「ねぇカリオストロ? 入っていい?」
「……」
古めかしい音を立て、開くは木製の扉。
扉からおずおずと顔を覗かせたのは銀髪の少女、エミリアだ。
返事がない事に訝しみながらも部屋を見渡した彼女は、すぐにお目当ての人物を見つける事ができた。
カリオストロ。
ラインハルト家の食客であり、エミリア陣営にて立て続けに起きる事件の立役者。
あぐらをかいて椅子に座り、窓枠に肘を乗せてじっと外を眺め続けている様子は、その美しい、まるで人形のような見た目には相反する粗雑なポーズだ。しかし他ならぬカリオストロがすると、途端に絵になってしまうのは何故だろうか?
一瞥すらしないカリオストロに、ためらいながらも近づくエミリア。
何を見ているのだろうと、視線の先を覗いてみれば、そこには大急ぎで荷物を運搬する兵士や村人達の姿があった。
ここはラインハルト邸別荘。
王都での対魔女教との作戦で成功を収めたカリオストロらは、この場に大急ぎで出戻りし、村人らの一時的な撤退準備を進めていた。
全ては傲慢との戦いのため。
急ピッチで行われる移動は多少の混乱を招いたものの、比較的スムーズに進んでいるようだった。
「村の引っ越しなんだけど、この調子なら後半日もすれば出発できそうよ」
「そうか」
カリオストロの声色は平坦そのものだ。
喜びも、失望もない。灰色。
つまるところの上の空。
エミリアは隣に椅子を寄せ、心配そうに話しかけ続ける。
「行き先は『聖域』。限られた人しか知らない、うってつけの避難場所。ここから半日は移動に時間かかるけど……そこまで行けば魔女教も手は出せないと思う」
「あぁ」
「最初はみんな渋っていたけど、スバルが説得してくれたお陰で素直に言うことを聞いてくれたの、だから本当に助かっちゃったわ」
「良かったな」
「そうなの! それで……えーっと……あ、そうそう! 私の事、少しはみんな信用してくれたみたい。前みたいに邪険にされなくなった感じがするのよ。私、ちょっとは王様に近づいてるのかしら?」
「何よりだな」
「……カリオストロ、ほっぺ引っ張っていい?」
「ダメだ」
「むー……」
カリオストロは昨日からこの調子だ。
王都で魔女教を無事に退けたというのに、あいも変わらずの仏頂面。いや、むしろ前よりも顔が険しくなっている。
確かに首謀者はまだ撃退出来ていないが、色欲を退治し、王都の危機を救ったのだ。少しは気を緩めてもいいのではないか? とエミリアは思わなくはなかった。
(……こう考えちゃうのは、私がまだ甘いだけなのかな)
カリオストロとスバル。
一癖も二癖もあって。歪で。どこか浮世離れしていて。けれども頼りになる不思議なコンビ。
そして銀髪ハーフエルフである自分を色眼鏡で見ることなく、素で接してくれる大切なお友達。
何度だって言える。
自分の王選は、二人がいなかったらすぐに幕を閉じていた、と。
エミリアだけでは力及ばなかったであろう、斜め上の事件の数々。二人はそれを目を見張る実力と、脅威の洞察力、機転と、覚悟で解決してくれた。二人には頭が上がらないどころか、足を向けて寝れないほどの恩がある。
(なのに、何も返せてない……本当、どうしたら返せるのかしら)
一方的に恩恵を預かるだけの現状が、口惜しい。王様になると意気込んで、その結果がカリオストロの言いなり。情けないにもほどがある。
ただ、こんな悩みを聞いたところで……カリオストロなら『気にすんな。ラッキーだと思え』と一蹴するだろうし、スバルなら『俺がしたい事をしてるだけだから!』となんでもない様に振る舞い、結局恩返しの隙すら与えてくれないのだろうと思う。
謙虚は美徳だ。けれど、そんな二人の美徳を、今は恨めしく思ってしまう。
(でもエミリア。あなたは心苦しいから恩返ししたいの? 与えられた分、返さないといけないと思っているから? それとも常識的にそうするべきだから……だから返したいの?)
