デスマーチからはじまる迷宮都市狂想曲   作:清瀬

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27話:中層

 リリに今のソーマ・ファミリアの味を知ってほしいと、神酒(ソーマ)の失敗作と雲菓子(ハニークラウド)のタルトをソーマ様に持たされて、オレはヘスティア・ファミリアのホームに朝帰りした。

 教会の扉を開けると、切羽詰まった表情のヘスティア様が飛び出してきた。

 

「ベル君とリリを知らないかい!?」

 

 焦りを浮かべたヘスティア様が早口で問いかけたきた。

 

「いえ、ご存知の通り、ソーマ・ファミリアで料理を作っていて今帰ってきたところですので……」

「そうかい……。実は昨日、中層へ挑むといって二人が出発したんだけど、まだ帰ってきてないんだよ……」

 

 料理の完成に喜んでいたオレは、冷や水を浴びせられたような気がした。急いでメニューからマップを呼び出し、ベル君の居場所を確認する。

 オレは現在、ダンジョンの17階層までマッピング済みだが、ベル君たちは未探索領域にいた。確定ではないが、おそらくモンスターが湧かないという18階層の迷宮の街に滞在しているのだろう。

 ベル君は問題ないようだが、ヴェルフとリリは気絶状態である。HPの減少は止まっているので、命に別状はないようだ。3人とも同じ場所にいるとマップから読み取れる。一度顔を合わせた際に、念のためマーキングしておいてよかった。

 町があると聞いたからといって避けずに、18階層もマッピングしておくべきだったかと後悔したが、そういうのは後だ。自身を落ち着かせるようにひとつ大きく息を吐き、気分を切り替える。

 

「……ボクがベル君とサポーター君に与えた恩恵はまだ感じることができる。だから、生きてはいるのは間違いないけど……」

「中層は道中に大穴が空いてたりすると聞くので、なんらかの理由で穴に落ち、元の道に戻れなくなったため、18階層にあるダンジョンの中の町を目指して下に向かった可能性が高いですね。ダンジョン内で寝るための準備がないなら、なおさらです。今はその町で休んでるかもしれません」

 

 マップを知らないヘスティア様に対して断言するのは不自然なので、それっぽく言ってみた。

 

「オレが潜ってきましょうか?

 17階層までは夜中にソロで潜ったことはあります」

 

 ベル君たちに力を知られるのは少し悩みどころだけど、そんなことより、ベル君たちの様子をこの目で確かめたい。

 

「嘘はないんだね。けど、君だけを行かせるわけにも……」

「他人がいれば、バレるのを恐れて、逆に力が出せませんよ。ファミリアの仲間やパーティーを組んでいる人間ならともかく見知らぬ他人にはあまり明かしたくありません」

「わかった。ギルドで話を聞いてから決めよう。

 先に、ステイタスの更新をしておこう」

 

 ヘスティア様は、急いでステイタスの更新を終えた。

 

「……魔法が発現して、ラ、ランクアップ可能になってる」

 

 震えた声でヘスティア様が告げる。

 

「おお!」

 

 探索が楽になるかもしれないと早速メニューから恩恵(ファルナ)を開く。

 

サトゥー

 Lv.1(ランクアップ可能)

 力:H103 耐久:I61 器用:G216 敏捷:H169 魔力:F361

 《魔法》【クリーン】

      ・清浄魔法

      ・詠唱式【我が意に沿いて、汚れをはらえ】

     【】

     【】

 《スキル》

 【異界之理(アナザールール)

  ・異世界での理と恩恵(ファルナ)の理、共に適用される。

 

 しばらく更新していなかったし、アイズさんとの訓練の成果か、全ステータスが滅茶苦茶上がっているのは嬉しい。

 けれど、なんで、このタイミングでこんな使えない魔法がでるかな!?

 いや、ソーマ様のところで料理している時、道具を洗う時間が惜しくてなんども欲しいと思ったけどさ! 汚れものを綺麗にする魔法が欲しいと思ってたオレを殴りたい!

