デスマーチからはじまる迷宮都市狂想曲   作:清瀬

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26話:料理完成

 今日は、ベル君とリリは装備を買いに、オレはソーマ様と菓子作りだ。

 タルトを作ると決まったものの、まだまだ調整が必要な項目が多く、いくつもの品を作ってはダメ出しされていく。なお、作った品だが、ソーマ・ファミリアの伝手で売ってもいいかと尋ねられた。

 酒しか販売していないのによくそんな伝手があったなとは思ったが、馴染みの商会にお茶請けとして出したら、どこの品か尋ねられ、ソーマ・ファミリアで作っている試作の菓子というと、全部売ってくれと言われたと話してくれた。

 販売に関して、構わないと返事をしておく。売り上げに応じて別途お金を払うともいわれたが、これは辞退した。ちょっとお金は欲しかったが、給金はすでにもらっているし、ソーマ様のアイデアのもと作った料理だ。けどソーマ様も譲らず、結局、給金を少し上げてもらうことになった。

 

 ホームに戻ると、ヴェルフ・クロッゾという鍛冶師としばらくパーティーを組むことになったとベル君が報告してくれた。

 どうも、クロッゾという家名は魔剣鍛冶師として有名らしい。この世界の魔剣は強力な魔法を放つ剣だが、使い捨てで何度か使うと壊れてしまうものだそうだ。とはいえ、お値段はかなりの額となる。

 ヘスティア様が聞いた話では、ヴェルフ・クロッゾは正真正銘、魔剣を作り出せるが本人は頑なに作ろうとしない。腕は確かではあるが、訳ありの鍛冶師とのことだ。

 

「隠し事の一つや二つ、笑って受け入れてあげなきゃダメだぜ?神にだってやましいことが一杯あるんだから。ぜひ懐が深い男になってくれよ」

 

 と語るヘスティア様は久々に神らしいとも思った。

 ただその後に、勝手にパーティーに加えたことに対して、リリは理路整然とベル君を諭し、ヘスティア様はリリと二人っきりじゃなくなってよかったよといい、いつもの修羅場が繰り広げられたので、ヘスティア様に対する敬意も幾分萎えた。

 ……らしいといえば、らしいんだけどね。

 

 タルトを作り始めて数日たったが、いまだに調整は終わっていない。リヴェリアさんに冗談でいった魔法で道具を洗う時間を短縮したり、自由に操れる魔法の腕をたくさん作れれば、もっと試作を重ねることができるんだけど、こればっかりは仕方がない。ひとつ、ひとつ丁寧に作っていこう。

 販売に回されている試作菓子は大好評で売り切れ続出とのことだ。試作だけど、かなりいい素材使っているし、当然といえば当然かな。

 

 一方、夜中にソロで潜っているダンジョンのほうはそこそこ有用なスキルを手に入れた。

 その名も「魔刃砲」スキルだ。名前で察することができると思うが、魔刃を飛ばして遠くの敵を攻撃できるスキルだ。

 ベル君のファイアボルトの流れを元に試行錯誤しようやく修得ができた。

 別に刃でなくても、球状でも放つこともできるし、連射も可能で、撃った後に曲げるなんて芸当も可能だ。

 魔法っぽいスキルの登場に、魔刃砲スキルを得た日は朝方まで遊び回ってしまった。

 

 後日、足元に板状の魔刃砲を自分に打ち込むような動きで作り、それを足場にして、理論上、無限ジャンプができることが判明した。

 発想の元ネタは、壁を背に手を組んだ人を足場にして大ジャンプする、漫画でよくあるアレだ。

 ただ、足場が脆すぎると上手く踏ん張れずに、足場を蹴破ってしまうし、足場に勢いがありすぎるとバランスを崩してしまう。何度も安定して成功させるのは、なかなか難しい。

 どうにかならないものかとスキルを見てると、算術スキルが目に入った。厚みや強さの計算という意味では近いから、もしかするとプラスに働くかもしれないと軽い気持ちでスキルポイントを振ってみた。そして、これが効果が絶大だった。

 空中を飛びながら移動し、急降下して目の前のモンスターに一撃を加えて、すぐに離脱なんて芸当も楽々行えるようになった。

 周囲のモンスターを空中から一通り倒したタイミングで、

 

>「天駆」スキルを得た。

>称号「翼なき飛行者」を得た。

 

