怪盗団の日常   作:藤川莉桜

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大変遅れました。ジョーカーの誕生日最終話です。ピンクのワニは原文ではなく、作者による要約です。


Last Surprise −後編−

「あなたは図書館に入り浸る程の読書家でしょ?ちょっと子どもっぽいかなって思ったけど、この絵本はインテリアとしても使えるデザインなの。読むも飾るも自由だからね」

 

 そう言って真は絵本をテーブルの上にそっと置いた。子ども向けの絵本らしく厚みはそれ程でもないが、その装丁は高級感溢れるしっかりとした質感になっており、決して子ども騙しの安っぽい造りではないことが窺える。

 『真面目な優等生から卒業する!』と豪語しながらも、やはり生来の生真面目さが抜けないしっかり者な真らしい、素朴ながらも温もりを感じるプレゼントと言えた。

 

「えーっとタイトルは……ピンクのワニ?」

 

 杏が首を傾げながらタイトルを読み上げる。その名の通り、表紙には森の中を彷徨うピンク色のワニの姿が描かれていた。双葉も杏の隣から身を乗り出して覗き込む。

 

「あー、私知ってるぞ。確か小学校の図書館でタイトルだけ見た記憶がある」

 

「俺知らね。つーか本なんざ読まねえし。どういう話なんだ?」

 

 と言いつつも、半ばどうでも良さそうに椅子へと背中を預ける竜司。文学やら絵画やら堅苦しい世界が苦手な彼にとってはいまいち興味がそそられないプレゼントのようだ。

 絵本を再び手に取った真は、静かにピンクのワニのページを開き始めた。

 

『ある森に一匹のワニがいました。ワニはピンクの体色のせいで餌を獲れずにいつもお腹を空かせていて、おまけに友達もいませんでした』

 

『そんな孤独だったワニにある日、小鳥の友達が出来ました。それからワニは幸せな日々を送っていました』

 

『しかし、悲劇は突然訪れました。ワニは空腹のあまりに小鳥を食べてしまったのです』

 

『ワニは泣きました。ずっとずっと泣き続けて、とうとう自分の涙で溺れ死んでしまいました』

 

『誰もがワニのことなど忘れてしまった頃、ワニの涙でできた泉には憩いのために多くの動物達が集まるようになりました。もう森の動物達は飢えや渇きに怯える必要はないのです。しかし、それが一匹のワニのおかげだと、誰も知ることはありませんでした』

 

 全て読み上げられた後、真の手で再びパタンと閉じられた。しばしの沈黙が喫茶店を支配する。

 

「……それで終わり?」

 

「ええ、終わりよ」

 

 ようやく沈黙を破った杏の疑問に対し、真は一切の淀みなく即答した。

 全員の視線がテーブルの上の絵本に集まる。最後は泉へ喉を癒しに集まってきている動物達の絵で締めくくられている。ここでは草食獣も肉食獣も皆分け隔てなく平穏に暮らせる森の楽園なのだろう。しかし、そこでかつて静かに生きていたワニと小鳥の姿は無い。

 とある一匹のワニが迎えた悲劇を聴き終えたモルガナは、やるせない表情で天井を見つめていた。

 

「なるほど。こいつは生きている間に居場所を見つける事が出来なかったのか。そして、皮肉にも死んだ後に自分の存在意義が判明したってわけだ。けど、誰もその事実を永遠に知らない。ピンク色のワニ当人でさえも……」

 

「なんだか悲しい……」

 

 春が俯く。いや、春だけでなかった。この場にいる誰もがワニの末路に鬱屈とした感想を抱いているに違いない。その証拠に、眉毛を八の字にして目を伏せてしまっていた。絵本を持ってきた真もそうだ。

 

「絵本を初めて読んだ時、私思ったの。このワニも私達と一緒じゃない?何処にも居場所なんて無かったのよ。好きでピンク色に生まれたわけじゃないのに」

 

 かつての自分の境遇を思い起こしている真は、絵本に描かれているピンクのワニをそっと撫でている。

 

「おまけにせっかくの新しい友達も自分の不手際で失ってしまった。その行為を愚かだと笑う人もいるかもしれないわね。でも、私はそうは思わない。小鳥を食べたのは生きるためだもの。誰のせいだとか断言できないよ」

 

