RE:世界一可愛い美少女錬金術師☆   作:月兎耳のべる

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犬大杉問題。
いよいよ次で戦闘はラストになります。



第二十七話 STRAIGHT BET(後編)

「カリオストロの方、大丈夫かしら? やっ!」

 

「おわぁぁ!?」

 

「あれだけ無双してたからしばらくは平気さ。まずはさっさとこっちをやっつけないとね!」

 

「うおおおぉっ!」

 

「えぇ、そうね!」

 

「ひゃらぁぁあっ!?」

 

「……スバル、キミうるさいよ」

 

「悪うござんしたね! こう見えて必死なもんだからさ!?」

 

 分断されたエミリア、パック、そしてスバルは、ウルガルム達の処理に後を追われていた。

 今やカリオストロを襲う事は諦めたのか、その分のウルガルムまでもがこちら側に襲撃しており、先程よりもエミリアとパックは劣勢に追い込まれてしまっていた。その為、まさかのスバルすらも戦闘に駆り出しており、彼はエミリアを襲おうとする犬を微細ながらも攻撃し、先程ようやく一頭を倒したところだった。

 不思議な事に犬達はスバルの臭いに誘われたというのに、スバルそのものを攻撃することは()()()()()()()

 

「しかし、本当キリがないな!? もう数えるのも嫌なくらい犬共の死体だらけだ!」

 

「キミの囮効果恐るべし、と言うべきか。

 魔獣の命知らずさ半端がない、と言うべきか。

 いずれにせよ、この場で攻撃し続けるのもそろそろ不味いね。死骸の山で視界が悪くなってる。そろそろ移動しないと」

 

 石の壁を背に攻撃を続ける二人と一匹だが、言われている通り一面に多数の魔獣の氷像が出来上がっていた。それは美しい光景と評する事もできるが、それが障害となって攻撃がしづらい事にもなっていた。場所を移動して仕切り直さなければ攻撃そのものの命中率もさることながら、不意を打たれ易くなってしまうかもしれない。

 

「でもカリオストロが……」

 

「……っ、だ、いじょうぶだ! カリオストロはあれだけ強いんだ。

 あいつがやられるなんてまずありえない。

 こっちはこっちでやれることをやろう、エミリアたん」

 

 エミリアの不安が切っ掛けに、スバルの中でもあの夜のカリオストロの死に様が思い浮かんでしまう。だが頭を振るい、内心の不安を覆い隠してエミリアへと助言すると、彼女も迷ってる暇はないと分かっているのか、うん、と頷く。

 彼女が納得したのを見届けると早速スバルが先導、精霊術師がソレをサポートしながら一行は行動を開始する。

 

「オラオラ! お前らの大好きなナツキ・スバル様がお通りだ! そこをどけ!

 近寄るのはいいがお触りは駄目だからな!!」

 

「威勢の良さは買うけど、発言内容は大分消極的だねー、よっと!」

 

 スバルは怖気づきながらもじわじわと犬の群れに向けて距離を詰めていく。ただの一般人なのになんて命知らずな真似をしている!と思うだろうが、これも打算あってのものだ。その証拠に、彼が先導しても何故か犬達はスバルを襲わず、逆に後ろに退いていくという不思議な光景が起きていた。一体ソレは何故か? 答えは彼の首に下げられた掌大の大きな結晶にあった。

 

 ――そう、何を隠そうスバルは魔獣避けの結界を身につけていたのだ。

 

 これぞスバルの第二の作戦「ナツキ・スバルバリアー」である。

 

 当初は「囮役なのに敵を逸らすものをつけたら囮効果がなくなってしまうのでは?」などと危惧されたが、魔女の残り香は予想以上の集敵効果を誇り、だが結晶の効果も発動するという誘き寄せるが近寄りがたい、最適な囮野郎にスバルはなったのだ。

 

 作戦の甲斐あってかスバルとエミリアとパックは何とか氷像エリアからほとんど抜け出し、そろそろ魔獣の迎撃を再開しようとした矢先。一陣の疾風が群がろうとする魔獣のうち、一頭を切り裂いた。

 一行は唐突な援護射撃に驚き、後ろを振り返れば――

 

「魔獣がどこかに集まってると思えば……これは、一体どういう事なんですか? エミリア様。お客様」

 

 ラムである。

 樹上の枝から攻撃をした彼女は、すぐさま地面に降り立ち、合流してきた。

 

「ラム!」「ようやく合流できたね」

「おぉラム! 助かったぜ!」

 

「喜ぶよりも質問に答えて下さい。

 何故貴方達がここに居るんですか。それに、よりにもよってエミリア様まで――」

 

 美しい眉目を細めて怒りを表すラムに、うっとエミリアが視線を逸らす。だが、

 

「まあまあまあ! 怒りはまず抑えてくれよ。

 とりあえず目的は俺たちでラムの助太刀に来た!

