RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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イキテルヨー


第六十八話 近づく別れ

 

 ──予想は裏切られた。

 ──それも悪い意味ではなく良い意味でだ。

 

 眼前に広がる光景は、懐疑的なカリオストロをしてそう思わせるものだった。

 

「カペラ様は死んでおられぬ! ルグニカはカペラ様の元で再建されるのだ!」

「なぜ邪魔をする! 貴様ら予言を信じぬのか──!」

「あぁサテラ様! 魔女様! どうか私達をお導きください──!」

 

 昼下がりの王都広場。

 太陽の下で高らかに狂気を撒き散らすのは魔女教徒達。

 商人に扮した彼らは、半狂乱になって拘束から逃れようとしている。

 そんな彼らを取り囲むは王都騎士と鉄の牙の面々。

 彼らの顔には疲労以上の高揚が感じ取れ、作戦が上手く行った事を教えてくれる。

 

「一段落……かな?」

 

「どーだかな」

 

 隣にいたグランが緊張を解きほぐすように長剣にもたれ、一息つく。しかしそんな彼をすぐにカリオストロが咎めた。

 

「油断すんなグラン」

 

「っと……ごめんカリオストロ。つい」

 

「このぐらいで疲れるお前じゃないだろ? ……それとも何かあったか? 大丈夫か?」

 

「いや、何でもないさ。……まあ、ちょっと気を張りすぎてたってのはあるかな。こっちはずっとカリオストロに会いたい一心だったからさ」

 

 はたと、自分が何を言ったのか理解してなかったグランが、すぐに顔を赤らめる。

 しかし決して発言を撤回することはなく、むしろ付け加えて笑いかけた。

 

「本当に、会えて良かったよ」

 

「……ふん。お前達が探し出さなくても、一人でも帰っていたさ」

 

「カリオストロなら出来てただろうね」

 

「当然だ。オレ様を誰だと思っている?」

 

 星晶獣ヴァシュロンがこの日、王都に出没することは分かっていた。

 仮にグラン達がこの場に来なかったとしても、弱ったヴァシュロンを捕獲することは、カリオストロにとって朝飯前だっただろう。

 更に、その力を紐解き、異世界への道をこじ開ける事だって出来ると、冗談でもなくカリオストロは信じていた。

 ……まあ、その場合は丸数年、数十年は研究しないとダメかもしれないが。それはともかく、

 

「感謝してる。心配かけたな」

 

「……元はといえば僕の不注意が原因だ。むしろ僕の方が謝りたい」

 

「あの件はお前だけが悪い訳じゃない。それ以外の要因もあったんだ」

 

「けど……」

 

「わぁーってるよ。それでも謝りたいんだろ? そういう奴だよお前は……なら気が済むまで謝罪しとけ。その代わりオレ様の感謝も黙って受け取れよ」

 

「……ありがとうカリオストロ」

 

 カペラが居なくなり、統率が全くなくなった魔女教徒達は、さながら池の水を抜かれた魚だ。

 ひとり、またひとりと広場に集められており、抵抗もロクに出来ていない。この調子なら鎮圧も時間の問題だろう。

 

 そう、作戦は上手くいっている。

 行き過ぎるくらいに、進んでいる。

 しかし好転する事態とは逆に、カリオストロの表情は険しくなる一方だった。

 

「……」

 

「何か、気になるのかい?」

 

「気にならない訳がない」

 

 食い気味に反応してしまう。

 心中を巣食う、唯一の懸念がそうさせていた。

 

 傲慢。

 

 予言を絶対視する魔女教のトップに位置する存在なら、このXデーにだって現れるのが普通だろう。

 

「なのに木っ端しか現れねえってのはどういう事だ?」

 

「うーん……」

 

「計画の中止。それなら分かる。リーダーが居なくなったから別の機会を狙う。至極当然の考えだ。でもそうはならなかった」

 

