RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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2023/2/25 言葉足らずだった部分を修正


第六十四話 団結。

 

「大体の事情は分かったわ」

 

 同ラインハルトの屋敷において、エミリア、ラインハルト陣営の面々は急遽(きゅうきょ)一室に集められていた。

 カリオストロらの説明の後、痛々しい程の沈黙の後に真っ先に頷いたのはエミリアだった。

 そしてエミリアの首肯に「マジか?」って顔で振り向いたのはフェルトだった。

 

「いや……いやいやいや! 納得すんのかよそこ!」

 

「え? ……だって、二人がそう言うんだもの。きっとそうなるわ」

 

「どういう理屈だよ!」

 

 貴族生活の賜物か、最初こそちょこんと座り込んでいたフェルト。

 しかし(如何に真実と言えど)荒唐無稽な話を前に、時間が経つにつれ立膝→体育座り→あぐらへと三段進化を遂げ、かつてのならず者めいた態度に戻ってしまっていた。

 まあ既視感のある光景だ。カリオストロもスバルもそう思わざるを得なかった。皆の狼狽を見るのは、これで都度4回目になるのだから。

 

「フェルト様。その恰好は頂けませんね」

 

「恰好はどーだっていいだろどーだって! おいラインハルト! お前はこいつらの話を信じるのか!?」

 

「……正直に言えば、信じられません」

 

 だろ!? と我が意を得たと言わんばかりの顔だ。

 フェルトはしきりに、これが如何に発想の慮外にある説明なのかをラインハルトに一方的にまくしたてていた。スバルはそんな反応を見て、懐かしいなぁとほのぼの思うだけだった。

 

「ロズワール様が我々に嘘の手紙を……? そんな事をする訳がないでしょう。冗談は顔だけにしなさい」

 

「辛辣ゥ!? 信じられない気持ちはあるだろうけど、視たて取れたての新鮮未来だ。それも絶対に避けないといけないやつ!」

 

「……はぁ、頭が痛い……貴方が絡むと本当に碌な事にならないわね。もう少しその運の悪さを他に活かせなかったのかしら」

 

「そんな方法があれば俺が知りたいわ!?」

 

 こめかみを抑えるラムに対し吠えるスバル。

 互い互いに好き勝手しだしたのを見かねてか、乾いた音が部屋に響いた。カリオストロだった。

 

「混乱する気持ちは分かるが、今はともかく時間がない。ここにいる全員での協力は必須だ」

 

「つっ……てもよぉ」

「カリオストロ。僕も努めて理解するつもりだが……」

 

 ──ロム爺がフェルトの奪還を目論見(もくろみ)、トンチンカンは徽章を盗むつもり満々。その2つの手引はアナスタシア陣営によるもので。更に言えばカリオストロを探しにグラン達がこの世界にやってきて、カリオストロお目当てのヴァシュロンは王都へ前進中。その裏で魔女教がエミリアに試練を課そうとしており、ロズワールはそんな魔女教へのサポートをしだす始末。更に言えばポルクス/カストールはスバルにご執心。そんな黒幕は実はこのパーティ会場にさっきまでいたし、このまま行くと5日目にはバハムートブレスで王都消滅。

 

 ざっと書き出しただけでにわかには信じられない事のオンパレード。狂言か妄想のたぐいだと断じるには十分過ぎる内容には間違いなかった。

 

「後ツッコむまいって思ってたけどさぁ……そこのにーちゃんは何で縛られてんだ? そういう趣味なのか?」

 

「フェルト……ッ、お前を信じてたぜ!! 俺……ッ、俺この格好で入室したのに誰一人として反応くれなかったからどうしようかと……!」

 

「うぜえ?! 案の定突っ込み待ちかよ!」

 

「……そういう趣味って?」

「エミリア様。ようするにバルスは縛られることに快感を見出す変態で」

「はいそこ! いらん知恵入れないでくれますゥ!?」

 

「うっせーぞお前らァ!」

 

 今のスバルは両腕ごと上半身を縛られた状態で、その手綱をカリオストロが握っている状態だった。一見してまるでペットのような扱いだが、本人達はこれでいて別に巫山戯(ふざけ)てはいないのだからややこしい。

 なぜこうなったか? その理由を話す前に、まずは披露宴直後の話をしよう。

 