 エミリアたんに関しては俺がどうしてもってお願いして出張って貰ったんだ!」

 

 その視線を遮るように体を乗り出したのはスバルだ。

 ラムはそんな彼に対しても怒りのオーラを隠さず、詰め寄る。

 

「抑えられません……! 屋敷にレムを置いてきたのでしょう!?

 であれば今は1人しかあの子が居ないじゃないですか、魔獣遣いが屋敷に攻め入る可能性だってあるんですよ!?」

 

「それについては問題ないぜ、なんつったって今レムは誰にも手が届かないところに居るからな!」

 

「誰にも……?」

 

 これもスバルの提案した作戦の一つだ。

 囮役となるスバル、ソレを守るカリオストロとエミリアが外出してしまうとなると屋敷に残るは未だ眠り続けるレムと、ベアトリスだけになってしまう。当然の事ながらそうなれば屋敷の守りが薄くなってしまい、敵が攻め入る口実を作ってしまうとカリオストロは指摘した。だがソレも織り込み済みだと彼は作戦内容を伝えた。

 

 スバルの第三の作戦、「禁書庫避難所」である。

 

 彼の言う誰にも手を届かない所とは他でもないベアトリスの禁書庫であり、スバルは怪我人のレムをベアトリスの禁書庫に一時的に避難させようと考えたのだ。

 当然そんな提案を渋ったベアトリスも居たが、パックが一言頼めばころりと頷いてくれた。彼女は現在屋敷の警戒及び、レムを見守るという仕事を受けて絶賛書庫で待機中である。

 

「二人とも悠長に話してる時間はないよ! どんどん犬達は来てるんだからさ!」

 

「そういうこった、とりあえずレムは無事で安全な場所に居る! 犬は俺たち全員でとっちめる!

 ソレで今のところは理解してくれ!」

 

「っ、ちょっと!」

 

 エミリアとパックが襲い来る犬の群れを対処しながら叫び、スバルは未だ納得出来でいないラムの手を引いて先へと移動していく。

 二人の援護射撃と、更に追加となったラムという戦力で大事に至る事なく視界の悪い部分から抜け出すことの出来た三人と一匹だが、唐突にスバルが足を止めた。

 

「お、おいあれ……!」

 

「何? ……子犬の魔獣じゃない、確かに珍しいけどそれが一体どうしたというの?」 

 

 三人の進行方向に居たのは頭がハゲているように見える子犬が一匹居た。

 その子犬は愛くるしい表情を見せており、ラムはわざわざ足を止めるスバルに疑問を呈する。

 

「ただの子犬じゃねえ、あれが例の俺を噛んだ魔獣で……っ!」

 

 彼が説明しようとした矢先、子犬の様相は瞬間的に一変。

 あどけなさが剥げ落ち、威嚇するかのように牙を剥く。

 すると同時に、進行方向の土が唐突に、鋭利で大きな棘となって二人を突き刺そうとし――

 

「!! スバル、ラム! そこをどいて! ――パック!」

「ほいさ、リア!」

 

「わぁっ!?」「っ!」

 

 先行する二人を掻き分け、前に出たエミリアとパック達が両手を翳して氷の盾を作り、その棘を全て打ち砕いた。

 

 スバルとラムは驚きを隠せない。何せ目の前で起こった出来事、それは子犬型の魔獣が魔法を行使したという事だ。衝撃のあまりに目を見開く二人だが、その後ろから犬が示し合わせたようにエミリア及びラムめがけて襲い掛かってきた事を切っ掛けに正気に戻り、スバルが咄嗟に首に下げた結界石を見せつける事でそれを躊躇わせ、合わせる様にラムが風魔法で犬達を打倒した。

 

「今のって!」

 

「えぇ、あの子犬は他のウルガルムと違って特別みたいね。

 カリオストロみたいな魔法を行使したわ!」

 

