デスマーチからはじまる迷宮都市狂想曲   作:清瀬

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10/23の深夜、誤字報告機能で、複数人の方に報告いただいたのですが、
私が適用手順を間違ったのか、ちょっと表示がおかしなことになっていました。
もしかしたら、報告いただいた内容が適用されていないかもしれません。
わざわざご報告いただいたのに、申し訳ない。


24話:本当の冒険

 アイズさんとの訓練は終わった。アイズさんは今日から遠征の予定だ。

 ヘスティア様はアルバイト、サトゥーさんはソーマ様の所で料理作りだ。

 そして僕とリリはダンジョンに潜る予定だ。

 

「ベル君、行く前にステイタス更新しておかないかい?

 最近やってなかったし、手早くすませておこうよ」

 

 出発前に神様がそう僕に声をかけてきた。

 特に急いでいる理由もなかったのでお願いした。

 

ベル・クラネル

 Lv.1

 力:S982 耐久:S900 器用:SS1021 敏捷:SS1049 魔力:SS1036

 

「ベル様、まだですか?」

「ゴメン、すぐ行くよ!

 神様、数値は帰ってから聞きますね」

 

 僕は手早く装備を手に持って、教会で待っていたリリのもとに駆けだした。

 そしてダンジョンに潜ったものの、雰囲気がおかしかった。9階層までモンスターに遭遇しないという異常事態で、なにか嫌な気配がしていた。

 そして、その予感はミノタウロスの出現という形で、現実のものになった。

 ミノタウロス。僕の恐怖の象徴といってもいい。何度、別のモンスターに狂牛の影を重ねて怯えたのかわからない。

 僕は怯えて動くことができず、僕に向かって振り下ろされたミノタウロスの一撃をかわせないはずだった。けれど、リリが横からボクに体当たりをすることで助けてくれた。

 僕を助ける際に怪我を負ったリリを逃がし、彼女を死なせたくない、その一心で、リリが逃げる時間を稼ぐためにミノタウロスと相対した。相対したといったが、一方的なミノタウロスの攻撃をギリギリ逃げ回ってかわしていたというのが事実だ。

 鎧はミノタウロスの一撃で砕かれた。

 あの時なかったファイヤボルトも通じなかった。

 かろうじて、敏捷が競り合えている。無様に下がり続け、逃げ回って時間を稼げればそれでいい、そう思っていた。

 しかし、いつまでも逃げ切ることはできずに、僕はミノタウロスの攻撃を受け、情けなく地面に転がった。

 ゆっくりと歩みよってくるミノタウロスに恐怖し震えていると、不意に声がかかった。

 

「大丈夫?

 頑張ったね。今助けるから」

 

 憧れの人、アイズさんの声だった。

 助けられる? この人に? あの時と同じように?

 頭に火がついた。

 馬鹿みたいに一途な気炎が恐怖を上回った。

 憧れの人の前でこれ以上、醜態をさらしてどうするんだ!

 立ち上がり、彼女の手を取って、背後に押しやる。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!」

 

 僕はそう叫びながら、エイナさんのいっていた「冒険者は冒険をしない」という言葉をふと思い出した。

 僕は今まで冒険をしてこなかったのかもしれない。

 ヘスティア・ファミリアにサトゥーさんが来てから、サトゥーさんと一緒にダンジョンに潜ってきた。

 サトゥーさんはいつも背中を押してくれた。リリのこともそうだ。

 そして色々なことを教えてくれた。僕の動きはサトゥーさんに大きく影響を受けている。

 危ないときはサトゥーさんが助けてくれた。僕が夜中にダンジョンに潜った時も、シルバーバックに襲われた時も、オークに囲まれた時も……。

 けれど、今、サトゥーさんはいない。

 僕だけの力でミノタウロスに勝てるかはわからない。

 けれど、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられるわけにはいかない。

 そして、サトゥーさんに助けられるわけにはいかない。

 サトゥーさんに助けられるだけの情けない男にはなりたくない。

 あの人たちの横に立てる男になりたい。

 譲れない想いのために、初めての冒険をしよう。

 

 ただでかいだけだ!もっと早い人と戦ってきただろう!

 そう、僕自身に言い聞かせミノタウロスの攻撃を捌いていく。

 ミノタウロスは大剣を使うが、技術自体はお粗末なものだった。

 技術はアイズさんとサトゥーさんの足元にも及ばない。

 バゼラードでの反撃を数度試みたが、かすり傷がいい所だ。この武器では足りない。

 ヘスティアナイフしか相手にダメージを与えられないだろう。

 そして、ミノタウロスは明らかにヘスティアナイフを警戒している。ただし、警戒しているのは胸元、魔石への攻撃ではなく、頭や首といった場所を中心にしている。

 ヘスティアナイフの短いリーチでは分厚い胸板に阻まれ魔石まで刃が届かず、有効打となりえない。それを理解しているのだと思う。

 だからこそ、それを利用する。

 サトゥーさんは魔刃は成功率を考えると実戦で使うには、まだ止めておいたほうがいいと言っていた。

 実際、練習でも数度しか形になっていない。

 もうひとつは挑戦したことすらない。

 けれど、背中のステイタスが熱を持って、体が軽く頭が冴え、いつもより魔力をうまく操れるような感覚がある。今ならできる気がする。

 必殺の一撃を放つために、攻撃を捌きつつも、両手に魔力を集中させる。

 かなり難しい。集めた魔力が散ってしまう。

 しかし、数度の挑戦の後、魔力を集中させることに成功した。

 魔力の貯め終わった左腕を突き出し、右手の魔力を武器に込めつつ、呪文名を叫ぶ。

 