 披露宴開始直前に、黒幕達(魔女教)に盛大に啖呵を切ったスバル。

 魔女教だのなんだのと、考えうる限り(それが事実だとしても)最悪の誹謗中傷を投げたため、それはもう周りの注目を大きく集める事になった。

 

 二人が怒りに任せて暴れるかと身構えたカリオストロではあったが、ここはラインハルトのお膝元だ。剣聖と戦うリスクを度外視出来ないようで、外面こそは大人しく(それでも怒りは隠さずに)その場を立ち去っていった。

 ラインハルトにその場で追撃してもらう事も視野に入れたが、現時点では客への二次被害が広がる可能性が高いため、断念する形にはなった。

 

 さて。カストールとスバルが直前に契約を交わしていた。

 

【条件1】カペラ・ポルクス・カストールはエミリア以外のエミリア/フェルト陣営に手を出さない、攻撃しない。

【条件2】スバルは可能な限りカペラ・ポルクス・カストールのいずれかと行動を共にする。

【条件3】スバルは自らが死に至る可能性のある危険な真似は禁止とし、自殺もカペラ・ポルクス・カストールが許可しない限り禁止とする。

【条件4】これらの契約は、今日から6日目の朝明けまで有効とする。

【条件5】ただしカペラ・ポルクス・カストールが契約対象に攻撃された場合は、【条件1】はその限りではない。

 

『カペラ・ポルクス・カストール側が契約を違反した場合、恒久的にエミリア/フェルト陣営への攻撃、策略の一切を禁止する。スバルが契約違反したら、ナツキ・スバルはカペラ・ポルクス・カストール側に恒久的に従う』

 

【契約】は単なる約束とは違う。魂を介した取り決めだ。

 スバルは、かつてカリオストロがベアトリクスと交わした契約からヒントを得て提案したが、【契約】の真なる特異性には気付いていなかった。

 この世界で言う【契約】は例えスバルが死に戻りしたとしても遵守される絶対的な物であり、これによりスバルは6日目を超えるまで大きく行動を制限されてしまった形となった。

 

 特に【条件2】【条件3】がそれだ。【条件2】ではスバルがカペラ達と自主的に行動を共にする必要性が出てくる。これは誰かに妨害されればそこまでだが、仮に彼一人で奴らと出くわした場合は行動を共にする必要が出てくる。

 そして【条件3】はスバルの危険な行動を縛る契約になるため、今までのイチかバチかで命を賭ける真似も、ループ目的の自殺すらも禁止となった。つまり実質的に死に戻りが封じられたのだと同じだった。

 

 長くなったが結論を言おう。

 スバルは敵方に合流してしまう可能性がある以上、がんじがらめにしておく必要があったのだ。

 

 カリオストロから事情を聞かれた後、げんこつとお叱り(愛の鞭)を受けてから、このような状態を甘んじて受ける必要が出てきたという事だ。

(なお、エミリア達にはスバルの真の能力に繋がる、条件3については伏せられている)

 

「……ってことだ。敵はスバルの力を見抜いているからこそ。その力に(くさび)を立てるような契約を結んだ。結論から言えばコイツが交わした契約はメリットでもあり、デメリットでもある」

 

「こう言ってしまうと角が立つようですが……敵が誰を狙うのかが明確になるのはありがたいですね」

 

「その対象はスバルと私ってことよね。私達が敵の手に落ちなければいい……うん。分かりやすいわ」

 

「エミリアたん、こればっかりは本当申し訳ねえ……。どうにかみんなが的にならねえようにしたかったんだけど」

 

「ううん、いいの。スバルがみんなの為を思って考えてくれたんでしょ? それなら仕方ないし……むしろ、どんとこいよ! 私だって結構出来ること見せてあげるんだから!」

 

「どんとこいって今日日聞かねえな……ありがとう。やっぱE・M・S(エミリアたんマジ聖女)だな!」

 

 むん、とやる気を出すエミリアに、スバルは救われた気分になった。

 本音で言えば一時的だとはいえエミリアを売るような真似はしたくなかった。しかし逆に言えば、このような真似をしてもエミリアなら許してくれるだろう、という予想もあった。彼女の厚意に甘えるのは申し訳ないが、その分自分も体を張って彼女の期待に応えねば、とスバルは決意を露わにするのだった。

