ファントムクォーツ 仮面ライダーゴースト外伝 仮面ライダーpq   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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● 3 ●

 姉は、雨が好きだった。

 傘をくるくる回して、心底楽しそうに踊ってたりもした。

 見ているこっちまで楽しくなりそうな笑顔で。

 別に晴れが嫌いということでは決してないし、いかなる天候であろうと、楽しんでしまう人だった。

 特に、優が憂鬱になる雨でさえ楽しんでしまうから、こと印象に残ったのだろう。

「…………」

 だから、雨は特に姉を想起させる。

 優にとっては、姉との楽しかった思い出と、いなくなった現実を同時に思い出させる、複雑な天候だ。

「……あーあ」

 突然降り出した雨に慌てて飛び込んだ、シャッターをおろした空きテナントのテントの下で、優は思わずため息をこぼした。

 カフェオレは温かかったが、これではまたすぐに冷めてしまう。心が。

(やっぱり、見間違いだったのかなあ)

 気持ちを憂鬱にさせてしまう雨の中では、簡単に不安に傾いてしまう。

 鼻の奥に鈍い感覚が沸き上がる。涙が溢れる予兆。

 いつもなら、このまま泣き暮れてしまうのだが、今日だけは違った。

 

 「不健康な人間は、見間違いを起こす!」

 

「ざっけんなっっ!!」

 脳裏に閃いたあのオバサンの声を、気合いで吹き飛ばした。

 普段は人目を気にして、外で大声を出すなどまずやらないことだが、今だけは気にならなかった。雨の中、通行人などそもそもいないが。

「いや、自分でも目を疑ったもん! でも、良く見た上で、そっくりだったもん!」

 両手の指先でこめかみを押さえ、必死に記憶を思い起こす。

 あの時、向かいの道路を歩く姉は、青いパーカーを着ていた。

 活動的な姉は、動きやすい服装を好んで着ていた。ショートパンツにサイハイソックスなど、着衣の組み合わせも当時のままだった。

 そう、ちょうどあんな感じで……。

「……え?」

 記憶をたぐる空想の姉の姿が、現実にだぶったような気がした。

 土砂降りの雨の中、道路の向かいに立つ青い人影が、優のイメージに酷似していたのだ。

 さすがに、すぐに見間違いを疑った。こんな所で、真っ向から出会えるなどとは思っていない。

 でも。

 青のパーカー。両手はポケットに突っ込んでおり、フードを目深に被っている。

 ショートパンツから伸びた白磁のような両脚は、サイハイソックスに包まれている。

 そんな女の子が、道路の向かいの路地に突っ立っているのだ。

 この土砂降りの雨の中で。

(……え?)

 まさか。本当に、そんなことがあるのだろうか。

 向こうの路地に立つパーカーの少女は、いま、フードに両手を遣り、ゆっくりと背後に脱ぎおろして頭を露出させた。

(……うそ……)

 現れたのは、艶やかな黒髪。

 セミショートのストレート。前髪が真っ直ぐに切り揃えられている。

 その下の、好奇心いっぱいのまん丸な瞳が、優を真っ直ぐに見つめていた。

「……お、ねえ、ちゃ……」

 優の顔を、無数の雨粒が叩いてずぶ濡れにする。

 優は、我知らずテントの下からふらふらと歩み出ていた。

「おねえちゃん、なの……?」

 だが、その歩みは、ガードレールによって阻まれる。

 自動車の音はしない。

 優は、もたもたとガードレールを乗り越えようとした。

 視線を外してしまったら姉の姿が消えてしまうと思って、ろくに足下も見ない。

「おねえちゃん、……お姉ちゃん!」

 ようやくガードレールをまたぎ越した優は、駆け出した。

 写真を失い、夢でしか見れなかった姉の姿だ。何度も繰り返し見たそのイメージは、我ながら鮮明だ。絶対に見間違いではない。

「お姉ちゃん! お姉ちゃんっ!」

 だけど、おかしい。

 姉は、あんな。

 

 あ ん な 嫌 な 笑 い 方 を し た だ ろ う か。

 

 向かいの路地に立つ姉は、片手を真っ直ぐ突き出すと、その指先を、楕円を描くように動かした。

(……え?)

 その動作に、既視感を抱くと同時、優の体が突然軽くなったように感じた。

(え? あれ?)

