なのぎる。   作:くおん(出張版)

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なのぎる。(幕間の物語エピローグ)

 

 エピローグ

 

 

 

 

 あれから何年か過ぎた。

 

 あれというのは英雄王ギルガメッシュと高町家の御神の剣士が夜の浜辺で戦ったことであり、しかし霊薬を飲んだ士郎は一晩と立たないうちに完全回復していた。砂浜には戦いの痕跡は残っておらず、あれが本当にあったことのかとさえ思う時がある。

 夢のような出来事だった。

 それでも、神剣と打ち合わせられて刃こぼれした八景や魔弾の射出に切り裂かれた服は手元に残っていた。

 夢ではない――だが、やはり、現実離れしすぎていることには違いなく、士郎は美由希とも恭也ともあの夜の戦いのことにはずっと触れないままだった。

 だから、という訳でもないだろうが、あのギルガメッシュが最後にきてから少しの後で、なのはが魔法使いになった時もそれほど驚かずにすんだ。

 ギルさん――やはり、こう呼んだ方がしっくりくる――が「飛ぶぞ」と言っていたが、文字通りになったことを知って、笑いさえした。

 きっと、ギルさんにしてもこんな形でなのはの資質が開花していくだなどとは思っていなかったに違いあるまい。そう思うと妙におかしく感じる。

 なのはが時空管理局に入って武装局員になると決めた時は、さすがに反対しようと思ったが、その深く強い決意の篭った目を見ては何もいえなかった。

 きっと、なのはに課せられた役目というのはこのことなのだろうと思う。

 なのははそれから様々な事件を解決し、倒れ、立ち上がり、今もまた何処かの世界で飛んでいる。

 いつしか魔法も次元世界も、高町家にとって日常の一部分となっていった。

 そんな中では、家族もギルさんのことを思い出すこともなくなる日も多くなっていたが、少なくとも彼だけは八景を手に取るたび、稽古をするたびにあの夜のあの感覚を思い出し、同時にそれをして及ばなかったギルさんのことを脳裏に浮かべていた。

 あの世界と同一の存在となれていたという感覚には、あの夜から稽古と死線を幾つかくぐりぬけたが完全に至ることはもうない。一瞬だけ、数秒だけだがいける時があって、その時には敵の何処を打てば勝てるのかが容易に解る。

(これが『閃』だ)

 御神流の最終奥儀の領域に至れたということは誇らしいことではあったが、それでもなお勝てぬギルさんのことを考えると素直に喜べなかった。

(いつかまた、ギルさんと戦うことがあるのなら……)

 もう世界の後押しはない、と士郎は直観していた。

 あれは、あくまであの夜だけの一時の奇跡なのだろうと思う。

 一体、世界は何を望んで自分にあんな力を貸したのかと考えるが、未だに見当もつかない。あるいはギルさんの言っていたとおりに、彼にその結論に至らせるための茶番であったのだろうか。そのギルさんの至った結論がどのようなものかさえ、彼には解らないのだが。

(しかし、あれから十年か……)

 果たして、ギルさんはどうしているのだろうかと思う。

 使い道ができたものとは何だったのか、彼はそれで何をするつもりだったのか。考えても決して答えがでることはない。

 そして、もしもギルさんが今のなのはに出会ったらどう思うのだろうかと。

 管理局員の仕事をしていることを、くだらないと思うかもしれない。

 それともあるいは、立派だと褒めるだろうか――それは、ありえないとは思うのだが。

 ……そんなことを皿を磨きながら考えていた士郎であったが、カウンターの向こう側から彼の妻である高町桃子が話しかけてきた。

「ねえ、なのは達はまだかしら」

「ああ。多分、みんなで合流してからくるつもりなんだろう」

「そうなのかしらね。いつもなら、今頃帰ってきているのにね」

 連絡があったのは、昨日だった。

 最近は休暇でも実家に帰ることはめっきりと少なくなっていたが、なのはは帰る時はだいたい十時くらいには戻っていて、翠屋の手伝いをしているものだった。今は十一時。遅れるという連絡もないし、桃子は少し心配しているようだった。。

