RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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今年も一年お世話になりました。
また来年もよろしくお願いします。



第六十六話 黄金時間(後編)

 

 カペラは不機嫌だった。

 

 あの魔女臭いガキに恥をかかされた上、剣聖からの一方的な念話を聞かされるダブルパンチ。まさしく腸が煮えくり返る思いだった。

 そんなカペラが拠点に戻って早々にしたことは、何かに当たる事だった。

 扉を壊し。椅子を壊し。机を壊し。部屋を壊し。そして人を壊した。

 しかしながら5人程を物言わぬ躯に変えても尚腹立たしさは消えず、彼女の頭の中はどうやってスバルらを苦しめるのかでいっぱいになっていた。

 

「落ち着こうよカペラ。チョコでも食べてさ」

 

「あ゛ァ!?」

 

 一触即発の彼女に気安く話しかけられるのは、世界広しと言えどカストールだけだろう。

 忙しなく部屋の中をうろうろしていたカペラはカストールを視認すると、更に不機嫌そうな顔になった。

 

「提案してきたのは契約の改定だよね。何を願ってきた?」

 

「……ちっ。予言に書いてある最初の犠牲者共(商人)ですよ。あいつらも攻撃するな、だとさ」

 

「へぇ……」

 

 カペラはカストールが大嫌いだった。

 

 普段は静かなクセにずけずけとした物言いのポルクスも嫌いだが、笑顔を絶やさぬ一方で裏では常に悪巧みしか考えてないカストールはそもそもが好きになれなかった。

 言ってしまえばカストール達は自己完結している。

 付け入る隙もない閉鎖した心を持つ相手は、彼女が嫌悪するものだった。(また当たり散らしても、ひらりひらりと避けるのも嫌いになる一因のようだ)

 

「そんなんでこっちが乗ると思ってるのかな?」

 

「その交渉の場に銀髪のクソ雌とスバル君を同席してくれるんなら考える……つったら普通に連れて来やがるそうですよ」

 

「わーお」

 

 つまりはそれだけ交渉に自信があるという事。

 果たしてそれは、ラインハルトを味方に引き連れているからこその自信なのか? 

 

「それでカペラはどうするつもり? 明らかに罠の気がするけどさ」

 

「行きますよ。んなわかりきってる事聞かねえで貰えます?」

 

 胸の谷間から取り出したるは福音書。

 ぱらりとめくったページは前読んだ時と何ら変わっていない。

 カペラにとって『取るに足らない出来事でしかない』と判断するにはそれで十分だった。

 

「あまり福音書を信じ過ぎない方が良いと思うんだけどね」

 

「アタクシだって別に信じたい訳じゃねーんですよ。ただそう在れっていわれてるから従うだけ。違いますか?」

 

 しかし、そこまで言ってカペラはため息をついた。

 

「……って何一つ魔女サマに好かれてねーお前に言ったって仕様がねーですか。お前、どうしてアタクシ達と行動を共にしてやがんですかねぇ……」

 

「ひどくない? 僕達はキミに誘われて始めたんだけど?」

 

「最初は『傲慢』だと思ったからですよ。しかしどうにも違う。お前が変なのは分かっていた話ですが……まあ『権能』は傲慢らしいですがね」

 

「『権能』じゃなくて『個性』って言って欲しいな。これって授かりものじゃないし」

 

 肩をすくめ、おどけた様子を見せるカストール。

 カペラはチョコを乱暴に口に運び、噛み砕く。

 

「で? 何かアドバイスしたそうな顔ですが考えでもあるんですか?」

 

「うん。僕とスバルは契約を交わしたでしょ。それを利用しようと思ってさ」

 

「勝手にアタクシを交えた契約をしてよくもまぁ……しかも向こう側に結構有利な契約ですし。元はと言えばこの状況お前のせいですよね? 腹立ってきたんで引き裂いていいですか?」

 

「やるだけ無駄だから先に話聞いてくれない? 手短に言えば不意打ちでスバルを殺して欲しいんだ。()()()()()()()()

 

「……はぁ?」

 

 カペラは困惑を隠せない。

 大体がスバルを捕らえ、飼い殺しをするのを目的として契約を交わしたのに一転してスバルを殺す? 何故? 疑問を呈する前にカストールが続けた。

 

