なのぎる。   作:くおん(出張版)

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なのぎる。(中編)

 ギルさん、という人はその日から翠屋の常連になった――

 

 となのはは思っていたのだが、それは彼の印象というか存在感があまりにも強かったせいで、実際のところは二週間か一週間に一度くらいでしかきていなかったらしい。小学低学年の記憶などというものはいい加減である。

 当時はめったに家に帰らなかった父や母であったが、そこのあたりはしっかりと記憶していた。あと、

「ギルさんが来ると、なのはの顔が全然違うから」

 とは剣の修行に忙しかった兄の言である。

 もっとも、なのはだけではなくて、ギルさんが町にくると近隣の子どもたちみんなの顔が変わっていた。

 ギルさんという人は、不思議なほどに子どもたちに好かれていたのだ。

 

 

 

 

 

 なのぎる (中編)

 

 

 

 

 

(つまり、なのはちゃんの初恋の人やった、と)

(ナノハノハツコイノヒト……ナノハノハツコイ……)

(いや、ギルさんは好きだったけど、初恋というんじゃなかったよ)

 

 多分。

 というか、あの頃の家族のなかなか揃わなかった高町家の中で一人いい子をしていたなのはにとって、実の兄とはまた違った感じで慕っている――もう一人の兄のような、そんな人だったと彼女は今になって思っていたりする。

 まあ、女の子にしてみたら同世代の男は常にガキに見えるものであり、年上に憧れるということはよくあることであるが。

 正直をいうと、まったくそういう感情がなかったのかというとそうでもない。

 ないのだけれど、あれを初恋か、と言われると恋より仕事ですなワーカーホリックっぽいハイミス路線を突っ走っている最中の現在のなのはが思い返しても、やはり首を捻るところである。

 憧れてはいたけど。

 好きだったけど。

 そんな対象とはちょっと違っていた。

 多分。

 

 今でも思い返すと鮮やかに脳裏に蘇る。 

 海鳴の町の海岸線で釣竿を置いて糸をたらし、そしてジャ○プを読んでいるギルさんの姿を。

 自分や近所の子どもたちは、彼を見かけるとはしゃぎながら傍に駆け寄るのだ。

 

 ――おおっ、すげー。いっぱい釣れてるー! 

 ――ねえ、ギルギル、ジャン○見せて

 ――ギルギルー、うちのお姉ちゃんがギルギルにクッキー渡してってくれたよ

 ――ギルさん、ガリガリさん買ってきたよー

「うむ。トンキチよ、我の腕前と道具にかかればこの程度は軽い。

 チンペイ、ジ○ンプは我が読み終えるまで待て。

 よかろう。カンタよ。貢物、受け取ってやろう。

 ナノハ、ご苦労であった。さ、みなで食べるぞ」

 

 こんな感じで、ギルさんが来ると本当に楽しかった。

 本当に尊大で傲岸な人であったけれど、気前が良くて、そして頭の回転が速い……聡明と言ってもいい人でもあったから、子どもたちは何をしてもらうでもなく、ただ話をしてもらうだけで楽しくて仕方がなかったのだ。

 それと、なのははみんなが自分一人だけの時に、内緒でギルさんに相談事をしていたことを知っていた。ギルさんを自分たちの身の回りのどんな大人よりも信頼できていたのだろうと、今なら思う。

 実際、そうだった。

 ギルさんには、本当に色んなことを教えてもらった……となのはは懐かしく思い出す。

 あれは出会ってすぐのことだ――

 

「何でラスボスって、小出しに敵をぶつけてくるのかな」

 そう言ったのは、トンキチであったかチンペイであったか。

「最初からよわっちい時に倒してしまえばいいのに」

「そんなの話のつごーだろ」

「話のつごーってなんだよ」

「兄さんが言ってた。『そうしないとすぐ終わるだろう。漫画にするのならそういう不自然なことはある』って」

 ジ○ンプを読みながらそんな話になった。

 たまに、そういう作品の根幹に関わるようなことに疑問を持つ時期がくる。こないままにキン○マンを毎週楽しみに二十歳を超えてまで矛盾やら超理論など気にせずに読んでいられたような人間もいるが。

 

(あかんなー、娯楽作品は設定の整合性よりノリと勢いを大切にしないといかんのに。そんなこと気にしだしたら、素直に楽しめなくなるんやで。戦術的に間違ってるとか、そういうの気にしたらあかん!)

