うちのカルデアに星5の鯖がようやく来たんだけど、全クラス揃えるとか夢物語だよね? 作:四季燦々
今回は英霊剣豪七番勝負のお話です。というか、色々書きたいことがあってガチャのお話がほぼ無くなってしまいました。
非常に難産で、あーでもいないこうでもないとかなり難しかったです。でも、僕なりに武蔵ちゃんへの思いを込めました。あと割と小太郎君も優遇してたり。
では、年内最後のお話をどうぞ!
背筋が凍りつくほど美しく鮮烈な一筋。担い手の迷いなき心情を物語るかのように放たれる神速の刃。人を斬り、化生を斬り、空を斬り、次元すら斬る。空間を超越し有限という概念に捕らわれない可能性の剣。神秘にすら届くその"無限の剣"は紛れもなく剣という頂に立つ者の一刀だった。
呼吸を断ち切るそんな剣に美しき天元の華は己が持つ二刀を持って相対する。無空すら捉えるまでに至った剣筋は相対する剣聖に引けを取らない。自身が見定めた1つの結末に至るように究極的にまで削ぎ落とされ、神仏ですら変えられない結果を収束する剣。その手に持つ二刀を華が舞い散るが如く華麗に、しかし鬼神のように剛毅に振るう。無二を超えようとする有限にして"零の剣"。こちらも道は違えど紛れもない剣の頂に立つ一刀だった。
場所も時間も運命すらも超えて出会うこととなった因縁。例え辺りが今にも燃え落ちそうだとしても、このまま戦っていたところで結末は死しかないとしても、2人の剣鬼は止まらない。
「武蔵ィッ!!」
「小次郎ォォォォォ!!」
ただひたすらに斬ることのみを追い求めてきた者達が刹那の間に数十合打ち合う。1度ぶつかり合うたびに1つの何かが生まれ、1つの何が終末を迎える。まさに無念無想の境地。無限と零の交差する不可能世界。
人体における急所を剣筋が消える速度で狙われているにも関わらず互いに致命的な一撃は受けていない。追及してきた道は違えど、美しすぎるほど洗練された剣の舞。常人が立ち入ることが許されないその空間にオレは心を捕らわれていた。
やがて2人の鬼は無限のように続く剣戟を交わした後距離をとる。先程と同じなら呼吸すら許さぬ時間で斬り結んでいたはずなのだが、牽制し合うように視線を交わしていた。そして、そこにきてようやく2人の表情をオレは見ることができた。
――笑っていた。ただひたすらにそれぞれの口元を弧の形に吊り上げ、爛々と瞳を輝かせ、乱れる呼吸や流血すらも愛おしいと言わんばかりに。2人の鬼は笑っていた。
ああ、とオレはここに来てようやく諦めがつく。やはり、オレには2人の考えは分からないと。剣を研ぎ澄ますことだけに全てを注ぎ込んできた者達の心など、人理焼却に立ち向かうまで悠々と暮らしてきたオレに理解できるはずもなかったのだと。どうにかして剣士という人間について知ろうとしていたけれど結局できなかった。
2人の鬼の間で爆発的に殺気と剣気が膨れ上がる。先程まで型らしい型を構えない無形として斬り合っていた小次郎は身の丈ほどもある長刀を初めて顔の横で"構えた"。間違いない、彼の唯一にして無窮の絶技を放つ構え。飛燕を斬る我流の斬撃。
対して武蔵は両刀を鞘に納め、隻眼となってしまった瞳を閉じる。静かに行われたその所作の中で、彼女の周りには空間すら捻じ曲げるほど恐ろしい剣気が溢れていた。
時間にしてほんの数秒もなかっただろう。しかし、2人の間に流れる空気の重さからオレには文字通り永遠のように感じられる時間だった。
「――秘剣」
「――この一刀こそ我が空道、我が生涯! 」
カッと武蔵の瞳が開かれる。刹那、小次郎の姿がその場から消え――
「燕返しッ!!」
「伊舎那大天象ッ!!」
――剣鬼同士が到達した究極の剣が交わった。
ゆらゆらと黒い煙が空を覆いつくす。パチパチと木が小さく爆ぜる。闇を赤く紅く染め上げる炎が辺りを焦がす。
ほんの1日前まで見事な天守閣を誇っていた城はほんの数刻前に異界の城へとその風貌を変え、そして今この瞬間夜空を焼き尽くすように紅蓮に燃えている。周囲は異界の様相を残しつつも徐々に広がる火の手によって飲み込まれ、ただの黒い灰塵へと化していっていた。