「状況が整い過ぎている。おもちゃ(スバル)は厳重にしまわれ、生半可な労力じゃ奪還出来ない。だから一回リセットしようと思ってさ。彼を殺したら時は戻されて、リスタート地点でスバル君はまた孤立する。そこを僕達がすぐに奪ってあげればいい」

 

「おもちゃが向こうからのこのこやってくる絶好の機会は来てるじゃねーですか」

 

「相手はこっちの手の内を知っている。そしてその場に剣聖が来る。その中でスバルを攫うのは簡単なことじゃないと思うよ?」

 

 癇に障る物言いだが、カペラは黙った。

 当代の剣聖というのがどれほど規格外なのかはこいつに聞いている。曰く王都を崩壊せしめる7つの災厄。それに一人で大立ち回りをしたとか……確かに手に余りそうではある。

 

「大体が契約があるのにどう手を出せと?」

 

「あぁこの契約はキミには関係ない。だからキミは好きに振る舞ってくれていいんだ」

 

「……お前、魂の契約に例外があるとでも思っていやがんですか?」

 

 頭大丈夫か? と心底憐れめば、さすがのカストールも頬を膨らませた。

 

「今回はあるの。あの契約の場にはキミは居なかった。それが理由だ」

 

「?」

 

「魂の契約は契約を交わす者同士の約束事だ。僕とスバルは契約に従い順守する必要性が産まれたけど、そもそも契約にはその場に居ないキミが履行すべき条件も盛り込まれていた。するとどうなると思う? ――キミは契約に従う必要がないって事なんだ」

 

 

【条件1】カペラ・ポルクス・カストールはエミリア以外のエミリア/フェルト陣営に手を出さない、攻撃しない。

 

 

 契約対象がその場にいなければ、その本人に契約を履行する権利は生まれない。

 言ってしまえば、カペラは契約に含まれていても実質的にペナルティを受ける事はないのだ。

 

「ほーん……なるほどねぇ」

 

「だからこそ僕らにもアドバンテージがある。向こうが何を狙っているかは分からないけど、するとしたら不意をついてキミを殺そうとする事だと思うよ。なら不意打ち仕返してやればいい」

 

「は? 待って……あいつらがアタクシを殺そうと? ――ぎゃはっ、ぎゃははははっ! それはそれは愉快でいやがりますねぇ! アタクシの権能も知らずに!? 知らずに来るならご愁傷さま! 知ってて来るなら愚か過ぎですよ、げらげらげらげらげらげらげら」

 

()()()()()。誓ってもいいけど。僕が観測してた中で君は一度死にかけてたよ。全身を黄金にされて再生できなくなってさ」

 

「――」

 

「あまり彼らを見くびらない方がいいね」

 

 カペラにとって不愉快極まる話だった。

 よりにもよって自分を本気で殺すつもりだという思い上がり。その増上慢、到底許せる訳がない――! 

 部屋で唯一形を保っていた机が壊されれば、その前にカストールはチョコ皿とともに退避していた。

 

「あんまり興奮しないでよ。下手人はカリオストロっていう少女だ。昨日スバル君の傍にいた子。あの子には特に気を付ければいい」

 

「あいつか……ッ!」

 

「先手で不意を打てれば問題は無いと思うけどね。あ、失敗したら固執せずに逃げた方が良いと思うよ?」

 

「……」

 

 むかっ腹は収まらない。

 大仰振って出張ってやることはクソガキの殺害だけ。

 そして失敗したら逃げ帰れって? 

 しかもコイツの話が確かならスバルを殺したらすぐに時が戻され、コケにされた記憶すらも忘れ去ってしまうとのこと。最低だ。

 それじゃ楽しめない。

 それじゃ胸がすかない。

 馬鹿にしすぎている。

 兎にも角にも気に入らない。

 今すぐにでも怒りに任せてぐちゃぐちゃにしてやりたい気分だ。が――

 

「殺すのは面倒臭いからやめてってば」

 

 そう思った矢先に傲慢は距離を取り、それすらも叶わない。

 不完全燃焼。カペラは衝動を抑えて頭をかく。

 

「……へぇへぇ。んで、お前は一緒に来るんですか?」

 

