オレは今、ホームのベッドに腰掛けながら、ベル君にヘスティアナイフを借りて、眺めている。しかし、なんとも不思議なナイフだ。
ヘスティア様は眷属のみが扱えると言っていた。オレもある程度ナイフの力を出せるのかもしれないが、このナイフの力を出し切れるのはベル君だけだろう。ナイフに刻まれた
個人的にそれより気になるのが
では、さらに魔力を込めるとどうなるのか?全マップ探査や縮地などで、魔力が抜ける感覚というのは何度も味わっている。多分、魔力を込めるのもできるはずだ。
手に持ったナイフを自分の一部として考え、魔力を1ポイントほど流しこむイメージ……、よし流せた。
「ええ、なんですか!?その光は!」
おっと、夢中になりすぎた。ナイフを自身の一部とし、ナイフから魔力がオレに流れ込むイメージ。……よし、もとの
>「魔力操作」スキルを得た。
「光が収まっちゃいましたね……。今のは一体?」
「魔力を流し込むと光ったんだよ」
「サトゥーさんって魔法が使えるのですか!?」
驚いたような表情でベル君が尋ねてくるが、こちらの魔法はまだ使うことができない。
「魔法というより技術の範囲かな。
ヘスティアナイフ自体が使い手の微量の魔力と引き換えに光を放っているみたいで、その魔力量をこちらから増やしただけだし」
「じゃあ、僕でも……?」
「もちろん、練習する必要はあるだろうけど、できると思うよ」
ベル君がキラキラした目でナイフを見ている。
「ありがとう。次は支給品のナイフを貸してくれるかい?」
「わかりました」
ベル君がヘスティアナイフを握りしめ、うんうん唸ったり、はぁああああと気合いを入れたりしている。なんとも微笑ましい。
オレはオレでスキルを有効化したのち、支給品のナイフに魔力を注ぎ込んでみる。
……ダメだ。魔力を流すのはスキルのおかげで楽になったのだが、流したとたんに発散していく。ザルに水を貯めようとしているといえばいいか。
静かになったなとベル君を見ると、こちらのナイフに注目している。
「そのナイフでは、魔力が込められないんですか?」
「魔力を流しても、すぐ発散しちゃうんだ。素材が関係あるのか、ヘスティアナイフが特別なのか。次の武器を買うときは気を付けたほうがよさそうだ」
「あの、魔力を流すのってどうすればいいんですか?」
感覚的なもので、なんとも説明しにくい。
「手を出してくれるかい?」
ベル君の手を両手で包み、オレの右手からベル君の手を通ってオレの左手という魔力の流れを作っていく。
「おおおっ!なにか温かいものが流れるのがわかります!」
「それが魔力を流されている感覚だよ。その流れをナイフに向ければ光がでるはずだ」
「わかりました。やってみます!」
オレが手を放した後に、ベル君がナイフを手に力を籠めるが、特になにも変わらない。
「すぐできるわけじゃないし、練習するしかないね」
「……神様のナイフ、ボクが持ってていいんでしょうか?