 コツコツコツコツ。

 細く美しい足が神経質に石畳を叩く。

 

「計画の強行。それも分かる。予言書を盲信するんなら準備不足だとて強行するだろうよ。それならあいつは部下を切り捨てた上で最大の利を得るように動く。なのに……」

 

「まだ現れていない、か。負けを認めて今回は下がったとか?」

 

「負けを認めるようなタマじゃねえ。アイツなら全てを巻き添えにした上でオレ達を殺すだろうよ」

 

「流石にそれは……執念深すぎない?」

 

「お前を殺すのに5000回以上リトライしたそうだぞ。そう考えて然るべきだ」

 

 うへぇ、と思わず零してしまうグラン。

 そんなグランを気にかけることなく、カリオストロは思考の海に潜り続けているようだが、その可愛らしい眉目は険しくなるばかり。一向に解決策が見えてこないのか、石床を叩く音は強まってゆき、最終的に、その怒りの矛先はグランに向かうことになった。

 

「分からねえ……分からねんだよ! 強行するなら乗じるぐらいするだろ。それこそ民衆に紛れるとかしてさ! アイツに取っちゃ不利なんて言葉は存在しない、ただ試せばいい! じゃあどうして試さねえ!?」

 

「そんな事僕に言われても……」

 

 八つ当たりの蹴りがしこたま膝裏に入るが、当のグランに堪えた様子はなかった。

 

「そうだね……元々この場所に来る気がなかったってのはないのかな?」

 

「ねえな。アイツはお前にご執心だった」

 

「けど未来は規定路線を外れたんだろう? だから行かないって言う道筋だってある筈だ」

 

「……まあ、そうかもしれねえが」

 

「カリオストロ。スバルの未来予知は強力だけど、予知ありきで語るフェーズはもう終わったように思える。今はもっと別の視点がいるんじゃないかな?」

 

「んなこた分かってる。分かってるんだが……」

 

 グランに言えるわけもないが、カリオストロとスバルには過去5回分の知見がある。必然、それを軸に推理をしているが……言われた通り、情報は種切れだ。

 現状、無限コンティニュー持ち相手に後手に回っているという不利な状況。一体どうすればいいのだ? 腕を組み、その場をぐるぐると回りながら悩むカリオストロに、見るに見かねたグランが「そうだ」と声をあげる。

 

「ねえカリオストロ。傲慢と色欲は仲良し?」

 

「……はぁ? お前いきなり何を……そりゃ仲良いかって言われると……」

 

 どう見ても馴れ合うより殺し合いが好きそうな二人。

 あれで仲が良いなら、スバルとカリオストロの関係は恋人以上の関係になるだろう。

 

「魔女教って派閥があるんじゃないかな? 聞いた所、傲慢も色欲もそれぞれ独立した部隊を持っているように思える。仲が良いなら色欲が倒れたら自然と傲慢に(すが)ると思うけど、もしそうじゃなかったとしたら?」

 

「……」

 

「お互いに仲が悪いなら。色欲の部下だけが暴走するってのもありえるんじゃないかな」

 

「……なるほどな」

 

 ありえる話だ。

 大罪司教全員が全員そうだとは分からないが、少なくともカペラとカストールが仲良しこよしするような存在だとは到底思えない。

 旗頭を失った色欲の部下たちは予言に従うことしか出来ないだろう。そうしたら傲慢はどうする?

 

「そこは分からない。カリオストロの言う通り、暴走した仲間達と一緒に襲う方が得なのは分かる。でもそうしなかった。そこに理由があるんじゃないかな?」

 

「手を出せない理由……か」

 

 手を出す必要がないと高をくくっているのか?

 まだ攻撃する準備が整っていないのか?

 あるいは、もう興味をなくした? 