「私もわかるぜ。物心ついた時から既に無理ゲーやらされる辛さって奴はさ」

 

 暗い表情になった双葉は、座っているソファーに身を丸めながら呟いた。

 ワニと真達に違いがあるとしたら、彼らには怪盗団という自分の居場所を見つけているということだ。もしも、この仲間達に出会わなければ自分達はどうなっていただろうか。彼らはそういった不安に時折駆られることがあるだけに、ワニの境遇が他人事には思えずにいたのだった。

 

「生きている内に生まれた理由がわからずに終わる。案外人生とはそういう物かもしれないな。画家の中でも歴史の中に名を刻み、誰かに影響を与え、多くの人々に語り継がれていかれるのはほんの一握りのみだ。死後に評価された画家達はまだ良い方、大抵が名も無き画家の一人として終えてしまう。俺も大成しなければ、このワニのように……いや、最悪誰かに何かを遺すことすらできずに……」

 

「冗談じゃねえよ」

 

 伏せ目がちで語る祐介を竜司は遮った。

 

「死んでからようやく生まれた意味がわかった?誰もワニのことを覚えてないけど役に立ってる?俺はそんなのごめんだぜ!」

 

 竜司は椅子から立ち上がった。背中を向けているために、その表情は窺うことができない。

 

「死んじまったら……意味なんてねえだろ!俺はそのワニみたいには絶対にならねえ!最後まで足掻いてやる!怪盗として世界に俺の……俺達の存在意義って奴を刻み付けてやる。だから、絶対に負けねえ!」

 

 喫茶店内が長い沈黙に包まれる。誰も義憤に燃える竜司を止めようとは思わなかった。彼らが怪盗を志したのは、世界の理不尽さに抗い、自分達が決して操られるだけの大人の駒ではないと知らしめるためだ。だから、多少過激になっているにしても、彼の気持ちは痛い程理解できていた。

 仲間が沈んでいる姿を見て頭が冷えたのか、竜司は頭を掻きながら申し訳なさそうな顔で再び席に戻った。

 

「悪ぃ、ちょっと熱くなっちまった」

 

「ううん、貴方らしいわ竜司。むしろありがとう」

 

 そう言って真は瞳を閉じた。

 

「そうね。自分の悲劇にただ泣いて塞ぎ込み続ける。そんな日々から決別するために私達は立ち上がったはず。だから、私達はワニの分まで生き抜いてやりましょう」

 

 目を瞑った真のまぶたの裏には、かつて大人の走狗として生き続けた日々が蘇っているのだろうか。やがて、その目は開かれる。真の瞳は力強い輝きが灯っていた。

 

「……ごめんなさい。なんだかしんみりさせちゃって。私個人としては、本屋で見つけた時は素敵だなって思ったんだけど、せっかくの誕生日プレゼントとしてはちょっと不適切だったかもしれないわね」

 

「ううん、そんなことないよ。確かに少し暗いかもしれない。けど、間違いなく心に残る絵本じゃないかな。ねえ、君もそう思うでしょ?」

 

 杏への同意を示すため、少年は本を手に取りながら力強く頷いた。自分のプレゼントが快く受け入れられた真は安堵の笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。この絵本は挿絵も綺麗だから、後でゆっくり見てくれると嬉しいわ」

 

 真が中身が空になった袋を片付ける横で、今度は春が自分のバッグから小箱を取り出していく。

 

「次は私だね」

 

「お?ハルはマグカップか?」

 

 モルガナは春のマグカップをじっくり観察しようと、テーブルの上でぐるぐると周り始めた。

 

「ふむ、金持ちお嬢様のハルならすげえ高価なもんでも用意するんじゃねえかと思ってたが、案外シンプルな一品だな。別にブランド物の類じゃねえようだし」

 

「つか、微妙に形歪んでね?」

 

 竜司の疑問は全員が抱いているものだった。市販されている一般的な陶器類と比較して少々歪な形状に見える。春の用意したマグカップの何処と無く荒削りさが溢れる造りに皆が首を捻って唸る中、当の春は恥ずかしそうに口を開いた。

 

「実はこれ、マグカップ製作キットを使った手造りなんだよ」

 

 真は合点がいったと手のひらを叩いた。

 

「なるほどね。陶土から自分好みに形を練った後、オーブンで焼いて作る奴でしょ?最近流行ってるらしいじゃない」

 

