RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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第四十話 裏切りの代償(前編)

                 「――――――」

 

 

 フェルトとロム爺と商人。

 

 草原に表れた銀世界。

 

 肌を刺すような寒さ。

 

 死者の氷像達。

 

 リカードと生き残っていた仲間。

 

 死にかけの魔獣。

 

 傷ついた巨大芋虫。

 

 肉を刻む剣の感触。

 

 全員からの嘲笑。

 

 強烈な違和感と吐き気。

 

 死骸と自分だけの世界。

 

 

 映像が次々と切り替わるように場面場面が浮かんでは消え、浮かんでは消える。

 ある人物の視点で映されるその物語は苦痛と不快に満ちていた。

 しかし、だからといって視聴を止めることは出来ない。そして終わることがない。

 最後まで場面を演じきれば、また最初から()りなおし。

 壊れたテープのように一連の場面は繰り返され、その場面の中ではこの人物は決められた動きと、決められたリアクションしか取れないのだ。

 

 いつこの苦行が終わるのだろう。

 そして今見ているこの物語は何なのだろう。

 

                 「――――――」

 

 多分、これは悪夢なのだと思う。

 荒唐無稽な、何ら意味のない恐ろしい夢だ。

 それならば早く覚めて欲しい。

 繰り返される度に味わう不快感はたまったものではないし、もう演じたくはない。

 だと言うのに、自分の意識に相反して体は勝手に演じている。

 

 ――あぁ、また嘲笑の声が聞こえる。

 

 筋書き通りか反射的か、自分は耳を塞いで体を屈める。

 その場にいる全員から笑われている。

 けれども笑われている理由は見当がつかない。

 自分は言われるがままに剣を振るっただけ。

 人に害為す魔獣を殺しただけ。そのはずなのに。

 

 

                 「――――――」

 

 

 続く嘲笑の中でじっとしていれば、周りの寒さから体が震える。

 だが冷えていく体とは正反対に、心は燃え上がっていく。

 

 いい加減にしろ。もう笑われるのは沢山だ。

 自分が何をしたのだと言うんだ。自分は悪いことをした覚えはない。 

 

 同じ動きしか出来ない筈の自分の体を、怒りに任せて無理矢理動かす。

 あいつらに言ってやる。自分は悪くない。理由もなく自分を笑うなと、心を(たぎ)らせて凍り付いてしまったかのように硬い自分の体を、気力を持って動かそうとする。

 そうすれば屈んでいた顔や体が徐々に、徐々に上へとあがっていく。

 

 

                 「――――スバ――」

 

 

 後もう少し。

 両手を地面について、力を振り絞る。

 

 もうすぐだ。もうすぐだ。

 

 写る視界は既に地面ではなく、前方にいるリカードの黒い靴まで見えていた。

 逸る気持ちをそのままに渾身の力を込めていけば、いきなり抵抗がなくなった。

 そこで一気に立ち上がって、いざ目の前にいる存在に文句を言ってやろうとすれば――

 

 

                 「スバル」

 

 

 ――そこに居たのはリカードではなく、エミリアだった。

 白い草原にマッチした白肌と銀髪、そしていつもの儚い白紫色の衣服。

 そんな彼女が自分の目の前に立ち、悲しそうな目でこちらを見つめていた。

 

 そこに居た筈のリカードは何処に行ったのだ? どうして君がここに居るんだ?

 先程までの怒りも瞬間的に鳴りを潜めてしまい、困惑する他ない。

 しかしそんな自分に対して、彼女はただただ悲しい目でこちらを見るだけ。

 

 何一つ喋らない彼女が不思議で仕方なく、一体どうしたのかと彼女へと問う。

 

                 「どうして」

  

 ……口から出た彼女の答えは要領を得ない。 

 どうしてとは? 一体何が言いたいのかが分からない。

 どうしてここに居るのか、どうしてそんな問をするのかこちらが聞きたいというのに。

 しかし何度問いを重ねても同じ反応が帰るだけ。

 これには流石のスバルも声を荒げて反応を返す。一体何が言いたいんだと。

 