「――離せッ!離せつってんだろッ!!」
「いいえっ!例え主殿の命令だとしても決して離しません!ここはすぐに避難するべきです!!」
噎せ返るような煙と肺を焼き尽くさんとばかりの火の海の中、オレはみっともなく小太郎君に羽交い締めにされていた。いつもは頼りになる彼の優秀さがこの時ばかりは腹立たしい。忍として1つの境地に達し、サーヴァントとしての神秘の肉体を持つ彼の手をたかが人間であるオレが到底振り払うことなどできるはずもなかった。
「ふざけんなっ!オレ1人だけ逃げるわけにはいかねえだろうがッ!あそこにはまだ武蔵ちゃんがいるんだぞっ!」
彼女は佐々木小次郎との戦いに辛くも勝利したものの大怪我を負ってその場を動けなくなってしまった。そんな状態の彼女は何とか2人での脱出を試みようとするオレだけを燃え落ちる城の外へと投げて脱出させたのだ。
突然城から飛んできた主をキャッチしてくれた小太郎君にお礼も碌に言わぬままオレは再び城の中へと戻ろうとするも、それを小太郎君に止められたのだ。
「駄目です!サーヴァントでもない主殿では今引き返したところで命を落とすだけです!」
「サーヴァントじゃねえのは武蔵ちゃんも同じだろうがぁッ!!彼女は
ふざけんな……!そんな結末絶対に認めるもんか……!オレは、2度と仲間を失わないって――
「それでもッ!主殿をむざむざと死地に向かわせるなど忍の恥、従者として失格です!僕には貴方を必ず生きてカルデアに帰還させるという使命があります!いえ、それ以前に僕自身貴方に死んでほしくはないっ!」
「――――ッ!!だけどっ!」
「主殿の気持ちは痛いほど分かります……!僕だってできることなら今すぐにでも助けに行きたい!でも、辺りがここまで火の海になってしまっては主殿1人で脱出することは不可能です!だったら僕は
グッと小太郎君の手に力が籠る。彼の赤髪から覗く瞳は揺れていた。忍らしく常に冷静を被っていたその仮面が剥がれ落ちかけており、砕けるのではないかと思うほど歯を強く噛み締め、眉間に皺を寄せ、湧き上がる感情を必死に押し殺してるようだった。
「お願いです主殿……!」
震える声で小太郎君が懇願してくる。彼の必死な様子に上がっていた頭の血が一気に下がるのを感じた。
――またオレは誰かの命に守られるのか。
頭の中でこの世界で出会った彼女との思い出が蘇る。目まぐるしく変わっていく情景に手を伸ばしそうになる。これを掴んだらオレは止まれない。間違いなく燃え尽きようとしている城へと飛び込んでしまう。
だから――
「――――――分かった。…………行こう」
「ありがとうございます……!」
オレの言葉を聞き届けた小太郎君は拘束を解き、急いで燃え盛る炎の中からの脱出ルートを確保していく。流石歴代の風魔の力を継ぎし者。的確かつ素早い。瞬く間に1人分が通れる逃げ道が確保できた。
「さあ、主殿。僕が先頭に立ち引き続き道を開いていきます。くれぐれも離れることのないよう」
「…………ごめん、小太郎君」
「――いいえ、謝らないでください。では、行きます!」
それから約四半刻後。なるべく安全かつ最短ルートを通ったオレ達は無事安全地帯まで避難することができた。
しかし、振り返ったその先。傷つき、今にも散ってしまいそうな彼女を置き去りにした城は――――すでに崩壊してしまっていた。
「主殿、失礼します。お身体の方はいかかがでしょうか?」
「おにいちゃん、身体は大丈夫?」
厭離穢土城が崩壊した2日後。オレは仮宿として与えられた建物で横になっていた。今回の戦いはいつも以上に過酷だったようで、カルデアからの魔力供給は繋がり自体が希薄なためかなり少なく、おまけに英霊剣豪を立て続けに相手にし、さらに腹に大穴まであけられた状態だったのだ。本来の肉体ではないにしても身体も魔力回路もボロボロになっていたオレは2日前に避難した直後に気を失い、丸々1日意識が戻らなかった。つまり昨日までの話だ。今は意識が回復し魔術で傷を癒しつつ大事をとって身体を休めている。