「オーブンで?へー、そんなのあるんだー」

 

 感心しながら杏はもう一度マグカップを眺める。

 

「初めてだから少し不恰好になっちゃったけど、込めた気持ちは誰にも負けないつもりです。もし貴方が良ければ……今度一緒に、これでコーヒーを飲みませんか?」

 

 頬をほんのりと赤く染めながら少年に熱い視線を送る春。竜司はそんな春を目にして楽しそうにはしゃぎ始めた。

 

「うっほっほ〜!いやー、こいつはめちゃめちゃポイント激高ですな〜!」

 

 そう言って竜司は自分の体を抱きしめながらクネクネと身悶えさせる。隣の杏は、そんな竜司を腫れ物扱いするような目で見ながら距離をとっていく。

 

「女の子が……不慣れながらも一生懸命作ったマグカップ……二人の熱い視線が交わる……『私が心を込めて作ったプレゼント……貰ってくれますか?』『ありがとう春。でも、今一番欲しいのは……君の心そのものさ』」

 

「馬鹿じゃないの」

 

 何の捻りも無くストレートに表現した杏の罵倒を意に介することなく、竜司はニヤニヤと笑っている。

 

「いいぜいいぜ〜!なあなあ?そう思いませんか?杏ど……」

 

 ギロリ

 

「ひぃ!口が過ぎました!」

 

「……しつこい男は嫌われるわよ竜司」

 

 危うく三度目の折檻を受ける寸前になった竜司は慌てて背筋を伸ばした。鉄拳制裁の本家である真も呆れてしまっているようだ。そんな彼らのやりとりを尻目に、春とメガネの少年は和気藹々とコーヒーの話をしているのだった。

 

「ふふっ……最後は俺だな」

 

「お、真打登場ね?」

 

 待ってましたと言わんばかりに優雅に立ち上がる祐介。自信満々な様子でプレゼントを置いていたカウンター席に向かう。元より祐介の絵への期待が大きい杏は、準備中もベールで覆い隠されたそれが気になって仕方なかった。

 

「おっと悪ぃ。その前にちょっとションベン行ってくるわ。お前らで先にやっといてくれや」

 

「もう!そういうのは女の子の前で堂々と言うもんじゃないでしょうが!」

 

 杏の文句も歯牙にかけてない様子の竜司は口笛を吹きながら奥のトイレへと向かっていった。喧しさの原因が一人消えたことによって少しだけ静かになった中でも宴は続く。プレゼントのトリを飾ることになった祐介が、カウンター席に置いていた布で覆われたままの絵をついにテーブルの上に移動させた。

 

「ふふふ……さあて、どんな名画が飛び出してくるやら」

 

「祐介君の自信作なんだよね。なんだかドキドキしちゃう」

 

「おいおい、ギャラリーあんま待たせんなよー。みんな期待してるみたいだぞー。ま、私はゲージュツとかよくわっかんねーけどなー」

 

 春は勿論、普段はクールに徹している真ですら興奮を隠せずにいるようだ。普段祐介への扱いがぞんざいな双葉ですら、口とは裏腹に目を輝かせて見守っている。目に見える程の聴衆からの期待の高さに、当の祐介はニヤケが止まらなくなっていた。

 

「この数日は急いで筆を進めていたわけだが、実に充実した時間だった。まるで何かに取り憑かれたのように筆が止まらなかったからな。ああ……描いてる最中に自分の才能が恐ろしくなってしまった。神憑りとはまさにあれを言うのだろう。今ならわかる。ゲルニカを完成させた際のピカソがキャンパスに込めていた熱いパトスを!」

 

「おーいおイナリ!自己陶酔はほどほどにしてさっさと見せろー!」

 

 今の祐介はすこぶる機嫌が良い。急かす双葉にも不満を抱いている様子はない。皆の視線が集中する中、とうとうそのベールが剥がされた。

 

「どうだ!タイトルは『誕生』!」

 

 観客であるメガネの少年と少女達は絶句した。祐介の絵は一言で評するなら、凄まじい物だった。

 

「くっくっく……この前、彼と二人でプラネタリウムに行った際に着想が湧いて来たんだ。無限の可能性を秘めた大宇宙とそのルーツをテーマに描いてみた。もしも彼と一緒にプラネタリウムに行かねば、この絵は誕生しなかっただろう。まさしく俺と彼の共同作品と呼んでもいいかもな!」