「僕は行かない。まだラインハルトが攻略出来てないんだよね。――あいつ。本当に化け物だよ」

 

「あっそ」

 

 剣聖も、()()()()()()()()には言われたくないだろう。

 興味をなくしてカペラは部屋を後にするのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ――そして時は草原に戻る。

 

 10人に分裂したカペラはカリオストロたちを取り囲んでいた。

 

 カペラもまた彼らの罠に無策で挑んではいない。

 このカペラ達は分身ではない。

 本物そっくりの偽物達だ。

 

 見繕った魔女教徒9人をじっくり、丁寧に改造してやった。

 体を切り取り。自我をバラし。龍の血で器を満たし。その有り様を変えてやった。

 

 1体1体は自分の劣化版だとはいえ、素敵なモノが出来たと自負している。

 変形可能で、思考思想はカペラそのもの。ある程度の再生機能を有して戦闘力は遜色ない。

 

 不意打ちに失敗した? 

 だからどうした。そんなの関係ない。

 

 これだけの自分がいれば、ラインハルトがいても容易に目標は達成出来るだろう。

 いや、魔女臭いクソガキ(スバル)を殺す事に囚われる必要もない。銀髪の雌肉(エミリア)すらも殺せる。生意気なクソチビ(カリオストロ)だって殺せる! カペラはそう確信していた。

 

『――ぎゃはははッ!』

『エミリア様、遊びましょうよォ!』

 

 獲物に対し一斉に触手が襲いかかる。

 黒い触腕。触れるだけで致命傷のそれが身を貫く前に、エミリア、パック、カリオストロが見事に防ぎきった。結晶化、あるいは分解した腕が辺りに撒き散らされる。

 

「ッ! カリオストロ、次下くるぞ下!」

 

「わぁってんだよ!」

 

 三人の中心にいたスバル。戦闘では役に立てない分サポートに徹しようと周りを注意深く観察しており、カリオストロはその言葉を受けて行動。

 スバルとエミリアと共にウロボロスで空へと跳躍した直後、地面が爆発。大量の触手が飛び出してきた。あまりにもおぞましい光景。しかし返す刀でパックの魔法がその全てを氷像に仕立て上げていた。

 

「ねえスバル、あいつらってあんなにぽこぽこ増えるものかい? 殺すたびに増えたりしにゃい?」

 

「だとしたらとっくに詰んでる! っつかマジでどうすんだ……タダでさえ不死身なのに10人も……!?」

 

 一人でも最悪。それが十人いれば地獄だ。

 全員を金ピカにしてしまえば終わりだが、言うは易し行うは難し。

 大罪司教が協力しあって殺しにかかってくる光景はまさしく絶望だと言えるだろう。

 

「とにかく包囲から抜ける! しっかり捕まっとけ!」

 

 宙空を舞っていたカリオストロが大声をあげれば、2対の竜がぐん、と軌道を変える。

 させじとカペラ達が空中にいるカリオストロら目がけて追いすがっていた。

 

『にぃぃぃぃぃがさないッッ!』

『何処へ行くんですかァッ!』

 

「こっちに来ない――でっ!」

「うぉぉぉ!? す、スバルキック! スバルキック!!」

 

『――ぎゃばッ!?』『ぎひィッ!』

 

 一体はエミリアの氷のハンマーが腹部を襲い。

 一体はスバルのじたばたキックが顔にヒット。

 

 かろうじての回避。しかしそれは気休めにもならない。

 着地点では既にカペラ達が先回りしようとしていた――。

 

「させねえよ!」

 

 カリオストロが両手を大地に向ければ途端に地面が波打ち、カペラ達全員が岩の波に襲われる。

 人を容易く殺傷する殺意の波濤。なのに四肢がもげようとも笑顔でカペラ達は波に逆らい続ける。

 

「なら次は僕の番だね!」

 

 パックの声。途端、波打つ地面が白く染まった。

 着地点を中心とし急速に始まる染色、触れたモノ全てを凍らせる極寒の波動! ゾンビさながらの様相だったカペラはそのまま氷像となった。

 

「さっっっぶ!? で、でもこのまま色欲を凍らせていけば何とかいけるか……?!」

 

「被害気にしなければこの一帯ぜーんぶ凍らせてやってもいいんだけどねー」 

 