 

「いや、なんか協力すること前提で話してんだけどアタシ達別に納得はしてねえかんな!? そこの兄ちゃんが未来を読めるって時点で首傾げてんのに……ロム爺が来るだの、魔女教が来るだの、王都が消滅するだの……本気で言ってやがんのか!? ならアタシ達を納得させるだけの──!」

 

「証拠が欲しいって言うんだろ。──ラインハルト」

 

 カリオストロが指示を出せば、ラインハルトはとある人物を連れてきた。

 それは徽章盗難事件を縁にこの屋敷で働くことになったチンピラ三人組「ガストン」「ラチンス」「カンバリー」だった。

 とぼとぼと部屋に入り込んだ彼らはその挙動不審さを惜しみなく見せつけており、『緊張している』では済ませられない何か後ろめたい事情があるのは間違いないように見えた。

 

「け、剣聖様。オレ達がいいい一体何か……ひ、ひぃぃぃぃぃ~~~~~~!!? な、なななんでここに悪魔がいやがる!?」

「しょ、処刑か!? やっぱ処刑なのかよぉ!?」

「ま、ままままママァ~~~~~~!!!」

 

 しかもカリオストロを目視した瞬間、特に大柄の男が泣き出し、場は一瞬にして混沌の海に飲まれてしまった。

 

「……金髪のねーちゃん、何しやがったんだ?」

 

「コイツらがヤンチャしてた時にかる~く灸をすえただけだ。オイ、三人組」

 

「けけけ、剣聖様! いや、ご主人様! オレ達は何もしてねえ! 潔白だ! だからアイツとは引き合わせねえでくれ!」

「オレからもお願いだぁ! もう俺の息子にあんなつらい目を……ガストンの病気がまた悪化しちまう!!」

「ひぃ、ひぃぃぃっ……お家かえぅ……かえうぅぅぅ!」

 

「――――」

 

「「「はい。話を聞きます。何でもお聞き下さい」」」

 

 カリオストロがウロボロスで三人組を取り囲んであげれば、彼らは一瞬で超高速首振りマシーンへと変貌した。

 

「お前達を呼んだのは他でもないある容疑がかけられているからだ。どんな容疑か分かるか?」

 

「「「……」」」

 

「あれあれ~~☆ 答えられないのかな~? じゃあ一人ずつ~……」

 

「はいッ!!!!!! 徽章を盗んで明日とんずらしろって変な商会から指示されました!!!!!」

「ばっ……ガストン!?」「オイ!」

「う、ううぅぅぅうるせえうるせえうるせえ!! オレはもうゴメンだぞ! っていうか絶対コイツ分かってていってんだよ! でなきゃみんなが揃う前で尋問なんてしねえだろ!?」

 

 とぐろの中でギャーギャーと言い争い始めたトンチンカン。カリオストロはぽかんと口を開けたフェルトに微笑んでやった。

 

「これで分かっただろ? 証拠はこれから集まっていく。明朝ロズワールから手紙が届き、同時にロム爺が屋敷に来る。そして草原ではアナスタシア陣営が待機する事だろう。オレ様達が提示した内容を全てなぞり切った頃には事件は終わっているだろうが……そんな暇はない。だから決断しろ。今すぐオレ様達と協力することを」

 

「……我々はどうすれば良いんだい? スバル。カリオストロ」

 

「お、おいラインハルト?!」

 

「フェルト様。私は二人の話だけでも聞くべきだと考えます。先程の三人の話は事実だった……ならまずは二人の言う通り手紙が届いてから実際に動くのもまたありかと」

 

 乗り気になったラインハルトに対し、とうとうフェルトが折れた。ガシガシと折角整えた髪を乱しながら椅子に乱暴に座り直す。

 

「──あーもうッ、好きにしろよ! 別にアタシもまだ王様でもなんでもないしな。だけどこれだけは言っておく! ロム爺はしっかり保護しろ!! いいな!?」

「仰せの通りに」

 

 どうやら二人の納得は得られたようだ。

 カリオストロとスバルは頷き合い、そして小さな錬金術師が朗々と説明しだした。

 

「改めて作戦について説明する。オレ様達の目標は魔女教達を撃滅すること。そしてそのためにはエミリア、フェルト陣営、およびアナスタシア陣営への被害を最小限に抑えなければならない」

