社会的に有意義足る人材になるための布石を尽くはずし、ダメ人間になるための打たなくてもいい布石を狙い済まして打ってきてしまった。
どうしてこうなってしまった。
責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。
人間、経験の積み重ねだというが、今の総決算がこの様なのであろうか。
そもそも人は変われると言うが、三つ子の魂百までといって、この世に生を受け16年。この魂は凝り固まってしまい、変えることはできないのではないのだろうか。
俺は気が付いたらどうしようもない阿呆になっていた。
ここで、俺が劣等感と自尊心の海に溺れている時分に呟いた言葉を使うとしよう。
やはり俺の青春ラブコメは間違っている
六話
夕暮れ時、体に纏わりつく不快な湿気と、隣から発せられる不快な声を振り払うようにため息をつく。
「はぁ」
「どうしたというのだ八幡。幸せが逃げるぞ」
「お前、本当に溜め息をつくと幸せが逃げるとでも思っているのか」
「まさか、もしそれが本当ならば我は今頃行き交う乙女達の桃色吐息と幸せを片っ端から吸い込んで、総理大臣にでも成っているだろうな」
冒頭から通報ものの阿呆っぷりを発揮したのは、道行く10人のうち8人が妖怪と間違えるような容姿を持つ男、材木座義輝である。
ちなみに残りの道行く2人はきっと妖怪だ。
中二病で暑苦しく、他人の不幸で飯が三杯食べれるというおよそ誉められる所の無い、特定外来種、犯罪係数300オーバーの執行対象の存在。
なぜこんな男と2人で歩いているかと言うと、部活帰りだからというに他ならない。
○
俺と材木座の出会いは8ヶ月ほど前に遡る
高校一年の猛暑真っ只中、なぜか平塚という黒髪の教師に目をつけられ、健全な心は健全な肉体に宿ると俺はテニス部へと強制的に入部させられたのであった。
まあ、これも薔薇色のスクールライフを謳歌していく為であり、この部活でキャッキャウフフな展開になるのではないか、もしくは友達百人作るのも悪くないと期待もしていた。
しかし、現実は非情でこの中途半端な時期に入部をしたところで、俺は異質以外の何者ではなかった。
入学式後の悲劇の再来である。
この部活を通して、柔軟な社交性を身に付けようと思っていたがそもそも会話のなかにはいれない。
言葉のラリーどころか、先ず玉が見つからない。
柔軟な社会性を身に付ける前に、最低限の社交性を身に付けるべきであったと気付いたのはすでに手遅れになってからであり、部活内でも、教室でも俺の居場所は無くなっていた。
「これは乗り越えられる試練なんだ。ほら、仁先生も言ってたじゃないか。神は乗り越えられる試練しか与えないと。この逆光の中で立ち向かってこそ、黒髪の乙女との純金色の未来が待っているのだ」
そう自分に言い聞かせながらも、俺は挫けかけていた。
愛しき妹である小町の
「お兄ちゃん。ぶつぶつ呟いてて引くんだけど」
と言う言葉に心は完全に挫けた。
そして目を瞑って隅っこに挟まって、口だけ開けて雨と埃だけ食って辛うじて生きている状態の俺の傍らに、酷く縁起の悪そうな顔をした不気味な男がたっていた。
繊細な俺にだけ見える地獄からの使者か又は雪山から遭難したイエティでも来たのではないかと最初は思った。
「酷いことを言うではないか、我はお主の味方だ」
それが材木座とのファーストコンタクトであり、ワーストコンタクトであった。
どうやら奴も平塚先生に目をつけられ俺の1ヶ月後に入部させられたらしい。
○
部活内から総すかんを食らった俺だけれども、こちらも何も感じなかった訳ではない。
先ずこの部活の体制に腹が立った。
彼等はお飾りの顧問と1年生部長を据え、実質的な権力は副部長以下が握っていた。
部活中は真面目にしているが、部活後の彼等は言うも破廉恥、聞くも破廉恥な阿呆ばかりで見るに耐えない。
かといって、この部活をやめるという選択は一応恩義ある先生の顔に泥を塗る事になり、何より逃げ出すという選択肢は敗けを認めるかのようで癪に障った。
そこで、俺と材木座がとった行動は実力をつけることだった。
そうすれば、部内でも一目を置かれる存在となり、発言力、ひいては社交性がぐんぐんとうなぎ登り、有明テニスの森よろしく幾面もある恋のコートを縦横無尽に駆け回り乙女たちとのラリーを繰り広げられるに違いないと思ったのだ。
そう思っていた俺は、どうしようもない阿呆だったに違いない。
来る日も来る日も二人で黙々と練習に励み、元々この高校は弱小とも言えるテニス部だったということもあった事が幸いし、二年生になる頃、部活内の人間全員に1ゲームしか取られずに勝てるまで上達した。