オレが目を覚ましたと聞いた小太郎君やおぬいちゃん、田助は街の復興を手伝う合間を縫ってこうして時々様子を見に来てくれているのだ。
「おお、3人ともありがとな。心配かけて悪かった、もうだいぶ良くなってきたよ」
「魔術による回復により傷もほとんど癒えているとはいえ、失った体力は戻りませんからね。今はしっかり休んでください」
「そうだよーおにいちゃん!無茶しちゃだめだからね!」
「だうぅー!」
おいおい、小太郎君はまだしもおぬいちゃんや赤ちゃんの田助にまで心配されてんぞ。おにいちゃん嬉しい反面少し情けないぞ。というかおぬいちゃんと田助は魔術とか驚かなくなったな。誰のせいだろうね(目逸らし)
「分かってるって。良くなったとはいえ、今日いっぱいはまだろくに動けねえから安心してくれ。何かねえ限り大人しくしてるよ」
「何か起こると動くってことなんですね……」
小太郎君が苦笑いを浮かべる。おぬいちゃんは含みのあるオレの言い方を理解できなかったのかキョトンと首を傾げ、田助はキャッキャキャッキャと何か楽しそうにしているか中、『まあ、それは置いといて』と小太郎君が小さく咳ばらいをした。
「――では、おぬい殿。先程お願いした通り少し席を外してもらってもよろしいですか?」
「うー、もっとおにいちゃんとお話したいけど……大事な話なんだよね?」
「はい。僕と主殿とのとても大事な話です」
「……分かった!じゃあ、おぬいおたまさんのお手伝いしてくる。いこ、田助」
「だうだう、あーい」
事前に途中で席を外してほしいと頼んでいたのだろう。おぬいちゃんはすぐに真剣な小太郎君の様子を汲み取り田助と共に仮宿を後にした。残されたのはただの魔術師被れと風魔の忍。どちらから話しかけるようなこともせず少しだけ無言の時間が流れていたのだが、やがて小太郎君が重たい口を開いた。
「――主殿、どうか僕へ処罰を」
「……はっ?」
布団で上半身を起こした状態のままのオレの目の前で小太郎君が膝をつく。自分が仕える人物の指示を仰ぐ姿勢だ。
今なんと言った?『処罰』?
「主の命令に逆らったことに対する処罰です。僕はあの時主殿の身を守るためとはいえ武蔵殿を見殺しにし、貴方の命令に背いて自分の意思を優先させた。忍として最低なことを行ったのです」
「いや、あれは仕方がなかったじゃねえか」
「いいえ、『仕方がなかった』『やむを得なかった』で済む話ではないのです。忍は影から主君に仕える者であり、決して主より前に出てはいけないのです。ましてや自身の意思を優先させるなど言語道断。こんなことは見習いの忍でさえ熟知している当たり前のことです」
赤髪から覗かせる彼の瞳は真剣だった。真剣に罰を受けようとしている目だった。
「分かった。じゃあ、処罰を言い渡すよ」
「はい、何なりと」
スゥーと小さく息を吸う。小太郎君は身じろぎ1つせずオレの言葉を待っていた。
「――城下町の復興を死ぬ気で頑張ってきてくれ」
「……はい?」
予想もしていなかった言葉だったのだろう。小太郎君は言われたことの理解に時間がかかっているようだった。
「だから、城下町の復興を死ぬ気で頑張ってきて」
「いやあの、おっしゃったことは理解できたのですが……」
「本当か?死ぬ気だぞ死ぬ気。町の人達に最優秀賞もらえるぐらいだぞ?」
「そんな賞は無いと思うんですが……。いえ、そういうことではありません!主殿、それでは僕が今やっていることと変わらないではないですか。それでは処罰などとは……」
「チッチッチ。甘いぜ小太郎君。みたらし団子に練乳ぶっかけてイチゴ牛乳と一緒に食べるぐらい甘い。あっ、でもちょっとやってみたいかも」
「虫歯には気を付けてくださいね。で、どういうことですか?」
オレの言いたいことが全く理解できていないようで小太郎君は困惑しているようだった。まあ、正直オレもこの例えは意味分からん。あっ、違うねそこじゃないね。
「……段蔵ちゃんは命懸けでおぬいちゃんと田助を救うために戦った。でも、彼女が守ろうとしたのはあの子達だけじゃなかった」
「…………」
