RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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第三十八話 「主人公」と『主人公』

 (そう言えば、此処に入るのも2回目だったか)

 

 朝食後、カリオストロが連れられた先の部屋は、この世界に辿り着いた1日目に招いて貰ったラインハルトの部屋であった。

 どこか懐かしさを感じながら勧められた椅子に座り込み、ラインハルトは自分の脇机から書類を取り出すと、それをカリオストロに渡した。

 

「さて、今渡したのが鎧の魔物に関しての報告書だ」

 

「……3回も目撃証言があるんだねー☆」

 

「その通り。こちらが正式に確認したのは1回だけだったのだけれども、他2つの目撃証言は早い段階から実は目撃されていて、調査の結果遅れて出てきたのさ。

 一回目の目撃は今から約3週間前。軍事物資の運搬中に護衛の兵士が遠巻きに発見した。

 ……その兵士一人しか見ておらず、尚且つ一瞬だけだったようだから、一笑に付されてしまったようだけどね」

 

「……そりゃ『空に巨大な鎧が浮いてた』なんて言っても誰も信じないよねっ☆」

 

 星晶獣に馴染みがないこの世界の人から見れば至極当然の事かもしれない。それを考えると向こうの世界よりもこちらの世界の方が安全なのか? と益体ない事を考えながらカリオストロは彼に続きを促す。

 

「2回目の目撃証言は約2週間前。王都近郊の農家の夫婦が兵士詰め所に駆け込んできて発覚。

 『巨大な鎧の魔物が空に浮かびながらこっちを見つめてくる』と半狂乱で訴えかけたようだが、やはり到底信じる事ができず、幻覚でも見ているのだと判断されてしまったらしい。

 だが二人共同じ証言をしたことから少しは怪しんだようだ」

 

「現地まで確認してみたのかな?」

 

「そのようだね。ただ、辿り着いた時には――」

 

「居なかったって訳かー……なるほどなるほど☆」

 

 カリオストロは書類に目を通しながらもラインハルトの説明を耳に入れて、二つの情報を照らし合わせていく。

 情報から分かるのはどちらも一瞬しか確認出来ていない事と、近辺で鎧の魔物が仕業と思われる被害が特に確認されていないこと。ヴァシュロンが何を目的にしているかは分からない今、現状はただ彷徨っているだけにしか思えないが……。

 

「それで、3回目は?」

 

 カリオストロが書類から顔を上げてラインハルトをちらりと見れば、陽が差し込む窓に背中を向けて、彼はこう続けた。

 

「3回目はここ、アストレア家で複数の執事達とボク自身が確認したよ。丁度5日前の昼の事だね。……流石にボク自身も驚いた、巨大な鎧の魔物がこの部屋を覗き込んで居たのだから」

 

「ここに?」

 

 釣られるようにカリオストロも窓を見る。

 その先には透き通るような青空と暖かな陽の中で小鳥たちが平和に飛び交っているだけだ。

 だが今。二人の中ではあの独特な鎧を纏った星晶獣が景色を遮ってこちらを覗いている姿が見えていた。

 

「執務中、違和感を覚えて後を振り返ればすぐそこに。

 丁度その場に居た爺やも見ていた……が、不思議な物でね。確かに見た目は恐ろしいが余り脅威を感じなかったんだ。まるで弱っているような印象の方が強かったかな」

 

「弱ってる?」

 

「あぁ、巨大な鎧だったけど……鎧その物がぼろぼろになっていたし、その手に持っていた剣も半ばから折れていたからそう思えたのかな」

 

 その報告を聞いてなるほど、とカリオストロは頷く。

 自分自身がこちらの世界に送られた切欠は崩壊寸前のヴァシュロンの最後の足掻きによるもの。

 何故かは分からないが肝心のヴァシュロンも崩壊を免れてこちらに来たはいいものの、グラン達によって受けた深いダメージはまだ回復しきっていないようだ。

 

「で、結局魔獣はどうなったのかな?」

 

「我々が警戒を露わにしていると、しばらくして空に消えていったよ。

 捕縛することも何も出来なかった」

 

