うちのカルデアに星5の鯖がようやく来たんだけど、全クラス揃えるとか夢物語だよね?   作:四季燦々

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遅くなりました!そしてお待たせしました!
今回はゲッテルデメルングのお話です!(なんか口に出して言いたくなりません?ゲッテルデメルング)

今回は召喚パートは一切無しの9.5割シリアスな回になります。本小説の趣旨とは大きくずれてしまいますがどうかご了承お願いします。理由?察してください。

当たり前ですが第2部第2章の大きなネタバレがありますのでご注意を!

では本編をどうぞ!


神々の黄昏を越えた女神の世界で手を取りあったんだけど、人の可能性は無限大だよね?

「ダ・ヴィンチちゃん、マシュの様子はその、どうかな?」

 

「本人は大丈夫って言ってるね。嘘もついている様子も無いから本当にそうなんだろう。辛いはずなのに、強い子だよ」

 

「……そっか。ごめんな、シャドウ・ボーダーの制御で疲れてるのに」

 

「なあに、私の仕事は君達のサポートだぜ?メンタルケアだって喜んでさせてもらうさ」

 

そう笑う小さな少女だが、疲労の色を隠せていない。碌に睡眠もとらずあっちへこっちへと奔走しているのだろう。ましてや今はもう1人の要であるホームズが負傷から回復しきっていないから余計に。

 

「それにしても――君が真っ先に私に頼るなんて珍しいね。いつもならとっくに君自身がマシュの下へ行っているだろう?」

 

「……オレだってできればそうしたかったさ。でもさ、オレはオフェリアさんのことを何も知らないんだ。彼女がどんな人物だったのか。カルデアに居た頃にマシュとどんな関係だったのか」

 

少しでも彼女のことを知っていれば、まだ掛ける言葉を見つけられただろう。だけど、ずっと敵対していて、そしてようやく少しは彼女のことが分かるかもしれない、そう思えた時にはもう手遅れだった。

 

「『オフェリア・ファムルソローネ』という1人の人間を知らないオレの言葉は――――きっと()()

 

あの巨人との戦い。その中で命を賭してオレ達の勝利を導いてくれたオフェリアさん。その死に際に静かに交わされたマシュと彼女の会話。死という終わりを迎えようとしてもなお最期の最期まで輝いていた命の灯。紡がれた言葉がどれだけ尊く、美しかったことか。

 

「……そう。でも、もう少し落ち着いたら彼女の下へ行ってみるといい。なあに、別に難しく考えなくてもいい。ただあの子の傍に居てあげて欲しいだけだ」

 

「……分かった、ダ・ヴィンチちゃん」

 

頑張りたまえ、若人!とふりふりと手を振ってコックピットの方へ歩いていく小さな万能の人。自動ドアの向こう側へと消えていった背中を見送ったオレは自室へと戻り、金属質の椅子に腰かける。ギシッという音を奏でながら背もたれに体重を預け、天井を見上げた。吐き出した息は重く、気分はどうにも優れなかった。

 

「傍に居てあげて、か……」

 

――ごめん、ダ・ヴィンチちゃん。今のオレには、それが何よりも難しいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が在る。絶氷が在る。それは太陽と氷山の融合体にして大いなる破壊の王。北欧に於ける神代の終焉、『神々の黄昏(ラグナロク)』にて世界と神々を焼き尽くした業火。火の巨人達の王『スルト』が氷雪の魔狼を食らった姿であり、ありとあらゆる世界に干渉し星そのものに終焉をもたらす存在。

 

ただひたすらに強大な力だった。巨人の王にに真っ向から戦いを挑むなど、ましてや相手は大神オーディンと相討った存在だ。巨人王と名高い彼の前に今なお立っていることさえ、ただの人間にすぎないオレにとっては奇跡だった。

 

『オオオォォォォォオオオォォォオオオ!!!』

 

「全員回避ィ!!絶対に当たるなっ!!」

 

「はいっ!先輩は私がっ!」

 

「ブリュンヒルデッ!」

 

「はいっ!」

 