 

 カペラとカストールらの今回の目標はエミリアとスバルだ。

 一方は試練という名の抹殺。もう一方は拉致を目標にしている。

 厄介なのは、彼らが目的のためならどんな手段も選ばない点。

 目的が達成出来るなら結果として無関係な人が死のうが、王都が滅んだとしても別に構わない。

 奴らにとって重要なのは予言であり、その予言が達成出来れば別にいいのだ。

 だからこそ大事になる前にその出鼻を完膚なきまでに()()()必要がある。

 

 カリオストロはこの度の戦いを総力戦だと理解していた。

 団結が出来なければ、負ける。

 故に全陣営の無事は最低条件とも言えた。

 

「オイ、どーして妨害してきたアナスタシア陣営にまで助けの手を伸ばさなきゃなんねーんだよ?」

 

「奴らにもこの件に噛んで貰う必要がある。それと放置するのも後々面倒なんだ」

 

 色欲には身内ですら騙されるほどの強力な変身能力がある。

 潰し合わせて生死不明にさせるくらいだったら残した方が得策だし、取り入れて戦力に考えるのもまた必須だ。それに──

 

「それに?」

 

相手(ライバル)に恩を腐るほど売りつけられるんだ、利用しない手はねえだろ?」

 

 ははん、とフェルトは鼻を鳴らした。

 カリオストロの言い方が気に入ったようだ。

 

「幸いな事に、魔女教の行動原理は福音書頼りだ。福音書には魔女教徒への指示が予言という形で書かれている」

 

「今のところ俺が予知で視たアイツらの予言らしき行動は『草原で待機するアナスタシア商隊に成り代わり、エミリアを殺害する』『王都で魔獣騒ぎを起こし、カリオストロの仲間を殺害して世界に混乱をもたらす』の2点だった」

 

「これら2点は行われる()()()()()()イベントだと思ったほうがいいだろう」

 

「……確定した未来じゃないの? カリオストロ」

 

「残念だが……筋書きが変わる可能性は大いにある」

 

 特に懸念しているのは、ポルクス/カストールだ。

 彼らはカリオストロとスバル以外にループを知る唯一の存在。

 スバル曰く、自分達のこれまでの軌跡を知っており、そしてループの起点がスバルであることに辿り着いてしまっている。

 

「エミリアたん。『傲慢』の野郎は世界をやり直す力を持ってる。それも好きなタイミングでだ。その力を使って俺達がどういった対策をしてきたかは分かってるんだよ」

 

「はぁァァァ?!」

「えぇっ……そ、そんなのズルじゃない!」

「そうだよズルだよチートなんだよ!!」

「だとしたら勝ち目がないのでは? 私達がやってることが全部お見通しになるという事なら何をしても……いえ。唯一相手に誤算があるとすれば、それがバルスなんですね」

 

 顎に手を添えたラムが、スバルを見つめた。

 そう。これからのループはスバルとカストールで読み合いをする必要が出てくるのだ。

 

「スバルが未来を見通せるからこそ、こちらも対策を練れる。だがそれは向こうも同じだ。我々の動きを予測して別の動きをする可能性は十分ある」

 

「難しいね……相手の動きが確定出来る所があれば、そこに合わせられるんだが」

 

「──出来るぜ。動きを固定させること」

 

 一行が今にも思考の海に浸かろうとしたタイミングで、スバルの声が響いた。

 不確定な未来しか待ち受けてない今、どうやって相手の動きを縛るつもりだ? カリオストロも疑念を抱きながら視線を向けた。

 

「直接あいつらに伝言してやればいい。俺の出現情報について」

 

「はぁ? お前……まさか相手と繋がってッ」

 

「い、いやいやいや、そういう話じゃねえって!? オレは完全無欠のただの人間! OK!?」

 

「ただの人間は未来予知なんて出来ねーんだよ! それで、どうやって伝言するんだよ? 伝書鳩でも飛ばすか? それとも置手紙でもするつもりか?」

 

「ふっ……そんなの決まってるぜ。────ラインハルト! お前の加護の出番だ!」

 

「……はい?」

 

 静まり返った場に、ラインハルトの素っ頓狂な声はよく響いた。

 まさかあの剣聖の素の反応が見れるなんて、誰も思っていなかっただろう。

 