「ふぅん……☆ でも実際に目の当たりにした以上は探る必要があった。そうだよね」

 

「その通り。先程の2件が眉唾だと判断されていたから調査するのは苦労したよ。僕自身もメイザース卿が同じ情報を欲していなければ本腰を入れて情報収集することはなかっただろう。

 現状、その魔獣は何ら被害を出していないから様子見で済ませているが……。

 ――ただ、かの魔獣には気になる点が1つあるんだ」

 

「気になる点?」

 

 ラインハルトは窓に向けていた体をこちらへと向き直し、告げた。

 

「その鎧の魔獣……カリオストロはヴァシュロン、と言ったかな?

 実は初期の目撃地点から、2回目、3回目と経るごとにどんどん北上して行ってるんだ」

 

「……?」

 

 ラインハルトの話を受けてカリオストロが手元の報告書に再度目を通していく。すると、確かに言われた通り目撃場所はどんどん北上しているではないか。だがそれが一体どうしたのだ? 北上した先に何があるのか――と考えを巡らせていけば……ラインハルトが何を言いたいかに彼女は気づいた。

 

「あぁなるほど……王都、だね☆」

 

「その通り。次ももし出現するとして、それが今回よりさらに北にでるのであれば……その先は王都である可能性が高い。こちらとしては様子見で済めばいいとは思っているが、あそこで暮らす多数の民を思えば何かがあったでは遅い。次王都で見かけたら討伐対象になる事だろう」

 

「それはっ――……ちょっと、困るかなーって☆」

 

「……カリオストロがそもそも何故その魔獣の情報を欲しがるのか、それについては聞いていないけど――ヴァシュロンは倒されてしまうとキミが困るのかい?

 もしもかの魔獣が害を及ぼす存在ではないと断定出来れば、捕縛だけで済むかもしれないが」

 

「……」

 

 魔獣の情報を知りたがる理由(異世界から来たこと)を説明する事が出来ないのが明らかなように、星晶獣ヴァシュロンが害を及ぼさないか、なんて聞くまでもなくNOだ。

 人知れず神隠しを起こすのはまだ良い方で、あの時のように大暴れすればそれこそ王都に甚大な被害が及ぶ可能性もある。暴走した星晶獣を大人しくするには、あの蒼の少女『ルリア』が居なければ難しいだろう。

 

 だがヴァシュロンはカリオストロにとっての元の世界へと帰るための鍵でもある。出来るなら無傷のままで捕らえたいところだが――

 

「……どうやら、そう簡単に行く魔獣ではないようだね。

 であれば申し訳ないが、その際には」

 

「うん……じゃあせめて、トドメだけは私にやらせて欲しいな☆」

 

「承知した。出現周期的にも約1週間単位だ。

 その日が近づいたら僕と同行して街に向かおう。

 もしキミが良ければ出現するまでこの屋敷に滞在してもらってもかまわないよ」

 

「……いいの~? そこまでしてもらって」

 

「損得無しにキミとは仲良くなりたいと思っている、と言うのもあるし。

 ロズワール様にも、エミリア様にもキミには最大限の協力をして欲しいと言われているからね。労力は惜しまないよ」

 

 今ひとつ何を企んでいるかが分からないロズワールではあるが、協力自体はきちんと取り付けてくれたようだ。そして忘れてはならないエミリアの口添えに少しむず痒い思いをしながらも、カリオストロは報告書を丸めて畳み、懐にしまいこむ。

 更に、彼女は改めてラインハルトに向き直ると、スカートを摘んで少しあげながら丁寧に腰を曲げて感謝を示した。

 

「――ご協力、誠にありがとうございます騎士様☆」

 

「困った人を助けるのは騎士の本懐さ、レディ。それに、感謝はまだ早いよ。

 願わくばヴァシュロンが無事に捕縛できた時にまたその言葉を聞きたいね」

 

