うちはシスイ憑依伝   作:EKAWARI

4 / 9
ばんははろ、EKAWARIです。
お待たせしました、うちはシスイ憑依伝第四話です。
元々はこの四話は三話とセットの話だったのですが、2つにわけたにも関わらず2万文字近くいってしまって内心泣きたい気分になったのはここだけの話。
おかしいなあ……プロット立てた時点ではうちはシスイ憑依伝は6万文字前後くらいで完結すると思っていたのに、残り2話残している現時点で6万文字越えしているぞ。
まあ、なにはともあれ、短い付き合いですが、もう少しおつきあいくださいませ。かしこ。


第四話

 

 

 

 あれから1年以上の月日が流れ、イタチはアカデミーに通うようになった。

 オレはもうすぐ13歳になる。

「よぉ、サスケちゃん、イタチ」

 相変わらず、許嫁を言い訳に、暇があればオレはうちはフガク邸に通っていた。

「ゲッ、またきた」

「こら、サスケ。お客さんに失礼だろ。シスイ兄さん、サスケがすみません」

 オレを見るなり、サスケは嫌なものを見たといわんばかりに顔を顰める。

 そんなサスケにイタチはいつも窘める言葉をかけているわけだが、それが功を奏したことは残念ながらというべきか、ない。

「姉さん。そんな奴に謝るなよな」

「サスケ……!」

「いいって、いいって。サスケちゃんの気持ちはよーくわかっているから」

 そう、何故サスケがこんな態度に出るのか、理由はよくわかっている。寧ろわからないほうがおかしい。

 いやまあ、あれだ、サスケは立派なシスコンに育っていたってことだ。

 いや、もう本当それに尽きる。

 なんていうの? マジでイタチのこと好き好き大好きって感じで、構って貰いたくって仕方ないんだよな。

 オーラからして、あれだよ。子猫のように威嚇しつつ「姉さんに近づくな」って感じだもんな。

 原作じゃ同性の兄弟だったから、ライバル心もあったみたいだけど、なんでかこの世界ではイタチは女なわけで異性の姉弟なもんだから、余計に原作以上に酷いイタチべったり具合になってる気がするぞ。

 いや、っていうかこれマジ将来姉離れ出来るのか? って感じなんだが、見ている分としては微笑ましいんだよな。

「大好きなお姉ちゃんがオレにとられるーって不安なんだよなー? サスケちゃんは」

 にやにやとわざとらしくそんなサスケの心境を言い当てながら、そのやや硬めのぴんぴん跳ねる黒髪をワシャワシャさせながらオレが言うと、サスケはカーッと一気に頬を真っ赤にして、「~~~ッ!」っと声にならない声をあげながら、ポカポカとオレの腕を叩いてきた。

 いやあ、からかうと面白いわ、サスケ。あー、クソ生意気で可愛い。

 正直、前世でNARUTO読んでいた時はサスケに興味なかったっていうか、第一部の時はそんな悪いやつじゃなかった気がしたんだけど、なんか年々あれになっていくよなっていうか、なんていうはた迷惑なヤンデレブラコン、自分に尽くしてくれた女刺すとか最低だなっと思ってたっていうか、なんていうかで正直、あんまりサスケに良いイメージなかったんだが、こうして実際に触れ合ってみると結構楽しい奴で可愛いなと思う。

 まあ、一途なやつではあるんだよな。

 イタチに対する大好きっぷりも、幼い子供がやっていると見てて和むし。

 あと、生意気で負けん気強くて、ちっちゃいくせにいっちょまえにオレ相手にライバル心燃やしちゃっているところとか、すごい微笑ましいというか、可愛いやつだなーと思う。

 サスケはどうやらオレのこと嫌っているみたいだけど、オレはサスケのこと好きだな。

 この生意気っぷりがたまらん。

 イタチみたいに素直で礼儀正しくて大人しい子供も好きだけど、こういう跳ねっ返りもそれはそれで子供らしくて好ましい。

 あ、そういえば、オレ、弟も欲しかったんだよな。

 うーん。弟がいたらこんな感じかな。

「おまえなんか、おまえなんか、姉さんにふさわしくなんてないんだからな! このモジャ髪!」

「はっはっはっは、そうか、そうか。でもイタチの許嫁はオレなんだよなー」

「~~~ッ、ちょーしにのるな! おまえなんか、オレがそのうちこてんぱんにしてやるんだから!」

「おうおう。その時が楽しみだなー、いつくるんだろう」

「ばかにしやがって! いつまでもよゆうでいれるとおもうなよ。オレが忍術を覚えたらおまえなんか足下にも及ばないんだぞ!」

「うんうん。いつでも挑戦を受けてたとうぞ。ほら、今ならおにいさん動かないぞ? さーて、サスケ三佐いつでもかかってきなさい」

 

「すみません、シスイ兄さん。すっかりサスケの面倒見てもらってしまって」

 2時間後、すっかり騒ぎつかれたサスケは縁側で眠りについていた。そんなサスケの腹の上に、風邪をひかないように毛布をかけてやりながら、イタチは苦笑しつつそんなことを言う。

 それから、毛布と一緒に盆にのせてもってきていた茶菓子と茶をそっとオレの前へとイタチは置いた。

「いいって、いいって。サスケちゃんのことはオレも好きだし。それで、宿題は終わったのかい?」

「やっぱり、そうだったんですね」

 思っていた通りというべきなのか、イタチではなく、サスケだけを構っていたオレの意図を察知していたらしい。イタチは苦笑して、穏やかな顔で眠っているサスケの髪を撫でる。

「……ん」

 一瞬むずがるような顔を浮かべるサスケだったが、誰が自分を撫でているのかわかっているのだろう。安心したように微笑って、眠りに身を任せていた。

「学校はどうだい」

「普通ですよ。……ちょっと、簡単すぎて少し退屈なくらい」

「お前は優秀だもんなあ」

 思わず苦笑して、それから何気なくイタチの髪をくしゃりと撫でる。

 優秀というなら、イタチは優秀すぎるほどの才児だ。弟のサスケも才能はあるのだろうが、サスケが10年に1人の逸材だとしたら、おそらくイタチは100年に1人の逸材なのではないか。

 正直な話をすれば、オレはマダラやオビトなんかよりもイタチのほうが凄いと思っている。NARUTOの中で最強格と見なされているのはあの2人なわけだが、正直、あいつらから柱間細胞を抜いて本来の性能に戻した場合、どれくらい強いのか怪しいし、何よりその力を操る『心』の時点でイタチに負けていると思う。