「それに他の魔獣との咄嗟の連携まで出来てるように見えるね、もしかしなくても司令塔の役割があるのかも?」

 

「司令塔……?」

 

 ちらりと確認すれば、パックの言うとおり自身の周りにウルガルム達を従えるように脇に控えさせ、子犬は中央でぱたぱたと小さな尻尾を振ってこちらを見ていた。

 

「……まさかの子犬自体がボスだったとは微塵も思っていなかったぜ」

 

「だけど、ノコノコと私達の前に出て来るのは愚かとしか言いようが無いわね」

 

「えぇ、こっちだって魔法くらい打てるんだから!」

 

 ラムとエミリアが同時に両手を向ければ、傍のウルガルムごと巻き込むように風の刃と巨大な氷の結晶が殺到。吹き荒れた風に乗って氷が舞い散り、辺りに白い霧と涼しい風が撒き散らされる。その一撃はスバルの目から見ても強力無比と称するにふさわしい威力を持っていた。

 ……だが、それほどの一撃を見ても尚、彼の心からは翳りは消えない。何故か逆に不安が頭をもたげていた。

 

「やったかい?」

 

「あーその台詞言ったからこれ、絶対上手く言ってない気がする!

 エミリアたんにラム、要注意! 十中八九終わってない――!」

 

 そう言い切るが早いか、白煙を切り裂き土槍が次々に飛び出してくるではないか。

 スバルは咄嗟に屈んで避け、エミリアとラムも注意喚起のお陰で事もなく避け、再度臨戦体勢へと戻る。

 

「お陰で助かったわスバル! もしかして今、未来を見たの?」

 

「経験談! っつーか通説だな、俺の国じゃ分からないのにやったかって言うと漏れなく失敗するっていうジンクスが……おいおい」

 

「……随分と小癪な真似をするじゃない」

 

 やがて白煙が紛れれば、一行は子犬がどうやってあの一撃を退けたかを理解する事ができた。

 

 従えている魔獣数匹を肉盾にして魔法を受け止めたのだ。

 

 子犬の前には切り裂かれ凍りついた数匹の魔犬のオブジェが出来ており、本人は傷一つ負うことなく一行をつぶらな瞳で見つめている。どうやらあの犬は司令塔で間違いはなさそうだが、よもや自身の同族を躊躇なく肉盾にするとは思えなかった一行は驚愕する。最早この子犬を見て可愛いなどとのたまうことなど、到底出来ないだろう。

 

「ウルガルム達は捨て駒だから構わないってか?」

 

「その魔獣達も、身代わりにされても何とも思ってないみたいだね。ほら、傍らに自ら控えていってるよ」

 

「厄介ね……いっそその捨て駒を全滅させてしまえば……いえ」

 

 倒し切るかこちらが全滅するかで言えば後者の方が可能性は高いだろう。ソレが分かっているのかラムは口を噤み、代わりに貰ったボッコの実を口に含んだ。

 

 ここに来て、再度エミリア達は厳しい状況に陥っていた。

 アイテムで誤魔化してはいるものの、ラムの体力は既に限界が近く。

 パックはともかくエミリアも軽く息を弾ませている状態。

 スバルは体力こそあるが、戦闘力は皆無。

 カリオストロは未だ石壁の向こうで苦戦を強いられているようなので期待出来ない。

 魔法で応戦して取り巻きを倒しても直ぐ様補充され、逆にその数はどんどん増えて行く。

 応戦しても応戦しても、キリがない状態。

 体力だけ刻一刻と消費してしまう現状、一体どうすればいいのだろうか?

 

 その打開策を誰よりも考え込んでいたのは、スバルだった。

 彼は激しい応酬の中、アドレナリンの出る脳をフル回転させ――結論を出した。

 その結論はカリオストロが居れば間違いなく短絡的過ぎると一喝した内容であったが、その歯止め役が居ない現状、スバルは自身の案を推し進めてしまう。

 

「――エミリアたん、パック、ラム。ウルガルム達は任せた。

 ……俺があいつを倒すっ!!」

 

「スバル!?」「えっ」「!?」

 

 それは丁度子犬が魔法を放ち、土槍がひとしきり吐き出された直後。

 言うが早いか、スバルは犬に向かって一直線に駆け出してしまう。

 まさかの独断専行を取り始めた彼に対し、誰もが呼び止める事も出来ずにソレを見逃してしまい、スバルは無謀にも取り巻きの犬達を見向きもせず、剣を右手に、結晶を左手に目の前に突き進む。

 

「そこをぉぉぉどけえええええぇぇえ――――っ!!