 カリオストロは頭を抱えた。

 フェルトは空いた口が塞がっていない。

 エミリアは出来るんだ!? と驚き。

 ラムの目は一瞬で氷点下に達した。

 

「い、いやだってラインハルトって色んな加護取得出来るだろ!? だったらアイツらと交信出来る魔法とか加護とか持ってるかな~っ、そしたらカストールかカペラ相手に『俺とエミリアたんで明日ここに行くんでよろしく!』って言えば相手は出てこざるを得ないだろ!? これってすげー名案じゃ──……」

 

「腹を切って死になさいバルス。そしてラインハルト様に侘びてからもう一度腹を切って死になさい」

 

「念入り過ぎるだろ!? ってか謝罪先じゃねえのかよ!? いやダメ元、ダメ元だって! 可能性を試すのは別に悪かねえだろ!?」

 

「お前な……いくらラインハルトが超人だっていってもそれは」

 

「――うん。出来るね、一日一回限定だけど」

 

 いわんこっちゃないと糾弾しようとした全員とスバルが思わず二度見した。

 まさかの該当加護あり、である。

 曰く、ラインハルトが取得したのは『念話の加護』というものであり。どこに居ようと特定の相手と1日1回だけ交流が出来るものらしい。

 

「よ、よーし! 読みどおりだ! 流石ラインハルトだぜ! いよっ剣聖!」

「釈然としねえ……けどな」

 

 ジト目を向け続けるカリオストロが二の句を告げる前に、スバルがずい、と体を乗り出した。

 

「カリオストロ。言いたいことはもう分かってるぜ。オレとエミリアにそんな危険な目に合わせるつもりはない……だろ?」

 

「ならオレがその案に賛成するとでも──」

 

「カリオストロ。いや……()()。この戦いはあるもの全て使わなきゃ勝てねえ。お前も分かってるだろ?」

 

「……」

 

「オレ達を大事に思う気持ちは十二分に伝わってる。俺の向こう見ずにもばっちりとフォローしてくれて、本当感謝しかねえよ……でも! みんなを助けたいのはカリオストロだけじゃない!」

 

 直前のループ、その最後に見せたクラリスの慟哭が脳裏を過ぎった。

 

 カリオストロは自分が強者であることを知っていた。

 だからこそ自分が皆を守ってやらないと、と考えた。

 矢面に立ち、皆を引っ張り、全員が助かる道へと導きだす。

 それこそがあるべき姿だと考えていた。

 

「俺も、エミリアたんもそうさ。皆で力を合わせてあいつらの狙いをぶっ潰したい。そして俺にも分かってる。この戦いは全員が力を合わせないと勝てないって!」

 

「……スバルの言う通りよ。カリオストロだけで抱え込まないで。私も、何か出来る事があるならそれを全力でやりたいわ。それが候補者の……いえ、私の意思よ」

 

 しかし、その在り方では限界があるのは確かだった。

 カリオストロだけでは太刀打ち出来ない強力無比な相手。

 足掻こうとも。藻掻こうとも。それを上回る絶望が待ち受けていた。

 

 横に立ったエミリアがスバルの手を握る。

 二人の決意に満ちた目がカリオストロに注がれる。 

 

 かつて団の皆が見せてくれた団結力。

 1+1を2で終わらせない。10にも100にもする圧倒的な何か。

 今、それこそが必要なんじゃないのか?

 

 空気が死んだと思わせる沈黙の中、開閉を繰り返すその手がカリオストロの葛藤を如実に表していた。しかして直後。大きく息をついたと思えば、一転して好戦的な目で二人を睨みつけ返していた。

 

「なら──遠慮なくお前達を使い潰すつもりで行くからな」

 

「覚悟の上だぜ」

「勿論よ!」

 

 子供扱いはもうおしまい。

 戦場で横に並ぶ相棒としてカリオストロもまた力を振るう事を誓うのだった。

 

「スバルの案に乗るとしよう。お前達二人を明日、例の商隊の場所に行かせる。名目は……そうだな『契約の再交渉について』だ。アナスタシア陣営に手を出させないという一文を追加させるように交渉すれば、きっと向こうは二人を要求する事だろう。そこに乗じる」

 

「……目的は?」

 

「まずは色欲をぶっ潰す。ただそれだけに絞る」

 

「しかしお待ちを。契約では交戦することは禁じられていたのでは?」

 

「確かに互いに攻撃しない契約になっているが、この契約はオレ様達が攻撃することを禁じていない。故に、その初手に賭ける」

 

 先手必勝。全ては初撃で決めるそうだが、そもそもが色欲は不老不死。一撃で決められる手段なんてあるのだろうか?

