RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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ヘイオマチィッ
たくさんの感想本当にありがとうございます!
返信はできていませんが、全てありがたく読ませて頂いております…!


第五十六話 合言葉は『────』

「う~わ、いるいる。()()()()()()()があんなにもッ!」

 

 王都とフリューゲルの大樹の間に横たわる見渡す限りの大草原。その丘のひとつをとある集団が陣取っていた。

 

「ほんッッッッとアタクシをこんな辺境まで足労させるなんて愛が足りないと思いやがりませんか? コイツ(福音書)はいつだって自分勝手で常識も良心の欠片もないケツ拭き用の紙束ですけど、今回はとびっきりのクソ予言に違いないですよ」

 

 お前達もそう思いやがりますよね? と高らかに謳うのは魔教大罪司教が『色欲』、カペラ・エメラダ・ルグニカである。高貴な身分であると自負して憚らない彼女は、娼婦にしか見えない露出の高い格好で悪態をついている。

 後続には荷台付きの竜車を率いた、商人の恰好をした魔女教徒達がいる。彼らは生気の宿らぬ虚ろな目で、盲目的にカペラへ相槌を打っている。そこに彼らの意思が存在しているようには到底思えない。魔女教に魅入られた彼らは、いっそ生きたお人形と称した方がしっくりくるだろう。

 

 彼らの目的はエミリアに試練を与える事である。

 

 カペラにとっては本当にどうでもいいし、やりたくないが、非常に残念な事に福音に従う事は彼女達魔女教徒の使命であり義務である。またカペラにとって腹立たしい事に、この福音書、数十年単位で忘れた頃にポロリと予言が浮かぶカペラもびっくりする仕様であり、書いてる予言も理解しづらければ回りくどいと気に入らない点が多い。

 今回のようにたかだか一人の為だけに骨を折らないといけないと知った時など、カペラは怒りの余りそこら辺にいた仲間を何匹も()()()に変えてしまっていた。

 

「大体、せ~っかく剣聖の所に邪魔したってのに、あのゴミ屑が発狂かますから目的達成出来なかったじゃねーですか。まッ、気持ちは分からなくはねーですけどね。阿呆面に化粧塗りたくった薄らボケ共が下心と性欲丸出しで盛り合ってるんですから。そんなクズ共に囲まれたら誰だって吐きたくなるってもんです」

 

 しかしてそのゴミ屑(スバル)に対して、カペラは怒りよりも好奇心の方が勝っていた。何故ならソイツは近年稀に見るほど魔女に魅入られていたからだ。

 全身が見えなくなるほど纏わりついた、ヘドロのような黒い靄。常に発狂し続けてるキモい奴(ペテルギウス・ロマネコンティ)は『寵愛』などと吐き気のする表現していたが、カペラに言わせてみれば犬猫がするような『マーキング』だ。コレは自分のものであると匂い付けしているようなものである。確かに匂いの付け方が半端ではなくて近寄りがたい。

 分からないのはソイツに全くと言っていいほど心当たりがない点である。あれだけ目立つ特徴なら顔を合わせていてもおかしくない筈なのに。仮に身内だとしても、屋敷にあらかじめ潜入させた覚えもないし、命令を出した覚えもない。ポルクスもしきりに気にしていたようだし、いつか攫ってやろう。とカペラは思うのだった。

 

「んー、あー、アー、あ゛ー…あぁ゛~~~~……っと、こんなもんですかね。あとは変な犬コロに取り入る、と……アタクシ専用の愛の奴隷を作るのも面倒ってなもんですねぇ」

 

 ──見ていた者はさぞかし違和感を覚えた事だろう。キンキンと甲高い女の声が子供のモノに変わったと思えば、次の瞬間には獣のような重低音になり、最終的にはどこにでもいる中年の声に変化したのだ。そして先ほどまでの見目を引く妖艶な女性の姿も、今では誰も気に留めない1商人の姿になっていたのだ。

 

 これこそが『色欲』の名を冠する彼女の権能の一端であった。

 

 自らの姿を変異させ、どんな姿にも変貌可能な力。再現性は非常に高く、見た目だけであれば偽物だと気付く存在はほとんど居ないだろう。彼女はこの力を自らの欲望──すなわち『万人の愛を独り占めする』を叶える為に使っている。