 瞬間、雪混じりの強い風が吹き荒れる。

 叩きつけるような冷たい冷気に晒されて、思わず顔に腕をやる。

 一瞬とは言え凍えるほど冷たい寒威。体を震わせ、過ぎ去ったのを見計らい腕を下げれば、

 

 ――その時には、既に彼女はその場から忽然と姿を消していた。

 

 代わりにその場にあったのは、自分が殺めた巨大な芋虫の魔獣の亡骸。

 頭部を滅多刺しにされて事切れた、見るに耐えない死骸だけだった。

 

 なぜと思う事もなく、死骸から視界を外しエミリアを探す。

 この世界で一人きりになりたくなくて。

 彼女がこの寒い世界で迷子になって欲しくなくて。必死に探す。

 

 だけど、どれだけ探しても見つからなかった。

 氷像に囲まれた寂しい白銀の世界で、先程まであった彼女の姿は影も形もなかった。

 

 

                  「どうして」

 

 

 ――静寂の世界で、彼女の声が虚しく響いた気がした。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「――――……あ」

 

 意識が覚醒した時、スバルの視界に入ったのは見覚えのある天井だった。

 それは彼が一ヶ月と暮らして何度となく見た客間の天井。

 だがぼーっとする意識の中では認識すらも怪しく、先程まで見ていた悪夢も相まって自分が何処に居るのかも分からない。

 未だ眠りに片足突っ込んでいる頭で状況を把握しようとしていると、急にその頭部に冷たいものが当てられた。どうやら水で濡らしたお絞りのようだ。

 火照った頭部に相反する冷えたお絞りを当てられ、スバルは無意識に声を漏らす。

 

「……つめた…」

 

「……! す、スバル君……起きたんですか?」

 

 すると、彼の耳にこれまた聞き慣れた声が届く。

 音の主に向けて顔を傾けた先に居たのは――すっかりと仲良くなった屋敷のメイド、レムであった。彼女は口に手を当てて大きく驚きを表している。

 

「……あ……れ、レム?」

 

「っ! はい、レムです、スバル君のレムです……っ。

 良かった、スバル君――……っ!」

 

「おわっ!?」

 

 彼女はスバルの意識が戻ったことを悟れば、その澄んだ瞳に目一杯涙を溜めて飛びつくように抱きついた。

 いきなりの攻勢にスバルの半覚醒状態の頭が一気に覚醒に追い込まれる。が、覚醒した彼に待つのは大きな混乱だ。何で自分は寝ている? 何故レムが感極まったように抱きつく? それに、自分はラインハルトの屋敷に居たはずでは?

 状況が把握できていないが、自らを抱きしめて体を震わせるレムに落ち着いて貰おうと、スバルは彼女の背中を軽く叩いて話しかける。

 

「レム……俺は大丈夫だ、だけど一体全体どうしたっていうんだ?

 ここって……ロズワールの屋敷だよな? 俺はラインハルトの所で過ごしていた筈……」

 

「はい……どうやら混乱してるみたいですね。

 カリオストロ様曰く、スバル君はラインハルト様のお屋敷で滞在中に、突如姿を消してしまったみたいです。カリオストロ様が探しに行ったところ、屋敷から遠く離れた草原で倒れていたんですよ。周りは、何故か雪と氷で囲まれていたとか。

 そしてスバル君はラインハルト様の協力も得て、こちらに送っていただいたんです」

 

「……!」

 

 レムの説明を聞いた直後、彼の脳裏にありありと当時の様子が思い浮かび……気づく。夢で見た光景、あれは自分が体験した事そのものだった事を。

 不快に彩られた思い出が蘇ったことで、暖かい布団に包まれているというのに自然と体が震え出す。……あれは、あれは一体なんだったのだろうか。

 

「だ、大丈夫ですかスバル君!? どこか苦しいところでも!?」

 

「……い、いや大丈夫だ。俺は全然平気……」

 

「平気かもしれませんが、安静にしてください……!

