押すと自動的に「楯無パイセン可哀想……」って言ってくれる凄いやつです。
食堂に着くとやはりというべきか、どうしても三人に注目が集まる。
この学園でたった二人の男子学生とその恋人にしてIS開発者の妹ともなれば注目するのは当然だった。
「悠斗はどれにするんだ?」
券売機に並びながら箒が問い掛けた。未だに手は指が絡み合うようにしている恋人繋ぎのまま離れようとしない。まるでそれが当たり前であるかのように。
悠斗も空いた手で食堂のメニューを一つずつなぞるように見ていき、悩みながら答える。
「んー……日替わりの和食かな」
「あっ……!」
「ん? どうした?」
どのぐらいの食堂なのかを推し量るべく、とりあえず日替わりメニューを選ぶ悠斗に思わずといった感じで声を漏らした箒。何事かと悠斗が首を傾げてみると箒は喜色を顔に浮かべている。
「私もそれにしようと思ってたんだっ」
「……えっ、もしかして頼もうとしてたのが俺と同じで嬉しいのか?」
「うっ……だ、ダメか?」
図星だったようで箒が少し気まずそうにしょんぼりする。しかし、箒としてはそんな些細な事でも幸せを感じてしまえるのだからしょうがない。五年も離ればなれだったのだから。
「ダメじゃない。でもそういうのはちょっと控えて欲しい」
「な、何でだ?」
「……そういう事言われると俺も嬉しくなって抱き締めたくなる。我慢するのも大変なんだぞ」
「悠斗……!」
その言葉に落ち込んでいた箒の顔が急速に明るくなっていく。つぼみから華が咲いたように綺麗だった。
「そ、そうだな。二人きりの時にしよう!」
「あっ、こら」
「ふふ……」
「はぁ、全くしょうがないな……」
そう言いながらも、感極まって繋いでいた腕を絡め取ってぴったりと寄り添う箒。咎めようとする悠斗も口ではそう言いつつも、何だかんだ嬉しそうに受け入れた。再会したばかりの二人に我慢なんて出来るはずがなかったのだ。
『(何これぇ……)』
目の前で行われている、バカップルがやるであろう光景を後ろに並んでいた女子達が死んだ魚のような目で見ていた。というか目の前にいるのは間違えようなく、バカップルだ。
しかし、一番の被害者は別にいる。
「(あっ、これミスったわ。一緒に来るべきじゃなかったわ)」
そう、一番の被害者は二人と一緒に来た一夏しかいない。死んだ魚の目で隣のバカップルが織り成すイチャつきを至近距離で見ている彼は、心の中で吐血しながら一緒に来た事を激しく後悔していた。
「おーい、一夏。こっち空いてるぞー」
「一緒に食べるんだろう?」
「あ、ああ(やっぱ俺も行くんだ)」
後悔しているといつの間にか和食の日替わり定食を手に空いているテーブルを確保しているバカップル。唐揚げ定食を手に死地へ向かう一夏を周りは勇者として崇められているのを本人は知らない。
そんなバカップルの真向かいの座席に座る一夏はまだお昼頃だというのに既にげんなりしていた。幾ら勇者と言えど相手が強大であればやられる時はやられるのだ。
二人はやはりというべきか隣に座り、肩がくっ付くぐらい近い。そして食事中。となればやる事はもう見えている。バカップルの伝統芸能である『あーん』だろう。いつ来るのかと一夏は不安になりながら待ち構える。何処から来ても大丈夫なように。
「美味いなこれ」
「ふむ……悠斗はこれくらいの塩加減が好きなのか?」
「そうだな、これくらいがベストかな」
「なるほど、なるほど……」
「あ、あれ?」
しかし、一夏の予想とは裏腹に普通に食事を始める二人。端から見ていてもそこまでおかしくもなく、ただ仲睦まじいだけ。