 

 この力で相手のどんな変態的な欲求にも、あらゆる価値観の美意識にも応えるのはカペラが謳う「愛」である。彼女は傲慢だが愛が無償で与えられるモノではない事を知っている。だからこそ愛されるためならどんな努力も厭わない。求める顔に、求める声に、求める体に、求める性格に。どのような欲望にも全身全霊で応えることで、相手からの寵愛を一身に受けようとするのだ。

 

 ただし、カペラは受け取る愛の量と質に非常にこだわる。

 

 こちらが全てを投げ打って与えるのだから、全ての愛を捧げて貰わないと気がすまない。そうじゃないと不公平だ。そうじゃないと不平等だ。他の人を考える暇があれば眠れぬほど自分を想って欲しい。延々と恋煩って欲しい。貪欲に愛して欲しい──底のない欲望の器を持つカペラは常々考えていた。

 

「お~~~い、お~~~~い!」

 

 準備を整えたカペラは大きく手を振って呼びかける。向こうもこちらに気がついたのだろう、ライガー*1に騎乗した数名の傭兵たちが近寄ってきた。その中にはひと際猛々しい風貌の獣人──鉄の牙の団長『リカード・ウェルキン』の姿もあった。

 

「どないしたんや? ぎょうさん竜車つれきて……今回の作戦でこないに竜車はいらんぞ」

「え、そうなんですか? 我々はアナスタシア様に言われてここに来たのですが……」

 

「連絡違いか何かか?」後ろからまたぞろと続く竜車を見て訝しむリカード。しかし福音書の通りに答えれば、首を傾げながらも受け入れてくれた。

 カペラは成功を確信する。馬鹿のフリは疲れるが、あとはこの()()の寝首をかいて襲わせればあら不思議。純銀の雌豚を受け入れる素敵なパーティ会場の出来上がりだ。魔女教徒共々リカード達の後ろについて人畜無害そうな顔をして本隊へと足を進めていく。

 

「それにしても随分と大掛かりですね。我々は何を運べばいいんでしょう」

「あぁん!? お前お嬢になんも聞いとらんのかい!?」

「ひっ! な、何分大急ぎで行けって言われまして……! じ、事情は聞かされず……!」

「チッ! それぐらい聞いとけやボケ。情報はワイら商人の命やで? ったくお嬢も何考えてんや、適当な事しよってからにぃ……まあええわ。超重要なブツを運ぶと思っとけや」

「は、はいっ……しかし、そんなに重要なブツが()()()()()()()ってことですか?」

「本命の積み荷は少ない。それなのにこんだけ竜車用意したっちゅーんは、ワイらが運ぶ先を特定させへんためや。ちったぁ頭働かせたらどうや?」

「あぁ……!」

 

 恫喝された事で内心血反吐を吐くほど怒り狂っているカペラだが、この先にあるご褒美を思えばギリギリ我慢出来た。話を聞くにさぞかし大事なモノを運ぶらしい。それが何なのかは分からないが、クズ肉共を虐殺した後、更にそんなモノを奪えるなら、それはさぞかし気持ちがいい事だろう。まもなく行われるであろう血の惨劇にカペラは心がときめいて仕方がない。

 

「しかし、そこまで言われると気になりますね。一体何を運ぶんでしょう」

「……お前は知らんでもええ」

「同じ商会の商人じゃないですか! それくらい良いじゃないですか!」

 

 魔女教達が本隊と合流するまでもう少し。カペラは隠しきれないテンションのまま先導するリカードに猫撫で声を出してねだった。知りたい。知った上で奪いたい。お前達とお前達が大事に運ぼうとするモノをぐちゃぐちゃに凌辱したい。そんな気持ちで頭も心もいっぱいだった。あと50m、40m、30m……迫るタイムリミットに体が疼き、待ちきれずに変化してしまった異形の腕を後手に隠してほくそ笑む。

 

(教えてくれてもくれなくても、どっちでもイイですよ。教えてくれなかったら体の端からミンチにしながら聞いてあげます。教えてくれたらアタクシの愛を注いで見るも無残な素敵な姿に変えてあげちまいます! さぁどっちがいいですか?)

