ファントムクォーツ 仮面ライダーゴースト外伝 仮面ライダーpq 作:鉄槻緋色/竜胆藍
謎のパーカー姿の人物が、蜘蛛型の異形の眼球を砕く。
それで優の魂が肉体に還ることを遊馬は知っていた。
「わあああああああ!?」
だから、遊馬は腕の中で突如悲鳴をあげて暴れ出した優をすぐに押さえることができた。
「ゆっ、おい、ユウ!」
「ああああっ!? わあああああああ!」
狂ったように腕を、脚を振り回す優を、遊馬は必死に抱き締めて抑える。
「ユウ! おい! 私だ! ユウ!」
「あああああっ!? あわっ、あっ、あすっ、あすっ!」
「そうだ! 私だ!」
ようやく焦点が定まってきた優が、もたつく両手でどうにか自らを抱き締める遊馬の腕にすがりつく。
「あすっ、あすっ、ま、さん……!」
「ああ! 私だ! 大丈夫だ!」
唇を震わせる優の瞳を見つめ、しっかりとうなずく。
優は落ち着きを取り戻しつつあるが、顔色が青いのも、震えが収まらないのも、今や全身を濡らす雨のせいではないことを遊馬は知っている。
痛ましいことだが、こうして抱き締めて安心させてやるほかない。
優の背を撫でながら、未だ炎がくすぶる爆発跡に立つ謎の白いパーカー姿の人物を見遣る。
果たして、あれは何者なのか。
少なくとも、
(──しかし──)
もしも、本当にそうであれば嬉しいが。
(──考えにくい)
有り得ない。
はずだ。
唇を噛み、道路の真ん中で燃え滓を傘でつついているパーカー姿を改めて睨み据える。
その時、景色に違和感を覚えて目を凝らした。
「──え──?」
いつの間にか、向かいのビルの隙間に、小柄な人影が現れていた。
青いパーカーを羽織り、ショートパンツにサイハイソックス。
丸い頭に、艶やかに黒いセミショートのストレート。前髪が真っ直ぐに切り揃えられている。
その下の、まん丸な瞳に好奇心を浮かべた少女。
先刻見かけたままの姿だった。
(良かった。逃げてくれていたか)
見間違いではなかった事と合わせて、深く安堵の息を吐く。
ともあれ、脅威は無くなったのだ。
これで安心して事情を聞ける。
遊馬は雨に遮られぬよう大声で呼びかけた。
「アクィラ!」
「おねえちゃん!」
同時にかぶさった声に、遊馬はぎょっとして懐を見下ろした。
──え?──
他に該当する人間が見当たらないこの状況で、優はいったい何を言い出すのだろう。
改めて優の顔を、視線を探るが、あろうことか優はアクィラを見つめて再び叫んだ。
「──明奈おねえちゃんっ!」
優は、はっきりと、
(──ユウ、何を──?)
不可解な状況に改めて周囲を見回すと、なぜか白いパーカー姿もこちらを向いていた。
目深に被ったフードの中の黒の無貌が、こちらを、優を見ているような気がする。
なにがそいつの注意を引いたのかは知らないが、遊馬はあまり気にせずに、優の背を支えながら立ち上がった。
身体を震わせながら、優もまたどうにか自らの足で立ち上がる。
とにかく状況を整理したい。優は恐らく、未だ激しく混乱しているのだ。
そう思って歩き出そうとしたところで、向かいの歩道にいる妹が、懐からなにやら丸いものをつまみ出した。
(……なに?)
