それはありえなかった、あるいは何処かの世界でありえたかもしれない物語。
「ふん……」
黄金の鎧に身を包んだ英雄王は、そう鼻を鳴らし、目の前で倒れる者たちを眺めてた。
聖杯戦争が終ってから幾度か魔術師やら吸血鬼やら代行者が彼を襲ってきたが、彼はその悉くを返り討ちにしていた。当然のことだった。
原初の英雄王たる彼にしてみれば、今の時代の魔術師たちなど大した脅威たりえない。死徒たちも二十七祖の上位以外では、ほとんどが彼の前で抵抗といえるほどの抵抗はできなかった。
あとは抑止の守護者が来るくらいか――と思っていたところに現れたのが、彼女たちだった。
時空管理局の魔導師と名乗った彼女らは、名前を聞き、このようなことをした理由を聞き、彼を捕縛しようとした。
彼は名乗らなかった。胡乱な雑種に語る名前などはなかった。
彼は語らなかった。異世界の者に語る理由ではなかった。
彼は――
彼を捕縛できる者など、この世には存在しなかった。
久方ぶりに、戦いらしい戦いをしたと英雄王は思う。
すでに協会も教会も、その戦力のほとんどを失っていた。ほとんどの国家がその機能を失っていた。彼に対抗できるとすれば、聖杯戦争に招かれた英霊たちだろうが――その全ては戦いに散り、あるいは彼に敗れ抑止の輪に還っていた。
だから、今になって出現した魔導師たちには多少の期待はしていた。
まったくの異世界の存在の持つ異能、魔法がどの程度のものなのか、試してみた。
結果としては当たり前のように彼の勝利であったが、なるほど、世界を超えてきただけはある。一人一人はサーヴァントには劣ってはいても、この世界の人間の限界を遥に凌駕していた。
たった十人かそこらに、半時間近い手間をかけてしまった。
「まあ、愉しめた」
それは紛れも無い労いの言葉だった。
そして止めもささずに踵を返す。
その時。
「待ってください」
声がかかった。
立ち上がった者がいた。
英雄王は訝る顔をして振り向く。
「貴様は……」
最初に吹き飛ばした娘だった。
司令塔は別にいたが、戦力の要であると彼は一瞥で見抜いていた。別にそうしなければ勝てなかったということではない。ただ、効率を優先しただけのことだったが。
殺してはいなかったが、当分は立てない程度のダメージは与えていた。遠目であったが、それは間違いない。彼が誤るはずはない。
その娘は、白い戦衣を魔力で展開させていた。
そして、引きずる足で後衛からなんとか彼の目の前にまで歩み寄ってくる。
「私は――」
巨大な鉄槌が、横合いから彼女を殴りつけられた。展開されたプロテクションが儚く砕け、彼女の身体が宙に舞い、落ちる。地面を二転、三転と転がって、うつ伏せになって止まった。
英雄王はしばらく眺めていたが、やがてまた踵を返そうとして。
止まった。
娘は、両手を伸ばして身体を支えていた。
立ち上がろうとしていた。
「貴様……!」
射出されたのは魔弾と化した宝剣だ。七つ、八つ――総計十五本の魔剣、神剣が娘にめがけて殺到する。
娘は魔力でその場から跳躍し、瞬間的に二十二の魔力の弾丸を作り出して魔弾に叩きつけた。
撃墜に成功したのはその中でたった五つ。
だが、残りの十本の射線からは逃れることはできた。
それでも大地を穿つ衝撃に身をさらし、吹き飛ばされながら魔導師の杖を握る手で自分の身体を支えて踏みとどまった。
その姿は、もう決して倒れない――そう決意したかのようであった。
ギルガメッシュが、英雄王が怒りとも困惑ともとれる形相をとったのは、明らかにその娘にはもう戦えるだけの体力も魔力も残らないほどのダメージを与えたにも関わらず、それでもなお立ち上がったことについてだった。
それは彼の確信を上回る能力をこの娘が秘めていることの証明となるからだった。
自分に――英雄王の目を以ってして見極められる存在とは何か。
「何者だ」
問う。
「私は……時空管理局、武装局教導隊所属……」
そこまで言ってから、娘はこの人はそんなことを聞いてるのではないと気づいた。
では、どう答えればいいのかは解らなかったが――
「私は、この世界で生まれた魔導師の、高町なのはです」
娘――高町なのはは、ふらつく体でなお毅然とした態度と声でそう言った。
その時にギルガメッシュが眉をひそめたのはどうしてだったのか、彼女にはよく解らなかった。ただ、何処かであったことがあるようなに気がした。錯覚だと思った。
自分が知ってる人で、こんなひどいことをするような人なんか、いない。
「聞かせてください。なんで、こんなひどいことをするんですか?」
そうだ。
この人は突然、この世界で多くの人を殺した。
何処からか湧き出した黒い何か――それによって、たった一晩で、この世界の人口の五分の三が失われた。