『アタクシ達は別に構わねえですよォ?』『凍らせても、バラバラにされても』『お前達が命尽きるまでず~~っと遊んであげますからァ!』 

 

 それが無理なのはスバルも分かっていた。

 未だ混戦は続いている――傭兵達にも被害が出るのは、流石に許容できない。

 そしてカペラ達は考える暇も休む暇も与えないようだ。

 味方の死骸を乗り越えて襲いかかり続ける。

 触手で捕まえようとする者。岩を投げつける者。獣となって飛びかかる者。その全てをエミリア、パック、カリオストロの息の合ったコンビネーションで撃退していく。

 しかしながら防戦一方。普通なら致命傷の一撃もカペラにとってはそよ風。すぐに復活し、終わりの見えぬロンドを強制してくる。

 

『はぁい、よそ見注意~~っ!』

『晴れ時々――』『龍の血ィッ!』

 

「――ッ!? パック! 全力で障壁!」

 

 止まらぬカペラ達の波状攻撃。

 宙に飛んだ二人の腕が巨大かつおぞましい龍の物に変われば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 熟れた果実が潰れたような音。そして同時に降り注ぐ漆黒の血の雨。ひと雫でも触れれば悶絶する劇毒の洪水に、カリオストロとパックの障壁は見事に抗っていた。

 

 カリオストロらを除いて大地は黒く変色。

 不毛の地へと変わっていく様に、スバルもエミリアもぞっとしていた。

 

(このままだとジリ貧だ……が……!)

 

 自ずと近づく詰み。冷や汗が否応なく垂れる。

 しかしながら自分達だってやられるばかりではない。

 何故なら、ここにはこの世界きっての最大戦力がいる――!

 

『ガッ!?』『ぎっヒ!』『お前ッ、くそがぁ!』

 

「すまない。待たせたようだ」

 

「はっ、待ちくたびれたぜ剣聖サマ!」

 

 ラインハルト・ヴァン・アストレア。

 英雄は遅れて馳せ参じる――。

 

 囲んでいたカペラは瞬時に吹き飛ばされ、カリオストロらの表情に笑顔が浮かんだ。

 

「そっちはどうなった!?」

 

「全部片付いたよ。爆弾を取り除いていたら時間がかかってしまった。商隊も損傷は軽微だ」

 

「お陰さんでな! ワイらも随分楽させて貰ったわ!」

 

「上等……! なら後はそこにいる色欲共だけだ……!」

 

 リカード達『鉄の牙』らも揃い踏み。後はカペラ達だけ。

 均衡はとうとうカリオストロ側に傾くことになった。

 

『……ゴミがいなくなったからなんだって言うんです?』

『ゴミは元よりゴミでしかない。居ても居なくても一緒』

『アタクシ達はまだまだ元気いっぱい!』

『頼りの剣聖サマの到着が相当嬉しいようですねぇ? これから死ぬのに』

『強い奴に巻かれてないと何も出来ねえ情けねえ野郎どもですよ』

 

「なんとでもいえ! 徒党には徒党。理不尽には理不尽だ! いけラインハルト! 遠慮はいらねえぞ!」

 

「理不尽は少し傷つくよ。だが剣聖として、友として期待に応じよう」

 

 ラインハルトの眼が色欲を射抜く。

 龍剣レイド。鞘に収まったままのそれを正眼に構えれば、大口を叩いていたカペラ達の勢いが一瞬衰える。

 

『ケッ……アタクシだって、別に対策がない訳じゃあないんですよ。――これ、なーんだ?』

 

「ひ、ひぃッ!? た、助け……助けて!」

 

 そこに居たのは商人だった。

 首根っこを掴まれ逃げ出そうとしているが、触腕に絡めとられ逃げ出せない。

 まさかの人質。これには一行にも動揺が走る。

 

『きゃはははははっ、いやぁ~アタクシちゃ~んと悪役出来てるようですねぇ? 今ならコイツの命とエミリア様とスバル君の命、交換してあげますがどうしますか~?』

 

「ぐ……」

 

『さぁてよ~く考えて下さいねェ? こいつを見捨ててアタクシごと攻撃しますか? それともきっちり交渉しますか? いいですよ~、アタクシは寛大なのでどれだけで――おぼ?』

 