それは眼球のようなもの。
しかも、それ自体が目玉のようでありながら、なぜか黒目の部分が半眼にでもしているかのように半円に描かれている。
「変身」
聞き覚えのある──遊馬の記憶にあるのと同じ声でそう言いながら、少女はその眼球を腹に巻いていたポーチの中に真上から放り込むと、ポーチの前面を叩くようにして納めた。
すると、ポーチの正面に描かれた目のような文様から一陣の青い風が吹き出した。
宙に舞い上がったそれは、深蒼色のパーカーだった。
所々に銀色の炎を思わせる装飾が付いており、全体に刺々しいシルエットで凶々しい印象を抱かせる。
「《ギザギザ》!」
続いて少女が叫び、ポーチの脇のフレームをぐいと引いて手放すと、飛び出したパーカーがまるで意志あるもののごとく少女の周囲で旋回し、背後から少女に被さった。
少女も自ら両腕を上げて袖に通し、着衣の微調整をするように軽く肩を揺すった。
装着するや否や、パーカーの内側から吹き出した白銀の霞が少女の身体を取り巻くと、やがてそれはぴったりとしたシルバーのボディスーツとなった。腕脚に部分的にブルーのジグザグラインが描かれている。
顔面までぴったりと覆い尽くした銀の無貌に、下から塗り変わるようにして刺々しい角を二本生やした青い鬼のような形相が現れた。
やがて変化が完了したらしき少女──今や悪鬼と化したその姿から、余剰のエネルギーが放射され、降り注ぐ雨粒を同心円状に弾き飛ばした。
「っ!?」
こちらまで届いてきた圧力の余波と雨粒に、とっさに顔を覆った片手を下ろした時にはもう、悪鬼と化した少女は駆け出していた。
──道路に佇む、白のパーカー姿へと。
見れば、白のパーカー姿の方も、既に傘を剣のように持ち変えて、迎え討つ態勢で身構えていた。
「ま、待て! いったいなにを」
意味の分からない変化と状況に完全に置き去りにされていた遊馬の叫びは届かない。
謎のパーカーを纏った両者は、互いに激突を始めてしまった。
遊馬が何を言ったのかなど気にしていなかった。
「明奈おねえちゃんっ!」
先ほどまでの異常な悪夢の衝撃も抜けきっていなかったが、それでも、夢にまで見た姉への呼びかけは止められなかった。
あれほど思い焦がれていたのに、その姉は青と銀の悪鬼へと姿を変じると、先ほど現れた白のパーカー姿へ襲いかかっていった。
不可思議なことが立て続けに起こり過ぎた。
もう一切の脈絡が理解できない。
銀の拳が、赤の傘が激突する危険な音が、そこに飛び込む気持ちを阻んでいる。
目まぐるしく位置を入れ替え続ける青と白。
とても割り込んで止めることなどできそうにない。
そもそも、どうして戦うのか。
このまま放っておいては、どちらかが一方を打ち倒してしまうのだろう。
そうなったら、姉は──
「……やだ……」
知らず、優の口からこぼれ出る叫び。
「いやだよ! おねえちゃん!」
激突を繰り返す両者が、突如大爆発を起こした。
そいつが飛び出してきてからずっと、あきらは左手をベルトバックルの瞳に被せてふさいでいた。
その間、右手のパラソルスパイクのみで敵の攻撃を捌き続ける。
こいつと戦うのは初めてではないし、個体差はアラクネほど大きく違わない。
とは言え、今は普段と状況が違う。すぐ近くに生身の人間が二人いるのだ。
(さっさとどっか行ってくんないかなー)
先ほどの彼らの思わぬ反応を気にして出遅れてしまい、既に間合いを奪われてしまったため、彼らに逃走を促すことも、戦場を移すこともできそうにない。
(しょうがないなー)
だからあきらは、短期でこいつをしとめるべく機会を伺っていた。
幾度かの交錯の末、間合いを開いた敵がベルトのポーチの脇にあるフレームに手を添えた。
『《ギザギザ》!』
謎の呪文を叫び、フレームを引いて手放すと、ベルトの眼魂から膨大なエネルギーが溢れ出す。
『おっそい!』
だがそれは既に読んでいた。
敵が高出力攻撃に転じる隙を待っていたあきらは、今までずっとベルトに添えていた左手を離し、充填していたエネルギーを解放した。
これからエネルギーの集中を始める敵に、これを防げる道理はない。
『アーイ、スクリーム!』
叫び、その場で鋭く身を翻したあきらの、輝く右足が敵を貫き爆散させた。
「……あ……」
「……」
優は、その光景を目の当たりにし、その場にへたり込んだ。