それがこの世全ての悪ともいうべき何かであるということは、解ってる。事情を知っていた魔術師と接触して、管理局はことの次第を知ったのだが、管理外世界であることやまったくの未知の存在に対しての対応は遅れた。
協会や教会の存在なども管理局を躊躇わせる理由だった。
彼らが戦闘力を失った頃になってようやく先遣の魔導師たちを送れたという体たらくだ。
こうして派遣された、それでも管理局でも最高戦力といえる教導隊の最精鋭に夜天の王と叢雲の騎士、そして執務官を加えた管理局でもこれ以上はないという布陣であったが――。
高町なのはだけが、今こうしてやうやく立っていられている。
ギルガメッシュはしばし沈黙したが。
やがて。
「そうか」
と言った。
何かに得心したかのような声と言葉だった。
「―――――?」
なのはには意味が解らない。
自分から問いながら、こちらの問いには答えずに勝手になんの説明もなく納得されてしまっては、さすがの彼女とて苛着かずにはいられない。
いや。
英雄王は言葉を続けていた。
「貴様が
「何、を――」
「ふん。世界が用意した最後の英雄のために、この我がいるのか」
今、ギルガメッシュは自分が何故この世界にて肉体を得ることとなったのか。
どうして自分がこんな形でこの娘と対峙しているのか。
あの時に、世界があの男に力を貸したのか。
その全てが解った。
英雄の格は、乗り越えた試練の大きさに比する。
ならば、最強の英雄を生み出すために、最強の試練をあてがえばいい。
人の祈りの結露ともいうべき勇者とも戦った。
地の実りの守護ともいうべき怪物を打倒した。
天の怒りの化身ともいうべき雄牛をも屠った。
世界を経巡り全てを見た。
それこそは英雄王。
ギルガメッシュ。
(そうか。我が竜か)
くっくっ、と笑みが零れた。
物語にある怪物――竜とは、古えよりの叡智と力を持つ存在である。
時に自然の比喩でもあり、力の象徴でもある。
そして、英雄によって打倒される存在でもあった。
彼が――ギルガメッシュが竜だとしたら、それを打ち倒せた者はまさに最強の英雄となるだろう。
思い返すと、聖杯戦争の時にいた贋作者、そして騎士王。
彼らもそうだったのだ。
世界が仕掛けた壮大で迂遠な罠の中に、自分たちはいるのだと彼は悟っていた。
「よかろう」
蔵より、捻れた剣を取り出す。
乖離剣。
「だが世界よ、今度もな、貴様の負けだ」
そうとも。
この世にはかつて、世界に挑み無理を押し通そうとした者たちがいた。
宿命に抗い、己を貫こうとした者たちがいた。
世界に対して我が侭を貫いた者たちがいた。
彼らこそ英雄。
ただ一つの個にして、巨大なる世界に対峙する魂の持ち主たち。
その頂点たる英雄王は、だから今度も立ち向かう。
運命を捻じ伏せるために。
己の我が侭を貫くがために。
◆ ◆ ◆
「―――――――――――」
なのはは、静かに息を吸い、吐いた。
目の前の人は、結局、何も話してはくれなかった。
意味のよく解らないことを口にしていたが、それだけだった。
しかし。
(なのは……)
(フェイトちゃん?)
(なのはちゃん)
(はやてちゃん)
(なのは)
(高町)
(なのはちゃん)
(高町)
声が聞こえる。
それは意念による通信であったが、なのははそれらに対して「ありがとう」と声に出して応えた。
どうして戦うことになったのか、どういう理由であの人はこんなことをしているのか。
そんなことは解らない。
聞いてみたい。
聞かせてもらいたい。
自分の全てをぶつけて、あの人の話を聞いてみたい。
彼女の全てとは、今彼女の名前を呼んだ、彼女の友達であり。
『ママ……』
遠い次元世界から、彼女を心配していながらも留守番をしているはずのヴィヴィオだった。
彼女は、高町なのはは、色んなものを背負っていた。
だから、負けない。
負けられない。
負けてなんか、いられない。
英雄とは、自身のみならず目に映る全てのものを背負うモノ――
彼女は、自分と自分の友達と自分の娘と、そして目の前に剣らしきものをふりかぶる男を見ている。
全ての命を――それは、敵のそれさえも背負うということ。
ゆえに、最後にして最高の英雄。
魔導師、高町なのは。
「ブラスターモード!」
彼女の身を包む衣装が変化して――
杖の先に、星の光が集うかのように光の玉が現れた。
それは様々な色をしていた。
桜色でもあり。
赤色でもあり。
青色でもあり――
全ての色を合わせてなお輝く、虹の色だった。
「スターライト………」
「
………ブレイカー!」
――――
……ここに、星の創世の光にして終末の風が同時に生まれた。
最初の英雄と。
最後の英雄と。
二人の対決がどのような結末に至ったのか、それは決して語られることはない。
それはありえなかった、あるいは何処かの世界でありえたかもしれない物語。
約束の再会を経過しなかった、二人の英雄の再会と戦いと命の物語だ。
お粗末。