それぞれが互いのパートナーへ合図を送り全力でその場を離脱する。刹那、オレ達がいたところを超弩級の大剣が通過した。炎によって構築されたそれは破壊力、熱量ともにまさに太陽。斬るという以前に灰も残さず一瞬で無へと変える絶対破壊の一撃。素早い回避のお陰で掠りもしなかったが、熱風だけで燃え尽きてしまいそうだった。カルデアのスタッフ達の研究の結晶である礼装が無ければ余波だけで消し炭にされていただろう。

 

『オノレェェェ!!脆弱な人間どもがァァァァ!!』

 

「次!ブレスッ!マシュは盾で防衛っ!魔力ブーストを掛けるから直撃は避けて角度を付けて受け流せッ!シグルド!大剣を持ってる腕を狙えっ!再生されるとはいえ短くても隙を作れるッ!ブリュンヒルデは直接槍を叩き込めっ!少しでも魔力を消費させろっ!!」

 

「「「了解ッ!!」」」

 

ゴオォォォォッ!!と特大の炎がスルトから放たれる。それをブーストされたマシュの盾が絶妙な角度で受け流した。狙いのズレた炎は空へと進路を変え、その隙にシグルドさんが魔剣グラムを用いた連撃を大剣を持つ腕に叩き込む。彼とピッタリのタイミングでスルトの背後へと回ったブリュンヒルデさんも同じようにその無防備な背中を自慢の槍で何度も貫いた。

 

『グウォ……!!オオォォォ……オォォォ!!』

 

流石は大英雄として名高い英霊だ。シグルドさんによって瞬く間にスルトの腕が切り落とされ、炎の塊となったそれも魔力の残滓となり消滅する。反撃とばかりに残された腕で彼を掴もうとするが、その腕もブリュンヒルデの巨大化した槍によって両断された。

 

「いいぞっ、もう少しだっ!これだけのサーヴァントなら消費量も桁外れのはずッ!」

 

「はいっ!あと僅かで巨人王スルトの魔力も枯渇すると推測されます。このまま押しとおりましょう!!」

 

両腕を失い、武器も失ったスルトは唸るような悲鳴を上げる。間違いなく追い込んでいる。このまま速攻で畳みかければ勝てるっ!!

 

「――駄目です、マスター」

 

「その通りだ。焦ってはいけない」

 

が、追撃をかけようと前へと飛び出そうとしたオレとマシュを英霊夫婦が止める。その先ではこれ以上食らってなるものかとその場で暴れまわり、辺り構わず熱線を吐き出すスルト。彼が暴れるたびに地表は震え、氷樹が燃え尽き、大地が死ぬ。

 

「あれはどこまでも諦めの悪い王です。最期の最期、息の根を完全に止めるまで決して油断してはなりません。焦って行動した結果、訪れるのは死です」

 

「かの王には死のルーンもある。一瞬の気の緩みが命取りになることもあるだろう。焦るな、好機を探すのだ」

 

あそこまで無差別に動き回られては予想外の一撃を受けてしまう可能性がある。一撃でも受けてしまえばこっちは終わりだ。だから落ち着けと、大英雄と戦乙女は告げてきた。

 

「………ごめん、ちょっと焦ってた。早くあいつを倒さないとって」

 

「すみません。戦場では常に冷静にいなければならないのに私は……」

 

「良いのです。貴方達が焦る気持ちも分かります。地上で力を貸してくれたクリプターの彼女のことが気になるのでしょう?」

 

オレ達の内面を見透かすようにブリュンヒルデさんが優しく微笑む。チラリと地上へと目を向けるが高高度過ぎて下の様子はよく分からない。だが、地上にはオレ達の戦いを見守ってくれている面々がいるのは確かだ。この世界で出会った女神スカディとその娘であるフレイヤの神力を宿したシトナイによる加護が保たれているのがその証拠だ。

 

「……すみません」

 

口から出たのは謝罪の言葉だった。ブリュンヒルデさんの言うクリプターの彼女――オフェリア・ファムルソローネは敵だ。目の前で腕の再生が進んでいるスルトの『元』マスターだ。オレ達が討たねばならない……いや、討たねばならなかった人物。

 

「敵に対して情けが過ぎることは承知しています。でも――」

 

大令呪(シリウスライト)を使ってまでスルトとの契約を断ち、自分達の勝機を作ってくれたから敵として見れなくなってしまったのですね」

 

「……はい」

 

「盾の少女、貴殿もか?」

 

「シグルドさん……はい、そうです」

 

