あの事件の後、テニス部に戻ろうにも戻れず自主休部状態になってた俺と材木座は、半ば自棄になりテニス部内の赤い糸を切って切って切りまくった。
材木座好みの恋の修羅場が炎上するような環境にしたとき、俺らは黒いキューピッドとしてテニス部だけでなく学校内で有名になった。
学校内での活動が難しくなった俺達は千葉県の高校にまで手を伸ばし、その活動はワールドワイドにまでおよんだ。
東に恋に悩む乙女がいれば、あんな奴は止めとけと囁き
西に恋に悩む野郎がいれば、意中の女性に先に告白するという一見無駄なこともした。
南に恋の火花が散りかけていれば、ありったけのMAXコーヒーにて鎮火をしに行き
北では、常に恋愛無用論を説いた。
つまりは、八つ当たりをして近辺を回った訳である。
その結果、恨みをもった彼等に追い回され、最終的には〈印刷所〉のメンバーらしき統率された人間達にアクアラインまで追いかけられるはめになり、成田山付近のまんが喫茶で息を潜め、夏休みを利用してほとぼりを冷ました。
その後テニス部に戻った俺達は、恋の邪魔者の名を欲しいままにしていた。
地の文を読んで頂いている奇特な諸兄等は知っていると思うが、俺は今まで打つべき布石を尽く外し、打たなくてよい布石を狙い澄まして打ってきていた人間である。
そんな人間に社交性をを期待することは甚だ疑問なのだが、材木座に会ってしまったお蔭で、間違った社交性と行動力を身に着けることに残念ながら成功してしまった。
よって、八面六臂の活躍をし、材木座と共に恋の邪魔者の不名誉な称号を得ることができたのだった。
この行為によって俺たちは多くの敵を作った。しかし、俺は負けなかった。負けることができなかった。あの時負けていた方が、きっと俺もみんなも幸せになったに違いない。
材木座は幸せにならなくてもよい。
○
その日、サイゼリアへと繰り出したのは、材木座の提案だった。
久しぶりに出たテニス部で材木座が「辛味チキンが食べたい」と繰り返すので、俺の口の中も辛味チキンの口になってしまい、サイゼリア分を補充することに決めた。
ドリンクバーでミルクと砂糖をたっぷりと入れた特製コーヒーを作って飲んでいると、材木座はまるで人を食べている喰種を目撃した捜査官のような目つきをした。
「よくもまあ、そんな気色の悪い甘い飲み物、口にするな。底の方なんか砂糖でドロドロ、軟体だぞ。まるで泥のスライムみたいだ」
「なら、お前もスライム倒して経験値手に入れとけ」
マッ缶を馬鹿にされたみたいで腹が立ち、そのお返しに材木座の飲んでいたコーヒーにこれでもかと砂糖を入れてやった。
特性のコーヒーを口に入れた瞬間、お口直しと言いながら水を取りに行こうとする材木座を無視しエスカルゴのような何かに取り掛かっていると、ふと平塚先生と猫ラーメンを食べた帰りに会った占い師の言葉を思い出していた。
「光る玉なあ」
とひとり呟く。
「なに一人でぶつぶつ言っているのだ」
水を二人分持ってきた材木座が聞いてくるが、あまり答える気になれず考えていると「どうせ成就しない恋の悩みでも考えているのであろう」と材木座は低俗な決めつけ方をした。
「不埒不埒」
壊れた時計のように繰り返し、思考を邪魔してくる。
俺が怒りに任せて特製コーヒーを口の中に注ぎ込むと、ごぼごぼと音をたてしばらく静かになった。
光る玉なんぞに思い当たる節などないが、すでにどこかであった出来事かもしれない。
そう考えていると言い知れない不安に襲われた。
店内は賑やかで、学校帰りの若者や家族連れなど様々な年代の人々がいた。なかには、四人席をくっつけて騒いでる学生達の姿もあった。
もしかしたら、あのように大勢の中で笑い合っている可能性だってあったのかもしれない。
「もう少し、ましな高校生活を送れたのではないかと思っているのか」
甘い甘いと言いながら俺の前に置いてあった水までがぶ飲みした材木座は、材木座のくせに核心を突くようなことを言う。
「当たり前だ。お前がいなかったら俺の心はもっと綺麗なまま、友達は百人出来て黒髪の乙女との学生生活を送れていたまである」
「そんなことは無理だ。どんな道を選んだってこうなっていたであろう」
「んな訳無いだろうが」
「いいや言いきれる。どんな道を選んでも我が全力でちょっかいをかけてやるからな」
「どうしてそんなに俺に絡んでくるんだよ」
呆れながら呟いた言葉に対して、材木座はその言葉を待っていたとばかりに意地悪く、にやりと口角を上げ、たっぷり2秒ほど時間をかけた後、口開いた。
「我なりの愛というやつだ。ふっふっふっ。貴様には、運命の黒い糸が至るところに張り巡らされているんだからな」
俺と材木座がドス黒い糸でボンレスハムのようにぐるぐる巻きにされて、暗い水底に沈んでいく幻影が脳裏に浮かび戦慄した。
