デスマーチからはじまる迷宮都市狂想曲   作:清瀬

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36話:殺生石

 オレは、今、ホームで正座している。

 目の前には両腕を組んで仁王立ちしているヘスティア様がいる。なんというか、ゴミでも見るような目をしていらっしゃる。

 

「歓楽街に行って、朝帰りぃ~?ほら、サトゥー君、申し開きはあるのか~い?」

 

 ヘスティア様にしてみれば、オレがソロにダンジョンに潜って怪我したのではないかと心配していたら、歓楽街で朝帰りだ。怒るのも仕方がない。

 オラリオの神の間でも3大処女神の1柱として有名らしいし、娼婦と寝るといった行為に嫌悪感を抱くのも無理はないか。

 

「昨日、歓楽街に行って、朝帰りしたのは事実ですが、娼婦と寝たりといった変なことはしてませんよ」

 

 “昨日は”変なことはしてない、ということになるが嘘は言っていない。

 

「……神の前では嘘はつけない。サトゥー君は、嘘は言っていない」

 

 ヘスティア様は長い沈黙の後、溜息をつきながら、そういった。

 正直、危なかった。掘り下げられると完璧にアウトの案件だったからね。

 

「ただしっ、歓楽街に行った事は許せない!今日1日、君には罰を与える。それで反省すること。いいね?」

「はい」

 

 神妙そうな表情を作って答えた。反省はするが、また行くと思います。ごめんなさい。

 ヘスティア様とリリが怒りながら出ていったのを確認して立ち上がる。足が痺れたそばから自己治癒が発動するのか、そもそも体のスペック的にそういうのとは無縁なのか、特に足がしびれたということもない。

 

「申し訳ありません、サトゥー殿……」

「気にしないでいいよ。それより春姫さんにあってきたよ」

「こらぁ、サトゥー君!時間はないぞー!」

 

 ヘスティア様がオレを呼ぶ。

 

「すまない。話は後にしよう」

 

 オレに科せられた罰は、新居移転に伴う挨拶用の菓子作りだった。命さんに手伝いをお願いしてもいいかとヘスティア様に問うと許可が出たのでキッチンで菓子を作りつつも、彼女に会ってきた様子を説明する。

 彼女を遊郭で指名したと言った瞬間、視線だけで人を殺せるような凄まじい目で見られたが、さっきのヘスティア様が嘘はついていないといったことを持ち出すと、謝ってくれた。

 

「結局、彼女は望んで遊郭にいないようではあるけど、イシュタル様が逃がさない、だからね」

「イシュタル・ファミリアを倒せば……」

「……それは無理だよ。レベル5もいるし、主な戦闘員はレベル3以上。変態神の所の団長、ヒュアキントス相手に一撃で勝つくらいじゃないと無理だよ」

 

 勝手に突っ走られても困るので、はっきりと言っておこう。

 命さんは眉間にしわを寄せる。

 

「真正面からなんて考えないで、他の方法を考えよう。

 春姫さんはイシュタル様が逃がさないとはいったけど、その執着の理由次第では、代わりのものを用意すれば聞き入れてくれるかもしれない」

 

 命さんが頷いたのを見て、言葉を続ける。

 

「今日の夜も、春姫さんに会いに行ってくるよ。その時に持っていくお菓子をつくろうと思うので、手伝ってくれるかな?」

「それは構わないのですが……私も一緒に行って、一目見たいです」

「止めておいたほうがいいだろうね。女性が女性に会いにいけば目立つだろう?」

「で、では変装すれば!」

「……彼女は、まだ顔を合わせられないと言ってたからね。命さんに会ったら、彼女は動揺して、イシュタル様にバレる可能性がある。もう少し我慢してほしいかな。

 オレだけなら、男が春姫に惚れたで済むと思う」

 

 不承不承に彼女は頷いた。

 

 

 その夜、再び、春姫さんに会いにいった。

 イシュタル様が逃がさないという詳しい理由を聞きたかったが、昨日が急ぎ過ぎていたため、今日は彼女にお菓子を渡してから、ゆっくりと他愛もない話をして過ごした。急ぎすぎて不信感を彼女に抱かれても困るからね。