隣でマシュが俯きながら答える。2人揃って甘い話だ。敵として相対したはずなのにそうは思えなくなってしまっていた。そして気になるのは『大令呪』を使用した後の彼女の異様な疲労状態。まるで、今にも――

 

だからこそ気が急いていた、急いでスルトは倒さなければと。反省して俯いていたオレ達だったが、不意に肩に手を置かれたことに気が付き顔を上げた。

 

「マスター、マシュ。それでいいのです」

 

「そうだ。貴殿達はそれでいい」

 

肩にシグルドの手が置かれていた。数多の強敵を退けてきた大英雄の逞しい手だった。隣ではマシュの頭をブリュンヒルデが優しく撫で聖母が如き笑みを浮かべている。

 

「それが貴方達の強さです。敵対する人物すら想うことのできる『優しさ』。私は貴方達がこれまでどんな旅路を歩いてきたのかはっきりと存じません。しかし、数えきれないほどの思いと衝突し、乗り越えてきたのでしょう」

 

「中には唾棄すべき悪意もあったはずだ。だが、貴殿達はそれでも『慈愛』を忘れていない。戦場にしか身を置けなかった当方達に勝るとも劣らない尊ぶべき強さだ」

 

「シグルドさん、ブリュンヒルデさん……」

 

「忘れてはいけません、失ってはいけません。貴方達の強さを。想いは時に悪意すら優しく包み込むのですから」

 

「貴殿達の強さは貴殿達だけの特別だ。大切にするといい」

 

2人の言葉にオレとマシュは顔を見合わせる。互いに何も言わずに一度だけコクリと頷いた。思うことはたくさんあった。だけどそれを口にするのは今はやめておいた。

それぞれが目の前の大英雄へと視線を送る。自分達はもう大丈夫、貴方達に認められた強さがあるからと。2人はそんなオレ達の様子に満足そうに笑みを浮かべた。

 

『グオオォォォォォォ!!!おのれおのれおのれェェェェェェ!!!たかが神秘如きがァァァァァ!!』

 

遂に再生を終えたスルトが猛々しく吠える。切り落とされた腕には炎の大剣が握られ、揺らめく瞳が怒りの業火に燃えている。

 

『ムスペルヘイムゥゥ!!我が身体ァァァ!!』

 

荒れ狂う炎がスルトから放たれ生き物のように宙を漂ったかと思うと、次の瞬間手に持っていた大剣に吸収されていく。集結する炎に呼応するように徐々に大剣が巨大化していき、ついには巨人王スルトの体格と同等の大剣へと変化した。

 

「くっ、巨人王スルトの魔力の集束を感知!恐らく最後の一撃を放とうとしていますッ!」

 

「いよいよ時が来たようだな。カルデアのマスターよ、準備はいいか?」

 

「はい。いつでも」

 

マシュは盾を構え、ブリュンヒルデさんは僅かに飛翔し槍を構える。シグルドさんは魔剣グラムを持ちいつでも宝具を開放できるように備えていた。3人の臨戦態勢に応えるように令呪が刻まれた右手を前に差し出す。

 

「――令呪を以て命ずる。マシュ宝具展開。全力で敵の一撃を防ぎきれ」

 

「はい!シールダー、必ずマスターの御身をお守りします!」

 

「――続けて令呪を以て命ずる。ブリュンヒルデ宝具展開。彼の敵を打ち破れ」

 

「お任せください。我が槍にて全てを貫きましょう」

 

「――最後の令呪を以て命ずる。シグルド宝具展開。魔剣の力にて巨人の王に絶対なる敗北を」

 

「承知した。我が魔剣、太陽すら討ち落とすことを証明しよう」

 

令呪によって解放された魔力が3人へと伝わるとそれぞれが宝具を展開。スルトの大剣を対立するように輝きを増していく。

――そして、ついに終末をもたらす獄炎の剣が生命を刈り取る矛となって振り下ろされた。

 

『星よ、終れ……灰塵に帰せ!!太陽を超えて輝け、炎の剣(ロプトル・レーギャルン)!!』

 

「真名、凍結展開。これは多くの道、多くの願いを受けた幻想の城――呼応せよ!いまは脆き夢想の城(モールド・キャメロット)!!」

 

「届け、届け、届け、私の――死がふたりを分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)!!」

 