 

「しゃあねえやっちゃなぁ。そこまで言うんやったら教えたるわ。運ぶ積荷はな」

 

(あぁあぁあぁあぁあ素直で良い子でいやがりますねぇ! なら畜生無勢がアタクシに生意気言った無礼も許しちまいます! アタクシの愛のフルコースを見舞ってあげちまいますから教えてください教えてくださいよ何を運ぶんですか何を守ってるんですかアタクシが所有者となってあげちまいますからさっさとブツを教えやがってください早く早く早く早く早く早く────ッ!!!)

 

 本体に合流するまで10mを切り、興奮は最高潮に達していた。カペラはリカードが答えたと同時に襲い掛かる心づもりでいた。答えなんてどうでもいい、ただこいつらに凌辱の限りを尽くしたい。そう考えていた筈なのに──

 

 

「世界一可愛い、美少女錬金術師や」

 

「──はい?」

 

(美少女、錬金術師?)

 

 

 予想だにしない言葉が飛び出し思考が一瞬止まってしまう。それは反芻しても全く意味が分からない、いっそ場違いな言葉であった。思わず意味を探ろうとしたカペラだったが──その直後。どこからともなく飛来した光がカペラを直撃し、その上半身は根こそぎ吹き飛んだ。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ──時は(さかのぼ)り披露宴のひと月ほど前の話である。

 

「という訳でリカード、ちぃ~っとばかしお使い頼んでもえぇ?」

 

 武器のお手入れ中のリカードは嫌な予感がした。アナスタシアが理由も言わずに頼み込む時は、大抵が面倒臭いお願いである事だと相場が決まっていた。振り返り見れば両手を合わせて「堪忍~」といつもの微笑みを見せる彼女の姿があった。

 数多の戦場を共にした相棒を脇にどけると、リカードはゆっくりと向き直る。相変わらずの身長差である。22歳にもなっても豆粒みたいにちんまいな、とすっかり板についた親目線でついぞ眺めてしまったが、アナスタシアは余韻に浸らせてくれない。「なあなあええやろ~? 行って帰ってくるだけやって~」と次を急かせしてくる。

 

「積み荷はなんや」

「あ、乗ってくれるん? 嬉しいわ~、やっぱリカードは頼りになるな~」

「アホ抜かせ、まず中身を聞かな頷けるもんも頷けんわ」

 

 しゃ~ないな~、とどこかに腰を落ち着けようとするアナスタシアにリカードが木箱を用意する。子ども扱いされた分嫌味を1つ返した彼女は、朗々と語り出す。

 

「積み荷は人や。5人。うちへの亡命希望がおってな」

「ま~た同族でも匿う気ィか? それはええけど何でワイがやらなあかんねん。ヘータローやティビにやらせてもええんとちゃうか?」

「ヘータロ達は別のお仕事あるし、それにこの仕事はリカードやないとあかんのや」

「なら勿体つけんで理由を言えや」

 

 睨むリカード。しかして物怖じしないアナスタシアがニコニコと手招きをするので、怪訝な顔で顔を寄せれば、すぐにリカードの顔が驚愕に歪んだ。

 

「積み荷はフェルトはんと、バルガ=クロムウェルはんや」

「!?」

 

 あの王選候補者と、亜人戦争の大参謀!? 度肝を抜かれるとはまさしくこの事だ。そしてこのお使いを頼まれるのが自分であることが良く分かった。自惚れている訳ではないがホーシン商会での筆頭戦力は自分(あるいはユリウス)であると考えている。そんな自分を運用するのだ、一体どんな難題をぶつけられると思えば、まさしく想像以上だったと言えよう。

 しかしながらリカードには分からない。何故その二人がカララギに亡命したがるのか? 疑念を即座に見抜いたアナスタシアは、にやりとほくそ笑んだ。

 

「うちも最近知ったんやけどな~、バルガはんとフェルトちゃんはごっつぅ仲良かったんや」

 

 語られる境遇はリカードを納得させる内容だった。亜人戦争で逃げ落ちたバルガは王都でひそやかに暮らしながらも、とある赤ん坊──フェルトを育てる。すくすく育ったフェルトだが、そんな彼女が()()()()()()()()()()()だったせいでバルガの手元から消えてしまう。