「段蔵ちゃんはこの町に住む全ての人を守るためにオレ達と一緒に戦ってくれたんだ。確かにあの外道キャスターに操られて対立もしちまったけど、彼女は共に戦った仲間だ。段蔵ちゃんが守りたかったものが荒れ放題ってのは見るに堪えん。でも、生憎オレはまだろくに身体を動かせないから復興を手伝うにも手伝えない。だから町のことは小太郎君に任せたい。いいか、最低でも5人分は働くんだぞ」
「……よろしいのですか?」
「なんだ、忍は主に影から仕える者じゃなかったのか?」
オレの言葉に小太郎君は小さく息を吐くと少しだけ笑みを浮かべる。
「――ふふっ、そうですね。サーヴァントと風魔の術を使う僕ならそれくらい余裕です。英霊と風魔の力が合わさって最強に見えます」
「こんなブラックな労働を強いるとか処罰以外の何物でもないぞー。キッチリ働きたまえ」
「分かりました。この風魔小太郎、主殿からの処罰謹んでお受けします。……ありがとうございます、主殿」
そう言って一礼した後小太郎君は部屋から静かに退出していった。今回の出来事を気に病んでいたりするんじゃないかと思っていたが杞憂だったらしい。
「ありがとう、か。お礼を言いたいのはオレの方だよ」
あの時、オレを止めてくれてありがとう小太郎君。
「――――んっ」
「あっ、先輩気が付きましたか?」
「マシュ?ということは、オレは戻ってきたのか」
「はい、先輩おかえりなさい。今回も特異点修復お疲れ様でした」
小太郎君に処罰を言い渡してからさらに数日後。オレの身体もだいぶ回復し町の復興もとりあえず町民だけでどうにかなるようになった頃、オレ達はあの世界を後にした。あの世界の住人ではないオレ達がいつまでも残っているわけにもいかなかったからな。少々急でおぬいちゃんが寂しがっていたけれど大丈夫だろう。あの子も、田助も強い子だから。
下総国からカルデアへ帰還したオレを出迎えてくれたのは後輩の温かい笑みだった。どこかホッとした様子なのは決して見間違いなどではない。今回は事前に万全に準備をしたレイシフトではなく唐突な特異点への突入だったため心配も従来の比ではないのだろう。
馴染みのある柔らかさ。こりゃマイルームのベッドの上か。
「随分久しぶりな感じだよ、マシュ」
「日にちにして十数日、先輩はずっと寝たきりでした。先に帰還されている小太郎さんからおおよその経緯は聞いています」
「そっか。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「えっ?行くってどちらへ?というかお身体は大丈夫ですか?一応筋肉の硬直がない様に医療チームの方々が定期的に動かしたり魔術で補助をしてくれていたようですが」
「全く問題ないな。流石うちのスタッフは優秀だわ」
「それならいいのですが……」
「カルデアの皆には突然のことで心配かけちまったよ。だから、目が覚めたことの報告と……あと、あの大馬鹿に話をな」
「ああ、なるほどです。では、私は報告が終わった後は席を外しますね」
「ありがとうマシュ」
オレが誰のことを言っているのかすぐに察してくれた後輩は小さく笑みを浮かべる。気の利く後輩で先輩は嬉しいよ。
それからはダヴィンチちゃんを始めとするカルデアスタッフへの報告を済ませた。皆は随分と心配してくれていたようで終始大丈夫か?の嵐に思わず苦笑いをしてしまったのはしょうがないと思う。
あと、酒吞ちゃんにも会ったのだが彼女はあの世界のことは何も知らないと言い、やんわりとした京都弁でお帰りと迎えてくれた。……もっとも、口元が意味深に笑っていたしどう考えても何か覚えているようだったが。オレもただありがとうとだけ伝えておいた。
そして、件の人物の部屋へと向かう。オレが目を覚ましたことはとっくにカルデア中に広まっているはずなのに一切自分から会いに来ない大馬鹿者。あの世界で一番長く時間を共にした英霊。
コンコンコンと客が来たことを知らせるノックをすると――
「わひゃいっ!?」
「…………」
部屋の中から何ともマヌケな声に続きドンガラガッシャーン!と激しくベタな物音がした。