 不審がる一堂にカリオストロが不敵に笑う。

 

「皆の懸念通り、色欲の野郎は変身するわバラバラにしても復活するわ灰にしても元通りになるしつこい奴のようだが……絶対に殺せない訳じゃない。あいつの体を再生するものから全く別のものにしてやれば動きは封じられる。そういった攻撃は、幸いにもオレ様の専門だ」

 

「全く別の何かに作り替えるって……えげつねえな」

 

「全身黄金にしてやるんだ。光栄に思ってくれるだろうよ」

 

「絶対やだよ!」

 

 前回も黄金(アルス)錬成(マグナ)を用いてカペラの体を変える事は出来ていた。

 あの時は半身しか変換出来なかったが、しかるべきお膳立てがあれば全身を変えられる。そのためには──カリオストロが視線を向ければ、今か今かと出番を待ち受けていたエミリアがそこにいた。

 

「ただそのためには相手の動きを一瞬でもいいから止めなくちゃならない……ってなるとお前の出番になる。エミリア、お前の力は色欲の野郎と相性がいい。ここぞというタイミングでアイツを氷漬けにしてやれ」

 

「うん! 私、すごーく張り切っちゃう!」

 

 両腕で握りこぶしを作ったエミリアが鼻息荒く答える中、間髪入れずに飛び込んできたのはスバルだった。

 

「けどカリオストロ、色欲がただやられるだけかっていうとそうは思えない。向こうにはオレ達の手口を知ってるチート野郎がいるだろ?」

 

「だろうな。アイツらも何かしらの策を講じているのは違いない」

 

 本来はカペラ一人による草原の事件。

 しかし前回のループの顛末をカストールが知っているなら、全く同じ展開にはなり得ないだろう。

 カストールまで草原に出張ってくる? 先回りする予定の自分達よりも更に先に来て鉄の牙に成り代わる? 嫌な予感しかしていない。

 

(残念なことに、アナスタシア陣営はカストールとの契約の慮外にいる。契約前に手を出されても向こうには何ら痛痒はない……ここを狙わない訳がないだろう)

 

「もしや、向こうもカリオストロ様の狙いに気付いていないでしょうか?」

 

「可能性は無いとはいいきれねえよなぁ……」

 

「となると難しいですね。どうにかして相手の裏をかくことが出来ればいいんですが」

 

 都度4回以上のループを体験し、蓄積した知識は何物にも変えられぬ強力な武器となったが、それでも展望は暗い。

 カペラへの対抗策は成ったのに、『傲慢』一人いるだけで作戦が崩れてしまう。

 

(相手が知っている上で立ち回らないといけねえってのが辛いところだな……)

 

 こちらの伝言が罠だなんて、言わずとも分かっているだろう。

 知っていて乗ってくるのか。来ないのか。いずれにせよコチラが何かしらの不意打ちをするなんて想定、十二分にひらめく筈だ。

 

(一度、手札を整理しよう。オレ様達はこれで何が出来る? 向こうは何をしてくる?)

 

 試練の主役エミリア。

 そして死に戻りのスバル。

 色欲に唯一太刀打ち出来るカリオストロ。

 公式チート、ラインハルト。

 そしてお互いを縛る契約。 

 

 本来警戒するべき立場のスバルは契約で縛られている。ならばこそ相手はラインハルト、あるいはカリオストロを警戒するだろうが……。

 

(真に注目するのはきっとオレ様だろう。不死身であるカペラに唯一対抗出来る存在であることを、あいつらは何よりも危険視する筈だ)

 

 ならば、カストールは色欲に吹き込む事だろう。

 行動は読まれ、先回りも全然ありえる事。

 そして錬金術によって不老不死を破られてしまう可能性がある事を。

 

(不意打ちは警戒するだろう。だからといって最初から乱戦を想定するのは愚策中の愚策だ。乱戦こそカペラの真骨頂。絶対にそうさせてはいけない)

 

 カペラを自由気ままに行動させる事だけは避けねばならない。その行動が把握出来るうちに退治せねば、王都の災厄は容易く再現されることだろう。

 

(どうすればいい? 考えろ、どうすればいいカリオストロ……何か武器になるものはないのか? 相手が知り得ない、特別な武器は……ん……?)