 との表示が出た。

 天駆スキルは、魔刃砲で行ってきた足場作成をより少ない消費で実現してくれるスキルのようだ。今度は、ダンジョンなんて狭いところでなく、空の散歩を楽しむのもいいかもしれないね。

 

 料理の品が決まってさらに日数が経過した。かなり良くなってきたとは思うが、まだ何かが足りない。壁のようなものを感じる。これが、人が作れる品と神の領域にある品の境目なのかもしれない。

 ただ、その壁は絶対に越えられないというわけではない。奇しくも、神ソーマが神の力を全く使わず、むしろ神の恩恵(ファルナ)がないため人間より低い能力しかない状態で、神酒(ソーマ)を作ったことで証明している。

 ソーマ様とアイデアを出し合っていると、ソーマ・ファミリアの眷属が調理室の扉をたたいた。

 

「す、すみません。神ロキが面会を希望しております。販売している菓子をよくするための食材を教えてもいいとのことです」

「……わかった。……ここに連れてきてくれ」

 

 よりよくする食材を用意するとは……。

 ロキ様はこの料理の目的について気付いたのだろうか?

 眷属に案内され、赤髪で糸目の女性が1人で入ってきた。

 

「よお、ソーマ。驚いたで。まさか酒造り禁止されたからって、お菓子作ってるとは思わんかったわ」

「それより、菓子をよくする食材はどこだ?」

 

 挨拶をスルーして本題に入るソーマ様。

 

神酒(ソーマ)の完成品と引き換えに渡してもええで」

「……神酒(ソーマ)をどう扱うつもりだ?」

「どうって、全部ひとりで飲むに決まってるやないか。あの失敗作でも滅茶苦茶美味い酒やで。他人に一滴どころか、匂いさえもくれてやるわけにはいかんな」

 

 ソーマ様は他人に飲ませることを危惧したのだろう。神同士では嘘を見抜けないらしいが、少なくともオレにはロキ様が嘘をついているようには見えない。

 

「……神酒(ソーマ)を渡してもいい。……ただし、食材を確認してからだ」

「食材って言っても、店紹介するだけやねんけどな。

 ソーマ、いままでつくった菓子の材料やけど、ぶっちゃけ納得いってないんちゃうん?」

 

 たしかに、自ら畑仕事をして材料を作り出すような神だ。今回は時間がないからと外部から購入しているが、質には満足していないのかもしれない。

 

「…………」

「で、お前、引きこもりやから、特定の人物にだけ売るような高級食材とかと縁ないんちゃうん?

 特に菓子の材料となるような類のは」

「……お前がその店を紹介すると?」

「ロキ・ファミリアは、オラリオのトップを争う派閥や。それなりに顔は広いんやで」

 

 ソーマ様は目をつぶって考え込むそぶりを見せた後、口を開いた。

 

「……要求する神酒(ソーマ)の量は?」

「紹介だけで、一瓶貰う。店で買った品でお前の思う菓子ができたら、泣いて感謝しつつ追加でもっとよこせや」

 

 意外と控えめな要求だ。在庫半分くらいよこせと吹っかけると思ってたんだが……。

 最近の試作は神酒(ソーマ)の失敗作との相性はかなりいい状態まで来ている。あるいは、あのタルトを食べて、菓子の目的に気が付いたのかもしれない。

 

「わかった……。神酒(ソーマ)を渡そう……。そして保管方法や、注ぎ方などをはじめ、一番いい状態で飲む方法を教えよう」

「な、なんや、エライ面倒臭そうやな。別にもらったらすぐ飲むつもりやねんけど?」

「そうは言ってもだ。私の最高傑作たる神酒(ソーマ)を最高でない状態で味わうのは、許すことができない。是が非でも覚えてもらうぞ。そうでないと神酒(ソーマ)は渡せん!」

 

 人が変わったように饒舌になるソーマ様。

 

「わ、わかった。ちゃんと覚えるから、とりあえず、店いくぞ。店」

 

 ロキ様が引きながら、そう答えた。

 

 

 ロキ様の案内してくれた店はいかにも高級店といったシンプルながらも品の良い装飾がなされた建物である。

 

「よぉ、こいつらも通してもらってええか?」

「はい。どうぞお通りください」

 

