怪盗団の日常   作:藤川莉桜

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今回は少し長くなりそうなので半分こにします。捏造情報あり。


Last Surprise −前編−

「ねえ!明後日は君の誕生日ってマジなの⁉︎さっきマスターから聞いたよ!とぼけたって無駄!」

 

 ばんっ!

 

 喫茶店ルブランの屋根裏部屋にて、色白の肌に金髪と日本人離れした容姿が特徴的な少女が両手を木製の机に叩きつける。派手な音を外に聞こえる程に炸裂させた少女は今、椅子で縮み上がっている少年の目と鼻の先まで顔を近づけ、ギラついた眼で少年を刺し殺す勢いの鋭い視線を放っていた。

 

「どうなの!」

 

 怒り心頭の面持ちで少年に詰め寄る光景は、さながら尋問室での取調べを彷彿させていた。少年の方と言えば蛇に睨まれた蛙と化しており、目を泳がせて顔を引きつらせてしまう程に恐怖を抱いてしまったようだ。

 

「なんで今の今まで黙ってたのよ!水臭いじゃん!危うくスルーしちゃうとこだったんだから!」

 

 少女のあまりの剣幕に、怒りの矛先となっている少年はとうとう椅子から転げ落ちそうなまでに仰け反せた。

 少年としては別に隠す意図があったのではない。ただ、あえて特別積極的に広めるような情報でもないなと思っていただけなのだ。誕生日という物に対する認識の差に恐れ慄くはめになった少年は、この状況をどう打開しようかと冷や汗をボトボト垂れ流しながら必死に思案する。

 

「こらこら、あんまり彼を責めないの。いくらなんでも可哀想よ、杏」

 

 そんな彼に助け舟を出したのは、生徒会長にして彼らのブレイン役を務める新島 真であった。金髪の少女、杏は頬を膨らませて不満ぶりをアピールする。

 

「でーもー!」

 

「しょうがないでしょ。正直言ってここ最近はみんなそれどころじゃなかったんだから。杏だってモデルの仕事に集中できないって言ってたじゃない」

 

「むー……それはそうだけどさー」

 

 年上の親友に諭されたことで、杏はようやく怒りを抑え、ペタンと背後のソファーに身を預けた。しかし、それでも納得いかない様子の杏。隣に座っている春はそんな彼女を見てクスクスと笑う。

 

「確かに。色々ありすぎて、みんなそういった事を気にする余裕も無かったものね。ううん。むしろ私なんて君に気を遣ってもらってばかりだった。なのにごめんね、気づいてあげれなくて」

 

「春が謝る必要なんてないよ!隠してた彼が悪いんだから!」

 

 再度杏の怒りが燃え上がる。勢いよくビシッと指で差された少年は思わず身をよじらせた。よっぽど腹に据えかねていたのだろう。

 一方、一連の様子を遠巻きに眺めていた竜司は、逆向きにした椅子の背もたれに気怠げにしなだれかかりながら欠伸を噛み殺していた。

 

「はあぁん……杏の奴、なーんでそんなにプリプリ怒ってんだ?あの日?」

 

 バシンッ!

 

「いってえ!いきなり何しやがんだ杏!」

 

「ふんっ、デリカシーの無い馬鹿に答える義務はありませーん!」

 

 背後に回られ、痛烈な手刀をもろに受けた竜司は涙目で杏を睨みつける。

 

「わからないか竜司?お前はもう少し他人の心の機微に気を使え」

 

「ああん?どういうこったよ?」

 

 少し離れた位置でひたすらじゃがりこをぽりぽりと口に運んでいた祐介が会話に割り込んで来た。意味は分からずとも、自身が愚弄されたのだと直感で察した竜司は不機嫌そうに祐介を睨む。全員の視線がこの美少年へと移る。

 

「あいつと一番付き合いが長いのは杏とモルガナとお前だ。俺や真達が知らないような危機を乗り越えてきたはずだろう?にも関わらず実は誕生日すら教えてもらえてなかったんだ。杏は怪盗団最初の仲間としての自負があるだけに、思うところがあったんだろうな」