 静かな間の後、茶化しあった二人で小さく微笑み合えば、見計らったかのように扉をノックする音が飛び込んでくる。どうやら執事がお茶を運び入れてきてくれたようだ。

 執事自ら入れたお茶を二人で手に取れば静かに啜り、一息。

 緊迫した空気も暖かなお茶で弛緩すれば、ラインハルトが柔和な表情でカリオストロに問いかけた。

 

「ところで一応この話は一区切りついた所だけれども、カリオストロは今日はどうするんだい? 一旦屋敷に戻ったりとかは考えてはいるかい?」

 

「……まあエミリア達も気になると言えば気になるけどね~☆

 うーんと、スバルがあんまりにもぐずるようなら戻るけど……そうじゃないならこの辺りのお散歩でもしてようかな?」

 

「王都から少し離れている場所で居を構えているせいか、この辺りは完全に自然に囲まれている。それもいいかもしれないね。もし良ければ屋敷の庭などを見てはどうかな。いつも彼らが精魂入れて整えてくれているんだよ」

 

 それもいいかもしれない、折角だからスバルを誘ってやるか。などとラインハルトの提案を真剣に考えるカリオストロだが、(くだん)のスバルが現在進行系で屋敷から刻一刻と離れていってるなどとは思いもしていなかった。

 

 

 そのままお茶を飲み終えるまで何気ない話に花を咲かせていく二人がフェルトとスバルが居ない事に気付くのは――お昼に差し掛かった頃だった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「………ん、が……んっ……?」

 

 体に感じるがたがたとした振動。少しだけ耳に入る風の音に、節々の体の痛み。意識が覚醒するにつれて頭に次々と入ってくる情報に目を白黒させながら、スバルはその場で起き上がる。

 

「い、っつつ……あ……あれ? ここって?」

 

「お。にいちゃん目を覚ましたか?」

 

「おう坊主。大丈夫か」

 

「……え? あれ? フェルトに……ロム爺?

 何か全然現状が掴めないんだけど……えーっと、今、ここってどこだ?」

 

 顔を覗き込んでくる二人を把握するとスバルは周りを見渡し始める。

 木の骨組みに、厚そうな白い皮が貼られた天井。周りに散財するのは木箱。

 少なくとも屋敷の一室ではないな、とぼんやりした頭で思っていると二人は気の毒そうな顔をし始めた。

 

「おいロム爺。やっぱやりすぎだろ」

 

「いや、あの時はつい力が入ってしまってのう……坊主、落ち着いて聞け。

 今お前さんは竜車の荷台の中におる」

 

「竜車の……ニダイ……荷台? ……んんっ!? 竜車の荷台って……!」

 

 ロム爺の言葉が鍵になって、霞がかったようなスバルの頭に直前の記憶が思い浮かんできた。

 

 朝にロム爺と出会った事。

 ロム爺にフェルトと引き合わせた事。

 ロム爺とフェルトが脱出する事。

 それを反対しようとしたらロム爺にいきなり締められた事。

 

「ってことは!?」

 

 跳ね起きたスバルが慌てて荷台の出口から顔を覗かせると、そこにはまず宵闇があった。

 そして視界の上には星々が瞬く夜空。下には勢い良く流れる地面。

 左右を見渡せば一帯に広がる暗闇の草原が見えた。

 間違いない、ここは屋敷でもなんでもない。

 むしろ絶賛全然知らない場所まで拉致されてしまっている!

 

「お、おいぃぃぃぃいぃっ!!? これはシャレにならねえだろぉぉぉぉ!!?」

 

「ちょ、馬鹿! 落ち着けって、顔出すなってにいちゃん! 落ちるぞ!?」

 

「落ち着けるかって!? 落ち着けないねコレは!?

 フェルトだけならまだしも俺も一緒かよ!? カリオストロにもラインハルトにもまだ何にも言ってないってのにコレはヤバイって!? ちょ、Uターン! 御者さんUターンして……どわぁっ!?」

 

 冷静を失い、パニックになったスバルが急ぎ指示を出そうとした所、そのお腹に大きな腕が回されて一気に荷台の中まで引きずり込まれ、スバルは荷台の上で寝転がることになった。

 

「落ち着け小僧、お主をここまで連れてきてしまったのは……まあ事故じゃ。すまんかったな」

 

「まあ事故じゃ、じゃねーって!?