 ドアマンが立っていたが、ロキ様のおかげか問題なく通れた。ソーマ様はあまり外見に気を使わないタイプみたいなので、結構外見は怪しいんだけどね……。

 品よく置かれた食材はどれもかなりのお値段であることがうかがえる。また、ダンジョンで取れた変わった食材なども売られていた。

 ソーマ様はダンジョン食材を含めた色々な品を買い込み、すぐに試作に励むつもりのようだ。そう思っていたら、ソーマ様がこう話しかけてきた。

 

「すまないが……、今日のところはロキに神酒(ソーマ)について教え込むため、ここまでとしよう」

 

 訂正、明日から試作に励むつもりのようだ。ソーマ様とロキ様はソーマ様の私室で講習と神酒(ソーマ)の引き渡しを行うそうだ。

 

 ロキ様の紹介で食材を買い込んできてから数日後、ようやく神酒(ソーマ)の失敗作と一緒に食べることで、神酒(ソーマ)の酔いを醒ますことができる料理が完成した。

 決め手となったのはロキ様が紹介してくれた店で買ったダンジョン産の雲菓子(ハニークラウド)と呼ばれる異常に甘い果実だ。

 綿に蜜を浸したようなこの果実は、このままでは甘さが強すぎて話にならないので、特殊な方法で蜜を抜く。すると、じんわりと広がる甘さと、心地のよい香りになる。

 神酒(ソーマ)で使った香草などを混ぜ込んだクリームとタルト生地を作り、その上に甘みを抜いた雲菓子(ハニークラウド)を乗せる。最後に、雲菓子(ハニークラウド)から滴り落ちた蜜をほんの少しと、神酒(ソーマ)の失敗作などを混ぜ合わせたソースをかけて完成だ。

 神の力を持った酒の酔いを打ち消すだけあって、その味は筆舌に尽くし難い。タルト生地、クリーム、雲菓子(ハニークラウド)、ソースからなる複雑で重層的な甘みと風味は素晴らしい。また神酒(ソーマ)の失敗作と合わせると、体中から力が湧いてくるような感覚を覚える。神酒(ソーマ)とタルトの香りが混ざり合ったものは非常に心地よく、心が温かくなると同時に頭が冴えてくるようなそんな感覚を覚える。

 

 その後、二日ほどかけて、ソーマ・ファミリアの眷属全員分のタルトを作り上げた。ソーマ・ファミリアに泊まり込みでなかなか大変な作業だった。

 一つ一つの作業の難度が高く繊細なバランスでできているため、少し量を間違えたり、処理の時間を間違うと、美味しく食べられるが酔いを醒ますことが出来ないタルトとなる。

 冷蔵庫に入れておけば少しは日持ちがするし、完成後の温度にはそこまで注意を払う必要がないのは、ありがたい点だった。

 ただ、調理途中はAR表示の温度などが重要になる場面もあるので、メニュー非表示こそしなかったが、最小限の表示に設定して、かなり集中した状態で料理に取り組んだ。

 一応、かなり詳細なレシピを書いてソーマ様に渡したが、かなりの調理難度を誇るので、ソーマ様が作るのは難しいかもしれない。ただ、不老不変の神なので、いくらでも時間はあるはずだ。不可能ではないとは思う。

 

 ソーマ様の肝いりの料理が食べられると聞いて楽しみにしたいたソーマ・ファミリアの団員は、甘いものということで微妙な表情をしていた。

 しかし、一口食べれば笑顔となり、神酒(ソーマ)の失敗作と合わせれば驚きの声をあげ、他の団員と顔を見合わせ笑いあった。

 その後、二次会用の料理なんかも作ったりして、自分も楽しく酒を飲むことができた。なんだかんだで試作料理を作っている間に、ソーマ・ファミリアのメンバーとも顔見知りが増えたしね。

 顔見知りの団員には、ソーマ様と凄腕料理人サトゥーに乾杯、などと持ち上げられたり、また料理作りに来いよ、とお願いされたり、もうソーマ・ファミリアの専属料理人になれよと勧誘されたりした。

 勧誘は丁重にお断りさせてもらったが、たまに料理を作りに来る分にはいいかなと思う。オーブンなどのヘスティア・ファミリアにない機材もあるしね。ソーマ様からも、好きに機材を使っていいと言われている。なにか凝ったものを作りたいときは、ソーマ・ファミリアの分も合わせて、ここの調理室で作るとしよう。

 タルトの完成までにかなり時間がかかったものの、いい仕事ができたものだ。笑いながら宴会をしている彼らをみているとそう思う。


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