サトゥーさんのほうが使いこなせるのでは?」
ぎゅっとヘスティアナイフを握りしめながらも、悔しそうにベル君は言った。
「……魔力を流すという意味ではそうだね。
でもヘスティアナイフはタダの武器じゃない。オレたちと同じヘスティア・ファミリアの眷属であり、ベル君を主に選んだ」
「神様のナイフが眷属ですか?」
ナイフに視線を下しながら、ベル君が不思議そうにいった。
「ああ、ヘスティア様も言ってただろう。ヘスティアナイフはベル君とともに成長する。
オレたちの
そのうちできるようになるさ。
シルバーバックとの闘いの際には、無意識にやってたのか、刃から紫色の光を放ってたしね」
「わかりました。ありがとうございます。
……頼りない主だけど、これからよろしくね。神様のナイフ」
語り掛けたベル君に答えるように、ヘスティアナイフが瞬いた。
しばらく、ベル君が力を込めようと頑張っていると、地下室の扉が開いた。
「ただいまー、待たせたね、二人とも」
「いえ、バイトお疲れ様です」
バイト帰りのヘスティア様が帰ってきた。
「それじゃ、ヘファイストスのところに行こうか」
ヘスティア様は二人分の武器を頼んだらしい。
ヘスティア・ナイフがへファイストス様が作ったナイフだと聞かされたベル君は興奮のあまり変な動きをしていた。
ベル君はナイフを扱うスタイルが確定していたからナイフを作ってもらったが、オレは剣や槍といった武器への変更を考えていることをヘスティア様に伝えていたため、まだ未作成の状態だったのだ。
駆け出し冒険者が11階層に出てくるシルバーバックを撃破したことがヘファイストス様の興味を引いたのか、武器の相談をするから一度連れてこいとの流れになったそうだ。
ヘファイストス・ファミリアにつき、トントン拍子でヘファイストス様の前まで通された。
「やぁ、僕の自慢の眷属を連れてきたよ」
「はじめまして、ヘファイストスよ」
赤い髪に右目を隠す大きな眼帯が特徴的な大人の美人な女性といった印象だ。神様は大体、とても整った顔立ちをしているね。
「ベル・クラネルです。神様のナイフには危ないところを助けられました」
「サトゥーと申します。よろしくお願いします」
「まずは、ヘスティアナイフを見せてくれるかしら」
「はい」
ベル君は鞘ごとベルトから外し、ヘファイストス様にナイフを渡す。ナイフを確かめるように様々な角度から見る。
「……なるほどね。この武器はいい主に出会えたようね。ヘスティアには勿体無いほどの、いい眷属だわ」
「ふふん、ベル君もサトゥー君もとってもいい子さっ!」
ナイフはベル君とともに成長する。ナイフを間近で確認したヘファイストス様はベル君の成長速度に気付いた可能性が高い。
ヘスティア様の面倒を見ていた神格者なので、わざわざベル君をおもちゃにしたりしないとは思うが……。
「サトゥーだったわね、あなたはまだ使いたい武器が決まっていないと聞いているけど、何かリクエストはあるかしら」
「そうですね。他言は控えていただきたいのですが、一つだけ知っておいてほしい技があります。それができる武器をいただきたいのです」
「……わかったわ。ヘファイストスの名に懸けて、口外しないことを誓うわ」
興味があるといった表情でヘファイストス様が答えた。
「サトゥー君、何をするつもりなんだい?」
ヘスティア様には魔力操作は見せていないので、困惑顔だ。
オレも、ヘファイストス様にこれを見せていいものか少し迷ったが、ベル君の成長を知られた可能性がある以上、ベル君から目をそらす意味でも、この手札は見せておくべきだと考えた。
「別に、何かを傷つけようとかそういうわけではありませんよ。ただ、武器を選ぶ上でこれができるかどうかは重要そうなので。
ヘファイストス様、ヘスティアナイフをお貸しいただけますか?」
「はい、どうぞ」
受け取ったナイフに魔力を込める。紫の燐光が刃を染める。
「……魔刃!」
ガタリと音を立てて、立ち上がりながらヘファイストス様が驚いた表情を見せる。
「なんだい?それ、初めて聞くんだけど」
「魔力を刃に込め、切れ味と強度を高める技よ」
ほほう。知られた技術なのか。いや、魔力を込める程度だし、知られてないほうが不自然か。
「強そうじゃないか」
「いえ、あまり言いたくないけど、難しい割に上昇量が少なく、使えないと言われる技術ね。
近接戦闘と魔力の扱いに長ける必要があるから、主に魔法を使える前衛が扱っていた技術なんだけど……。
並行詠唱と魔刃の両立は異常な難度で、威力や範囲や修得しやすさは並行詠唱が上。
昔は使い手もいたけど、今では古い技術扱いよ」
魔刃という響きに中二心がくすぐられ、ウキウキしていたのに、散々な言われようである。
というか、魔刃って意外と難しいのか?
