デスマーチからはじまる迷宮都市狂想曲   作:清瀬

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30話:久々のダンジョン

 今日は、ベル君たちはまだダンジョンに潜らずに体を休めている。せっかくなので、18階層でベル君たちを助けてくれたロキ・ファミリアへのお礼の菓子を作ることにした。

 ヘスティア様がロキに礼なんて……ぐぬぬと唸ったが、渋々許可をくれた。

 ランクアップが公表されると、ベル君の時みたいに面倒になりそうだし、アイズさんには稽古でお世話になってる。そういった意味でも、早めに作っておきたいんだよね。

 作る場所はホームではなく、ソーマ様の厨房で、食材は持ち込みだ。

 高い酒を持ってきて、これに合う肴を作ってくれと言ってくる顔見知りのソーマ・ファミリアの人向けの料理なんかも作りつつ、そこそこの量のクッキーが焼きあがった。

 何色かの生地を用意して、チェックやストライプなどのクッキーを作ってそこそこ見れるデザインにしたはずだ。もちろん、色によって味も違う。ケーキも考えたのだが、足の速さを考えるとクッキーに落ち着いた。

 夕方、ホームに戻り、休んでいたベル君とリリにちょっと味見してもらったが、これなら喜ばれる、と二人とも太鼓判を押してくれた。

 

 ロキ・ファミリアのホームに向かっていると荷物を持ったリヴェリアさんと出会った。

 

「お前も買い出しか?」

「いえ、先日の件だけでなく私たちはロキ・ファミリアの方々にお世話になってますから、お礼に心ばかりの品を持って行こうかと」

「わざわざすまないな。ここで受け取りたいのだが、生憎、持ち切れそうにないな。ホームまでついてきてくれるか?」

「もともとホームの方にお渡しする予定だったので気にしないでください」

「サトゥー、そういえば、あの時、言っていた魔法は使えるようになったか?

 ……さすがに、この短期間では無理か」

 

 そういえば、ベル君が精神疲労(マインドダウン)を起こした際、綺麗になる魔法が欲しいって冗談言ったっけ?

 

「あー……いえ、本当に言っていた魔法だけが発現してしまいまして……」

 

 ベル君のランクアップで、オレも成長しているか探りを入れたのかもしれないが、リヴェリアさんは非常に困ったような表情になった。

 彼女もまさかあの冗談が本当になるとは思ってもみなかったのだろう。オレも思ってもみなかった。

 

「まぁ……なんだ。ダンジョンで綺麗になるというのは、こと遠征において精神的にとても助かるんだ。日帰りではあまり実感できないかもしれないが、将来的には非常に役立つ魔法だと思うぞ」

 

 さすがに冗談で言った勧誘については触れはしないようだ。聞かれても普通に断るけど。

 

「実際、この魔法が発現した時はそれなりにショックでしたけど、この魔法、日常生活でも結構便利がいいんですよね。

 皿洗いも魔法一回で済みますし、雨の日で洗濯ものが乾かないなんてこともありません。

 範囲を広げることを意識すれば、この魔法で掃除まで出来るんですよ?」

「随分と所帯じみた魔法だな……」

 

 リヴェリアさんは若干呆れたようにそう言った。我ながら、日本にいたころは一人暮らしでロクに料理もしなかったのに変わったものだ。だからこそ、家事なんてアビリティが発現したのかもしれない。

 差し入れたクッキーはなかなか好評のようだった。結構な量を作ったつもりが、わずか2日で全てなくなったと、後から聞いた。

 

 

 翌日、サトゥーとして久々にダンジョンに潜ることとなった。

 メンバーはオレ、ベル君、ヴェルフ、リリの4人だ。とりあえず、力加減を間違えないように注意しておこう。

 

「よぉ、久々だな、サトゥー」

 

 ヴェルフが声をかけてきた。サトゥーとしては、ヴェルフがヘスティアファミリアに一度顔を見せに来た時に会ってそれ以来だ。ナナシとしては18階層で会ったけどね。

 

「久々だね、ヴェルフ。それはそうと、ランクアップおめでとう」

「ああ……ありがとうな、おめえこそ、ランクアップおめでとうな」

 

 はにかんだように笑いながらヴェルフは言った。

 ベル君との契約では鍛冶アビリティが手に入るレベル2のランクアップまでと聞いていたが、引き続きパーティーに参加してくれるようだ。

 その前に、ヴェルフとオレはランクアップの報告をしなくちゃいけない。

 オレはいつものエイナさんにお願いした。ベル君の時は大声で叫んだと聞いたので、個室に案内してもらってから、一応、注意を促した後に、話した。

 オレの書いた書類や行動履歴を見てエイナさんの顔色がどんどん悪くなっていく。

 

「ダンジョン潜っていないのに、この短期間で偉業達成でランクアップとか……本当に、どういうことなのよ……」

 

 大きなショックを受けたのか机に突っ伏したエイナさんがそう言った。

 

「神の酒に対抗できる料理ですし、偉業と言えば偉業でしょう」

 

 この理論でゴリ押すことにした。実際、これ以外に心あたりがないのだ。

 

「……君は本当に冒険者なの?」

「一応はそのつもりです」

 

 エイナさんは大きな溜息をついた後、オレに尋ねた。

 

「それで今日はどの階層まで潜るつもりなの?」

「ダンジョンに潜るのは久々ですし、少しずつ奥の階層にいって、進んでも上層の12階層までですね。とりあえずは感覚を確かめるつもりです」

「そう。ランクが上がったとはいえ、久々に潜るんだから、本当に注意して潜ってね」

「わかりました」

 

 疲れた表情をしたエイナさんに見送られ、相談ボックスを後にした。

 

 