 天下御免の、ナツキスバル様のお通りだああぁぁあああああッ!!」

 

 結晶を突き出すようにして移動すれば嫌がるように魔獣達がたじろぎ、一瞬反応が遅れたエミリア、ラムがそれを魔法で打ち取る。

 さながらモーセが海を割るように子犬へと道が出来、ついに後5m程という所まで接近。スバルは両手で剣を振り上げ、目の前の子犬へと更に勢いを載せて突貫する!

 

「魔獣、うちとったりいぃぃぃぃぃ――ッ!!」

 

 振り下ろされんとする直剣。

 剣の素人ではあるが勢いの乗った一撃。たとえ殺せずとも子犬の体なら大ダメージ間違いなしだろう。

 

 ――そう、子犬の身体であったならば。

 

「へっ……?」

 

「―――ゥゥゥルルルルゥウルウウァァアアッ!!!」

 

 スバルがいざ振り下ろさんとした直後、今まで黙していた子犬が唸り声をあげれば、その姿はみるみる内に巨大化。平均的な大型犬のサイズを飛び越え、今や見上げんばかりの巨躯を見せていた。

 あの愛嬌ある顔はどこへいったのか、凶悪かつ鋭い歯をびっしり蓄えた口。射殺しそうな程の殺意を蓄えた目。その逞しい両腕には巨大な爪があり、後ろ足二本で支えている巨体は見るからに筋肉質。半端な一撃さえ通さぬと言わんばかりに雄々しい。

 

 かの身体へはまかり間違ってもスバルの一撃など通しそうになく――

 

 

「ぇ、ぶ――――っ」

 

 

 巨腕が、スバルの身体を横合いから軽々しく吹き飛ばした。

 腹部にジャストミートした一撃は威力を逃すこと無く彼に伝わり、弾丸と見間違うほどの速さで木々の間を飛ばし。複数の枝をへし折る音が派手に鳴り響いた。

 

「す、スバル――ッ!!」

 

「リアっ!? 落ち着いて! 目の前に集中して!」

 

 顔を真っ青に染めて声高らかに叫んだのはエミリアだ。だが直ぐ様傍らに居たパックが声をかけ、落ち着かせようとする。

 ラムも歯を食い縛り群がる犬達への対処を続ける。当然ながら、内心は穏やかではいられなかった。

 

(――まんまとしてやられた……!

 誰があの子犬が巨大化するなんて想像出来た?

 やられたお客様の安否を確認したいけど……恐らく、あれでは……)

 

 如何に短絡的な行動を取った結果と言えど、仮にもレムの為に立ち上がった人物だ。

 だというのに彼をみすみす失ってしまうと思うと、戦意が削れる思いだった。

 せめてもの、彼の犠牲を無駄にしないで妹を必ず助けねば。

 また一つボッコの実を口に含んでドーピングをすれば、不安定になったエミリアを、ひいては自らを奮い立たせようと声を張り上げる。 

 

「エミリア様! しっかりしてください!!

 諦めて今ここでやられるおつもりですか!? そうなったら誰がレムを、ひいては村を守るのですか!

 貴方は王選候補なのです、竜に選ばれる資格があるのならば、この程度の試練、乗り越えて見せなさい!」

 

「……っ!!」

 

「そうさ、リア! 今は集中!

 キミはこんな所で死んじゃダメだ、ボクの娘なんだろう? この程度の魔獣、ぱぱっと倒して見せないと!」

 

 ラムに発破をかけられて、エミリアの顔色が少しは回復し、再度魔獣達へと対峙する。だがやはりスバルがやられた事への動揺があるのだろう、魔法や動きのキレが悪く、更に言えば本気を出したあの犬が、回りの魔獣と連携してその巨躯で暴れまわるものだから、次第に押されていく。

 

「スバルの尊い犠牲があっても、中々難しいものがあるね……!」

 

 ついに余裕を見せていたパックまで苦言を漏らし初め、一行の顔色がさらに悪くなった、その時だった。

 

 

 

「俺ぁまだ死んでねーぞッ!! 