 半強制的に王選に参加させられたからかフェルトは全く乗り気ではなく、バルガも囚われの身になったフェルトをどうにかして取り戻したいと願っているようだった。

 

「だから親切なウチが二人の願いを叶えてあげるっちゅー訳や」

「ガッハハハハ! こりゃまたええ善人ぶりやなお嬢、聖人でも目指しとるんか?!」

「アホ抜かしぃや、うちはいつだって親切心の塊やで~」

 

 二人分の笑い声が部屋に響く。大したものだ。フェルトとバルガの亡命は、それ即ち王選候補者が一人減るという事。こちらにとって大きなメリットとなり得る。どこでこの情報を拾ったかは分からないが、この情報を貰って動かない奴がいるとしたら、それはただの莫迦だと断言出来た。

 

「大体分かったわお嬢。んで、段取りはどうするんや?」

「まずバルガはん──あ、今はロム爺って名乗っとるらしいけど、そん人にはうちが接触して話をつける。フェルトはんは剣聖の屋敷におるから、引っさらうんは一月後。開こうとしとる披露宴の翌日を狙うで」

「どないしてフェルトと接触するんや」

「うちの商品はあの剣聖ですら贔屓にしとるんやで~。せやから従業員になりすましたバルガはんに屋敷に侵入して貰って、直接説得してもらおう思ってな」

「……それ、大丈夫なんか?」

「さぁ? ま。最悪とっつかまっても徽章だけでも貰えれば万事OKや」

「パクるんかい」

「人聞き悪いわ~、うちは真偽不明の指輪を買い取るだけやで」

 

 どうやらフェルトらを除いた残り3人の亡命希望者は、別の策で使うのだろう。リカードは剣聖に同情した。折角騎士になれたというのに王選開始前からリタイアとは。そこまで考えてふと思い至る。自分の役割は剣聖の屋敷から逃げようとする5人を護衛する事だ。そして目下、敵になり得る存在について考えてみると浮上するのは……。

 

「……お嬢。もしかして剣聖とやり合うの想定せなあかんのかい」

「……あはははは」

「今のどこに笑いどころがあるんやアホォ! 最悪やないか……ワイに死ねって言うんか?!」

「流石に死ぬはないわ~。多少すったもんだはするかもやけど、刀傷沙汰なんかにゃならんならん。何せ肝心のフェルトはんが王選に乗り気やないからな。もしバレても偶然乗り合わせとったって知らぬ存ぜぬで通しいや」

 

 先代の剣聖の実力は化け物の一言だ。なのに当代と来たらその化け物を遥かに凌ぐと言う。幾ら自分でもそんな相手とバチバチやらかす可能性があるなんて考えたくもなかった。

 

「……ほんっと、お嬢の提案はいつ聞いても心臓に悪いわ」

「断るん~?」

「阿呆抜かせや。お嬢がワイじゃなきゃ嫌や~って泣いて(すが)りついてくるんや。そんなん断るに断れんやろ」

 

 いつウチが泣いて頼んだんや! とアナスタシアに胸毛をむしられて思わず叫んだリカードだが、彼女が自分を登用する意味は当然知っている。元ハイエナ*2であったアナスタシアが培った駆け引きと勝負勘を、リカードは何よりも信頼していた。カードの切り方を熟知している彼女が(自惚れだと言われてもいいが)リカード・ウェルキンという強力な札を切るのだ。これ即ち、アナスタシアにとっての勝負時であることに他ならない。

 

(ほんなら、応えてやるっきゃないやろ!)