 愉悦に頬を緩めるカペラの顔は、次の瞬間頭ごと吹き飛ばされる。

 触手は瞬間切り払われ、腕の中にいた人質はいなくなっていた。

 勿論ラインハルトの仕業だった。

 神速の抜き足と早業はまごうことなき神技。

 

 しかしながら、

 

「交渉材料がなければ交渉は出来ないね――む?」

 

『確かに、それは言えてますねぇッ』

 

 それすらも罠。人質は変身したカペラだった。

 腕の中にいた商人がラインハルトにしがみついたと思えば、次の瞬間光り輝き――、

 

『ぼーんっ♪』

 

 ――ラインハルトを中心として強烈な爆風と黒い血が巻き散らされる!

 

 草原に広がる耳をつんざく爆発音。

 衝撃は近くにいたリカード達も吹き飛びそうになる程。

 スバルもまたカリオストロが生成した巨大な壁の裏で、衝撃に耐えながら叫んでいた。

 

「自爆……!? ら、ラインハルトーーッ!」

 

 爆発と毒の波状攻撃。さしものラインハルトと言えど無事では済まないだろう。

 

『――きゃは! きゃははははははは!!』『いやぁ~引っ掛かると思いましたよッ』『傑作ッ、傑作すぎぃっ! げらげらげらげらげら!』『剣聖サマはお優しいですからね~ぇ!』『これで頼みの綱がやられちまいましたが、どういう気分ですか?』『ワクワクしましたか? 小便チビリそうですかァ!?』

 

 悪辣の限りを尽くしなお笑いを止めぬカペラに、スバルは歯ぎしりを抑えられない。

 ラインハルトの矜持を汚し、害した魔女教は睨め付けるしか出来ない事が悔しかった。

 

『さぁ、て。いい夢は見れましたか?』『試練の続きをしましょうエミリア様ぁ♪』『是非是非、乗り越えていただくよう……あ?』

 

「――少し。驚いたな」

 

 

 しかし英雄は。

 道半ばでは果てぬ。

 

 

 爆心地から当然のように現れたラインハルト。

 五体満足。かすり傷ひとつなし。

 純白の衣装こそ汚れはしたが、それでも先程と遜色のない闘志。

 

 至近距離で爆発の直撃を受け。

 劇毒を浴び。なお堪えた様子すら見せぬ規格外。

 スバル達、そしてカペラ達の顔にさえはっきりと動揺が刻まれる。

 

『なんで……ッ』

 

「解毒の加護。百薬の加護。火避けと火受け、風避けと風受けの加護のお陰かな。危ないところだったよ」

 

 それは掛け値のない本心からの言葉だ。しかしながら必殺を確信したカペラには最早嫌味にしか聞こえない。

 作戦は完璧だった。殺傷力も確かだった。唯一欠陥があるとすれば……相手が剣聖ラインハルトだった。それに尽きた。

 

『『『がぁッ――――!!!!』』』

 

 声にならぬ怒りを込めてカペラ達が再び飛びかかる。

 上下左右を囲むようにして行った同時攻撃。

 

 狙いはやはり同時爆発。

 その身に付けた爆薬でラインハルトに再び土をつけんとする――が。

 

「無駄だよ」

 

 再臨の加護――二度目以降の攻撃を回避出来るというラインハルトの加護が、それを阻む。

 それは予測を通り越した確定事項。カペラの攻撃はラインハルトに傷をつける事ができないという法則改変。ラインハルトが余裕を持って鞘を振り抜けば、爆発することなくカペラ達が逆に地に沈む。

 

 カペラはここに来て失策を悟った。

 傲慢の発言は誇張でもなんでもなかった。

 常識の慮外にいる真の化け物が本当にいるなんて。

 

(こんなの……ッ、相手にしてられるかってんですよ――!)

 

 その目は自然とスバルへと向かっていた。

 アイツは言っていた。スバルを殺せば状況はリセットされると。

 しかし剣聖を相手取りながら、なおかつ銀髪ハーフエルフとクソガキ、傭兵共の相手をしながらアイツを殺せと? そんなの……そんなの……!