 

 相手が知りえない、と聞いてぴんと来たものがあった。

 ()()()()だ。崩壊のスペシャリスト、クラリスもまたカペラへのメタ的な存在……!

 恐らくは傲慢も対峙している筈だが、クラリスの存在崩壊を真に理解している可能性は低い。

 そして何よりも──彼らはグランらが5日目にしか王都に現れないと考えているに違いない。

 

(確かグラン達は言っていた。初日の時点で既にこの世界の何処かに来ていると。明日までにあいつらに合流出来れば……! ってクソッ、どこにいるのかが分からねえのか!)

 

 昔の自分を叱りつけてやりたい。なぜ根堀葉掘りグラン達に聞かなかったのか。聞いてさえすればどうにでもなったのに!

 考え直さないと駄目だ、とカリオストロが項垂れると、そこにスバルが口を挟み出した。

 

「おい相棒。またグランがどうこうって口に出てるけど それが何なんだ?」

 

「……うるせえ。ほっとけ。独り言だ。アイツらと早めに合流出来れば、色欲達の裏をかけるかもしれねえって思っただけだ」

 

「おぉ! そういえば居るって言ってたもんな……オレは記憶になかったけどさ」

 

「あ? お前も見て……ねえのか。ちょうど発狂してたしな」

 

「自信を持って皆目さっぱり記憶にねえって事は言えるな!」

 

「誇る所じゃねえよ」

 

 前述の通りカリオストロがしばし口に出し、べた褒めする異世界の友人の記憶はスバルにはなかった。

 この世界に来ていた事も把握してないなら、そもそもが話す必要もない。ないが……スバルはしつこく気にかけてきたのでカリオストロは根負けした。

 

「ははぁ……もうここに来てるけどどこにいるか分からねえって事か。うーん……いっそチラシでも配ってみるとか?」

 

「今からやって間に合うような物じゃねえだろう。何だったらラインハルトに『人探しの加護』でもおねだりしてみた方がまだ可能性は高い」

 

「加護があれば確実だけど、1日1回って言ってるしな……んで、グラン達ってのはどういう人相なんだ?」

 

「……」

 

 カリオストロは渋々スバルに伝えた。

 

 グランは青いシャツにプレートアーマーの好青年。

 その相棒のビィという赤くて小さな龍。

 ルリアは白いワンピースに淡水色のロングヘア。

 クラリスは貴族風衣装を携えたポニーテールの少女だと。

 

「なんつーか……かなり目立つな! マスコットキャラ付きとか王道RPGみてえだぜ。チラシ出せばマジで間に合うんじゃねえのかソレ!?」

 

「マスコット言うな。確かに特徴的な奴らで、時間さえありゃ見つからない訳はないとは思うが……期限が明日までとなるとな」

 

 彼らが王都に向かって進んでいる事だけは分かっている。

 それこそ王都を中心に調査していれば自ずと出会えるかもしれないが、そんな時間はないだろう。

 カリオストロが溜息をつき、別の案を考えようとした……その時だった。スバルが勢いよく顔を上げたのは。

 

「──おい、おい待ってくれカリオストロ。そいつら俺の記憶の中にあるぞ……確か、そうだ。そうだよ一回目に会ってる……!」

 

「は……はぁ!?」

 

「行けるぞ相棒──記憶が確かなら、アイツらの裏をかくことも出来そうだ!」

 

 




ラインハルト便利すぎ問題。禁止! キミは禁止カードです!

ラインハルト「展開に困って使ったのに何たる言い草……」

《念話の加護》 原作:Re:ゼロから始める異世界生活
 ラインハルト邸使用人のフラムとグラシスが持つ加護。お互い日に一度だけどれだけ離れていても相手に言葉を伝えることができる。
 なおフラムとグラシスは王選開始時にフェルトのドレスの裾を持って登場した娘です。

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