「ん? どうしたんだ一夏」
「確かにどうしたのだ? 先程から箸が進んでいないぞ?」
「あ、いや……ほら、二人が恋人らしい事すんのかなーって思っててさ」
一夏に言われて悠斗と箒は目をパチクリさせながらお互い顔を合わせる。こんなところでも息がピッタリだと一夏は思った。
「いやいや、俺達ちゃんと場所とか弁えてるから。な?」
「うむ。私達をそんなところ構わずにするような連中と一緒にされては困る」
「えぇ……?」
間抜けな返事をしてしまったのは無理もない。どうやらこの二人にとっては先程の券売機前での出来事も公共の場だと弁えての行動だったようだ。
「ま、まぁいいか。お、確かに美味い」
「へぇ、唐揚げも美味いのか。今度、俺も頼んでみようかな」
「試しに食ってみるか? 結構オススメ出来るぞ。まぁちょっと物足りないけどな」
「お、悪いな。じゃあ遠慮なく」
何をどう弁えたのか分からなくなってきたが、とにかくこの場は大丈夫らしい。
拍子抜けした一夏は助かったと一安心し、唐揚げを口にする。義母である深雪の作ったものには遠く及ばないが確かに美味い、というのが一夏の感想だ。
「んー、美味いけど確かに何か物足りないなぁ」
「だよなー。まぁ充分美味いんだけど」
すっかり舌が肥えていた悠斗と一夏は何が不満なのか考えつつ箸を進めていく。
「一夏、私も一ついいだろうか?」
「いいぞー」
「すまない……あむっ。……ふむ」
目を閉じてゆっくり味わうように唐揚げを咀嚼していく箒を見て、二人とも何をそんなに真剣にしているのか首を傾げつつ眺める。するとニヤリと何処か勝ち誇るように笑みを深めた。
「……ふふふ、これなら私の唐揚げの方が美味いな」
「へぇ、箒は料理作れるようになったのか」
「言っただろう? 悠斗と会う日に向けて女を磨いていたと。料理だけじゃなく、家事も万全だ」
ふんす、と得意気に胸を張る箒。それを聞いて一夏が納得した。なるほど、それで先程から悠斗の好みを探っていたのかと。
一方は大切な人と会うために今日まで努力を重ね、もう一方は大切な人と過ごす日々のために努力を重ねていたのだ。これだけお互いを想い合っていて、結ばれないという方がおかしい。
「……二人とも良かったな」
「何が良かったんだ?」
「さぁ、何だろうな」
『?』
自然と溢れた一夏の呟きは二人に聞かれてしまうも、誤魔化すように唐揚げを一つ口に運んだ。やはり少し物足りない。
「ね、ねぇ君達」
声の先、何故か少し顔を引き攣りながら話し掛けてくる名も知らぬ少女がいた。ネクタイの色が悠斗達と違う事から上級生なのだろう。それがどうしてという思いが強く、一夏と箒が首を傾げる。悠斗はと言うと黙って味噌汁を口にしていた。
「君達、代表候補生と勝負するって聞いたけど、本当なの?」
「ええ、まぁそうですけど……?」
「稼働時間はどれくらいなの?」
「俺は二十分くらいで……悠斗も同じくらいか?」
「まぁな」
「それじゃあ勝てないわよ。ISって稼働時間がものを言うの。代表候補生なら少なくとも三百時間は乗ってるんじゃないかしら?」
『へぇー……』
「(なるほどな……)」
単純な練習時間の他にもISのコアには意思があり、稼働時間に合わせて搭乗者を理解していき、性能が上がっていく。ましてや専用機持ちならば、元から機体が搭乗者に合うよう調整されているのだからより顕著に出るだろう。
感心する一夏と箒を尻目に、この上級生の狙いが読めた悠斗は少しだけ警戒心を強くしていた。
簡単に言うと一夏か箒か、どちらかとコネを作っておきたいのだ。どちらも姉は世界的な有名人、ここで恩を売っておけば役に立つと判断したらしい。