 

 ――あまり彼らを見くびらない方がいいね。

 

(畜生ッ。畜生畜生ッ。畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生がぁぁぁぁッ! どうして教えなかったッ、福音書は何故アタクシを正しく導かないッ! こんな事一言も書いてなかっただろうが何が予言だ何が未来だえぇ!? クソ本が! クソ魔女が! クソチビがァァァ! そもそもがクソチビが初めた契約だろアイツが責任取るのが普通だろうが、どうしてこんな事になってやがるんだよォォォォオォォオォ────!?!?!?)

 

 カペラは知らず後退りしていた。

 脳裏をかすめるのは撤退の二文字。

 状況が悪すぎる。なら仕切り直すのは当然の事だろう。

 天、地、そして万人に愛されし自分に、この場はふさわしくない。

 だから……()()()()()()

 決してコイツらに負けた訳でもない! 

 全てラインハルトという災害のせいだ。そうだ。そうに違いない――、

 

「あれあれっ、逃げちゃうの~?」

 

 耳を障る軽やかな音色。

 カペラがはっと顔をあげれば、ニコニコと天使のような微笑みを向けるカリオストロと目があった。

 

「あっ、でもそうだよね仕方ないよね~剣聖ラインハルトが相手だもんっ☆ うんうん、カリオストロも尻尾巻いて逃げるのが一番だと思うなっ☆」

 

 ――ぶち。ぶち。ぶちぶち。

 

「散々見下した相手に背中向けて~☆ これは別に逃げじゃないし負けた訳じゃないんだって自分に言い訳して~☆ 貴方だけを愛してくれる素敵なお人形さんに慰めて貰おうよっ☆ うんうん、それがいいと思うっ☆ カリオストロも大賛成~っ☆」

 

 ――ぶちり。べき。ぶちぶち。ぶちぶちぶちぶち……!

 

「今回は残念だったね~っ☆ またおいでっ☆ ――自尊心デブのクソ敗北者が」

 

縺上?繧頑ョコ縺励※繧?k縺薙?繧ッ繧ス繝√ン髮後ぎ繧ュ縺――――!!!!!

 

 人の言葉すら忘れ、怒りに染まったカペラ達が一斉にカリオストロめがけて飛びかかる。しかし怒りにかまけた攻撃など恰好の的だ。

 氷が、石が、剣が、壁が、岩が、魔法がカペラ達を弾き、貫き、潰し、吹き飛ばす。

 加えてのリカード達の支援。そしてラインハルトによる遊撃。誰からの援助も期待出来ず、カペラはサンドバックの限りを尽くされる。

 

 しかしながらそれで冷静になれるほどカペラの怒りは小さくない。

 腕が外れようと、足が千切れようと。頭が取れようと。自分をコケにしたアイツをどうにかできるなら安い駄賃だ。カリオストロを殺す。殺し尽くす。いや、それじゃ気が済まない。この場にいる全員と親族全員に同じ目を合わせる。這いつくばらせ、痛めつけ、苦痛の限りを与え、精神を犯し尽くす。そうじゃないと怒りを抑えられないだろう。

 

 ――ならば、そのためにはどうすればいい?

 

殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――!!!!!!

 

 壊れたラジオのように呪詛を零すカペラ。

 その全員が全身を震わせたと思えば一斉に原型を失い。漆黒の液体に変化する。

 最早カペラにとって人間の体は邪魔でしかなかった。

 構成する龍の血それこそがカペラ。そしてカペラは一斉に周りに飛び散り始める。

 

「なんや……これは!」

「こんなの聞いてねえぞ!? うわっ!」

「ッ!? 傭兵を下がらせろ! これに触れたらおしまいだ……逃げろッ!」

 

 平原に突如として出現した黒き濁流。

 触れれば致死に至る猛毒のそれが傭兵らを無視してカリオストロ達を包む。

 とっさに張った障壁がなければ即死は免れなかっただろう。

 

 捕縛された魔女教徒を巻き添えにしてなお動きを止めぬ意思を持った津波。カリオストロ、エミリア、パック、スバルが障壁の中でお互いに抱き合い、波に揉まれる。

 さながら荒波に揉まれる小舟。黒に染まった世界の中で天地が上下左右に忙しなくひっくり返り、転がり続ける。

 

「私達閉じ込められてっ――キャッ!?」

「エミリアたん!」

「……流石にこれは厳しいね!」

 

