「ちょ……ベル君!?」
急に意識を失い倒れそうなベル君を縮地で抱きとめ、ゆっくりと横たわらせる。
ポップアップ情報を見ると、MPがゼロになり、昏倒状態になっている。
一部RPGみたいに、HP以外にもMPがゼロになっても倒れる仕様なのか。
「人が倒れてる」
「モンスターにやられたか?」
聞き耳が言葉を拾った。こちらに二人の女性が駆け寄ってくる。
エルフのどこか気品ある女性と、ミノタウロスの時に世話になったアイズ・ヴァレンシュタインさんだったか。
「どうしたのだ?」
エルフ女性が尋ねてきた。
「魔法を使っていたら、倒れてしまって」
「ふむ……典型的な
テキパキと診察した後、そう言ってくれた。
「そうですか。あの時といい今回といい、色々ありがとうございます」
「あの時……ああ、あのミノタウロスの一件の冒険者か。うちの馬鹿者がその子をそしり、傷つけたようでな。すまない」
「いえ、謝らないでください。ベル君もきっと恐縮してしまいますよ」
馬鹿者がベル君を傷つけた?そんなことがあったのか……。今は特にそんな様子もないし大丈夫なんだろうとは思うけど……。
俺たちの会話を聞きながら何か考えていたようなヴァレンシュタインさんが口を開く。
「私、この子に償いをしたい」
「……いいようは他にあるだろう」
本当にね。本人は2,3度瞬きして、頭にハテナマークが浮かんでいるようだ。
訂正をあきらめたのか、こちらに向き直って、エルフさんが話し始めた。
「すまない。そこの少年の世話をアイズに任せてくれないだろうか?」
「私としては構いませんし、ベル君本人も喜ぶとは思いますが、わざわざいいんですか?」
「アイズ本人が何かしてやりたいといってるんだ。構わないさ」
「わかりました。バベルの簡易食堂にいますので連れてきてください。うちのベル・クラネルをよろしくお願いします」
「ああ、少し待ってくれ。アイズに指示を出した後、念のため、私も君についていこう」
その後、アイズさんとエルフさんが小声で何かを話そうとしたので、聞き耳スキルを無効化しておいた。
ダンジョンを警戒しながらエルフさんと戻っていると、あちらから話しかけられた。
「すまないな。無理を言って」
「構いませんよ。ベル君はアイズさんに憧れてるみたいですし、ベル君にとってもうれしいことでしょう」
「しかし、
「いえ、ついさっきのステイタス更新で魔法が使えるようになったから、はしゃいで魔法を使いすぎただけみたいです」
「ああ……なるほど」
エルフさんは少し苦笑を浮かべた。やはりとても美人さんである。
「うちのファミリアも調子に乗って
「オレが魔法を使えるようになった時は気をつけたいものです」
「どんな魔法が使いたいんだ?」
「そうですね……範囲攻撃ができるような魔法も使いたいんですけど……。
ダンジョン内に潜っていると、どうしても汚れてきてしまいますし、そう簡単に体を洗えないじゃないですか?」
「まぁ、その通りだな」
「なので使うと、服が洗濯して太陽で乾かしたように、体が風呂に入った後のように綺麗さっぱりとなる魔法が使いたいですね」
範囲魔法は無難に欲しい魔法だけど、こちらはこちらで、半分くらいは本気で欲しい。
こっちの世界の魔法は3つしか使えないのに、こんな魔法で埋めるのかという問題はあるけどね。
「ほほう。そういった発想はなかったな。だが、確かにそんな魔法なら欲しいな。
その魔法が使えるようになったら、是非うちのファミリアに来てくれ。女性が多いから歓迎されるぞ」
「使えるようになったら、考えますよ」
軽く冗談を交わしつつも、バベルの簡易食堂までたどり着き、エルフさんから魔法の基礎を触り程度だが聞いていた。なかなかためになる。
すると、酷く項垂れた表情でヴァレンシュタインさんがフラフラとこちらへ歩いてきた。
「……ちゃった」
「なに?」
「また、逃げられちゃった……」
「……くっ」
エルフさんが肩を揺らし笑いを堪えている。
ヴァレンシュタインさんが真っ赤になって頬を膨らませると、エルフさんは堪えきれないといった風に笑い声を上げた。
それにしても、ベル君は想像以上のヘタレだったようだ。あんなに女の子とフラグを建てていたのはなんだったのか?