自分を支えていた遊馬の腕が脱力したことを訝しむ発想もない。
──数年ぶりに会えた姉が、謎の姿に変じ、何者かに襲いかかり、殺された──
いったい、何がどういう事なのか、さっぱり分からない。
せっかく会えたのに。
「……なんなの……なんで……」
もう力無く呻くことしかできない。
顔を叩く雨粒の冷たさも分からない。
「……さま」
傍らにいた遊馬が、一歩、二歩と歩みを進める。
「きっさまああああ!」
激高した遊馬が、光り輝く短剣を振りかざして白いパーカー姿に襲いかかっていった。
遊馬が持っているそれが何なのかも考えが及ばない。
先ほどからこの土砂降りの雨とともに繰り広げられた異常な光景の繰り返しに、優の精神はとっくに飽和していた。
この場で起きた異常事態の中で、唯一勝ち残った白のパーカー姿が今、遊馬の手の短剣を傘で弾き飛ばし、足下を蹴り払って遊馬を転倒させてしまった。
──これで遊馬も、自分も、殺されるしかない──
ふと、ぼんやりした頭でそう連想した。
ところが白のパーカー姿は、赤い傘をどこへともなく消し去ると、一瞬の閃光を迸らせてその姿を変え始めた。
フードに目を描いた白のパーカーだけが、浮かぶように離脱して消滅し、その下の黒のボディスーツが雲散霧消すると、その中からは、これまた小柄な少女が現れたのだ。
「……え……?」
それは、優にも見覚えのある姿だった。
先ほどまでの目が描かれたものとは違う、普通の衣料素材の白いパーカーを纏っており、ショートパンツに白のサイハイソックスを履いて。
目深に被ったフードの下は、お稲荷様のようなキツネのお面。
つい先刻訪れた大地探偵事務所の、奥のほうにいた謎の人物だった。
──なんで、あの人がこんなところに──
優の訝しむ疑問に答えるように、その人物は、ひょいとフードをはぐって背に下ろし、キツネ面を外して見せた。
「……………………え?」
もう、反射的に声を漏らすことしかできない。
キツネ面の下から現れたその顔は。
丸い頭に、艶やかに黒いセミショートのストレート。前髪が真っ直ぐに切り揃えられている。
その下の、好奇心をいっぱいに浮かべたまん丸な瞳。
数年間、ずっと夢に見るほど思い焦がれていた優の姉、倉木 明奈その人だった。
「……おねえちゃん……」
「……アクィラ……」
なぜか同時に謎の単語を呟いた遊馬と顔を見合わせる。
交錯する訝しむ気配。
恐らく遊馬も同じことを考えている。
──なぜ、この人をその名で呼ぶのか──
「あのさー」
混乱に次ぐ混乱に埋め尽くされた沈鬱な空気を、そんなあっけらかんとした声が軽快に打ち破った。
「あんたたちさー、死にたいの? 死にたいワケがないよねー? 死にたくないものふつー」
片眉を上げて、いかにも呆れたといったような風情で吐き捨てるように言う。
身体を打つ雨など無いもののごとく、軽薄な調子でしっしと手を振り。
「まともに戦えないんだからさー、とっとと逃げないとー。一応、衣織のお願いだから気をつけるけどー、あたしはそこまで親切じゃないよー?」
もう、いったい何を思えばいいのか。
そこに倒れ込んだままの遊馬も、目を丸くするばかりで言葉も出ない。
それでも、優は聞かずにはいられない。
「……おねえちゃんじゃ、ない、の……?」
「そう。それー」
ある意味、驚いたことに、その少女は優の疑問の声にきちんと反応を返してきた。
「あとそっちのお兄さんもー。さっき吹き飛ばしたアイツのこと指して、何か言ってたよねー?」
ひょいひょいと二人を指さして言う少女は、続いて自らの顔を指さし。
「んで、アレと同じ顔してるアタシは、きっと関係あると思うんだけどさー。ちょっとオハナシ聞かせてもらってもいいかなー?」
可愛らしく小首を傾げるその動作は、確かに記憶にある通りの姉の所作とまったく同じなのに。
その愛嬌たっぷりの笑顔には、知人に対する親しみが全く抜け落ちていた。
「……なん、で……」
思わず漏れた優の呟きを、その少女は自分の台詞への疑問と受け取ったようだった。
「あのねー。アタシも自分が誰だか、わっかんないんだよねー。だから自分のこと知りたくってー。ヒントにでもなればいいかなーって」
くるくると動き回る表情豊かな身振り手振りも記憶にあるものにそっくりなのに、優を見ても姉としての反応を示さないその少女に、優はもう何も言葉が浮かばなかった。