 

 グチャグチャなのだ。とにかくグチャグチャなのだ。おそらく宇宙の誕生、ビッグバンを抽象的に再現したのだろうが、その芸術性はこの場にいる誰にも理解が及ばない高貴な領域に違いない。

 

「ふふふ……どうやら素晴らしすぎて声も出ないようだな」

 

 祐介の言う通りに、全員が文字通り言葉を失ってしまっていた。ただし、それは感動のあまりではなく、ショッキングのあまりと言うべきか。

 

「まあ無理もない。俺が丹精込めて筆を走らせ、最後に俺の魂を捧げた。いわば、この絵は俺の魂を分け与えられた分霊そのものと言って良い!」

 

 皆が口をポカンと開けたまま絵を眺めている間にも、祐介は自分に世界に入り込み、己の熱いパッションを垂れ流していた。少しだけ落ち着きを取り戻した頃、祐介はいきなりメガネの少年の眼前へと詰め寄った。

 女性陣やモルガナと共に唖然としていた少年は、突然のことに冷や汗を垂らしながら身をよじらせる。

 

「さあ!遠慮なく受け取ってくれ!なんならお前の部屋の壁に飾ってくれてもいい。この絵は常にお前と共にあるだろう!」

 

 少年は今日一番の危機に瀕していた。はっきり言って、この絵は芸術に対しては極めて凡庸である自分にとってあまりにも高尚かつ理解が追いつかない領域に位置している。

 しかし、祐介は大事な仲間であり、かけがえのない友人でもある。祐介も同じく少年に心を許しているようだし、この絵に込めた想いも並々ならぬものであるのも間違いない。だから決して無下にはできない。

 一体どうすればと心中で幾度も反芻させていた時、そいつは舞い降りてきた。

 

「あーやっべやっべ。チャックにあれが挟まったせいでえらい目にあっちまったぜ」

 

 時が止まった空間に容赦無く乱入して空気をぶち壊していく竜司。その瞳に祐介の最新作が映った時、首を傾げなら呟いた。

 

「ん?なんだこの落書き?」

 

「な、なんだと⁉︎」

 

 祐介はあまりにもストレートすぎる竜司の表現に、目を血走らせながら詰め寄った。

 

「竜司!き、貴様!俺の最高傑作をよりによって落書きだとぉ⁉︎」

 

「いや、どう見ても意味不明なただの落書きだろ」

 

 鼻をほじくりながらどうでも良さげに言い放つ竜司。祐介は悔しそうに歯を食いしばった。

 

「お前は美意識が足りないから、この絵の価値が理解出来ないだけだ!見てみろ!みんなはわかってくれて……」

 

 そこでようやく祐介は背後へと目を向けた。そこには、引きつった表情の総勢五名と一匹の仲間達が無理矢理な作り笑いを浮かべていた。

 

「ま、まさか……みんなも……」

 

 祐介の顔がみるみる血の気を失っていく。

 

「いやー流石おイナリだ!まさに前衛的ゲージュツってえ奴だろ。あれだな!まるで天才画家モッツァレラみてーなもんだ!」

 

「双葉……たぶんモーツァルトって言いたんだろうけど、モーツァルトは音楽家よ……」

 

「ええっと……」

 

「すっごく個性的で面白いと思うよ!」

 

 春だけが両手を握りしめて全力の喝采を送る。おそらく本心からのエールなのだろう。だが、今の祐介にはむしろ逆効果であった。絶望状態に陥ってSPをガリガリ削り取られ、とうとう床に崩れ落ちてしまう。

 

「ば、馬鹿な……そんな……はずが……」

 

「まあ、気にするなユースケ。ワガハイはお前の頑張りを認めてやるぞ」

 

 やたら上から目線なモルガナの謎フォローに肩をますます落とす祐介。

 繰り返して言うが、これは芸術の世界に身を置く祐介と一般人である彼らの意識差でしかない。祐介が絵に込めた熱意は紛れもなく本物である。しかし、その高尚さを汲み取るには、竜司達の感性はあまりにも普通だったのがこの悲劇を招いてしまったのだ。例えるなら、かのピカソの絵をピカソが描いたと言われなければ多くの人が価値を見出せないのと同じこと。芸術はとにかく険しい道なのである。

