マップを見て、屋台街に移動した。
なにを食べようかと屋台を見回っていると、いい香りがしてきた。そちらに視線を向けると、黄色いスープのようなものと、具材を挟んだ長いパンを販売している屋台のようだ。パンも一つで十分腹が膨れる大きさだし、なかなか美味しそうである。
看板をみると、パンが70ヴァリス、スープが40ヴァリスのようだ。
「パンを1個頼むよ」
「スープもどうだい?今日のはなかなかデキがいいぜ」
店員さんは小柄でずんぐりむっくりした体型。それに髭。種族を確認するとドワーフだった。これまたファンタジーの有名種族じゃないか。
「パンとスープ合わせて100ヴァリスにしてくれるなら一緒に買うよ」
「しゃあねえな。それでいいぜ」
昼食代として100ヴァリスしかなかったため、ダメ元で値切ってみたら運よく認められた。
>「交渉」スキルを得た。
>「値切り」スキルを得た。
>「相場」スキルを得た。
近くのベンチに腰掛けて、スープを一口。ふむ、色はコーンポタージュに似てるけど、味はトマトベースのスープに似ているね。パンは小麦のいい香りがしつつも、野菜のシャキシャキ感とベーコンのうまみが楽しめる。美味い。この屋台は当たりだな。
ゆっくり食事を味わいつつも、周囲のおしゃべりに耳を傾ける。
>「聞き耳」スキルを得た。
おお、便利そうなスキルだ。ダンジョン内での物音を察知して不意打ちを防ぐのにも使えるかもしれない。さっそくポイントを振っておこう。
ふむ。聞きたいと思った会話を鮮明に聞き取れるようになった。まぁ、旦那の愚痴なり大したことは話してないのだが……、とヘスティア様の話が出てきたぞ。
「そういえば、ヘスティアちゃん、ようやく眷属ができたらしいよ」
「ヘスティアちゃん?」
「ほら、『ボクの眷属にならないかい?』って片っ端から声かけてたかわいい神様だよ。じゃが丸くんの屋台でバイトしてる」
「ああ、あの背のちっちゃい神様かい。私も何度か誘われたねぇ」
「めでたいことだけど、眷属もできたし、そろそろバイトもやめるのかね?」
「どうだろうね。でも、もうしばらくは続けるんじゃない?眷属が出来てすぐにお金が入るわけでもないし」
「久しぶりにヘスティアちゃんの頭撫でにいこうかね?」
……う~ん、聞き耳したことをちょっと後悔してきた。
悪い神様ではないとはわかってるんだけど、なんだろうね、この気持ちは。
もう少し街を見て回りたい気持ちもあったが、食後、ホームに戻ることにした。
せっかく「清掃」なんてスキルを手に入れたのだし、この廃教会をもう少し綺麗にしておこうかなという思いつきだ。養われている身だしね。
掃除を始めると、なにかにサポートされているというか、なんとなくこう動くべきだという不思議な感覚がある。これがスキルの力みたいだ。この感覚に逆らわず、体を動かしていく。
夕方には教会と地下のホームは随分と綺麗になった。うん、気分がいいね。といっても天井の穴をはじめとした、なにか素材がいるような修復はまったくできていないので、しばらくするとまた元通りになりそうだ。
「うおおおお、ボクのホームに一体なにが!?」
ヘスティア様が帰ってきたようだ。
「おかえりなさい。掃除してみましたが、いかがでしょうか?」
「これ、掃除ってレベルかい!?なんか、光輝いて見えるぜ!?」
「結構気合い入れて掃除しましたので」
なんだかんだいいつつ、4,5時間ほど掃除してたからね。
それはそうと、ちょうどベル君もいないし、ヘスティア様に異世界について聞いてみることとした。
「ああ、そうだ。ヘスティア様、単刀直入に言いますが、異世界に渡る方法ってご存知です?」
「……君がこの世界の人間ではないって、気付いていたのかい?」
「ええ、どうにも私の知識との齟齬がありますし」
「そうかい。質問の答えだけど、異世界に渡る方法なんて想像もつかない。ボクは異世界から転移してきた人を見るのも、君が初めてだ」
転移してきた例も知らないか。残念ながら、日本に帰るのはかなり難しそうだな。
「君が異世界から来たと知っている者は他にいるかい?」
「ヘスティア様だけですよ。嘘を見抜ける神様なら信じてくれる可能性がありますが、普通の人なら言っても頭のおかしい人間扱いでしょう」
「昨日もいったが、神々というのは娯楽に飢えて、天界から降りてきた。
君が異世界から来たと知れば、君はおもちゃにされかねない。
情報を得たいというなら他の神々に言うのも手だが、実のある情報が得られる確率は低い。正直あまりオススメはできない」
ヘスティア様がかなり人のよさそうな(神のよさそうな?)神様だから話したけど、話す相手は選んだほうがよさそうだね。
「
「
「…………」
簡単には日本に帰れそうにないか。諦めるわけではないけれども、やっぱり少し落ち込むね。
「すまない。君の力になれなくて」
