ドゥリーヨダナは転生者である   作:只野

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英雄って巻き込まれ体質だよねっていう話。


閑話*巻き込まれ体質

河の畔を、息を呑む程美しい顔立ちをした男が一人歩いていた。

その眼差しは射るように鋭く、その容貌も相まってどこか排他的な雰囲気を纏っている。男の歩調に合わせゆらゆらと揺れる可憐な白の花束がその人間離れした男の異質さを際立たせていた。

 

「よお、カルナ。お前街に下りてたんじゃ…なんだそれ?」

 

そんな男―――カルナに無遠慮に声をかける者がいた。ドリタラーシュトラ王の長子、ドゥリーヨダナだった。誰かと喧嘩でもしていたのか、僅かに頬は腫れ所々に痣が出来ている。もしこの場に彼の弟達がいれば大騒ぎになっていたに違いない。無言のカルナの視線に気づいたのか、ドゥリーヨダナは自慢するように「ああ、これか?さっき馬鹿を河に叩き落としたとこだ」と笑った。

 

「ビーマか」

「正解ー。良く分かったな」

「お前がムキになり、かつ互角の戦いを繰り広げられる者は限られている」

 

率直すぎるカルナの言葉にドゥリーヨダナは口元をひくつかせた。この率直な物言いは彼の友人の美点であったが欠点でもあった。お前もうちょっと物言いどうにかなんねーの、と思わなくもないがそれもカルナの個性だと思えば強く言えない。子どもの個性は大切にしましょうが、ドゥリーヨダナの教育方針だった。嘘をつかない素直な子と思えばいいのだ。…多分。

 

「…あんの馬鹿の話は放っておこう。それよりカルナ、それなんだ」

「花だ」

「…そりゃ見れば分かるっての。オレが言ってんのはそれどうしたってこと!お前が摘んだ訳じゃないだろうし…誰かに貰ったのか?いや待て、そういやお前今日街下りてたな。んじゃいつもみたいに人助けでもして、御礼にとか言って貰ったって感じか?」

「俺には不要なものだと言ったのだがな…。お前の言った通りあの年頃の女性の押しの強さは、時に目を瞠るものがある」

「おばちゃんは世界共通で強いもんだからな…」

 

二人はそろって遠い目をした。多分武芸を極めても勝てない気がする。あれは自分達では至れない強さだ。尊敬はするが目指そうとは思わない。

 

「で、困ったからオレんとこに来た訳か」

「アシュヴァッターマンに『その花ならドゥリーヨダナ王子に似合うと思いますよ』と言われたからな。生憎と俺はそういうことには疎いからよく分からないのだが、あの男がそう言うのなら多分そうなのだろう」

「…あいつオレが男だってちゃんと知ってるよな?なんでやたらオレに花飾らせようとすんの?つーかお前もそれで来るなよ。女にでもやればいいだろーが」

「そういう相手は互いにいないだろう。…ならばやはり食うか」

「この前教えた蜜吸い、実は気に入ったんだな?駄目だ駄目だ、この花はどっちかというと酸っぱいからな」

「………そうなのか」

「そんな残念がるなよ…。でも、どうしたもんかなー。母上はこういうキツイ匂いの花は好まないし…」

 

ドゥリーヨダナは鼻孔をくすぐる芳しい匂いに、脳裏に母を浮かべながらそう唸った。父に従い目を閉ざした母にとってせっかくの数少ない楽しみなのだから、どうせなら母好みの匂いのものを贈る方がいいだろう。かといって年の離れた妹に贈れば「お兄様、花を贈る女もいないの?」と鼻で笑われるに違いない。何故か最近妹が冷たいのだ。昨日なんて「私、お兄様より正直あっちのお兄様達の方がカッコイイと思うわ」とまで言われてしまった。それもあってドゥリーヨダナはビーマを河に突き落としていたりする。

 

それを世間では八つ当たりという。

 

「こんなところでいい歳をした男二人が何をやってるんですか」

 

そんな男二人に声をかける者がいた。後にマハーバーラタの大英雄と評されるアルジュナだった。

 

良くも悪くもこの男は生真面目で優しい人間であった。例え普段敵対している人間であろうが、困っているのなら手を差し伸べずにはいられない人間だった。彼は英雄の素質を生まれながらに持っていたのである。

 

 

 

***

 

 

 

 

「ああ?んだよお前一々うっせー…あ?」

 

アルジュナは何かを閃いたような顔つきをしたドゥリーヨダナを見て声をかけたことを後悔した。こういう顔をした時は碌でもないことを考えている時だと長い付き合いから学んでいたからだった。だが自分が踵を返すよりも早く飛んだ「カルナ、アルジュナを押さえろ」という指示と同時に視界が回り、強い痛みが両腕を襲う。カルナが自分を地面に押さえつけたのだと瞬時に理解したアルジュナは「何をする!離せ!」と声を荒げた。

 