 

「……元気だしてくれよ。ダンジョンに潜る上で、どうしても汚れちゃうしきっと役に立つはずさ。あと二つも魔法の空きスロットがあるし、もっとカッコいい魔法も発現するさ!」

 

 無表情(ポーカーフェイス)スキルで心のうちはわからないはずだが、驚いていた表情を一つ咳払いをして元に戻した後、ヘスティア様はそう慰めてくれた。

 

「そうですね。ありがとうございます」

「ランクアップはどうする?

 もう少しステイタスが伸びてからという選択肢もあると思うけど」

 

 ランクアップには偉業が必要というが、オレの場合は神酒に対抗できる料理を作ったことが偉業と判定されたのか?

 ランクアップはD以上じゃないと無理と聞いたことがあるが、どうなっている。モンスター討伐系の偉業なら単純にDはないと、勝ち目がないということか?

 単純にステイタスが関係のない偉業だったから、ランクアップ可能になったのか?

 いや、それよりランクアップのことだ。

 今、ランクアップすべきなのか?

 ベル君を見ていると面倒なことになるのは明らかだ。

 しかし、ベル君はランクアップの際、スキルが発現していた。オレもなんらかの魔法なりスキルが発現するかもしれない。ランクアップとは神に近づくことでもあるといっていた。次元を移動する魔法なんてどう考えても神クラスの力が必要だろう。日本に一度帰るつもりならランクアップすべきか……。

 ……悩むくらいなら、それよりベル君のことを優先しよう。ランクアップは戻ってきてからゆっくり考えればいい。

 

「ベル君の無事を確認してからゆっくり考えます。

 戦闘面では今のままで十分です」

「わかった。

 さて、ボクは先にギルドに行ってくるから準備を整えてから来てくれ」

 

 気を取り直して、とりあえず魔法を試してみよう。対象は自分と着ている服だ。

 

「我が意に沿いて、汚れをはらえ。クリーン」

 

 白い光が一瞬体を包みこんだ。それと同時に、体が非常にさっぱりとした。服も洗い立てのようになっている。MPの消費量もわずかだ。便利なんだけど、なんでこのタイミングで出るのか……。

 メニューの魔法欄を見たが、【クリーン】は登録されていなかった。異世界の魔法だから登録されていないのか?

 流星雨みたいに、清浄魔法:異界として登録されるかなとか思っていたんだが。魔法と一口にいっても、あの世界とこの世界では別のアプローチで効果を発揮しているのかもしれない……とそんなことを考えている場合じゃない。

 軽く頭を振った後、装備を整え、ギルドに向かった。

 しかし、当然、ベル君達が戻ってきたとの証言はなく、冒険者依頼(クエスト)を出すことになった。オレが一人で行ってもいいか尋ねたが、渋い表情で止められた。

 

「やはり、君を一人だけで行かせるわけにはいかない。ポーション類を使ってもベル君たちが動けない状態なら、君は3人を抱えてここまで戻ってくる必要がある。複数人の手が必要だ」

「わかりました……ヘスティア様の指示に従います」

 

 ヘスティア様の理屈もわかるし、リリたちの回復を待つ必要があるため、今日潜ったとしても、明日潜ったとしてもダンジョンから脱出する日は変わらないだろう。

 だったら中層で変なことが起きてないか聞いた後、潜っても問題ないはずだと、自分に言い聞かせる。

 ベル君は起きているし、他の二人も回復傾向にある。今現在、危ない目にあっているのではなく、誰かに保護されていると思いたい。

 

「聞き入れてくれてありがとう。……じゃあミアハたちに相談しにいくよ」

「ちょっと待ってください。

 もし、クエストを受ける人に同意を得られたらオレが変装して加わっていいでしょうか?」

「……わかった。1人だけじゃないなら許可しよう」

 

