁側から廊下、私の部屋まで掃除をするのは文になった。ざまぁみろである。

 

 

 

 着物を持ったまま、沸かしてくれたお風呂へと向かう。

 手伝おうか? と彩目が言ってきたが、流石にそれは断った。妖力が無いからといって、行動に支障が出ている訳でもないしね。

 

 脱衣所で咲夜の服を丁寧に脱ぐ。後で洗って返すとしよう。

 ……これから先、私以外に着る人物が紅魔館に現れるかどうかは謎な気もするけど。

 

 頭を洗っている最中に、そういえば髪の毛が元の肩先までの長さに戻っていたのに気付く。

 あの時自分の容姿を変える為に神力を使ったのが幸いだったのか、意識して伸ばそうとするとスルスルと伸び始めた。軽くホラーな気もしないでもない。鏡見てなくて良かった。

 伸びて濡れた髪が背中に張り付く感覚をゾクゾクと感じている辺り、まだまだ発狂は続いているのかもしれない。

 とは言え、まだそのバランスを取るつもりも、今はまだあんまり無かったりする。

 

 身体を洗いつつ、傷跡が無いかの確認をする。

 まぁ、当然のように一つもなかった。

 

 

 

 鏡の向こうの自分は、傷一つない、綺麗な身体の私だ。

 

 狂気の夜が終わって、ニヤリと、向こうの私が笑う。

 

 綺麗じゃない綺麗な私が、少女が微笑っている。

 

 

 

 

 

 

 ……やべ、鼻血出てきた。

 表現が古典的すぎるだろ私。ギャグかよ。

 

 もうさっさと上がって寝よう。何だかんだ言って徹夜だし、何の力もないし。

 あ〜、疲れた……。

 

 

 

 

 




 
 怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。 --146節
 フリードリヒ・ニーチェ(1844年 - 1900年)



 久々にスイッチ入ったままな気がするからこのままくっそ甘い話でも書いてどっかに投稿したい所。
 まぁ、明日も仕事だし書けるかどうかすら怪しい。




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