 スバル君はついさっきまで(うな)されていましたし、熱もまだあるんですから」

 

「……熱?」

 

「風邪みたいです。一時は凄い高熱で……無理もない事です、雪の中でしばらく倒れていたんですから。……今、暖かいスープを持ってきますね」

 

 そう告げたレムは慈しむようにスバルの頭を撫でた後、そそくさと部屋を後にする。

 1人部屋に残されたスバルは彼女の言葉を聴いて、自分のおでこに手を当てる。……どうやら本当に熱があるらしい。火照った頭に対して冷えた手の感触がどこか心地よかった。

 

「どうりで倦怠感があると思った……そっか、俺。あの後気絶してたのか……」

 

 静けさを取り戻した部屋の中で、スバルは窓を見る。

 窓から見えるのは暖かい日が差す、晴天。昼か朝かは知らないが、寒さに満たされたあの夜天からもう半日以上立っているのは間違いようがなかった。

 

 スバルはしばらく全身に感じるだるさを味わいながらぼーっと過ごししていく。

 すると、誰かが近付いてくる音が聞こえてきた。

 

「スバル……大丈夫か?」

 

 カリオストロである。

 パーティ会場の時の装いではなく、いつもの貴族服に身を纏った彼女は静かに扉を開け、伺っている。スバルが少し疲れを見せた返事を見せれば、彼女は労わりの表情を見せて近付いてきた。

 

「熱は……まだあるようだな。何か他に体に異常とかは感じるか?」

 

「いや、別にない……本当風邪引いただけだと思う」

 

「一応回復魔法はかけたんだから、そうでないと困るな」

 

 ふぅ、とひとつため息をついた後、カリオストロはベッドに横たわるスバルの傍に椅子を近づけて座り込む。そして腕を組んでスバルを見つめはじめた。その目は不機嫌な様子がありありと見てとれており、スバルは彼女がそのような態度を取る理由を知っているせいか、気まずそうに体を縮こめてしまう。

 

「……え、えーっと怒ってる?」

 

「……へぇ、怒っているねぇ。……どうしてそう思うんだ?」

 

「ど、どうしてって……そりゃ、勝手に屋敷抜け出したこととか、あまつさえ1人で倒れてたとか。そういうのがあっていたぁっ!?」

 

「よーく把握できてるじゃねえか、その通りだ。お前はなんで1人で抜け出したんだ? しっかもあんな寒空の中でぶっ倒れてるとか……なんだお前、オレ様を心配させる趣味があるのか? 嫌がらせか? わざとやってんのか? そうなんだよな? よーし上等だ、一週間腹痛と頭痛と吐き気が止まらなくなる薬調合して飲ませてやるから覚悟しろ」

 

「ちょ、ちがっ、決して今回は俺が原因ではなくていたっ!? ちょ、やめて! 俺病人! 労わるべき対象! 風邪が悪化しますぅぅーっ!!」

 

 ごすごすとカリオストロの手刀が何度も何度もスバルの頭に振り下ろされる。

 いくら少女の攻撃とはいえ、巧みなスナップを駆使したそれは中々に痛い。

 スバルは弁明をしながら彼女のオシオキを腕を掲げて防ぐほかなかった。

 

 そうしてカリオストロの攻勢が終わった後、スバルの理由が伝えられる。

 

 ロム爺がフェルトを脱走させようと狙っていたこと。

 自分はソレを止めようと思ったが、巻き込まれてしまい連れていかれてしまった事。

 移動先の草原で、多数の人と魔獣の氷像があったこと。

 奇妙な集団に出会ったこと。

 そして彼らの不可解な行動を目撃したこと。

 

 包み隠すことなく伝えられる異様な思い出に対し、カリオストロは静かに傾聴し続ける。

 そして説明が終われば、彼女は腕を組んだまま瞑目(めいもく)した後、静かに口を開いた。

 

「……確かにな、オレ様達がお前を見つけた場所には不愉快なオブジェが大量にあった。

 お前が行った時にはそこにはもう氷像があったんだよな?」

 

「あぁ、間違いない」

 

「ふん。奇妙な集団か……。なんであれ不可解だな。

 もしもその場を凍らせたのが魔獣の仕業であるなら、何で魔獣まで凍っているんだ? それに商人共に魔獣を殲滅させる力があるなら、なぜお前達にわざわざトドメをささせた? わざわざ弱らせて残しておく意味はないはずだ。そして――なぜお前は取り残されたんだ? そのリカードとやらは何か言ってたか覚えているか?」