「武蔵ちゃん、話がある。入るぞ」
「い、いません。そんな人ここにはいません」
「居留守を使うんなら口を開くべきじゃないな。いいから開けてくれ。オレは武蔵ちゃんに直接話があるんだ」
「い、いいいいないわよー。ここにそんな見目麗しい最強美人剣士いないわよー。私は別人ですよー」
「へえ、じゃあ武蔵ちゃんの部屋にいる貴方はどちら様ですかね」
「も、望月千代女でーす。ほら、声も同じでしょう?」
「召喚した覚えがないな。彼女の召喚を試みるのはこれからのはずなんだが」
「…………」
「…………」
「いいから観念してとっとと開けやがれこの駄目剣士ッ!いるのは分かってんだよッ!!」
「い、嫌嫌嫌ッ!だって開けたら君絶対怒るでしょ!というか、すでに怒ってるじゃない!」
互いの間に扉一枚分け隔てて静かに問答していたが、いつまでたっても開けない彼女に痺れを切らし、先程の行儀のよいノックとは裏腹に借金の取り立てのようにガンガンと扉を叩く。
「怒ってねえよッ!つかその反応ってことは下総国のこと覚えてるんだなっ!!」
「嘘よ絶対怒ってる!き、記憶のことは君が特異点を修復した時になんか頭の中に流れ込んできたのよっ!わ、わわ私だって意味分かんないし!」
「英霊の座からの干渉か……。って、覚えてるなら話は早いっ!ここを開けやがれこの大馬鹿ッ!!」
「いーやー!怒られるのはいーやーなーのーよー!!」
それから約10分。通りすがりのカルデア職員や英霊達に苦笑いされながらも続いたこのくだらないやり取りは、偶然通りかかったダヴィンチちゃんにロックを解除してもらう形で収束した。その時の武蔵ちゃんの絶望しきった顔といったら……。
「ううっ……」
「ったく、手間とらせやがって……」
「だ、だって君すごい剣幕だったし……」
床に正座をしてメソメソと泣くする今の武蔵ちゃんはあの剣戟を行った人物とは到底思えず、普通の女の子のようだった。
「とりあえず扉の前でも言ったように話がある。いったん椅子に座れ」
「あ、あの!そのことで少しお願いがあるんですけど……」
「なんだ?」
「――ちょっと場所変えてもいいかしら?」
訪れたのはシミレーションルーム。そこを小高い草原と快晴に設定した場所だった。草が風によって揺れ、青い空を雲がゆっくりと漂う。何度体験しても仮想世界とは思えないそんな場所にオレと武蔵ちゃんは来ていた。
「何でこの場所なんだ?」
「うーん。ほら、君とあの世界で再会した光景にちょっと似てるでしょう?君とゆっくりお話をするなら開放感のある場所の方がいいなって」
そう言って武蔵ちゃんは一度大きく伸びをしたあとに膝を抱えるように座った。それに倣ってオレも片膝を曲げるようにして座る。ああ、そういえばあの特異点で目覚めて武蔵ちゃんと再会した時もこうして隣に座り合って再会を喜んだっけ。
「で、だ。オレが話したいことが何か、もう分かってるよな?」
「――ごめんなさい」
彼女の方を向かずに放った言葉に、武蔵ちゃんはポツリと謝った。
「私の我儘に君を巻き込んでしまったこと。危険な目に合わせてしまったこと。勝手に死んでしまったこと。全て謝ります、ごめんなさい」
「…………」
「でも、これだけは言わせてほしいの。私はあの戦いに後悔は一切ない。私の剣をぶつける相手に最もふさわしい剣士と剣を交わすことができて、最後の剣を君に見届けてもらえて。私は後悔なんてしていない」
「…………」
「理解してもらえるとは思ってないわ。私はどこまで行っても剣を握る者で君はそうじゃない。分かってもらえるわけがない」
「…………」
「私はそういう性分なの。これだけは絶対に曲げられない。人に何を言われようと、仏様に何を言われようと、世界に何を言われようと、決して変わらない」
静かに話す彼女の言葉には底のない重い気迫があった。長い髪から覗く健在な両の眼は真っすぐに先を見通していた。これが剣の為に生まれ、剣に生き、剣に死ぬ者の覇気。これこそが剣豪と呼ばれる者。
……やっぱりオレには無理だな。
