なのぎる。   作:くおん(出張版)

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なのぎる。(前編)

 ……夢を見ている。

 

 

 それは遠い日のことだった。

 その時に、どんなことを話していてそのことを聞いたのか、彼女はよく覚えていない。

 ただ、その人が、その日に、その時に、海岸線の堤防沿いの道を歩きながら彼女に告げたその言葉を、自分は生涯忘れることはないだろう、と彼女は思う。

 

「共に生き、

 共に語らい、

 共に戦う――」

 

 その人は、そのことについて、そう語った。

 

「それが、我にとっての友であった」

 

 ……それは、遠い日のことだった。

 遠く、朧げに霞み、しかし、決して忘れることはないだろう言葉。

 

 

 これはそんな、遠い日の夢だ。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あ、もう十年たつんだ」

 

 高町なのはが、その約束を思い出したのは本当にただの偶然だった。

 たまたま、彼女の友達であるところの八神はやてが第97管理外世界に里帰りした折りに買って帰った〝おみやげ〟を目にしたからである。

「十年ちゃうよ、四十年」

 何処か間の抜けた口調で、はやてがいう。

 いつもなら雑誌は立ち読みで済ませている彼女が、わざわざ今週に限って購入したのには理由があった。

「両さんの四十周年記念号やでー。とうとう、完結と聞いてな、わざわざザフィーラに頼んで買ってきて貰ったんよ。本当に、よく続いたもんやと感心する。お疲れ様やね」

「本当にね。これの漫画って続かないのは十週打ち切りだしね」

 なのはは腕を組み、しみじみと頷く。

 はやても「まったくやねー。打ち切られている中にもええんあるけどなー」などといいながら、表紙をめくった。

 そんな二人の会話を聞いていたフェイトだが、不思議そうな顔をして雑誌となのはの顔を見比べる。

 

「それで、何が十年なの?」

 

 なのはがあの雑誌をたまに読んでいたことを、フェイトは覚えている。

 あの第97管理外世界での日々の中で、訓練と任務と学校の合間、帰り道のコンビニや本屋さんで立ち読みしていた。

 自身もなのはの読んでいたものが知りたくて一緒に立ち読みしていたが、確かに面白いものだったと記憶している。

 ただし多くが連載の途中だったりして、ストーリーを把握するのが面倒だった。

 単行本を買ったりするような経済的な余裕も時間もなく、無理に余暇を捻り出してまでそれをしようとまではフェイトも思わなかった。

 だから毎週読んではいても、こうして管理局詰めで執務官などをしている現在、どういうものが連載していたのかもよく覚えていない。

 ただ、その雑誌の中で、今はやての持っているのの表紙になっている、なんかおじさんが主人公の話だけは、違う。

 基本的に一話完結で似たような話ばかりだったというのもあるが、他の話が戦ってばかりであった中で、そうでないというのは確かに特徴的というか印象的で、フェイトはその漫画のことはよく覚えていた。タイトルは長すぎて覚え切れなかったが。

 それと。

 

『もう三十年もやっているんだよ』

 

 ということを、なのはから聞いたのだ。

 自分がひどく驚いていたことを、彼女自身が確かに覚えていた。

 教えてくれた当人であるところのなのはが、さすがに最近読んでないからと言って、それの連載期間を間違えるとは思えなかった。

 

 ならば――十年というのは、別の意味があるはずだった。

 

 それでも、そのときの彼女にとって、それがそんなに重要なこととも思ってなかった。

 まさか、そのことでなのはが何処か恥ずかしそうに俯いてしまうだなんて。

「なのは?」

「どないしたん?」

「いや、その……なんて説明したらいいのかな」

 なんだか困っている。

 説明したくない訳ではない。

 だけど、どう説明していいのか解らない――という風だった。

 それと何か、自分自身にとってとても大切なことのような。

 はやては「ふーん?」と興味深そうに目を細め。

 フェイトは「…………」と不安そうに眦を歪める。

 なのはも自分を見つめる二人の様子に気づいたのか、観念したように息を吐き、何処か懐かしそうに微笑んだ。

 

「十年ってのはね、その、私にとって、どう言っていいのかよく解らないけど、うん――とても大切なことを教えてくれた人と出会って、別れてからたった時間のことなの」

 

 

 

 

 

 なのぎる (前編)

 

 

 

 

 

 その人のことを、なのはは〝少年ジャ○プの人〟と覚えている。

 名前は聞いたはずだが、子供では発音しにくかったのだろうか、皆は〝ギルギル〟とか〝ギル〟と呼んでいた。自分もそうだった。

 最初に出会ったのは、なのはが小学校に上がったばかりの頃である。

 あの時の光景を、彼女は例え地獄に落ちても忘れないだろうと思う。

 

(地獄?)

(なのはが?)