そういう意味では悠斗も対象になるのだが、名字が違うし、そもそも悠斗が一夏、千冬と同居してたなんて報道してなかったからこの上級生が知る訳もなかった。
「だから、私が教えてあげよっか?」
「んー……ならお願いしても――――」
「結構です。私の方が上手く教えられるでしょうし」
さて、どうしたものかと悩む悠斗を放置して上級生の提案を受け入れようとした一夏。それを遮るようにして上級生の背後から声が掛かった。
「……知らないようだけど私三年生なのよ? 私の方が、って!?」
上級生が後ろを振り向くと、話し掛けてきた少女の姿を見て驚いた。後からやってきた少女は勢い良く扇子を拡げる。そこには『颯爽登場』と書かれていた。
「あら。ご存知ないかもしれませんけど、私国家代表なんですよ? まぁ、先輩が私よりも上手く教えられるって言うのなら話は別ですけど?」
「さ、更識生徒会長……!」
学園で唯一の国家代表にして、生徒達の長であり、学園最強の名を意味する生徒会長の肩書きを持つ楯無の登場に三年生の顔が青くなる。ただの一般生徒がどう足掻いても国家代表に勝てる訳ないのだ。
それを分かっていて楯無は意地の悪い笑みをして追い詰めていく。どう考えても楯無の勝ちしかあり得ない勝負で。
「んふふふー。どうしますー?」
「し、失礼しましたー!」
催促すると三年生はすたこらさっさと去っていった。
「あらら。私ってば悪い事しちゃったかしら?」
「……あんまり意地悪な事すんなよ。後で面倒な事になるぞ」
「はーい、以後気を付けまーす」
「はぁ……」
悠斗が幾ら口で注意しても全く悪気のない様子でいる楯無に呆れてしまう。再び拡げた扇子には『いじめ発見?』と書かれていた。反省の色はなさそうである。
しかし、悠斗としてはあの三年生に悪意があったかどうかというのは分からなかった。単純にお節介だった可能性も否定出来ないが、箒に害を及ぼす可能性も否定出来ない。
「ま、おかげで助かったけど。ありがとうな」
「っ!! え、えへへ……! んん! と、当然よ。生徒が困っていたら助けるのが生徒会長なんだからっ」
「お、おう、そうか……?」
だから悠斗は素直に感謝の意を示したのだが、楯無はふにゃりと顔を緩ませたり、体裁を繕ったかと思えばやっぱりにやけたり。
七変化とまではいかないが、その変わりように驚いてしまう悠斗だった。
「ぐ、ぐおぉぉぉ……!」
「どうしたのだ一夏? 具合悪いのか? その前にこの人は誰なんだ?」
いつかは来ると分かっていたこの対面がまさかこんなに早く来るとは思ってなかった一夏は唸り声を上げて俯いた。
色々言いたい事があるが、一夏の本音としてはただ一つ、俺を巻き込まないでくれである。
「ああ、こいつは更識楯無って言って箒が引っ越ししてから出会ったんだ。楯無にも言っとくわ。篠ノ之箒、前言ってたと思うけど俺の大切な人で、彼女だ」
「(馬鹿ぁぁぁ! 全力馬鹿ぁぁぁ!)」
第三者の一夏の心の悲鳴が木霊した。気まずいなんてものじゃない。胃がキリキリと痛んできた一夏は今更ながら唐揚げ定食というパンチの効いたメニューにしたのを後悔していた。
「初めまして、篠ノ之箒です。悠斗がお世話になったそうで」
「篠ノ之箒。そう、あなたが……」
「ん?」
「楯無?」
「は、はぶぶぶ……」
握手するべく手を差し出す箒に対して、楯無はそれまで浮かべていた笑みを消し、目を細めて箒を見る。
何かがおかしい事に漸く悠斗が気付く中、一夏はお腹を抑えて苦しんでいた。
