また今回、やんごとなき事情から文字数が少ないです。
事情は活動報告の方に乗せましたので、この、へっぽこ。と思う方は見ていただけたら幸いです。
雪ノ下が倒れた。
文化祭準備も終盤になり最後の仕上げ、と下校時刻まで粘る日々のことだった。
その日も大量の書類を抱え葉山と共に場所へ向かったが何時もは既にそこにいるはずの雪ノ下さんが居なく、まあその内来るだろうと書類に手を付け二十分ほど経ち彼女はやって来た。
「ヒッキー、隼人くん。ゆきのんが倒れたって」
ドタドタと足音をたてて来た人物は雪ノ下さんでなく由比ヶ浜結衣という乙女だった。
学校内で唯一俺の事をヒッキー呼ばわりする彼女は、実は高校の入学式以降の貴重な時間少しと交換に助けた犬の飼い主である。
何を血迷ったのか、俺が師匠に弟子入りしてから暫くして名乗り出てきた彼女の手には、丸い炭が入った袋が握られていた。
「面と向かってお礼を言いたくて」と感謝の言葉と共に渡されたのは本人が呼称するにはクッキーというお菓子のようだった。勿論、俺はクッキーがなん足るかを知らないわけではない。
黒い何かは原材料こそクッキーと同じという謳い文句で作られたが、一口かじろうとするとバリバリと心地よい音が響き、まるでバーベキュー会場で最後まで食べられずに隅の方に残ったピーマンのごとき香ばしさが口のなかに広がる逸品であった。
劇物を経口摂取したことに抗議をしようにも「ごめんね。ちょっと失敗しちゃったんだ」なんて心配そうな表情で言われた日には「ま、まあこれからうまくなれば良いんじゃないか」と答えるのが精一杯で、気が付いたらことあるごとに成長と退化をいったり来たりするクッキーを貪る実験台となり今に至る。
「事故か、事件か、それとも病気か」
その報告は驚天動地だった。葉山も深刻そうな顔をしてこちらを見ている。あの完璧超人の雪ノ下の身に何が起こったのか。大事でなければいいが。
「風邪だって」
「それは倒れたといわん。てか、雪ノ下が倒れたって、何で由比ヶ浜が知ってるんだよ」
「あれ?言ってなかったっけ。ゆきのんとあたし同じ部活だよ」
驚愕の新事実。と言うほどではないが、片や明朗快活だが頭に若干の不安が残る乙女、片や大和撫子だが毒舌に定評のある乙女。正反対の二人が仲良く席を共にしている姿を想像できない。
それと共にただの風邪でよかった。とも思ったが、働きすぎたことも原因の一翼を担っているに違いない。そう気付けば俺の繊細なハートは罪悪感の重りにペチャンと音をたて潰されそうになった。
「雪えもんが居なかったらどうやってジャイアンと戦えば良いんだ」
きっと俺は苦虫を味わっているような顔をしていたのだろう。わざとらしくおちゃらけた声で葉山がふざけている。感謝はしてやらん。
「どうしたの隼人くん?」
「……気にすんな。シンの毒気にやられただけだから。葉山、お前は帰ってきたドラえもんを百回見直せ」
「実際問題、俺らで出来る物は引き継いでも大丈夫だけど雪ノ下さんか相模さんしか出来ないのも有ったりするからな」
「えっ。ああ、うん?」
しょうきにもどった葉山が顔を引き締めて言うが、さっきとのギャップが激しかったせいで変わりに由比ヶ浜がこんらんした。
「雪ノ下がいつ復帰するか分かんないからな。取り敢えず相模さんにはお前が話して置くとして、由比ヶ浜は雪ノ下の見舞い行くだろ?」
「う、うん」
「大勢で行っても迷惑だし、雪ノ下に今週いっぱい休むなら書類は全部無いもんだと思えよ。って伝言頼めるか?」
「わかった。ゆきのんに伝えておくね」
「それと、見舞い行くのに手ぶらじゃなんだろ。千円あれば途中で何か買えるだろ。葉山、五百円な」