 ……考えもつかない。

 世界をやり戻せる力を持つなら、それこそやりようはどれだけでもある様に思える。なのに──、

 

「……あ」

 

 いや……ある。

 唯一傲慢を縛りつけているモノが。

 

「スバル! おいスバル!」

 

「……ん? 何だカリオストロ」

 

 近辺でリンガを食べていたスバルが寄ってくる。

 すると、その横で指示をしていたラインハルトも一緒に歩いてきた。

 それはカリオストロの采配だった。

 最重要人物たるスバルには最強の人物をボディガードとしてあてがっていたのだ。

 

「お前、傲慢の野郎と契約をしていたよな」

 

「まあな。今となっちゃあってないような契約なんだが……それがどうした?」

 

「確か期日は5日目。今日まで有効になっていなかったか?」

 

「あーそうだな……この契約は6日目、ちょうど明日から無効になる」

 

 カチリ。何かが噛み合う音がしたような気がした。

 

「カリオストロ。もしかしてだけど、スバルさんが結んだ契約が原因だと?」

 

「……思い当たる理由はそれしかねえ。傲慢が混乱に乗じて襲ってこない理由は、まだ契約が有効だからだ」

 

「んっぐ……お、おいおいカリオストロ。流石にそれは違うんじゃねえか?」

 

 リンガを慌てて飲み込んだスバルが、口を挟んだ。

 

「いや、確かに契約したぜ? 5日目まで俺たちに攻撃するなーって。お互い不干渉でいようぜーって。でも契約したのにカペラは襲ってきたんだ。だから契約なんて意味ないんじゃないのか?」

 

「けど、お前は口約束じゃなくて『魂の契約』をしたんだろ?」

 

「……多分な。魔力か何かが俺の中に入って来たような……そんな感覚はあった」

 

「魂の契約は絶対遵守。一度交わせば、その効力から逃げられない……そうだよなラインハルト」

 

「魔法については門外漢だから確かな事は言えないけど、そうは聞いているよ」

 

「ならさ、なんだってカペラの野郎は俺達に攻撃をした? そして攻撃し続けられた? その事実がある限り、魂の契約なんてのは俺にとっちゃ胡散臭いとしか言いようがないんだよなぁ……」

 

 確かに遵守されない、そして履行されない契約など口約束にも劣る。

 だが、逆にこうも考えられないだろうか。

 ()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「となると……契約に穴があった。そう考えるのが普通だな」

 

「穴ぁ?」

 

「カペラの野郎は契約があるのに不意打ちを仕掛けてきた。さも当然のようにな」

 

 そもそもが最初から不自然ではあった。

 スバルを害することを(いと)わぬ攻撃。

 しかもその表情、態度を見るにあれは偶然でもど忘れでもない。狙い済ました攻撃だった。

 

「魂の契約は契約者同士が交わすもの……ひょっとして、その場に居ないなら契約の対象外だったってことか?」

 

 スバルの顔が驚愕に歪んだ。

 

「……マジ?」

 

「仮説だが……それなら辻褄はあうな。魂の契約をしたとき、お前と傲慢しかいなかった。そうだろ? そして色欲はその穴を知って襲いかかってきた。だから違反になっていないんだ」

 

 すとんと腑に落ちた気分だった。

 機を伺っている訳でも、気まぐれに襲わなかった訳でもない。

 契約が裏目となり、ヘタに手を出すことが出来なかったのだ。

 

 本来なら優位に働く筈の契約、しかし結果として色欲はこの世から消滅し。

 頭を失った色欲の部下は、蜘蛛の子のように駆除されている。

 傲慢は、そんな色欲の部下たちを制御できずに、ただ見守ることしか出来なかったのではないか?