「絶技用意。太陽の魔剣よ、その身で破壊を巻き起こせ!壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)!!」

 

1つの破壊とそれを止める3つの宝具。

 

『クッ……!グオオォォオオォォォォオオオォォ!!』

 

「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

振るわれた超巨大な大剣は3つの宝具とぶつかり合う。衝突から数秒間は完全に互角だったが徐々にオレ達の宝具が押し始める

 

ある意味必然と言える結果だったのかもしれない。スルトはその存在の大きさから忘れそうになるがサーヴァントだ。魔力の供給源がなければ実態を保つことも困難であり、ましてや今までの戦闘での攻撃、防御、再生にほとんどの魔力を消費していた。否、させられていた。

 

――それは彼の『皇帝』の力と、スルトと契約を切るために文字通り身を引き裂いたオフェリアさんの功績だろう。不可能すら塗り替える希望の快男児――ナポレオン。彼が自身の霊基の許容すら超えた虹を撃ち放ちスルトへの突破口を開いた。そして、オフェリアさんはスルトとの契約の要石である自身の魔眼を、呪いすら乗り越えて破棄することで魔力の供給手段を断ち斬った。前者はそのせいで身を朽ち果てさせ、後者は決して軽くはない傷を負った。

 

しかし、そのおかげでスルトは大幅な弱体化をさせられる。先程振るわれた大剣も、破壊力こそ恐ろしいものだったが到底星を破壊しつくせる程の威力は持ち合わせていなかった。

 

対してこちらは消耗はしていたものの、令呪と女神の加護によるバックアップ付きの全力全開の宝具。込められた魔力量はスルトの大剣をも超えていたのだ。それでも大剣と宝具が僅かにも拮抗したのは偏にスルトの執念だろう。

 

3つの宝具に防がれていた獄炎の剣は戦乙女と竜殺しの宝具によって完全に消滅し、なおその勢いを劣らせない槍と剣がスルトの身体を貫く。今までで一番大きな手ごたえを感じた。

 

『オ……オオォォォォ……!何故、だ……?この俺が……オ、フェリア……!オフェリア!オフェリアァァァ!!』

 

目の前で起こったことが信じられないと言うようにスルトは叫ぶ。彼の口から出たのは敗れたことへの悪態でも悔しさでもなく信じられないという疑問だった。自分のマスターであったオフェリア・ファムルソローネへの悲痛な叫びだった。

 

その叫びも徐々に小さくなっていく灯の様に宙へと消えていく。フェンリルの力は剥がれ落ち炎より先に消え去った。魔力も失い、魔狼の力も失った太陽は、やがて、地天を焼却しようとしたのが嘘のように静かに消滅していった。

 

――異聞帯だけでなく世界を焼き払おうとした巨人の王。彼が何を思い破壊の限りを尽くそうとしたのか、そして何故最後にオフェリアさんの名を口にしたのか。それを理解できる者は、誰一人居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スルトを倒した後、シャドウ・ボーダーに戻ったオレ達に告げられたのはオフェリアさんの命が残り僅かしかないという残酷な報告だった。女神スカディや戦乙女にすら治療できない手遅れの状態。これこそが『大令呪(シリウスライト)』を使う代償。術者の命を糧として発動する大魔術だった。

 

焦点の合わない目を天井に向けて静かに横になる存在に真っ先に駆け寄ったのはマシュだった。他のスタッフは気を遣ってくれたのか、この部屋にはオレとマシュとオフェリアさんのみ。

 

マシュは温もりを失いつつある手を握り、少しずつ言葉を交わす。ぽつりぽつりと小さく、しかし互いの言葉を胸に刻みつけるように交わされるその時間は人としての尊厳に満ちていた。

 

「あの、雪と氷に閉ざされたカルデアで、ずっと窓を見ていた、もうひとりのわたし。……毎日を怯えて暮らしていた私なんかと一緒にしては、迷惑でしょうけど……ずっと、アナタと――」

 

オフェリアさんはそこで一度言葉を切る。『もうひとりのわたし』。彼女は目の前で手を握る少女のことをそう言った。そして、自分との違いを示すように言葉を紡ぐ。

 

「……アナタは、進んで。踏み出して。マシュ・キリエライト」

 