 ミアハ・ファミリアのホームで会議が行われる。

 ヘスティア様、ミアハ様、ヘファイストス様、タケミカヅチ様、と神様だらけだ。

 話を聞くと、ベル君が帰ってこなかったのは、タケミカヅチ様の眷属が原因の一つらしい。

 少なからず怒りを覚えたが、ここはヘスティア様に任せる場面だと自分を落ち着かせる。

 ヘスティア様は彼らに許しを与え、眷属に力を貸すように頼みこんだ。さすが神様だと少し尊敬した。

 その後、捜索隊結成の話になったが、ヘファイストス様のところは、高レベルのものはロキ・ファミリアの遠征についていったため、すぐに動かすことができる戦力では不安が残るそうだ。

 オレも行くのか尋ねられたが「参加したいですが……、冒険者に成って日が浅いので。しかし、有用な人物に心当たりがあります」とだけ答えた。

 冒険者になって日が浅いが17階層まで潜っていても、有用な人物がかつらと仮面をかぶったローブ姿のオレだとしても、嘘はついていない。

 ヘスティア様の挙動が少し怪しかったが他の神々からはスルーされた。ベル君といいヘスティア様といい、どうしてこんなに隠し事が下手なのか……。

 その後、ヘルメス様という神が表れ、団長のアスフィ・アル・アンドロメダさんと一緒に捜索隊への参加を表明した。

 恐ろしいことにヘルメス様本神自身も参加するらしい。それに触発されヘスティア様も参加することになった。

 

「ボクもベル君を助けに行く。自分は何もしないまま、あの子のことを誰かに任せるなんてできない」

 

 そう言い放ち、梃子でも動かないといった表情である。心配なのはわかるけど大人しくしてほしいんですが……。

 サトゥーも一緒に行くかと振られたが「足手まといが増えるのも……」といって辞退した。サトゥーとして力を制限して降りるのは足手まといを増やす行為だ。嘘はついていない。

 アンドロメダさん1人だと、いくらレベル4とはいえ、他のメンバーの守りの点で不安である。オレかアンドロメダさんどちらかが前衛に出て、もう片方が他の人を守れば安全に移動できるだろう。

 

 その後、オレはソーマ様の元へ情報を求めて訪れたが大した情報は得られなかった。

 念のため、神酒の酔いに関しても経過観察中なので、捜索隊に参加するのも止めておいたほうがいいだろうという話になった。

 ただ、タルトの材料は用意しておくから、帰ったらリリのために改めて作ってやってくれ、との一言はうれしかった。

 

 その日の夜八時、バベルの門前に捜索隊が集まった。

 タケミカヅチ・ファミリアから桜花さん、命さん、サポーターとして千草さん、ヘルメス・ファミリアからアンドロメダさん、サトゥーの紹介で変装したオレ、お荷物枠でヘスティア様とヘルメス様、そして、ヘルメス様が追加で呼んできた、フード付きのケープで顔を隠したリューさん、計8名が捜索隊となった。

 オレは仮面に金髪のカツラ、フード付きの体のラインがわからないようなゆったりとしたローブを纏って変装している。あまり意味はないと思うけど、オレの交流欄のプロフィールの名前を空欄にしたり、レベルを3にしたり、所属を空欄にしたりと細工もしている。

 しかし、レベル4が2人来るとは思わなかった。オレもナナシとして加われば、さすがに過剰戦力だろう。前もって、ヘルメス様がリューさんも呼ぶよと言ってくれれば、サトゥーとしての参加も選択肢に入ったんだが、しょうがないか。

 ダンジョンでの戦闘だが、リューさんの動きはすさまじく、彼女一人でいいんじゃないかな状態だ。さすが、レベル4だ。

 オレとアンドロメダさんが後衛でまれに動く。オレは魔刃剣アイリスから魔刃砲を放つのがお仕事だ。魔石を回収しているような時間はないので、魔石を狙い打ちしている。

 なお、サトゥーがせめてこれを持って行ってくれと言った設定で、魔刃剣を所持している。強敵がいたとは聞いてないが念のためだ。しかし、あまり必要なかったかと思ってしまう。魔刃剣のほうが楽とはいえ、指先からでも魔刃砲使えるしね。

 

「ナナシさん、その魔法は一体?