 雨粒の当たる冷たい感触も、いつの間にか無い。

 重たい体を置いて、まるで意識だけで姉の元へ飛翔するかのようだった。

 でも、構わない。

 あれほど思い焦がれていた姉の、その胸に飛び込みたいと、どれほど願ったことか。

 それが、いま叶

 

 

 土砂降りの中、遊馬はその手の傘をささずに握りしめたまま走り続けていた。

 遊馬は、雨に濡れることが大好きなのだ。

 ずぶ濡れで帰っては、弘司にしこたま怒られるのだが。

 そして、濡れっぱなしでは体に変調をきたすことも知っている。

 だから、優に早く傘を届けてやらねばと思っている。

 その為の全力疾走だったが。

「……、ユウ!」

 無人の路上に、優が倒れているのを発見した遊馬は慌てて駆け寄り、膝をついて優の様子を検分する。

「おい! ユウ! こんな所で寝ていては、具合が悪くなるぞ! 頭が痛くなったり、ぼんやりと熱くなったり寒くなったり平衡が取れなくなったりするぞ! ユウ!」

 そして、肩を揺すろうと触れた時、その違和感に気付いた。

「──魂が、ない……?」

 どかした前髪の下の目が、開いたままだった。

「……なん、て、ことだ……!」

 ぎり、と噛みしめた歯がきしんだ音を立てた。

 だが、魂が抜けただけ(・・・・・・・)ならまだ手立ては残っている(・・・・・・・・・・・)

 遊馬は優の身体を担ぎ上げた。

 とにかく、とりあえずはこの身体を弘司の元へ運ばねば──。

 振り返ったそこの路上に、異形の姿を見て遊馬は身動きを止めた。

「やはり、ウチの手の者か!」

 呻くと、遊馬はそばの家屋に駆け寄り、雨のかからぬ位置に優の体を横たえた。

 そして素早く立ち上がり、異形に向き直る。

 そいつ自体に見覚えはない。

 だが、遊馬の知るものに関係しているのは明白だ。

 そいつは、大まかには「蜘蛛」に似ていた。ただし、全高・全幅ともに人よりも大きい。

 それは「ひと一人ほどの物体を、包帯で簀巻きにしたようなもの」を胴体に、両側から四対の節くれ立った脚を生やした形状をしていた。

 包帯の簀巻きの、頭部にあたる位置の包帯の隙間から、ひとつだけ目玉がのぞき、それがこちらを見つめているのだ。

「おのれ……!」

 遊馬は、懐から紡錘形の携帯電話のような器具を取り出すと、ディスプレイ部を展開させて身構えた。

 それを、まるでナイフのようにひと振りすると、ディスプレイパネルが発光し、わずかに伸張した。

 握る本体を柄、ディスプレイ部を刃とする、さながら短剣のように構えると、遊馬はそれで蜘蛛型の異形に飛びかかった。

 発光する刃で、異形の脚を殴りつける。

 盛大に火花を散らせ、異形はわずかに後退した。

「こいつを放った施術者が近くにいるはずだ! どこだ!」

 周囲に目配せをしながら、蜘蛛型の異形の側面に回り込む。

 蜘蛛型の異形は、頭部の目玉をぎょろつかせると、遊馬に向き直り、脚を一本振り上げた。

 襲いかかる捻くれた爪を、輝く短剣で打ち払う。

 その威力は重く、遊馬はその爪を逸らして身を翻して躱した。

 剣戟を繰り返し、異形の死角へ死角へと回り込み続ける。

「どこだ……!」

 数度の爪の刺突を打ち捌きながら辺りを見回す遊馬は、路地の陰にようやく人影を見つけた。

「貴様か! あ……?」

 だが、それを見た遊馬の意識は空転してしまった。

 目撃したものの、あまりの有り得なさに。

「……な、に……」

 そこにいたのは、青のパーカーを纏った少女だった。

 セミショートのストレート。前髪が真っ直ぐに切り揃えられている。

 その下の、好奇心いっぱいのまん丸な瞳が、遊馬を真っ直ぐに見つめていた。

 いたずらめいた笑みを浮かべて。

「……アクィラ……?」

 呆然と、その彼女の名前を呟いた。

 だが、感じた懸念ごと遊馬は激しく殴り飛ばされた。

「っぐっ……!」

 凄まじい勢いで道路を飛び越え、向かいの建物のシャッターをへこませるほど激突した。

「がっ」

 歩道に倒れ込んだ遊馬は、衝撃に朦朧とし、全身を襲う激痛で起きあがることもできない。

 ──なぜ妹がそこにいる? 異形を使役しているのは妹か? なぜ妹がそんなことをする? まだ異形は健在か? 優を救わねばならないのに私は──!