(うん。そうだね、そうだよね。戦力の分散とかしちゃっても、全員でぼこぼこに一人を攻撃すると卑怯くさいし、個々で撃退とかした方が盛り上がるものね!)

(……二人とも、そんなに激しく同意してくれなくても……)

 

 ギルさんは男の子たちが話しているのを聞いていたが、やがて。

「違うな」

 と言った。

「話の都合などではない。ラスボスとは軍団の長だ。多くが王を名乗っている。そうでないものもいるが、長たる者は王たらんとする者である。そして真実に王たらんとするのなら、必ず慢心する」

「あ―――」

 なのはは「ああ」となんか合点がいったというように頷いた。

 慢心であるがゆえに敵を侮り、小出しに敵を差し向ける。

 だから最後に敗れる。

 解りやすく、当たり前のことである。だが、なんだか凄く腑に落ちた。

 少なくとも話の都合というのより、子供心に納得はいったものである。

「もっとも、ラスボスにも器量の格差というものはある……ここ数年だと、かの大魔王バ○ンが我の知る中では格別であったが」

 その力、目的共になかなかであると褒めた。

「しかし悲しいかな、最後までその王道を貫けなんだ。敵が勇者であるとは言え、全ての傲慢をかなぐり捨てて挑むというのは、な……最後の最後で王を捨てた」

「ゆだんとかまん心は身をほろぼすって、お兄ちゃんがいってた」

 高町家には小太刀二刀流の技が伝わっている。

 剣士としての訓戒を家族はなのはに押し付けたりはしなかったが、それでも時にその心得を呟いて言い聞かせることもある。基本的に一般論の延長のようなものだが。

 それをなのはが言うと、ギルは何処か満足そうに微笑んだ。

「それは道理だ。あくまでも、凡夫雑種としてのな」

 どれほどの力を持っていようと、傲慢であれば油断を生み、油断は必死の刃を時に受け損ねる。

 

 

「しかしな、慢心せずして何が王か」

 

 

「それって、王は必ず負けるってこと?」

 チンペイだと思うが、そう聞いた直後、ギルさんの顔を見て、まるで魂が抜けたかのような表情になった。

「たわけ。真実王足りえるのは過去現在未来において我一人だ。そして我は最強だ」

 ……正直、この時にギルさんが言っていたことについては、なのははかなり後までただの例えだと思っていた。

「最強の我だからこそ、慢心が許されるのだ。その器量のない者が王たろうとしても必ず身を滅ぼす――ゆえに、兵法の類では油断を戒めるのだ。あんなものは弱者の学ぶものよ。最強ならばただ進み押し潰せばよい」

 全員、意味は解らないままにギルさんの言葉を聞くだけとなった。

「時に引き、隠れ、押す――ふん。弱者の工夫など真実最強である者には不要だ。ただ勝つのだけが目的であるのならばな。娯楽と興じているのならそれもするが、勝つだけならばまとめて潰せばよい」

 つまりそれは、最強足りえない者のためにあるのが兵法・武道であり――

 

「王でない者が学ぶが故に慢心を戒める。まったくもって道理ではないか」

 

 ……なのははその時のギルさんの言葉を、こう受け止めている。

 この世で最強でないのなら慢心はするな、と。

 最強足りえないから戦技を磨かなくてはならないのだと。

 今のなのはの戦技教導官としての謙虚な姿勢と熱心な態度の根底には、その時のギルさんの言葉はやはり全部が全部ではないが影響は残っているのだと、今は少し思っている。似たようなことは家族にも言われていたが、何せインパクトが違うのだ。

 

(あー、それやと私も、夜天の王やし慢心せんといかんのかなー)

(そういう意味じゃないと思うけど……というか、本当にその人、そういう意味で言ったのかな……?)