「えっと……うちのベル君がすみません」
「リヴェリアのせい。……リヴェリアが変なこと言うから」
ヴァレンシュタインさんはジトッとした目でエルフさんをにらみつけている。
「今度逃げ出そうとしたら、無理矢理捕まえちゃってください」
「いいの?」
「ええ、ベル君はどうにも恥ずかしがりやのようですから。話をしたいならそれが一番だと思います」
「嫌われない?」
首をかしげながら、涙目で尋ねてきた。
「ベル君はむしろヴァレンシュタインさんに憧れを抱いていると思いますよ。ただ、恥ずかしがり屋なだけです」
「わかった。次は頑張る」
ヴァレンシュタインさんは、ちょっと立ち直ったように見える。マップを確認すると、ベル君はホームへ帰る途中みたいだった。
「では、私はこれで失礼します。色々とありがとうございました」
「気を付けてな」
ホームに帰る途中に、ベル君がホームから出てきたことをマップで確認した。
オレがまだ帰ってないことを心配したんだろう。このまま進めば入れ違いということもないだろう。
「ああ、見つけた!心配しましたよ、サトゥーさん」
表情から真剣に心配してくれていることがわかる。
「いや、こっちのセリフだよ、ベル君。せっかくヴァレンシュタインさんと二人っきりになったのに、なんで逃げちゃったのかな?」
一気に顔が赤くなった。
「えっと……何故、僕がヴァレンシュタインさんと二人っきりで、ひ……ひざ……」
「二人っきりになったのはヴァレンシュタインさんがそう希望したからだよ。話したいことでもあったんじゃないのかな?」
「ええええ!僕と!?……いや、でもなんで?」
「そのあたりは聞いてないよ」
ミノタウロスで血まみれにしちゃった件だと思うけど。
「あーあ、ヴァレンシュタインさんが話したいことも話せず、勝手に逃げちゃったベル君のことどう思うかな?」
赤くなった顔が一気に青くなった。忙しいことだ。
「ぼ、ぼぼぼ、僕、今からダンジョンに戻って、ヴァレンシュタインさんに謝ってきます!」
「もう、彼女はホームへの帰路についてるんじゃないかな?次会ったら、逃げずにちゃんと話をしたほうがいいよ」
「……はい、わかりました」
しょぼくれた顔のベル君がそこにいた。
このベル君に追い打ちをかけるのもどうかと思うけど、今のうちに言っておこう。
「で、ベル君、君があそこで倒れた理由はわかるかい?」
「え、えっと……わかりません」
「
魔法は無制限に放てるわけでなく、自分の
自分の
「そうだったんですか……」
「今日は、気持ちが高揚していて気づかなかったかもしれないけど、次からは自分の調子を確かめながら魔法を使ってね。」
「……はい」
燃え尽きたようなベル君が答えた。
翌日、ベル君はクッションに頭部を押し付け唸っていた。まだ引きずっているようだ。
「ほんと、どうしたんだい?ベル君は」
「そっとしておいてあげてください」
尋ねるヘスティア様に軽く返す。きっと時間が解決してくれるだろう。朝食後、ヘスティア様がベル君に声をかける。
「そうだ、ベル君。昨日のあの本を見せてくれよ。今日は昼まで暇なんだ」
「あ、はい。いいですよ」
幾分立ち直ったベル君がヘスティア様に本を渡す。
「ふぅん……見れば見るほど変わった本だ、な……ぁ?」
ページをめくっていた手をとめ、ヘスティア様が引きつった表情を浮かべた。
「………これは、
「えっと、滅茶苦茶値の張る、魔法を強制的に発現させる本でしたっけ?」
魔法を使いたくて調べた際に、聞いたことがある。アホみたいな値段がついていたので、諦めた品だ。
ベル君が変な笑みを浮かべて固まった。
「……どういう経緯でこの
「知り合いの人に、借りました……。誰かの落とし物らしい、デス……」
「……値段は一級品装備と同等以上、1回読んだら効果は消える。使い終わった後はただのガラクタですよね?」
オレの追い打ちにベル君が崩れ落ちた。重苦しい沈黙が地下室に落ちる。
「……僕、事情を話してきます!」
「ベル君、止せっ!ごまかすんだ!それしかない!」
「無理です!ここはもう『ドゲザ』にかけるしかありませんよ!」
そういってベル君は走り出した。というか、この世界にも土下座は存在するのか。
酒場から帰ってきたベル君が、気にするなと言われたと報告してくれた。
金銭を要求されなさそうだし、ひとまずよかったということにしておくべきか。
誰が置いていったかは気になるが、
その後、ダンジョン用の装備を身に着け、ポーションの補充と店員さんにオススメされたベル君用の
さて、ベル君の魔法は実戦では、どうなるかな?