「はい。はい、オフェリアさん。わたしたちは、進みます。きっと止まりません。きっと人理を守って、生き残って、そして……世界を……」

 

命の灯火が消えようとしている。気づかないうちに視界が歪んでいた。駄目だと思うものの、それでも溢れ出るものを止めることができなかった。相手は敵だったはずなのに、悲しくて辛くて、胸が締め付けられた。

 

何か1つ。たった1つでも違っていたのなら、オフェリアさんはオレ達と共に在れたのかもしれない。それが夢想の物語だとしてもそう思わずにはいられなかった。

 

オレはマシュは泣いていると思った。人づての話だが、2人はそれなりに仲が良かったらしい。マスター候補同士、訓練の話をしたり、一緒に食事をしたり。そんな時間を作っていたと。だから、今のオフェリアさんの姿に、マシュは泣いていると。

 

――だが、違った。彼女が浮かべていたのは笑みだった。満面ではない、氷雪の時期を超え、春に小さな花がふわりと芽吹くような柔らかな微笑み。

 

「ええ。アナタたちなら、やれるかもしれない。私としては……少し、複雑、だけど……。ああ、そうだ――あの英霊……に……もしも、また、出会えたら……彼、私を、覚えていないでしょうけど……。ありがとう、って。結婚は、お断りする、けど……。アナタの虹、綺麗、だった、って、伝え――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オフェリア・ファムルソローネは眠りにつくように静かに息を引き取った。最期に孤独から救い上げてくれた英霊への感謝の意を口にしながら。

 

――そして、それでもマシュは、最期まで笑みを無くすことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オフェリアさんを見送った後。消沈しきったシャドウ・ボーダーの面々だったが、オレ達にはやらねばならないことがあった。

 

――『空想樹の切除。及び異聞帯の消滅』

 

つまり、女神スカディと衝突。思えばこれはこの異聞帯のたどり着いた時から決まっていたことなのだ。ここは女神の世界、『神々の終焉(ラグナロク)』より唯一生き残った存在が作った最後の楽園。決して時代が進むこともなく、決して滅びることもない。生まれた生命は女神と御使いによって統治され、変化も何も生まれない日々が過ぎていく。

 

この世界に生きる生命にとって何も間違ってはいない、間違ってなどいないのだ。ただ、汎人類史とは違い、行き止まりに到達してしまった世界。女神スカサハ=スカディは先が無くなってしまった世界を必死に守ろうとしただけ。それだけの話だ。

 

女神と、彼女に最後まで付き従った戦乙女を激闘の末打ち倒したオレ達は空想樹を切除。崩壊を始める世界を見てズキズキと痛む胸を抑えながらシャドウ・ボーダーへと帰還し、異聞帯を去った。

 

――そう、この世界で僅かながらも共に過ごした住人の少女――ゲルダに別れも告げずに。

 

もし最後に彼女に会っていたら、オレは何を告げられただろう。関わった時間は決して長くはなかったけれど、あの子なら自身の常識から外れていることでも必死に理解しようとしたんじゃないだろうか。それが例え、どんなに残酷な事でも。

 

だけど、じゃあ少女に何を言えというんだ。これから君達の世界は崩壊する、君達の存在も何もかもが無くなる。そう告げればよかったというのだろうか。それとも明日も遊ぼうとまやかしの希望を与え、今日はゆっくりお休みと静かに最期を迎えさせればよかったのいうのだろうか。

 

答えは今だ出ない。出るわけもない。たがそれでも、オレはそこで生きる人々との関わりをやめたくないと思う。ホームズも言っていたが、次の異聞帯の住人達もオレ達に対して友好的とは限らない。石を投げられたり命を狙われたりすることもあるかもしれない。そのせいでクリプターに敗北してしまうかもしれない。

 

――だけど。そうだとしても、オレは止めるわけにはいかないんだ。際限なく胸に痛みを感じようと、全て壊す者として背負うべきものだから。それが異聞帯を破壊し汎人類史を救うと決めた誓いだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……思ったよりも時間が経ってたな」

 

パチリと閉じていた目を開く。マイルームに備えられえた時計を確認してみるとダ・ヴィンチちゃんと別れてから1時間ほど経過してた。そこまで長い間考えに更けていたわけではないと思ったのだが、どうやらあの世界の光景はよほどオレに鮮烈に残っているらしい。