財布の中から千円札を渡すと由比ヶ浜はまるで不思議な物でも見るような目で顔を覗き込んできた。
「ヒッキー、大丈夫?変なものでも食べたの?」
変な物ならクッキーだけで足りている。むしろアレよりヘンテコな食べ物があるというなら教えてもらいたいぐらいだ。
「失礼な。博愛主義者の俺からしたら当然の事だろ」
「結衣、気にしなくていい。シンの毒気にでもやられてるんだ」
何やらドヤ顔を決めながら葉山が言っているが、さっきまでのお前とはレベルが違うだろうと言いたい。ケダチクとアルケオダイノス位の差はある。何度も言うが感謝はしてやらん。
「それと、これ。まだ開けてないから雪ノ下に渡しといてくる」
「わっとと。マッ缶?」
「体調も仕事も辛いだろ。そんなときは飲み物ぐらい甘くても良いだよ」
「うーん。そうなのかなあ……」
「そういうもんだ。仕事が忙しくなるからそろそろ行ってやれ」
「頑張ってね隼人くん……後、ヒッキーも」
由比ヶ浜が教室から去っていくのを見てから葉山に聴こえるか聴こえないかと言った声で呟く。
「……あんがとな」
「なんのことやら……まあ、俺も共犯だしな」
葉山と顔を見合わせた後、二人して苦笑いを浮かべた。
○
心配とは裏腹に、翌日には雪ノ下は復帰していた。見舞品のお礼を言われたときは、いったい彼女に何があったのか、と勘ぐってしまい、「貴方達は私をなんだと思っているの?」と聞かれ「他人が不幸になっている横で優雅にティータイムを楽しめる、鬼か妖怪みたいな人間」と葉山が答えると、口にするのも憚れるほどの罵詈雑言を頂いていた。
しかし、雪ノ下が倒れた事により仕事をしなかった多くの実行委員が戻ってきて、仕事を引き継いでくれたことは不幸中の幸いだった。
お陰で下校時刻まで書類と格闘する日々は終わりを告げ、文化祭前日には確認作業のみで解散しこうして帰宅することも出来ている。
「明日には本番なんだよな」
「センチメンタルになるような性格では無かったと思うけれど、貴方でもそんな気分になることがあるのね」
「センチメンタルっつか実感が沸かないだけだ。書類しか見てなかったし。確か葉山はクラスでやる劇だかの主役だったろ」
「星の王子さまだよ」
「……あれだけの仕事をやっておきながらクラスの出し物にも参加するだなんて。尊敬を通り越して呆れたわ。葉山くん」
「来年は受験で皆忙しくなると思うんだ。だから今年ぐらい目一杯楽しもうとしてもバチは当たらないじゃないか。出来るなら時間を踏みしめて歩きたいから」
足取りの覚束無い秀才よりも、腰の座った阿呆の方が人生は楽しめるのだろう。
師匠に弟子入りしてすぐの葉山は、どこか強迫観念に近いレベルで調和、融和、波風を立てない、お手て繋いで一等賞のことなかれ主義に囚われ、だからこそ自分の足元を見れていないと感じた。
でも、最近のコイツは、いや実行委員になってから変わってきたような気がする。気質こそ変わってはいないが、自然体で居られるようになっていた。
「とまあ、葉山と違ってクラスの出し物に参加せず高校生活の一大イベントの一つを棒に振るった俺には実感が無いわけだ」
「でも、そのお陰で私と下校を共にすることが出来るのだから書類と私に感謝すべきね」
「へいへい。ありがとうございます」
「俺も居るけどね」
思えば、高校生活も大体半分を過ごしたことになる。その早さはまさに光陰銃弾のごとし、撃たれたことにも気づかないまである。
去年の今頃は何をしていたのか思い出そうとしても、廻るのは弟子入りしてからの数ヶ月。貢物を駆けずり回り探したことや、葉山と共に聞いた師匠の講義、それに実行委員になってからのことだった、。
少し感傷に浸り、日の落ちかけた窓を見つめる。
外では、楽しげに文化祭の準備をする人達がみえた。