「あのなのはに、滅多なことはないだろう」

 士郎が心底から言うと、

「それはまあ、そうなんでしょうけどね」

 桃子は壁にかかった時計を見る。

「たまに帰ってくるんだから、もっと早く戻ってほしいのよ。あんまり久しぶりで、私昨日あまり寝られなかったんだから」

「それはまあ、解るが」

 士郎は自分の妻を眺めているが、きっとなのはのことよりも、ヴィヴィオを一刻でも早く可愛がりたいのだと悟っていた。なのはが最近とった養女であるヴィヴィオについては、親であるなのはよりも、桃子の方がずっと溺愛していた。

(まあ、血のつながりは無いが、孫だからな)

 最初の孫が一番可愛いというが。

 士郎もヴィヴィオは可愛いと思っているので、桃子に対してどうこういうつもりはない。ただ、あんまり甘やかすとなのはが怒るのでほどほどにしようと思っていた。

 一番結婚とは縁遠いと思っていた末の娘であったが、子供達の中で一番早く子供を持ってしまった。世の中、解らないなと士郎は思う。

(恭也も美由希も……がんばれ)

 さしあたっては、彼女のいる恭也よりも、今も特定の恋人のいない美由希の方が心配であるが――

 

 その時、翠屋の扉が開いた。

 

 珍しく客の入りがない日であった。

 だからという訳でもないのだが、士郎も桃子も、なのはが帰ってきたのだと思った。違うというのはすぐに解ったのだが。

「―――――――」

 桃子が、珍しく言葉を失っていたのは、彼女もまた、覚えていたからだろう。

 士郎と違い、彼女はきっと、懐かしい人がきたのだと驚いてるのだろうけど。

 士郎はあの夜のことを思い出し、脳裏に浮かぶ色あせぬその姿のままの彼へと、言葉を向けた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「うむ」

 

 ギルさん――英雄王ギルガメッシュが、十年ぶりに訪れたのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ふむ……これは、見事だ……」

 とかテーブルについてシュークリームを口にして唸り声をあげる白髪ガングロの男がいる。

 その相席で紅茶を口にして青いアロハシャツの男がいたが、「ふーん」と面白そうに自分と翠屋の店内を眺めている。

(何者なんだ)

 士郎は思うが、見当もつかない。

 解るのは、二人が並々ならぬ使い手であるということ。

 多分、単純な身体能力だけでいうのならば、カウンター席で目の前にいるギルさんよりも上だろうと思えた。それは直観だが、恐らく間違ってはない。

 ただ、その存在の格というべきか――

 魂の激しさ、勁さは、やはりギルさんが勝っているのは確かだった。

(やはり、ギルさんの部下か何かだろうか。叙事詩にはエルキドゥという朋友がいたというが……)

 二人はギルさんの部下というには、あまり敬意を払っているようには見えなかった。だからといって、かのエルキドゥであるとも思えない。だいたい二人というので違うと解る。しかし、ギルさんはそれを捨て置いてる。正直、どういう関係なのかまったく解らなかった。

 さすがの高町士郎にも、一人が抑止の守護者の顕現した姿であり、もう一人がアルスターの大英雄たるクーフーリンであるなどは解るはずも無い。

 ただ、自分では勝てない存在とだけ知覚している。

(この二人を連れて、この人は何をしに来たんだ……?)

 それが気になった。

 カウンター席で紅茶を口に含んでいたギルさんを見ると、十年前のようにジャンプを広げていた。時間が巻戻ったのではないかと、士郎は思った。恭也と美由希が高校生で、なのははまだ小学生で、魔法などは自分たちの身の周りにはなかったあの頃に戻った気がした。

 娘が何処かで戦って傷ついてないのかを心配することなどなかった、あの穏やかな日々に。

 士郎はしばらく目を閉じていたが。

「お久しぶりです」

「うむ」

 ギルさんは開いていたジャンプを閉じ、カップを置いた。

「あれから十年がたった」

「はい」

 と士郎は答えてから。

「貴方は、使い道が決まったものをどうなされました?」

 と聞いた。

 よもや雑種が自分に問うなどということを想定していなかったのか、ギルさんは不機嫌に顔をしかめたが、激怒するでもなくそのままに「あれは壊れた」と吐き捨てた。

「騎士王の一撃でな。次の顕現を持つのも面倒だ。我の定めたることを打ち曲げるとは、つくづくあの女は度し難い」

「……………」

 騎士王というのが誰なのかもやはり解らなかったが、その人が女性であるのだということは解った。そして、度し難いと言いながらもその口元の歪みは笑みのそれとなっていた。まるで、自分に逆らったということを愉快だと思っているかのような。