 

「一応……断片的だが、覚えてる。俺がでかい芋虫を殺した時に仲間共々全員で俺を笑った後、死んだ魔獣に対して"試練"だとか、"仲間に殺される気持ちはどうだ?"とか。

 ……あと、俺の事を"同類"だとか」

 

「仲間……? 同類……?」

 

 スバルが魔獣と仲間? 意味が分からず、カリオストロは難しい顔をし始める。

 その連中の目が極端に悪いのか、頭がイカれてるとしか思えない発言である。スバルを同類とみなす理由もさっぱりだ。一応推察こそ立てられるものの、情報が少なくてふわふわとしたものになってしまう。だがそれでも何かしら分かればと目を瞑って推理を続けていけば、スバルが思い出したかのように問い返してきた。

 

「そういえば……フェルト達はどこに行ったか分かったか?」

 

 リカードはスバルだけを置いてどこかに行ってしまったが、彼女たちは別だ。

 彼女らは竜車に乗るように指示をされていた筈。

 しかし呈した疑問に対するカリオストロの反応は、首を横に振ることだった。

 

「それについてはラインハルトが目下捜索中だ。

 お前があの草原からこの屋敷に連れてこられて約一日だが、あいつの力があれば難なく見つかるだろう。――殺されていなければの話だがな」

 

「……っ」

 

 不穏な仮定にスバルの顔が青くなる。殺されたなんて考えたくもないが、彼らの気味の悪さを目の当たりにした彼にソレを否定する事は出来なかった。

 不安がありありと顔に出てしまうスバルを見てカリオストロは自分の失策を悟り、話題を打ち切ることにした。余計な事を考えさせて体調を悪化させるつもりはない。とりあえず今は休ませてあげることが大事だろう。

 

「まあ、あれだ……今は何も考えずに休め。

 お前が嘘をついてないのは何となく分かる、大変だった事もな。

 ……大丈夫だ、ラインハルトがすぐに見つけてくれる筈だ」

 

「……分かった。ありがとうなカリオストロ」

 

「阿呆、心配かけてごめんなさいの方が先だろう」

 

 言葉をつまらせて、慌てて頭を下げるスバルを軽くカリオストロが叩く。と、部屋をノックする音と共にレムが部屋へと入り込んできた。その手に持つのはスープが入った小皿。なみなみと注がれた黄金色のスープからは湯気が立ち込めており、少し遅れて芳しい香りがスバルの鼻に届いた。

 直後、今更空腹を思い出したのか彼のお腹から小さく音が鳴り響く。その音を恥ずかしそうにすれば、レムはくすくすと笑い、すぐ傍までスープを持ち寄せた。

 

「お待たせしましたスバル君。やっぱり、お腹空いてましたよね――どうぞ。

 熱いですからゆっくり飲んでくださいね。お代わりもいっぱいありますから」

 

「あ、ありがとうな……いや、本当。目覚めたらおいしい料理があるって幸せだわ。

 ……ふーっ、ふーっ……あつっ。……うまっ!? 腕を上げてるなレム!?」

 

「メイドは日々精進ですから。レムは皆さんを飽きさせない料理を毎日作りますよ。

 ……あっ、ス、スバル君ごめんなさい、大事な事を忘れていました!」

 

「へ?」

 

 スバルが空腹に身を任せるまま熱々のスープをかきこんでいれば、レムが慌てて懐から何かを取り出す。独特な形状をした銀製の道具――それはスプーンであった。

 彼女は失礼します、とそのスプーンをスープに差し込み、持ち上げれば……、

 

「はい。あーんしてください」

 

「……へっ!?」

 

「……」

 

「い、いや、流石にスープくらいは食べられるっていうか……」

 

「駄目です、スバル君は今風邪を引いているんです。

 無理に動く必要はないので、全部レムにお任せください」

 

「で、でもな!?」

 

 整った眉目を間近に近づけた薄青髪の美少女に顔を近づけられて頬を赤くするスバルに「ほら、やっぱり顔が赤いですよ」とレムが語気を強める。純なスバルは恥ずかしがって一度は拒んだものの、レムの押しに負けて結局彼女の手ずからスープを飲む羽目になった。

