リリは沢山の罪を犯しました。
その結果、リリは、牢屋の中にいます。
これに関しては、リリの行いの結果です。当然の帰結ですので文句などありません。
一時期、リリは泥水をすすって生きてきたので、3食きちんと出してくれるだけで、ありがたいものです。
けれども、そんなリリに、ソーマ・ファミリアの監督の下、更生しろと何とも皮肉な判決が下されました。
あの酒にしか興味のない神の下で更生?
……この判決には、さすがに乾いた笑いがでます。
リリには、この判決は、ソーマ・ファミリアの私刑を許可するという意味にしか考えられません。
ソーマ・ファミリアに戻って、どんな目に会うのかはわかりません。
ただ、リリは、リリを助けてくれたあの真っ直ぐでお人好しなお二人に恥じないように真っ直ぐに生きていたいと思います。
願わくば、あの人たちの温かさに、あの人たちの優しさに何かを返したい。そう思っています。
「おい、出ろ」
看守がカギを外して、退出を促してきます。ソーマ・ファミリアからの迎えが来たのでしょう。随分と朝早い時間に来たものです。
リリの発言はギルドへのペナルティの原因となったはずです。相当恨まれているのでしょうか?
迎えが待つ部屋に入ると驚きました。チャンドラ・イヒト、リリが眷属に苦しめられていた時に、助けも害にもならなかった人物です。こちらは上から指示を受けたとあればおかしくありません。
けれど、何故、ソーマ様が来ているというのでしょうか。あの酒造りにしか興味のない神が……。
「リリルカ……アーデか」
「……はい」
ソーマ様がリリの名前を確かめるように呼んだ後、部屋に沈黙が落ちました。
「ホームに行くぞ。……詳しくはそこで話す」
「……わかりました」
一体何が起こるのかはわかりませんが、素直に従うしかありません。
ホームに戻ると、何故かソーマ様の自室に案内されました。チャンドラ様は部屋の外に出て、リリとソーマ様の二人っきりです。一体何を話されるのでしょうか。
「リリルカ・アーデよ……お前を移籍させてくれと……ヘスティアの眷属が来た」
「ベ……、ベル様とサトゥー様が来たのですか?お二人は無事なんですか!?」
あの人達は一体何をしているのでしょうか!?
お気持ちはうれしいですが、もっと自分のことを考えてほしいです!
「……そういえば名前を聞いていなかったか。……来たのは黒髪の者、一人だけだ。
普通に帰ったぞ。怪我なぞないはずだ」
少し困惑したようにソーマ様が言われました。サトゥー様は一体何をしたのでしょうか……。
「失礼ですが、ソーマ様。その方が来た時のことをお聞かせしていただいてよろしいでしょうか?」
「いいだろう……。私の話にも関係することだ……」
そう言って、ソーマ様はポツポツとサトゥー様との会談について話してくれました。
心臓がどうにかなりそうでした。
あの人は慎重に見えて、あの数のオークを一人で受け持ったことといい、今回のことといい、本当に無茶をします。
「ど、どうしたのだ?どこか痛むのか」
慌てたようにソーマ様がこちらを見て、オロオロと手を動かしています。ソーマ様のこのような姿は初めて見ました。
「いえ、あの人たちにはお世話になりっぱなしだと思って。嬉しさと情けなさで……」
リリはあの人たちにまた助けられました。リリはとても嬉しいです。
けど、同時に、あの人たちに何も返せていない、自分に情けなさも感じます。
「そう……か……、ならば、ヘスティアの眷属となり、力となれ。
……彼らもお前もそれを望んでいるのだろう?」
「……その前に、もうひとつお聞かせください。
ソーマ様はこれからファミリアをどうなさるおつもりですか?」
リリとしても移籍はしたいです。
だけど、ソーマ・ファミリアという爆弾を抱えたまま、彼らにさらなる迷惑をかけることはありえません。
「……まずは
今、私は
「……料理ですか?」
ソーマ様が眷属の事を考えているとは……。
「そう、これがなかなか難しい。
リリはこのように熱く語るソーマ様を初めて見ました。今日は初めてだらけです。
「い、いえ、ソーマ様のお考えはわかりました。
今は誰がこのファミリアの管理を行っているのですか?」
ザニス様がこのような行いを黙ってみているとは思えません。
「私も報告を聞くようにしてはいるが……、基本的にはチャンドラに任せている……。
ファミリアの資金の横流しなどが発覚したため……ザニスは牢にとらえている。
……料理が完成したら、私も、……ファミリアの管理に力をいれようと思っている」
リリにはその言葉はとても衝撃的でした。
あの酒造りにしか興味のなかったソーマ様が、このようなことを言い出すとは……。
「あの少年の言葉には色々と教えられた……。
私は仮にも神だというのにな……。もっと
なんでもっと早く気付かなかったのですか、とリリは叫びたくなったがグッと我慢しました。