 祐介は足をふらつかせながらもなんとか立ち上がろうとする。

 

「ふ、ふふふふ……い、いや、仕方のない話だ。芸術とはいかなる時代も無理解との戦いが付き物。だが、そんな中でも闇に差し込む一筋の光明のように、共に歩んでくれる協力者も存在するものだ」

 

 そう言って、祐介はメガネの少年に熱いまなざしを送り始めた。身の危険を察知した少年は慌てて逃げ道を探そうとするが、

 

「なあそうだろ!お前ならわかってくれるはずだー!!!」

 

 少年に逃げる余裕は無かった。一瞬で祐介にしがみつかれ、脳震とう寸前まで揺さぶられる。

 

「おーい!お前ら、料理出来たぞー」

 

 突然飛び込んで来た、中年男性の気の抜けた声。それは今の祐介にとって希望の光だった。佐倉 惣治郎。メガネの少年の保護者にして喫茶店ルブランのマスターであり、とある事件のせいで大人に不信感を抱いている今の祐介にとって数少ない心を許した大人である。

 祐介は皿を両手で抱える惣治郎に飛びついた。少々ぶっきらぼうながら、彼が備える人と物事を見抜く力に祐介は賭けようとしているのだ。

 

「おおっと!お、おいおいなんだいきなり!俺はそっち系の趣味はねえぞ!」

 

 突然腰にすがりついた祐介を惣治郎は振り払おうとするが、当の祐介はそれどころではない心境だった。

 

「マスター!是非貴方にも見ていただきたい!どうです!この絵は⁉︎」

 

「絵?」

 

 祐介の指し示す先には件の絵がある。惣治郎は首を傾げ、胡散臭い物を見る目で言い放つのだった。

 

「あん?なんだこの落書きは?新手のロールシャッハテストか?」

 

 それから数分後、床にはうつ伏せで失神している祐介の姿がそこにあった。

 

「おーい、おイナリー。生きてるかー?」

 

「ねえ、本当に大丈夫なの?祐介君」

 

 心配そうに恐る恐る聞いてくる春に代わり、双葉は祐介の頭部を指先でツンツンと突いた。反応は全く無い。

 

「へんじがない。ただのしかばねのようだ」

 

 床にいつまでも転がっている祐介を見かねた少年が、自室である屋根裏部屋の棚に絵を置いたことでようやく復活した。

 

「なんだ?全員のプレゼントが終わっただろ?まだ何かあんのか?」

 

 モルガナはテーブルの上であくびを掻きながら、妙に落ち着きのない様子の少年達を眺めていた。プレゼントを配り終えたはずの彼らは立ち上がってモルガナの前に集まっていた。何故かその中には、今日の主賓であるはずのメガネの少年まで混じっている。

 現実では猫の姿ゆえにプレゼントを用意できないモルガナを除いて、杏、双葉、竜司、真、春、祐介の全員が一律少年にプレゼントを手渡した。ケーキも買ったし、飾り付けも終えた。待たされた惣治郎の料理も同様に全て並べてしまっている。後は宴を始めるだけのはずではないのか?

 

「モナ」

 

 杏がモルガナの名を呼んだ。それに合わせて少年の手によって、テーブルの上でくつろいでいるモルガナの眼前に小箱が置かれる。

 

「はい!どうぞ!」

 

 杏の目配せに頷いた少年は小箱の蓋を開けた。

 

「こ、これは……」

 

 モルガナは言葉を失った。中に入っていたのは、今モルガナが付けているのと同じ黄色の首輪だったのだ。

 

「最近その首輪ちょっと汚れが目立つ気がしてたからね。同じ黄色のを探しておいたんだよ」

 

 そう言って杏は呆然としたまま動かないモルガナの首輪を交換した。

 

「ははは!モナの奴やっぱ驚いてんなー!」

 

「サプライズ作戦大成功ってところね」

 

 双葉は親指を立てて愉快そうに、真は伏せ目で静かに笑っている。モルガナは相変わらず何が起きているのか理解できていないといった様子で少年少女達を見上げていた。

 

「お前ら、どうして……」

 

 その疑問に答えたのは、いつの間にか復活していた祐介だった。

 