スキルのせいか、いまいちそういった感覚がズレるようだ。
「……でもサトゥーさん、魔法使えませんよね?」
「知っての通り、魔法スロットは空のままだよ」
ベル君が尋ねてきた。
異世界の魔法は使えるけど、
「使い道のない
それだけ魔力の扱いに長けて、魔法に目覚めていないなんて……。あなたの眷属は、ほんと面白いわね。興味深いわ」
「むむ、ボクの眷属は渡さないぞ!」
話が逸れてきた。元に戻そう。
「とにかく、魔刃が扱える武器を希望します。
ギルドの支給品のナイフでは魔刃を発生させられなかったので、武器側にもなんらかの条件が必要なのだと思うのですが……」
「ああ、ただの鉄は魔力を蓄える力が弱いからね。
特殊な金属を使うなり混ぜるなりするのが基本ね。魔物のドロップアイテムを元に作り出した武器なんかでも可能なはずよ」
「詳しいですね……」
「昔、ウチが武器の面倒を見ていた冒険者の中にも魔刃使いがいたから、ある程度の情報は持ってるわ。
……さて、それじゃ、あなたに合ってそうな武器を持ってくるわ。少し待ってなさい」
ヘファイストス様は部屋を出ていき、一本の剣をもって現れた。黒い鞘に黒い柄、黒一色の武器だ。雰囲気としてはヘスティアナイフの片手剣版といった印象を受ける。
「さ、抜いてみなさい」
手渡された刀を抜く。黒い刃に
このあたりもヘスティアナイフと変わらないようだ。ただ、ヘスティアナイフのように
許可をもらって軽く振ってみる。支給品のナイフの時は微妙な違和感というかズレを感じたのだが、この剣はそれがない。刃の先まで神経が通ったような、体の一部のようなそんな感じがする。
「気に入ったかしら」
「素晴らしい剣です」
「次は、魔力を込めてごらんなさい」
魔力を1ポイント流してみる。
魔力が発散した様子はないが、反応がない。
なにか、魔力の詰まりのようなモノを感じる。魔力の流れに強弱をつけて、流れがキレイになるように、魔力の通り道を掃除するようなイメージで魔力を流してみる。
よしよし。魔力の流れが安定したぞ。
>「魔法道具調律」スキルを得た。
>称号「調律師」を得た。
「その剣は長い間使い手がいなかったからちょっと拗ねていたみたいだけど、あなたが新たな主であると認めたみたいね。
おめでとう、今日からその剣はあなたのものよ」
どうやら、魔力を流すこと自体が試験だったようだ。
「その剣の名は魔刃剣アイリス。
数百年前の使い手が冒険者を辞める時に、魔刃使いが現れたら譲ってやってくれと置いていった一振りよ。
魔刃使い専用の剣といってもいいわ。魔刃を使わないと棒切れと変わらないから注意なさい」
「大切にさせていただきます」
数百年前と言っていたが、鏡のように磨き上げられており、外見上は今現在も手入れが行き届いているように見える。何か思い入れがあった剣なのかもしれない。
せめて、剣の主としてふさわしいように、使いこなす努力をしようか。
◆ヘスティアナイフの神聖文字
ネットで検索すると解読したページが出てくると思います。
◆魔刃についての独自設定
デスマ側から輸入。
ダンまち世界では、神が降臨する前にモンスターと戦っていた戦士が使用していた。
・同じ
・並行詠唱と比べると、魔刃のほうが難易度が高い。
・扱う武器も制限される。デスマ世界の武器と比べ、ダンまち世界の武器のは魔力を留める力が弱いものが多い。
そういった事情もあり、使い手はどんどん減っていき、今では一部の人間や神のみが知る古い技術扱い。
なお、MP=
◆ヘスティアナイフの独自設定
装備者の少量の魔力を呼び水として、周囲から魔素を集め魔刃を作りだす機能がある。
この魔刃は、ベル君の成長に合わせて強力になっていく。
また、装備者が魔力を注ぐことで、一時的に強力な魔刃を作り出し、性能を強化することが可能。
シルバーバック戦でベル君が無意識に魔力を注いでいたため、紫の光が強くなっていた。
◆魔刃剣アイリス
今作オリジナル。
ヘスティア・ナイフと同じく魔刃を用いた武器だが、魔力は装備者が注がなくてはならない。
魔力との相性や、魔刃が発散しないように長く留めることに重点が置かれている。