カルデア編、ようやくスタートです!
福袋はエレちゃんでした!!
ドゥリーヨダナと話していると、時折自分が最後のマスターであることを忘れてしまうことがある。
***
「下らない話ばかりするからかなあ?」
「このオレの話を下らない扱いするとはどういう了見だ?ああ?この口か?そんなことを言うのはこの口なのか?」
「いひゃいいひゃい!」
冬木から戻って、やっと一息ついた俺がベッドに寝転びながらながらそう言えばみょーんとドゥリーヨダナが頬を引っ張ってきた。とっても痛い。涙目になりながらも訴えれば彼はそんな俺の反応に満足したように笑ってぱっと離す。うつ伏せになって、未だ引っ張られる感覚が残る頬をさすっていれば「まー、中身がない話が多かったのも事実だけどな」と笑いを含んだ声が降って来た。えー…結局下らない話じゃんか…。もしかしなくても俺、抓られ損?
「いや、それは違う。いいかマスター、オレの選んだ大事な主よ。中身がないのと下らないとでは意味はまた別だ」
「そんなものかな?」
「少なくとも、オレはそう思うぞ。下らないってのは、聞く価値もないってことだ。具体的にはそうだな、あくまでもオレ的にはだが、価値観の押しつけや思いこみでの説教とかだな。で、中身が無いってのは頭をからっぽにしても支障のない話のことだ。今がまさにそれだな。…悩むのも、悔やむのもいい。だがな、マスター、死を悼むことが出来る人よ。なにも考えずに休むことも、時にオレは大事だと思うぞ」
ドゥリーヨダナの、その指摘に俺はぎくりとして身体をこわばらせた。所長のことは、未だ俺の中に暗い影を落としていた。でもそれは自分なりに隠して悟られないようにしていたつもりだったのに。もしかして、何もかもを―――俺すら気づいていないことまでも見透かしているんじゃないかと恐る恐る彼を見上げる。が、予想に反してドゥリーヨダナはガチャガチャと食器を鳴らしながらお茶の準備に奮闘していた。…そういや、初召喚でちょっと失敗したということもあって、ある程度は現代知識があるが、ところどころ欠けているものもあるらしいって自己申告してたっけ。とりあえず手伝おうとベッドから身を起こせば、寝てろと一蹴された。
「多分大丈夫だ。…多分…」
「えっ、さらに不安が増したんだけど」
「いーからいーから。おおー、めっちゃいい香り。良い茶葉使ってんなあ」
「そうなの?」
「いや知らん」
言ってみただけだ、と悪戯がばれた子どものように笑うドゥリーヨダナにつられるように俺は笑った。ドゥリーヨダナが言っていた頭をからっぽにする、ということは多分こういう何気ない日常のことなのかもしれない。渡されたコップを両手で受け取り、口に含む。ちょっと…いやかなり渋くなっており、お世辞にも美味しいとは言えないけど。これはこれで俺は好きだと思った。
「ん?なんだこの分厚いの。…ああ、マハーバーラタに、ケルト神話か」
「ああ、ドクターに頼んで借りてきたんだ。俺、恥ずかしいけど本当一般人で知識もなくてさ。マスターなのにドゥリーヨダナのこともキャスターのことも全然知らないんだ」
「へえ、お前は随分と勉強熱心だな」
「だってそうでもしないと、ドゥリーヨダナ達に釣り合わないだろ」
―――オレのその言葉に、ドゥリーヨダナが目を僅かに細めたのが分かった。
(…あ、多分、オレ、間違えた)
どきんと胸が鳴った。どうしよう、どうしよう。呆れられたかもしれない。失望して、見限られたかもしれない。俺が思ったもはまずそのことだった。
サーヴァントの協力なしに、マスターにはなり得ない。それも確かにあったが、俺は自分が見限られることの恐怖の方が勝っていたのだ。