 

 そうして月日は過ぎ、作戦は順調に進んでいく。

 

 バルガ・クロムウェルとの合流は完了。現地協力者への渡りも済んでいる。あとは旅の商人を装って屋敷から離れた所で待機し、亡命者と合流してカララギにトンボ帰りするだけ。商会の商人と傭兵団を連れ添って約束の地に辿り着けば、そろそろ日も傾き始める時間帯。恐らくは夜頃に合流できるとの話だが。

 

「リカード団長。向こうは上手く行くと思いますか?」

 

 手持無沙汰なのだろう。白と黒の毛並みが半々に分かれた熊型の獣人副官がリンガを咀嚼しながら聞いてくる。改めて自分の理性に聞いてみれば、成功する確率の方が低いだろう。ラインハルトという完璧超人がいるだけで、どんな企みも見破られてしまう気がする。けれども、

 

「んなもん100%上手く行くに決まっとるっちゅーねん」

 

 それが身内贔屓だと言われればそれまでだが、他ならぬアナスタシアが考えた策なのだ、上手く行くと確信していた。そう時間を立たずして待ち人が来るだろう──けれども、その予測は裏切られることになる。

 

 

「奇遇ですね。鉄の牙団長リカード・ウェルキンさん」

「こんな所でな~にしてるんですかっ☆」

 

 

 代わりに現れたのは最も出会いたくなかった存在であるラインハルト・ヴァン・アストレアと、見たこともない生意気そうな少女だった。

 

「晴れ時々剣聖かいな。えんらい登場の仕方するやっちゃなぁ……」

 

 地平線の向こうから、少女を抱えたラインハルトが文字通りすっ飛んでくるものだから動揺を隠すのに苦労した。そんなリカードの気持ちを知ってか知らずか、空からやってきたラインハルトは落ち着き払った表情でにこやかに話しかけてくる。

 

「そうですね。僕も貴方程の方と出会えるとは思っていませんでした。お会いできて光栄です。ところで、ここでは何をしていたんでしょうか?」

「んなもん商いに決まっとる。こん先でデッカイ商談があるからワイはその護衛をしとるだけや。こっちこそ何ですっ飛んできたか聞いてもええか?」

「ソレがお恥ずかしい話なんですが、少しコチラ側でゴタゴタがありまして。その犯人を追いかけている最中なんですよ」

「ほーん、身内騒ぎかいな。王選始まる前から忙しそうやなぁ」

「えぇ。全くです」

 

 事態は最悪を更新し続けている。この受け応えはほぼバレてると行っても差し支えないだろう。言葉の槍でチクチクとコチラを突付いてくる。そして剣聖がここに来たと言うことはフェルトの亡命は失敗。バルガも囚われの身になったのは間違いない。どうにかして切り抜けねば陣営ごと傾く可能性だってある。

 

「へぇ~っ☆ ねえねえ狼のおじちゃんっ、いっぱい竜車を用意してるようだけど、どんなお荷物を運ぶの?☆」

 

 分からないのはラインハルトにくっついて現れたこの少女である。アナスタシアとほぼ同じ背丈。背中まで伸ばした金髪に、まるで青磁人形のように美しい肌のこの少女は剣呑な空気に似合わぬ純粋無垢な笑顔とソプラノボイスでこちらに問いかけてくる。商会の情報網にこんな奴が居たか? 急ぎ脳内を掘り起こすりカードであるが、どうも心当たりがない。

 

 ラインハルトとの関係は一体……? 訝しむリカードは無視も出来ずに答えてしまう。

 

「こりゃまたごっつい可愛い嬢ちゃんやな~、ただ残念やけどタダでは答えられへんのや。ワイら商人、がめついようやけど情報も含めてうちの大事な商品や。おまんまの種をそう易易と教えられへん」

「ふ~ん。それってすごく高いの?」

「今やったらめっちゃ高いで~。もう一月二月くらい経ったらタダで教えたってもええんやけどな」

「そっかぁ、何を運ぶんだろ~」

「ガッハハハハハ! 答えてはやれへんが考えるだけならタダやで。考えてみ?」

「うんっ!」

 

 受け答えは子供そのものだ。屈みこんで視線を合わせたリカードはひょっとしなくても警戒に値しないのかもしれないと考える。ラインハルトが追求せず、この子供に好きにさせているのも謎だ。疑問がひっきりなしに頭をかすめる。

 

 そして思い至る。もしやラインハルトは追及をしないのではなく、出来ないのではないかと。

 

 囚われたバルガはホーシン商会の策であったことを割らず、ホーシン商会に紛れて侵入したという状況証拠だけで問い詰めようとしているのでは? ならばまだ負け戦ではない。知らぬ存ぜぬを通せば、バルガの単独犯であるで片付く事だろう!

