バベル前に着くと、ベル君とリリがすでにいた。
「待たせたね。ベル君、
「は、はい……。ありがとうございます……」
ベル君の様子がなにかおかしい。可能性は低いとは思うけど、
ダンジョンに入って戦闘に入るとベル君はいつもの調子を取り戻した。
上の層ではなく、いつも戦っている相手にベル君の魔法を試しているが、この魔法というのはなかなかに面白い。
リヴェリアさんによると、詠唱が長いほど魔法は強くなる傾向にあるが、並行詠唱という特殊な技術を覚えないと、詠唱中は動くことができず、誰かに守ってもらいながらの詠唱が基本になるそうだ。
しかし、威力や範囲という点では劣るのかもしれないが、ベル君の速度を重視した戦闘スタイルと、魔法名だけで発動できる遠距離攻撃のファイヤボルトは非常にマッチしていると思う。
ナイフを納刀する必要があるのがもったいないが、それは魔法に習熟すれば解決できそうだとベル君自身が言っていた。なかなか将来有望なのではないだろうか。
今日も、無事換金を終え山分けし、ホームに戻ったが、ベル君がヘスティア様にリリのことを相談し始めた。
どうも、今日様子がおかしかったのは、以前、リリとひと悶着あったあの男の冒険者がベル君にリリをダンジョンで置き去りにするよう、言ってきたせいであるらしい。
「ボクは、あえて嫌なやつになるよ。
君の話を聞く限り、そのサポーター君はどうもきな臭いように思える。
その冒険者の男に疑われる何かを……いや後ろめたい何かを、彼女は隠し持っているんじゃないかい?」
ヘスティア様の神威を伴った問いかけに、ベル君は黙り、考えこんだ。
「神様、僕は……それでも、リリが困っているなら、助けてあげたいです。
リリは寂しそうにしていました。神様が一人だった僕を助けてくれたように、僕もあの子のことを助けたい」
真剣な表情をしたベル君を目にして、ヘスティア様は大きな溜息をついた。
「まったく。仕方のない子だ。……サトゥー君はどうするんだい?」
「オレも助けることに異存はありませんよ。
リリが罪を犯していたなら、償う必要はあるでしょうが、私刑はあまり好きではありません」
まだ子供だしね。情状酌量の余地はあるだろう。
「二人とも仕方のない子だ。怪我なく帰っておいで」
翌日の朝、早くバベルへ行こうとするベル君をなだめ、いつも通りの時間にバベルへ向かった。
リリはオレたちを見つけると、いつも通りの笑みを浮かべた。
「お二人とも、おはようございます」
「おはよう」
ベル君はどこか、考え事をしているようだ。挨拶を返さない。
ただ、考え事をしているのはリリもわかっているようで、不快そうな表情は浮かべていない。
「あの、今日は10階層まで行ってみませんか?」
「どうして、そんな深い層まで?」
「実力的には問題ありません。11階層まで降りたことがあるリリが太鼓判を押します。お二方は10階層を楽に攻略できます。絶対です」
たしかに10階層まで降りていいとエイナさんから許可が下りてた。もっとも十二分に注意することを念押しされ、講座もついてきたが。
「……実は、リリは近日中に、大金といえるお金を用意しなければいけないのです」
「っ!もしかして、それって……」
ベル君が反応を示す。
「事情は言えません。リリのファミリアに関することなので……。どうか、リリの我儘を聞いてくれませんか?」
ベル君はしばらく悩むそぶりを見せたが、視線でこちらに尋ねてきたので、頷く。
「わかった。行こう、10階層」
リリは、大型モンスターの相手用にリーチの長い武器を、ということでベル君にバゼラードを渡しダンジョンに潜った。
武器を渡す際に、リリの様子がちょっとおかしかったので、すでにマーキング済みのベル君、リリに加え、新たにヘスティアナイフ、魔刃剣アイリスにマーキングを施した。
最悪これで盗まれたなりしても、マップから場所がわかるようになる。他の装備に関しては、さほど高いわけでもない。恐らく盗みの対象とはしないだろう。
10階層までついた。霧のエリアだ。
視界が悪いので、仕掛けてくる可能性が高いのは、ここだと思う。
ベル君はリリより、男の冒険者に注意を払っている。
男の冒険者にもマーキングをしたかったのだが、オレがあったのは路地裏での喧嘩の際だけで、名前も覚えていないため、個人特定ができずマーキングができなかった。
高いレベル補正のせいか、意識すればちゃんと覚えられるのだが、どうでもいいと判断すると綺麗さっぱり忘れてしまう。
マップを確認していると、右からオークが一匹近づいてくる。