マスター、とドゥリーヨダナが俺を呼ぶ。
不安に苛まれながらドゥリーヨダナを見れば、彼の両手が頬を包んだ。
「マスター、オレの大切な人。お前は優しすぎるから、何もかもを気負う癖がある。だからこそお前は良きマスターであろうと足掻き苦しむのだろう。けれどもマスター、愛しき主よ。最初に言っただろう?オレを”選んだ”お前を、オレもまた”選んだ”のだと。…まあ、つまりだ。釣り合う釣り合わないとか関係なく、オレはお前の声に応えたいと思ったからこそ応えたんだ。お前はただ、自分が思った通りにのみ選べばいい」
どこまでも、優しい声だった。小さな子どもに語り掛けるような、慈しみに満ちた大人の眼差しだった。笑みを浮かべたドゥリーヨダナの姿が涙で滲んでいく。「…じゃあ、逃げたいと言ったら。殺してって俺が言ったらどうするの」と掠れた声で足掻くように言えば「お前がそう選んだのなら、オレはその意思を尊重することを選ぼう」と微笑んだままのドゥリーヨダナが丁寧に俺の目尻を拭った。
「…俺、最後のマスターなのに?」
「らしいな」
「それでも、選んでいいのかな」
「選んではいけない奴なんて、この世のどこにもいないさ」
「…あのさ、ドゥリーヨダナ。俺はさ、こんなへっぽこだけど。守りたい女の子に守られてるような、情けないマスターだけどさ。それでも、マスターであることを選んでいいかなあ…!未来を取り返す為に戦うことを選んでもいいかなあ…!」
もしも、俺以外の魔術師がいたのなら。少なくとも、今の状況はより良いものになっていただろう。マシュだって、あんなに傷つかずに済んだのかもしれない。だって俺は、魔術というものすらよく分かっていないのだ。
それなのに、ドゥリーヨダナはそんな俺を肯定する。「勿論だ、オレの選んだ唯一の人よ。オレはその為にお前の声に応えた。お前が”選ぶ”ために、オレはお前の手をとったんだ」と、忠節を誓う騎士みたいに、恭しく礼呪が刻まれた方の手をとって微笑む。
―――陽だまりに似たその笑顔は、俺の心をひっそりとあたため溶かした。
「…あのさ、ドゥリーヨダナ。マハーバーラタを一緒に読まない?マスターだからとかじゃなくて、ただドゥリーヨダナのことが知りたいと思う」
「そりゃいいが…オレらのことを書いてるとこなんて、そこまで多くないぞ?しかもどっちかというと悪役だしな」
「うん、だから俺はドゥリーヨダナと読みたい」
「…まあ、読み聞かせ自体なら弟達にもしてたしな。んじゃまー、オレの知ってることと照らし合わせてみるか。あ、ちなみに下ネタグロネタ無しの方がいいか?それとも無修正?」
「無しがいいかな!」
「ええー、即答かよ、まあ分かるけど」
「ね、マシュも呼んでいい?」
「おう、呼んでこい」
「…あのさ。ドゥリーヨダナ」
「なんだ?」
「これからもよろしくね」
無造作に指を離したドゥリーヨダナの手を掴み、笑いながらそう言えば、彼はパチパチと目を瞬たきながら俺を見下ろした。いつもの妖艶さは立ち消えて、あどけない印象すら受ける。多分、これがドゥリーヨダナの素の表情なんだろうなと思った。
「…ああ、任せろマスター!」
―――この日、俺は本当の意味でマスターとなった。
主人公のスタンス
サーヴァントとはマスターが何をしたいか選ぶ為の手段でしかないと思っている。例えマスターが非情で自害を命じたとしても「オレの選んだマスターがそう選ぶなら、オレはそれを尊重するまでだ」と思うだけ。
能力や人格など全てに優れたマスターの召喚には”絶対”応じない。
…調子にのりやすく、やらかすことが多々あるので、マスターの技量次第なところがある。