ファントムクォーツ 仮面ライダーゴースト外伝 仮面ライダーpq 作:鉄槻緋色/竜胆藍
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『不可解な遺体発見される』と表題に大きく書かれた新聞紙をテーブルに放り投げ、衣織はソファに身を投げ出した。
テーブルの上には既に、新聞や書類が山と積まれている。
新たに投げ込まれた新聞紙は、それらの書類を押し崩し、もろとも巻き込んで傾れ落ちてしまう。
だが衣織はいっさい構わず、さらにそのテーブルの上に足を投げ出して載せると、ソファの背もたれに仰け反って事務所の天井を見上げた。
(無傷の遺体が、また発見された──)
記事の内容を反芻する。
それは、今日の朝刊の内容だった。
『当該施設の中で発見された三名の遺体には特に外傷もなく──』
『毒物は検出されず。治療中の病気・ケガも無く、それまでの病歴も持病も無いのに、突然全員同時に死亡したとしか思えない──』
(──まるで、ある時いきなり
胸中で、共通するその文末を繰り返す。
ここ半年ほど、似たような事件が幾度も起きていた。
新聞・報道などで謳われているその犠牲者の数は、衣織が数えたところでは、この半年で十数人ほど。
(だが、実態はそれどころじゃない。事の始まりを遡れば数年間、警察や報道が掴みきれていない分を含めれば、三倍以上──!)
数年がかりで、同じ死因で五十人以上が亡くなっている、と衣織は踏んでいる。
そこに行方不明者をすべて加えれば、合計は百にも届くだろう。
全てこの町を中心としたこの地方一帯で起こっている事である。
巧妙に条件をばらけさせて目立たなくされてあるが、仮にひとつの事件として見れば異常事態と言える。
そして、それらにはきっと、あきらに深く関わりのあるものが絡んでいる。
衣織とあきらは、この数年間「それ」を追い続けていた。
先ほど優がもたらした情報は、中でも当たりに近い部類だった。「生存が見込めない行方不明者の目撃情報」などと言う、一見有り得ないオカルトじみた話は、いかにもあきらに関わりが深そうだ。
(優ちゃんには悪いけどねえ)
「行方不明者の捜索」程度の依頼なら、他にもいくらもあったのだ。この地方だけで同様の事件がこれほど起きている。優の家庭の事情だけが特別なのではない。
(──そして今のアタシにゃあ、あきらの事だけが一番大事なんだよ──)
衣織は頭痛をこらえるように眉をしかめてまぶたを閉じた。
──やめてやめてやめてやめてやめてやめて──!
暗闇の中で優は絶叫を繰り返していた。
念願の姉と再会できたと思ったその前後の脈絡が、まったく思い出せない。
気がついた時には優の意識はその闇の中に浮かんでいた。
意識には靄がかかったようで、その光景の主観である自覚がありながら、主体の実感が無い。
状況を正しく把握できてはいない。
意のままにならない悪夢を見ているようだった。
そうだ。これは悪夢だ。
遊馬が光の刃をかざして優に襲いかかってくるなど。
そしてそれを、自らの腕で殴り飛ばしてしまったようだった。
遠くの壁に激突して崩折れた遊馬に、視界はゆっくりと迫ってゆく。
何もかも優の意志を無視して。
それが最悪の結末に至る景色であることが分かるのに、どんなに身悶えしても進行方向を変えることができない。
悪夢の光景を、一方的に見せられ続けるしかないのだ。
──やめてやめてやめて誰かたすけて──!
闇が泥濘のようにへばりつく意識の中で、ただただ絶叫を繰り返す。
遊馬に酷い事をしたくない。だが、身体は言うことを聞かない。
このままでは、遊馬を殺してしまう。
──そんなのはイヤだ──!
叫んだその時、真上から何者かが飛び降り、遊馬の前に割り込んできた。
そいつは白いパーカーを羽織っており、顔は目深に被ったフードの陰で見えないが、フードの側面に描かれた瞳の模様が代わりのようにこちらを睨み据えている。
──これを止めて! やめさせて!
それが何なのかと訝しむ発想も浮かばない。
優はただひたすら助けを願った。
ところがそいつは。
手に持っていた赤い棒を剣のように振りかざして、優に襲いかかってきたのだ。
──やめ──!
底冷えのする恐怖が爆発的に広がり、あっと言う間に優の意識を塗り潰してしまった。
あきらは、変質させた赤い傘──パラソルスパイクを剣のように構え、蜘蛛型の異形──アラクネの手前の歩脚を立て続けに殴りつけ、倒れた男から離れる方向へと押し遣ってゆく。
無人の道路の真ん中で、無貌の剣士と異形の怪物が絡みつくようにして激しく位置を入れ替える。
凄まじい剣戟が土砂降りの雨を引き裂き、複数の脚に蹴散らされた水が二者の周りで弾け飛ぶ。
雪崩のように次々と襲いかかる爪を、あきらは素早くかいくぐり、アラクネの側面へ回り込んだ。
すれ違いざまにアラクネの脚を片端から殴りつけ、僅かに揺らいだアラクネの後方から飛びかかる。
ところが、アラクネの胴体にあたる包帯の簀巻きのような部位だけが素早く後ろを向き、赤い一つ目の下あたりから白い糸筋を吹き出してきた。
『っ!?』
宙にあったあきらでは躱す術はない。
あきらはパラソルスパイクの傘生地を正面に展開し、赤の天幕でそれを受け止めた。
着弾の衝撃を利用して後方に跳び退き着地する。
その間にアラクネは地に脚を突き体勢を立て直してしまった。
『……こないだのより堅いや』
閉じたパラソルスパイクを左手に持ち変え、空いた右手を開いたり閉じたりしながら呻く。
先ほどの交錯でアラクネの歩脚を殴りつけた際に、その強度を測っていたのだ。
『だけど体勢は崩せる。なんとかならなくもないかな』
アラクネの包帯の簀巻きのような頭部が再び蠢く。再三見たそれは、糸筋を吹き出す予備動作だ。
『えいっ』
あきらは展開したパラソルスパイクを前に放り投げた。
アラクネが射出した糸筋は、その赤い天幕に阻まれて四散する。
その隙に後退したあきらは白いパーカーから腕を引き抜くと、脱いだパーカーを裏返して素早く羽織り直した。
現れたパーカーの裏面は鮮やかなミントグリーン。目深に被ったフードには、やはり意匠化した瞳が描かれている。
『「グリーンファントム」! 支えてねダーリン!』
ベルトのバックルの頭をぽんと叩くと、あきらは未だ宙にあった開きっぱなしのパラソルスパイクに飛びついた。
左手で軸の付け根、右手でグリップを掴み、引き離す方向に力を込める。
するとパラソルスパイクが、天幕と軸とで分離した。
改めてあきらが左右に構えたそれは、さながら円形の盾と細身の剣。
先ほどまでの踵を浮かせた軽快な立ち回りを意識した体勢とは異なり、パーカーを裏返したあきらは地に足をしっかりと付け、重心を低く、安定を意識した体勢を取っていた。
盾を前にかざして半身に構え、剣の切っ先を蠍の尾針のようにアラクネに突きつける。
『いくよっ』
気勢を上げたあきらが、雨を蹴散らして突撃していった。