 うちはマダラが負け犬だっていうイタチの言い分は一理あるんじゃないのだろうか。

 まあ、どちらにせよ、オレはマダラもオビトもそんなに凄い奴とは思わない。

 凄いと思うのは、死ぬまで、いや、死んでも底を見せず、先を見通し続け人のために尽くしたイタチのほうだ。たとえどんなに力があっても、それを破壊にしか使えない奴なんて凄いとは思わない。

 ……なんていうのは、前世の知識があるせいで思うオレの感慨なわけだが。

 いや、どうにも下手に知識あるといかんな。

 性別以外はこっちのイタチもNARUTOのイタチもオレの見るかぎり殆ど同じとはいえ、前世の知識というフィルターを通して、こっちのイタチを見るのは向こうのイタチに対してもこっちのイタチに対しても失礼な行為である。

 なにせ、NARUTOのイタチと、このオレの妹分であるイタチは、ほぼ=の同一人物とは言え、全くの同じ人物ではない。強いて言うなら平行世界の別人ってやつだ。

 他人と同一視してその人物に接するなど失礼以外のなにものでもない。まあ、敵なら失礼でもなんでもいいや、利用できるものはしてしまえと思うが、それはそれ。マダラだのオビトだのはともかく、自分の身近な人物は、原作知識という名の色眼鏡ではなく、ちゃんとその人物個人として見てやりたいものだ。

 なので、一旦それらの知識を置いて、今のイタチの状況について少し想いを馳せてみる。

 イタチが優秀な子だってのは前からわかっていた。

 なにせ、2歳の時点からして、礼儀正しい子だったのだ。4歳の頃には既に小学生か下手すると中学生並には言葉を操れていたし、こちらの言葉の裏も読み取れていた。

 正直、聡い。聡すぎるくらい聡い。なんでそんなに聡いのかわからないくらい年の割に大人びすぎている。

 そんな人間が果たしてクラスで溶け込めるだろうか。いや、どう考えてもない。下手すると精神年齢三十路越えのオレより大人っぽい。いくら美形で優秀でも子供の世界にそれは通じない。美形は全て許されるなんてそんなに世間は甘くない。また、優秀すぎるやつはやっかみも強く受けるものなのだ。

 異質な物を排除したがるのは大人も子供も同じ。優秀であれば優秀であるほど周囲もまた壁を感じることだろう。

 ……アカデミーでは孤立してそうだな、イタチ。オレが想像するに、イタチの性格で、この年齢じゃ友達1人もいない……なんてことになっててもおかしくないんだけど。きっと、イタチに話しかけたいと思うやつがいたとしても、壁感じて絶対遠慮するんだろうな。イタチもイタチで、元々大人しい性格をしているし、周囲とは能力に差がありすぎるわ、精神年齢に差ありすぎるわで話しようないだろうしな。

 ……やばい、なんだか可哀想過ぎて涙出そうだ。

 いや、落ち着けオレ。イタチは絶対に同情をされたいとは思わないタイプだぞ。

 全く気にしていないかっていったらそれはないだろうけど、繊細な見た目とは裏腹に、深く傷つくようなナイーブな子じゃないんだよなあ。傷つきはするけど、それで倒れるほど脆くはないというか。

 どちらにせよ、オレの同情はお門違いだ。なのでその代わりに次のようなことを言った。

「今度、鳥分身でも教えようか」

「いいんですか」

 イタチは、よく知っている人間じゃないとわからない程度に言葉をやや弾ませながら、無表情じみた顔の中に微かな期待と好奇心を瞳に宿して、オレを見て訊ねる。

 そんなイタチの態度にオレも思わず笑みがこぼれた。

「おう。お前は優秀だからきっとあっという間にオレより上達するとは思うけど、知らないことを知るのは楽しいだろ?」

「はい」

 そしてイタチは、花が綻ぶように笑った。

 ……可愛い顔で笑うんだよなあ。母御さんのミコトさんによく似てて綺麗な笑顔なんだが、サスケにはわりと惜しげなく見せているし、オレにも比較的わりとよく見せてはくれるんだけど、それ以外の人には滅多に見せないというか、あんまり表情変えないんだよな、イタチ。

 特別感があって嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、なんていうか勿体ないよなあ。

 こいつマジで良い奴なのに。素直で優しい可愛い奴なのに。

 正直にいえば、イタチに嫉妬と羨望を覚えるやつや、嫌悪を浴びせるやつの気持ちもわからんでもない。

 この世に完璧な人間はいないというが、イタチは完璧っぽすぎる。

 頭脳明晰、容姿端麗、その上おまけに人格者で、心も強く高潔ときたら、そりゃ高嶺の花扱いもされるだろ。寧ろ色々次元が違いすぎる。

 これでもうちょっと隙があればっていうか、子供らしさがあったら、周囲ももう少し安心するっていうか、自分たちと同じ『子供』なんだって思ってくれるんだろうけど、残念ながらというべきなのか、イタチは子供離れをした思考回路の持ち主である。

 これでやっかみを受けないはずがない。

 完璧とは、つまりは人間らしさがないことだ。

 勿論、イタチはれっきとした人間である。

 食事の好き嫌いだってあるし、たまに甘味処に連れてってやると、表情はあまり変えなくても嬉しそうなオーラを纏って団子を頬張るし、そうやって幸せを噛み締めている姿はマジめんこい。じっと無言でオレの団子を見て、無意識にお代わりを催促する様は見ているだけで非情に和む。

 弟のサスケのことが大好きで、時には自分の宿題を後回しにしても弟にせがまれたら遊んでやりたがろうとするし、時には弟相手にちょっと大人げない手段にも出る。

 多分周囲が思っているよりも普通にイタチは子供なのだ。

 イタチは完璧っぽく見えるだけで、完璧なんかじゃない、凄く人間らしくて愛情に溢れた子だ。

 ただ、イタチはそんな自分の子供の部分を律してしまえるというだけ。

 まあ、こんな幼くして自分の感情を抑えてしまえる時点で、子供らしくないといったらそれまでだけど、でもこいつは本当に良い奴だから、だから世間のこいつへの偏見がちょっぴり悲しいなと思う。