「初めまして、更識楯無よ。よろしくね、箒ちゃん」
「はいっ。よろしくお願いします」
それも直ぐに握手に応じる事で解消された。笑顔で応じるその姿は何も知らない者からすればとても仲良く見えるだろう。
「仲が良いのはよろしい事で」
「何でやねん……」
訂正、知っていても仲良く見える馬鹿がいた。それに思わず関西弁で突っ込んでしまう一夏。彼にとっての地獄はここからだった。
「さっ、それはそれとして、早くご飯食べましょ。悠斗くん、隣いい?」
「こっちより一夏の方が空いてるぞ? そっちの方がいいんじゃないか?」
「えっ……」
何も分かっていない悠斗の冷たさ抜群の発言に楯無は愕然とし、くしゃりと今にも泣きそうな悲しい表情をする。
「あぁっと! 箒、そっちもう少し詰められるよな!?」
「う、うむ。そうだな」
「じゃあ楯無さんも座れますね! いいよな、悠斗!?」
「えっ? いや、でも――――」
「いいよな!?」
「お、おう」
「じゃ、じゃあ失礼するわね!」
何やら凄まじい威勢の一夏にたじたじになってしまう悠斗は首を傾げつつも横にずれた。ちょうど人一人分くらいは座れそうなスペースが出来ると直ぐ様楯無が悠斗に寄り添うようにして座る。その顔に嬉しさを滲ませながら。
「ゆ、悠斗くん。私、お弁当作ってきたの」
「そういえば楯無も料理出来るんだったな」
「うわ、美味そう!」
「これは確かに……むぅ」
「ふっふっふっ、そうでしょう、そうでしょう」
そう言って楯無が持っていた弁当を拡げると色鮮やかなおかず。綺麗に彩られ、見た目からして食欲をそそる内容の弁当だ。
女子が食べるという割りには男が好きそうなおかずで構成されてある辺り、楯無の胃袋から掴もうという狙いも明け透けだった。
「ほら、この唐揚げとか自信作なのよ? 食べる?」
「あ、ごめん。俺さっき一夏から唐揚げ貰ったばっかりだから遠慮しとく」
「えっ……」
しかし、それだけ明け透けにも関わらず我が道を行くのが悠斗で、その返事に再び楯無の顔が曇る。微かにだが、じわりと目が潤んだ。
「あぁっと! 俺の唐揚げじゃなくて竜田揚げだったわ! 食べたの唐揚げじゃないから楯無さんの唐揚げ食べても大丈夫だな!」
「いや、唐揚げも竜田揚げもそんなに変わんないだろ」
「大丈夫だな!?」
「お、おう。じゃあ食べてもいいか?」
「う、うん!」
すかさず入る一夏のフォロー。これにより悠斗も勢いに押されて漸く食べる事に。
「……ふむ」
そんな悠斗と楯無を見て箒は一人静かに頷いた。何かを納得したかのように。
その後も一夏のフォローにより、彼の心の平穏と引き換えに何とか無事に昼食を終えたのだった。
放課後、疲れきっている一夏を連れて悠斗は楯無にISについて教えてもらおうと第八アリーナに来ていた。
箒はと言うと観客席から悠斗を見ている。たまに悠斗が箒を見ると即座に手を振って答える姿を見ると本当によく見ているのが分かった。
「ところで何でそんなに疲れてるんだ?」
「お前のせいだよ……」
「何で? 何かしたっけ?」
目の前で繰り広げられるバカップルのイチャつきと楯無不憫をどうにかすべく、頑張っていた一夏の疲労は相当なものだ。授業が終わって女子達からの好奇の視線に晒されなくなったのも大きいかもしれない。
しかし、一日目が終わったからといって今後は大丈夫という訳もなく。これからの事を考えると今日は帰ったら早めに風呂に入って、早く寝ようと密かに誓った一夏だった。
「悠斗くん、一夏くん、こっちこっち!」
「はーい」
「あいよー」
アリーナの隅っこに置かれている打鉄が二機。その横で楯無が元気よく二人に向かって手を振っていた。