 

「……そうだよ」

 

 杏は祐介の考察を肯定した。日本画家を志す祐介は、自分の異能力を通じて目にして来た人の心や欲望をいつか芸術として形に残そうという目標を抱いている。そのためか、人の心情を分析する洞察力はメンバーの中でも人一倍長けていた。今回もその観察眼はものの見事に的中していたらしい。

 

「だって……悔しいじゃん……この中で最初に彼と会ったのは私で……だから彼の事は私が一番知ってるつもりだったのに……なにさ、自分一人で勝手に思い上がっちゃって馬鹿みたい……」

 

 下を向いて表情を隠す。少女の様子に不安を感じた少年は声をかけようとする。が、

 

「ああもう!ムカつきが止まらない!絶対絶対許さないんだからね!」

 

 クォーターならではの端正な顔を歪めて、突然地団駄を踏み始めた。可憐な容姿からは想像もつかない程に激しく感情を爆発させる。その姿はさながら阿修羅の如し。

 杏の怒りがようやく鎮まったと安堵していた少年は、またもや迫ろうとしている我が身の危機に縮み上がる。無限ループに陥るのを見かねた真は、再度助け舟を出すことにした。

 

「容疑者の追及はそこまでにしてあげましょう。それより、明後日の予定を決めた方が建設的だと思わない?」

 

「あ、そうそう!今日はその話がしたくて集まってもらったんだよ!みんな、明後日は空いてる?」

 

 うって変わって上機嫌な満面の笑みで真に振り返る。少年への怒りですっかり忘れていたが、それこそが本題であった。

 密かに想いを寄せる少年と会う口実を作るため、仲間に悟られぬようこっそりとルブランへと来ていた杏。しかし、杏が少年の着替えを待っている間にコーヒーを沸かしていたルブランのマスターが、テレビの誕生占いコーナーを見ながら、『そういや、もうすぐあいつの誕生日だっけな』と何気なく漏らしたのが全ての原因であった。

 おかげで一階に黒猫と共に降りて来た少年は、大騒ぎしながら仲間に連絡を取る杏に度肝を抜かされる羽目となる。こうして本来の予定を変えて、シゴトを抜きで少年の居住スペースに全員集合とあいなったわけである。

 

「特に予定は入れてないはずだ。おそらく問題ないだろう」

 

 祐介を皮切りに、仲間達は揃って頷いた。

 

「私も春も模試はこの前終わったばかりだし、特に用事は無いわね」

 

「うん、マコちゃんの言う通り、私も大丈夫だよ」

 

「私もいつでもOKだぞ。つかそもそも学校行ってないしなー。竜司もどうせ暇だろ?」

 

「おい、勝手に決めつけんじゃねえよ双葉!いや、まあそりゃ確かにやる事無くて暇だけどよ」

 

 友人の全員が都合がつくとわかった杏は両手を握りしめてガッツポーズを披露する。

 

「よーし!それじゃあさ!当日はみんなでパーティやっちゃおうよ!丁度日曜日なんだし!」

 

「パーティ〜?うほ!いいねえ!」

 

 パーティという単語に真っ先に反応したのは、こういったお祭り騒ぎを好む竜司だ。

 

「なになに?また寿司?それとも仕切り直しでもう一度夢の国行っちゃう?」

 

「おい、何をする竜司!そいつは最後のじゃがりこだ!」

 

 隣で黙々とじゃがりこを食べていた祐介から一本強奪し、満面の笑みを披露しながら口の中にポイっと放り込む竜司。

 そんなテンション最高潮に達している彼の提案を聞かされた杏は、呆れながら肩を竦めた。

 

「バーカ!銀坐の寿司や夢の国なんて高校生の私らがそう何度も行ける余裕あるわけないじゃん。それに同年代の友達で集まって開く誕生会と言えば、やっぱり当人の家が定番!というわけだから、ルブランでパーティを開こうよ!」

 

「あら、いいわね。でも、マスターが許してくれるかしら?」

 

 真の疑問はもっともだろう。幾ら普段閑古鳥が鳴いてるレベルでガラガラとはいえ、高校生のために店を自由に使わせるのはさすがに無理があるのではないだろうか?

