さて、ダンジョンの第5階層までやってきた。マップでこの階層に人がいないことは確認済みだ。まずは全速力で移動してみるか。
全力を出せば地面がえぐれるくらいの力が出せそうだ。靴が壊れても困るので、念のため靴はストレージ送りにしておく。すこし足の裏がチクチクするが、裸足でも特に問題ない。
オレは大部屋の端にいて、反対側でベル君がミノタウロスに斧を振り下ろされようとしている、そんな設定で、全力でダッシュしてみよう。
「フッ!」
全力で地面を蹴ると、地面がひび割れたが無視した。プールで歩いた時のような抵抗を感じたがそれも無視してさらに加速する。反対側まで走りきり、その勢いのまま振り下ろす斧に飛び蹴りを当てるイメージで壁に全力の飛び蹴りを放った。
まるで鉄球クレーン車で建物を壊した時のような轟音が鳴り響き、壁には大きなクレーターのような凄まじい跡ができていた。多分、ミノタウロスだろうがなんだろうが一撃粉砕できると思う。
うん。でも、これはダメだ。ベル君ごとダメージを与えかねない。
>「縮地」スキルを得た。
縮地を有効化して何度か試してみたが、さきほどの移動と違い、抵抗らしきものは感じない。靴を履いて試したみたが、特に靴が壊れたりはしなかった。また、1回につき10ポイントほどのMPを消費する。肉体的な力ではなく、魔法的な方法でこの移動速度を実現しているようだ。当然ながらその理屈はさっぱりわからない。
なお、MPの最大値は3100であり、毎秒少しずつ回復する。相当長期戦にならない限りは、MP切れは気にしなくいいだろう。
一瞬でかなりの距離を詰められるし、その詰める距離も自由に決められる有用なスキルではあるが、さすがに普段から使ってると目立つというレベルではない。
縮地からの威力を抑えた攻撃は可能だったので、万が一の時には役に立ってもらおう。
次は力を試してみるか。あたりの岩を持てるか試してみる。
こっちに来て背なども縮んだためにオレの体重は軽くなっている。そのためかバランスはとりにくいが、3メートルほどの岩が簡単に持てた。
少し腰を落としてバランスをとるようにしてみるが、気持ちマシになったような気がする。
>「怪力」スキルを得た。
>「運搬」スキルを得た。
すでに十分な力はあると思うが、怪力スキルは有効化しておく。
実はメニューからすでに有効化したスキルも適用しなくすることが可能だ。制御が効かなくなるような危ないスキルは普段は無効化にしておいていざというときに有効化しておけばいいだろう。
怪力スキルの影響だが、石持ったり砕いたりや岩を持ち上げたりして試したがとくには感じない。力の制御は問題ないようだ。実験がてら、壁に思いっきりパンチを打ち込んでみる。轟音と共にクレーターができた。壁に全力パンチなんて腕が痛みそうなものだが、特に問題なくHPも減っていない。
怪力スキルを無効化して同じく壁にパンチを打ち込んでみる。今回もクレーターができたが、さきほどより小さ目になっている。キチンと差はあるようだ。
なお、迷宮の壁というのは、勝手に治るものらしいので、クレーターを作っても特に問題はないはずだ。
おっと、この階層に移動してきた冒険者がいるようだ。移動することにしよう。
どの階層までオレの力が通じるのかもある程度把握しておきたい。マップで冒険者と遭遇しない道を選択しつつ、下の階層に進もうか。
10階層まで進みつつ、モンスターと戦闘したが、縮地からのそれなりに力をいれた攻撃で遭遇モンスターは問題なく一撃で倒せた。ただ、攻撃場所を間違えると魔石ごと粉砕してしまうので、ちょっと気をつけなければいけない。
第7階層でパープルモスを蹴り飛ばした際に「毒耐性」を得た。ちょっと焦ったがログにも「毒に抵抗した」との記載があったし、特に問題ないだろう。
それ以降はパープルモスは遠距離から石を全力で投げて仕留めることにした。たまに貫通して壁に小さな穴ができるけどそれくらい構わないだろう。毒耐性を有効化したから大丈夫だと思うけど、好き好んで毒を受けたくないからね。
なお、魔石やドロップアイテムはすべてストレージに放り込んである。換金は折を見て行うつもりだ。今やると目立つだろう。
さて、そろそろいい時間だし、ホームへ戻るとしよう。しかし、今回はうまく人との遭遇を回避できたが、万が一の時のため変装でもしたほうがいいかな?