「おお、こいつか。検査の時以来だな」
「俺もたまたま触ったのってこいつだったなぁ」
近付いてきた悠斗と一夏が用意されていた打鉄を見上げると感慨深そうに呟いた。
男性初の起動から二ヶ月しか経っていないが、その内容の濃さと言ったら誰にも負けていないと二人は思っている。
「自動防御機能とかもあるし、初心者の二人にはこっちの方がいいかなって思ったの。一週間はこの打鉄だから安心していいわよ」
こんな事もあろうかと楯無は悠斗がISを動かせると分かった翌日に訓練機の貸し出し申請をしていたのである。悠斗の事だからきっとISで訓練したいと言うだろうと。その読みはズバリだった。伊達に悠斗と五年も一緒にいた訳ではない。
「安心ってどういう事ですか?」
「訓練機ってもう一種類ラファール・リヴァイヴっていうのがあるんだけど、特性が打鉄と真逆なのよ。ただでさえISに慣れてないのに、そんなのと毎日取っ替え引っ替えしてたら乗れるものも乗れなくなるでしょ?」
「ああ、なるほど」
言われて一夏も納得する。要するに格闘ゲームと一緒なのだ。普段使い慣れてるキャラと特性が全く違うキャラを使っていつものようにやってみろと言われてもどだい無理な話。
しかも二人は初心者で、一週間後には国に認められている者と戦おうとしている。それなら変に色んなのに触るより、固定で練習した方がいいだろう。
「さぁさぁ、乗って乗って。時間はないわよー」
「だな。ところで聞きたいんだがいいか?」
「なぁに?」
「何で楯無もISスーツ着てるんだ?」
「だって支えたりするのに私もIS使うし当然じゃない」
乗り込もうとする悠斗が楯無の格好について突っ込みを入れた。
ISに乗る際は基本ISスーツと呼ばれる専用の衣服が求められる。普通の服でも動かせない事はないのだが、筋肉を動かした時の電気信号を増幅したり、搭乗者に異常がないか確認するバイタルデータを検出するセンサーやそれを発信する端末などがあるのだ。
当然悠斗と一夏も現在着用しており、一夏は臍上までの半袖インナーシャツとスパッツ、悠斗は素肌が露出しているのが顔だけという全身スーツ。
では楯無はと言うと――――
「あはっ。もしかしておねーさんの魅力にくらくらなのかなー? そんなにいい?」
「(白井悠斗さんがいいねと言っています)」
「(織斑一夏さんがいいねと言っています)」
標準的に女性が着用するスーツ、分かりやすく言うとスクール水着にニーソックスというマニアックな格好をしていた。
全く知らなかった訳じゃないが、まさか目の前でそんな格好の美少女を拝めるとは思っておらず、悠斗と一夏は心の中で楯無に全力でいいねをした。
そんな男の性質を読んで楯無がにやにやと意地悪な笑みで悠斗に問い掛ける。グラビアアイドルがやるようなポージングも付けて。
「ねぇねぇ、どうかな?」
「いや、控え目に言って最高だろ」
「はぇっ!?」
「…………おおう」
しつこく食い下がる楯無に思わず口を滑らせてしまう。欲望駄々漏れの内容に遅れて悠斗は頭を抱えた。これではただの変態である。
楯無もからかうつもりだったのが手痛い反撃をもらい、顔が一気に赤くなった。
「さ、さぁて、さっさと乗るぞー」
「そ、そうだな」
「う、うん……」
何とか一夏の発言で本来やるべき事をやるという流れになったが、完全に切り替えたとはいかない。
悠斗は馬鹿をしたという事で落ち込んでいるし、楯無は好きな男から最高だと言われて端から見ていても舞い上がっている。
「…………ふむふむ」
それを見てもやはり箒は僅かに頷くだけだった。