 

「ってことはこの場にカストールは……来ないのか?」

 

「可能性が高いだけだ。決して油断だけはしてくれるなよ」

 

(つっても……多分これが正解な気もするが)

 

 お互いに勝算があって結んだ契約。

 奴らの中では本来ならスバルを囲い、それこそ暴虐の限りを尽くしていたはず。

 それが彼ら自身を縛る枷になるとは思いもしなかっただろう。

 

(だがお陰で……オレ様達は6日目に突入できる)

 

 周回を繰り返し、ようやく踏み入る未知の未来。

 魔女教が狙う王都崩壊、エミリア殺害という悲劇を潰したその先で、自分達は本格的に傲慢と対峙することになる。

 

 かたや無限コンティニュー持ちのチート持ち。

 かたや複数陣営の混成パーティ。

 

 都合、一度たりとも死に戻り出来ないという制約の中で戦わなければいけないが、事ここに来て、誰かを切り捨てるという選択肢はカリオストロの中にはなかった。そうするには、あまりにこの世界で交流を重ねすぎてしまった。

 

(もう覚悟は決めた──オレ様の目が届くうちは誰一人として死なせない。失わせない。誰一人失うことなく、傲慢をぶちのめす)

 

 当然だが、それは茨の道だ。

 強力な味方をこれだけ用意しても尚、勝算の低い賭けになると理解していた。

 ただ……グランという、頼れる仲間と合流することで──万が一の可能性を、余すことなく拾った特異点がいることで──もしかしたらやってやれるのでは、と思わなくもなかった。

 

(ただ奇跡頼りじゃ勝てねえ。奇跡に頼るのは、可能な限りの手を尽くした後だ。実際問題、傲慢とはどう戦えばいい? アイツは6日目になったら何を狙う?)

 

 真っ先に狙われるのは勿論スバルだろう。

 スバルは我々にとっての弁慶の泣き所。

 そして、奴らにとっての垂涎(すいぜん)の獲物だ。

 スバルが死ねば、我々の今までのお膳立ては全て元の木阿弥になるのだから。

 

「今なら指名手配犯の気持ちがよく分かるな……自分の首に値札がついてるって思うだけで胃が痛くなるぜ……」

 

「同情するぜぇ……おい兄ちゃん、大丈夫かよぉ?」

 

「大丈夫じゃねーよ……けど不運なことに死ぬような目に合うのは慣れてる……! ありがとよ、えーっと……ビィ、じゃなくてトカゲ」

 

「オイ、今覚えてるのにわざわざ言い換えただろ!」

 

 スバルは、出会った当初に比べて大分垢抜けたようだ。

 幾多の絶望を超え、弱さを知り、(おご)りが抜けたと言ったらいいか。

 今のスバルであれば、少しは頼ってもいいのでは、とカリオストロが思うほどだ。

 

「ところでスバルさんは、何か武芸に嗜みは?」

 

「全くねえな! ほんっと、完全無欠の一般人だ。強いて言えばカリオストロに少しは教わったぐらい」

 

「カリオストロが? ふぅん……興味がありますね」

 

「……まあ、その教わった内容っていうのがとにかく逃げろっていう、逃走術だったんだけどな!」

 

「ははは、でも正しい教導だと思うよスバル。自衛の基本は、そもそもが危険な相手と対峙しない事だ。付け焼き刃の武芸ではいざという時に危なくなる」

 

「うん。僕もそう思います。それに武芸がなくとも、スバルさんには未来予知があるじゃないですか」

 

「あんまり欲しい能力じゃなかったけどな……折角なら俺もグランやラインハルトみてーに戦う力が欲しかったかったぜ」

 

「適材適所という言葉もある。僕は戦う事はできるが、君のように柔軟な考えは出来ない、頼りにしているよ」

 

「っくぅ~! ほんっとに、いつでもイケメンだよなラインハルトは!」

 

「僕も初対面ですけど、憧れますね」

 

「ホントかい? ありがとう。光栄だね」

 

 ラインハルト、グラン、スバル。どれもタイプの違う男達だが、出会ったばかりだというのにまるで旧知の友のように気を許しているようだった。気が合うのか、それとも全員のコミュ力がおかしいせいか(一人は別の意味でおかしいが)、この3人が並び立っていると不思議と絵になっているように思えた。

 