恩の押し売りは、また違うと思った。
返したいから返す。そういった自己中心的な考えは、恩に報いているとは言わないとエミリアは考えていた。来るべき時に、それこそ二人が本当に困った時に報いる。それこそが本当の恩返しではないのだろうか。
(今は返せない……だから、その時を待つわ。ここぞという時に驚いてもらうんだから)
舞い込んだ心地の良いそよ風でなびく、カリオストロの美しい髪を見ながら、そう思う。
──知っている。
二人には重要な秘密があることを。
ソレが苦しくて、辛いものだというものを知っている。
その重荷を、少しでも自分が背負えたらといつでも思う。
──見えている。
二人に繋がる、切っても切れない太い糸。
この地から遥かに遠い場所から来た二人だからこそ持つ
その線が、私にも結ばれていれば、もっと仲良くなれるのに。
──分かっている。
こことは別の世界を見る彼女が。そして彼女の悩みが。
魔女教のことでも、作戦の事で悩んでいるのではない。
彼女らしい、もっと別のことで頭を悩ませているのだと。
──
その一言がきっと、この幸せを終わらせてしまうかもしれない。
だけど切り出さなければ、きっと彼女は重荷を抱え込んでしまう。
だから……覚悟を決めて言うんだ。エミリア。
「カリオストロ、私は気にしていないわ」
「何の話だ」
「この事件が終わったら、グランさんやルリアちゃん達と一緒に帰っちゃうのよね」
「──」
初めてまともな反応があった。
相変わらずこちらを見てくれないが、まとう雰囲気が変わった。
「あの人達、大瀑布の向こう側からカリオストロを探しに来たのよね。本当に驚いたわ」
「……」
「そして……本当に良かった。カリオストロとグランさん達が出会えて。そんなに遠いところから探しに来てくれたなんて……ほんとーに大切に思われてるのね」
「……」
「ただ、再開に水を差すようで申し訳ないけど……もう少しだけ力を貸して欲しいわ。勿論、食客である貴方に無理強いする権利なんてないけど、その分お礼はするから」
「……エミリア」
「なぁに?」
「……いや」
ぽんと飛び出す、いつものカリオストロの軽口が、珍しく鳴りを潜めていた。
エミリアが思わず含み笑いをすると、カリオストロはバツが悪そうに、そして、言い訳をするように口を開いた。
「言われるまでもねえよ。オレ様はアイツ等と一緒に帰るさ」
「うん」
「むしろ……長居し過ぎたくらいだ。本来ならもっと短い滞在になるはずだったんだが」
「えぇ、そうだったの? ずっと居てくれても良かったのに」
「居れるか馬鹿。向こうにはたっぷりと仕事と……目が離せない奴を残してるんだ」
「そっか。それなら仕方ないわね」
「そうさ。大体がオレ様はとばっちりでここに飛ばされたんだからな。大迷惑さ」
「でもその御蔭でカリオストロに出会えたわ。私にとっては大感謝ね」
「全くだ。謝礼は弾めよ」
「うん。王様になってからの出世払いよ」
「はっ、それじゃ当分貰えそうにねえな」
ひどい!とエミリアが怒ったフリをすると、すぐに笑い声が自然と部屋にこぼれ落ち、張り詰めていた空気が少し緩んだ。
カリオストロが大好きだ。
傲岸不遜な態度が好きだし。
自信家なところも好きだ。
思わずきゅっとしてしまうキツイ口調も好きだし。
過保護にも近い世話焼きな所も、好きだ。
だからこそ……とても寂しく思う。
これからも親友として共に歩けると思っていたから。
「ねぇ、カリオストロ達がいた大瀑布の向こう側ってどんな所? 前もちょっとだけ話を聞いたけど、見たことのない島が沢山ある……のよね?」
「そうだな。そこには空に浮く沢山の島々がある。ここよりもっと自然豊かな島があれば、噴火し続けている島。工業化が進んだ島や、一面ビーチになっている場所だってある」
「すごいわよね、ホントに想像もつかないわ……でも本当なの?」
「ホントさ。オレ様達はそれこそ沢山の島を回ったもんだ。そしてその度にいろんな出会いを経て、色んなトラブルに巻き込まれたもんだ」
懐かしむように記憶を
カリオストロは帰らなければいけない。
ここじゃない別の場所に、待っている人たちがいるのだから。
「そっか……スバルも大瀑布の向こうって行ってたけど、同じ場所?」