「モルガナ。俺達がこいつの誕生日の話をしている間、お前がずっと浮かない顔をしていたのに全く気づいていないとでも思っていたのか?」

 

「……っ!」

 

 祐介に指摘され、モルガナは顔を伏せた。杏が少年の誕生日について言及した時に、モルガナは自分の境遇を思い出して屋根裏部屋から逃げるように去っていた。

 何処で産まれたのか、いつ産まれたのか、何故産まれたのか。

 自分の存在意義に常々悩み、仲間の少年達にすらひたすら隠し続けてきた想い。彼らに嫉妬していると思われたくなくて、それが再度ぶり返してしまったのを悟られたくなかったのだ。

 

「モナちゃんがいない間にみんなで話し合ったの。もしかして、モナちゃん自分の記憶が無いせいで誕生日もわからないんじゃないかって。だから、今日はモナちゃんへのプレゼントも用意しておこうってことになったんだよ」

 

「まーた拗ねて飛び出されでもしたら、こっちも困るしなー」

 

 双葉が春のネタばらしと共に、空中で指をくるくると回す。微笑みを浮かべた杏は、モルガナの視線を合わせるようにしゃがんで両手を合わせた。

 

「ごめんね。そこまで気が回らなくて。私ったら彼のことばっかりでモナの気持ちなんて全然想像もしてなかった」

 

「あ、アン殿……っ!」

 

「私もよ。以前春に言われたことを思い出して、ズキっと来ちゃったわ」

 

「杏や真だけじゃないさ。察してやれなかったのは俺も同罪だろう。まったく……何が気を配れ、だ。俺が竜司に説教する資格は無かったのかもな」

 

「今回は祐介君も竜司君に完敗だね」

 

 自嘲気味の祐介の肩を春は軽くポンポンと叩いた。あまりにも突然のことに理解が追いついていないモルガナは、未だ疑問符を浮かべてばかりいる。

 

「へ?どういう意味だ?」

 

「ふふふ、実を言うとね。このサプライズを考えついたのは竜司君なんだよ?」

 

「なにぃ⁉︎」

 

 今度はモルガナだけではなく、離れた位置で関係ない風を装っていた竜司の目も大きく開かれた。

 

「モルガナが誕生日の話をする度に浮かない顔してる。きっとあいつまだ自分の生まれを気にしてるんじゃねーかーってね」

 

「リュージが……てっきりあいつだとばかり……」

 

 竜司は顔を真っ赤に染めながら、慌てて春ヘと詰め寄った。

 

「お、おい春!それはモルガナには言わねえって約束だろ!」

 

「あーごめんねー。口が滑っちゃったー」

 

「ったく……わざとらしいわよ」

 

 ペロッと舌を出しながら、春はいたずらが見つかった子どものように笑った。今のを見る限り、春が故意に真相を漏らしたのは明白だろう。これには真も思わず苦笑いだったようだ。

 

「リュージ……」

 

 モルガナの視線が竜司に突き刺さる。竜司は気恥ずかしそうに目を逸らした。

 

「へっ、別に俺がお前を祝いたくてやったわけじゃねえからな。つ、ついでだ!ついで!」

 

「うーわ、男のツンデレとか嬉しくねー」

 

 そう言いながらも、歯を出して笑う双葉は言葉とは裏腹に楽しんでいるように思える。

 

「あのさモルガナ!もしもモルガナが記憶を取り戻したら、今度はその日に改めてモルガナの誕生パーティを開こうよ!」

 

「そうね。メメントスの最深部に辿り着けば、モルガナは失った記憶と一緒に人間に戻れるんでしょう?だったら早く攻略しちゃわないとね。来年はちゃんとしたモルガナの誕生日を祝いたいもの」

 

 杏の提案に諸手を挙げる真は胸のポケットからメモ帳を開いた。彼女の中では、既にモルガナのためにすぐにでもメメントスを攻略するスケジュールが出来つつあるようだ。

 

「これで俺達にまた一つ大きな目標が出来たな。目の前に迫ろうとしている俺達の危機は通過点に過ぎない。その先にあるオタカラを手に入れてこそ怪盗だ」

 

「ま、俺は別にどうでもいいけどな。まあ、飯は食いてえからパーティ手伝ってやるけどよ」

 

