「おい、早くしろ!本当にやべぇ!」
たどり着いたリリのいる場所では、キラーアントが大量にいて、男たちがリリを脅している。
あの数だとみんなまとめて死にそうだが、何か策でもあるんだろうか?
とにかくリリにこれ以上危害が加えられないように、縮地で距離を詰めてからの格闘スキルが教える気絶する程度のパンチを腹に打ち込む。
少々ダメージはあるかもしれないが、ポーションがあるんだ。どうにかなるだろう。
>「拉致」スキルを得た。
>「暗殺」スキルを得た。
スキルなんて後だ、後。リリの傍にいた、もう一人も言葉を話す前に無力化する。
「ひっ!な……」
キラーアントと相対している者がなにか言おうとしたが、気にせず無力化しつつ、キラーアントもサクサクと殲滅する。
縮地で距離を詰め、殴れば大体どうにかなる。この体のスペックちょっとおかしすぎないか。便利だからいいんだけど。
綺麗さっぱりと倒したところで、傷だらけのリリにポーションを飲ませるかと近づくと、めちゃくちゃ怯えている。……え、なんで?
「リリィィッ!」
ベル君が来たが、リリを庇うように立ち、バゼラードを構えている。
「駄目です!ベル様、逃げてっ!」
>「威圧」スキルを得た。
>称号「恐怖をもたらす者」を得た。
ああ、うん、わかった。
黒色のフードに覆面、肌が見えないように気を付けたこの恰好はどう見ても怪しいよね。ちょっと深夜のノリで裾をボロボロにして幽霊っぽくしたのは、失敗だった。サトゥーと結びつけられないためとはいえ、少しやり過ぎたかもしれない。
しかし、そこまで怖がるほどかな?一応、助けたのに。
まぁ、いきなりファイヤボルト撃たれなかっただけマシとしよう。
縮地で下の階層に移動し、周囲に誰もいないことを確認してから大きな溜息を吐いた。服や声を戻してベル君たちの元に走る。何も話さなかったから、別に声を変える必要はなかったな。今更だけど。
7階層につくとリリはベル君に抱きつき、わんわん泣いていた。
周りには倒れた数人の冒険者と散乱したリリの荷物、ぼっろぼろなキラーアントの死骸と灰があった。
「あー、これは、どういう状況なのか、聞いてもいいかい?」
オレがやったことだが、そう尋ねた。
「――以上がリリの見たものです。漆黒のローブを着た者は人間ではありえませんね。
本当に幽霊なのかまたはモンスターかはわかりませんが、イレギュラーな存在かと思われます」
リリは自分の悪事も含め、いままでのことを掻い摘んで話してくれた。
けど、服を着ていたのに、モンスター扱いとかひどい言われようだ。さすがに少し落ち込むよ。
「……とにかく、今寝てる男たちが目を覚ます前に行動しよう。ベル君とリリは、あたりに散らばった道具を回収して上に戻っていてくれ」
「……いいのですか?……元をただせば、リリが盗んだものですよ?」
「かといって、この男達に渡すのもどうかと思う。今後どうするかはもう少し安全な場所で話し合おう」
これからどうするかは聞いていないが、リリは自分の悪事にも触れつつ、さっきのことを包み隠さず、話してくれたんだ。悪いことには使わないと思いたい。
「オレは、ベル君達が上に向かってしばらくしてから、こいつらを起こして、その黒色について聞いてみるよ」
「そうですか……気を付けてくださいね。サトゥーさん」
リリが少々心配ではあったが、ベル君と一緒に行かせることにした。
こいつらは同じソーマ・ファミリアの身内を脅迫するような奴だが、さすがにこのまま放置してモンスターに食べられるのは寝覚めが悪い。
しばらくした後、最初に殴った奴の頬をペチペチ叩き目を覚まさせる。
「う、うう……」
「おい、大丈夫か、あんた」
丁寧語を使おうかとも思ったが、こいつら相手なら別にいいだろう。
「ここは……?オレは一体?」
「何があったんだ?人か倒れてるし、キラーアントは死んでるし……。わけがわからん」
「気づいたら、倒れてたんだ」
「そうか、他の連中を起こしてやるから、休んでおけ」
「ああ、すまん」
カヌゥとかいう男を起こす。
「うう……」
「おい、大丈夫か?何があったんだ」
「う……お前は、アーデと一緒にいた冒険者の!」
「ん?リリルカ・アーデの知り合いなのか?」
この男たちをソーマ・ファミリアと知っているのも変なので尋ね返したが、それを無視してカヌゥは周囲に視線を走らせる。
「お、おい、荷物は?魔剣は?アーデはどこいった?」
つばを飛ばさん勢いで尋ねてくる。ちょっと下がって返答する。
「知らんよ。というか、こっちも知りたいんだが。
急にパーティー抜け出してリリはどこにいったんだか……。
リリのやつここにいたのか?」
「オレの魔剣が!金が!