「いや、スバルは別の場所だ。オレ様達がいた場所とは全く異なる文明のな。オレ様もよく知らんが、かなり裕福で平和なところみたいだな」
「うんうん。スバルって結構育ちがいいように思えるのよね。食事も丁寧に食べるし、色んなことを知ってるし。ただ、時々変な事を言うわよね。それもお国柄なのかしら?」
「あれは元々の性格だ。絶対にな」
出来ることなら、ずっと一緒にいたかった。
スバルとカリオストロと三人で、騒ぎ、笑い、泣き、力を合わせ、末永く一緒に歩んで欲しかった。
今より強くなくたっていい、全然頼りにならなくてもいい。打算を抜きに、生涯を共に出来るような大切な親友として手を繋ぎたかった。
「私も、そこに行けるのかしら?」
「……行けるさ」
「ふーん?」
「オイ、オレ様が嘘をつくと思ってんのか?」
「確かにカリオストロは嘘をつかないわよね。ホントの事を言わないだけだもの」
「お前なぁ……」
「──私は平気よ」
落ち着き払った声が、部屋によく響いた。
それが何を意味するのか、なんて。カリオストロはきっと分かっていることだろう。
エミリアは立場から、環境から、考慮から、自分なりの答えを出したのだ。
カリオストロがいなくても大丈夫。
私はただ頼るだけの雛鳥ではない──と。
カリオストロは自らを恥じた。どうしようもなく恥じた。
これでは真逆だ。親離れの出来ぬ子を見守っていたはずの自分が、実のところ子離れのできぬ親だったのだから!
エミリアからの視線を反らし、バリバリと頭を掻いたカリオストロは向き直り、ため息を零した。
「……正直、お前達は放っておけねえよ。スバルはすぐに自爆するし、エミリアは疑うことを知らねえ、どっちも危機意識っていうのがぽっかり抜けてやがる。よちよち歩きのヒヨコより危なっかしい」
「あぅ……」
「そして最悪なことにこれから戦う相手は、それこそ数多の化け物をぶちのめしてきたオレ様にとっても、ぶっちぎりで最悪の敵だ。お前だけじゃ勝ち目なんて万が一もない。そしてそれはオレ様も同じだ」
島をも超える全長を持つ巨大な星晶獣と戦った。
全空に名を轟かす十の戦士たちと切り結んだ。
悪辣の名を思うがままにする巨大な悪意と鎬を削った。
誰もが諦めるような強敵達。
しかし、どんな相手でも『希望』があった。
「でもな。オレ様
ソコまで言い切って、カリオストロは言い淀む。
これは、らしくもない親切心か? 老婆心? 身内贔屓? ……何とでも言えばいい。エミリアはもう、カリオストロにとって部外者ではない。半年にも満たぬ短い付き合いの中で、一生分の濃密な時を過ごしてきた。かけがえのない、放っておけない友人、いや、親友なのだ。そんな親友のために骨を折る事が、どうして苦になろうか。
カリオストロは手を伸ばす。
その手から二度と、大切なものが零れ落ちないように。
「これからもそんな敵が来ないとは言い切れない。……だから──」
「カリオストロ」
ふ、と気が付けばその手に掌が添えられていた。
確かな温もりと、包むようなその動きは、次の一言を塞ぐのには十分だった。
「大丈夫よ」
「──わぁったよ」
これ以上は野暮というものだろう。
エミリアは信用してないのではない。
エミリアは頼りたくなかったのではない。
一人のハーフエルフとして、カリオストロに並びたかったのだ。
「それに、大瀑布の向こうから私達のところに来れるってことは私達もそっちに行けるってことよね? これでお別れじゃないなら、へいちゃらよ」
「はっ、どーやって来るつもりなのかね」
「王様になったら、真っ先に研究することにするわ。急にそっちに遊びに行ってもびっくりしないでよね」
「お転婆王族はもういっぱいだっての……まあ、いい。そんときゃ国賓待遇でお出迎えだ。ただ警告しとくが……オレ様たちの居る所は結構物騒だぞ?」
「あら、そしたらまた私のことを助けてくれてもいいのよ?」
「おーおー図太くなりやがって──上等だよ」
カリオストロが、す、と伸ばした右拳。
エミリアは一瞬何のことか首を傾げるが、すぐに思い至り。同じく拳を突き出してコツンと当てたのだった。