周りの連中が真面目に部活動をしなかったからなのか、はたまた秘められた才能が開花したのかはわからないが、もし学校が違えば、お前はこの学校の柱になれと言われるまであろう実力をつけていったのは確かだ。
しかし、こちらが実力をつければつけるほど怪奇なことに、副部長達の破廉恥さが上がっていくようであった。
そして、俺と材木座は、一目置かれるどころか二十歩ぐらい遠巻きに見られるようになった。
他から見れば、実力のある人間をまとめあげているように見えるのであろうか、とにかく彼のカリスマ性はこちらの意図に反して上昇していく。
○
「これじゃあピエロじゃないか」
部活後、つらつらと歩きながらMAXコーヒーを飲み世の不条理を訴える。
「今頃気が付いたのか。もうお主の立ち位置は変わらない。ならばこれでいいではないか」
「いいわけあるか。真っ直ぐに生きすぎたせいでこの有り様だ」
小町だけは誉めてくれるが、正直限界だった。
力をつける理由は、後ろめたいことでは本領を発揮できないと今更ながら気づいた。
愛する乙女のためだったらまた違ったのであろう。
小町は愛する乙女だが、兄妹なのでカウントはしない。
世の中も、青春もマッ缶ぐらい甘ければいいのに。
「確かに、部長の権力は地に落ち、副部長がのさばっているこの状況は看過出来んわな」
「しかし、ならどうすりゃいい」
ううん、と材木座が唸っていると、ここが地獄の一丁目かのように思えてくる。
何かを閃いたのか人指し指をピンと立て、彼は叫ぶ。
「リア充死すべき、是非もなしっ」
「お前は何をいっているんだ」
「花火を打ち込もう」
「いや、だからお前は何をいっているんだ」
ふふん、と鼻を鳴らし材木座は続ける。
「今度の日曜日、他の学校との交流試合があるだろう」
「ああ、それがどうした」
「そのあと、他校を含め南房総の方の三角州で大規模な宴会をやるらしい。そこを襲撃する」
「交流試合の後って、俺それ誘われてないんだけど」
「そんなのいつものことだろう」
よくもまあ、こんな非道なことを思い付く。
こいつを世にのさばらせておくのは、俺の精神衛生的な面でも日本政府的にも良くないに決まっているのに。
「よし、やろう。すぐやろう。天誅だ、天誅を下すのだ」
「しかし、その宴会には戸塚嬢も参加するそうだがな」
基本的に部活外では路傍の石同然の扱いだが、一人だけ、気にかけてくれ、下らない話を出来る存在がいる。
それがテニス部のお飾り部長であり、大天使の戸塚だ。
彼は黒髪の乙女も裸足で逃げだす程の美貌を持つ程の美少年。
そして、俺を幾度も衆道へと導きかけた存在である。
ほわほわとしていて笑うと、あれ?ここはいつからここは花畑になったんだ。と思わせてしまうような繊細で華麗な雰囲気を持っていた。
神はなぜ彼を乙女として、生を受けさせなかったのか甚だしく遺憾だ。
「ぬぐぐ、と、戸塚は関係ない。コレは俺達の戦いだ」
少しばかり心が動かされたが、飲み終わったMAXコーヒーをゴミ箱へと突っ込み、歌舞伎役者もかくやと、見栄を切る。
「その粋やよし」
そこでこの話は終わり、話題は学生らしく勉学の方へと向かう。
「そう言えばお前、課題とかどうしてるんだ」
「我はテニスばかりやって来たからな、その類いのものは全て〈印刷所〉へ任せている」
〈印刷所〉という秘密組織が学校にあって、そこに注文を出せば偽造ノートが手にはいる。
噂ではこの学校のOBが立ち上げたらしいが、組織の構成など詳細は闇のなかだ。
高校生活が始まってからは、自分の力で何とかしようと思っていた学問面だったが、一学期に渡された成績表は、実に見事な低空飛行をしていた。
それを見るに見かねた材木座が〈印刷所〉の存在を俺に教えて、それ以降日々使っているのだ。
〈印刷所〉なる胡散臭い組織に理数科目はおんぶに抱っこでやって来たお陰で、今や俺は〈印刷所〉の助けがないと急場すら凌げない体になってしまった。
見も心も蝕まれてぼろぼろまである。
○
決行の前日、俺は一度冷静になるために、夜の町へと繰り出した。
噂にすぎないが猫ラーメンという屋台があるらしい。
その屋台は猫の出汁を使ってラーメンを作っているらしく、味は無類だそうだ。
猫を飼っている身からしたら複雑な気持ちだが、好奇心と食欲には勝てなかったよ。
さらに言えば小町は何やら知り合いの相談を受けるだのと不在。
家にある食料は小町がくれた、原産地不明のクッキーらしき木炭のみである。
小町がくれたものと言っても、おいそれと手を出して良いのか分からず、いや、出したくない代物で仕方なく夜の町を徘徊するはめになったのだ。
今日こそはと意気込みながら、探し回っていたら橋の下にそれらしい屋台が見つかった。