 もう冗談で済まされるレベルは超えてるから――もがっ!?」

 

「とりあえずこの狭い荷台で騒ぐでないわい。コレでも食っておれ」

 

 そう言って無理矢理口に差し出されたのは大きなクッキーのようなモノ。

 スバルは驚き吐き出しそうになったが、口内に広がる塩味と仄かな甘みを感じれば少しだけ落ち着きを取り戻し……渋々、それを咀嚼をしていく。

 

「あぐ、んも、んぐ…ごくんっ。

 ……はぁ。悪い、っていうか俺は悪くないけどどうするつもりなんだよ」

 

「それについては話合ったんじゃがな」

 

「にーちゃんには悪いけど、一旦あたし達を別の竜車に乗り込んだ後に、この商人の人がちゃんと屋敷まで送り届けるって言う手筈になってる。

 このまま拉致したまんまってことはないから、ま、安心しろって!」

 

「なーんだそれなら安心……出来ねーよ!? って言うか脱出するのに俺関係ないだろ!?

 だったら気絶した直後に俺だけ戻って置いてきてくれれば良かったのに……!」

 

「そうしたかったけど下手な動きをして怪しまれたくないだろ?

 近場に村でもあればそこに置いて置く事も考えたけどそれがなかったからなー、野に放られて魔獣や追い剥ぎに襲われるのもやだろー、にーちゃん」

 

「そりゃな!? そんな事されたら末代まで祟るわ!」

 

 木製のコップを手に持ち、傍らに持ったリンガを齧るフェルトが飄々(ひょうひょう)と告げ、そんな彼女の発言にスバルが突っ込んだ。理不尽に常に晒される男スバルは、浮かんできた怒りを抑えながらフェルトに質問を続ける。

 

「……で、それはいつまで掛かるんだよ? まだその別の竜車に乗り換えられてないんだろ?

 最低でも俺が拉致されてもう半日以上はかかってるし……あんまり長引くと客観的に考えてやばい事になるぞ。俺もだけどさ」

 

「あと少し、だとさ。合流地点がこの先にあるらしいんだが――なぁ商人のにーちゃん、あと少しなんだよな!?」

 

「もう少しです! スバルさんの事もちゃんと忘れていませんので――……んん?」

 

 荷台の外から聞こえてくる御者の声に疑問の声が交じる。

 そんな声色にどうしたのだろうと三人が思っていると……男はこう続けた。

 

「すいません、多分……旅人のようですね。道の真ん中で通せんぼしてます。

 ……困りましたね。ちょっと静かにして貰っても良いでしょうか?」

 

「……坊主、分かっておるだろうな?」

 

「……はいはい、別に騒いだりはしないって。

 俺はちゃんと送り届けてくれればもう文句もつけねーよ」

 

 顔を近づけて凄むロム爺に対し、ぶーたれながらスバルは穀物を入れた麻袋に背中を預ける。

 やがて全身に感じていた振動は緩やかになものになり……完全にそれが止まると同時に、荷台の三人は何をするでもなく口をつぐみ始める。

 三人の意識はそれにより必然的に外でのやり取りに集中することになった。

 

『――夜分遅くに本当にすいません。我々は旅の者なんですが……』

 

『進行方向を妨害するのはあまり褒められた物ではないですね……それで、どうしたんですか? 女性二人を連れてこんな夜更けに出歩くなんて危ないですよ?』

 

『大変申し訳ありません。我々、実は道に迷ってしまいまして。

 先程ようやく道を見つけて浮かれていたんですが……ここ近辺で大きな街に行くとしたら、どう進めばいいんでしょうか?』

 

『なぁなぁ兄ちゃん、それと出来れば食料とかも分けてくれないか?

 気づいたら持ってきた食料も足りなくなっちまってよぅ……』

 

『な、なんです? この小さな魔獣は……』

 

『オイラは魔物じゃねえ!』『うわっ!?』

 

『はわわっ、ご、ごめんなさい! 