 忍びなら感情を表に出すべきでない。増して、うちはの代表であるうちはフガクの第一子という立場なら尚更。そういう思考も働いているんだろうし、その自制心は立派といっちゃ立派なんだが……それを良い意味で取らない奴も世の中珍しくはないわけで。

 同じ一族の中でも、イタチを褒める傍ら、はっきりいって面白くないという目で見ているやつも珍しくない。

 イタチが己の感情を自制してしまえる、優秀すぎるほどに優秀な子なもんだから、隙がなさすぎる。子供らしくなさすぎる。かわいげがない。とそういうことを思う奴はほんっとうに世の中多い。

 だから、もう少し、イタチは己の感情を表に出してもいいんじゃなかろうか。

 イタチの性格や感情を無視して、子供なんだから子供らしく振る舞えよという気はないけど、それでも他の人にだって、笑うときは笑って、怒る時は怒って、そうやってプライベートでは感情を表に出すことを覚えたら、多分今ほど孤立はしなくなると思う。

 イタチだって同じ人間なんだと、ちゃんと笑える子供なんだって周囲も理解してくれると思う。してくれたらいいなあ。

「そういえば、父さんからシスイ兄さんに言づてがありましたよ」

「フガクさんからオレに?」

「ええ。明後日の会合前に、どうせならうちで一緒に夕食をどうかって」

「……そっか、わかった。お言葉に甘えて、そうさせてもらうって伝えといてくれ」

 フガクさんは不器用な人だが、やっぱりイタチの父というべきなのだろう。なんだかんだいって面倒見が良く、特に九尾事件後はなにかとオレを気にかけてくれていた。

 正直、オレとしては少し心中複雑ではある。

 4歳のイタチを戦場近くまで連れ出してきたあの時のことは未だに記憶に新しい。あの時はマジ絶対許せないと憎悪さえ覚えたし、無茶苦茶腹が立ったもんだが、それでもフガクさんだって悪人というわけではないのだ。

 多分、いずれイタチだって忍びとして戦いの世界に身を投じることになるんだから、それを前に本物の戦場について教えてやろうという、フガクさんなりの親の愛情だったのだろう。今の内に慣れておけ、と、獅子が己の子を崖下に蹴落とすが如くの、自分の心を鬼にして行った親の愛なのだとは思う。

 だが、はっきりいってそんなもん、ガキにトラウマ植え付ける行為であり、迷惑でしかないだろ、とオレとしてはやっぱり思うのだ。子供になんつうもん見せてやがる。

 オレだって、前世では笑顔が鎧の社会人を経験した身だ。わざわざ表に出すヘマはしないが、それでもな、正直フガクさんを見ていたら、悪い人じゃないとはいえ、時々無性に殴りつけたくてたまんなくなるんだよな。テメエ、このクソオヤジが、って。

 だから、オレとしては本音をいえば、イタチやサスケと顔を合わせるのはいくらでも大歓迎だが、正直あんまりフガクさんとは一緒にいたくはないんだよな。

「あら、シスイ君、もう帰るの?」

「はい。すみません、ミコトさん。長々とお邪魔してしまって」

「いいのよ。それより、もう夕方なんだし、今夜はうちで食べていったら? もう少しであの人も帰ってくるし……」

「いえ、今夜は任務がありますので、準備もありますし、これで帰らせてもらいます。それでは、お邪魔しました」

 誤魔化しのための笑みを浮かべて、オレはイタチの家を後にする。

 ミコトさんは気づかなかったようで「そう、それなら仕方ないわね。シスイ君、またね」そう笑ってオレを見送った。

(イタチなら気づいただろうにな)

 そんなことは詮無いことだ。

 我が家への道を殊更ゆっくりと歩きつつ、胸に来訪せしめるのは、明後日訪れるだろう会合への思い。

 九尾事件から1年半が経つ。

 今のところ、うちは一族に表立った変化はない。

 それを、喜ぶべきなんだろうが、どうにも喜べないのは、きっとこれが嵐の前の静けさなのだと理解しているからなのだろう。

 九尾事件に置いて、オレははっきりいって失敗した。

 今更言っても遅いし、言い訳にしかならないだろうが、可能ならばオレはうちはオビトを仕留めるつもりだった。

 九尾が出てくるのがもうほんの1秒だけでもいい遅ければ……なんてIFを今更言ったところで全てが遅すぎる。

 起こった出来事は覆せないのだ。

 だから、オレは言ったのだ。あの九尾事件、あれはうちはマダラが後ろにいたと。

 オレの言葉が偽りでないと、そう思ってくれたのは三代目だけだろう。

 それだけがせめてもの収穫ともいえる。

 三代目はオレの夢を知っている。オレの想いも知っている。ならば、うちはオビトによって起こされたあの事件をオレが望むはずがないこともわかっているはずだ。わからない人ではないと信じたい。

 きっとあそこで嘘をついていたら、三代目はオレを信用しなかったはずだから、だからあれは賭だった。

 さて、これが凶と出るか吉と出るか。

 出来るなら吉と出て欲しいと思う。

 

 更に時は流れて、原作通りというべきか、イタチはやはり僅か1年でアカデミーを首席卒業した。

「ミコトさん」

「あら、シスイ君、きてくれたの」

「ええ。イタチの卒業式ですからね」

 そういって、オレは苦笑する。

「しかし、1年でアカデミー卒業とは……イタチらしいっちゃイタチらしいですが、そんなに急いで大人にならなくてもいいのにな」

 そのオレの言葉にミコトさんも思うところがあったのだろう。「そうね」と寂しそうな笑顔でつぶやいた。

 そして暫く談笑するオレ達を前に、その待ち望んでいた今日の主役からの声がかかった。

「母さ……シスイ兄さん、来てくれてたんですか」

 ミコトさんとオレを見て、イタチはオレが来るとは思ってなかったらしく、イタチをよく知っているものだけがわかる程度に驚きを瞳に宿して、ぱちりと1つ瞬きをしてオレを見る。

 まあ、オレが来るなんて知らなかっただろうし、昨晩はオレが任務だったことを聞いていたのだろうから無理もない。オレ自身イタチを驚かせようと思ったので今日来ることなんて告げていなかったし。

「よぉ、イタチ」

 オレはとりあえず、ひょいと片手を軽く上げて挨拶をした。……なんでか徹夜明けってテンション上がるよな。オレだけか。とにかく、どこかふわついた頭のまま、呑気な口調で続ける。