 ……そんなやり取りを白けた表情で見つめるカリオストロは、前もこんな光景見たことがあるな、なんて事を考えていたとか。

 

「おいしいですか?」

 

「ハイ、オイシイデス……」

 

 かちこちに固まってスープを飲むスバルを見て心の底から嬉しそうにするレム。

 一方でお腹は休まるし、奉仕されることは嬉しいスバルだが、残念な事に女性に免疫がないのは相変わらず。一向に気が休まらない。

 スープの匂いと共にふわりと感じられるレムの甘い香りに、密接した彼女の体の柔らかさは思春期少年にはいささか刺激が強い。故に、スバルは逃げるように話題を出す。

 

「そそ、そう言えばエミリアたんとラムはどうしたんだ?

 ラムは多分仕事だろうけど、エミリアたんも今勉強とかしてるのか?」

 

 本人としては何気ない質問を投げかけたつもりだ。

 だが、そんな彼の質問に対し……二人の表情はぴたりと止まってしまった。

 

「……」

 

「……」

 

「え……あれ? ど、どうしたって言うんだよ?」

 

 困惑するスバルに対し、寄せていた体を一旦下げたレムは浮かない表情を見せる。カリオストロは表情こそ変えないが、しばし考え込むように黙すると……おもむろに口を開いた。

 

「エミリアとラムは、まだ屋敷に戻っていない」

 

「っ!?」

 

「……はい。エミリア様と姉様はラインハルト様のお屋敷を朝に出たと聞き及んでいますが……まだこちらには到着していません」

 

 スバルは更に困惑を(あらわ)にするしかない。後から出た自分がこうして屋敷に着いたのだ。ならば先発した彼女達が先に着いていないのはおかしいではないか。

 

「で。でもロズワールが手紙で呼び寄せたんだろ? 何か急用があるって……それなら」

 

「スバル。それについてなんだが……あいつに問い質して見たが……その答えはこうだった。

 『そんな手紙を出した覚えはない』とさ」

 

 スバルはがつん、と何かに強く殴られたような衝撃を覚えた。

 では彼女達に手紙を出したのは一体誰なのだ?

 差し出し人はなぜ彼女達を早めに帰らせるような真似をしたのだ?

 頭の中で行き着く思考が、ある1つの結論を見出した。すなわち、

 

「罠、だったのかもしれません。……で、ですがスバル君大丈夫ですよ!

 姉様はもとより、エミリア様も戦闘に秀でておられます。それに、あのお方にはパック様もついてますから……多分、竜車が故障をして予想より遅れているだけです」

 

 大丈夫ですよ、絶対に。と諭すレムにスバルは口を開く事が出来ない。心配させまいと微笑む彼女だったが、彼にはその言葉がまるで自らにも言い含めるように聞こえてならなかったためだ。

 同じ気持ちを抱いているカリオストロもまた、彼女を安心付けるように言葉を連ねる。

 

「レムの言うとおりだ。森での戦闘を間近で見ていたお前なら分かるだろ?

 エミリアもラムもそう簡単にやられたりはしないさ。信じて待てばそのうち帰ってくる」

 

「そ、そうか……そうだよな。

 手紙はよくは分からないけど、多分故障とかが原因だよな……!」

 

 しかしながらカリオストロは自身の発言を脳裏では否定していた。

 

(……故障はありえなくはないだろうが、手紙につられたエミリア達が何らかの罠に嵌った可能性の方が高いだろうな。あいつらの戦闘力も決して低いものではないが、例えばパックが出てこれない夜や、奇襲された場合どこまで戦えるか……)

 

 身内すら騙される精巧な手紙を寄越してまでエミリアをおびき寄せたのだ。

 綿密に練られた作戦である可能性は非常に高い。 

 

(……しかしだ、手紙は本当に誰が出したものなんだ? ロズワールは否定していたが、ラムは筆跡で本人のものだと断定し、更に封蝋までメイザース家のものだと言っていた。ソレを偽装できる存在が居るのか? それとも……ロズワールそのものが嘘をついているのか? だが奴にはエミリアを罠に嵌めるメリットがない……)