 士郎は詳細を聞こうともせず、ギルガさんもそれ以上のことを語るつもりはないようだった。

 やがて。

 

「貴様の娘は――なのはどうなった?」

 

 と聞いた。

 さして興味のあることではないが、ついでに聞いたという風であったが。

 士郎は顔を上げて。

 ずっと以前から、ギルさんに再会したのなら。

 なのはのことを聞かれたのなら。

 こう答えよう――そう思っていた言葉を口にしていた。

 

「飛んでいます」

 

「何処かの世界の空を」

 

「きっと飛び続け、いつまでも進み続けるでしょう」

 

 そうだ。

 あの頃と違っていることは。

 なのはが自分の元から飛び立ったということ。

 

 それはあるいは、魔法とか英雄の資質とか、そんなことは関係なくて。

 親ならば、当たり前に遭遇する出来事の一つであったのかもしれない。

 

 今は、そう思う。

 

 きっと、何処の親もそうなのだ。

 きっと、何処の子もそうなのだ。

 

 親の心配など気にせず、子は飛び続けるのだ。

 

 なのはもその一人にしか過ぎないのだと、士郎は思う。ただ、その飛べる高さが、ゆける距離が並外れているというだけで。

 誰もが望めば飛び続けていられるのだろう。

 魂の輝く限り。

 

「そうか」

 

 とギルさんは、言った。静かな声だった。

 それだけを聞いて用は無くなったとばかりに、彼は立ち上がって連れてきた二人に「出るぞ」と声をかけた。

 桃子が待ってくださいと慌てて厨房からケーキを詰め合わせた紙袋を持ってくる。

「久々のお越しなのですから」

「うむ」

 まったく遠慮することなく、鷹揚な態度でそれを受け取ったギルさんは、その紙袋を先に出ようとした白髪の男に押し付けた。少し迷惑そうな顔をしたが、その男は「よかろう」と言って受け取って出て行った。

 ギルさんも続いて進んだが、ふし足を止めて、振り向いた。

 

「それで、貴様は、なのはを、自分の娘をどう思っているのだ?」

 

 士郎は目を見開いた。

 今まで何度も、何十回もギルさんがどういうことを聞いてくるのかを考えていた。

 様々な問いかけを想定していた。

 その、どれにもこの問いはなかった。

 

 だから。

 

「自慢の娘です」

 

 と、素直に口にしていた。

 ギルさんは「そうか」とだけ言って、そのまま扉をくぐった。

 その姿がなくなり、恐らくは彼らがここまで乗ってきただろう車が走り去っているのを見た時、士郎は自分の妻が何かに驚いたような、何処か遠くを見ている眼をしているのに気づく。

「どうしたんだ?」

 心配して声をかけると、桃子は我に返ったように「なんでもないわ」と答える。

「そうか? なんだか真っ赤になってるが……その、奥で休んだ方が……」

「大丈夫よ」

 弾んだ声で答えられ、士郎は「そうなのか」とだけ言って黙り込んだ。

 

 

 桃子は、立ち尽くして自分が見たものを思い返していた。

 多分、自分しか見ていなかったのだろうと彼女は思う。

 あの時、ギルさんは、彼女の夫に聞いて、その答えを得た時。

 前へと向き直った時。

 確かにその顔に、見たこともないような笑みが浮かんでいたのだ。

 それは、その笑みを浮かばせたことが生涯の誉れとなるような、そんな微笑みだった。

 桃子は思う。

 あんな微笑をこの時代、この場所で見れることは奇跡にも似たことなのだと。いや、奇跡そのものなのだと。

 そして、それを浮かばせたのは彼女の夫であり、彼女の娘であったのだ。

 それは何よりも誇らしいことであるのだと。

 桃子は思う。

 