 

「マシュの所、行ってみるか……」

 

正直、掛ける言葉は見つかっていない。だけど、そろそろ1度は行くべきだろう。この旅はいつ何が起こるか分からない。話せるときに話しておかなければ。

 

そう腹を括ったオレはマイルームを後にしてマシュの部屋へと向かう。コンコンコンとノックをすると、「はい、どなたですか?」といつも通りの声色が聞こえてきた。

 

「マシュ、オレだ。今ちょっといいか?」

 

「先輩?はい、大丈夫です。今開けますね」

 

ルームのロックを解除したのだろう。開閉用のセンサーがオレをとらえ、最近慣れてきた開閉音と共に扉が開かれる。その先には眼鏡を身に着け、カルデアスタッフ用のパーカーを羽織ったいつものマシュがいた。

 

「突然悪いな。休んでいただろ?」

 

「いえ。私も十分休ませていただきました」

 

あっ、今お飲み物淹れますね、と部屋の隅に備えられた紅茶セットの下へ行くマシュ。その背中を眺めながらオレは部屋の中央に置かれたテーブルの席に着く。少し待っていると紅茶をいれたマシュがカップを置き、オレと対面するように席に着いた。

 

「どうぞ。エミヤさんの様に上手には淹れられないのですが」

 

「いや、そんなことないよ。すごく美味しい」

 

嘘ではない。オレには紅茶の種類などよく分からないが、鼻腔をくすぐる茶葉の匂いや深くほんのりと甘い味わいは心を落ち着かせてくれる。

 

「良かったです。それでどうされたんですか?先輩が私の部屋を訪ねてくるなど珍しいので少し驚いてしまいました」

 

「まあ、いつもはマシュがオレの部屋にってのが普通だしな」

 

「はい」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

気まずい沈黙の中でカップのカチャという音だけが響く。マシュも何となくオレがここに来た理由を察しているのかもしれない。カップ内で揺らめく紅茶の波紋に視線を落としていたオレだったが、やがて重たい口を開いた。

 

「――ごめんな、マシュ」

 

「先輩?」

 

「オレさ、マシュに何を言ってあげればいいのか分からないんだ。何か君に言わないといけないって分かってるのにどうしても言葉が出てこないんだ。ごめん、本当にごめん……!。ロシアの後にオレの背負うものを一緒に背負ってくれるって言ってくれたのに。なのに、オレは……!」

 

ダ・ヴィンチちゃんは傍に居てあげればそれでいいと言ってくれた。だけど、駄目なんだ。オレはマシュにそれ以上のことをもらってきたんだ。傍にいるだけでは伝えきれないんだ。

 

情けない。本当に情けない。オレは誰かに助けられてばかりだ。誰かが、ましては大切な女の子が大事な人を失った直後だというのに何もしてやれない。それが、悔しくて悔しくて、狂いそうなほど辛い。

 

だけど、泣きそうな顔をしているだろうオレを見て、マシュはふっと笑う。

 

「――先輩は、やっぱり先輩です。私の敬愛する先輩です」

 

「えっ……」

 

「これがシグルドさんやブリュンヒルデさんが言っていた『優しさ』という強さなのですね」

 

「違う、オレは……!」

 

「私のことを心配して気遣ってくれているんですよね。オフェリアさんのことで私を傷つけてしまうんじゃないかって。だから、そんなに苦しんで悩んでくださっているんですよね」

 

ありがとうございます。すごく、嬉しいですと笑うマシュ。掛け値なしの本心からの笑顔だった。

 

「オフェリアさんのこと、正直すごく考えてしまいます。辛くないのかと問われれば……辛いです。もう、大切な人達を失いたくないと思っていましたから」

 

きっと、マシュは対峙している時でさえオフェリアさんのことを心の底から敵とは思えなかったのだろう。味方になってくれた時は心の底から嬉しかったのだろう。かつてのカルデアの日々が、その気持ちを形作っていたのだ。

 

「なあ、マシュ。1つ聞いてもいいか?」

 

「はい、どうぞ」

 

「どうして、あの時笑ったんだ……?」

 

オフェリアさんの最期。彼女にずっと微笑みかけていたマシュの笑みを思い浮かべる。てっきり泣いてしまうと思っていたあの瞬間のことがオレには分からなかった。

 