「時にグラン君。キミほどの実力者なら、是非王都に仕えて欲しいくらいだが……」

 

「あ、だ、ダメですよ! グランは私達の団長なんですから!」

 

「そうだぜ! 剣の兄ちゃん! オイラを通さずにスカウトは許してねえからよぉ!」

 

「あははは、すみませんラインハルトさん。そういう事なので……」

 

「残念だ。とはいえ、断られるとは思っていたけどね。では、親睦をかねて一度模擬戦は如何かな? キミの実力は僕も大いに気になるところでね」

 

「それは僕の方こそ。ラインハルトさんほどの実力者であれば喜んで」

 

「おい馬鹿やめろ。ここで戦意を(たぎ)らせんな。本気出すな。お前たちクラスだと街くらい簡単に吹き飛ぶからな」

 

「流石にそれはねえだろカリオストロ……。いくらラインハルトが最強だからって、そんな……」

 

「……」

 

「……マジ?」

 

 カリオストロは首を大きく上下させた。

 事実、グランとラインハルトはこの世界で一、二を誇る実力者になるだろう。本気を出せば街どころか、島ごと崩壊もありえる。

 だからこそ二人が守りに立てば、この世界のどんな強敵相手でも太刀打ちできない、とカリオストロは確信していた。

 

(しかしアイツだって、こっちがスバルの守りを厳重にするのはお見通しだろう。本丸をいきなり攻略するのではなく、外堀から攻めてくる可能性ってのもあるのか?)

 

 ……十分ありえる話だ。グランや、ラインハルトはともかく、自分を含むエミリアや、クラリスでは徒党を組まない限り傲慢に勝てる見込みは、まずないだろう。

 そしてそれは、誰一人死なせたくない自分達にとって最悪の戦略にもなり得る。

 

(うわ、考えれば考えるほどやって来そうだ。なら俺様たちは屋敷にこもって籠城するのが最適解なのか? ……無理だ。いかに強固な守りにしようと無限コンティニューなんてされたら、必ず牙城を崩される)

 

 一番の対策方法は分かっている。

 ()()()()()()()()。それに尽きる。

 幸いにも、傲慢は戦闘力は高いが移動能力が高い訳ではない。

 ならばこそ、傲慢の手の届かない場所に全員で逃げてしまえば、少なくとも身内には被害は受ける事はないだろう。

 

(ただ……それは問題を先延ばしにするだけだ。傲慢ほどの執念の持ち主であれば、必ず自分達を見つけ出してくるだろう)

 

 つまるところ……やはり正面切って倒すしかないのだ。

 

(一度だ。この世界線で、たった一度でも傲慢を殺す事が出来ればもう会う事はなくなる)

 

 その一度を掴むのが、どれだけ大変なのかは推して知るべしだが、弱音を吐く暇はない、リミットは迫っている。傲慢が牙を剥く前に対策を考えねば、詰んでしまう。そんな焦燥にかられながら、カリオストロは思考を続けるのだった。

 

「……ねぇカリオストロ? なんだかピーマルを食べたような顔してるけど……大丈夫?」

 

「エミリアたん、あれは苦虫を嚙み潰した顔っていうんだよ。……苦虫って今日日聞かねえな」

 

「にがむし……?」

 

「はぅ……すごく美味しくなさそうですね……」

 

「物の例えだよルリア、食べると思わず顔をしかめてしまうくらい苦い虫、それが苦虫だ。テントウムシとか言われてるけど、定かじゃないね」

 

「マジか。俺はカメムシって聞いたぜ?」

 

「うへぇ。オイラはどっちも食べたくねぇよ……」

 

「……人の頭の上で何くだらねえことをくっちゃべってやがる」

 

 どこか気の抜ける会話にため息をつくカリオストロ。

 折角考えた策が霧散し、少し怒りを覚えるも、同時にささくれだった心は癒やされていた。

 コレも得難いものなのかもな、と複雑な気分を味わっていた、その時だった。異変を感じたのは。

 