先客がいたが、気にせず座りラーメンを注文すると隣から比企谷ぁ、比企谷ぁと言う声がする。
ちらりとの覗き見るとぐでんぐでんに酔っぱらった平塚先生の姿があった。
「うわっ、出た」
「お前はそうやって私を妖怪扱いして楽しいのかぁ」
「そういうつもりじゃないんですが、タイミングというかなんというか。というよりどうしたんですかこんなに酔っぱらって」
「合コンで、合コンで……うわああああ」
ここで、俺でよかったら愚痴に付き合いますよ。と気の効いたことの一つでも言うべきだとは分かっているが、恋のラリーどころか人間関係に置いては一ゲームも取ることの出来ない素人同然のため、見て見ぬふりをしながら自分のラーメンに手をつけ始めた。
即座に見て見ぬふりを選んだ俺だが、意に反さずに平塚先生は絡んでくる。
その内容は多岐にわたり、女性という生き物はから始まり、彼女の小学校時代の甘い初恋を経て、最終的には晩年の孤独死問題にまで及んだ。
噂通り絶品であった猫ラーメンを食べ終わった後もずっとしゃべり続ける彼女を抑え、屋台を出るころには、話題はなぜか俺の学生生活へと変わっていった。
「顧問から聞いたぞ、比企谷。お前最近頑張っているそうじゃないか」
今週の日曜日には頑張った反動で爆発してしまいます。
とはいえず「うっす」と、どこぞのテニス王国の従者のように答えておいた。
「私は、何か一つでも真剣に取り組む君や材木座が見たかった。テニス部に入れたかいがあったというものだ」
俺が腹の内で抱えている黒い感情に気付いていないのか、うんうんと満足そうに頷きながら彼女は続けた。
「もし俺がテニス部に入っていなかったら、また違う未来になったんでしょうか」
「それは無理だ。君が道を踏み外そうとしてもいくらでも私は日の当たる道に戻してやる。全力を尽くしてな」
「……どうして、そこまでして俺のことを気に掛けてくれるんですか」
彼女は俺の言葉を聞いた後、一呼吸おき笑みを浮かべながら答える。
「私なりの愛だよ。愛」
はーるのーこぼれびのー
いつかどこかで聞いたような音楽が頭のなかで流れ出す。
この破壊力は不味い。生徒と先生のアバンチュールに走るまである。
が、相手は酒臭い、相手は酔っぱらい、相手は三十目前、相手は教師……
よし、大丈夫。
「飲みすぎたんですか先生。それに、そんな重い物要らないです」
「ぐはっ」
がくりと崩れた後、彼女はコンビニでお酒を買いヤケ酒だとばかりに飲み干す。
人通りの少ない公園に近づくと、占いという何とも怪しげな看板を掲げた露店を見つけた。
「比企谷、ちょっと寄ってみよう」
何やら妖気をまとわせ、無駄に説得力がありそうな場所だった。
フードで顔を見ることは出来ないがこんな妖気を無料で垂れ流している人物の占いが当たらないわけないと考え、自然と俺の脚もそこに向かう。
「あなたはどうやら真面目で才能もおありのようです」
フードの慧眼に脱帽した。
「しかし、このままではあなたは伴侶に巡り合えず、結果、イニシャルがH・Hの男性と将来を過ごすことになりましょう。愚腐腐」
脱帽した後にいうのもなんだが、なぜに野郎なんだ。
自分の未来に戦々恐々としつつつ訪ねる。
「そんなことってあんまりじゃないですか。何か救いは無いんですか」
「その未来を変えたくば、好機を逃さないことです」
「好機?」
「光る玉です。それが好機の印、好機がやってきたら逃さない事。その好機がやってきたら、漫然と同じことをしていては駄目です。思い切って、今までと全く違うやり方で、それを捕まえてごらんなさい」
光る玉に心当たりを求めようとするが、全くもって記憶にない。あるとすれば7つ集めて龍を呼び出すあれぐらいであり、そんなものをもし集めることが出来るのなら眉目秀麗、才色兼備、完璧超人のような乙女とくんずほぐれつのスクールライフを繰り広げられるだろう。
いや、完璧超人はネプチューンマンではなかったか。
隣で聞いていた彼女によってその下らない考えは隅へと追いやられる。
「私は、私の、私の好機の印とやらはいったい何なのだ」
「もうありません。独りです」
「ぐはっ」
本日二度目の崩れ落ちは、それはそれは見事なorzを描いていた。
「良いですか、光る玉です。好機はそこにございます。努々お忘れなきよう」
樋口さんを召喚しその場を去ると、隣から何やら声がする。
「ふふっ、ははっ、フゥァーハハハッ。いいじゃないか独身だって……合コンに失敗したっいい……うっぷっ」
テンションが上がったのか大声を上げた反動で、先生はその場でうずくまった。
「だから飲みすぎだって言ったんですよ」
背中をひとしきりさすった後、タクシーを呼んで先生を家へ帰した。