「う、ぐ……!?」
「ん? どうした?」
「い、いや、何でもない……」
ISに乗り込むと強い不快感が悠斗を襲った。初めて起動させた時には浮かれていて気付かなかった弊害に顔をしかめるが、直ぐに持ち直す。
「(俺だけ、か……)」
声を掛けられて一夏を見るも、何でもないようにしている。どうやら今の不快感は自分だけのようだと悠斗は悟った。
紛い物故の弊害。だが、そんなものあろうが関係ない。やるべき事をやるだけ。こんな事で諦める訳にはいかない。
「うわっ!? む、難しいな、これ!?」
「当たり前よ。急に手足が伸びたんだから。最初は歩くのも大変なのよ?」
悠斗が横を見れば一夏が一歩踏み出すのにも苦労していた。その側で専用機であるミステリアス・レイディを纏った楯無が支えている事からどれだけ困難な事かも分かるだろう。
ISに乗れば手足に装着される装甲によって身長が二メートルを優に越えるので歩く際のバランスを取るのも一苦労だ。
そのため、ISそのものに慣れる意味合いでも最初は歩行訓練から始まる。正直な話、IS装着直後に歩こうとして転ぶのは誰もが一度は通る道なのだ。
「ほ、ほら悠斗くんも歩いてみなさい!」
「いいけど、何でにやけてるんだ?」
「にやけてないわよ!」
「悠斗、マジで辛いぞこれ……!」
先程から手足を軽く動かしていただけの悠斗に楯無が両手を広げてバッチこいと構える。楯無は悠斗がバランスを崩した際に支えるという建前を使って、堂々と抱き付くのを考えていたのだ。
ところが事態は一夏と楯無の心配を他所に思わぬ方向へと進む事に。
「あ、あれ?」
「えっ、何で……?」
難なく普通に歩くのと同じ様に悠斗は歩いている。特に気を付けているようでもなく、本当にただ散歩でもしているかのように。
そのまま楯無のところまで歩くと退屈そうに悠斗は言った。
「はい、ゴール」
「え、ええ……」
「簡単じゃね? もう少し難しい事やろうぜ」
「う、嘘だろ……? 俺なんかまだまともに歩けないのに……」
「ははっ。一夏にも苦手な事あったんだな」
「くっそ、ちょっと待ってろよ。直ぐに俺も歩けるようになってやるからな!」
大抵の事は人並み以上にこなしてきた一夏が苦戦し、いつも一夏に遅れを取っていた悠斗が一夏以上に出来ている。その事実がどうにも可笑しく、思わず笑ってしまう悠斗だった。
「(いや、倒れないのを見ると一夏くんはむしろ上手くやってる。苦手なんじゃなくて、悠斗くんが上手すぎる)」
現在はロシアの国家代表である楯無でさえ、最初はまともに歩けないでいたというのに。悠斗は適性がCと、最低ランクであるにも関わらず難なく動かせている。こんなのはありえない。
ましてや悠斗は紛い物であるが故に最低の中でも更に最低。楯無や一夏には知る由もない事だが、大きなハンデを悠斗は背負っている。
「ゆ、悠斗くん? たしかCランクだったはずよね? 動かし辛いとかないの?」
「ぅん? まぁ確かに動かし辛いけど、慣れれば平気かな」
「慣れればって……今日乗ったばかりで!?」
「お、おう」
何かおかしい事を言ったのかと首を傾げながら答える悠斗に楯無は口をあんぐりと開いていた。しきりに手足を動かしていたのはそれに慣れるためだったらしい。そんな事があってたまるかと楯無は頭を抱える。
結局この日は楯無の言葉に従い、歩行訓練だけに留める事に。しかし、悠斗は非常に不満そうだった。
はははっ!!今計算してみたが、悠斗の目的が明らかになるクラス代表決定戦はどう考えても年内には投稿出来ん!貴様ら(仕事)の頑張りすぎだ!!