(なはは。まっさかー。本気で自分こそが最強無敵だなんて思ってるだなんて――うん。まあ、そう人だったけど)

 

 そんな感じでギルさんには、本当に色んなことを学んだ。

 そういえば、一番大切なことも彼が教えてくれたのだった。

 

 あれはもう少し後のこと――

 

 

「どうした? 何を悩んでいる?」

 いつもの通りにガリガリさんを買った帰り道である。

 ギルさんはその時はなのはと二人で歩いていた。

 どういう経緯でそうしていたのかということはなのはの記憶には無い。どうせギルさんは「今日は散策することに決めた」とか言ったのだろう。そういう気まぐれな人だった。

 なのはは「いえ、なんでもないです」と首を振るが、ギルさんは真面目な顔で

「王の目は謀れぬ」

 と言う。

 ガリッとガリガリさんを齧りながら。

(この人からは隠せない)

 素直になのはは思った。思ってからガリガリさんを齧る。口の中の氷菓がなくなった頃に。

「実は……」

 なのはのその時の悩みは、同級生のことだった。

 友達、ではないのだが、二人の女の子の話である。

 その子たちは学校でも目立つ二人だった。聞けばお金持ちの子女だったりするのだという。そして容姿も幼いながらもかなり可愛らしい。

 そんな二人なのだけど。

「アリサちゃん、ちょっとすずかちゃんに意地悪とかしたりするの」

「ふむ」

「意地悪って言っても、そんなひどいことしているというのでもなくて、アリサちゃんはそんなにひどいことしているって気持ちはないのかもしれないんだけど、だけど、すずかちゃんは」

 何だか、見てて可哀想になったのだと、なのはは言う。

 ギルさんはガリガリさんを齧っていたが。

 やがて。

「なのはは、どうしたいのだ?」

「わたしは――」

 アリサちゃんを止めたい、と思っている。

 だけど、それは余計なお世話ではないのかと考えてしまうのだ。

 なのはは幼くして家庭の中で寂しい想いを募らせていた。それでグレるとかではなくて、むしろ家族の事情を鑑み、自分の我侭などは言わないように、言わないようにと心を律する癖がついてしまっていた。 

 いわゆる、彼女は「いい子」なのである。

 そんななのはだから、人とぶつかり合うというのは家族以外の誰とであっても嫌だった。

 それは恐れていたと言ってもいい。

 まだまだ人に生の感情をぶつけるということにも、ぶつけられることにも慣れていないのである。

 それでも。

 黙っていられない。

 彼女の奥底にあるものが、このまま自分が納得できないことを許容していいのか、ほっておいていいのかと囁くのだ――。

「わたし、アリサちゃんはいけないことをしていると、思うのに、だけど……わたし、嫌われたくなくて……」

「――察するに」

 ギルさんは、泣き出しそうな目のなのはの言葉を遮る。

 

「なのはは、その娘たちと友になりたいのであろうな」

 

「――――!」

 思わず、見上げる。

 隣を歩いていたギルさんは、いつもと変わらず傲岸で傲慢で、だがしかし、何かを思い出しているように目を細めているのが解った。もしかしたら、笑っていたのかもしれない。

 ギルさんは足をとめずに言葉を継ぐ。

「もしも友を得たいのであれば……その時には、全てをぶつけるがよい」

「全てを」

「ああ」

「ぶつける……?」

「そうだ」

 笑っている。

 ギルさんは笑っている。

 しかし、その言葉が真剣で本気で、全く冗談ではないことはなのはにも解った。彼は、何か大切なことを言おうとしているのだ。

「全てをぶつけて戦って、お互いを分かり合い――そこから始まるものも、あるだろうよ」

「……ジ○ンプの漫画みたいに?」

 聞き返してからなのは「しまった」と思う。なんかこの言い方では、揶揄しているかのようではないか。

 しかし案に相違して、ギルさんはむしろ嬉しそうに。

「そうだ」

 と言う。

「あの雑誌には、時に真理が書かれている。ふん。雑種が創ったとはいえ、なかなかのものよ。いや、大元の原型たる我の物語がよほどに優れていたということなのであろうな。優れていたがゆえに何度となく複製が積み重ねられる」

「…………?」

「原典から複製されたものなど、悉く劣化していくものと思っていたが、こと漫画に関する限りは見事な工夫だ。雑種であろうとも幾世代もの神域の才覚の持ち主たちが磨き合い、積み重ねたが故にあそこまで到達できたのであろうが……」