「アカデミー卒業おめでとさん。これ、オレからの卒業祝い。新しい忍術書だ。本当はもっとこ洒落たもんを用意したかったんだが、オレじゃどうも思いつかなくて、こんなもんで悪いな」

 思わず苦笑しなつつ、その、卒業祝いの品であるまだイタチが会得していないだろう中忍向けの忍術書を手渡した。

 本当は、こうどうせだからネックレス型のチャクラ感知機とか、ピアス型のチャクラ増幅機とかそういうもんを用意したいなあとか思っていたオレなわけなんだが、やっぱり現実ってのは厳しい物で、おそらくそういう類の道具はこの世のどこかにはあるんだろうとは思うわけだが、一般に出回るような品なわけがなかった。

 かといって自分で自作……なんてのは無理無理。

 奇襲に特化して戦闘技能を磨き続けたオレとしては、チャクラ感知は得意なほうではあるけど、それは感覚的な問題であり、理論的に説明がつくものではないのだ。理屈がつかない以上、そんな力をアクセサリーに加えるなんて不可能だ。

 この体自体はそれほど頭が悪いわけではないだろうに、悲しいかな、オレに発明の才能はないのだ。こう、漫画や小説のようにはいかないね。

 しかし、だからといってプレゼントが忍術書。なんて色気のない話だ。イタチなら1度覚えたら其れで終わりだろうに、こんなプレゼントしか思いつかなかったとはなんと自分が情けない。

 あ、やばい、へこみそう。

 しかしそんなオレを前にして、イタチはといえば、「いえ、丁度欲しかった奴だ。嬉しいよ。シスイ兄さん、ありがとう」と品よくぺこりとお辞儀して、オレのプレゼントの忍術書を胸に抱え込んだ。

 ……なんて良い子なんだ。お前が天使か。

 だけど、和やかな会話ばかりしているわけにもいかないか。表情を改めて、オレは言った。

「今日から、お前は下忍になる。責任も今以上にかかってくると思う」

「はい」

「お前は責任感の強い子だし、出来るやつだからそれについては心配いらないと思う。だけど、イタチ。1つだけ言っておく」

「はい」

「なんでも1人でしようとするなよ」

 オレは、僅かに表情を崩して、仄かに笑みを口端に浮かべながら言う。

「お前は大抵のことは1人で出来るやつだから、1人で抱え込んじまう時もあるかもしれないけど、それでも1人でなんでもしようとするな。お前はまだ子供なんだ。任務中に甘えは許されないとしても、それ以外では甘えろ。仲間は頼れ。信頼は作れ。少なくともオレはお前に甘えられたら嬉しい」

「……」

「あともっとちゃんと笑え。己を抑制出来るのはお前の美点の1つだけど、同時に他者の誤解も招く。任務中はそれでもいいけど、プライベートでまで己を律しなくていい。笑顔1つで印象ってのは大分変わる。余計なお世話かもしれないけど、オレはお前が悪く言われるのはイヤだぞ」

 最後のほうはわざと子供ぶって、拗ねるような威張るようなどちらともつかないニュアンスでそういうと、イタチは初めぽかんとしたかと思うと、次にくすくすと、忍び笑いを漏らして、「それ1つじゃないと思う」と笑った。

「う……言葉の綾だ、言葉の綾。あんまり笑うなよ、恥ずかしくなってくるだろ」

 ぼりぼりと頬をかく。多分既にオレの顔は頬は赤い。

「自分で笑えっていったのにか?」

 イタチはどことなく楽しそうに、なんだか悪戯じみた色を知性に満ちた黒曜石の瞳に乗せて、オレを上目遣いで見上げてきた。イタチはいつの間にやら敬語じゃなくて、素の口調になっていたみたいだが、焦っているオレは気づかない。

「年上をからかうなーっつうの」

 と声を上げて、オレは思わず片手で顔を覆った。

 なんだ、なんというか、こういうふうに表立って感情表現が比較的豊かなイタチは珍しいし、嬉しいんだが調子が狂うな。

 そんな戸惑いと羞恥にのたまうオレに対して、イタチはもう1度、オレがプレゼントした忍術書を胸に抱いたまま、酷く綺麗に笑った。

「でも覚えとくよ、ありがとう」

 

 更に歳月は流れていく。

 オレは16歳を前にして、上忍へと昇格した。

 未だに、オレには木の葉警務部隊への所属命令も下されなければ、暗部への誘いもない。

 いや、オレのような人間が暗部入り出来るとは思ってなかったが、それでも一般の忍びとしての立場にいる。任務はその時々によって組む相手が代わり、特定のチームメイトが出来ていない現状ではあるが、誰と組んでも大体はそこそこ上手くやれてはいると思う。

 元々オレは人と接するのが嫌いじゃないし、オレの笑顔の仮面を仮面と見抜いてきたのは今生でも前世でも『妹』くらいのものだったし、仮面と言っても全てが嘘というわけでもない。

 アホなことを言い合うのは好きだったし、どうにも前世以来女性への欲求が欠如気味ではあるが、猥談とかも結構好きだ。馬鹿を言っているうちはイヤなことは忘れてられたし、気の良い奴も多い。

 居心地が良いといえば良いのかも知れないが、それでもオレとていい加減精神年齢は三十路越えしている身である。あまり頭がまわるほうではないとは自覚しているが、それでも何も疑問を抱かず日々を過ごすだけのアホではあれない。

 だから、これは、この状況は三代目の計らいなのではないのかと思っている。

 オレの夢や想いを知っているからこそ、オレを警務部隊に未だに回さずにいるのではないか、と。

 だって、何故ならば……。

 

「うちはを馬鹿にしやがって……!」

 一族に集まる不満の声、それが次第に大きくなりはじめていた。

 来るべき時が来たと、いえるのだろう。

 わかっていたこととはいえ、頭が痛い。

「俺たちが今までどれだけ里のために尽くしてきたと思っている」

「そうだ、そうだ。あいつらは何もわかっちゃいない」

 そう、数人の若い血気盛んなうちはの男が叫ぶ。

 しかし、年配の世帯の反応はイマイチ薄い。

 ……不幸中の幸いといえるのは、現時点ではまだ、強硬派の数はそれほど多くないというところか。

 正直に言えば、オレだって一族には愛着がある。

 そりゃそうだ。今生の父も母もうちは一族なわけだし、第二の生としてオレは此処で育ったんだ。

 一族の結束が重いせいで暴走しがちのうちはではあるが、それでも根っから悪い人達ってわけじゃないし、一族みな家族といった感じで、互いに助け合う密接感は、近所付き合いも親戚付き合いもそれほど濃厚じゃなかった日本での暮らしの記憶があるオレとしてはくすぐったいくらいだったし、同じ一族だからとなにかと庇ってもらえた。