「どうして、でしょうか」

 

「えっ?」

 

「私にも正直分からないんです。悲しかったはずなのに涙は出ませんでした。オフェリアさんの言葉を聞いていたら自然と、という感覚です」

 

「オフェリアさんの言葉……」

 

 

 

 

 

 

 

『あの、雪と氷に閉ざされたカルデアで、ずっと窓を見ていた、もうひとりのわたし。……毎日を怯えて暮らしていた私なんかと一緒にしては、迷惑でしょうけど……ずっと、アナタと――』

 

 

 

『……アナタは、進んで。踏み出して。マシュ・キリエライト』

 

 

 

『ええ。アナタたちなら、やれるかもしれない。私としては……少し、複雑、だけど……。ああ、そうだ――あの英霊……に……もしも、また、出会えたら……彼、私を、覚えていないでしょうけど……。ありがとう、って。結婚は、お断りする、けど……。アナタの虹、綺麗、だった、って、伝え――』

 

 

 

 

「正直、先輩に出会い人理修復の旅が始まる前までの私は機械染みた人間だったと思います。他のマスターの方々とは任務のこと以外ほとんど会話はしませんでしたし、必要以上の接触もしませんでした」

 

「…………」

 

「そんな日々の中でも、オフェリアさんは私に特に良くしてくれました。お食事に誘ってくれたり何気ない日常のことを話したり。――同性の『友達』というのは、きっとこういう関係を言うんだと」

 

「『友達』……」

 

「はい、私はあの最期の瞬間にようやく気づきました。オフェリアさんと私は互いに『友達』だったのだと。その友達が、進んで、踏み出してと言ってくれたんです」

 

マシュはあの時と同じように笑みを浮かべた。暖かくて美しい綺麗な表情。悲しみに染まっていないオレが大好きな笑顔。

 

「だから、私は笑ったのかもしれません。あの言葉に応えるのは涙ではないと。前に進まないといけないとそう思ったのかもしれません」

 

「そう、か」

 

なんて強い人だとオレは思った。あんなことがあった直後だというのに、それでもマシュは前に進むことを止めないといった。これから彼女が対するのは元カルデアの人々だ。ほとんど奪い、奪われ、殺し合いも同然の戦いだ。それでもマシュは真っすぐだった。

 

「――でも、きっと私だけではどこかで挫けてしまうかもしれません。だから先輩……」

 

「……なんだ?」

 

「もし、これから先異聞帯を巡る旅で私が立ち止まるようなことがありましたら、この背中を押してくれませんか?」

 

「背中を、押す……」

 

「はい、特別な言葉が欲しいとかそういうわけではないんです。私は先輩がただ傍にいてくれれば。貴方が居てくれれば、私はどんな相手でも、何度挫けても立ち上がれます」

 

その言葉にハッとなる。オレはずっとマシュに伝えるべき言葉を探していた。音にして彼女に伝えなければ何も意味がないと、そう考えていた。でも、違ったんだ。この少女が求めていたのは言葉なんかじゃなくてもっと簡単で大切なことだったんだ。

 

もちろん、思っているだけじゃ伝わらないことはたくさんある。でも、それが全てではない。ただそこにいるだけで満たされるものだってある。マシュが求めているのはそういうことだ。たったそれだけのことだったんだ。

 

「――ごめんな、マシュ。オレ、難しく考え過ぎてたみたいだ」

 

「いいんです。先程もお伝えしましたが、それも先輩の『優しさ』という強さですから」

 

「『優しさ』という強さ、か。それならマシュの方が強いよ」

 

「いいえ、先輩の方が優しいです」

 

「いいや。絶対マシュの方が優しい」

 

「先輩の方が優しいです!」

 

「マシュの方が優しい!」

 

「先輩!」

 

「マシュ!」

 

おかしい。さっきまでものすごく真剣な話をしていたはずなのにいつの間にかどっちが優しいかの応酬になってしまっている。だが、なんだかここは譲れないような気がしてつい熱が入ってしまう。

 

「プッ……!」

 

「ふふっ……!」

 

もっともこんな単純な言い争いが長続きするなんてこともなく、オレ達はやがて互いに噴き出し笑いあった。まるで子供みたいに何を言い争っていたんだとおかしくて、笑いを収めるのに少し時間がかかってしまった。