「――んなことはとっくに諦めてるよ」
「えっ?」
「武蔵ちゃんに剣士としての矜持があって、それをオレが理解するなんてこと」
「…………」
「第一、今まで普通に生きてきたオレが武蔵ちゃん達を完全に理解するなんて無理に決まってんだろ、オレは剣士じゃねえし。だからさ、諦めた。こういう存在なんだって考えることにした。理解されなくても誰にだって譲れないもんはあるし、それが武蔵ちゃんにとって剣だったってだけの話だろ」
「――君、怒ってないの?」
「だから怒ってないって。オレはただ、武蔵ちゃんにも絶対に譲れないものがあったんだなって話がしたかっただけだ。理解もできてねえのに怒れるわけねえだろ」
「……えへへ、そっか」
頬を朱に染め武蔵ちゃんは照れたように笑う。どうやら本気で怒られると覚悟していたらしい。
「だが、説教は無しにしてもお願いがある」
「何かな?ほらほら、お姉さんに言ってみなさい」
「怒られないって分かった瞬間の切り替え早くない?」
「いいからいいから。で、何かな?」
怒られないって分かったらすぐこれだ。やっぱ拳骨の1つでも落としてやるべきだったか?身体強化使ったマルタさん直伝の鉄拳制裁、英霊達の間でもアホみたいに痛いって評判なんだぞ。
はあ、と小さくため息を吐くもこっちの方が武蔵ちゃんらしくていいかと思い直す。さっさと言いたいこと言っちまおう。
「――死ぬな」
「あっ……」
「剣士として譲れない戦いをするのはいい。もうそんなことは知らん。だけど、
「……それは嫌だなぁ」
「嫌なら死ぬな。やるからはどんな相手でも斬れ」
「その言い方まるで悪者みたいな言い方で引っかかるわね」
ジト目でこちらへ視線を注ぐ武蔵ちゃん。確かにちょっと言い方が荒っぽかったかな?これじゃまるで辻斬りだ。
「……でも、うん。分かりました。この新免武蔵守藤原玄信、君がいる限り絶対に剣では負けません。零へと至ったこの剣は立ちはだかる全ての敵を断ち斬りましょう」
スラッと音もなく抜き放たれた刀。それを青空へとかざす様に武蔵ちゃんは誓う。眩しく輝く研ぎ澄まされた刃は零の剣。究極まで無駄を削ぎ落としたその剣に、迷いなどあるはずもなかった。
「――君。もう少し私に付き合ってくれない?」
「付き合うってどこに?」
「この夢幻の空じゃなくて、本物の青空が見えるところ」
シミュレーションルームで武蔵ちゃんに誘われたオレは、大きな窓が設置されているカルデアの廊下へと来ていた。今日は珍しく天候も良いようで雪雲も少なく蒼海を連想させる青空が広がっていた。
「私、青空が好きなの」
「そうなのか?」
「うん、草の上に寝っ転がってお天道様の光を浴びながら流れる雲と透き通った青をジーッと眺める。時間がゆっくりと流れていくみたいですっごく気持ちいいの。だから好き」
「昼寝にはもってこいだな」
「でしょっ!でもさ、最近別の理由で青空が好きだって分かったのよ」
「ふーん。何、別の理由って」
何だろう。細長い雲がうどんに見えるとか?そんなしょうもない理由を考えていた時だった。
「――君の眼と同じだから」
「――――ッ!?」
「君の綺麗な青い眼が青空と同じ色だから。あの焼け落ちていく城の中で私、実は少しだけ後悔があったのよね。最期に見る光景は真っ赤に燃える炎とかじゃなくて、綺麗な青が良かったなって。あの時は私自身が青空が好きだからって思っていたんだけど、本当は違ったみたいです」
「あ、あの武蔵ちゃん?」
「青は君の色だったから。最期は君の眼を見て死にたかったなって。無意識で思っちゃったみたいです」
「えっと……」
完全に不意打ちだった。あの小次郎も美しい華と称えるほどの美貌。自然と浮かべるその笑みにオレは完全に見惚れてしまっていた。
えっ?なにこれ。武蔵ちゃんこういうこと言う性格だっけ?いや、意外と乙女チックなことを偶に言うことは知ってたけど、どちらかというと美少年大好きだったり、実は同性もいけたり、酒吞ちゃんやばらきーを見て生まれる時代を間違えたとかいうちょっと危ない変人(変態)だったはずでは?