「おーい、カリオストロいるか!? みんなが集まったぞ……って、エミリアたんもココにいたのか? ならちょうどよかった!」
「あぁ」
「えぇ、今行くわスバル」
部屋を訪ねてきたスバルは、すぐに首を傾げた。
二人の雰囲気が、特にカリオストロの態度が軽くなっていたからだ。
「……なんかいいことあったのか? カリオストロ、エミリアたん?」
「ん? そうね。この戦いが終わったら、カリオストロの住んでる所に行く約束をしてたのよ」
「遠回しな死亡フラグ?! いや、冗談だけど。それは俺も行きてえなぁ」
「スバルが行ったらすぐに理不尽に巻き込まれそうっ☆」
「冗談抜きでそうなりそうだから笑えねえ……」
「じゃあスバルが住んでる所はどう? 私、そっちにも興味があって……」
§ § §
扉を開け放ち、足を踏み入れたカリオストロ達を、多数の目が射抜く。
都合1ヶ月、エミリア達と
エミリアはもとよりレム、ラム、ロズワールにベアトリス、そしてスバルのフルメンバーが揃っても十二分に空きがあったその場所が、今では手狭に感じてしまう。
「来てくれたようだね」
「今度はどうするってんだよ?」
「…」「…」「…」
巨大なダイニングテーブル、その左に陣取るのはラインハルト陣営だ。
にこやかに微笑む剣聖ラインハルトを筆頭に、王選候補者のフェルトもいつもの盗賊スタイルで相席している。そして何故か、トンチンカンも隅っこで居心地が悪そうに同席していた。
「立役者さんの御登場やね」
「……フンッ」「……」
ラインハルト達の反対側に座するは、渦中の相手であるアナスタシア陣営だ。
この温かな気候の中では場違いな、白いふわもこドレスに身を包んだ王戦候補者アナスタシア・ホーシンと、その従臣であるリカード、そして彼女の騎士ユリウスが同席していた。
アナスタシアは気軽そのものだが、その他ニ名はまだ測りかねているのか、どこか値踏みするような視線をカリオストロ達に向けていた。
「丁度揃った所だよ、カリオストロ」
「ししょーおそーい、早く早く!」
「あぐ。はむ。んぐっ……早く初めちまおうぜぇ!」
そして彼らの隣に座るのはグラン達異世界組だ。
グランとルリアが軽く手を振って挨拶する中、クラリスが馴れ馴れしく呼びかけてくる。ビィに至っては、出されたリンガを頬張っている始末だ。
「こぉーれはこれは。カリオストロ君、今度はどーいった催しなーのかねぇ?」
「……一体何用なのかしら、まったく」
そして最後に。テーブル右隅を陣取るのはこの屋敷の持ち主であるロズワールとレム、ラム、更にパックを膝に載せたベアトリスである。
ロズワールは相変わらず気に障る笑みでカリオストロ達を迎え、レムはスバルを見て目を輝かせ、ラムは一瞥すらせず、ベアトリスに至っては、ふわ、とあくびをする始末だ。
カリオストロ達も
ここに居る全員は、これから行われる作戦の要。
魔女教大罪司教『傲慢』と戦う、頼もしい戦士たちになる。
「時間がない。手短に話をさせて貰うが……これから皆で魔女教の大罪司教である『傲慢』を倒す。──手配書は見ているな?」
事前に配られていた手配書が、思い思いに手に取られていく。
描かれたおかっぱ頭の子供はどう見ても脅威たり得ない人相だ。警戒を緩める者が一人二人と出るのも無理はない話だろう。しかし、そんな者達をカリオストロがピシャリ、と断じた。
「侮るな。見た目は子供だが『世界をやり直す力』を持っている。お前達にとっては初顔かもしれないが、相手はもうお前達の戦術、戦法、癖は全て見抜いていると考えろ」
にわかには信じられない発言に途端にざわつく一室。
その雑音を黙らせるようにカリオストロが被せた。
「例えば何かしらの対策を練り。そして知恵を振り絞ったとっておきの策を講じたとする。誰にもバレず、隙がなく、そして必中必死の策だ。ところがソイツと来たら、そんな俺たちの絶対の策を知り尽くして襲い掛かってくるんだ。楽しいだろう? これから相手するのは、そんなデタラメの化物だ」
「はぁ……? ちょい待ちいや。そんなん無理やないか。策が最初からモロバレやったら、作戦の意味がない」
誰もが同じ気持ちだった。作戦というのは、そもそもが相手の裏をかくもの。裏も表も知られてしまっては、倒しようがないではないか!