 

「はあ~……。まったくもう、何やってんだろうな」

 

「ふふっ。本当ですね」

 

喧嘩両成敗。ここ数日鬱屈するような事ばかり考えていたから、こうして笑えたのはとても気持ちが晴れ晴れとした。

 

「なあ、マシュ」

 

「はい、何ですか先輩」

 

「ごめんな。逆に気を使わせちまって」

 

「いいえ。全然大丈夫です。なんてったって、私は先輩のサーヴァントですから!」

 

待ち受ける困難はもっともっと過酷になっていくだろう。今までの様にクリプターとなったマスター達を敵として見れなくなるかもしれない。異聞帯の人々に虐げられるかもしれない。

 

――だけど、進もう。オレはロシアで出会った友の言葉を。マシュはカルデアで出会った友の言葉を。そして2人で誓いあった誓いを胸に。オレ達の世界を取り戻すまで、進み続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~憩いの時間~

 

「マシュ、もし良かったらなんだけどさ。Aチームの人達のこと、もっと教えてくれないか?」

 

「皆さんのこと、ですか?」

 

「ああ。何ていうかオレは彼ら彼女らのことをあんまりよく知らないからさ。前に少しだけ教えてもらったけど詳しくは聞いてなかったし」

 

「……先程も言いましたが、私は極力交流を避けていたのであまり話せることはありませんよ?」

 

「いいんだ、それでも。オレは少しでも知らなくちゃいけない、これから戦う人達のこと。きっとそれも汎人類史を見限った彼らと戦う上で必要なことだと思う」

 

「先輩……」

 

「……助けられる人を喪うって、やっぱり辛いからさ」

 

「――分かりました。私の分かることは全てお話ししします。ですが、その前に紅茶のおかわりはいかがですか?」

 

「ああ、いただくよ。マシュの紅茶は美味しいから」

 




読んでいただきありがとうございました。

今回はマスター、マシュ、そしてオフェリアさんの3人に焦点を当てて執筆しました。ロシアでは異聞帯の住人であるパツシィの言葉で奮い立ったマスターの成長を書きましたが、今回はオフェリアさんの言葉で成長したマシュ、そしてそのマシュの影響で成長したマスターを書きました。

ゲッテルデメルングのストーリーもまた良かったですね。アナスタシアとは違った、強き人々のお話でした。オフェリアさんとナポレオン、スルトの関係性、女神スカディの決意。これ本当に最後まで行けるのかと思えるような重厚なお話でした。個人的な妄想を言わせていただくのであれば、オフェリアさんと一緒に旅をしたかった……!もっとマシュとの幸せな時間を共有して欲しかった……!と思います。

たぶん年末までにもう1つぐらい異聞帯来ますかね?どんな壁が待っていようと気を引き締めて旅路を歩いていきたいなと思もいます。

巷ではギル祭が終了し、2017年の復刻ハロウィン真っ最中ですね。ギル祭はガンガン箱を開けるつもりだったんですが、大きな壁が出現しました。そう、『ジャガーマン』です。あのメンテ延長までこさえてやってきやがったジャガーマンの攻略に時間を取られてしまいました。まあ、でも大体100箱ぐらい行ったので良いかなと思います。
というか、マジであの難易度何だったんだろう。じいじほどじゃないにせよ、調整狂ってんじゃないかと疑うレベルでした。フレンドの凸特攻礼装つけたパーフェクトオルタニキを貸してくれた方!ありがとうございました!

そして、今度は新しいハロイベ。なにやら見たことがある鬼の配布サーヴァントに、同じく見たことのあるシルエットのサーヴァントが登場。これはまたガチャ戦争の予感。Twitterが凄まじいことになりそうです。

さて、次回の更新ですが、福袋及びスカディピックアップの話にしようかなと思います。ええ、ご存知の方はいらっしゃると思いますが、『あの方』がご降臨されたお話です。これは荒れるぜぇ……(本編の主人公が

ではでは!次回またお会いしましょう!

PS.流石に更新のペースが落ち気味なので頑張って執筆します!ごめんなさい!
あと、思い切ってTwitter始めました!プレイ状況をツイートするので小説のネタバレ大ですが、よろしければフォローしていただけると嬉しいです!

@SHIKISANSAN

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