 障壁を解くわけにもいかない。解いたが最期、自分達は死に絶えるだろう。

 周りを黒に囲まれ、絶望に飲まれそうになる一行。

 しかし、その時誰よりも先に声を上げたのは――スバルだった。

 

「え、エミリアたん、パック! 周りを凍らせる事って出来るか!? 全力で!」

 

「え!? う、うん私の得意分野っ!」「そんなの朝飯前さ!」

 

 スバルが叫び、二人が疑問も浮かべずに実行を移す。

 すると周囲を流れる漆黒が一時的に勢いを止め、白に染まる。

 

「カリオストロッ! 地面を思いっきり突き上げて俺達を飛ばしてくれ! 空高くまで!」

 

「オレ様に命令するなんていい度胸じゃねえかっ!」

 

 カリオストロもまた疑問を抱く前に実行を移す。

 途端に全員に与えられる強い重力。急激に盛り上がった土が全員を突き上げていた。

 

「勝算は!?」

 

「2割って所だ、文句あっか!?」

 

「無責任な奴! これでリアが傷ひとつでもついたら七代祟るよ!」

 

「残念だけどその時はオレが末代だよっ!」

 

 半泣き半笑いのスバルがやけっぱち気味に叫ぶ。

 相変わらずの一か八かぶりにカリオストロが呆れていると、スバルが急に向き直った。

 

「こ、こんな所で言うところじゃねえけど悪かったカリオストロ! 俺は間違えていた……俺だけが主役だって勝手に思い込んで、お前に嫉妬してた! 皆に頼られるお前が羨ましかったんだ……っ!」

 

 しかし身勝手な承認欲求の先にあったのはただの破滅だった。

 

「今度こそみんなを助けたい! 賞賛も、打算も抜きでだ! し、勝算は低いかもしれない、失敗するかもしれない……それでもみんなでまた笑える生活に――オレは戻りたいんだ!」

 

 歯の根は合わず、全身は震え続けている。

 いつ死ぬか分からないと恐怖の戦い。

 体も心も怯えきっている。

 

「だから――俺を信じてくれ!」

 

 それでも、スバルは諦めていない。

 全員なら乗り越えられる。そう信じている。

 だからこそ、カリオストロは笑みを見せた。

 

「仕方ねーな……こうなったら最期まで付き合ってやるよ」

 

「私もよ。スバルのこと信じてるから……っ!」

 

「ま。もうここまで来たら伸るか反るかだしね」

 

 賛同の声を聞き届けるとスバルは大きく深呼吸し――高らかに声を挙げた。

 

障壁、解除だあぁぁあぁッ――――!

 

 そして浮遊感を覚えた直後。氷と魔力の障壁が解除され。

 一行は宙空に投げ出されていた。

 

 煌めく太陽の下。地を這うカペラが見える。

 液状のカペラはスバル達に追いすがり、既に体を伸ばしていた。

 漆黒の血は柱のように伸び、光を反射しない液状の体がこちらを飲み込もうとしていた。

 

「追ってきてくれると思ったぜ。でも。これなら的をひとつに絞れるだろ? 後は頼むぜ相棒」

 

「上出来だ。相棒」

 

 エミリアとパックが両手をカペラに向け。出力全開。

 ぐぁ。と大口を開けたカペラに局所的な猛吹雪を浴びせれば瞬間、彼女の動きが止まる。

 そこに詠唱を始めたカリオストロがウロボロスを差し向けていた。

 

 スバルとの出会い。この世界で出来た友人達との交流。そして度重なる混乱と苦境を乗り越え、ようやく手にする事が出来る結末。

 万感の想いと、溢れ出る力を込めてカリオストロはその秘奥を解放する。

 

「わざわざ空高くまでお疲れ様だったなッ、黄金錬成(アルス・マグナ)ァッ――!

 

 虹が一帯に溢れでる――!

 

 大気を震わせ。時空を歪ませ。空間を捻らせ。カペラという構成物質を1から分解し。そして原子の1つ1つを黄金に変えていく。

 凍結を解除したカペラが逃げ出そうとするが、もう遅い。末端を超えて既に中央を侵食する黄金。それが全身を飲み込むのは時間の問題だった。

 

繧?a繧――繧?a繧阪d繧√m繧?a繧阪d繧√m繧?a繧阪d繧√m縺峨♂縺会シ!? 隱ソ蟄舌↓荵励k縺ェ繧ッ繧コ閧峨←繧ゅ′縺√=縺√=縺√≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゑシ――――!!