 奇跡を起こして笑顔を呼ぶ者を――人は英雄と呼ぶのだと。

 

 だから。

 桃子は歩き出した。

 向かう先には、彼女の夫がいる。

 

 彼女にとっての、英雄が。

 

 

「ただいま」

 

 

 そして、もう一人の英雄が扉を開けた。

 

 

 

 

 

 空は青く、雲ひとつ無い。

 今日の海鳴市は、いい天気だ。 

 

 

 

 

 

 

 なのぎる外伝 おしまい。 

 

 

 




 あとがきという名の昔話。


 あくまでも自分の観測範囲での経験則でしかありませんが、二次創作というのはだいたい四年ほどで衰退するものでした。
 三年目にピークがあって、四年目にその余波が残りつつも一気に衰退に傾き――という具合になってて、幾つかの例外はありましたが、そのような推移をしていくものでした。かつては、の話ですが。今もそうなのかはよく解りません。
 多くの大規模投稿サイトが生まれ、クロスオーバーが当たり前になっている現在では、かつての経験則を持ち出すのは不適当なことも多いかと思われます。
 この『なのぎる。』を書き出した頃は、まだその経験則が活きていた2008年前後だったと記憶しています。
 当時はFate系SSは衰退期でした。発売からちょうど四年目で、アニメ化やZEROの刊行などの燃料投下は挟んでいたのですが、SSの更新はかなり少なくなっていました。当時はhpでのSS公開がまだぎりぎり主流だった頃でもあり、TYPE-MOONSS登録更新チェックを毎日のようにしていたのを思い出します。
 今は違いますが、SSは本編系が主に出て、コメディなものが並立しながらもやがて本編解釈にとどまらない異世界もの、そしてムーブの末期にはTS、クロスオーバーものに至るというのがある種のお約束でした。
 現在でこそおとなしいですが、かつての月厨と言われる人たちはSSの解釈にもあれこれと批判してたもので、クロスオーバーものには随分と激烈な反応がされていたのですが、それもさすがにこの頃には緩和されて、しかし「概念武装」だとか特殊な用語、設定を持ち出して他作品をまるで貶めているかのように振る舞い、クロスオーバー系SSスレからは型月関係は出禁を食らっていました。
 そういうわけで当時のクロスオーバー系SS流行りの中でも、隔離スレが幾つも作られることになり、この『なのぎる。』が投下されていた型月×リリカルなのはスレもそのうちに一つでした。
 
 当時の私は、月厨の一人としても、しかしSS書きの一人としても、なんとかみんなで納得がいく設定の解釈などはできないものかと腐心しておりました。その考えそのものが今となっては傲慢であったと想いますが、そのことについての反省はさておいて、そのような意図の元に書かれたのが『Over the lights・Under the moon』であり、『なのぎる。』でした。
 この作品、元々は別のものと考えてたのですが、色々と考えて設定を詰めていく内に同じ世界観のものとしました。そのことによって幾つかの制約ができましたが、それはそれで私は問題にしてませんでした。
 調子に乗って、さらに別に書いていた、はやてたちがゼロ魔世界に召喚されているSSとも繋げました。こちらはほとんど進めていないので、私の作品を古くから読んでいる人もほとんど知らないと思います。
 その後、うっかり商業デビューしたり色々とトラブルが重なったりでSSを書く余裕もなくなってしまいましたが、この頃の、自分が恐らくは最も楽しく創作をしていた時代を思い返すと、どうにかして続きを書きたいという想いは燻りこそすれ、消えることはありませんでした。
 今回の『なのぎる。』の改訂は、何年も書き手がいなくなってもどうにか維持していた型月×リリカルなのはスレが落ちてしまったことと、こち亀の連載が終了したのを期にやってみました。
 あらゆるものはいつか終わる…というのを実感したというのもありますが、それ以上に自分の中にあるこれらの物語を再確認するためでもあります。
 
 そんなわけで、『なのぎる。』はここに改めて終わります。
『Over the lights・Under the moon』もいつか。
 気長にお待ち下さいませ。

 では。

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