「ってオイ、グラン? ルリア? どうしたんだよ二人まで変な顔しやがって。二人も苦虫食べたのかぁ?」

 

「……グラン、カリオストロさん」

 

「あぁ」「分かってる」

 

 微かに空気が変わるのを感じた三人。

 頷きあうと確信を持ってある道を進む。

 

 なんだなんだ、と慌てて他の面子も後を追う。

 兵士が行き交う大通りを抜け、小道を進み……やがて小さな広場にたどり着けば、立ち尽くし、空を見上げる三人の姿が見えた。

 一体全体何をしているんだ? 疑問に思ったスバルが声をかけようとした時……それは現れた。

 

「──どぅわっ!? 何だぁ!?」

 

 何か黒い影が浮かんでいる? と認識した途端、鮮明になっていくモノ。

 それはとにかく巨大な空飛ぶ鎧だった。

 何十人どころではない、何百人が収まってもまだ隙間が空きそうな巨大鎧の上半分が浮かんでおり、兜越しにこちらを見下ろしていたのだ。

 一軒家よりも大きな巨大剣を携えた驚愕の魔物に、言葉をなくす一行。

 しかし、そんな魔物と対峙して尚、グランとカリオストロは警戒する素振りすら見せなかった。

 

「これは……!」

 

「待てラインハルト。コイツを攻撃するな、これが例のヴァシュロンだ」

 

「ヴァシュロン……? もしかして、これがロズワール卿が、いや、キミが求めていた……?」

 

 ヴァシュロン。

 それは時空に干渉する力を持つ星晶獣。

 かつてはミラ=マクスウェルや、ユーリ・ローウェル、ソフィを別世界に招いた元凶であり、そしてカリオストロが異世界に飛ばされた切欠でもある。

 元世界ではそれこそ天を裂き、地を割るほどに大暴れしていた魔物。

 しかしスバルが見た感じ、兜も、鎧も、剣も、そのどれもがボロボロで、怖いというより突けば崩れそうな印象しか覚えなかった。

 

「お、おいカリオストロ……こいつをどうしようってんだ? 手懐けるってか?」

 

「まあ、言ってしまえば不始末を片付けるって感じだ。コイツはここに居るべきではない──ルリア、いいな?」

 

「はい……!」

 

 グランの隣にいた青髪の少女、ルリアが一歩前に出る。

 一行をただただ睥睨(へいげい)する巨大な鎧は、そんなルリアに警戒をあらわにすることなく、じっと少女の動向を見守っていた。

 

「違う世界で、さぞかし寂しい思いをしたことでしょう……私と一緒に行きましょう」

 

 まるで神話のような光景だ、とスバルは思った。

 触れれば壊れてしまいそうな青髪の美少女が、細い腕を伸ばし、澄んだ声色で語りかけると、ヴァシュロンは、ため息をつくように身じろいだ後、音も立てずに姿を歪め、やがて、光の残滓(ざんし)だけ残してルリアの胸元のペンダントの中に収まっていったのだった。

 

「……ありがとう。暴れないでいてくれて。お疲れ様」

 

 大事に、(いと)うようにその胸元で指を組み、祈リを捧げるルリアに、周りの面々は見とれるばかりだった。

 

「きゅ、吸収、したのか……?」

 

「どちらかと言いいますと、住心地のいい場所を与えた形……ですね」

 

 スバルの疑問にグランが苦笑しながら答える。

 ルリアは、強力無比な人工生命体、星晶獣を従える不思議な少女だ。……いや正確には従えるというより、仲間として協力してもらっているという方が正しいか。

 彼女の胸の中には、何十、何百もの星晶獣達が住んでおり、ルリアはそんな星晶獣達に分けへだてなく親しみあっていた。

 

「はい。あの子は、怯えていたみたいです。いきなり自分の知らない世界に飛ばされて、宛もなくさまよってしまったようで……」

 