 様々な思考が脳裏を渦巻くが、視界は火花を散らし、痺れる体は言うことをきかない。

 八本の脚をわしゃわしゃと動かし、蜘蛛型の異形が動けぬ遊馬に迫る──。

 

 

 始めは、すぐにでも仕掛けるつもりだった。

 あきらが辿り着いた時には既に優の肉体は倒れ伏しており、そこに蜘蛛型の異形がいた。

 ところが、そこに駆け込んできた見知らぬ男が異形に立ち向かったのを見て、様子を伺っていたのだ。

 異形はともかく、男が自分の敵に回らないとも限らない。だから、形勢がどちらかに傾くまで待つことにした。

 そして早々と決着がついた。だからあきらは動き出した。

「やるよー、ダーリン!」

 座り込んでいた屋根の上で立ち上がり、雨にも構わずさしていた赤い傘をたたんで、傍らに控える毛の長い大型犬に呼びかける。

 犬──ダーリンは、目を閉じたまま。

 だが、素早く立ち上がると、その姿を揺らめかせ、形を変えてゆく。

 現れたのは、人ほどの全長の異形の蛇。

 まるで骨と肉とをかけ合わせたかのような表皮を持ち、頭部は露出した頭蓋骨に酷似している。

 ただし、時折り先が割れた舌を覗かせるなど生物的な器官を内部に持ちながらも、その眼窩は空洞で、眼球にあたる器官が見あたらない。

 だがそいつ──変貌したダーリンは、身をくねらせると宙を泳ぐように飛翔して、まるで見えているかのようにあきらの側を周回する。

 ダーリンはあきらの身体に螺旋状に巻き付くと、腰のあたりで一回転して、さらに形状を変化させた。

 やがてあきら腹のあたりに現れたのは、先ほどのダーリンの身体を模した、幅広のベルト。

 バックルにあたる部分には、頭蓋のような頭部がある。

 ベルトとなったダーリンをぽんぽんと叩くと、あきらは翻した片手に球状の物体を取り出した。

 白い球の、表面に一カ所、黒い丸が描かれているそれは、まるで目玉。

 ところどころに従来の眼球には無い凹凸を備えたその球体をかざし、あきらはひとこと呟いた。

「──変身」

 そしてその目玉を、ベルトバックルの眼窩にはめ込む。

 続いて、手のひらをなでるようにバックルの目玉の前を通過させると、ベルトの瞳の中から一条の白い影が飛び出してきた。

 宙で踊るように翻ったそれは、一着の白のパーカー。

 まるで意志あるもののごとく飛翔して、あきらの周囲を旋回すると、自らあきらの背後から身体にかぶさった。

 あきらも両腕を上げて袖を通しそのパーカーを着込む。普段着のパーカーと二重になってしまうが、構う様子はない。

 すると、パーカーの内側から黒の霞が噴き出し、瞬く間に胴を、腕を脚を、あきらの顔のキツネ面ごと全身くまなく覆い尽くしてしまった。

 やがて霞が晴れると、後にあらわれたのは、漆黒のボディスーツ。

 顔面まで黒で覆い、全身の、右側にはアルファベットの「p」、左側には「q」のような輝く文様を各所にあしらった、あきらの体躯に沿った形状のボディスーツだった。

 パーカーの、フードに覆われた頭部の顔面は黒の無貌のままだったが、フードの両側面に、瞳を赤いラインで衣装化した文様が現れた。

 その瞳の文様が、まるで本来の目であるかのようにまばたきすると、その変化は完了したようだった。

 フードに瞳を描いた純白のパーカーを着込んだ、漆黒のボディスーツ姿。

「はい。ダーリン」

 あきらは、片手に持ちっぱなしだった赤い傘を横にして、ベルトバックルに近づけた。

 すると、バックルの下端部の牙の列が上下に別れ、顎を開くとその傘に噛みついた。

 噛みつかれた傘は、姿をぼやかせると、やや太さを増し、どこか生物的な意匠を加えた頑丈そうな形状に変化した。

 あきらは変化した傘をひと振りすると、まるで階段から一歩降りるような軽い動作で屋根から地上へと飛び降りていった。

 

 


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