 しかし、杏は良くぞ聞いてくれました、と言わんばかりに仲間達にVサインを向ける。

 

「ふふーん、実はもうさっきマスターに貸切の予約頼んじゃったんだよ♪ランチタイムが終わったら2時間程度なら大丈夫だって!」

 

 真と祐介はニコニコと笑っている杏を唖然として見つめている。怪盗団の中でも作戦立案能力に長ける彼らですら、今回の杏の行動力には感嘆せざるをえなかったようだ。とはいえ、彼女のアイデアに異論は無いらしい。すぐに微笑みで返した。

 

「ふむ、だったら話は早いな。俺は当日予定を空けておくとしようか」

 

「決まりね。私の家でもお姉ちゃんが仕事に就いてから誕生日なんて一度も祝わなくなったの。ふふっ、なんだかワクワクしてきたわね」

 

「誕生パーティかあ……いったいどんな感じなのかな?」

 

「おや、意外。もしかして春はこの手のバースデーパーリィの類は経験ない感じなのか?」

 

「ううん、そうじゃないの。誕生会は毎年開いてたよ。でも、こんな風に友達と集まって誕生日をお祝いしてもらうなんて無かったな」

 

 双葉の疑問に対し、少し困ったような表情で春は首を横に振った。

 

「お父様は毎年私のために大規模な催しを開催してくれたわ。ホテルを会場として丸々貸し切ってね」

 

「ホテルを丸ごとぉ⁉︎どんだけ豪華なんだよ!マジヤベえ……」

 

「さ、さすがブルジョワ!スケールが違うな!」

 

 平民の中の平民である竜司と双葉にはあまりにも異次元の世界だったようだ。目を丸くして口をパクパクと開閉している。

 でもね。

 何処か遠くを見つめている春は、悲しげな表情のまま続けた。

 

「来てくれるのは、いつも私じゃなく『奥村の娘』を祝いに来てた人達ばかりだったわ。おまけにお父様本人は忙しいからと全く参加していなかったの」

 

 心なしか声のトーンも幾段か下がっているように思える。

 

「豪華なプレゼントや煌びやかなドレスよりも、お父様からの『おめでとう』のただ一言が欲しい……そう思って一人自分の部屋で泣いてた……」

 

「春……」

 

 春は聡明な少女だ。父親が自分を愛していなかったわけではないことくらい理解している。でなければ娘のために豪勢な誕生パーティを催すはずがない。さながら徹底して物欲にこだわっていた男の歪んだ愛の形と言うべきか。だから春も父親を憎みきれない。そんな複雑な親子の情が春をやるせない気持ちへと追いやってしまっていた。

 孤独な自分の幼少期を回想しているためか、暗く沈んでいく春。隣に座る杏も掛ける言葉が無い様子だ。

 そんな少女達の前に人影が立ちはだかる。祐介から奪ったじゃがりこを噛み砕いた竜司だ。

 

「へっ、なーにしみったれた顔してんだよ。お前らがそんな調子じゃこいつも喜ばねえだろ」

 

 そう言って竜司はバシバシとメガネの少年の肩を叩いた。少年も竜司に同調するように、力強く頷く。

 

「せっかくのリーダーの誕生祝いだぜ?遠慮はいらねえ!昔のことなんざすっぱり忘れちまって、とことんド派手にやっちまおうじゃねえか!」

 

「お、竜司の癖して良いこと言うじゃないか。もしや刹那五月雨でも降ってくるか?」

 

「うっせー!竜司の癖して、は余計だっつーの!」

 