「ヴァシュロンの仕業じゃない、とは薄々感づいていたが……やっぱりカリオストロをこっちに呼び寄せたのは、ルリアが見たっていう黒い手の仕業なのかな?」

 

「間違いねえだろうな。なんだってヴァシュロンや俺様を呼び寄せたのかは分からねえが」

 

「いや、待て待て待て。黒い手ってもしかして……! ルリアちゃん、見えるのか!?」

 

「は、はい……ちなみにスバルさんも、もしかしてあの黒い手の人のお知り合いですか……? なんだか黒いモヤのようなものが見えていて……」

 

「う゛。」

 

「臭いでしょ~、そいつに近寄らなくていいからねルリアっ☆」

 

「そこ! 思春期に臭いは一番の禁句だからな!?」

 

 魔女の残り香。ソレがはっきりと認識出来ているのはカリオストロ、ベアトリス、レムに続き、4人目。知覚出来る条件が何なのかは別として、ルリア目線でのスバルは、禍々しいオーラと甘ったるい臭いを垂れ流す近寄りがたい存在だったようだ。

 

「どおりでルリアちゃんが俺によそよそしいと思ったぜ……!」

 

「あ、あははは……すみません。あ、でも! お話をしていて、悪い人じゃないというのは分かります!」

 

「そうよルリアちゃん、スバルはホントーにいい子なんだから! スバルはね──」

 

 すると機を伺っていたかのようにするりと現れたエミリアが、ルリアに力説し始めた。

 今の今までスバルがしてくれた功績を、まるで英雄譚のように。それこそ自慢げに言って聞かせる。ルリアも最初は困惑していたが、盗品蔵での立ち回り、魔獣騒ぎでの機転と勇気、そして先程のカペラとの戦いでの覚悟と協力と、波乱万丈の物語に気がつけば傾聴しており、その展開に一喜一憂していた。

 

「──それでね、昨日も絶体絶命だと思った時にね『俺を信じてくれ!』ってみんなに言って……!」

 

「ちょ、ちょーと待った! エミリアたんそこまでにしとこうぜ、流石に恥ずいって!?」

 

「どうして? 他ならぬスバルの功績なのに……」

 

「にゃははは、我が娘が明るくなって何よりだね。このまま友達で終わりそうな感じもボク的にはGOOD」

 

「ぐおぉぉぉ……!」

 

「? スバル?」

 

 パックの一言で轟沈するスバルを、心底不思議そうに見つめるエミリア。

 エミリアのそれは恋の募りではなく、尊きを敬する気持ちしか感じられない、いわば推し自慢なのは誰の目から見ても明らかだった。それこそ一幕を見ていたカリオストロですら哀れに思うくらいには。

 

「……ふふ」

 

「なんだグラン」

 

「いや、カリオストロはいい人たちに出会ったんだねって」

 

「……はん、お陰で毎日大騒ぎさ。いい迷惑だぜ」

 

「そうなのかな?」

 

「そうだよ」

 

 見透かすようにグランに覗き込まれ、たまらず顔を逸らす。

 理不尽につぐ理不尽、ひとつ足を踏み外すだけで地獄に突き落とされるこの世界。溜まったものじゃないし、追体験なんて二度とごめんだ。

 しかし……この世界の出会いは、その分だけ濃く、そしてかけがえの無いものになった。

 出会った誰もが見ていてハラハラするが、その誰もが諦めを知らず、もがいている。

 まだまだ世話の焼けるヒヨコ達を引率しなきゃいけない事に、ため息半分、満更でもない気持ちが半分なのは事実だった。

 

 この関係は決して切れることなく続くのだろう。

 そう信じていたこそ、グランの次の一言は、カリオストロの心を容易に揺さぶることになった。

 

 

 

「きっとこの騒動も無事に解決するよ。早く終わらせて()()()()()()()()

 

 

 

 


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