 クソ犬共よく聞けぇ! 俺は"■■■■"を――ッッ!!!」

 

 

 

 崩壊しそうになった戦線にこだまする大声。

 それはエミリアやラムを振り向かせるだけでなく、犬達すらも瞬時にそちらに顔を向けさせた。

 

 間違いない、一同が視線を向けた先には、剣により掛かるようにして立ったスバルが居た。

 服が破け、腹部が露出する程の一撃を食らったというのに本人には傷一つないという、奇跡をも思わせる状態だ。その奇跡を前に大声の筈なのに()()()()()()()()()()()()()()()()()があったという違和感は掻き消え、代わりに全員が驚愕と歓喜に沸き立った。

 

「スバル! 良かった生きてて!」

「生きてたなんて、運が良かったね!」「……」

 

 ラムも言葉こそなかったが、ほっと一息ついて安心を表す。

 だがスバルの顔は未だ険しく、どこか苦しそうな表情を見せながらも一行へと続けた。

 

「みんな、心配させて悪いが俺が囮なのは継続だ!

 あいつらはしばらくは俺しか狙わない、だから、後ろからやっちまってくれぇ!!」

 

「えっ? ――スバル!?」「まさか……!」

「っ、また無謀な真似を……っ!!」

 

 言い切ったスバルは、踵を返して森の中へと疾走。

 同時に、スバルへと集中していたウルガルムと、巨大な魔獣も全てエミリア達を放置してスバルに誘われるように森へと入っていく。

 

 彼の唐突な行動に我先に動けたのは、ラムだった。

 追いかける犬達へと風魔法を放ち、その数を少しでも減らそうと尽力する。

 

「エミリア様! お客様の……スバル様の行動を無駄にしないで!」

 

「っ、分かったわ! パック!」

 

「はいよ! 全く、あの子も中々いい男気見せてくれるじゃにゃいか!」

 

 エミリアとパックも遅れて森へ入れば、木々を押し倒しながら突き進む巨獣は無防備に背中を向けており、尚且つ肉壁となりえる他の犬達もスバルに夢中。二人の魔法を当てるのに絶好の機会となっていた。

 疾走しながらもパックと同時に輝いた掌を翳し、エミリアが巨大な氷槍を投擲。

 それは巨獣の大きな背中に見事突き立ち、犬は痛みに怒号をあげる。

 だがその足は止まる事なく、最早操られているかのようにスバルへと追い縋ろうとしていた。

 

「攻撃を食らったっていうのに全く怯まないなんて、そんなにあのお方の臭いが気に入ったのかし、らっ!」

「えいっ、やぁっ!」「いい加減倒れてくれてもいいんだよ!」

 

 二人の波状攻撃を足や背中に一身に受け、その背を血に染めようとも魔獣は決してエミリア達に振り向くことはなく、ただひたすらにスバルを追い求めて走り続ける。地面に血を止め処なく流しながらも木々を破壊し、すぐ傍まで近づいた標的をその口に収めようと生き急ぐ様子は、異常としか言えない光景であった。

 

「るお、おおおおおおぉぉぉ――っ!!」

 

 そうはさせじと走り抜けるのは、スバルだ。

 これが火事場のクソ力というものか、彼は自分でも考えられないほどの速さで森の中を走り抜ける。ただそれでも並走する犬達には呆気なく追いつかれそうになっているが、結界石――今は魔獣の一撃で砕け、欠片しか残っていないが――それを四方に振りかざしながら、何とか周りの犬達も退けて逃げ回っている。

 

「スバル、もう少しだけ頑張って!」

 

「あのデカブツも流石に消耗してきてるね、周りの雑魚も大分数は減ってきてるよ!」

 

 果敢に逃げるスバルを援護するように魔法を放つエミリア、パック、ラム。

 スバルにわらわらとおびき寄せられる犬達は確かに減り続けており、残るはようやく二桁を切った所。一番の問題である巨犬も彼女達の攻撃により速度も落ちて来ているが、未だその勢いが止まる気配は見えない。

 未だ状況は苦しい展開が続いているが、一番苦しいのは囮になってくれているスバルだろう。彼が止まらないよう、そして希望を失わないようにエミリア達は声をかけ続けた。

 

「もうすぐよ。残りはあと少し―――、―――っ!? 待ってお客様! そっちは――!!」

 