これもお金が出来てからの話か。
教会に戻り二人とも睡眠状態であることを確認して、起こさないように装備を外し、ソファーに横たわった。睡眠時間はかなり短くなってしまったが、プログラマー業でそのあたりはすっかりいつものことになってしまっている。
それと、レベル310の尋常じゃないスタミナのせいか、数日徹夜しても問題なさそうだと思える。いや、やりたくないけどね。明日は普通に睡眠をとろう。
今日も朝が来た。いつものように朝ご飯を用意し、家事を済ませる。日本ではロクにした覚えがないが、スキルのおかげでサクサクできる。
「じゃ、ベル君、整備に出した装備とっておいで。オレはミアハ様のところでポーション補充してくるから」
「わかりました。バベル前で待ってます」
ミアハ・ファミリアはポーションなどの薬を扱うファミリアだ。ヘスティア様の神友らしく懇意にさせてもらっている。
最初は「値切り」スキルを有効化したまま買い物をして、ミアハ様が自分から値を下げ始めホクホクしていた。ただ、店員さんが凄まじい表情でミアハ様を見ていたのでそれ以来「値切り」スキルは基本無効にしている。
値段は安くなるのは歓迎するが、こちらの精神的なものも削れるのは勘弁してほしい。
なお、「相場」スキルによると、もともと相場の下限近くの値段で売ってくれているし、「鑑定」スキルによると品質は結構いいらしい。
今日はベル君が使用した一番安いポーションを補充したのだが、ミアハ様が作ったばかりのポーションを分けようとしてきた。ありがたいんだけど、やめて!店員さんがすごい目で見てるから!
なんとか、おすそ分けを辞退した。店員さんが小さくガッツポーズをしたのは見なかったことにして、バベルへ向かった。
バベルにつくと、ベル君がなにかバスケットのようなものを持っていた。
「お待たせ。はい、ポーション」
「ありがとうございます」
「そのバスケット、どうしたの?」
「えっと……」
酒場のかわいい店員さんに魔石を拾ってもらい、ついでに、店員さんの朝ご飯の入ったバスケットをもらったそうだ。代わりに、晩御飯は酒場で食べてくれとのこと。
……話を聞く限り、ぼったくられそうだけど、痛い目みることも人生には必要だよね。せいぜいベル君の有り金全部くらいで許してくれるだろう。一応、ストレージには昨日の未換金の魔石もある。金銭的なフォローはできる。
「うん、頑張るんだよ、ベル君」
「えっと、よくわかりませんけど、頑張ります」
ダンジョン第5階層で今日も戦闘を行う。ベル君の表情からとても張り切っていることがうかがえる。動きは落ち着いており戦闘面では問題ない。いつもどおりダンジョンで稼ぎ、換金を行い、ホームへ戻った。
ベル君が更新を行っている最中だが、なんだか大声を上げている。スキルか魔法でも発現したんだろうか?