(……いや、なんとなく)

 

 翠屋の窓際の席に座っているその人の姿は、まるで神話のワンシーンを主題にした絵画のようだった。

 勿論、小学生だった当時のなのはに、そんな気の利いたような喩が浮かぶはずもない。

 脳裏にその光景が蘇るたびに、自然にそのように思うようになっていたのだ。 

 タイトルをつけるのならば――〝王の休息〟だろうか。

 そう。

 あの人は、なんというか〝おうさま〟だった。

 最初に見た時から、そう思っていた。

 尊大で倣岸で。

 上手く言葉がでてこないが……とにかく、凄く「えらそう」なのだ。

 その辺りの感想については家族も同様のものであったらしい。

「仕事柄、王族とか貴族に会ったこともあるんだが」

 となのはの父の士郎は前置きした上で。

 

「あのお客様からしたら、俺達もそういう王族の人たちも、みんな十把一絡げの有象無象なんだって気がするな……」

 

 自分を卑下するでもなく、そう言った。

 比べるのもバカバカしいほどの「格」の差を感じたらしい。

 それは王気だののような気品だけではなくて、もっと具体的で直接的な力に関するものであったが、その年のなのはに解るはずもない。

 最上の黄金を最高の細工師が生涯をかけてさえも作り出せないであろう金髪。血の流れよりも赤く、黄昏よりもなお昏い真紅の眼差し。顔の造形は端整だの高貴だのを突き抜けて、神々しくさえあった。時折に歪められた唇は邪まで、だからこそ人を蠱惑させて止まない。

 おうさまでなければ、かみさまだ、となのは思う。

 美の神と力の神の間に生まれた御子が、さらに邪悪の魔王と通じて子を生したかのような。

 

(かあさん全然わけわかんないわよ!)

(はやて、何それ?)

(嵐馬――いや、味っ子のおかあさんなんてネタ、フェイトちゃんにはわかんないと思うな……)

 

 ……いささかまわりくどい表現になってしまったが、なのはの記憶と当時に感じたままの印象を吟味して言葉にするのなら、そのように思える人であった。

 そんな人が、翠屋の窓際の席につき、紅茶を片手に本を読んでいたのである。

 足を組む所作すらも人を惹きつけてしまうそのおうさまの手にあるのは――

「あ、来週のジャ○プだ」

 なのはは、つい口にしてしまった。

 おうさまが開けて読んでいたのは、まだ海鳴市では発売していないはずの週刊少年雑誌である。

 おうさまは、その言葉を耳にして学校からかえったばかりのなのはを見た。

「早売りだ」

 静かな、何処か物憂げにも聞こえる声であった。

 ……単に面倒くさいだけかもしれない。

 というのも、紅い双眸は答えた時こそなのはに向けられたが、すぐに雑誌へと戻ったからだ。

「はやうり」

 なのははとりあえず、その言葉について考えた。すぐに解りそうなものであるが、その時の彼女には解らなかった。

「発売日より早く売られていることよ」

 少し首をかしげる娘を見かねたように、桃子からのフォローが入る。

 なのはは「ああ」とようやく事態を把握したのか、感心したようにしきりと頷いた。

「そんなことがあるんだ……知らなかった」

「この辺りにはないんだけどね」

 きっと旅行者なのだろうと桃子はなのはの手をひっぱりながら呟く。あまりお客様をじろじろと見るというのは失礼だと思っているらしい。それは当然である。なのはだって普段はそういうことが解っている。

 なのに、どうしてもその人からは目が離せなかった。

 それは彼女だけに限らず、店内にいる全ての人間がそうであるようで、他の客も恐る恐るという様子で彼の方をちらちらと見ている。

 当の本人はというと、そのことを当然のように気にしている風でもなく雑誌を読んでいる。気がついてないのだろうか、とも思ったがそうではないらしい。

 皆、声も無く彼の所作を注目していたが、やがて彼は雑誌を読み終わるとぱたんとテーブルの上に置いて息を吐いた。

 溜息が漏れたが、それは誰のものであったのか。

 

 やがて。

 

「シュークリームだ」

 

 と彼は言った。

「あ――はい、お待ちください」

 桃子は慌てて準備にとりかかる。

 なのははその隙を突くように彼の傍に歩み寄った。それこそ恐る恐るという風であったが、誰も注意しない。彼も僅かに目を細めて彼女の姿を見ていた。

「なのは?」

 厨房からとって返してシュークリームを用意してトレイに載せていた桃子は声を上げた。

 それを、

「よい。許す」

 その一言で黙らせる。

 なのはは母の声に一瞬竦んだが、その彼の言葉に意を決したようで、足早に彼のテーブルの前に立つ。

 立ってから、しかし自分は何をいうつもりだったのか、そもそも何かを言うつもりだったのか、それすらも解らなくなってしまったなのはは、口を開いては閉じるということを三回繰り返す。

 彼はその様子を面白そうに眺めていたが、やがて。

「なのはというのか」 

「は――い」

 彼はテーブルの上に置いた雑誌を手に取り、彼女へと差し出した。

「読みたいのなら、読んでもよいぞ? 我はもう二度読み返した」

 笑う。

 なのはも、その笑顔を見て、言葉を聞いて。

 自分がそれを望んでいた訳でもないのに、だけどこの人からそれをされるというのがとても嬉しくなって。

 

「はい!」

 

 笑った。

 

 

 

 

 それは、高町なのはが魔法と出会う前の話。

 彼女の今の生き方に繋がる、ちょっとした邂逅と別離と約束の物語だ。


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