かなりの興奮状態で話にならない。放っておいて他の男を起こそう。
他の男を起こして話を聞くと、リリが身ぐるみはぎ取られていたところを助けてやったが、黒色の何かが見えたと思ったら倒れていた、という話が聞けた。
「もしかして、リリやそのアイテム類はその黒色の何かが持って行ったのか?」
オレたちが連れて行ったと、今知られても面倒になりそうなので、黒色の何かに責任を押し付けておく。
あの服はストレージに厳重に封印しておこう。
「どこだ!そいつはどこにいった!ブッ殺してやる!」
「どういう攻撃されたのかもわからないんですよ!?無理ですって!」
男たちがなにか騒いでるが、もういいだろう。
このまま放置でモンスターに食われるのも寝覚めが悪いから一応起こすのが目的だったわけだし。
「黒色のは気になるが、オレの手に負えそうにないな。
全員起きたし、オレはもういくぞ」
壊れたように叫んでいるカヌゥを放置して、まだ話が通じる男に声をかけた。
「ああ、手間をかけさせた」
疲れた表情の男が返事した。
立ち去る前に男たちに念のためマーキングを施しておく。
バベルを出て、ベル君たちの居場所を確認するとホームにいた。
ヘスティア様はバイト中のようだ。
「ただいま」
「おかえりなさい、サトゥーさん」
ベル君の横に腰掛ける。
「さてと、とりあえず、あの男たちだけど――」
ベル君たちは先に帰ったため、オレとベル君たちはあそこでは会わなかったと、口裏を合わせるように説明しておく。ベル君が隠しきれるか少々不安だが仕方がない。
「……話は変わりますが、サトゥー様は罪は償うべきとお考えですか?」
リリが真剣な表情で尋ねてきた。
「そうだね。
けど、私刑は嫌いだな。ダンジョン内であったアレが正しいとは思えないよ」
何をもって償うのかという問題はあるけど、あの連中の行為が正しいとは到底言えない。
「そうですか……。
ベル様とも話しあったのですが、リリは貯めたお金を持って自首しようかと考えています」
「……リリが決めたのなら反対はしないけど、大丈夫なのかい?」
ソーマ・ファミリアもそうだけど、盗まれた人にも恨まれているだろう。
ゲドとかいう男で終わりとは限らない。
そもそも、こっちの法だとどういう刑罰になるんだ?