 

 口惜しいが情報が足りなさすぎる。真意は追々突き詰めていく必要があるな、とカリオストロは一旦思考を打ち切る。それよりも今はスバルに余計な事を考えさせないようにせねば、と穏やかな表情を浮かべ、

 

「だからスバル、今のところは何もかも忘れて眠ってしまえ。お前が目を覚ました時にはエミリア達も戻って来るだろう。それまでしっかり体を――」

 

「カリオストロ?」

 

「カリオストロ様?」

 

 ――休ませろ、と言い切る直前で、彼女は唐突に意識を窓へと向けざるを得なくなった。

 二人はカリオストロの突然の行動の理由が分からずに問いかけるが、彼女は何も答えずにただ窓を凝視するだけ。

 一体窓に何が見えているのだ、とスバルとレムが同じく視線をそちらに向ければ、

 

「……雪……?」

 

「こんな時期に……珍しいですね」

 

 なんと暖かな陽光の中で、ちらほらと雪が降る様子が見えていた。

 余りにも季節外れ過ぎる光景だが、どこか幻想的な光景でもあるその様子はレムの目を輝かせて、スバルを感嘆させる。

 ……しかし、一番最初に異常に気づいたカリオストロの見る目は非常に厳しいものだった。

 

「……レム、スバルを起き上がらせてすぐに避難させろ」

 

「避難?」

 

「お、おい。どうしたっていうんだよ」

 

「答えてる暇はない。早くしろ」

 

 窓を睨み続けるカリオストロは椅子から立ち上がり、その手には魔導書を出現させる。

 並々ならぬ様子に困惑する二人。だがレムは大人しく彼女の言葉に従うとスバルに「失礼します」とだけ言って肩を借りて起き上がらせた。

 

「一体何が、ただ雪が降ってるだけじゃ……!?」

 

 窓とカリオストロを交互に見るスバルはなぜ彼女がそこまで警戒しているのかが理由は分からない。が、彼女の視線の先にある窓の様子は先程よりも一変していた。雪の量が先程よりも増え、あれだけ明るかった外が曇り空に転化していたのだ。

 そしてスバルが見ている間にも曇天は更なる厚さと広さを持ち、太陽を覆い隠して昼を夜へと変え、風を吹き荒らし、吹雪を呼び寄せていた

 

「カリオストロ!」

 

「いいから早くしろっ、死にたいのか!?」

 

 怒鳴り声と共についにカリオストロの両サイドにはウロボロスまで顕現(けんげん)する。

 朱と蒼の二つの龍を表に出す事の意味は、強敵が出現したという事。

 だが今までどのような敵であれ、余裕すら見せていたカリオストロがここまで切羽詰った表情を見せた事はなかった。

 

 一体何が待ち受けているのだ。

 スバルの戦慄もそこそこに、レムも遅れて何かに感づいたようだ。

 

「これは……っ、スバル君、早く行きましょう!!」

 

「おわっ!?」

 

 レムは最早肩を貸すだけでは間に合わないと判断したのか、スバルをお姫様抱っこの姿勢で抱え上げて、ベッドから離れる。

 驚くスバルが何もここまでしなくても、と再度カリオストロの方へと振り向けば――今まで以上の異常が彼の目に飛び込んできた。

 

 強烈な風雪にガタガタと揺らされていた窓枠からいきなり音が消えたと思えば、小さく連続した(ひび)割れの音と共に窓が端から凍りついていく。

 瞬く間に氷に侵食されていく部屋内の全ての窓は枠を含めて一瞬で白く染まり、(きし)む音を立てながら罅を広げる。そして最早窓では防ぎきれない冷気は侵食するように部屋内に広がっていけば。数え切れない程の白く小さな虫が這いずり回るように壁に広がり、更に天井、床、高価な調度品、カーペットやランプまでもが一瞬で染め上げられていく。

 そしてレムが窓がある方向から素早く退散したと同時に、その窓が、ランプが、明かりが、凍結に耐えきれずに全て弾け割れ、尋常ではない程の冷気が部屋内に舞い込み始めた。

 

「――ッ!? カリオストロ!」

 

