怪盗団の日常   作:藤川莉桜

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僕らの居場所

 ここは東京の一角にある喫茶店ルブラン。

 もしも四軒茶屋に来る機会があれば、是非寄っていくのはいかが?美味しいコーヒーとカレーが貴方を待っているかもしれない。

 

 チリーン

 

 おや、どうやらお客さんが一人扉を開けたようだ。

 

「ういーっす!」

 

 やって来たのはシックな雰囲気が魅力のこの店に一見似つかわしくない金髪の少年だ。しかしながら、そんな見た目に反して、彼はいかにも慣れているといった様子で真ん中のソファーにドンと派手に座り込む。

 客は少年以外見当たらない。いや、正確には、『客と呼んでいい人間』は少年しか見当たらなかった。

 少年の入店に合わせて調理場から、彼と同世代と思わしき男が姿を現わす。メガネと天然パーマが特徴の真面目そうな少年であった。金髪の少年は、店員であろうメガネの少年に手を振る。

 

「モナは?ああ、二階で寝てんの?まあ、今日は天気良いからな。いやー、実はさっきお袋に買い物頼まれてこの辺来ててさ。ついでだからカレー食いに来てやったぜ!」

 

「悪いな竜司。この店は今日は忙しくてお前に食わせてやるカレーは無いんだ。というわけでさっさと帰ってくれ」

 

 金髪の少年、竜司の席の向かいに座っていた少女がズルズルとストローを鳴らしながら口を開いた。この『客と呼んでもいいか怪しい』少女は小柄な体躯に対し、大きなメガネと大きなヘッドホン、だらしない私服が特徴的だ。

 

「嘘つけ!いつも通りにガラガラじゃねえか」

 

 店主が聞いたら怒られそうなことを言いながら、竜司は目の前の少女を睨みつける。

 

「つーか双葉よお。おめーも単なる客の一人だろうが。なんで偉そうに調子ぶっこいてんだよ」

 

 竜司は端的に言って、典型的不良の容姿だ。しかし、そんな彼に睨まれているにも関わらず、双葉と呼ばれたこの少女は一切物怖じしていない。かなりの度胸の持ち主ではないだろうか。

 

「違うし。今日はこいつの手伝いをしに来てやっただけだし。どうだ。甲斐性無しの竜司を越えたぞ、私は」

 

 そう言って調理場の奥でカレーを作り始めたメガネの少年を指差した。か弱そうな容姿に反して傲岸不遜な態度を取り続ける双葉に対し、竜司は眉間に青筋を立てて対抗する。

 

「ああん?だったらその口元についたカレーは何なんだ?」

 

「なぬっ⁉︎」

 

 驚いた双葉は、慌てて手元のティッシュで口を拭った。

 

「こ、これは試食だ!調理担当の技術向上に貢献してやっているのだー!」

 

「バレッバレの嘘ついてんじゃねえよ!だいたいご丁寧にオレンジジュースまで用意してるじゃねえか。しかも、なんでお手伝いがテレビ見ながらソファーでくつろいでやがんだよ」

 

「まったく騒がしいな。この店の静かな雰囲気が台無しだ」

 

 再びドアのベルが鳴り、新たな客が姿を見せる。双葉と竜司の視線がそちらに向かった。今度も三人と同世代らしき少年だった。ただし、タイプは全く違う。すらっとした細身の長身。何より女性と見紛うほどの整った顔立ち。美少年と呼んでも差し支えない容姿の持ち主だ。

 

「おイナリ!」

 

「んだよ、祐介も来たのかよ」

 

 少年と竜司、双葉は『奇妙な縁』で結ばれた友人同士だ。各々の呼び名で迎える。

 

「ああ、この辺で小規模だが美術展が開かれていてな。そいつを見に行った帰りだ」

 

 少年、祐介は見た目とギャップの大きい低めの美声と共に口を開いた。

 

「朝はちくわ一本で済ませていたせいか腹も限界でな。ルブランの近くを通りかかった途端に、ついあいつのカレーがまた食べたくなった」

 

「相変わらずの貧乏生活やってんなー、おイナリ」

 

「こいつの場合、わけわかんねー金の使い方も原因な気もすっけどな」

 