「行けるかい?ベル君」
オークは結構大きなモンスターだ。
そのためか、ベル君の表情に少し怯えの色が混じっていた。
「……はい。大丈夫です」
ベル君はオークに向かって駆け出した。
振り下ろしをかわし、足を斬り、倒れたところにトドメという綺麗な流れだ。問題なさそうだ。
オレはオレで左から来ていたオークに魔刃剣を構える。ベル君に倣い、足を殺してからのトドメという流れで倒した。
「やったよ!リリ……?」
リリが距離をとっている。
彼女の周囲にモンスターや人はいないため、自分の意志で距離をとったのだろう。
「リリッ!?」
マップを見るとオークがベル君に迫ってきている。
ベル君に近づくと周囲にモンスター寄せの肉が置かれていることが空間把握スキルでわかった。
しまったな。アイテムに関してはマップにイチイチ表示していなかった。
「ベル君、構えて!オークが6体来る!」
そういった瞬間、リリからベル君に向かってロープ付きの矢が放たれる。狙いはヘスティアナイフの入ったレッグホルスターだ。
反射的に石を投げる。どうやら、矢の軌跡を変えることに成功したようだ。
ベル君はリリの放った矢に、なにが起こったのかよくわからないというように、呆然としている。
「ベル君、目の前のオークに集中!」
状況が状況だ。目の前の戦いに集中してもらう。
リリを捕まえたいが、オークの数が多い。集中してベル君を見てないと、怪我をしかねない。
「ごめんなさい、ベル様、サトゥー様。もうここまでですね」
「リリ、何言ってるの!?」
「……リリは、ベル様はもう少し人を疑うことを覚えたほうがいいと思います。
サトゥー様は相変わらずお心がわかりませんが、リリは少しはサトゥー様を驚かせたでしょうか?」
「十分驚いたよ」
ちらりとリリに目を向けると、リリは可愛らしく笑顔を浮かべるがどこか表情が硬い。
「ベル様のナイフを盗もうと計画しましたが、ここまで来て、サトゥー様に邪魔されるとは思いませんでしたよ。お二人と組んでからとても稼げていました。せっかく用意したアイテムが無駄になり、今日だけは大赤字です」
「いつもの山分けだけじゃ足りなかったかい?」
オークの首元に魔刃剣を振るいながら尋ねる。
「いえ、リリには過ぎた大金でしたよ。可能ならずっとついていきたいとリリは思っていました。……少し、喋り過ぎましたね」
そう言って、リリは後ろを向いた。
「では、お二人とも、折を見て逃げ出してくださいね。さようなら、ベル様。もう会うことはないでしょう」
「リリ、リリィ!?」
リリはベル君に一度視線を向けた後、霧の向こうへ消えていった。
逃げられたか。しょうがない。マーキングはしてあるんだ。オークを片付けてから追いかけよう。
「サトゥーさん、このオークの団体を受け持てますか!?」
ベル君がオークのこん棒の振り下ろし攻撃をかわしながら叫ぶ。
ベル君は一人で追いかけるつもりか。不確定要素が増えて嫌な面はある。
しかし、ベル君の足元にはエイナさんから貰ったプロテクターが外れて転がっているし、ここで長期戦をさせたくないという考えもある。
それに、ここで止めるのも男じゃないと思っている。どうにも、ベル君に影響されているようだ。
「可能だ!リリが別れを告げたのは君だけだ。行ってこい、ベル君!」
「すみません!ありがとうございます!」
そういって、ベル君は囲みを抜け霧の向こうへ駆け出した。
周囲から視線を向けられていないことを確認して、縮地と魔刃でさっさと片付けて後を追う。
マップをみると、ヴァレンシュタインさんが高速でこちらに近づいてくる。彼女の力を借りれれば、より安心できるが、説明の時間が惜しい。
「すみません!急いでます!」
一声かけてそのまま走り去る。
マップでリリの居場所を確認したのだが、リリはHPが減った状態で7階層にいる。こちらを優先しなければならない。
ここは全力で事に当たるべき場面だ。縮地でベル君を抜いてでも、リリを助ける。
最短ルートではないが、人がおらず、直線が多く縮地でショートカットできるルートを選択する。
縮地で移動しつつも、武器類をストレージにしまい、「早着替え」スキルで、まるで変身のように装備を外し、インナーを変え、自作のフード付きローブと覆面を身に着ける。靴や手袋といった細部の装備も違うものに変えておく。
あとはアニメで出てきた男の幽霊の声をイメージして「変声」スキルで声を変えておく。
黒衣の幽霊がダンジョンに現れるとの噂話もあるし、サトゥーと結び付けられないため、幽霊っぽさをイメージして全身を揃えてみた。これなら少々暴れてもオレだと思われないだろう。