 今では口の悪いラムもスバルを素直に応援し続ける。

 彼女もマナの酷使で鼻から一筋の血を流すほど消耗しているものの、出し惜しみはなしだと、口の中にボッコの実を含みながら魔法を連発している、が。唐突に彼女はスバルへと呼びとめようとする。

 

(犬、右から。やばい。止まるな。地面に根。ジャンプ。やばい。走れ。

 左から犬。動け。結晶。後ろから来てる。逃げる。疲れた。死。

 止まるな。噛まれる。不味い。逃げろ。後ろ。目の前。木。大きな音

 剣。重い。声。無理。止まるな。犬が。噛まれる。走れ。走れ)

 

 しかしながらスバルは二人の声援は全く耳に届いていない。

 ただただ全身のエネルギーを走ることに注力し、必要最小限の本能的な動きと、わずかな思考のみ残して先へと急いでいた。

 死を間近に感じながらも、全力で抗う。全身を包む倦怠感も痛みも今は無視出来たが、差し迫る死に対して震えるほどの恐怖は無視できず、またそれが自分を後押ししているのか、壊れてしまったかのように両足が動き続けていた。

 

(結晶。退ける。邪魔。犬。死。近い。逃げろ。屈め。怖い。

 エミリア。死ねない。死に戻り。犬。恐怖。逃げろ。逃げろ。

 光。先。走れ。目の前。光。見えた。空。まだ居る。後ろ。

 死にたくない。眩しい。光。近くに犬。避ける。やばい。逃げろ。目の前。空。走れ。崖。見えた。崖。崖。落ちる。崖。崖! 落ちる!!)

 

 そんな矢先、スバルの視界が開けたと思えば、見えたのは切り立った崖。

 脳が咄嗟に危険信号を飛ばしてくるが、後ろから感じる濃密な死の気配は止まる事はなく、自らの足も止まることはない。ここで止まった時に何が起こるかを自分の体すら理解していたのだ。

 故にスバルは足を止めない。奇跡的にその手に握り締めていた剣を、更に強く握り締めれば速度を落とすことなく崖へと近付き――

 

「死なばもろともだぁ―――ッ!! いいか、俺は"死に戻り"を――」

 

              ドクン 

 

 ダメ押しのペナルティの発動。静止した世界から戻り、臭いが更に増したスバルに、最早魔獣の脳裏には崖と言う危機すらも忘れて目の前の敵を倒すことしか頭になくなる。

 対してスバルは崖から落ちる直前にも勢いを落とす事無く跳躍。あっけなくスバルの足が地から離れ、空を舞ったと思えば――眼前に広がるのは青々と生い茂る広大な森。そして、眼下に迫るゴツゴツとした岩肌。一瞬の浮遊感の後、急速に重力の手が自身を地へと引きずり落とそうとするのを受けて、足元から頭までぞわりとした感触が走った。

 

「おわあぁああああああぁ――!?」

 

 スバルが叫ぶのと、魔獣達が勢いを殺さずに崖から飛び降りたのは同時だった。

 

 落下するスバルを求めて次々と空へと舞う犬達。だが彼らに飛翔能力はなく、次々と重力に引き寄せられて落下していく。

 そして最後にあの傷ついた大きな魔獣までもが飛翔を行い、確約された死すら厭わずその大口で空を舞うスバルを噛み付こうとする。

 

「ふぁぁぁぁぁいとぉおおぉおお!! いっぱーつぅぅぅう!!」

 

 その瞬間は、まさしく"鬼"がかっていたと言っても良かった。

 奇跡か偶然か、それとも第六感か。空中で振り向きざまにスバルが剣をひらめかせ、大型の魔獣の口を、頭ごと貫いた。

 スバルの手に肉を貫く気色の悪い感触。だがそれが致命的な一撃であるという直感があった。

 

 (――ようやく皆の役に立てた)

 

 直後に思い至ったのは場違いな感想。

 だが、折角実感を伴えたというのに、スバルの全身は今も地へと落下中だった。

 全身を強かに叩きつける風。いや、自ら空気に向かって叩きつけられにいっているスバルに見える視界は、絶命した犬と、急速に遠ざかる空。

 明確な死がすぐそこまで差し迫る中、真っ先に感じたのは生への渇望でもなく、死への恐怖でもなく、これは助からないだろうな、という諦念だった。

 

(折角ここまでお膳立てしたのに……まだ駄目だったか。

 カリオストロ、悪い。また死に戻ってやり直しになる……。

 あぁ、せめて最後はエミリアたんの顔でも見たい。こんな氷付けの犬の顔見ながら心中だなんて――氷漬け?)