 まあ、情がわかないほうがおかしいだろ。

 そしてだからこそ非情に頭が痛い。

 こうなるとは思っていたが、それでも根っからのうちはの人間ともいえないオレとしては「なんでこうなるのかなあ」という心境だ。いや、わかっている。九尾の件でオレが失敗したのもあるけど、失敗しなくても原作を見るかぎりこうなることは。

 それでも敢えていいたい「なんでこうなる?」と。

 うちはは冷遇されているなんて被害妄想だ。

 確かに上層部の不審を買っているし、上層部に煙たがれているのは本当だろう。

 しかし、里の一般の住人を見てみろ。一体誰がうちはを差別しているというんだ?

 寧ろエリートとして、里の治安を守っているんだと尊敬をされているくらいだと思うんだが。木の葉のガキんちょどもだって、オレがうちはだって知っててもそれでもふつーに寄ってくるぞ。

 そもそも、オレはおいといてあまりに一族以外に興味のないうちはの人間が多すぎる。なんていうか、一族とそれ以外に対して態度が違う奴がどうしてこうも多いのやら。その身内に見せる優しさをもう少し里のもんに見せてたら「エリート一族、優秀だけどなんかスかしてる。近寄りがたい」ってイメージ改善されて、もっと里の信頼得れると思うんだが。

 少なくともオレはうちはだからって差別などあった覚えないぞ。

 ていうか、少しは同じ名門の日向家を見習えばいいのに。

 まあ、そんなことを言っててもはじまらないし、確かに一族に不満の声が出始めたといっても、今はまだ初期段階だ。今ならまだ説得出来るかもしれないと思っている。

 出来るならオレはオレの夢のためにも、一族はこのまま存続していてほしいと思っている。

 うちはイタチを火影にするというオレの夢のために。

 そもそもうちは一族の不満といえば、一族が冷遇されているという被害妄想だ。なら、イタチが火影という里のトップの座についたら、その不満は解消されることになるんではないか? なにせ同門初の火影である。それに、イタチが火影になったときのために、出来れば同じ一族のみんながイタチのことを支えてやってほしいとも思っている。

 なんだかんだいって、後ろ盾というのは侮れない。

 イタチは火影の器だとオレは確信しているし、イタチなら立派な火影になれるとオレは思っているんだけど、それでもイタチは年若い。そんな時にイタチを支える大人が1人でも多くいればなによりだ。

 この結束力だって見ようによっては決して悪いことじゃない。なら、それを後ろ向きなもんじゃなく前向きなもんとして活用して欲しい。

 と、まあここまでは理想型の話だ。

 もっと身も蓋もないことを言おう。 

 オレの夢のためには、うちはクーデター事件は「邪魔」だ、と。

 一族の不祥事はマイナス点として、未遂と言え発覚すれば同じ一族のイタチについて回る。それはイコールとしてイタチを火影の座から遠のけるばかりでなく、下手を打てば原作同様にイタチを影の道に歩かせることとなる。それだけは断固として許容出来ないし、するわけにはいかない。

 何度でもいう、オレは火影となったイタチを、率いてはイタチが治める木の葉を、そんな光景を見たいんだ。エゴかもしれんが、そんなもん知るか。

 障害は取り除く。

 ……こうして考えると、あの時うちはオビトを殺せなかったのはマジで惜しいな、おい。

 ともかく、今は目の前の問題だ。

 今はまだ、不満の声は多かろうと一族はクーデターを決断するほどには至っていない。ならば、今ならば間に合うかも知れないのだ。なので、ギリギリまで説得を続けようと思う。

 最終的にどうしようもなくなったら切り捨てはするが、それでも助かる可能性があるうちに見捨てるのは人としてなにかが違うと思う。

「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。テッカさん、ヤクミさん。里がうちはを悪く思っているわけがないでしょう? もし本当にそうだったら、木の葉警務部隊なんて重職をうちはに任せるはずないですよ」

「お前は若いから何も知らんのだ!」

 若いといっても、オレ、精神年齢はあんたらと大して変わらんがな。

「うちはと千手の因縁も! 木の葉が出来たのは我らうちはと千手が手を組んだからだ。なのに、いつも里の実権を握るのは千手、千手、千手……」

「いや、三代目は猿飛一族だし、四代目は波風家で千手じゃないじゃないですか。それに、過去木の葉を何度も襲ってきたうちはマダラを出したのは確かにうちの一族なわけだし、それを考えたら少なくとも多少の面は仕方ない面があるんじゃないですかね?」

 前例がある相手を警戒するのは、差別じゃなくて区別だと思う。

「お前はどっちの味方だ!」

 どっちの味方って、味方の逆は敵しかないと思っているんだろうか。どんだけ視野狭いんだろう。

 原作で「優秀だと力をもてば孤立もするし、傲慢にもなってくる」ってイタチが言ってたけど、あれ初めて読んだ時イタチ自身のことを言っていると思っていたんだが、こうしてみるとあれ本当はうちは一族のことについて言ってたのかもしれない。

 どっちにしろ、オレにしてみれば、そんなことで熱くなれるあんたらのほうがわからん。

 とりあえずオレは、感情を表に出さないよう努めて冷静に言葉を返した。

「だからといって強硬な態度を取ったらそれこそ逆効果だっていってるんですって。確かに多少上層部と上手くいってないのかもしれないですが、それでも一般の里のみんなは「うちは」だと聞いたら一目置いてくれていますよ? こつこつと周囲に認めてもらえるよう、努力しましょうよ。そうしたら、きっと誤解だって解けるはずです。それに本当にうちはが冷遇されているのだとしたら、二代目火影は祖父を重用したりしなかったと思います」

「お前は……!」

「もういい、わかった」

 話は平行線の言い争いと化そうとしていた。そこで止めに入ったのはフガクさんだった。

「ヤクミ、シスイ、双方の言い分はわかった。お前達どちらの言い分にも一理ある。だが、ヤクミ、お前は熱くなりすぎだ。シスイ、お前もだ。お前は若いから、まだ事の全容が見えていないのだ」

