ドゥリーヨダナは転生者である   作:只野

15 / 22
いつも感想、誤字報告、お気に入り登録ありがとうございます。


北米神話大戦:1話

―――夢を見た。

 

その部屋は闇に包まれていた。

外から僅かに差し込んでいる月の光が届かない場所に、その人物は横たわったナニカに縋りついて泣き叫んでいた。

 

―――夢を見た。

 

灯りをつける為のものは部屋の隅に追いやられており、よく見れば叩きつけられたように壊れ、床に散らばっている。素人目でも一級品の代物と分かる物にも関わらず、無残に砕け散ったそれはその人物の心を表しているようだった。

 

―――夢を見た。

 

男とも女ともつかぬ、悲痛な泣き声が絶え間なく暗闇に吸い込まれては消えていく。

 

 

 

―――夢を、見た。

 

 

 

***

 

 

 

「待ってくださーい!!!ストップ!!その人は違うんです!」というマシュの切羽詰まった叫び声がテントの中から響いてきた。ドゥリーヨダナは引き攣ったような笑みを浮かべ、マスターの無事を祈った。なにせ出会い頭に消毒液をぶっかけてくるような女傑である、マスターである少年の手足を切り落としても不思議じゃない。

 

(というか、良く生きていたな)

 

レイシフト先である北米大陸に無事着いたのはいいものの、来て早々に巻き込まれた挙句見事なキリモミ回転を披露しても生きている自らのマスターを思い返す。マスターの時代の人間ならとっくに死んでいるだろうに、流石は主人公といったところか。古代インド人もびっくりのタフさだ。

 

(…それにしても北米大陸かー…)

 

思考を切り替えたドゥリーヨダナは感慨深く息を吐いて、砂埃が舞う大地に立ち並んだたくさんの粗末なテントを眺めた。北米大陸、それは一番目の人生でも二番目の人生でも、終ぞ訪れることが出来なかった大地だ。

 

―――そして、親友であるカルナが存在しているところでもあった。

 

ドゥリーヨダナは視線を彷徨せた。召喚に応じてからずっとこの特異点のことは頭の片隅にあった。しかしイベントなどの忙しさを言い訳に考えることを放棄していたこともあり、こうやってカルナのことをじっくり考えるのは初めてだった。

 

正直、どんな顔をしてカルナに会えばいいのかが分からない。

 

親友だからといって甘え過ぎた自覚はある。無茶ぶりもよくしたし、八つ当たりだってしたこともあった。調子に乗ってヘマした時もカルナは溜息つきながらも助けてくれたこともあった。よくぞあれだけの男が母親の説得にも応じず、最期までオレを選んでくれたものだと、カルナの過去を書物やデータで知った今でも思う。…アルジュナと戦いたかった、というのも勿論あるだろうけれど。

 

(つーかどんだけアルジュナと戦いたかったんだよ…)

 

ドゥリーヨダナも弟であるユユツと戦っているためあまり人のこと言えないが、カルナみたいに積極的に戦おうとは思わなかった。勿論クシャトリヤとして挑む以上、弟であろうが敵として自分の前に立つなら全力で殺すだろうが、それでも積極的には殺したくはなかったのだ。やっぱり、宿敵ってやつだからだろうか。

 

(…まあ、他の家庭の事情に首を突っ込むものじゃないか)

 

家庭の事情というものは時代に関わらず、複雑なものなのだ。

 

ドゥリーヨダナはそう結論づけ、1人頷いた。

 

…きっと、なるようになるだろう。そもそも今の自分はサーヴァントである。もう死んでいる身である以上、優先すべきは『今』を生きている彼と彼女の身の安全のみだ。自分の感情のせいで、マスター達に害が及んではならない。

 

―――たとえ、それがカルナ相手でも、だ。

 

サーヴァントとなっている以上、生前のカルナが持っていた力のほとんどは出せないと思っていいだろう。とはいえそれでドゥリーヨダナが勝てるかといったら、そんな可能性は万に一つもない。ドゥリーヨダナは秀才であっても、天才ではなかった。だからこそ自分の力量を、哀しいくらいに他の誰よりも正しく理解していた。それほどカルナという男は、ドゥリーヨダナが生きていた頃からずっと、彼にとって頼れる英雄であった。

 

(それでも…それでもオレは立香を守る為なら、カルナとだって戦える)

 

ドゥリーヨダナは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。ドゥリーヨダナは立香を、人として尊い存在だと考えている。そして、父や母、弟やカルナなど生前の大切な者へとはまた違った感情を抱く、大切な存在でもあった。またドゥリーヨダナは彼が歩む道がどれだけ困難な道であるかも、ドゥリーヨダナとして過ごした前の人生を通しておぼろげながらも知っている。例えゲームの中でといえど、同じ『マスター』であった以上、助けになってやりたかった。

 

思えば、ドゥリーヨダナとして過ごした人生では、自分の大切な者達が死なないように、ずっと戦ってきた。

だから、今回もそれと同じようにすればいいだけだ。

 

 

―――オレは、慈悲深きドリタラーシュトラ王が長子、『災いの子』ドゥリーヨダナ。

 

 

 

マスターを守る為ならばその二つ名の通り、敵に災いをもたらしてみせよう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。