 何の詠唱もないようですが」

 

 桜花さんが尋ねてきた。ナナシとはオレの偽名である。安直だがネーミングセンスがないのは昔からなので、これでいいやとなった。

 

「……能力の詮索は……マナー違反」

「す、すみません」

 

 変声スキルで中性的な声を出し、喋り方は言葉を詰まらせながら話すことにした。

 他人とのコミュニケーションが苦手そうにしておけば、下手に話を掘り下げられないと思ったのだ。

 

 道中問題なく進めたが、17階層のラストに階層主のゴライアスが陣取っていた。

 18階層の街にいる冒険者が地上からの物資搬入の邪魔ということで討伐するのが常なのだそうだが、運悪く、生まれてそう時間が経っていない状態だったようだ。

 

「討伐するのは面倒です。私が気を引いているうちに走り抜けてください」

 

 そういってリューさんがゴライアスの前に躍り出た。7mはあるだろう巨人相手に凄まじい速さで動きまわり、上手く立ち回っている。

 

「いきます。ついてきてください」

 

 アンドロメダさんが先導し、道を切り開く。オレは最後尾でこちらを追ってきたモンスターの対処を行った。

 通路に入ったことを確認したリューさんが素早くこちらに戻ってきて、無事、18階層へ走り抜けることができた。

 

「おおおおお……!?あ、あんな巨大なモンスターがいるなんてっ聞いてないぞ!?」

「あっはははははっ!?死ぬかと思ったー!」

 

 神様たちは疲れを見せているものの、意外と元気に叫んでいる。

 冒険者は肩で息をしている。特に、アンドロメダさんの疲労がすごいようだ。主に精神的な面のためだと思うけど。

 神様たちの叫び声に引かれたのか、周囲に人が集まり、その中にベル君の顔もあった。

 ヘスティア様はベル君に抱き着き、涙を流す。ベル君もヘスティア様を抱き返そうとするが、回りの視線に気づいたのか、赤くなって手をワタワタとさせた。

 リリがヘスティア様を無理矢理はがし、引きづっていく。こまめにマップを見て、起きたのには気づいていたが、こうやって目で見ると安心できる。元気そうでなによりだ。

 

 ベルくんたちは遠征帰りのロキ・ファミリアに運よく助けられたようだ。助けられたといっても、自力で18階層まで降りたというから驚きだ。モンスターとの戦闘は極力避け、ひたすら逃げたとはいうものの、Lv2とLv1の前衛、サポーター1人だけで降りたのだ。かなりきつい状態だっただろう。

 あるいは、愚者足掻(フールズストラグル)で追加された自動回復系の効果や、幸運アビリティがベル君を守ってくれたのかもしれないね。

 なお、ヘスティア・ファミリアに宛てがわれたテントにはオレは入っていない。

 サトゥーではなく、ナナシとして来ている以上、あまり過度にかかわらないほうがいいとの判断だ。残念だけど仕方がない。ぼんやりとメニューで本を眺めていると、ヘルメス様が声をかけてきた。

 

「やぁ、ナナシ。君は何者だい?

 君ほどの魔法の使い手がオラリオに居れば、オレが知らないはずはないんだけどね?」

 

 別に魔法の使い手になった覚えはない。というか、クリーンとかいう家事に役立つ魔法ひとつだけで優れた魔法使いにしてほしくないんだが……。

 いや、魔刃砲が魔法扱いなのか。

 

「……話すつもりはない」

「君は……サトゥー君と知り合いなんだよね?」

 

 嘘発見能力持ちの神様相手に問答を交わすつもりはないぞ。絶対ボロが出る。

 

「……怪しく思うのは勝手。……けど、問いに答えるつもりはない」

 

 ヘルメス様は大きく溜息を吐いて、やれやれと言わんばかりに首を振った。

 

「わかったよ、今後の予定についてヘスティア達と話し合うからついてきてくれ」

 

 こくりと頷き、ヘルメス様の後に続いた。

 




ナナシモードでサトゥーが捜索隊に加わった以外は大体原作通りです。
ベル君は、英雄願望の代わりに、魔刃を使ってピンチを切り抜けています。危ない場面はあったものの、自動回復のおかげで一定の数値まで回復したので原作と比較すると元気です。

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