「確かにそうだ。相手は常に最適解を探し出せる最強の敵。ここにいる奴のほとんどが腕に覚えがあるかもしれないが、ほんの少しでも隙を見つけようものなら、嬉々としてそこから突き崩し、最後には殺されるだろう。だからこそ、ヘタな策は無駄だと知ったほうがいい」
「……それじゃあどないするん? まさか降参するつもりやないやろな?」
「まさか。考えもなしに、この場にお前達を呼んでないさ」
全員の注目が集まる。
作戦が作戦の体をなさない現状、一体何をするつもりなのだろうか?
スバルやエミリアを除いた全員が固唾を飲んでその答えを待つ。すると……
「簡単だ。突破出来ない作戦を立てればいい」
「「「「「……………はぁぁぁ?」」」」」
たっぷりと疑問を込めた大合唱が、立ちどころに部屋にこぼれおちた。
「聞こえなかったか? 突破出来ない作戦を立てるんだ」
「いやいやいや……意味わかんねーこと言ってんなよ! お前が言ったんじゃねーか、相手は常に最適解を知ってるって!」
「フェルトはんの言う通りや、裏をかかれ放題なら突破できない作戦なんてないと違うか?」
失望の目を向けるフェルトが、頬杖をついたままカリオストロに野次を飛ばすと、アナスタシアも同調しだす。
「
「鍵……?」
「アイツの強さにも限度があるってことだ。傲慢の攻撃スタンスは物理攻撃特化であり、エミリアのように氷を操ることも、ロズワールのように魔法を駆使することもできない。つまるところ、如何に強いと言っても、イコール何でも出来るってことじゃねえ」
かつて暴威を振るった奴の戦闘の痕跡は、スバルが知っていた。
その圧倒的な暴力は、ナイフによって成されていると。
「つっても……ソイツって強いんだろぉ? それも、相棒よりも」
不安そうに吐露するビィ。
絶対的な信頼をグランに預ける彼は、認めたくなさそうにこちらを伺う。
「あぁ。オレ達の故郷じゃ敵なしのグランだが……グランでは無理だ。そして、オレ様では太刀打ちすらできねえだろうよ」
ざわめきが更に加速した。
絶対的強者に位置する筈のカリオストロが、白旗を投げたのだ。
事情を詳しく知らぬ全員が、驚きに驚いた。
「ではどうするというのですかカリオストロ様。聞く限り無理としか思えませんが……まさか」
眉をひそめたラムが答えを急かせば、小さな錬金術師は勿体ぶることなく、ある方向を見始める。
その先に全員の視線が集まる。
視線の先、そこに居るのは、赤髪の美丈夫。現在も剣聖として名高い青年。
「……僕かい?」
「あぁ。剣聖ラインハルト、お前こそが傲慢を倒す鍵だ」
場がもう一度どよめいた。
納得を含んだかのような、さりとて疑義を詰め込んだようなざわめき。疑いと不安の目がカリオストロを射抜くが当の本人に動揺はなく。それが正解だというスタンスを一向に崩さない。業を煮やしたリカードがたまらず口を挟んだ。
「……剣聖はたしかに強いんは分かる。この王都でも、カララギでも、そしてワイですら認めざるをえん。ただ気ィ悪くせんで欲しいんやが……この傲慢ちゅうーのが剣聖サマを倒してないっていう確証はどこにあるんや。ココに居る全員、もしかしなくとも一度は倒されてるのかもしれへんのやろ?」
「いや、ラインハルトだけはまだ倒されていない」
「だから、それがどこで分かるっちゅーんや! もしかして剣聖ならなんとかしてくれるって神頼みやないやろな!?」
「そこからは俺の口から話をさせて貰う」