 

「え~っと、運ぶのは~……フェルトと、ロム爺と、ガストン、ラチンス、カンバリー、そして徽章かな?」

「ガハハハ──ゲエェッホゲッホ! ゲホォッ!?」

 

 まあ、そんな細やかな希望はすぐに立ち消えてしまうのだが。

 むせ返ったリカードは、涼しい顔で唾と唾液の集中砲火から避けた少女を思わず二度見。そしてたまらずラインハルトを見れば、そちらはただただ苦笑するばかりであった。

 

「あれあれ~☆ どうしたのおじちゃん?」

 

 こちらを覗き込む少女の顔は、先ほどと変わらず無垢なままだ。……いや、目だけ笑っている。この状況が楽しくて楽しくて仕方ないという愉悦の目だ。リカードの脳が今さら警鐘を鳴らしているがもう遅い。自分の反応は相手への雄弁な答えだった。

 

「ロム爺を侵入させてフェルトを誘拐……いや、亡命させるんでしょ? それとは別にガストン達3人を使って徽章を盗ませて、みんなで竜車から脱出させるんだよね? おじちゃん、合ってる? 合ってるよね~?」

「な、にを言っとるんや……ハハッ、いきなり、妄想垂れ流してもおもろないで~嬢ちゃん。ワイらが何でんンな事せなあかんのや……」

「ライバル蹴落とすためでしょ~? ──というかネタは上がってんだ、とぼけんな」

 

 ウグイスの音色が、一転して虎めいたドスの利いた声に代わり、リカードの全身からぶわっと冷や汗が浮き上がる。1から10まで作戦が全て知られてしまっている!? 何故バレた? バルガや他3人が尋問されたとでも言うのか!? それにしてもバレるのが早すぎる! こちらに内通者が居ると考えた方がしっくりくるレベルだった。

 

「わ、分からん! 何を言っとるか全然分からん!」

「惚け続けても無駄だってのが分からねえのか? そんなタマじゃねえだろ」

「んな事言われても分からんもんには分からんしか言えへんやろが!」

「あ~~~っそ。じゃあじゃあ周りで顔真っ青にしてるみんなに聞いちゃおっかな~、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? って☆」

「ッ!? な、何考えていやがるんや!? うちの従業員に何をしやがった!」

「何って、誘拐を手助けするような悪い子はお仕置きするしかないよね~☆」

 

 少女の顔に嗜虐的な笑みが浮かんでいく。彼我の体格差はあり過ぎる筈なのに、大の大人である自分は目の前の少女相手に完全に委縮してしまっている。そして気付く。ここは糾弾の場ではなくて報復の場ではないのだろうか? と。

 

「カリオストロ、虐めるのはそこまでにしてもいいんじゃないかい? ちょっと拘留してるだけで拷問したり、殺したりはしてないさ」

「もうっネタ晴らしが早いってば! 腹立ったりしてないの~? 仮にもフェルトを獲られそうになったんだしさ。ちょっとはやり返すのも大事だよっ☆」

「腹が立たないと言えば嘘になるが……少なくとも僕らにはそんな時間は無い筈だ、そう言ったのは他ならぬキミだろう?」

 

 静観していたラインハルトがとりなせば、カリオストロと呼ばれた少女からの圧力が消える。が、落ち着く時間は与えられなかった。尻もちをついていたリカードに「おい」と声がかかれば、今日何度目かになる衝撃が彼を襲った。

 

「これから魔女教の奴らが来る。討伐に協力しろ」

「……は、はぁ? ま、魔女教? なんで……」

「何でもクソもねえ。これからお前たちを襲いに来るんだよそいつらが」

「そんなんなんでしか言えへんやろが! なんでワイらが襲われなアカン!?」

 

 当然の訴えだと言えた。ここ数十年間はなんら名前すら聞かなかった魔女教が、よりにもよって自分達を狙っているなんて誰が信じられる? こちとらただの商い人、魔女教に狙われるような真似をした覚えはない! そんな訴えをよそにカリオストロが淡々と告げていく。

 