 とにかく、とそこで切って、フガクさんはごほんと咳払いを1つした。

「この話はまたにしよう。今日の会合はこれで終わりとする」

 そういって進んだのだか、変わっていないんだかよくわからん話し合いは終わりを迎えた。

 しかし、正直に言えばこの結果は意外といえば、意外だ。フガクさんは原作においてうちはクーデター未遂事件の首謀者ということになっている。だからこの場に置いてオレにとっての1番の敵になるのはフガクさんなんじゃないのかと思ってきたわけだが、実際のところ、フガクさん自身が自分の考えを述べることは滅多になく、こうしてオレ達の言い合いを聞いては、その間を取り持つ役割に徹している。

 なんとも拍子抜けだ。

 まあ、いいことといえばそうなんだけどな。イタチの親父が本当に一族を道連れにしようとするようなクソだなんて、オレも出来れば思いたくはなかったわけだし。

 結局の所、フガクさんはうちはの一族の総意を反映するための装置、ということなんだろう。少なくとも本人は自分がそういう存在だと自覚し、行動している。やはり親子なんだろう。一族単位か、里単位でものを見れるかの違いはあるけれど、それでもフガクさんとイタチは似ている。

 ……何度でも思うけど、悪い人じゃないんだよな。

 でもどうしようもなく順番を間違っているような気がするし、かつてイタチにした行為はやはり許せないわけだけど。

 出来るなら、里も一族も双方納得出来るところに落ち着いて欲しいと思う。

 イタチは平和のためなら一族を切り捨てられるだろうけど、それでも傷つかないわけではないのだ。きっと原作のイタチは後悔こそしなかっただろうけど、一族殺しをした時点で自分を許せなくなっただろうから。同じ想いをこの世界で生きているイタチにまでは負わせたくない。

 だから、今は根気よく説得を続けていこうと思う。

 あいつの泣き顔は出来れば見たくないから。

 

 そんなやりとりから半年後、イタチは僅か10歳にして中忍へと昇格する。

 まあ、原作通りといえば原作通りである。

 そして、中忍に昇格するや否や、イタチは瞬く間に忙しくなっていった。

 それに比例して、サスケが寂しそうな顔をすることも増えていく。

「許せ、サスケ。また今度だ」

 そういってデコトンをして任務に向かうイタチの顔もまた、寂しそうで。

「…………」

 オレの足は猿飛ヒルゼンの元へ向かっていた。

 

「おお、シスイ。なんじゃ、おぬしの次の任務なら先ほど申しつけておいたじゃろう」

「いえ、そのことではなく、お願いがあってきました、三代目様」

 プカプカと煙管をふかしながら、書類を脇に一服する三代目火影に向かって、オレは深々と頭を下げた。

 そんなオレに対し、なにかただならぬものを感じ取ったのか、姿を見ないまでも、三代目が姿勢を正す気配が伝わってきた。話を聞くつもりだと、思って良いのだろう。

 オレは尚も深く頭を下げたまま、最敬礼の姿勢で言う。

「不躾で自分勝手な願いだとは重々承知しています。それでも願うなら聞いていただきたいのです」

「言うてみよ」

 三代目は、いつもの好々爺の如き朗らかな口調ではなく、生真面目さを前面に押し出したような、火影としての重みを背負った声で言う。

「うちはイタチの仕事をオレにください」

 どうやらオレの言葉が想定外だったのだろう。三代目は、一瞬ポカンと呆けたような気配を発した。

「4分の1か、5分の1でいい。あいつの分の仕事をください。勿論、オレ宛の任務をそれで疎かにしたりはしませんし、オレの分の業務は通常通りで結構です。あいつの分については報酬だって別にいりません。報酬は全部イタチに振り分けてくださって結構です。ですからどうか……」

「顔を上げよ」

 オレの言葉を遮って、三代目は言う。それに従い、オレは顔を上げた。

 内心、自分がどれほど無茶苦茶な我が儘をいっているのかは自覚していたもんだから、ひょっとすると戯れ言と切り捨てられるかもしれないと思っていたんだが、意外にもというべきなのか、それとも想定通りというべきなのか、三代目のじいさんはただ戸惑っているだけのような顔でオレを見ていた。

「あー、うちはシスイ上忍、確認しておくが、なんでそんなことを言い出したのか、ワケを聞いてもいいかのう?」

「あいつは子供です」

 だから、オレは言った。

「イタチが優秀なことは知っています。おそらくオレがイタチに抜かれる日も近い……いや、もしかしたら既に幻術と瞬身の術以外は全て抜かれているかもしれません。あいつは出来る奴だし責任感も強い。考え方も判断力も並の大人以上に大人びている、慧眼の持ち主だと言えるでしょう。そんなイタチに期待して多くの仕事を任せるというのも頷ける話です。そしてイタチは任された仕事を完璧以上にやり遂げてしまう」

「そこまでわかっておいて、何故じゃ?」

「だからこそなのです」

 オレは言う。

「あいつは僅か7歳で下忍になった。僅か7歳で子供時代に終止符を打ったんだ。それでもどんなに優秀でも、大人びていても、あいつは子供なんです。なにも危険な任務に就かせるななんてことを言ってるんじゃありません。誰よりも早く子供時代を終えたあいつに、せめて家庭というあいつが子供であれる場所を、もう少し長い時間与えてやってはいただけないでしょうか。なにも、大人と子供を同じだけ働かせなくてもいいでしょう?」

 そこまで一息で言い切ったオレに対し、三代目は顎に手をあてて、次いで頭が痛そうにこめかみに手をやった。

「おぬしはその矛盾に気づいておるか?」

「? はい?」

 なんのことかわからず思わず首をかしげるオレを前に、三代目は「もうよい。おぬしの言い分はよくわかった」といって、手を上下にぱたぱたと振った。

「イタチのことについてだが、まあ善処しよう。確かにおぬしの言い分もわからんでもない。ワシはあやつに少し頼りすぎていたかもしれんからのう」

「本当ですか!」

 思わず、声に喜色を混ぜてしまう、オレに対し、「ただし」と三代目はキリッと引き締めた顔で言葉を続けた。

「その分の過負荷は全ておぬしに負って貰うことになるが、本当にそれでいいんじゃな?」

「勿論です。ありがとうございます、三代目」

 そう笑顔さえ浮かべて礼を言うオレに対し、三代目は一瞬だけ悲しそうな表情を顔に浮かべて、それから何事もなかったかのように飄々とした顔に戻して、それからしみじみと年寄りの感慨を宿した声音で言う。