 どうも彼女は英雄のおとぎ話が好きなようだったので、いくつか日本でみたアニメや漫画から適当に抜き出して話を語って聞かせると、とても喜んでくれた。

 遊郭から出ると、意外な女性が待っていた。

 

「あの娘が最近のお気に入りかい?」

 

 アイシャさんはそう問いただしてきた。

 アイシャさんというアマゾネスの方がよく面倒を見てくれていたと春姫さんは言っていた。何度か一緒に寝て、この人の性格もある程度把握しているつもりだ。ならば、正直に話しても大丈夫だろう。

 

「笑顔がとても可愛らしいですね。可能なら身請けしたい程度には気に入ってます」

「残念ながら、身請けは無理だね。……あの娘は、あんたが作る菓子は気に入ったようだから、また来てやりな」

 

 春姫さんが話したのか、アイシャさんは昨日の内容を知っているようだ。

 春姫さんは知らなかったようだが、さすがに、アイシャさんは奇跡の料理人がオレだと知っているか。

 

「身請けが無理な理由を聞いても?」

「……主神様のご意向だよ」

 

 意向か。彼女に特別ななにかがあるのか?

 珍しい種族ではあるみたいだが……。

 

「主神様も、彼女がお気に入りなんですか?」

「まぁ……そんなところだよ」

 

 残念ながらアイシャさんはこれ以上、話す気はなさそうだ。

 

「仕方ありませんね。またお菓子を作って、彼女の笑顔を見に来ますよ」

「そうしてやってくれ、その前にちょっと付き合いな」

 

 そういって、アイシャさんは歓楽街の外へ向かって歩き出し、人気のない空き地へオレを連れて行った。

 

「さて、アンタの力を試させてくれ」

 

 アイシャさんは訓練用の木剣をオレに投げ渡しながら、そういった。

 

「理由を聞いても?」

「男ってのは、やっぱり強くなきゃいけない。身請けを願い出るようなら特にね」

 

 春姫さんの身請けについて、強さが必要ってことか?

 

「勝てば、春姫さんの身請けができますか?」

「それは無理だ。どうしても欲しけりゃ、イシュタル・ファミリアを敵に回してでも、力づくで持っていきな。

 私に手を出しておきながら、他の女を身請けしたいとか言い出す男の強さを確認したいからこの戦いを持ち掛けたのさ」

 

 そういって、アイシャさんも木剣を構える。

 

「わかりました。お手柔らかに」

 

 戦闘の結果からいえば、攻撃を一回も喰らわなかったが、オレの木剣が壊れて終了だ。

 一応、真正面から受け止めず、武器に負担のかかりにくい防御法を意識したのだが、レベル2の制限の中では結構キツイ。魔刃剣アイリスの異常な性能がよくわかる。

 こちらから何度か隙をついて攻撃してみたが、速度差により決定打にならない。

 アイシャさんも本気ではないようだが、変態神(アポロン)の所の団長以上に強いと思う。隙はあるものの、ひとつひとつの速度が速すぎて、大体、防御や回避を選ばされている。レベル3の中でも高ステイタスなのかもしれない。

 勝てば身請けできるというなら、魔力鎧を左腕に発生させて、攻撃を捌いて不意を突いたかもしれないけど、勝たなくてもいいなら、それなりの強さを見せておけばいいだろう。

 

「大した腕前だ。度胸もある。あんたとは、こんなおもちゃじゃなく、本気の装備で戦ってみたいよ」

 

 バシバシとオレの背中をたたきながら、アイシャさんが笑う。

 

「その日が来ないことを祈ってますよ」

 

 綺麗な大人の女性と剣で戦うよりは、ベッドの上でお相手願いたいものだ。

 

 

 

 翌日、朝起きてマップを見ると、ヘルメス様がホームのそばにいる。

 ベル君と命さんがギルドへ行くというので、オレも一緒に外へ出ると、ヘルメス様が近づいてきて話かけてきた。

 

「あー、ベル君、最近何か物騒な目に遭ったりしてないかい?具体的には、たくさんのアマゾネスに襲われたりとか……」

 

 お、おい、まさかヘルメス様、アマゾネスの集団って、戦闘娼婦(バーベラ)と言われるイシュタル様の部隊が印象強いんだが……。

 イシュタル様を焚き付けたのか!?