「お前達は本来ならフェルト達を載せた竜車と合流してカララギに戻るようだが、代わりにあいつらがやってくる。商人に似た格好でいかにも仲間ですよ~って顔してな」

「寝言なら寝てから言うてくれ!」

「いいから話を聞け。疑うにしろなんにしろ、合流してしまったらもう終わりだ。その魔女教の奴らは変身する力がある。お前の身内や、お前自身に成り代わるのもお茶の子さいさいだ」

「……」

「オレ様とラインハルトは魔女教を叩きにここに来た。誘拐未遂で迷惑かけた分こっちに協力しろ。お前達を囮に、あいつらをぶっ潰す」

「なんや、それ……」

 

 一方的に語られる展開、展望にリカードは乾いた笑いしか出せない。だが二人の目は全く笑っていなかった。それは今の話が与太話どころか真実であると、一片たりとも疑っていない目だ。

 

「んな話、従えるかいな……何が魔女教や、さっきからワイらの事おちょくってるんやないやろな」

「別にお前達に特攻しろなんて言わねえよ。程よく囮を引き受けてくれたら逃げていい。あとはオレ様達がヤる。お膳立てが済んだらいるだけ邪魔だから帰れ」

「……あ?」

「聞こえなかったか? 邪魔だって言ったんだ。別に拘留してる商人共も事が終わったら突き返してやるから尻尾まいてアナスタシアの所に逃げ帰ってろ」

「勝手に決めないで欲しいんだけどね……」

 

 かっと頭に血が上る。今の今まで呆気に取られていたが、カリオストロに正面から煽られ、鳴りを潜めていた怒気が急速に芽吹き始める。鉄の牙団長であるこのオレが、アナスタシア・ホーシンの懐刀であるこのオレが、こんな得体の知れない小娘にボロカスに言われて、大人しく出来るか? ぱっと立ち上がったリカードは、口元から牙を覗かせて睨み返し始めていた。

 

「よくもまあワイら鉄の牙を腰抜け扱いしてくれたなぁ嬢ちゃん……!」

「ん~聞こえないけど何? 怖気づいた? 囮になるのも嫌って言いたいの?」

「ッ、上等やないか小娘ェ! 魔女教やらなんやら知らんが、代わりにワイらがぶちのめしたらァ!!」

 

 湯気の如き怒気を巻き散らすリカード。カリオストロがこちらを乗せようとしていたのは明白だったが、我慢なんて出来なかった。邪魔者扱いされた仲間達もこぞって怒りに燃えている。我らが牙はただの飾りではないのだ。

 

「ふ~ん。いいけど土壇場で怖気づかないでよ?」

「吐いた唾飲み込むような真似なんかするかいアホ……! それでどないするんやっ、どう囮になれっちゅーねん!」

 

 向けられれば腰が抜けてもおかしくないリカードの憤怒を前にして、飄々とした態度を崩さないカリオストロ。やはり見た目以上の人物なのだろう、半ばヤケクソ気味に吠えたてるリカードは、これまた底意地の悪そうな笑みを浮かべるカリオストロに食ってかかった。

 

「この場で魔女教を出迎えろ。そう時間も立たずに奴らはこっちにやってくる。きっと向こうは同じ商人です、とかアナスタシアからの連絡が、とか適当な理由をつけてリカードに近づこうとしてくるだろうな。んでお前達が油断したタイミングで一斉に襲い掛かってくるだろうよ」

「ニコニコ仲間扱いしとけっちゅーことかい」

「そういうこった。だけどコレだけは絶対に守れ。敵と接触するな。触れたら最後、お前達は得体の知れない化け物の体にされる」

「……」

「オレ達は荷台の中で待機してるから合図を出せ。そうしたらオレ達が出て暴れてやる」

「はん、ええやろ。だがヤる時はワイらもヤるで……それで? 合図はどうすんねん」

 

 言われてすぐに考え込むカリオストロ。リカードを見て、ラインハルトを見て、周りを見て……そして最後に組んでいた手をほどくと、茶目っ気たっぷりに(のたま)うのだった。

 

「『世界一可愛い美少女錬金術師』でっ☆」

 

*1
カララギで重宝されている騎乗動物。犬の様な愛嬌がある顔つきに、大型の肉食獣を凌駕する巨躯であり、姿勢が低いことを除けば地竜と比較しても見劣りしない風格がある。

*2
カララギ都市で路上生活をする最下層民の事。


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