「しかしのう。婚約者と聞いたが、危険な任務にイタチが向かうこと自体はいいのか」

「あいつならどんなに危険な任務でも大丈夫だと信じていますから」

「おぬしは過保護なんだかそうでないんだか、よくわからんわい」

 三代目はがっくりと肩を落として、それから独り言のように小さくつぶやいた。

「まぁ、そんなおぬしだからこそ、イタチにはよかったのかもしれんな」

「はい?」

「なんでもないわい。それよりほれ、そこに突っ立ってるだけなら茶でももってこんかい。全く気が利かん」

 

 それからの日々は多忙を極めた。

 上忍としての任を背負う傍ら、本来ならイタチが受けていたはずの任務も引き受け、一族の会合に出ては強硬派と弁舌戦を繰り広げ、出来るかぎり理論的にうちはが立つべきではないということを滔々と説き、それから更に半年が過ぎた春には、オレは上忍として、新しく3人のアカデミー出たてぴちぴちの忍たま共の面倒を見ることとなった。

「シスイ先生、ねえねえ次の任務なーに?」

「次は畑の収穫手伝いだな」

「えー、つまんなーい。先生、もっとこーおっきな任務ないの?」

「ばーか、オマエラには早いっての。それにだな、畑の手伝いを舐めるんじゃないぞ。鋤や鍬を銜えることによって腕に筋肉も付くし、体力もつく。体力作りを兼ねて一石二鳥。それに百姓を馬鹿にするもんは百姓に泣くんだぞ。オマエラが日々美味いご飯が食えるのは、お百姓さんが頑張ってくれているおかげなんだからな」

「シスイ先生、若いクセに親父くさい……」

「だー。ほっとけ。と、ちょっとじっとしてろ。ここ、泥ついてるから。ほら、取れた」

 まあ、昼間は大体こんな感じだ。

 オレとしては特に何かした覚えはないんだが、何故か新しくオレの下につくことになった下忍成り立てピチピチ三人組は盛大にオレに懐いた。とくに班唯一の、意外と武闘派くのいちっ子はなにかとオレに好きだと言った。

「はいはい、オレもオマエラのことは好きですよ」

「むー。わかっているくせに、先生の意地悪」

「あー、オレには婚約者がいるんだな。残念」

 別にイタチに恋愛感情を持っているわけではないが、利用するようで悪いがこういう時は婚約者って便利だな。

「あたしのほうが先生のこと絶対好きだもん」

「はいはい。おまえさんみたいに可愛らしいレディに好かれてお兄さんは幸せものですよー」

 ぽんぽんと頭を撫でながらそういうと「先生、女心わかってない」とふくれっ面してくるあたりが可愛い。

「でも、好き」

 そうですか。でもオレが思うに、お前さんのそれは恋じゃなくて、ただの年上の異性に対する憧れだと思うぞ。まあ、夢を壊しちゃいけないから言わないけどな。

 そうして、昼が終わると、夜の時間が来る。

「任務だ」

「了解。今回は何?」

「敵の間者を捕まえた。いつものあれだ」

「OK。……壊れなきゃいいけどね」

 そうして今日も幻術を使った尋問が始まる。

 この世界でうちはシスイとして生きていくと決めて暫くあとに、オールラウンダーではなく一点特化のスペシャリストとなることを決めたそれは実り、今ではオレ以上に一族でもこの里に置いても幻術に長けた奴はいない。

 幻術と一口で言っても、種類は色々ある。

 その中には物理的な痛みを錯覚させる効果を持つ術もある。

 写輪眼が持つ催眠眼の1つ、「魔幻・枷杭の術」などがそうだ。

 肉体にダメージを与えることなく、相手の精神を疲弊させるにはオレ以上にうってつけのやつはいない。

 だからか、1年ほど前からオレはこの手の敵を拷問し、情報を引き出す仕事を任されることが増えた。

 それに思う物がないと言ったら嘘になる。

 結局の所、人殺しや人を傷つける行為をタブーに思う感性は、初めて人を殺めた9年程昔と変わらず、はき出せない澱みとして胸の奥底に沈澱している。慣れることはない。それでもオレは他人の生を踏みにじって生きている。罪悪感を覚えるからと、殺した相手に謝るほうがきっと余程不誠実だろう。

 そんな言い訳を抱えて生きている。

「今日の相手はちょろかったな」

 そう顔中傷だらけの同僚が笑う。

「そうですね、イビキ先輩」

 オレはなんでもないように同じく笑いながら答える。

「まだ1時半だな。よし、これから飲みにいくか。うちははどうする?」

「いや、オレはいいっす。ちょっと眠いんで遠慮しときます」

「そういえば、顔色悪いな。お前はちと頑張りすぎだ。休むときは休めよ」

「ういっす。心配してくれてありがとうございます。では、お先に失礼します」

 ぺこりと頭を下げて、オレはその場を後にした。

 どうも4日ほどまともに寝ていないせいか、いい加減頭がふらつく。

 明日は9時から忍たまっ子三人衆と子猫捜索依頼の仕事が入っている。ということはあと8時間は少なくともフリーということだ。

 ふと、自分の生徒達の顔と、自分の婚約者ということになっている少女を思い出す。

(そういや、あいつらとイタチは同い年くらいなんだよな)

 イタチは歳に似合わず大人っぽすぎるし、3人は子供過ぎてそんな気がしていなかったけど、飛び級ではなくイタチが普通にアカデミーを卒業していたとしたら同い年か或いは一期違いだったはずなのだ。

 なんだか随分と長いことイタチとサスケの顔を見ていない気がする。

 イタチはあと少しで12歳になるはずだ。

 あの年頃は成長が早いから、きっと随分と綺麗になったことだろう。

(顔、見たいなぁ)

 

 ……気づけば、イタチの部屋の前に立っていた。

 何やってんだオレ、と内心自分につっこみを入れるが、まあ言っても詮無いことだ。来たものは今更なかったことには出来ない。

(顔だけ見たら、帰ろう)