 

「のわっ!?」

 

 がくん、と剣を握っていた手が抵抗を感じ、スバルの落下が急速に止まった。

 一体何が起こっていると目を白黒させる彼に、声が届いた。

 

 

「スバルッ!!」「お客様っ!!」

 

「今足場を作るから、早く移動するんだよスバル!

 ちょっと痛めつけすぎたせいか、この魔獣結構脆くなってる!」

 

 

 驚く。崖から顔を覗かせるのはエミリア、ラム、そしてパックだ。

 なんとエミリアとパックは落ちていく魔獣を崖ごと凍らせて、強制的に足場としたのだ。

 もしも諦めずに剣を奮っていなければ、自分は今頃他の魔獣と共に地面で汚いシミとなっていたことだろう。その事実を前に安心よりも恐怖が沸き立ち、スバルは慌てて作られた足場から崖へと戻っていく。

 

「――っぁ!? つめたっ!? 」

 

「氷だからね! そんな事言ってないで早く早く!

 張り付いた皮よりも自分の命を大事にして!」

 

 これは命綱ではなく氷綱だ。手の平が凍る感触に痛みが走るが、考えないようにして登りきり――エミリアとラムの二人に腕を引かれて、倒れるようにして崖から戻ってくる事が出来た。

 

「っ、はぁぁぁ――っ! い、生きてる! 終わったぁぁぁー!!」

 

「本当に何とかね……と言うかスバル! もう!

 無茶しすぎよ! 本当に生きた心地がしなかったんだから!!」

 

「お陰で助かったとは言え、流石にラムも手放しで褒められないわお客様」

 

「まあまあ。でもスバルの機転がなけりゃボクらもジリ貧だったからね。

 ボクは素直にキミの行動を評価するよ。ありがとうスバル」

 

 お互い息を切らしながら、くたくたになって笑みを見せる一行に、スバルも同様の笑みを見せて地面へと寝転がった。

 

「こっちこそ助かったぜ。ありがとうエミリアたん、パック。そしてラムも。

 正直何回駄目だと思ったかわからねえよ。今回ばかりはもう本当に――」

 

 達成感が身を包んだ、と思えば直後に抱いたのは違和感だった。

 そして自らの言葉を脳内で反芻した直後、スバルは思い出した。

 

 

 今、カリオストロはどうなっているのだ? と。

 

 

 ソレを考えた途端全身に悪寒が走り、消耗した体とは思えないほどすばやく飛び起きた。

 

「カリオストロはどうなってる……!?」

 

「っ、そういえば……早く戻らないと!」

 

「あの方もやはりいらっしゃってるんですか……?」

 

 スバルを切っ掛けに途端に顔に警戒が戻る三人。

 そんな彼らの元に、爆音と地響きが伝わった――震源は近い。

 

「! 今のって――」

 

「くそ、急ぐぞ!」

 

 先程から悪寒がしてならない。

 森から戻る途中、あの日の夜の惨劇が何度も脳裏にフラッシュバックしてしまう。

 悪い想像だと打ち捨てるが、嫌な予感だけがスバルの脳裏に思い浮かんで仕方がなかった。

 一刻も早く悪寒を打ち消したいが為に酷使した体に鞭を打ち、エミリア達と共に元居た場所へと戻っていく。

 そうして急ぎたどり着いた一行は、ある光景を見てしまう。

 

 

 

 

 何かが炸裂したせいで、崩壊した石壁。

 

 死闘があったのが見て取れる、出来上がった様々なクレーター。

 

 そして一行が始めて見る「キマイラ」のような魔獣の雄雄しい姿。

 

 その魔獣には戦闘による傷が一つも見当たらず、その口に何かを咥えている様子が見て取れた。

 

 しかして、その口に咥えられているのは――

 

 

 

 

「……っ、うそ」

 

「あ……」

 

 

 

 虚ろな眼をあらぬところに向け、噛み付かれた首筋から止め処なく液体を流す、カリオストロの無残な姿だった。 

 

 

 




カリオストロが死んだ!この人でなし!!

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