「ファイヤボルトォオオオオオ!」

 

 左手に貯められた魔力を使い、今までのファイヤボルトとは比べものにならない規模の爆炎がミノタウロスを襲う。

 今までのような、表皮が少しこげる程度の一撃でなく、肉を焼く一撃だ。爆炎の衝撃で大きく後退したミノタウロスは大剣を落とした。

 魔力を制御しきれなかったのか左の掌にも爆発が起こり、かなり痛みを感じるが、今はそれどころじゃない。

 あと、2,3発放つことができればこのまま倒せたかもしれないが、そこまでの精神力の余裕はない。

 僕はふっ飛ばされたミノタウロスとの距離を詰める。

 

「うああああああああっ!」

 

 魔法のダメージでミノタウロスの対処が遅れる。

 僕は体をひねり刺突を繰り出そうとした。

 ミノタウロスは目の色を変え、顔と首を両腕で守る。

 急所の魔石はがら空きだ。

 かかった!

 イメージするのは突撃槍。長く、鋭く、すべてをうち貫く槍。

 シルバーバックを打ち倒した一撃をさらに進化させた一撃。

 ヘスティアナイフの刃の先端に、紫の光の魔刃が輝いていた。

 そして、光は長くなり鋭く研ぎ澄まされ、リーチを伸ばす。

 できたぞ、魔刃の変形!

 槍というにはあまりに短いが、魔石を貫くには十分だ。

 胸の中央の魔石目がけて、小さな紫紺の光槍を全力で撃ち貫いた。

 石を貫く感覚をナイフが伝えてきた。

 太い焼けこげた腕の隙間から見えるミノタウロスの顔が、いい戦いだったと笑ったような気がした。

 そんなことを思うと同時に視界が暗くなってきた。

 精神疲労(マインドダウン)か。

 だけどやったんだ。僕はやりましたよ。サトゥーさん、アイズさん。

 僕は、二人に、少しは近づけたかな。

 言葉にならない呟きを最後に、僕は意識を失った。

 

◆◆◆

 

「勝ち、やがった……」

 

 呆然と、ベートは呟いた。

 周囲には、リリと、遠征に向かうはずだった、ロキ・ファミリアの面々がいる。

 

「っ……!質問に答えろ、小人族(パルゥム)!あのガキは一体っ……!」

「ベル様……ベル様ぁっ!」

 

 覚束ない足取りで駆け出していったリリにベートは舌打ちする。

 ベートが気絶した白髪の少年に視線を移すと、防具をはがされボロボロになった少年の背中が見えた。穴が開いて、肌が見えるが、神聖文字(ヒエログリフ)は見えない。

 たまにステイタスのロックのかけ方もしらない神もいるが、白髪の少年のファミリアはそうでないようだ。

 

「あの最後の魔法と光る刃、かっこよかったな……」

 

 ティオナが思い返すように言葉にだした。

 

「魔法に関しては単純に魔力を限界を超えるくらいまで大量に込めて魔法を放ったのだろう。小規模ながら魔力暴発(イグニスファトゥス)が起こっていた。アレはもっと派手に爆発して自爆をしてもおかしくなかった一手だ。

 タダの思いつきなのか、魔力の扱いに自信があったのか……」

 

 リヴェリアがベルの容体を見るために近づきつつ、そう答えた。

 

「最後のは魔刃か。

 ほとんど忘れられた技術だし、駆け出しが知っていて、ましてや使えるようになる簡単な技術じゃないはずなんだけどな」

 

 フィンが一人他の者には聞こえないような小さな声でつぶやく。

 

「1ヶ月前、ベートの目には、あの少年がいかにも駆け出しに見えたんじゃなかったのかい?」

 

 フィンが尋ねるが、ベートは沈黙で返した。

 1ヶ月前、ベートの目には確かに少年は心構えもできていない素人同然に映った。

 それが、たった1ヶ月で、ミノタウロスの攻撃を捌き、そして倒してみせるという、確かな実力の片鱗を窺わせる冒険者となっていたのだ。

 自分1人であのモンスターを倒せるようになるまで、どれほどの時間がかかった?

 そう考えた矢先、ベートの中にどうしようもない苛立ちと羞恥が溢れた。

 

「彼の名前は?」

 

 フィンは長槍の柄で自身の肩を叩きながら尋ねた。

 

「知らねぇ……、聞いていない」

「ベル」

 

 アイズがベルへ視線を向けながら小さな声で答える。

 

「ベル・クラネル」

 

 路傍の石ではない、はっきりとした少年の姿が、その金色の瞳の中に映し出されていた。

 


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