 そう思って、窓辺に立った。その時、オレにとっては不意打ちのようにそっと静かに窓が開けられた。

「シスイ、どうしたんだ」

 開けたのは部屋の主である寝着姿をしたイタチだった。どうやら自分の気配に気づいてやってきたみたいだが、こんな時間にやってきたオレに対してやや不思議そうに、首をかしげつつオレを見上げる。

 ……余談だが、イタチは中忍に昇格した頃から、いや、正確にはアカデミーを卒業したあたりから段々と素の口調でオレと話すようになった。今でもミコトさんやフガクさんや一族の人間の前では、オレと話す時は敬語が基本だが、今では滅多に「シスイ兄さん」とは呼ばれない。

 ぶっちゃけイタチに「シスイ兄さん」と呼ばれるの好きだったので、ちょっぴり寂しいが、素の自分をオレの前でも晒してくれるようになったのは嬉しいので、やや複雑である。

 しかし、一目顔だけ見たら帰ろうと思っていたのに、本人が出るとは思わなかったので、オレとしてはちょっと今の状況は困るな。そもそも此処に来たのも無意識であって、意識しての行動じゃなかったし。

 ……イタチに嘘はつきたくないしなあ。

 なので、正直に「いやあ、顔が見たくなって」と、頬をかきつつ、控えめに笑いつつ言ってみた。

「こんな時間にか?」

「はは、はははは」

 とりあえず乾いた笑いで誤魔化してみるが、視線が痛い……。

 う、はい。こんな時間にです。普通いくら顔が見たいからってこんな時間に人様を訪ねたりはしないですよね、うん。オレが悪うございました。

 そんなオレに対し、イタチは呆れたため息を1つつくと、それからチョイチョイと、サスケによくやっているように手招きをした。

「?」

 とりあえずひょこひょことイタチの部屋の窓に近づく。

「靴」

 えっと? これってひょっとして入れってことか? とりあえず言われた通り、靴を脱いでイタチの部屋へと続けて入った。イタチはそんなオレの顔にすっと形の良い指を伸ばし、目の下をなぞった。

「イタチ?」

 意図がつかめず、困惑気味に名を呼ぶオレに対し、イタチは淡々とした声に僅かの呆れを乗せて、「その隈、何日寝てない?」そんな言葉を口にした。

 ……って、暗がりだっていうのに、オレがろくすっぽ寝てないのバレバレかよ。

 兄貴分だってのに格好付かないな、もう。オレ、かっこ悪い。

「……いやあ、あははは、4日くらいかなー」

 ぼりぼりと後頭部をかきつつ答える。と、その時一瞬の目眩と共に気づけばイタチに軽く肩を支えられていた。イタチはただ無言で見上げる。……イタチは何も言っていないわけだが、美人なもんだから迫力があって、なんとなくオレは責められた気分になった。

「……いやぁ正直限界。やっぱわかっちまうんだな」

「……まったく」

 イタチはくるり、とオレに背を向け、そのままスタスタとオレの腕を引いて歩き出す。そしてそのまま、布団に潜り込んだ。寝床は半分空けられている。手は握られたままだ。

「えっと、イタチ?」

「…………」

 イタチは答えない。オレに背を向けたままだ。

 でもとりあえず意図は伝わった。寝ろということなんだろう。

「悪ぃ」

 オレは一言そう謝罪の言葉を告げて、イタチの隣へと潜り込んだ。

 おそらく先ほどまで寝ていたからなのだろう。布団は人肌で温められていて暖かかった。

 布団は狭く、背中合わせの体温もまた暖かく、その相手がイタチであることに奇妙な安心を覚えた。

「あー、あったかい~」

 オレはしみじみとしてつぶやく。子供の体温ってこうどうして高いのか。なんて適温。

 そんなオレに対し、イタチは1つため息をついた。

 今更ながら、互いに婚約者という立場であり、1つの布団に同衾しているというドキドキシチュエーションのはずなのに、オレもイタチも全く異性として相手を意識していない。これほどトキメキと色気のない同衾はそうはないんじゃないだろうか?

 そんなことを呑気に考えるオレに対し、イタチは「シスイ兄さん」と久しぶりに聞いた名称で、オレを呼んだ。

「ん? 何」

 そんな不意打ちにちょっと嬉しくなって、弾んだ声で思わず聞き返す。けれど、どちらかというとはしゃぎ気味のオレとは裏腹に、イタチはどこか冷めた声音で「あなたは馬鹿だろう」とそう断言した。

 ……うん。否定は出来ないが、うん。何故今罵倒されているのだろうか。おにいさん、ちょっと悲しい。

 へこむオレに構わず、イタチは淡々とした声で続ける。

「あなたは、本来なら私に回される筈だった任務をいくつも引き受けている、違うか?」

「……」

「その結果が今のあなただ。自分の限界を越えて荷を抱え込み、その結果、私にたやすく気配を察知されるほどに疲労している。それを、馬鹿以外になんという」

 ……そうですね。おっしゃる通りですね。

 っていうか、気づかれないようにしてきたつもりなのに、オレがイタチが受けるはずだった任務代行してたのバレてたのかよ、うわ、オレマジかっこわる。

「気づかれないと思っていたというのなら、あなたは私を見くびりすぎている」

「……だよな」

 そりゃオレの頭脳でイタチを出し抜こうとするほうが無茶って話だよな。NARUTOに関わりの深い件なら、原作知識を応用したら出来ないわけじゃないんだろうけど。でも、それは持っている情報の差ってわけであって、頭脳で勝っているわけじゃないし、イタチは洞察力とかも鋭いし。

「……あなたは、1人でため込みすぎだ。その矛盾をわかっているのか」

 その言葉に、前世の妹の台詞を思い出した。

『お兄ちゃん、あまり1人でため込みすぎているといつか壊れちゃうよ』

「あなたは私に子供なのだし甘えればいいという。お前は大抵のことは1人で出来る奴だから、1人でやろうと抱え込んでしまう時があるかもしれないけれど、それでも1人でなんでもしようとするなと、そういったのもあなただ。だが、あなたは自分でいった言葉の意味を、果たして本当に自分で理解しているのか?」

 それは……。

「……耳に痛いお言葉で」

「自覚はあるんだな」

「うん……でもまあ、オレは馬鹿だから。1つの物を見たら、目の前の1つのことしか出来ないのさ。オレの夢は何も変わっていない。だから、オレは……」

 そして、オレは続きの言葉を口にすることもなく、イタチの体温を揺りかごに微睡みへと落ちていった。

 

 

 

 続く

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。