 竜司は以前祐介が土産のために全財産を使い果たした時のエピソードを回想していた。しかし、当の祐介は何を勘違いしているのか、端正な顔の口元を吊り上げる。

 

「ふっ、やはり常人には理解しがたいか。まあ、仕方ないだろう。過去の名だたる巨匠達も私生活はそうだったのだからな。これもまた俺が芸術家として大成するための一歩を進めたということの証明に違いない」

 

「いや、お前アホなだけだろ」

 

 お前にアホと言われるのは心外だ、と言わんばかりに祐介は竜司に向かって鋭い眼光を放った。この芸術家志望の少年は、芸術家としての在り方について自分なりのポリシーを有している。それが他者から理解を得られるものなのかはまた別の話なわけだが。

 

「そう言う竜司、お前こそあんなくだらないDVDに無駄遣いしすぎじゃないのか?お前に勧められたから一応観てみたのはいいものの、何だあれは!人気女優だか知らないが、不自然なまでに肥大化した胸!不自然なまでに染め上げられたブロンドヘアー!不自然までに作り変えられた顔立ち!なのに無駄な脂肪は目立ち、肌にも荒れが見える!竜司はともかく、大衆までもがあのような偽物にまみれた女を美貌の持ち主として支持しているというのか!まったく……美というものを完全に侮辱している!」

 

 思春期の少年が隠し持つ秘密のオタカラを暴露された竜司は真っ青になってしまう。

 

「おいいいいいっ⁉︎おいおいおい祐介!人前でそれをでけえ声で言うんじゃねえよ!」

 

 慌てて祐介の口を手で塞ぐ竜司。だが、時既に遅く、双葉は邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「なるほどなー。竜司はボインボインの金髪ねーちゃん派かー。ま、いかにもって感じで驚かないけどな。女性陣、特に杏にはしっかり気をつけるよう言っとこ。竜司はいかがわしいビデオ持ってますってな」

 

「うっせー!俺はあいつをそんな風に見たつもりはねえ!おい双葉!あいつらには言うなよ!絶対言うんじゃねえぞ!」

 

「うっひっひっひ!こいつは面白くなりそうだぜい!」

 

「てめー!バラす気満々じゃねえか!くそ……このチビめ……うん?」

 

 沸点を超えて爆発寸前の竜司の視界に入ってきたのは、調理場でカチャカチャとを音を立てているメガネの少年の姿だ。彼の姿を目にした瞬間、竜司は楽しそうに下品な笑顔を浮かべた。

 

「なー、店長代理ー?」

 

 店主との意思疎通は進んできているし、実際店を一日中任される日もあるとはいえ、店長代理になったつもりは全く無い。だが、このキーワードがメガネの少年を指しているのは明白。お調子者の親友を尊重して、少し手を止めて調理場から顔を出した。

 

「そういや前々から気になってたんだけどさー?お前どういうタイプが好みな感じー?」

 

「え?」

 

 これまで余裕しゃくしゃくだった双葉が戸惑いを見せる。

 

「いやー、お前ってなんだかんだでこういう話題は自分から振らねえからさ。仲間同士の交流も兼ねて、ちーっと教えて欲しい感じなわけよ。あ、そういや真や春も少し気になるつってったなー」

 

「なっ⁉︎ま、真達までえっ⁉︎」

 

 普段は常にマイペースを貫く双葉の声が珍しく裏返った。頬も若干赤く染まりつつある。

 

「ふむ、確かに。我らがリーダーの内面は俺としても少々気になるところではある」

 

「い、いや、私は別になんとも思わないけど……ただ仲間のことはよく知っておくべきだと思うし……私ばっかり秘密を知られるのは……ふ、不公平だしな!うん、それだけであって他に理由があるわけじゃ……」

 

「なー、そこら辺どうなのよ?」

 

 殴りたくなる程のニヤけ顏の竜司。興味津々といった様子で顎を撫でる祐介。やけに真剣な目つきの双葉。自分には味方がいないと悟った少年は、仕方ないとため息を吐いた後、ゆっくり語り始める。

 その内容に、当の質問者である竜司はポカンと口を半開きになってしまった。

 