「――君?どうしたの?何だか顔が赤いけど。もしかしてまだ疲れが抜けきってないんじゃ」
「……武蔵ちゃん、意外とそういう照れくさいこと平気で言うんだな」
「えっ……?あっ……」
オレの指摘でようやく自分の言った恥ずかしい言葉を理解したらしい。一瞬で顔を真っ赤に染め上げ、全力でオレから目を逸らした。
「ち、違うのです!今のは別に深い理由があったりしたわけじゃなくて、ただ単純にそう思っただけだから!そういう色っぽいやつじゃないから!!第一、そういうの剣が鈍っちゃうし!」
「お、おう」
あまりの剣幕に一周回って冷静になる。自分よりもパニくってる人がいると逆に冷静になるって本当なんだね。照れが一気に引いたわ。なんだか気持ちも落ち着いて腹も減ってきたし。
「とにかくもうすぐお昼だし食堂に行こうか」
「う、うん……」
すっかりしおらしくなってしまった武蔵ちゃん。こうコロコロと表情が変化するのも彼女らしいな。オレの後ろを少し離れてついてくるその姿は本当に初心な少女のようだった。
「なあ、武蔵ちゃん」
「な、なにかしら?」
「――ありがとな」
「――あはは。どういたしまして、マスター」
―おまけレベルの召喚―
「で、今から召喚に付き合ってくれ」
「唐突ねぇ。別にいいけど身体の方は大丈夫なの?」
「身体に関してはカルデアの優秀なスタッフ達が万全に整えてくれていたから問題ない。それよりもオレは早く召喚に挑戦したい」
「うーん、君がそう言うならいいけど」
「今回は一点狙いでやってみようと思うんだ。んで、狙うのは段蔵ちゃん。小太郎君に会わせてあげたいからな!」
「気持ちは分かるけど、そううまくいくかしら」
「やってみなきゃ分からん。さあ、それじゃ行くぞっ!」
グルグルと召喚サークルが回転し、パアッと一際大きく輝きを見せる。現れたのは英霊召喚を示す3本ライン。激しく発光を続けた召喚光は少しずつその光を収めていき、召喚された人物へのスポットライトのように照らされるもその姿をハッキリと認識することができない。そして――
「――我が名は蒸気王。ひとたび死して空想世界と共にある者」
「知ってた」
現れたのは華奢で可憐な絡繰娘ではなく、どう考えてもバーサーカーな肉体(メタル)を持つキャスターことチャールズ・バベッジさんだった。
「段蔵ちゃんって蒸気で動いてたのね」
「おう、その弄り方すげえ刺さるからやめーや」
うん、だって召喚されたクラスカードキャスターだったもの。銀色だったもの。おまけに絡繰の段蔵ちゃん召喚しようとしている時点で(白目)
なんだか悔しかったのでバベッジさんのモードチェンジ案を武蔵ちゃんを含めて話し合った。ちなみにオレと武蔵ちゃんの同意見として美少女に変形するという案が出た。どうですかバベッジさん。あっ、流石に無理ですかそうですか。
はい!ということで武蔵ちゃん回でした!(小太郎君回でもありますね)
思い起こせば去年のお正月、人理修復後に彼女を召喚してから早くも1年が経とうしています。というか、終局特異点を除けば今年は武蔵ちゃんで始まり武歳ちゃんで終わる1年になりました。加えて実は小太郎君も同じだったりします(笑)
この1年で武蔵ちゃんはありとあらゆる場面で活躍し、1.5部ではキーサーヴァントにもなっていました。そんな彼女を1番最初の星5サーヴァントとして召喚することができて本当に良かったと思います。ありがとう武蔵ちゃん!そして来年もその高火力をお願いします!
では、皆さん。今年1年本小説を読んでくださりありがとうございました。見切り発車で爆死ガチャのことを書いたら面白いんじゃね?とスタートした本作品ですが、ここまで続けられるとは思っていませんでした。これも読者の方がのおかげだと常々感謝しております。
…………後半ガチャ報告少なかったぞっ!と言ってはいけない(忠告)
沢山の感想やメッセージを拝見できて非常に楽しかったです。来年もなかなか更新が進まないかもしれませんが、どうぞゲーム内(フレンド的な意味で)を含めよろしくお願いします。
では、皆様にとって2018年が良い年でありますように。僕もより一層精進したいと思います。良いお年を!
PS:誰か福袋でメルトを確実に当てる方法を教えてください……!