「――――!」

 

 距離を取って難を凌いだスバル達に対して、その場を動いていないカリオストロには真っ先に寒威が襲いかかる。が、カリオストロの魔術書が紫に光り輝けば、瞬間的に彼女とウロボロスを中心に半径10m程の白くて薄い大きな膜が張り巡らされ始める。冷気の波は侵食することは叶わなかったのか、その膜を覆うようにドーム状に広がって霧散していく。バリアのようなものなのだろう。そのお陰でレムもスバルも含めて、全員が凍てつく事は避けられた。

 

 しかし、異常を防いだと思った直後の事だった。

 カリオストロのすぐ近くの壁一帯が窓ごと、粉々に破壊されたのだ。

 ソレは風によって破壊されたと言うよりかは、何か大きな物に衝撃を与えられて砕けたと言った方が正しく。壁の破片が三人めがけて飛び散るが、ウロボロスやレムによってかろうじてそれは全て叩き落とされた。

 

 なぞるように一筋、しかしながらぽっかりと空いた大きな穴からは見通すことも出来ぬ程の()()()()()()()が見えてしまっている。先程までの晴れ模様は一体どこに消えたか、全てを凍りつかせようとする異常な寒波におののくスバルとレム。

 

 ――だが彼らはさらなる絶望が先に待ち構えている事に、気付いていなかった。

 

『――――スバル、そこに居るのかい?』

 

「……!?」

 

 聞き覚えはないが、どこか既視感を覚える重低音。

 口から発せられたというよりかは脳内に直接響き渡るその声に、スバルは咄嗟に耳を疑う。

 ……どうやらその声はスバルにだけ聞こえたものではないらしい、レムもまたどこから聞こえるのかを判別しようときょろきょろと見回している。一人、カリオストロだけは微動だにせず、屋敷が悲鳴を上げる程の暴風が今も入り込む大きな穴をじっと見つめていた。

 

 そして、スバルは自らの誤解を悟った。

 

『……あぁなんだ、居るじゃないか――あの場に居続けてくれれば、楽に済んだものを』

 

 

「あっ……ぁ……あ……?」

 

「……」

 

 穴から覗く薄灰色の世界に、唐突に、黄金色に光る巨大な眼が宙に浮いて現れる。……いや、宙に浮いているのではない。巨大な魔獣がこの穴を覗き込んでいるのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 相手は何故だか知らないがスバルを名指しし、冷え切った目つきでこちらを睥睨(へいげい)しており、当のスバルは叩きつけられる様々な悪感情に晒され恐怖から全身から冷や汗を流し、腰を抜かしそうになる。

 彼を抱えるレムもまた本能的に相手と自分が隔絶した存在である事を悟り、体を震わせてしまう。だが、気丈にも内心の恐怖を押し殺して敵意を持って睨み返す事が出来ていた。

 彼女を支えるのは大事な人を守らなければならないという使命感、それのみ。鬼化をするほど力みながらも何とか腕の中のスバルを守ろうとする。

 

 しかし気圧される彼らと違ってカリオストロだけはその巨体に対して冷静さを保ち、その場に佇み続けていた。

 猛風吹き付ける部屋の中、傍らの二対の龍が主人の敵意に同調するように巨体へと重苦しい唸り声をあげ、威嚇する。目の前の存在をいつでも屠ろうとする殺意がありありと見て取れるほどに。

 

 とぐろを巻く二体の凶悪な龍に囲まれながら、カリオストロは穴から覗き込むその存在を見上げるようにして睨みつけ返した。

 

 

「ここに何しに来やがった、デカブツが」

 

『――盟約を果たしに来たのさ』

 

 

 灰色の体毛を持つ、森をまたぐような体躯を誇る猫型の四足獣が一行に敵意を向けていた――




今話も本来なら一話で済ます筈が、
「こいつはこういう動きをする、そうなるとあいつはああいう動きをするよなー」って要素を取り入れていったら気付いたら前後編で分ける事になりました。
「キャラが勝手に動く」ってこういう事なんやなぁって…。(遅くなってごめんなさい)

あとオイラの甘々シチュの引き出しは「あーん」しかねぇ…。(震え声)

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