聞き耳スキルを有効化すれば会話内容も聞こえるんだろうけど、ホームでは無効化している。オレからステイタスを隠すように仕向けたのだから、オレだけベル君のステイタスを知るというのも不義理かなと思ってのことだ。
困惑しているような表情のベル君が呼びに来た。気にはなったが、ヘスティア様を待たせるのもなんなので地下室に降りるとやたらと不機嫌そうなヘスティア様がいた。
「あの、なにかあったんですか?」
「何もないさ!さ、早くベッドに寝転がるんだ!」
ヘスティア様は怒っていてもどこか可愛らしさが残る。指示には素直にしたがった。指でペシペシと叩くように更新していたのだが、だんだん指がゆっくりと動くようになってきた。
「ベル君も異常に伸びてたけど、サトゥー君も伸びてる……。ほんと、なにかあったのかい?危ないことしてないかい?」
気になることを言いつつも、ヘスティア様が心配そうに聞いてくる。まずはステイタスを確認してみる。
サトゥー
Lv.1
力:I1→I15 耐久:I0 器用:I23→I37 敏捷:I2→I18 魔力:H119→H136
《魔法》【】【】【】
《スキル》
【
・異世界での理と
結構伸びてるな。
「昨日の夜中に、訓練がてら、全力を試してきたんですよ」
ダンジョンでモンスター狩りしたとは言わず、ぼかしていっておく。
「ちょ……それでこんなに伸びるのかい!?」
「オレは普段かなり力を抑えて戦ってるんですよ。だから、異常なまでにステイタスが伸びていなかった。全力を出す訓練ならば、
「……理屈はあってるね。高レベルになると訓練ではほとんど伸びないとは聞く。けれど、
でも、夜中に抜け出すのはどうかと思うよ」
心配そうに言ってくるヘスティア様に少し悪い気もしてきた。けれど、必要なことなのだ。
「緊急時ならともかく、ベル君の前で全力出すわけにもいきませんから、許してくださいよ。そんな連日連夜抜け出すつもりはありません」
「たまに出る分には許可するけど、無茶はしないでおくれよ」
「わかりました」
満足げにヘスティア様が頷いた。
「それでベル君も異常に伸びてたんですか?そんな無茶はしていないはずなんですけど?」
「……なんでベル君のステイタスを知ってるんだい?」
「いや、ヘスティア様が言ってましたよ。ベル君も異常に伸びてるけどオレも伸びてるって……」
一転、ヘスティア様は汗をダラダラ流し、視線が泳いでいる。
やってることは大して変わらないのに、成長速度だけ早くなった。つまり……
「ベル君に成長補正系のスキルでも発動したんですか?」
ビクッとヘスティア様が反応した。うん。そのリアクションだけで答えがわかるよ。
「いいことだと思いますが、本人には知らせてないのは、なにか理由があるんですか?」
ヘスティア様は観念したかのように頭を振った後、真剣な表情となりこちらを向いた。
「たしかにベル君には成長補正系のスキルが発動している。
けど、成長に関わるスキルなんてボクは今までに聞いたことがない。
これが知られるとサトゥー君のスキルが知られた時と同様のことが起こると思ってもらっていいよ」
なるほど、他の神に知られると神のおもちゃにされるため、隠し事ができなさそうなベル君には言わないでおくという選択をとったわけか。
「わかりました。オレも口外しないように気を付けます。とりあえずベル君を呼んできますか。あまり長話すると可哀想です」
ベル君を呼んでくると、彼はすぐにヘスティア様に申し出た。
「あの、すみません。神様、ちょっとお誘いを受けたので晩御飯は外でとりたいのですが、構いませんか?」
「な、な、な、なんだってー!おんな!女に誘われたのか!?」
ベル君としては神様も一緒に外で食事しませんか?なんだろうけど、ヘスティア様は、一人で食べてきていいですか?に受け取ってるんだろうな。
「は、はい。シルさんって方に誘われたのですけど……。」
「ふ……ふんだ!勝手にすればいいさ!ボクはバイトの打ち上げに参加することにするよっ!」
震え声で吐き捨てたヘスティア様はコートを羽織ると素早く出て行った。残されたベル君は呆然としている。
「あの……僕、なにかしてしまったのでしょうか?」
「いや、気にしなくていいと思うよ」
「サトゥーさんも一緒に食べに行きませんか?」
「いや、オレもちょっと行きたい場所があってね。そっちに顔を出してくるよ」
ぼったくり店にオレまでお金落とすのもね……。
「わかりました、それじゃあいってきます」
「いってらっしゃい」
適当に食事を済ませ、目的の場所に向かう。そう、銭湯だ!
濡らしたタオルで体をふくだけというわけでなく、シャワーがあるというなかなか豪華な状況ではあるんだろう。けれど、やっぱりたまには湯船につかりたいのだ。背中の【
今の貧乏生活からすると、ちょっとしたお値段はするのだが、他二人が外食するというなら、これくらい使っても構わないだろう。
オレは、久々の湯船を心行くまで楽しんだ。
豊饒の女主人「ぼったくり店扱いは誠に遺憾である」