 一見喧嘩しているようにも見える竜司と双葉だが、その表情は晴れやかだ。不器用な彼らなりの気遣いであると察した春は、口元を綻ばせると決心をしたかのように頷いた。

 

「……そうだよね。私が暗い顔してたら彼やみんなまで暗くなっちゃう。ありがとう竜司君!」

 

「べっつにー。俺は単に思いっきり遊びてえだけだし」

 

 春から微笑みを向けられた竜司は照れ臭いのか、目を逸らして鼻の下を指で擦り始めた。

 

「ひひひっ!竜司の頭ん中はそればっかりだもんな!後はせいぜいエッチなビデオくらいだ!」

 

「だーっ!おい双葉!その話をいつまでも蒸し返すんじゃねえよ!」

 

「実は俺も誰かの家に集まって誕生日を祝うのは初めてだ。では、俺なりの祝い方を見せるとしようか」

 

「未来の大画家の誕生日プレゼントかー。ちょっと楽しみかも!」

 

 杏からの期待の眼差しを受ける祐介は愉快そうに口元を釣り上げた。

 

「ふっ……期待にはお応えしよう。あまり時間が無いが、丁度描いてる途中のがあってな。そいつを急いで完成させるつもりだ」

 

「ふふふ、私も何を用意しようかしら」

 

 普段はクールなグループの姉貴分である真までもが宴の準備で顔を綻ばせている。

 

「世紀末覇者先輩的にはやっぱアレだろ。トゲ付き肩パッド」

 

「……ブチのめすわよ」

 

「ひぃ!すんません!」

 

 秀尽学園の高嶺の花と揶揄される真は、その評価に違わぬ清楚な笑顔を竜司に向ける。だが、その瞬間彼女の周囲の気温が一気に下がってしまった。真は一見するとにこやかだが、背後からはどす黒いオーラを放っている。鉄拳制裁を得意とする生徒会長の怒りを買った竜司は背筋を凍らせながら、自身の脳みそ並みに軽い口を呪った。

 

「でも、私はあれ結構可愛いと思うよ。あのトゲトゲがとってもキュートだよね!」

 

「ごめん春。どう反応すればいいかわからないわ」

 

 ここにいる誰も彼もがメガネの少年をどう祝おうかと未来に想いを馳せているのだろう。屋根裏部屋全体が和気あいあいとした空気に満ちていた。

 しかし、そんな中でただ一人、いやただ一匹だけ浮かない表情をしている者がいた。

 

「はあ、まったく……揃いも揃ってお気楽な奴らだぜ。怪盗団の危機はまだ完全に去っちゃいないってのによ」

 

 メガネの少年の膝でくつろいでいた黒猫が呆れたと言わんばかりにため息を吐いた。少年は「自分は人間である」と頑なに主張するこの黒猫、モルガナの様子に不安を覚えたようだ。水を差すのが気が引けて口に出せずにいたが、少年もモルガナの言っていることに少なからず同意している部分があった。たかが自分の誕生日のために宴会など催す暇などあるのだろうか、と。

 もしやモルガナも彼らの案に乗り気では無いのか?そう尋ねる少年だが、モルガナはそれは違うと首を横に振った。

 

「おいおい、誰が反対だなんて言った?リュージの真似じゃねえが、主賓がそんな面してたら場が冷めちまうぞ?ま、息抜きもたまには必要さ。それもせっかくの年に一回の記念日なんだからな。お前は何も考えずに楽しんどけ」

 

 そう言ってモルガナは膝から降りて、一人、いや一匹スタスタと階段を降りていった。ふと、黒猫は後ろに振り返る。少年少女達は相変わらず、誕生パーティの計画についてあーでもないこーでもないとやけに真剣な表情で意見をぶつけあっている。モルガナはそんな微笑ましい光景を寂しそうに見つめていた。

 

「……ワガハイなんていつ産まれたかもわからねーんだ」

 

 その呟きは喧騒の中でひっそりと消えてしまうのだった。


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