 鼻を擦って背を向ける竜司の後ろで、モルガナは顔を見せまいと下を向いた。

 

「あらあら、モナちゃん泣きそうね。嬉し泣きなのかしら?」

 

 口元を抑えて笑う春に対し、モルガナは慌てて顔を上げた。

 

「ば、馬鹿言うんじゃねえ!ぜ、全然嬉しくなんかねーぞこの野郎!」

 

「その割には、ずいぶんとだらしないニヤケ顔だな」

 

「うっわ、めっちゃ嬉しそう」

 

 杏自身もモルガナが喜んでいるのが嬉しくてたまらないようだ。

 

「ひっひっひ!モナも素直じゃないなー!」

 

「おいやめろフタバ!顔を引っ張るな!ワガハイは猫じゃねえんだぞ!」

 

 照れ隠しなのか、いつもに増して吠えるモルガナ。ようやく双葉から解放された時には、大騒ぎしすぎたせいで息も絶え絶えになってしまっていた。ぜーぜーと深呼吸を幾度も繰り返す。

 

「けど……ありがとうな、お前ら」

 

 息を整えた黒猫は、消えそうなほど小さな声でポツリと呟く。本当に聞こえたのかはわからない。あるいはプライドの高いモルガナを尊重してか、全員が静かに笑うだけだった。

 

「さーて、そんじゃあ今度こそケーキを頂くとしますか!」

 

 竜司が肩をぐるぐる回しながらナイフでケーキを切ろうとした時だ。

 

「お、おい待てお前ら!何か大事なことを忘れてねーか?」

 

 全員が気の抜けた表情でモルガナの方を向いた。モルガナの言う大事なことの意味がわからず首を傾げる。

 

「ニンゲンは誕生日を祝う時に『アレ』をやるんだろう?いくら何でもそいつを外しちゃいけねーだろ」

 

 そこでようやくモルガナの意図を理解した。プレゼント渡しのインパクトがあまりにも強すぎたために誰もが失念してしまっていたのだ。竜司は頭を掻きながらナイフを皿へと戻した。

 

「おおう、そうだったぜ。すっかり頭から消えてたわ。えーっと、確かクラッカーはここだったよな」

 

「竜司の場合、忘れてたんじゃなくて、最初から食べることしか考えてなかっただけじゃないの?単細胞なんだし」

 

「んだとこら!忘れてんのはてめーも一緒じゃねえか!人のこと言えねーだろうがよ!」

 

「もう……喧嘩はそこまでにしなさい。ほらほら、早く準備しましょ。彼を奥の席に移動させて、私達はこっちに集まって」

 

「しまった。今更思いついたんだが、せっかくならスケッチブックを用意するべきだったな。この光景を残しておかないのはもったいない」

 

「おいおイナリ!今はそんなのどうでもいいから少しどけ!お前図体デカいせいで私が入りきれないだろ!」

 

「ふふふふ……こういうの初めてだから緊張するなあ……」

 

「よし、お前らいくぞ!せーの!」

 

 横に並んだ少年少女達がメガネの少年に向かって、クラッカーの紐を引いた。

 

「「「「「「「ハッピーバースデー!誕生日おめでとうー!!!!!」」」」」」」




加筆を重ねていたために遅れてしまいました。本当はもっと完成度を高めようかとも思ってましたが、後編だけでもまさか一万文字突破。日常を描く作品でこれ以上長くなってもテンポが悪くなるだろうと、ここで止めることにしました。満足いただける仕上がりかはわかりませんが、少なくとも僕の中にある怪盗団のキャラのイメージはこれまでの4話で出し切ったつもりです。

原作クリア後に軽い気持ちで始めたこの作品、読者の皆さんのおかげでまさか1ヶ月足らずで評価1000Pを超えてしまいました。多くの人に期待されているというプレッシャーが掛かると同時に、自分も怪盗団の日常シーンをもっと見たかったから嬉しいという声が多く聞けて幸せです。同じ思いを抱いたのは僕だけではなかったのだと。

続きですが、今のところプロットすらも出来上がっていません。しかし、自分でもここで終わりにするのも惜しいとは思い始めています。少し先にはなるかもしれませんが、皆さんのご期待にお応えできるような彼らの日常をまたお届けしたいと考えています。

それでは、公式でも彼らの新たな物語が始まることを祈って!さようなら!

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