 別にこの子は悪さする子じゃないので……!』

 

 荷台の外から聞こえてくる声を察するに、どうやら呼び止めたのは男性と女性、そしてよく分からないが小さな魔獣(?)が1体居るようだ。

 声の感じからしてそのどちらも若く、男性の声は非常にハキハキしており、女性の方はどこか繊細な印象を覚えた。

 

『ごほん、魔獣でなければ……精霊ですかね?

 まあそれはともかく……、この近くで大きな街と言うと王都ですね。

 王都に行くのであれば、我々が来た方向に沿って真っ直ぐ……そうですね、半日くらい歩いて貰って、最初に見えた分岐路で左に曲がって下さい』

 

『えぇーっ、まだまだ歩くのーっ!? うちもう疲れたーっ!』

 

 ……追加で 聞こえてくる声は先程とは別の女性のようだ。

 声自体は可愛らしいのだが、その内容と言えば大分だだっ子なイメージを受けた。

 

『――こら。頼む側がそんな声を出しちゃ駄目だよ。

 ありがとうございます。非常に助かります……そうですか、反対方面ですか……それで大変厚かましいお願いなのですが、もし良ければ食料を分けて頂いてもよろしいでしょうか?』

 

『うーん……まあこの辺り一帯は特に何もないからね。

 魔獣も出没しやすいので施したい気持ちも当然ありますが……』

 

『もちろん、無料でなどと言うつもりはありません。お金は支払います』

 

『……精霊。オイラは精霊でもないんだけどなぁ。うーん。ドラゴンってあんま見ねえのか?』

『こっちでは珍しい存在なのかもしれませんね』

『ぶー、すぐに出会えると思ってたけど結構大変……ご先祖様どこ行っちゃったのかなぁ』

 

 三者三様の会話を聞きながら、聞き耳を立てていると商人が荷台に近づいてきたようだ。

 彼は幌の中に顔を突っ込むとロム爺へと語りかけきた。

 

「すいません、そこのリンガの箱をお願いしていいですか? ――ありがとうございます」

 

「……」

 

 ロム爺は無言で箱を手渡しして、商人がそれを持って相手方に渡したのだろう。次の瞬間『おわ! リンゴじゃねーか! へへっ、にいちゃん良い物持ってきてくれたなぁ!』と言う元気の良い声が届いてきた。……リンゴ、今リンゴと言っただろうか? 聞き間違いかとスバルが思っていく中も、旅人との会話は続いていく。

 

『どうも助かります。えっと手持ちのお金で足りますか?』

 

『いえ、お金さえ頂ければ……ふむ? 見たことのない通貨ですね。

 一応銀貨のようではありますが……む、金貨まで。

 ……いいでしょう、どこの通貨はわかりませんが。金の価値は代わりませんから』

 

『んーやっぱりこっちの通貨は使えないんだねー、そりゃそっか』

『まぁなぁ、使えたら逆にびっくりするぜ』

 

 どうやら交渉自体は成立したようだ。

 スバルは聞き耳を立てると同時に幌の隙間からちらりと外を覗き込めば、顔こそ見えないが旅人たちの姿が分かった。

 

 青いシャツの上からプレートアーマーを着て、腰に剣を帯びているのが青年。

 白いワンピースを着て薄青色の長い髪を下げているのが、あの大人しい声の少女。

 魔獣と称されたのは青年の周りを飛んでいるオレンジの肌の小さな竜。

 カリオストロのようなノースリーブの貴族服を着た茶髪のは少し姦しかったもう1人の女性だろう。

 スバルは音を立てる事なく静かに三人と一匹?の様子を見守っていくが……少しして荷台が少し揺れた。どうやら御者台に商人が乗ったようだ。

 

『それでは我々も急いでいるのでこの辺りで。道中お気をつけて』

 

『ありがとうございました!』

『ありがとうございましたっ』

『ありがとな、にいちゃん!』

『バイバーイ、まったね~☆』

 