「あー、外見よか中身派?期待してたのとは違う答えだけど、まあ、お前らしいっちゃらしいな」

 

 親友の真面目ぶりに苦笑いした後、口を吊り上げて隣に座る双葉へ目配せする。

 

「だそうだぜ?双葉ちゃーん?」

 

「う、うるさい!竜司の癖に生意気だぞ!」

 

 ポカポカと竜司の胸を叩く双葉。ガタイの良い彼には貧弱な双葉の拳には痛くもかゆくも無い。それは心理的にも同じだった。立場逆転に成功した竜司は満面の笑みだ。

 

「はっははは!なーに顔を赤くしてんだこいつー!」

 

「だーもう!うるさいうるさいうるさいうるさーい!」

 

 そんな二人を尻目に、祐介だけは自分の世界に入り込んでいた。

 

「第一印象だけでレッテルを貼ったりせず、互いを理解しあってから……という事か。外見だけでは惑わされたりはしない、と。ふふっ、さすがは俺が見込んだ男だ。俺は表面だけの美しさに拘り過ぎていたのかもしれん」

 

 祐介は突然立ち上がると、未だに双葉と大はしゃぎしている竜司に向かって大げさに頭を下げた。

 

「竜司!さっきは済まなかった!あの女はまだ俺の知らない魅力を有しているのかもしれない!例のDVDは改めて確認させてもらおう!」

 

「え?あ、いや、別にそこまでしなくて良いけどよ……」

 

「そうだ!杏達の意見も聞いてみたい!女性からの視点だと違う物が見えてくるかもしれないからな!今度あのDVDを紹介してみるとしよう!」

 

「はあ⁉︎」

 

 顔面蒼白になっていく竜司。彼の脳内では、自分の体が獄炎で焼き尽くされながら、世紀末覇者にバイクで蹂躙され、トドメにガトリングとミサイルの雨が降ってくる光景が浮かんでいた。

 

「お、おいやめろ!頼むから、それだけはやめてくれ!ていうかお願い!やめて!やめてくださいー!」

 

「うむ、善は急げだ。さっそく連絡を……」

 

「おい人の話を聞けー!」

 

「頑張れ竜司。骨は拾っといてやるぞー」

 

 双葉の周囲はいつもこんな調子だ。癖の強い仲間達が織りなす日常は騒がしくも、飽きることがない。

 双葉がふと横を見ると、いつのまにかカレーを完成させていた少年が隣に立ち尽くしていた。両手に皿を抱えたメガネの少年は、苦笑いしながら遠巻きに二人の様子を眺めている。彼の心中を察した双葉はわざとらしくため息を吐く。

 

「やれやれ……野郎共は年中無休で騒がしいぜ」

 

 その喧騒にさっきまでこの少女は混じっていたわけだが。呆れ果ててものが言えないという意思表示なのか、洋画の役者のように大げさに肩を竦める。

 しかし、双葉の表情は心底嫌という風には到底見えない。当然だろう。何故ならこんな彼らだからこそ、少女がようやく手に入れた自分の居場所なのだから。

 少女に居場所を与えた少年は、優しそうに微笑む。

 

「仕方ない。もう少し付き合ってやるか!」

 

 双葉も同じく、少年に微笑んだ。この日常に感謝を。この幸せがいつまでも続きますようにと願いを込めて。

 

「おーい、完成したみたいだぞ。ありがたく食っとけ」

 

「お、カレー出来たのか!ナイスタイミングだぜ!」

 

「ああ、この芳しい香り……これだけでも俺の五感を全て支配する……さすがだ。やはりお前のカレーは俺のインスピレーションを刺激する魔法のようだな」

 

「おいおイナリ、わけわかんねー御託は良いから普通に食え」

 

「後でお替わりを頼む」

 

「聞いてねえし、こいつ」

 

 ここは喫茶店ルブラン。

 もしも四軒茶屋に来る機会があれば、是非寄っていくのはいかが?美味しいコーヒーとカレー、そして少々風変わりな常連の少年少女達が待っているかもしれない。

 

「まったくあいつら……もしかしてワガハイの事を忘れてねーか?」

 

 そして、一匹の黒猫も。


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