◆◆◆
リリは階段を駆け上がり、少し口元を緩める。
ここ7階層を抜ければ後はどうとでもなる。もうすぐ逃げ切れる。
そう思ったとき、突如ルームの影から伸びてきたなにかに足を取られて地面に倒れこんだ。
混乱しながら立ち上がろうとするリリに、追撃が加えられる。ボールのように吹き飛んだ。
「あっ、づっ、うあぁっ……!?」
「はっははははははははっ!いいザマじゃなえか、糞
痛みに声を上げる中で、リリは男の冒険者を見た。昨日ベルと接触していたリリのもと雇い主、ゲド。ゲドはリリのローブをはぎ取り、装備品を取り上げる。ベルとサトゥーにも隠していたリリのとっておきの魔剣も奪われた。
ゲドは笑いながら、リリの腹を蹴る。リリの中でなんとか逃げ出さなくては、と焦りだけが大きくなる。
「派手にやってんなぁ、ゲドの旦那ァ」
「おー、早かったな」
声を方向を見やると、ソーマファミリアの冒険者カヌゥがいた。リリを脅迫して金を巻き上げようとしていた者達の一人だ。
「ゲドの旦那、ひとつ提案があるんですがね、奪ったもん全部置いてってほしいんでさぁ」
笑みを浮かべ固まったゲドに、カヌゥは全身に裂傷を負ったキラーアントを放り投げた。
キラーアントは瀕死の状態になると特別なフェロモンを発し、仲間を呼び寄せる。それが計3匹も用意されている。すぐにこの部屋がキラーアントで埋め尽くされるだろう。
「しょ、正気かっ、てめえらああああああああっ!?」
「俺たちとやりあっている間に集まってきた蟻の餌になんてなりたくねぇでしょう、旦那ァ?」
ゲドはリリから奪った荷物すべてを放り投げ、カヌゥの横を走り去った。やがて叫び声が聞こえ、剣撃の音がしばらく聞こえた後に、途絶えた。
ルームを埋め尽くさんとするキラーアントのうちの一匹がリリめがけて襲い掛かってくるが、カヌゥがそれを切り捨てた。
「大丈夫かぁ、アーデ?お前を助けるために来たぜ?何せファミリアの仲間だからなぁ」
周囲では彼の仲間がキラーアントをとどめ、モンスターの包囲網の形成を寸前で防いでいる。
「俺の言いたいこと、わかるよな?」
「おい、早くしろ!本当にやべぇ!」
カヌゥの横に立つ男がそう警告した時、突如黒い何かが現れたと思うと、警告を発した男が倒れた。
黒い何かがゆらめくと、カヌゥもバタリと倒れた。黒の影がぶれるたびに、モンスターの声や冒険者の声が小さくなっていく。
リリの体感で5秒も立たないうちに、大量にいたモンスターと人は、リリを除いて、全て倒れた。
呆然としていたリリに黒色のソレはこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。
裾がボロボロになった漆黒のローブ、闇で覆われているためフードの中身は見通すことができない。手袋をつけ肌の露出は一切ない。
突如現れて近づくとバタバタと人やモンスターの区別なく倒れる。
まるで幽霊だ。
そう、リリが認識した瞬間、全身を得体の知れない何かが押さえつけてきた。
ゲドやカヌゥに囲まれていた時以上に恐れを感じる。
先ほどまで痛くてたまらなかったはずのリリは、痛みどころではなかった。
恐怖が溢れ、震えが止まらなかった。
「リリィィッ!」
走ってきたベルがリリを庇うように立ち、バゼラードを構える。
だが、ベルは奇妙な感覚を感じていた。
リリが怯えていたために、守らなければならないと立ちふさがったのだが、目の前の黒衣の幽霊が向ける視線を知っているような気がしたのだ。
「駄目です!ベル様、逃げてっ!」
ベルは目の前の存在を改めて観察する。ベルが時々感じていた探るような無遠慮な視線ではない。今、目の前の存在から向けられている視線は全く違う。この視線は一体?
ベルが思考を巡らせていると、唐突に、黒衣の幽霊が消えた。
残されたのは、周囲に倒れた人とキラーアントだ。
「一体、何だったんだ……?」
ぽつりと言葉が漏れたが、答えるものはいなかった。
ちょっと登場したアイズさんの流れですが
ベル君にオークの集団と戦っているサトゥーさんを手伝ってと一方的に言われて走り去られる。
サトゥーに、急いでいますと言われて、アレ?と思っていると、エメラルドプロテクターの輝きが見えた。
近づくと、結構な数のオークの死体とベル君のプロテクターがあり、プロテクターを拾ってどうしようと思っていると、フェルズが接触して……
という感じになります。
フェルズはサトゥーの戦いを見ておらず、オークの死体はアイズがやったものだと思っています。