「俺は忍者屋敷かなんかかよ。御免被りたいね」
「それに、我でなくとも誰かが貴様を全力でダメにする」
「無駄な愛され体質もいらん」
出来ることなら放っておいてもらいたい。それができないならばせめて黒髪の乙女に構ってもらってダメにしてほしい。
なにそれ最高じゃん。
「で、結局、戸塚氏はどうなのだ」
黒髪の乙女に構ってもらってダメ男になる妄想をしていると、ミラノ風ドリアをやっつけていた材木座が唐突に話題を変えてきた。
「いやどうってなんだよ」
「あれだけ、気立てのよく、真面目で阿呆なことにも笑ってくれる逸材だぞ。それに何時も言っているではないか。戸塚氏は天使だと」
「だが、男だ」
そう、だが男なのだ。
最初、彼をテニス部で見つけた時は、我が世の春が来た。と部屋の中で小躍りして、小町に煩いと言われたが、男だと知った日は逆に沈みすぎて小町に心配されたまである。
「確かに戸塚は、ふはふはして、繊細微妙で夢のような、美しいものだけで頭がいっぱいな黒髪の乙女とも見えなくもない。男でなければ……乙女であれば……」
「男か女かを選べる立場か」
「選べる立場だよ」
さすがに、それくらいは出来ると思いたい。
ここまで材木座と色々話してきたが、普段から黒いキューピッドとして毎日顔を合わせている為、基本的に俺と材木座の間には話題がそこまでない。
俺が口下手という訳ではなく例えば、『今日登校時に見た猫がかわいくって思わずシャメ撮っちゃった』といった会話を野郎二人でしているところを想像してみてほしい。
それは身の毛も弥立つ光景であること請け合いであり、一部の方々からは積を求める計算になってしまう可能性もある。
そんな噂は本当にノーサンキューである。もしされた日には子々孫々に顔向け出来ないまである。
比企谷家はお前で終わりじゃん。なんて言葉もノーサンキューである。
そういえば、占い師が好機云々の前に野郎と将来を過ごすがどうのこうのとか言っていた気がしたが、今の状況はまさしくそれではないのか。
いや、でもまさか。そもそもこいつはY・Zだしな。
しかし、万が一フードの占い師が千葉の母的なよく当たる占い師だったらどうしよう。ただならぬ妖気を垂れ流しにしていたようにも感じられたし。
と思考のループに陥っている内に、さっきまで前に座っていた材木座がいないことに気付いた。トイレに行くとか行ったきり、帰って来ていない。
途中でふらふら抜け出すのは奴の十八番だということを忘れていた。
また、俺が夕飯代の清算をしなくちゃならないのか。
「あんの野郎……」
たらこスパゲッティをくるくると巻き、不貞腐れていると、ガタリと前の椅子を引く音がした。ようやく材木座が帰ってきたようだ。
「なんだ。逃げたんじゃないんだな」
ホッとして向かいに座った人物を見てみると、材木座じゃなかった。
「よく分からないけど、時間がないよ。早く食べよう」
目の前に座ったのは戸塚で、材木座が手を付けなかったサラダを食べ始めた。さっきまで戸塚の話をしていたからといって、材木座が戸塚に見えてくるとは症状としてなかなかに危ない状況だろう。
「遂に変化の術を体得したのか?戸塚にそっくりだな」
「なに阿呆なこといってるの?」
ぷりぷりと怒る姿は360°どこからどうみても戸塚だった。
「な、何で戸塚がこんなとこに居るんだ」
「ここテニス部の溜まり場だよ」
確かに、学校から一番近くて学生の味方であるサイゼリアが溜まり場になるのは分かるが、部活終わりに来なくてもいいだろう。
もしや、これがあの有名な友人と帰り道に取り敢えずサイゼというやつか。
「練習の後、八幡達いつも直ぐ居なくなるから分からなかったと思うけど」
「じゃあ、もしかしてあの副部長達も来るのか」
「うん。多分、後五分ぐらいで」
こうしてる場合ではない。戸塚と話していたかったが、今は部活外、流石に部活中になにかをしてくる奴は居ないが、今俺を見かけたら奴らは俺をアクアラインを支える人柱にしかねない。
「もう支払いは済ませて、店長とも話はついてるから裏口から早く逃げて」
「サンキュー戸塚。愛してるぜ」
戸塚はクスッと笑った後
「はいはい、それより約束忘れないでね」
と言った。
不本意ではあるが、戸塚との約束を全く思い出すことができない。
「デートの約束なんかしたっけ」
「ううん、何でもないんだ。その代わりに明日のお昼休み練習に付き合ってよ」
寂しそうな笑みを浮かべた戸塚を見たら何がなんでも思い出さなくてはという気にかられたが
「ほら、早く避難しないとみんな来ちゃうよ」
との言葉で、後ろ髪引かれる思いをしながらサイゼリアを後にした。
一月以上放置してしまい申し訳ありません。
エタリはしないので長い目で見ていただけると(震えごえ)