待っていて下さった方がちらほらいらっしゃってくれて、本当嬉しい。
―――その女は、遠目から見ても美しい女だった。
たっぷりとした色香をその身に纏いながらも、憂いを帯びた眼差しが女の横顔に清楚な美しさを添えており、そのアンバランスさがその女の華をより美しく月光の下に咲かせていた。
その美しい女が甘えるように顔を寄せている男もまた、端整な顔立ちをした青年であった。
その容貌は清廉で王子のごとき気品があり、その眼差しは腕の中の女にのみ注がれている。
遠巻きにそんな二人を見つけた男は下唇をペロリと舐めて笑った。
(こりゃとんでもなくいい獲物じゃねえか…)
奪ってやりたい。一枚の絵画のように寄り添うあの二人を、引き裂いてやりたい。そしてあの女を恋人の前で手折り愛でてやるのだ。あの極上の女は男を思い、きっとかぼそく頼りない声をあげるだろう。いや、もしかすると恐怖に涙を零しながらも気丈に睨みつけてくるかもしれない。その時あの顔の整った男はなにを思うだろうか。目の前で大切な女を奪われるという絶望に、あの腹がたつ程整った顔を歪めるかもしれない。
(そして、それを与えるのはこの俺だ)
男は、加虐心に満ちた笑みを浮かべ仲間に合図を出した。
「おーおーこんなとこで逢い引きたぁ兄ちゃん感心しないねぇ」
「ここ最近ここらを盗賊が仕切ってるってのを知らなかったのかあ?」
「まあそれがオレらなんだけどな!」
ぎゃはは、と低俗な笑いと共に、男達―――盗賊達は女達を取り囲んだ。不安そうに、縋るように傍らの男を見上げる女を、盗賊の頭である男が味わうように上から下まで眺めた。緩やかなラインの服さえなければさぞかし美しい曲線美を眺めることが出来ただろうに、と男は頭の片隅で残念に思った
「姉ちゃん、震えてるぜ?俺が温めてやろうか」
「なーに、俺達とちょーっとイイコトするだけだ」
「なんなら兄ちゃんにも見せてやろうかー?」
「まー見るだけだけどな!ぎゃはは!」
笑いながら、盗賊の一人が女の腕を掴む。
「現行犯逮捕ー!!!!」
次の瞬間、盗賊の男は空を飛んでいた。
***
ドゥリーヨダナは現在、とても上機嫌であった。会心の演技を披露出来たこともそうだが、マスターである立香に褒められたことが嬉しかったからだ。とはいえ、立香もだてにドゥリーヨダナと絆を深めている訳ではない。鼻歌をこぼしながら景気よく棍棒を片手に次々と盗賊達を空へと打ち上げるドゥリーヨダナに「存分に暴れていいけど、殺しちゃだめだからね!」としっかりと釘をさす。案の定、力加減の調節をうっかり忘れていたドゥリーヨダナは視線を泳がせた。そ、そんなことしねーし。オレ超気配りできるサーヴァントだし!そうだよな、ジークフリート!
「…………すまない」
「…待て、なんで謝った?!」
心底申し訳なさそうに謝ってくるのが一番心にくる。いったいこのオレのどこに不満があるというのだ。まさか今回の配役並びに演技に文句があるというのか。かよわく震えて見せたり、不安な顔を装おって見せたりと中々名演技だったと思うんだが。
先程の上機嫌ぶりとは裏腹に、そうぶつぶつと文句を垂れるドゥリーヨダナを「うふふ、とっても素敵だったから、きっと照れてるんだわ」と、ほぼ同時期に召喚されたこともあり、扱いに慣れてきたマタ・ハリが慰めた。最初こそ、人の上に立つもの特有のオーラを身に纏っているドゥリーヨダナに気後れをしていた彼女だが、数々のやらかし―――時には『肉食ってマスターを元気づけよう!ない?そこにドラゴンがい・る・だ・ろ!さあ野郎ども、一狩りいこうぜ!』事件のように、結果としてカルデアやマスターの益になることもあるが、それはごく稀である―――を目の当たりにし、時には巻き込まれたこともあって、そんな気持ちは今では露ほども残っていなかった。召喚直後、『マタ・ハリ―――陽の眼を持つ女、か。ああ、確かに美しい目をしている』と悠然と微笑んでいたのは本当にドゥリーヨダナだったのだろうか。少なくとも、「いーやマタハリ、あの目は絶対そんなんじゃねえ。とてつもなく残念なもの見る目だった!」と訴える、この男からは想像出来ない。マタ・ハリがそんなことを考えているとは露知らず、彼女の慰めによって少し気を取り直したドゥリーヨダナが慣れた手つきで盗賊達を縄で縛り上げていった。
「ドゥリーヨダナ、なんか手馴れてる?」
「あー、オレの親友が良くこういう荒事引き受けてたからな。本当あいつ断んねぇんだよ。結構近くにいた、このオレですら断ってるとこを見たことねーもん」
苦笑するドゥリーヨダナの言葉に立香はなるほど、と頷いた。つまりはお人好しってことだろうか。そう言えば、「お人好し…?いや、あれは単に公平なだけだと思うぞ」とドゥリーヨダナがやんわりと立香の言葉を修正する。そしてどこか誇らしげに、それでいてどこか悲しそうにドゥリーヨダナは続けた。
「いいかマスター、オレの理解者であり、尊き人よ。オレの友であり、味方であり、そしてただ一人の英雄であるカルナという男は、あんまり感情的に動く奴じゃない。そりゃ両親を詰られた時は盛大にキレていたが、そんなことは滅多にはなかった。基本的に、あいつは、あいつなりの筋に基づいて行動をする。そういう在り方を良しとし、実行し続けた男だ。…だからな、マスター、人類最後の希望の人よ。もしもあいつと…カルナと、万が一敵として出くわすことがあったら、即逃げろ。いいか、あいつ相手に並のサーヴァントが戦えると思うな」
―――あいつは、オレと共に生きていた時からの、筋金入りの英雄だ。
その忠告に込められた意味を、立香が身をもって知るのは、もう少し未来のことである。
五章導入編。次回から五章に入ります。