 旅人たちの声を受けながらガラガラと音を立てて竜車が進み始める。

 幌から見える景色が流れるように動いて行く中、荷台はしばらく無言のままではあったが……ある程度時間が経った後、御者の声でその沈黙は破られた。

 

「……もう別に話してもいいんですよ?」

 

「……あーいや、何となく話すタイミング失っちまって……旅人だよな?」

 

「本当に旅人っぽかったな。盗賊かと思ってアタシはヒヤヒヤしてたけどなー」

 

「右に同じくそう思ってたわい」

 

「全員、若い人たちでしたよ。

 一人だけ精霊を従えていたようですが、女性の方は二人共見麗しい方で……」

 

「なんじゃい、そう言うならしっかりと見れば良かったわ」

 

「ロム爺には振り向くことはねーから安心しろって」

 

「老い先短い老人の楽しみというヤツじゃ、振り向く振り向かんは関係ないわい」

 

「ロム爺がエロ爺になりつつ……あだっ!?」

 

 

 四人の何気ない会話は盛り上がりを見せて行く。

 スバルは途中の旅人と今の話に釣られたせいか直前までの怒りをすっかりと忘却の彼方に置いてしまっており、しばらくたってからようやく思い至る事が出来た。迷惑を被ったのはこちらだ。恨み言の一つや二つぐらいぶつけてやらないと駄目だろうナツキ・スバル!と、顔を引き締めて自分を奮わせ口に出そうとするのだが――、

 

「もうすぐです。あの丘を超えた辺りが合流地点になります!」

 

 タイミング悪くも、御者に居る商人がそう話し出し、その言葉を聞いてフェルトとロム爺は一気に喜色ばんだ。

 

「良かった! ぶっちゃけラインハルトが本気になって探し出すと、こうして隠れて逃げても駄目だと思ってたし……いやーまじで良かった……!」

 

「フェルトをしてそう思わせるか?」

 

「ったりめーだろ、身近で見てたからこそ言えるけど、あいつこそデタラメの化身だぞ」

 

「まあ加護が自由自在に取得出来るからな……って、もう着いちまうのかよ」

 

 完全に切り出すタイミングを失ったスバルは、どうしたものかと唸る。

 流石に二人が喜ぶ中恨み言をつぶやくのはどうだろうか……いや、二人は関係ない。自分は一方的な被害者で向こうは加害者、相手の感情を考慮する必要はないのだ。だがしかし、それでも……、と葛藤をしていると、急にスバルは全身に寒気を感じた。

 

「……なんだ? 何かすっげー寒いな」

 

「儂もじゃ、この冷気は……おかしいのう、この時期にこんなに冷える訳は……」

 

「……何か俺だけ嫌な予感がしたとか、そういう訳じゃないんだな。

 しっかし、確かに寒い――いや、マジで寒いぞコレ!?」

 

 恨み言の事を再度捨てさり、両腕で体を抱きしめるスバル。

 数瞬前から本当に、一帯の空気が真冬のように冷えてきってしまっており、フェルトもロム爺もその寒さに耐えかねてスバルに同じく体をかき抱く。

 一体全体この辺りで何があったのだ、と全員で震えていると「な、なんだアレ……!?」という御者の驚きの声が一行へと届いた。

 

「ど、どど、どうしたってんだ……!?」

 

 声を震わせながらスバルが幌の横穴から顔を覗かせ、他二人も寒さに耐えながら同じく進行方向を見やり……その先の光景に目を見開いて驚く羽目になった。

 

 

 

「……凍ってる……?」

 

 

 

 丘を超えた先に広がる光景。

 それは視界一杯に広がる草原の一面が、雪と氷で覆われた姿であった。

 

 

 




《ルリア》
 グランブルファンタジーに登場する、主人公「グラン/ジータ」に憑依する謎の薄青髪の少女。
 とある事件で死に掛けた主人公を救うために憑依し、一生を主人公と共にする事に。
 星晶獣の声を聞いたり、従わせる力があったりする。
 誰にでも心優しく、純粋という言葉がぴったりだったりする。
 食べる事が大好きで大食漢でもある。(星晶獣の力を借りると凄いお腹がすくせいらしい)

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