 演技しているのかもしれないが、いつもの飄々とした笑顔ではなく、明らかに落ち着きがない。

 

「元気がないようだけど……何かあったのかい?」

 

 ベル君たちの態度を見て、そう尋ねるといつもの態度に戻り、一笑する。

 

「オレで良ければ、相談に乗るよ?ここで聞いた話は決して誰にも言わない、神の名において誓おう」

 

 ベル君たちは春姫さんのために僅かでも情報が欲しいとヘルメス様に相談することにした。

 ヘルメス様に連れられて、喫茶店に入る。

 

「なるほどね……狐人(ルナール)の友人が娼婦に、ね」

 

 狐人(ルナール)という言葉を聞いた時に反応を見せたヘルメス様は、一通り話を聞き終えると少し考えるようなそぶりを見せた後、口を開いた。

 

「これはオレの信条に反するんだが……サトゥー君と歓楽街で会ったあの日、オレは運び屋の依頼を受けて、イシュタルのもとにある荷物を届けに行っていた」

「ある荷物……?」

「運び屋として依頼主や荷物の情報を明かすのは御法度、失格もいいところなんだけど……オレは君達を贔屓にしている、話しておくよ。オレが届けたのは【殺生石】という道具だ」

 

 オレの世界だと九尾の狐が死体が石となり、それが殺生石と呼ばれたとかいう伝説があったっけ?

 狐人(ルナール)絡みのアイテムなんだろうけど、ロクなものじゃなさそうだ。

 

「オレが話せるのはここまでだ。じゃあね、3人とも」

 

 そう言って、ヘルメス様は会計を済ませて店を出ていった。

 ホームに戻ると、商会からの冒険者依頼(クエスト)が入っていたが、ヘスティア様があまり気乗りしておらず、急いで金を稼ぐ必要もないため、受けないこととなった。

 ヘスティア様の借金は、ファミリアとは別口扱いだ。もし、春姫さんの身請けの話が成立しそうなら、受けてたかもしれないね。

 

 その後、ヘスティア様に殺生石の話と、春姫さんの話を通しておいた。オレが遊郭に通っているという点で凄まじい顔をしたが、遊郭に通うことを許可してくれた。

 命さんはタケミカヅチ・ファミリアに殺生石と春姫さんのことを報告しにいった。タケミカヅチ様なら知ってるかもしれないから、聞いてくれと命さんに一応言っておいた。日本ネタのアイテムだし、極東の神様なら知ってると思う。

 

 その結果、恐ろしいことがわかった。殺生石は、狐人(ルナール)の魂を石に封じ込め、他者が狐人(ルナール)の貴重な魔法を行使可能とする、マジックアイテムだ。しかも、砕いても、その欠片一つ一つがオリジナルと効力が変わらず、魔法が行使可能になるという。

 春姫さんがどんな魔法を持っているかは知らないが、その魔法を皆が使えるようにするのが目的だろう。

 殺生石に魂を移す儀式は満月にしか行えない。満月は2日後だ。つまり、それまでに春姫さんを保護するか、殺生石を破壊する必要がある。

 

「イシュタル・ファミリアに乗り込んで、春姫さんを保護しないと!」

 

 ベル君が必死に叫ぶ。

 

「……残念ながら、イシュタル・ファミリアの戦闘娼婦(バーベラ)はレベル3が大半です。ヘスティア・ファミリアとタケミカヅチ・ファミリアが崩壊をすることを覚悟して攻め込んでも、目的を達成することなく返り討ちでしょう」

 

 リリが冷静に戦力差を示す。その表情は暗い。

 

「とにかく、残された時間は短いが、まだ時間はあるんだ。今日、無理な作戦に出る前に、各々で何か策はないか考えよう」

 

 そうして、重苦しい空気のまま、各々が部屋に戻った。

 正直言って、サトゥーとしてできることは、ほぼない。せいぜい春姫さんに会いに行って話をするくらいだろう。

 そして夜、オレはナナシとして動きだすことにした。


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