 今日は、サトゥーとして久々のダンジョンということで、ステイタスの確認の意味合いが強い。現パーティーとオレの連携の確認という意味合いもある。

 魔刃剣アイリスと石を詰めた小袋を腰に下げ、ダンジョンに潜った。魔刃砲はさすがに自重するつもりだ。魔刃の先の技術とベル君に言った以上、オレも使えない設定が無難だと思う。

 ベル君とヴェルフはレベル2ということもあり危なげなく戦っていく。オレも久々に力を抑えての戦闘だが問題ない。

 ベル君はいつのまにか、ナイフを持ったまま拳からファイヤボルトを放てるようになっていた。ただ、威力は手のひらから放ったほうが大きいとのことだ。それでも、ナイフを仕舞わなくても放てるのは色々と便利がいいと笑顔で語ってくれた。

 オレは、ヴェルフの能力を観察しながら、戦闘を行った。同じくランクアップしたところだし、出していい力の範囲を見極める相手としてはちょうどいいだろう。

 

 リリがモンスターを解体するのを眺めていると、ベル君が声をかけてきた。

 

「サトゥーさん、さらに剣の腕が上がってる気がします」

「そうかな?

 一応、料理でダンジョン潜ってない時も、軽く剣は振ってたけど、オレには違いがわからないよ」

 

 魔刃砲が使えるようになってから特にゴリ押し度が上がったからね……。一応剣も使うようには心がけたけど、あまり上手くなった気はしない。

 

「実際、大した腕前だと思うけど、ベルのレベルが上がって全体的な能力が上がった分、そういった細かい部分まで気付くようになったんじゃないか?

 ベルがレベル上がってから一緒に潜ってなかったんだろ?」

「ヴェルフが言う通りかもしれないね」

「オレとしてはベル君の動きの変わり具合に驚いたけどね」

 

 ステイタスの補正もそうだけど、間合いの取り方や体運びが見違えた。

 まだまだアイズさんの領域には遠いが、近づいていることは間違いない。

 

「魔石回収が終わりました。リリはそろそろお昼ご飯にすることを提案しますが、どうでしょうか?」

「お、サトゥーが作ったメシなんだよな?

 かなり料理上手いって聞いてるから楽しみだぜ」

「サトゥー様の料理はお金が取れるレベルですから、味わって食べてくださいね」

 

 今日作ったのは、野菜や鶏肉を挟んだシンプルなサンドイッチだ。

 決め手は果実を使った甘酸っぱい爽やかな風味のソースだ。ソーマ様の所で作ったレシピを元に、少しアレンジを加えてみた。なお、家事スキルで頑丈上がれと念じながら作った。

 今日の朝ご飯でも同じく頑丈上がれと念じながら作ったが、特に良い状態変化が発生したとの表示はなかった。なにか変わったような気もしない。

 もしかしたら、特別な食材なり、特別な料理でないと、そういった効果が付かないのかもしれないね。

 サンドイッチの味はなかなか好評のようだったが、ヴェルフが大げさに美味ぇ!と何度も叫んだせいか、ちらちらと同じ大部屋の冒険者がこちらをうかがってくる。いや、あげるほどサンドイッチはないからね。

 

 その後も11階層と12階層で戦闘を繰り返してバベルに戻ってきた。

 この後は焔蜂亭というヴェルフ行きつけの酒場でヴェルフとオレのランクアップ祝いだ。

 焔蜂亭は所せましと丸テーブルが並べられ、いかにも大衆酒場といった感じだ。

 ヴェルフがオススメするだけあり、どの料理も美味しい。味を盗むように意識しつつ、料理を味わう。どれもこれも丁寧に処理されていて、シンプルなようで細部まで凝っている。

 また、名物の赤い蜂蜜酒は意外とサラリとしている。喉が熱くなるようなアルコール度数で、それでいて独特の蜂蜜の風味が鼻に抜ける。蜂蜜酒なんて初めて飲むがなかなか美味しい。

 惜しいのはこの体のアルコール耐性の高さだろうか?

 ちょっとホロ酔い気分になってもすぐに元にもどる。酒精耐性は切ってるんだけどこの有様である。

 

「そういや、ベルはランクアップしなかったのか?」

「うん、僕はまだ」

「レベル1とレベル2では必要経験値なども違うのでしょう。それに、最後の戦闘で言えば、リュー様とアスフィ様とナナシ様が分ける形でしょうからね」

 

 オレとしては、ほぼソロでゴライアスの気を引き続けたリューさんのほうが持って行ってると思うんだけどね。途中参戦で、一撃ぶち込んだだけだし。

 

「お前はナナシから話は聞いてるのか?」

 

 ヴェルフがオレに話を振ってきた。緘口令が出されている話題だから気を使ったんだろう。

 

「黒いイレギュラーが出てきたから、ナナシさんがちょっと本気だしたというくらいは聞いているよ」

 

 声を抑えながらそういった。

 

「最後のアレ、なんだったんだ。ナナシが紫の光る槍取り出して、紫の閃光がゴライアスを貫いたようにしか見えなかったが」

「オレも詳しいことは聞いてないよ」

「たぶん、光る槍は魔刃の変形だと思うけど、あの速さと空を飛んでいたのはわからない。まさに英雄の一撃って感じだったな……」

 

 ベル君が憧れの光景を思い返しているような表情でそう言った。

 

「黒いゴライアスは何だったんだ?」

「ヘスティア様は知ってるようだけど、アレ以上話そうとしないし……」

「リリたちが考えても、仕方がないです。それより料理を楽しみましょう」

「そうだな。追加で、料理も頼もうぜ。この店色々美味いからな!」

 

 リリが重くなった空気を入れ替えるようにいい、ヴェルフが乗っかった。その後、オレたちは和やかに料理とお酒を楽しんだ。


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