「いえ、気にしないでください。さ、そろそろベル君が帰ってくるはずです。地下室で晩御飯を用意しましょう」
ベル君が帰ってきたので、ダンジョンでの話を聞きつつ、ジャガ丸くんと塩だけの夕飯を食べる。おいしいんだけど栄養バランスとか考えると、野菜とかも食べたいね。
その後、スキル目当てで洗濯を手伝った。
>「洗濯」スキルを得た。
よしよし。これで炊事、洗濯、掃除の家事全般を問題なく手伝えるぞ。さっそく有効化しておく。
今日はなかなか有意義な一日だった。明日のダンジョンも頑張ろう。
翌日の朝、朝ごはんを作っていたベル君を手伝う。ふふふ、調理スキルレベル10の力、見せてあげよう。
「うわ、早っ!昨日とは段違いですね」
「昨日は体がまだ思うように動かなかったからね」
本当はスキルの力なのだが、正直に言うわけにもいかないのでごまかしてみた。
>「弁明」スキルを得た。
>「詐術」スキルを得た。
う~ん、相変わらずスキルが安い。
食事を終え、皿洗いなどの家事を済まして、ダンジョン用の装備を身に着けた。
「気を付けて行ってくるんだぜ。怪我しないようにね」
「はい。気を付けて行ってきます」
「ベル君も、後輩の前だからって張り切りすぎないようにね」
「はい。大丈夫ですよ、神様」
「二人とも、いってらっしゃい」
「「いってきます」」
ダンジョンの上に建てられた馬鹿でかい塔、バベルを目指して歩いていると、ベル君が急にあたりを見回し始めた。
「どうしたんだい?」
「いえ、誰かに見られているような気がして」
周囲を見渡すが、特にこちらに向けられた視線はない。
バベルから双眼鏡で見られでもしたかな、とバベルに目を凝らす。
>「遠見」スキルを得た。
>「望遠」スキルを得た。
イージーモード大好き。さっそくスキルポイントを振る。
双眼鏡をのぞいたようにはっきりと細部まで認識できるようになった。
どういう理屈かわからないが、視界自体はそのままなのに、焦点を合わせた部分がズームしたように鮮明に見える。どういう原理なんだろうか?
まぁ、考察はあとにしよう。
適当に、各階に視線を走らせていると、最上階に女性がいた。銀髪できわどい服をきた超絶美人さんである。後ろに護衛役みたいなでっかい男が立っているが、男はどうでもいい。
100人いたら100人とも見惚れるような傾城の美女、いや傾星の美女といっていいね。ずっと眺めてたくなる。彼女の形のいい唇が笑みを浮かべた後、なにか言葉をつぶやいた。なんて言ってるんだろうか。どんな声なんだろう。きっと聞き惚れるようないい声なんだろうな。彼女にお願いなんてされた日には全力で叶えにかからなきゃダメだね。
美人さんで幸せ成分を補給していると、不意に腕を揺すられる感覚があった。
「どうしたんですか!?しっかりしてください!」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていた」
ベル君が心配そうにオレをみている。周りの人も何人かこっちを見ていた。
「神様が建てた塔って聞いたけど、どうやって建てたのかとか、色々考えててね。いや、すまない。変な顔でもしてたかい?」
「いえ、いつもの顔でしたけど……。何度も声かけたのに反応しないから心配したんですよ」
「いや、ごめんごめん。気を付けるよ」
ログに視線を向けると、
>「精神耐性」スキルを得た。
>「魅了耐性」スキルを得た。
>「読唇術」スキルを得た。
と記載があった。
あの美という概念を形にしたような美人さんである。精神にも影響するし姿を見ただけで魅了されるというのも納得の結果だ。
今度会った時、あの美しさに見惚れて口説けないなんてことがあったらもったいない。「精神耐性」と「魅了耐性」に早速ポイントを振って有効化しておこう。
朝からいいことがあった。今日はいい一日になりそうだ。
◆◆◆
美の神、フレイヤがそれを見つけたのはほんの偶然だった。白髪の少年が持つ、見たことない、綺麗で、透き通った魂。その魂の美しさはフレイヤが今までみたことのない輝きだった。その輝きに美の神は魅了された。
隣には、同じファミリアらしき黒髪の少年もいたが、そちらには興味を持てなかった。年齢にしては落ち着き過ぎた色、珍しいといえば珍しいが、それより特筆すべきはまったく透き通っておらずその奥底までは見通せないという点だ。フレイヤの目を持って見通せない魂というのは久々だったが、それでも興味を持てなかった。
隣の少年さえいなければ、ある程度の興味は持てたかもしれない。それほどに、フレイヤにとって、白髪の少年は特別な魂の輝きを放っていた。
その輝く魂のみを見続けるフレイヤは知らず知らずのうちに、妖艶な笑みを浮かべ「ほんとうに綺麗だわ」とつぶやく。
フレイヤは、あの魂を自分のものにしたいという強い思いを抱いた。