「おお我が友よ、流石のお手並み、見事としか言いようがない。いっそ惚れ惚れするぐらいに鮮やかだ」

「そうか。それはそうとドゥリーヨダナよ、何をするつもりだ」

「ふっふっふ、それは後でのお楽しみってやつだよカルナ君」

「お前が何しようが構わないが、俺とてこの男を押さえるのは些か骨だ。そこは考慮して欲しいのだが」

「おー了解。にしてもカルナにそこまで言わせるってすげーな。ってあぶねーな!噛みつこうとするか普通?!」

 

自分の頭上でテンポ良く繰り広げられる言葉の応酬にアルジュナはますます怒りに身を震わせる。責めるような目つきを向けてくるドゥリーヨダナを詰りたいのはアルジュナの方だった。ちょっとした親切心に対してまさかこういう仕打ちで返すとは、つくづく卑劣な奴らである。アルジュナは「離せ!私に何をするつもりだ!」と、カルナの強靭な手から逃れようと足掻きながら罵った。

 

「はいはいそんなに暴れない。うわ、髪さらっさらだな。どこまでも腹立つ野郎だな」

 

そんな彼を軽くあしらい、ドゥリーヨダナは慣れた手つきでアルジュナの髪を一房掬って花を編み込みながら飾りたてていった。「手慣れてるな」「そりゃ昔妹にねだられてやってたからな。後でお前にもやってやろうか?お前顔良いし、似合うと思うぞ?白より赤がお前には映えると思うけど」と言葉を交わしながらもその動きは止まることはない。気がつけばアルジュナはその毛繕いのごとき指を、猫のように目を細め甘受していた。弓術の鍛練の疲れもあってドゥリーヨダナの指が丁度マッサージとなって気持ちが良かったのだ。

 

しかしそんなアルジュナも自身を興味深そうに見下ろすカルナの視線によって我に返った。ちょっと待て何を流されているんだ自分。確かに母のようなこの手つきは夢の世界に誘うが如く心地良かったが、あくまでもこの手はあのドゥリーヨダナである。調子にのって池ポチャしたことがある、あのドゥリーヨダナである。この私としたことが何たる不覚。いっそのこと嗤うか、いつものようにずけずけと無遠慮に言えばいいものの何故何も言わない。…まさか、情けをこの私にかけるというのか?!

 

アルジュナは屈辱に身を震わせた。

 

とはいえカルナは特に意図があってアルジュナを見た訳ではない。彼は知らなかったがカルナは好奇心が強く、ただ花を編み込むという初めてみる作業を感心して眺めていただけだった。「お前が良いのなら。…お前はやらないのか?」とこの男にしては珍しく声が弾んでいるのはその為である。

そんなカルナに「この年でお揃いはちょっとなぁ…。それにオレ見るのは好きだけど、あんま身につけるのは好きじゃねーんだわ」とドゥリーヨダナはぼやいた。彼はしょっちゅう花を贈ってくるアシュヴァッターマンに心底参っていた。悪意がないのが本当ツライ。花もらう度に父親の視線が突き刺さってくるのもツライ。全て母親好みのものの為今のところは横流しすることによって事なきを得ているけれど、一度直接言った方がいいのかもしれない。

 

「よし、こんなものか」

「…ふむ。俺はまた、友の数少ない長所を知ったようだ」

「お前それ褒めてねーからな?」

 

アルジュナの髪紐を片手で器用に解き最後の一輪をその紐で固定したドゥリーヨダナは満足そうに頷いて、手を離した。本人の容姿も相まって、絵心がある者ならばその美をこの手で残したいと競って筆をとったであろう精巧な美術作品がそこに完成していた。美醜に拘らないカルナでさえ思わず感嘆の声を漏らす程の出来であった。ドゥリーヨダナ作『今日も腹立つアルジュナ~おばちゃんから貰った花を添えて~』はそんな彼らの反応を一蹴し、普段より数段階低い声で慇懃に言い放った。

 

「―――気は済んだようですね」

「おっと、花にも命はあるんだ。むしろうとすんなよ」

「………これで帰れと?」

「?おかしいか、カルナ?」

「いや、俺はそうは思わない。良く分からないが、これが似合っているというやつではないのか?」

「だよなあ?」

 

心底不思議そうにお互いの顔を向き合わせて言い合う二人に、この中で唯一の常識人であるアルジュナはこめかみをひくつかせた。だが言っても無駄だろうこともアルジュナには分かっていた。この屈辱は違う時に晴らせばいい。今日は厄日だった。そう思えばいいだろう。

 

「ドゥリーヨダナ、そういえば俺達はアルジュナの好みを聞かずに飾り付けた。それに怒っているのではないだろうか。ならばこちらに非がある」

 

………そう、厄日だと、思えば、

 

「はあー?マジかよ、我が儘なヤツだなー!」

 

………思えば、

 

「すまなかったな。こちらの配慮が足りていなかったようだ。次はお前の希望を聞くように心がけよう」

 

…………。

 

 

 

 

「殺す!」




カルナに悪気はない。
主人公は後先考えないで思いついたことをやらかすタイプ。大抵後でしっぺ返しくらってる。

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