口角上げて怒鳴るリカードに割り込んだのはスバルだった。
今にも噛みつきそうな様子のリカード相手に若干物怖じしながらも、深呼吸の後に語りだす。
「これは、俺がラインハルトの屋敷でパーティ会場でアイツらと契約を交わした時の話だ。その時のオレは傲慢と一対一で殺されてもおかしくない状況だった。だから俺は殺されてたまるかと虚勢を張ったんだ。『俺をここで害すれば、ラインハルトが黙っちゃいないぞ』ってな」
「お、おぅ……そうか」
「哀れね……」「スバル君……」
「いや違うんだよ別に哀れんで欲しい訳じゃねえんだよ!? 大事なのは次だ、そうしたら傲慢は素直に従ったんだ、それどころか俺の苦し紛れの契約にまで乗ったんだ。これ、ちょっと変だと思わねえか?」
「……どういうこっちゃねん」
「もしもアイツがラインハルトすら倒してるんだったら、俺の虚勢なんて聞く必要はなかった。契約も結ぶ必要はなかった筈だ。違うか? 自分の行動を縛るようなメリットは相手には無いはずだ。だってその時点で俺は一人きりだったからな。契約なんてせずに殺すか、攫ってしまえばよかった」
「……!」
「なのに……実際はしなかった。それは、つまりラインハルトさんのお膝元だったから?」
「そういうこと! アイツはラインハルトを避けたんだ。何故避けた? それはまだ倒せてないからさ!」
グランが呟いた言葉に、スバルは我が意を得たりと頷いた。
ラインハルト未攻略説に懐疑的なメンバー達が
5,000回を超えるリトライの末にグランを殺しせしめた傲慢といえど、ラインハルトという存在は規格外なのだろうか? 確証を持てぬ可能性の話。それをカリオストロが更に膨らませていく。
「オレ様はその可能性に賭けることにした。故に、俺たちの作戦は『傲慢にラインハルトをぶつける』。それに尽きる」
「……ちょい待ち。じゃあここに集められたその他はどうなるっちゅーんや?」
「基本的には相手をせずに、すぐにラインハルトに知らせて逃げ回る役だな」
「……なんつー消極的な作戦だ。」
「まともに対峙したら勝てないんだから、そうするしかないだろ?」
傲慢対全員、ではない。
傲慢対ラインハルトに持ち込ませるために、他全員を使う。
それこそがカリオストロの作戦だった。
「そのために、この屋敷全体をアイツを迎えるためのキルゾーンに設定する。餌はスバル。傲慢はスバルに執着している。間違いなくこちらに襲撃をしかけてくるだろう」
いえーいとヤケクソ気味にピースサインを決めるスバル。
そんな彼にエミリアとパックが寄り添った。
「スバルには防衛役としてエミリアとパックを立てておく。あと……レム、ラム。そしてクラリス。お前達もスバルの護衛について欲しい」
「スバルのことは守って見せるから!」「しょうがないにゃぁ」
「はい、喜んで!」「ロズワール様が良いと言うのであれば……」「いいよ」
「ウチも!? うーん、まあいっか! よろしくねスバルっ☆」
「お、おぉ……期せずしてハーレムが実現出来たのかコレって!?」
スバルの死=コチラ側の敗北だ。
無論、彼女達一人一人が傲慢に太刀打ち出来る訳ではないが、最後の砦として彼女達を立てる。
レムラムの戦闘力はもとより、エミリアとパックの力は時間稼ぎに長けている。そしてクラリスも破壊力だけなら抜群だ。
「ベアトリス。お前には扉渡りの力で侵入者の妨害を頼む」
「……なんでベティーが」
「頼むよベティー。ボクの娘に悪い虫がつかないようにしないといけないんだ」