サトゥー様が危ないことをしてまで語りかけたからこそ、届いた言葉なのでしょうから。
ただ、これならソーマ・ファミリアに襲われる可能性は限りなく低くなったはずです。
「お答え頂き、ありがとうございます。
リリはヘスティア・ファミリアに移籍することにします」
「そうか……、ステイタスを見せてくれ。……移籍可能の状態にしておこう」
ソーマ様は背中に指を走らせながらも言いました。
「お前には、……つらい目にあわせてしまった。…………すまなかった」
「いえ……謝らないでください」
ずっとずっと聞きたかった言葉です。
だけど、今更、謝られたところで、リリはどうすればいいんでしょうか。
あの苦しかった日々は言葉一つで済まされるようなものではありません。
「……終わった。これで移籍可能の状態となった。……あとはヘスティアの仕事だ」
「わかりました。ヘスティア様の下に向かいます」
「そうだ……ヘスティアにこれを届けてくれ」
「万が一、ファミリアのものが絡んできたら、……それを見せろ。私から他の神への手紙を渡す指示を受けたと知れば、手を止めるだろう」
「……わかりました。たしかにヘスティア様に届けます」
ソーマ様に向き直り、けじめをつけるために、リリは別れの挨拶を口にします。
「ソーマ様、いままでお世話になりました……」
ソーマ様は口を開き、言葉を探すような振る舞いをしばらく続けた後、言葉を発しました。
「リリルカ・アーデ……体には気をつけなさい」
ソーマ様の言葉に震える声で返事をしたリリは、今度こそ、部屋を後にしました。
ヘスティア・ファミリアの廃教会に問題なくついたのですが、ここまできて躊躇してしまいました。
リリは本当にヘスティア・ファミリアに入っていいのでしょうか?
ベル様たちに甘えるだけで……、本当にいいのでしょうか。
リリはベル様が大事にしていたナイフを自分のために盗もうとしました。リリのような罪人があの人たちといていいのか。
教会の扉の前でそう思ってしまい、扉を開けれずにいました。
そんなとき、突然、廃教会の扉が内側から開かれました。
「え……、リリ!?」
ベル様が大きく口を開けて固まりました。
「やあ、こっちに来たということは移籍の手続きは済んだのかい?」
サトゥー様はいつもの微笑を浮かべて、声をかけてきました。
「そんななんでもないように言わないでください……グス……リリが話を聞いてどれだけ心配したか……」
リリは泣いてしまいました。
サトゥー様に会ったら、一人でソーマ・ファミリアに乗り込んだという愚かな行為をとがめようと思っていたのに、涙が止まりませんでした。
泣いていたリリを教会の中へ、ベル様とサトゥー様が誘導してくれました。
落ち着いたところで辺りを見ると、ヘスティア様もいました。ヘスティア・ファミリアがそろっているようです。
「ヘスティア様、ソーマ様より手紙を預かってきています」
「ソーマが?一体何の話だろ……」
手紙を読み進めているにつれ、色々と驚いたり、唸ったり、ヘスティア様は表情を変えられます。
「えっと、とりあえずだね……。
これからはソーマ・ファミリアを気にかけていく。ステイタスは移籍可能な状態にしてあるからサポーター君のことをよろしく頼むって書いてるね」
「え、じゃあもうリリはヘスティア・ファミリアに入れるんですか!?」
ベル様がとてもうれしそうに声をあげてくれました。
「サポーター君、僕と地下室に来てくれ。二人はここで待っててくれよ」
リリはヘスティア様に続き、地下室に降りました。
ヘスティア様は、リリにベッドに腰掛けるよう言われたので従います。
「さて、サポーター君。
君はまだ、打算を働かせているのかい?」
神の前では嘘をつけない。リリは試されているのだと知りました。
「ありえません。リリはお二人に助けられました。
あの方たちを裏切るような真似はしたくありません」
「……わかった。その言葉を信じよう。」
ヘスティア様は一つ頷いた後、言葉を続けました。
「君の事情は大体把握しているつもりだ。過ぎたことに関してどうこういうつもりはない。
ただ……もし同じことを繰り返して、あまつさえあの子たちを危険に晒したら……ボクは君のことをただじゃおかないからな」
リリはヘスティア様から吹き荒れる神威の嵐の中、思い出しました。目の前の少女はまさしく人知を超えた「神」という存在であることを。
心臓を鷲掴みにされたような状況の中、リリはなんとか自分の想いを口にしました。
「誓います。もう二度とあのようなことをしないと。……ベル様にも、サトゥー様にも、ヘスティア様にも……何よりリリ自身に」
ヘスティア様から放たれていた神威の嵐が収まり、倒れこみたくなりましたがなんとか我慢しました。
「さて、ベッドに寝転がってくれ。
リリは、我慢を止めベッドに倒れ込みました。