「きっと大丈夫です。それにリリの撒いた種です。リリが責任を持たないといけません」
「……わかった」
意志は固そうだ。止めるのも難しいか。できるだけ穏便な判決でも出ればいいんだけど。
そんなことを考えていると、ベル君は意を決したようにリリに話しかけた。
「ねぇ、リリ。うちに、ヘスティア・ファミリアに入らないかな?」
「ありがとうございます。ベル様、そのお気持ちだけでリリは十分です」
「え……ど、どうして?」
「リリはこの後、どうなるかわかりません。
オラリオから追放される可能性もあります。
リリは悪いことを幾つも重ねてきましたから……」
苦虫を噛み潰したような表情をしたベル君に、リリは言葉を続ける。
「ベル様、『リリだから助けたかった』という言葉、とても、とっても嬉しかったです。ありがとうございました」
「うん」
複雑な表情ながらも、リリの目を見てベル君が答える。
「サトゥー様も、たくさんのオークを受け持って、ベル様をリリの元に向かわせたと聞いています。リリのせいで危ない目に遭わせてすみませんでした。それと、ありがとうございました」
「怪我もなかったし、もういいよ」
「では、そろそろ行ってきます」
「送っていくよ。外でまた絡まれると大変だ」
さすがに、都市内で仕掛けてくるとは思いたくないが、あのカヌゥの興奮っぷりは危なかったしね。
特に何事もなく、金庫によりリリの全資産を取り出した後、リリを送り届けた。しばらくは取り調べのため、リリには面会などはできないと言われた。
2日後、ソーマ・ファミリアを気絶させた黒衣の幽霊だが、その後目撃証言などもないため、特に警告など出されないまま、話は流されることとなった。
なお、カヌゥたち犯行に及んだソーマ・ファミリアのメンバーはリリの証言と、黒衣の幽霊をギルドに報告する際に自らボロを出したせいで、捕まっている。カヌゥとか、かなりの興奮状態にあったし、つい、口走っちゃったんだろうね。
リリが自首して5日後、ソーマ・ファミリアには大きなペナルティが課せられ、主神ソーマは酒造りが禁じられた。ソーマ様はまるで抜け殻のようになっていると噂が流れている。それにしても噂集めに聞き耳スキルはかなり便利だ。ちょっと人の集まるところにいって、腰掛けているだけで、広範囲の噂を聞くことができる。
リリの一件のせいもあるが、カヌゥたちの色々な犯罪行為が明らかとなり、彼らもソーマ・ファミリアのペナルティの大きな理由の一つとなっているそうだ。
また、今から2日後、リリが自首してから7日後に、リリは解放されることとなった。
全ての資産を持ってきて被害者に弁償の意志があるため、情状酌量の余地有りということで所属ファミリアの監督の下、心身を鍛えなおすという、執行猶予つきの判決だ。
しかし、ペナルティの引き金となったリリが、ソーマ・ファミリアでまともにやっていけるわけがない。神が抜け殻となっているのに、監督もなにもあったものじゃない。
恐らく、ファミリアにペナルティがない状態での執行猶予を想定したルールを、杓子定規に適用した結果の判決なのだろう。
「こんなのってないですよ!」
ベル君も憤りを感じているようだ。
オレもどうにかならないものかと思う。
「どうにかして、ヘスティア・ファミリアにリリを移籍させられないんですか?」
ベル君がそう提案してきた。
「そもそも、規則的には大丈夫なのかい?ファミリアで監督しろと言われているのに移籍なんて……」
「それは大丈夫だ。過去同じように解放されて移籍した例がある。移籍した側に監督の責任が出るけどね。仮に移籍したものが問題を起こせば、本人にも監督するファミリアにも一度目より大きなペナルティが下されるだろうね」
オレの質問にヘスティア様が答えてくれた。
「なら……!?」
ベル君は移籍をさせたいようだ。オレ個人としては、リリの移籍に反対するわけじゃないんだけどね……。
「……あまり言いたくないけど、リリへの悪意がオレ達に向けられる可能性があるから」
ベル君はヘスティア様を見て、ヘスティア様に危害が加わることを想像してか、きつく唇を結んだ。
「いや、ボクのことは気にしなくていい。
仮にも神様だ。神罰を恐れてボクに直接喧嘩を売る奴なんていないさっ!
君たちが彼女を助けたい、というならボクは応援するぜ。
彼女次第だが、ヘスティア・ファミリアに加えたっていい」
明るく励ますようにヘスティア様がいう。
「ベル君がリリに移籍を切り出した時の反応はそう悪くはなかった。
いざ、移籍となっても受け入れてもらえると思う。
問題は、どうやってソーマ様に
リリをヘスティア・ファミリアに移籍させるには、ソーマ様とヘスティア様二人の許可がいる。
ヘスティア様は問題なくなったが、他派閥の抜け殻となった神をどう説得するのか?
リリが盗みを働き、恨みを持った人物をどうするかという問題もあるが、とりあえず、ソーマ・ファミリアから当たるべきだろう。
頭の痛い問題である。