「にーちゃの頼みなら仕方ないかしら!」
ベアトリスの扉渡りの力は、屋敷中の扉の出入りを操作出来る、まさしく防衛向きの力。物理一辺倒の傲慢に対しては、非常に有効だろう。それこそ屋敷中の扉を破壊しなければ、永遠にスバルの元にたどりつくことすら出来ない。
「そしてグランとラインハルトは遊撃枠だ。グランは攻略された身ではあるが、誰かと組めばその限りではない。二人は屋敷のどこにいてもいいが、異変があった時のためにいつでも、センサーを磨いでいてくれ」
「了解した」「分かったよ」
全空に名を轟かす力を持つグランと、大陸一のラインハルトのコンビは、それこそ史上最強と言っても良い絶対的な戦力だと言ってもいいだろう。一人ではなく二人なら間違いなく傲慢を打倒出来るのではないか。
「アナスタシア達には、アーラム村全員の引っ越しを頼むぞ」
「分かっとるよ、うちの商人達を助けてもらった分はキッチリ返すつもりや。責任持って届けたるわ」
戦闘になれば、誰が巻き添えになってもおかしくない。その時、非戦闘要因を避難するのは必須だ。
相手はどんな手を使っても勝利を勝ち取ろうとする異常なまでの執着心を持っている。人質を取られたりするのを避けるために、ホーシン商会達に村を
──そして。一陣営ずつ役割を与えたカリオストロは、最後にロズワールに向き直る。
「ロズワール」
「なーんだぁい? ボクにも何か役目を与えてくれるのかぁい? 勿論、与えてくれた以上き~っちりと果たさせて貰いますよーぉ。さぁな~んなりとお伝えくださいませ」
ピエロさながらの大仰なお辞儀に、顔を一層渋くするカリオストロ。
ロズワール・L・メイザース。
この度の事件ではエミリアのパトロンでありながら、エミリアを死へと導いた張本人。
敵なのか、味方なのか、それすらも判断できない獅子身中の虫。
正直の話、持て余していると言っても良い。出来るのであれば、この場で簀巻きにして地中深くに埋めてやりたいとカリオストロは思っている──が。
「お前はオレ様と一緒に第二の遊撃枠となってもらう」
「遊撃……ふぅむ、僕にそうしろというのかい?」
「お前も筆頭宮廷魔術師っていう御大層な肩書を持っているんだろう?」
侮蔑でも、疑義でもない。獅子の眼でロズワールを睨みつければ、ふぅむ、と一度頷いた後、すぐに笑顔を見せた。
「えーぇ。いいでしょう。魔女教とは因縁のある相手です。足止め程度には活躍させてもらいましょーぅ」
「よし──みんな聞いたな? 以上の布陣で動く。契約が切れた今、ここからは時間との勝負だ。この話が終わったらすぐに行動を始めてくれ」
「各自、必ず一人にならないこと。そして、怪しい兆候があったらすぐに逃げる事……これだけは徹底してくれ!」
カリオストロとスバルの言葉を皮切りに、事態は動き出す。
傲慢は無限にコンティニュー可能。
対してこちらは1回限りの大勝負。
一度は騙し合い、殺し合った仲間たち全員で、魔女教という大きな壁を越えるのだ。
「あーちょい待てちょい待て、ラインハルトを貸すのはいーんだけど、あたしらはどうするんだ?」
フェルトが伺い、縮こまっていたトンチンカンが同調するようにうんうんと頷くと、カリオストロはほんの少し考える素振りを見せた。
「選択肢1。部屋の外でブラブラして傲慢の的になる。選択肢2。スバルと部屋に大人しく引きこもり続ける。どっちがいい?」
「「「全力で後者にさせてもらいます!!」」」