 

 困惑。憎悪。悲哀。憤怒。

 全てを内包した断末魔が草原に木霊する。

 

 魔女教大罪司教として役割を与えられ。万人の愛を専有するこの私がどうしてここで朽ち果てねばならない?

 こんなのおかしい。

 こんなの間違えている。

 あり得てはならないあってはいけない――!

 私は愛されなきゃダメなんだ!

 だから。だからリセットしなければいけない――!

 

(だからスバルだ。あのゴミを殺さないといけないんだ。スバルを殺せ。スバルを殺せば私はまた愛される。愛されるんだ。だからスバルを。スバルを。スバル。スバルを殺して愛される。愛するから殺すんだ。スバル。愛。殺す。殺す。愛。殺す。すばる殺す。あい。すばる。あいころす。すばるをあいしてころ。こ。あい。すば。すばるころすあいすばるあいころあいすすばるこあいろすすばあるころすいすばるすばるすばるすばるすばるるるるる―――!!!!!!!???)

 

 大部分を黄金に変えられて既にカペラは残りわずか。

 自我すらも崩壊しだした彼女は、驚異的な執念で最後の抵抗を見せた。

 

あいして――あいしてあげるからわたしにころされてよ、あいしてよ、あいしてよあいしてよあいしてよおぉぉおおおおぉぉぉぉおおすばるぅぅううぅううううぅうううううぅぅぅぅうう――――――!!!!!

 

「ッ!?」

 

 黄金に変わっていく肉体を切り離して飛び出した断片。

 女性めいた液体は現在進行形でぐずぐずに崩壊している。

 しかし、その崩れる体でスバルを愛そう殺そうと手を伸ばしていた。

 

 カリオストロは未だ術の詠唱中。

 エミリア、パックの反応はコンマ一秒遅い。

 

 スバルの中で明確な死のビジョンが見える。

 ここまでなのか。またやり直しなのか。

 そう考え、目をキツくつぶった――その時だった。

 

ぎっ!?

 

 彼女の頭部に突き立つ魔力の矢。

 スバルに伸びた腕は空振り、そして遅れて飛来した数十の矢がカペラを押し出していく。

 

「クラリス!」

「うんっ、任せてグランっ!」

 

 重力に従って急速に落下するカペラと黄金になった残りの肉体。

 その2つを包むような鈍色の空間が出来たと思えば、青と赤の光線が内部で暴れまわりだし、その肉体を食んでいく。

 構成を変えるのではなく。存在そのものを抹消させる分解の境地。

 カペラだけに的を絞った破壊の波濤は、カペラの再生を許さず。その粒子すらも世界から痕跡を抹消させていく――!

 

うちに壊せないものなんてない……ッ! ジャガーノート・スフィア───ッ!

 

 空中で炸裂する歴史を破壊する一撃。

 カペラは断末魔もあげられず、衝撃の中に消えていった。

 

「――っと!」

 

 そして落下中のカリオストロ達はキャッチされる。

 

 エミリアとスバルはラインハルトに。 

 

 そしてカリオストロは――グランに。

 

「遅えぞグラン」

 

「待たせてごめんよ。カリオストロ」

 

 見事合流を果たしたグランに抱きかかえられながら、カリオストロは不敵な笑みを浮かべたのだった。

 

 




長かった戦いよ。さらば──ッ

《解毒の加護》 原作:Re:ゼロから始める異世界生活
 あらゆる毒物に耐性がつく。

《百薬の加護》 原作:Re:ゼロから始める異世界生活
 病理の一切を受け付けない。

《火避けの加護》 原作:Re:ゼロから始める異世界生活
 火属性の魔法の効果を8割カットする。

《火受けの加護》 原作:Re:ゼロから始める異世界生活
 火属性の魔法の効果を8割吸収する。

《風避けの加護》 原作:Re:ゼロから始める異世界生活
 風属性の魔法の効果を8割カットする。

《風受けの加護》 原作:Re:ゼロから始める異世界生活
 風属性の魔法の効果を8割吸収する。



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