「あの、ギルさん」

 何だか意味が解らなくなってきたので、つい独白を遮ってしまう。

 ギルさんはそれで機嫌を損ねるでもなく、「ふむ」と頷き。

「なのはよ、我にはかつて友がいた」

 と、予想もしていなかったことを言った。

「――え?」

 思わず、そんな風に呻くように声を出してしまう。

(ギルさんに、友達)

 なんでだろう。

 なんかすごくショックだ。

 なんだかよく解らないけどショックだ。

 それは今から考えれば、このギルさんが友という――自分と同格の存在があることを認めていたということが信じられなかったのだろう。

 

(なんや、さりげにひどいこというてへん?)

(……なのはにそこまで言わせるって、どういう人だったんだろ……)

(いや、だって、本当にあの人、この世で自分が一番偉いと思っていそうな人だったの)

 

 

『僕の話を聞いてくれ』

 と、そのギルさんのお友達の人は言った、らしい。

「ふん。あやつの話など聞くつもりはなかったがな。しかし、やつは全力で挑みかかってきた。それも、我に全力を出させるに足るだけの力だ。凡百の器量では到底なし得ぬ力であった――」

「………」

「なのはよ、我は雑種を羨んだりはせぬ。この世界には我に全力を出させるほどの相手などは、最早出ぬからな。ゆえに、我の友たり得る者も現れることはない。それに、我にとっての朋友などは一人で充分だ」

「ギルさん……」

 こういう時は他の小説では寂しそうな声だった、と書くのが普通なのだが、ギルさんはこの時にむしろ誇らしげだった。

 自分の友が最高であるということを自慢しているようにも見えた。

 というか、果たしてこの人は自分を励まそうとしているのか、友達の自慢をしたいのか、なのはにも解らなくなった。

 あるいはその両方かもしれない。

「しかしな、なのはよ。お前たちは違う。全力で挑んでも、相手が死ぬということはない」

「あ――――」

「我は雑種を羨まぬ。我の朋友以上の最高の友などは望むべくはないからな。それは、我は王だからだ――なのは、お前は王たり得ない。何時か何者かになるとしても、王にはお前はなれぬ。王は我のみだからだ。なればこそ、お前にはいくらでも友が作れる」

「――――」

「いくらでも、だ。王でないということは、いくらでも仲間を作れるということだ。いくらでもやり直せるということだ。下らぬ雑種同士が肩を寄せ合っているのを、我は羨ましいとは思わんが」

「ギルさん……」

 難しい言葉がいっぱいだったのでよく解らない部分もあったが――なのはは、ギルさんの言葉をこの時に確かに受け取った。

 最高のお友達とは、全てをぶつけ合えること。

 さすがにそれでなのはの嫌われたくないという性分が変わった訳ではないが。

 心の何処か、あるいは魂の片隅に、それは刻み込まれたのだった。

 

(そうして、私はお友達がいっぱいできたんだよ)

 

(………)

(………)

 

 

 

 

 つづく。

 

 

 

 

 

 

 

 えぬじー。つか、書いててやめたバージョン

 

 

 

「ギルさん……」 

 だけど、それは。

(わたしたちは、ギルさんのお友達じゃないの?)

 ということだった。

 ギルさんに並べる存在でないと、ギルさんのお友達にはなれない。だから今のギルさんは孤独だ。かつていた友達はこの世にはいないのだと、なのははなんとなく感じている。

 その孤独を辛いとは、まったくちっとも、微塵にも感じていないようだけど――

 寂しいな、となのは思った。

 それは自分の感傷にすぎない、と解っていてもなのはは思わずに入られなかった。

 この時から、なのはには一つの目標ができた。

 自分はけっして王様にはなれない。

 ギルさんがそう言ったし、自分でもそう思う。

 だから、自分はギルさんが褒めていた存在になろうと思う。

 ギルさんが認めていた存在に近くなり、そしてギルさんのお友達似はなれなくても、近い存在になりたいと。

 そうして彼女はこの時より目指すのだ。

 

「そう、私はギルさんが褒めてた存在に――大魔王◯ーンを目指すことにしたの!」

「天地魔闘自重―――――!」


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